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なんとかなるもんだよZUYAさん! ( Hey, ZUYA. You Can Do It! ) 

『なんてこったいZUYAさん!!』をVersion Up.“崖っぷちブルーズマン”ZUYA(ずうや)の悲喜交々を綴る。

浪花節で徳を積む... その弐

2025年03月25日 | 認知症&介護

浪花節

その世界で語られるのは

義理や人情を重んじるさま

 

実家の庭にて

 

実家の庭にて

 

こんばんはZUYAさんです

今回の“滞在記”は、カテゴリーを何処に入れるべきか迷いました。「認知症&介護」にするべきか「旅」にするべきか...まぁ観に来られる方は、それほど気にしていないのかもしれませんがねぇ  

とにかく今回も10日に及んだ大阪滞在の続きを、嘘八百並び立てて綴って参りますね~(←そりゃ、あかんやろ~!)

 

でもねぇ滞在中に何度も考えましたよ。(去年から続く)この帰省がなければ、新しいカメラも買えたし仕事も辞めることが出来たかもって...

でもさぁZUYAさんとカメラの関係はある意味、“その程度なのかも”とも思うわけです。或いは今は“買う時ではない”と、お天道様が仰っているのかもしれません

そして全く好きに慣れない仕事ですが、有給休暇を利用しまくれるのは、ある意味ZUYAさんらしいのかもって。使途とその効果は不明ですが...

とにかく酷使するけど、もうしばらく宜しくね、おいらのカメラ「Fujifilm X-S1」!

※以下の写真は全てスマホで...

 

          

 

本当は父とのことをブログに書くのは気が進みません。ネタにはなるのだろうけどロクな思い出がないどころか、家族を絶望の淵に立たせた上に自分だけその記憶が無くなって認知症だなんて... 

25年以上前に(公的に効力があるかどうかは別として)絶縁状まで送りつけたのに...今、自分の生活(人生)を削ってまで父とその父を選んだ母のために...時々、次兄のようにさっさと手を引けば良かったと考える時もあるわけです

では何故こうまでして嫌いで飛び出した故郷・大阪に戻るのか?

 

全ては昨年の初めに夢枕に立った祖母が言った言葉、

「お母さんを助けてあげてね!」に尽きるわけです

 

そしてカナダでマブダチがZUYAさんに言った言葉、

「I can understand you hate him. But Mother is mother. Don't forget it!」

 

ばあちゃん、Ike、今日も綴るよ 

 

          

 

大阪滞在3日目。自宅で二晩過ごした父を、“相応の施設”に入所させる日がやって来ました。午後2時の予定なので、午前中はまったりと。父の幼馴染が突然やって来ましたが、彼との思い出はしっかりと覚えているようです

父の頭の中は現在昭和40年初め。子供はおらず妻(母のこと)との2人だけの生活だった頃...もちろんその後の自分が引き起こす家族崩壊につながった大事件のことなど知る由もない。本当にふざけた話ですわ。ドラえもん、連れて来たろうか

そのわだかまりを捨てて、笑ってやり過ごすZUYAさん...本当に大人になったなぁ

 

 

さて午後になり借りてきた車(SUZUKIのソリオ)に荷物と老夫婦を座らせると、車内は良い感じに満杯になりました。ちなみに父は相変わらず仕事をしていて、今回の移動も“異動”、すなわち転勤だと思っています

新しい施設へは車で10分ほど。以前は某企業の社員寮だったようで、それを改修した建物は内装も綺麗でエレベーターも2基あります。そして何をトチ狂ったのか、父の部屋は最上階角部屋...何様だよ(メチャええ眺めやねん!)

 

 

部屋に荷物を運び込み、先ずは父が腰掛けられるようにベッドメイクをしました。病院ではないので、替え布団やシーツは持参しないといけないわけです

長兄が送って来た“組み立て式”のテレビ台を兼ねるチェストを、(思っていたよりも手間をかけて)汗を流しながら組み立て終わって、とりあえずの体裁が整ったところで母と撤収しました。なんか段々と色々なことがムカついてしまい、頑張っている自分にご褒美を上げたい気分に~

新しい施設のスタッフたちも良い感じの人達ばかりで安心しましたが、幼い頃からの父との確執・葛藤、自分の妻や子供達に散々迷惑を掛けておきながら、その時の記憶はすべて失っておめぇはこんなところで悠々自適かよ...(帰りの車の運転、少々荒くなりました...) 

んな訳で、母を連れてお寿司屋さんへ(こちらも昨年から何度かお世話になっています)

※スマホの写真で申し訳ない

 

活き蛸の刺身

 

シーズン終盤のカキフライ

 

大阪にいるならバッテラ!

 

ハマチは2度頼みました~

 

鰻~

 

〆に鉄火巻は変らず~

 

翌日(日曜日だったかなぁ)は、朝から気温も低く雨も降っていました。こんな中をわざわざ行く価値もないだろうと。この日は出掛けずに一日二階堂くんと過ごしました(←おいおい...)。夕飯も例の鰯の甘露煮や家にある物で~

 

長くなりました。今宵はここまでに致しとうございます

To Be Continued...  

 

          

 

みなさんにご心配を掛けましたが、帰京途中の新幹線内からの体調不良は回復いたしました。今日は予定通り、ベーシストの(尾形)慶次郎さんとお墓参りに行き、その後はいつもの鶯谷「東瀛」に移動して弔い酒。呑兵衛で酒で命を落とした故・佐野行直に相応しい日(※命日は明日)となりました

帰って来てバタンキュー...目が覚めたら陽が落ちていました

 

さぁ明日(の公休)は予定無しだから...今からBarにでも行こうかなぁ

Have A Good Night,Folks!


子の心、親知らず...

2025年03月07日 | 認知症&介護

葉玉ねぎ玉子包み焼(いつもの店にて)

 

こんばんはZUYAさんです

 

いよいよ父が退院することになり

病院から追い出されることになり

それ相応の施設に移ることに

 

現在、「要介護2」である彼を

同じく高齢である母が一人で

看ながら生活することは無理なので

そう言う決定になるのです

 

その手の施設に入る時に

心苦しい心境になると言う

ドラマや映画を過去に観たけれど

少なくともZUYAさんには

そう言う気持ちは生まれない

 

散々好き勝手して来て

家族に暴力をふるって来て

最後にまた我々に迷惑を掛ける父

 

ここには書けない罵りワード

次から次へと溢れ出てくる

 

でもそれは

今夜だけにしておこう

 

納得行かない部分も多々ありますが

母が母であることには

変わりはないのだから...

 

Have A Good Night,Folks!


色々なことが...げんかい灘...

2025年02月22日 | 認知症&介護

玄海灘は九州の北西部に広がる海域

大陸棚が広がり対馬海流が流れて

世界有数の漁場として知られる

※wikipedia参照

 

At Manitoba, Canada(Jun, 2018.)

 

こんばんはZUYAさんです

珍しく世間の風潮にノセられて、お気に入りの猫の写真を載せておきましょう(←ダジャレを言いたかっただけかも?)

※更新中に酔いつぶれて眠ってしまい、日付を跨いでしまいました

 

At Manitoba, Canada(Jun, 2018.)

 

今夜はJazzy、且つBluesyな音楽を書きながら、ブログを書いています

 

 

Ray CharlesのAtlanticにおける7枚目のアルバム「The Genius Of Ray Charles」(1959)

本作は彼にとって(アルバムが)初めてTOP40に入り、それまでの最高位である17位をマークしました。本作は大沢師匠の愛聴盤の1枚でもあるため、てっきり師匠に勧められて購入したとばかり思っていました

でもそれ以前に、Paul McCartneyの1990年のアルバム「Tripping The Live Fantastic」に収録されていた「Don't Let The Sun Catch You Cryin'」が長くお気に入りだったからかもしれません

50を超えた辺りから、急激に若かりし頃の記憶が薄れ始めているような気がします。それだけ長く生きて来たと言うことでしょうが、忘れたくない大切な素敵な思い出が沢山あるのですがね

でもそれはそう思っているだけで、長い人生における本の1ページなのかもしれません。これから訪れる(築かれる)更に素敵な思い出、或いはその逆に寄って上書きされていくのでしょう

 

At Manitoba, Canada(Jun, 2018.)

 

At Manitoba, Canada(Jun, 2018.)

 

At Manitoba, Canada(Jun, 2018.)

 

一昨年から認知症の傾向が出始めて、現在「要介護2」である父。昨年の今頃、食事をすると言う概念がすっぽ抜けてしまい、「1年」と言う余命宣告されて緩和ケア病棟に入るも、家族だけでなく病院側も誰一人として予想していなかった驚異の回復。自力歩行はほぼ不可能で、あの骸骨のような容貌だった男が、いま病院から出て行ってくれと言われています

ぶっちゃけた話、ZUYAさんも父はあのままあの世へ...と思っていましたしね

 

年金の範囲内での生活をしていた老夫婦だが、ここへきてピンチを迎えています。施設に入るとなると、今までの病院の入院費とはわけが違う額の費用が必要となって来ます(病院の場合は、巷で話題の高額医療費制度もありますから)

息子たち3人がそれぞれ家庭を持ち、遠く離れた東京にいます。ですから母が一人で病院やケアマネージャーと相談して、候補の施設を見つけたと連絡が来ました。でも施設に入る当の本人は良いとして、家に残る母の生活はかなり切り詰めないといけないことになるそうな

その母本人の口から「子供達に迷惑かけたくないから、切り詰めて生活していく」なんて言われてしまうと、世の中の多くの子供達(特に息子たち)は、何らかの資金援助を考えざるを得なくなるものだと思います

 

ZUYAさん個人の意見としては、2人とも関東圏に移ってもらい施設でも何でも利用してもらうことを望んでいます。そうすれば母だけでなく、他の家族でも施設へ父の様子を見に行けますからね

ところがここへ来て、大阪と言う地に愛着がないはずの母が首を縦に振らないのです。昨年の今頃、実家に2週間以上滞在した時にはその(大阪を離れても良いと言う)意志を確認したのだが、1年以上に及ぶ彼女にとって初めての一人暮らしが、ある種の自信を持たせてしまったのかもしれません

今日は施設の費用等を巡って、現在両親のために一番が頑張ってくれている長兄との間に意見の相違が発生したそうな。挙句の果てには、施設には入れずに父を自宅に戻し自分で面倒を見るとまで言い始めたそうな...

 

ここまで読んでいて昔から当ブログを読んでくださっている方々は別にして、“子供が親の面倒を見るのは当たり前ではなくて?ZUYAさんってなんて酷いの!?”と思われている方もいらっしゃると思います

人や家庭にはそれぞれ色々な問題があり、ZUYA家に関して言えば90年代後半に大事件が起こり、この時に家庭は崩壊してしまったのです。息子たちと父との間にとても大きな亀裂が入ったわけです。ZUYAさんに至っては公的に効力があるのかどうかわかりませんが、「絶縁状」まで送りつけたわけです

それでも長い年月を掛けて我々息子たち、並びにその配偶者ら家族のおかげで関係を修復(或いは譲歩)して来たわけです。だからここへ来て親の側から我がままに問題を拡げられてしまうと、ZUYAさんだけでなくても過去の様々な確執(憎しみ)を思い出さざるを得なくなるわけです。現にその多くは心の奥深くに沈めていたはずなのに...自分でも驚いています

 

んなわけで、遠距離での両親との関係、更には介護の問題が加わり、タイトルにあるように限界灘なわけです

この日曜日は有休を使って、火曜日まで3連休としていました。先月は自分の愚かさのためにキャンセルせざるを得なくなった旅の代わりに、1泊で静岡辺りにでも行くつもりでした。が、こういう余暇を楽しむことですら、躊躇させられてしまうわけです。そのお金があれば、少しでも実家に帰ってあげるべきではとか考えてしまうからです

仕事もプライベートも我慢の限界灘...(←何回言うねん!)

 

At Manitoba, Canada(Jun, 2018.)

 

今夜は家人の用意してくれた鍋をつつきながらの晩酌。食事の後、彼女は実家へ。ZUYAさんはホット・カーペットの上でウトウトしてしまったので、夜が明けるまで音楽でも聴こうと思います

さぁてこの連休、どうしましょうかね...

Have A Good Night,Folks!


スターター...

2025年02月21日 | 認知症&介護

タイトルを

“すったかた~”と読んだ方は

眼鏡を新調するか

辞書を引き直しましょう

 

ちなみに

一般的な「すたこら」と

同義語もしくは変異語のようで

 

 

こんばんはZUYAさんです

昨夜、お風呂を出て素足のままで歩いていたら、床に落ちていた何かを踏んで刺さり流血してしまいました。その量に余りにもビックリして、家人を呼ぶもヘッドフォーンをしていて気がついてくれない...

5、6回呼んで気が付いて走って来て(僅か2mほどですが...)、ビックリして傷口を押さえるタオルを用意して止血してくれました

何で切ったの?

と聞かれましたが、わからないと答えました

 

でも

本当は何を踏んだのか、わかっていたのです...

 

先日、ZUYAさんが床に2度叩きつけて破壊した家人のパソコンの破片だったのです

 

          

 

これがスターターになったのかどうかはわかりませんが、“第2ラウンドのゴング”が鳴りました

 

※夫婦の夜の営みの話ではありません

 

大阪の実家で問題が勃発しました。ええ、先日母から聞かされていた1年前に余命宣告まで受けていた父が(元気になり過ぎて)病院から追い出されそうだと言う話

これが、いよいよ現実味を帯びて来まして来月には出ないといけないようです

つまりは父の入る施設を探さないといけないわけです

 

で、誰がそれを探すの?

 

追い出したがっている病院は(この件に関して)積極的に母をそそのかしているようなので、急遽、明日にでも帰阪をしガツンと言いに行ってやろうか...と考えましたが、ここはまだ動く時ではないと冷静に判断し、とりあえずもう少し様子を見ることに 

ちなみにたまたま日曜日から有休を使って、3連休を取っているのです。雪国には行けなくても、近場で1泊ぐらいと考えていましたが、そんな気分では無くなってしまいましたよ...

 

男3人兄弟は皆、父が嫌い...いや、憎んでいると言っても良いくらいです

でも今は母のために頑張るしかないのかなぁ...でもその母は息子たちよりも、伴侶が大事なようですが...

 

Have A Good Night,Folks!


第2ラウンドは、そのゴングを待っている...

2025年02月03日 | 認知症&介護

再当選後のドナルド・トランプ氏

 

彼の動きに悲しむ人、驚く人、

怒る人、絶賛する人等々

様々な反応があります

 

大事なのはそれでも

半数以上の国民が

支持していると言う事実

 

そんな海の向こうが熱い中

我が国はお気楽なものです

(もうウザイので詳細は✖)

 

※ちなみにウザイは八王子を中心とする

多摩地方の方言だったそうですが

今や全国区に...

 

Oshima Island from Hiroyama area in Zushi, Jan.2025.

 

おはようございますZUYAさんです  

ご存知のように2024年はバッタバタな1年でした。それを無事にやり過ごしたかのように見えますが、密かに第2ラウンドはその時を待っているようです。今回はその辺のことを備忘録を兼ねて綴っておこうと思います

 
どうも母が、再入院してから1年が経過しようとしている父を病院から出そうとしているようなのです。要介護の老人を出してどうするのかと思ったら、本来いるべき施設(いわゆる老人ホーム等)に入れたいとのこと
 
2023年の暮れに、何年も前から潜んでいた前立腺がんが再発し手術を受けた父。その年の中頃から認知症を疑わせる行動・言動があったようですが、その時の入院がその症状を一気に加速させることになりました。自分の妻(母のこと)以外の人を判別することが出来なくなりました。環境の変化というものは、認知症にとっては格好の“ベース(下地?)”となるようです
 
 
更に年が明けた2024年1月に再々手術を受けてとりあえず癌に関する心配は無くなり、しばらくして自宅に帰ることが出来ました。ところが今度は「食べる」と言う概念を失ってしまい極度の栄養失調になり、排泄も自分でコントロール出来なくなりました。共に年老いている母ではどうにもならずに僅か10日ほどで、救急車で運ばれて再入院となりました
 
病院に戻ったところで、相変わらず食事は食べず点滴も自分で抜いてしまう始末...身体はほぼほぼ骨だけの状態になり面会したZUYAさんでさえも父がこのまま死を迎えるのだと言う覚悟をしましたよ。時期を同じくして担当医師から「緩和ケア病棟」に移ることを進められました。“もう無理に食事をさせたりツラい治療を強いることは止めて、お父さんを楽にさせてあげましょう”と
 
母にも承諾を得て長兄とZUYAさんは、その席を設けてもらい2024年3月に「今後の(癌に対する)治療は一切行わないと言うことに同意・署名」を経て、緩和ケア病棟に入院となりました。と同時に、余命宣告も1年と受けました。その時は25歳で実家を出て以降、初めて3週間も実家に滞在することになりました。父の様子を窺いながら、初めての一人暮らしに戸惑う母をサポートするために
 
 
天気予報と余命判断のどちらが難しいのかはわかりませんが、“次に会う時は父の葬儀なのだろう”と思っていたら認知症は変わらずですが、急に食事を食べ始めて体力が回復しました。昨年10月には入院期間が長くなり過ぎたため、病院の規約に従って日数をリセットするために一時帰宅まで...
 
この時はZUYAさんも急遽休みを取り、5泊6日で再び大阪に戻りました(1年間で4度も実家に行くのは初めてのこと)。そして衝撃を受けたのは父の回復ぶりです。すっかり肉付きもよくなり認知症であることは変わりませんが食事もよく食べ、家の中を杖を突きながらウロウロとしてしては、時には冗談なんか言ったりして...
 
ただ確信を持って言えるのが、目の前にいるのが自分の息子であることはもう永遠にわからないということ
 
 
さて一時帰宅を終えた父は再度病院に戻りましたが更に回復し、その病棟に入っている条件に相応しいのか、家族は疑わしく感じるようになりました。以前にも書きましたが、実は長兄も同じように“医師の誤診”を疑っています...つまりは、
 
本来、緩和ケア病棟に入るほどでの事態ではなかった
 
少なくともその(医師の)判断が、時期尚早だったのではないかと。認知症と抗がん剤などの投薬による副作用の一つである“認知機能の低下”は、よく似ていて誤診が多いと言うのは有名な話。ただ、こちらとしてはこの病棟に入る際に(一切の医療行為はしなくて良いと)署名させられているわけですし、向こうもさせた手前いまさら“誤診だったかも...”とは言えないわけです。つまりは“出て行って下さい”とは言えないわけです。こうなると、先に笑った(動いた)方が「負け」の状態であると言っても過言ではないのです

こちら側は息子たちが全員、東京にいるから事が起きた時に早々に駆けつけることが出来ないし...入院先は年老いた母の足でも歩いて10分ほどで行けますから、こちらから行動を起こさない限りは、お互いの利害関係が一致しているのです

 

ところが緩和ケア病棟を進めた医師並びに婦長クラスの人間はその辺の流れを熟知していますが、現場の看護師たちはやはりZUYAさんの家族同様に疑問を感じ始めているようです。本来は次々にベットが入れ替わって行くはずの病棟なのに(実際に父と同室だった人も、もう既に数え切れないぐらい入れ替わっています。その意味はお察しください。)、この患者さん(父のこと)はいつまでここにいるのかしら、しかもこんなに元気で毎日病棟内を歩き回っているのに...

つまりは“ただボケているだけの元気な老人”が、何故病院に(しかも特別な病棟に)いるのかと言うわけです。彼らが不信感を持つであろうことは予想はしていましたが、まさか週に何度も見舞いに訪れている老いた母にその矛先が向いているとは。これは母から(長兄を通して)聞いたことなのでどれだけ真実に近いかはわかりませんが、母は随分と心苦しく受け取ってしまっているようです

ZUYAさんが近くに住んでいれば、直ぐにでも事情がわかっていない該当する看護師(達)をシメに行くところですが、いかんせん遠く離れた東京にいるわけですから...

 

今回はこれぐらいにしておきますね...

 

今夜のBGMは久々にこちら

 

 

DONNY HATHAWAYの1980年に世に出たアルバム。ダニー・ハザウェイのライブ盤と言えば、72年に発表された「LIVE」が“名盤中の名盤”ですが、本作は賛否両論のようで、彼はいわゆる“完璧主義”だったらしく72年のアルバムでさえもレコード化を良く思わなかったのです。それでも結果的には述べたように、アルバムはソウルの名盤に...

その上さらにお蔵入りになった音源を世に出すことを、果たしてダニー本人が望むのであろうか。彼が死んだ後にアウトテイクを発売されたなんて知ったら...

ちなみにZUYAさんは本作はそれほど良いとは思いませんが、家人はお気に入りの一枚のようです

早々、今は2in1で2枚のアルバムがお得に売られているようですね

 

 

          

 

話は大きく変わりますが、ZUYAさんが働く職場も一昨年の秋に親会社が変わり(つまりは身売りされたわけです)その影響・変化はあまり見られませんでしたが、近頃急速に社風が変わりつつあります。どうもZUYAさんがその社風に馴染むことは難しいようなので、お暇することも本格的に考えております

 

さて固い話が続きましたので、最後にZUYAさんらしい辛口トークを~

好きなタレントや女優の好みと言うのは人それぞれですよね。以前から気になっているのですが、顔が“老け顔”の人っていますよね。それもまた人によっては見え方が違うのでしょうが、なんか最近ちやほやされていらっしゃる上白石◯◯さんと言う姉妹がいらっしゃいますね

どうみてもお婆さんにしか見えないのは、ZUYAさんだけなのでしょうかね。間違っても綺麗とか可愛いと言った感情は起こりませんし、見ていて幽霊のようでぞわわとしてしまいます

そう言う人が昔からもう一人います。宮崎◯子さん、若い頃からちやほやされているようですが、やはり若い頃からおばあちゃんにしか見えなくて、テレビに出て来たらチャンネルを変えたくなります

 

          

 

さぁ休日です。特に予定はないのですが、“理念ワークショップ”なるもので、今週末は渋谷にある本社に行かないといけません。まぁ要は“洗脳会”なのでしょうがね。そして何やら服装が指定されているのですよ、“オフィス・カジュアル”だか何だかに...

襟の付いたシャツを着用、ジーンズ禁止だと...ここを最後として、ウエスタン・シャツに革ジャンで行ってやろうかと思いましたが、今はその時ではない(こちらもゴングはまだ早い...)

と言うわけで、ユニクロか古着屋か何処かで間に合わせの物を調達して来ます

Have A Good Day,Folks!