10年ほど前、妻が友人から苗を譲られてきたヒオウギです。姿が扇形で、花は緋色、実は艶のある黒で、魅力的で植物です。我が家では繁殖力が弱く、昨年やっと2株になりました。乾燥すると発芽力が低下するそうで、自然繁殖に任せず、種ができたらすぐにポットに播種し、育苗する必要がありそうです。通常は株分けで殖やせるそうですが、我が家のは分けつしないのです。
ヒオウギの花言葉は「個性美」です。多様性を重んじる人間にとり最も大切な資質です。人間性の多様性は文化の形成には欠かせないのです。フランスにはフランスの特有の文化があるように、日本には日本固有の文化があるのは、それぞれの国民の「個性美」の所以なのです。北朝鮮や中国のように、国民の「個性美」を制約してしまうと、文化発展の活力が失われてしまいます。上からの指令にひたすらに従わなければならず、個性の発揮は極く限られた範囲に限定されてしまいます。
大卒後9年間、私は農林省の技術行政官でした。水路、道路、橋梁などの構造物設計業務に従事していました。「構造物設計」とは言っても、業務合理化と称して会計検査院の了解のもとに作られた設計基準に従って、予め用意された型を指定するだけの単調な業務でした。知恵を絞って現地にマッチした構造物を設計しても、会計検査院に個別に説明が求められ、それが真に優れた設計であったとしたら、それ以前に作られた構造物の合理性を否定することになるのです。構造物の「個性美」は犠牲にしても、遮二無二設計基準に従順に従わなければならないのです。
10年目に研究職に転職しました。研究職では、研究者一人一人の個性と、全体の多様性が重視されます。同じような研究者が何人いても、一人で間に合ってしまい意味がないうのです。異なる知識・技術を持ち寄ることにより、奥の深い研究が成立するのです。トランプ大統領や安倍首相は、「反対する者」を敵呼ばわりしますが、私は反対意見を傾聴し、切り捨てるようなことはしません。徹底的に話し合い、両者が納得ゆく道を探します。研究職の経験を生かし、現在任されている高齢者クラブや同好会でも同じことで、円満な活動につながっています。
夫婦の間でも、二人の意見が異なるのは当たり前で、お互いに尊重しあいながら共同生活をすればよいのだと思います。私が海外に長期派遣されることになった時も、海外生活に耐えられないと言う妻に子供たちの教育を託し、単身赴任しました。コミュニケーションをしっかり確保し、子供たちが父親を自慢できるような働きをしていれば、「母子家庭」になることはありませんでした。子供の一人は英語弁論大会の学校代表になり、私の海外勤務を題材に郡大会、県大会を勝ち抜き、関東大会まで進出するほどの頼もしさでした。
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