A DAY IN THE LIFE

好きなゴルフと古いLPやCDの棚卸しをしながらのJAZZの話題を中心に。

ギターの魅力を思う存分・・・・

2007-06-30 | CONCORD
GREAT GUITARS / Charlie Byrd , Barney Kessel , Herb Ellis

同じ楽器でも、人によって同じ音がするとは限らない。
本来同じ音がするピアノでさえ、タッチの違いだけでまったく別の音がする。
管楽器になると、音色やトーン、息遣い、そしてJAZZの演奏でフレーズの作り方に至ると、人によってまったく違う「音」になる。
では、一番個性が出る楽器はというとギターではないかと思う。

元来JAZZではギターはリズムを刻んだ楽器。それがソロをとるようになり、楽器もアコースティックからエレキに。さらに、ROCKの世界ではギターは一躍主役に躍り出た。
それに合わせるように、その奏法も、音色も、使われ方も多様化していった。

JAZZでは、管楽器を2本、3本使うのは当たり前だ。
それぞれの楽器の音色の特色を生かしながら、ソロにアンサンブルにとその「音使い」はアレンジャーとプレーヤーの腕の見せ所である。
ところが、JAZZでギターとなるとそれを複数使うことはほとんど無い。
Rockでは、リード、リズム、ベースと役割を変えて複数使うことが当たり前なのだが。
本来、色々な音色や奏法ができるギターだからこそ、JAZZでもギターアンサンブルは面白いと思うのだが・・・・・。

そんなことを実現してくれたのが、“GREAT GUITARS”。
74年の“Concord Jazz Festival”でお披露目のグループだ。
この世界では有名な、Barney Kessel , Herb,Ellis , Charlie Byrd の3人で結成したグループだ。
今回のバックは、チャーリーバードのレギュラーグループのメンバーが努める。

それぞれのプレーヤーでタイプは違う。
KesselとEllisは白人プレーヤー。都会的な洗練されたプレーだけでなく、ブルージーな演奏も得意とする、チャーリークリスチャンの直系で、モダンジャズの創世記から大活躍した二人だ。
一方のByrdは元はクラッシクギター、そして60年代はボサノバの世界で大活躍。ジャンゴラインハルトの流れだ。
この3人が一緒にやるだけでも楽しくなる。

この3人が一緒にやる演奏のコンビネーションが実にいい。
元々が個性溢れる3人だ。ひとつの傘に収まる訳は無い。
ソロありDuoあり、そしてトリオあり。バラードありアップテンポあり4ビートあり、そしてボサノバあり。個性が絡み合った、なんとも言えない一体感だ。
そして、このアルバムは、スタジオ録音あり、そしてライブあり。
ありあり尽くしで、このグループの良さがアルバム全体に散りばめられている。
聴くほうも楽しいが、きっと演奏する方の3人も楽しかったのだろう。
それぞれのグループの活動の合間に、3人一緒の演奏の機会はけっこうあったようだ。
このアルバムの録音以降も、かなり長続きしたグループだ。

Lover
Makin’ Whoopee
Body and Soul
Cow Cow Boogie
Amparo
Outer Drive
On Greendolphin Street
Medley
(Nauges)
(Goin’ Out of My Head)
(Flying Home)

Charlie Byrd (g)
Barney Kessel (g)
Herb Ellis (g)
Wayne Phillips (ds)
Joe Byrd (b)

Recorded in 1976
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しばらく消息を知らなかったけど、元気にやっていたみたいで・・・

2007-06-29 | MY FAVORITE ALBUM
You know /Mike Melvoin Trio

昔のレコードを聴いていると、そこで演奏しているプレーヤーは今頃どうしているのか気になることがある。有名どころであればニュースや記事で知ることも多い。
元気にアルバムを出し続けていれば別だが、第一線を退いてしまうとその消息を聞くこともほとんどない。
もっとも、最近では訃報で接することが多く、時代の移り変わりを感じる。
自分自身も歳をとったということだが。

最近、Concordのアルバムを聞きなおしていると、スタジオミュージシャンの名前に接することが多い。ただでさえ、表舞台で活躍することが少ない彼らにとって、Concordはたまたま表に出る機会であったが、その後となると大部分はいつもの彼らの生活に戻っていったのであろう。

すでに紹介したアルバムの中にMike MeLvionというピアニストがいる。
スタジオワークが中心で表には出て来なかったプレーヤーだが、彼の経歴を見ると、多くの有名どころとの共演暦を持つ。

JAZZだけでなく、POPS系のアルバムのバックも数多い。

先日、ひょんなことで、比較的最近録音したトリオ演奏のCDがあることが分かり早速買い求めた。

"In 2006 he was awarded the Musician's Musician award from the Friends Of Jazz at UCLA."

という紹介があるように、受賞記念ともいえるアルバムだ。
彼は、元気に活躍し続けていた。

トリオでの演奏は、"The Piano Trio" といってもいいようなお手本のようなもの。オリジナルとスタンダード曲をうまく配して、百戦錬磨の枯れた演奏が円熟味を感じる。派手さはないが味わい深い。
紫煙が漂う地下のクラブより、ラウンジで彼女と一緒に過ごすバックに最高のピアノトリオ演奏だ。決してカクテルピアノではなく、JAZZ PIANOだ。

消息を知らなかったベテランとこのように再会すると嬉しいものだ。
昔を懐かしんで、古いLPを聞き返すのも良いが、こんなきっかけでまた新しい演奏に出会うのもまた楽しみだ。

1. Long Ago and Far Away            Gershwin, Kern 7:40
2. Life Is What You Make It Adamo,          Melvoin 5:55
3. Blue Skies                     Berlin 6:20
4. They Sing the Blues in Kansas City         Melvoin 6:37
5. Giant Steps                    Coletrane 5:07
6. You Know Melvoin,                 Hamilton 5:59
7. Son of the Beach                  Melvoin 4:55
8. This Is the Moment Hollaender            Robin 7:05
9. Exactly Like You Fields,              McHugh 6:55
10. I'll Be Seeing You Kahal               Fain 7:31
11. Luna Negra                     Melvoin 6:53

Mike Melvoin (p)
Tony Dumas (b)
Ralfh Penland (ds)

Recorded 2006
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有終の美は、他のグラウンドを借りて・・・・・

2007-06-28 | Thad Jones & Mel Lewis & VJO
The Quintessence  / Quincy Jones and His Orchestra

会社勤めをしていると自分のやりたいことを自由にやれることは少ない。
世の中の動きや気配を敏感に察知して「こういうことをやったらどうか?」と提案してもすんなり採用されることなどはめったにない。
サラリーマンでは、だからといって外で勝手にやる訳にもいかず。
よくフラストレーションが溜まるパターンだ。

ジャズの世界ではどうだろう。
やりたいことができるかどうかは自分の意思しだい。誰かのバンドに所属して自分のやりたいことができなければ、別に自分のバンドを勝手に作ればいい。
時間が許せば2股をかけても問題ない。
自分の意思で自由にできるところが会社勤めとは大違いだ。

1961年のNewport Jazz Festivalへの出演をピークとして、QUINCY JONESのオーケストラはレギュラーバンドとしての活動の終わりに向かっていった。
クインシー自身がMercry RecordのA&Rマンとして、そしてプロデューサーとしての活動はますます忙しくなっていた。
でも、自分のBig Bandを維持していくのは難しくなっていた。ただでさえお金が掛かるし、ヨーロッパツアーの借金も残っていたし。

所属するレコード会社から売れるレコード作りを要請され、自分自身のアルバムどころか売れないJAZZアルバム作りをしていることさえ周囲からは冷ややかな目で見られていた。
所属するMercuryからのアルバムも、この年以降は「もっとポピュラーな曲」を、「より聴きやすいサウンド」の演奏スタイルになっていってしまった。
時代の変わり目でMODERN BIG BANDとして登場したQUINCY JONESのオーケストラは、疾風のように現れて、疾風のように去っていったのだ。

ちょうどその節目となったアルバムが、多分このアルバム“QUINTESSENCE”だろう。

アルバムを出したのは ”Impulse"。所属の“Mercury”からではない。
一方で、Impulseは新興のJAZZ専門レーベルとして前年に登場したばかり。
ラインナップにも気合が入って来た時だ。

ジャケットを見ると、QuincuyのクレジットにCourtesy of Mercury Recordと記されている。JAZZの世界では良くあることだ。
しかし、自らアルバム作りに携わっている人間のアルバムが別レーベルから出るのは尋常とは言えない。本来であればQuincyのやりたいことを、自分の所属するレコード会社で自由にできて、それがアルバムになるのが理想的だが。
こればかりは、Blue noteのようなJAZZ好きが始めた老舗のレーベルや、Concordのようにオーナーが趣味で始めたようなところでなければ難しい。
いわゆるメジャーレベールでは会社の意向にどうしても従わざるを得ない。

アルバムを聴くとこれが実に素晴らしい。
まさにQuincyのオーケストラのここ数年の活動の集大成といった内容だ。
これを、所属元のMercuryからではなく、他のレーベルから出さざるを得なかったとうのが、まさにQuincyがその時置かれていた状況だったのだろう。
クインシーも、このころは会社勤めのサラリーマンだったのだ。

折り合いが付かなければ、他のレーベルに許可を貰って単発で吹き込むというのが常であったが、これを許可してもらっただけでもラッキーだった。普通のサラリーマンだったら「兼業禁止」の就業規則で身動きがとれないものだ。

この名盤が生まれたのも、Mercuryのこの時期のコンセプトや基本方針とずれていたのが幸いしたのかもしれない。

内容的にはQuinyのオリジナルを含め、選曲もそして演奏も素晴らしい。
つい最近紹介したPHIL WOODSのアルバムに入っていた曲も何曲かある。
その時から、“For Lena and Lennie”が妙に印象に残っている。実に、いい曲だ。

そして、このアルバムでエポックメーキングなことがある。
全体が3つのセッションに分かれているが、Phil WoodsやJerome Richardsonのように、それまでのクインシーオーケストラのメンバーも勿論いるが、2人のプレーヤーの存在が目を引く。
一人はThad Jones。そして、もう一人がOliver Nelson。
ThadとQincyは、ベイシーのオーケストラを通じて旧知の仲。一緒にアルバムも作っている。でもクインシーのオーケストラに参加したのは、多分これは初めてだろう。
Quincyが自分の想いを、このアルバムを通じて2人に託したように思えてならない。
2人はプレーヤーだけではなく、アレンジャーとしても一流。
間違いなく、クインシーのオーケストラへのこだわりを、その後2人が引き継いで自分のオーケストラやアレンジで大活躍することになるのだが。

真相は如何に?

●For Lena And Lennie
●The Twitch

Jerry Kail, Joe Newman, Clyde Reasinger, Clark Terry (tp)
Billy Byers, Paul Faulise, Melba Liston (tb)
Julius Watkins (frh)
Phil Woods (as)
Eric Dixon, Jerome Richardson (ts)
Bobby Scott (p)
Buddy Catlett (b)
Stu Martin (d)
Quincy Jones (arr, cond)

Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ, November 29, 1961

●Robot Portrait
●Little Karen
●Hard Sock Dance

Al DeRisi, Freddie Hubbard, Thad Jones, Snooky Young (tp)
Billy Byers, Paul Faulise, Rod Levitt, Melba Liston (tb)
Julius Watkins (frh)
Jerome Richardson, Phil Woods (as)
Eric Dixon, Oliver Nelson (ts)
Patti Bown (p)
Milt Hinton (b)
Bill English (d)
Quincy Jones (arr, cond)

Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ, December 18, 1961


●The Quintessence
●Straight, No Chaser
●Invitation

Thad Jones, Joe Newman, Ernie Royal, Snooky Young (tp)
Billy Byers, Paul Faulise, Curtis Fuller, Melba Liston, Tom Mitchell (tb)
Ray Alonge, Jim Buffington, Earl Chapin, Julius Watkins (frh)
Harvey Phillips (tu)
Phil Woods (as)

Jerome Richardson (as, ts) Oliver Nelson (ts)
Gloria Agostini (harp)
Patti Bown (p)
Milt Hinton (b)
Osie Johnson (d)
Quincy Jones (arr, cond)

Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ, December 22, 1961

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あの感動をもう一度・・・

2007-06-27 | Thad Jones & Mel Lewis & VJO
Live in Tokyo / Thad Jones = Mel Lewis and The Jazz Orchestra

開演のブザーが鳴って拍手が自然に沸きあがる、そしてMCの「いソノてルオ」の開会の一言、「Ladies & Gentlemen,Thad Jones and Mel Lewis」。
1974年3月東京でのコンサートの開幕だ。
最初の来日から6年が経っていた。

1968に来日した時には、まだまだこのオーケストラも無名。それに加えて、ブッキングのトラブルもあり、公演予定が決まらないまま来日した。
結果このように大ホールで演奏できたのは数回。Pit InnなどへのJazzClubなどへの出演を含めても、滞在中数えるほどしか演奏する機会は無かったのだ。
もったいないことをした。
この演奏に接することができたのは、マニアやファンでもごく限られた人であった。
よほどの情報通か、偶然が無ければ来日を知る術も無かった。
今の世の時代のように、インターネットがあれば、瞬く間の間に噂や情報は流れていったであろうに。

今回の来日は人気もピークの時。前年のダウンビート誌の人気投票でもBudy Richオーケストラを大きく引き離して、断トツの第一位であった。
「人気、実力共にNo.1」のピークの時の来日であり、その時のライブ録音である。

しかし、リハーサルバンドであったという歴史も影響しているのか、設立当時のメンバーとは大分入れ替わり、それも若手が多数参加している。
ちなみに初期からのメンバーといえば、ジェリーダジオン、ジミーネッパー、ペッパーアダムス、ロランドハナ、クリフヒサー、それにサドとメル位しかいない。、ジェロームリチャードソン、ボブブルックマイヤー、リチャードデイビスなどの姿は無い。トランペットセクションのベテラン勢も一人もいない。
反対に、若手では、弱冠20歳のジョンファディスのtp、ディーディーブリッジウォーターVocalなども加わり、メンバーは一気に若返っている。

2日間の公演、4時間の演奏から4曲が選ばれているが、Back boneを除いては、このオーケストラが生まれた頃からよく演奏された曲。
若手になったとはいえ手馴れたもので、いずれも相変わらず素晴らしいサウンドを聴くことができる。
その間、Jazz Rock風の曲をやったアルバムなど何枚かのアルバムを出しているが、この曲目、この演奏がやはりサド・メルの原点であろう。

この公演の残りテープが、日の目を見る日を楽しみにしている。

そういえば、このバンドの名物ピアニストのRoland Hannaは、その公演の前後で自分のアルバムを吹き込み、そして帰国するとサドメルを離れることになった。サドメルでの、多分最後の演奏であろう。

1.Once Around
2.Back Bone
3.Mean What You Say
4.Little Pixie

Thad Jones(flh)
Jerry Dodgion,Eddie Xiques(as)
Ron Bridgewater,Billy Harper(ts)
Pepper Adams(bs)
Cecil Bridgewater,Jim Bossy,Jon Faddis,Steve Furtado(tp)
Quentin Jackson,Jimmy Knepper,Billy Campbell,Cliff Heather(tb)
Roland Hanna(p)
George Mraz(b)
Mel Lewis(ds)

Recorded live at Yubin-chokin hall , Toshi-Center Hall , Tokyo, March 12,13 1974
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音楽の世界で「昔世話になった恩返し」は、やはり演奏で返さねば・・・・

2007-06-26 | MY FAVORITE ALBUM
This is how I feel about Quincy / PHIL WOODS

Quincyの最初のアルバムが、“This is how I feel about JAZZ”
1956年に吹き込まれた名作である。そこに参加しているPhil Woods。
今度は、そのWoodsがQuincyに捧げて彼のSONG BOOKアルバムを作成したのは比較的最近の話。50年近く時間が経過した2004年のことだ。
タイトルも、そっくりそのまま「お返し」することになった。
曲はおなじみのQuincyの曲。50年近く前に毎日彼が演奏をしていた曲も含まれる。

QUINCYのオーケストラの苦難のヨーロッパツアーに、ずっと付き合い、そして帰国後も行動を共にした何人かのメンバーの一人がPhil Woods。
レギュラーのツアーオーケストラが解散した後も、スタジオのセッションを含めてQuincyとは60年代の半ばまで行動を共にした。

その後67年にヨーロッパに渡って、自らのバンド「ヨーロピアンリズムマシーン」を結成。
アメリカでストレートなジャズをやる環境が悪くなっていたという事情もあった。
ヨーロッパ各地で、ストレートなJAZZを演奏して受け入れられたということを、Quincyと共に身を持って体験した記憶が残っていたこともあったのであろう。

67年といえば、サドメルの活動が活発化した時。行動を共にしたもう一人のキーパーソンJerome Richardsonと一緒にこのオーケストラに参加してもおかしくなかったが。
ここは心機一転、自分のグループで自分のプレーを極めたいと思ったのだろう。
たしかにリズムマシーンでのウッズのプレーは、少しモーダルなプレーも取り入れ何か吹っ切れたような演奏だ。ソロプレーヤーとして、この時期の熱いプレーはひとつのピークであったと思う。
その後、アメリカに戻ったWoodsがQuincyとまた交流があったかどうかは分からない。というよりもあまり詳しく追いかけていないので、そのうち接点を紐解いてみよう。
きっと太い絆で結ばれていることだろう。

アレンジは殆どWoodsがやっているが、原曲のイメージを壊さないようにやっている。
クインテットの小編成から管楽器を加えた大型コンボまででBIG BAND編成はないが、QUINCYサウンドがうまく再現されている。
クインシーの曲はメロディーもシンプルで覚えやすいが、特に編曲でフレンチホルンの使い方、フルートとミュートをかけたトランペットのアンサンブルは、クインシーの得意技であった。
ウッズも負けじとチャレンジしている。
これが、「Woodsが感じたQuincyなのだろう。」

普通のSONG BOOKとは一味違う「QUINCYの名曲集だ。」
もちろん、Woods演奏が年を感じさせずに素晴らしいのは言うまでも無い。

1. Stockholm Sweetnin'
2. Quintessence,
3. Meet Benny Bailey
4. For Lena And Lennie
5. Pawnbroker
6. Hard Sock Dance
7. Midnight Sun Will Never Set
8. Q's Delight
9. Evening In Paris
10. Jessica's Day
11. Birth Of A Band
12. Lullabye For Jolie
13. Belly Roll

<Quintet & Little Big Band>
Phil Woods (as,cl)
Tom Hamilton (ts)
Nelson Hill (bs,ts,fl)
Bobby Routch, Brian Lynch (tp,flugelhorn,Frenchhorn)
Rick Chamberlain (euphonium,tb)
Bill Charlap (p)
Steve Gilmore (b)
Bill Goodwin (ds)

Recorded Feburuary 22-24 , 2004
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西海岸から「カンサスシティー行き」の特急に乗って・・・・

2007-06-25 | CONCORD
JAKE HANNA ‘S KANSAS CITY EXPRESS featuring Mary Ann McCall

JAKE HANNA。Concordの初期の看板スターだ。
HANNA/FONTANA BANDはあったが、21作目にして初めて自分の名前を冠したアルバムだ。それまでのConcordの半分位のアルバム位に顔を出しているが、リーダーアルバムは少ない。
基本的には、裏方のまとめ役なのかもしれない。
ちょうど、この頃(1976年)は、Supper Saxにも参加している。
このスーパーサックスを含め、日本には何回か来ているが、昨年も「富士通Concord Jazz Festivalで来日していた。もう70歳をとっくに過ぎているはずだ。
だんだん知っているプレーヤーがいなくなってしまう中、ベテランの元気な姿を見れると嬉しいものだ。
コンボよし、BIG BANDよし、Vocalのバックよしの良くスイングするオールマイティーのドラマーだ。

前作の2枚でConcordは今後何処へ行ってしまうのかと思ったが、これアルバムは「直球ど真ん中でもう一度勝負」といった感じだ。
オーナー&プロデューサーのJeffersonも、「これまでのConcordのセッションのベストだ」と言ったとか。
今回、一緒のメンバーは、トランペットのビルベリーとサックスのリッチーカムカ、ピアノのナットピアース。それにハナを加えた4人は、10年前はNew Yorkでハーフノートに出演していた仲間同士。その後、皆、西海岸に移ったそうだが、一緒にやるのはどうも久々だったらしい。でも、確かに呼吸はぴったり合っている。
ピアースとハナは、元々Woody Hermanのオーケストラでも一緒にやった仲
もう一人のメンバー、ベースはWest Coastの重鎮モンティーバドウィッグ。
まあ、みんな旧知の仲といったグループだ。

確かに、いいメンバーだ。このメンバー達はこれからしばらくConcordで活躍する。
それに今回の目玉は、VocalのMary Ann McCallが加わっている。
最近でこそConcordレーベルはボーカルで有名だが、このアルバムが実はVocal入りの初アルバムだ。

このアルバム辺りが、Concordの次のステップの展開へ向けて仕切り直しをした節目かもしれない。


最後の曲CASTLE ROCKは、スタジオ録音には珍しくハナ(?)の曲目紹介からスタートする。
ウディーハーマンバンドの54年の録音の曲。ピアースはこの時も参加している。HANNAも含めてハーマンの思い出もあるのであろう。
西海岸には、ケントンやハーマンのオーケストラ経験者が多い。

演奏は、どれもリラックスした、題名のようなカンサスシティーJAZZの4ビートの流れ。
ハーマンの思い出を超えて、カンサスシティー行きの特急に乗って、歴史を一気に30年近く巻き戻して古きカンサスシティーJAZZの世界にスリップした感覚を受ける。

Doggin’
Robbin’s Nest
Stompin’s at the Savoy
Handful of Stars
It’s Sand Man
That Old Feeling
(I’m)Just a Sittin’ and a Rockin’
Wrap your Trouble in Dreams
I Got it Bad and That ain’t Good
Castle Rock


Bill Bery (tp)
Richard Kamuca (ts)
Nat Pierce (p)
Monty Budwig (b)
Jake Hanna (ds)
Mary Ann McCall (Vol)

Recorded 1976 (CJ-22)
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BIG BANDの名曲を男性4人のコーラスで料理すると・・・・・

2007-06-24 | MY FAVORITE ALBUM
THE AMES BROTHERS SING THE BEST of the BANDS

ここ一週間は結構仕事がしんどかった。
しばらく忙しい日が続きそうだが、このブログもこのところ中断せずに日課になっている。ゴルフの方は少しめげているが、これはできるところまで続けてみよう。

普段は基本的に「ながら」で聞くことが多いのだが、コメントを書くために聴き返すとなると、結構ライナーノーツを読み返したり、改めてじっくりと聞き込んだりすることになる。
何度も聴いたアルバムでもじっくり聴き直すと新たな発見があったりして、それはそれで楽しんでいる。
何十年ぶりでジャケットから取り出すものもあり、埃を被っていたLPの棚卸しを兼ねている。

でもじっくり聴くとなると、それはそれで疲れている時には結構負担になる。
本当は、半分居眠りでもしながらでも、聞き流したい気分なのだが。

そんな時、昔ながらのSWING系のJAZZは、多少ほっとした気分になる。
理屈は特にいらず、気分良く聴ければそれだけで十分。
ある種の「癒し」かもしれない。

という訳で、昔のBIG BANDサウンドで肩の凝らないものでもないかと棚を覗いたら、ボーカルでBIG BAND物があった。
男性4人組の、「AMES BROTHERS」
ジャズというよりは、ポピュラーの範疇に入るかもしれないが、やっている曲はBIG BANDの有名曲ばかり。
自分でも、何故このアルバムを買い求めたか定かではないが、きっとBIG BANDの曲をやっていたからだろう。
迷って同じ所に行き着いたということだと、何年経っても思考パターンは同じだということかもしれない。

明日はゴルフ。中身の能書きにはあまり触れずに気分よく聴いて寝ることにする。
コーラスもたまにはいいものだ。
そういえば、来月マントラのコンサートがある。
チケットは買ってないが、久しぶりに行ってみたくなった。

Cherokee
Marie
In my Solitude
Heart and Soul
It’s the Talk of the Town
I’ve Got my Love to Keep Me Warm
And the Angels Sing
Dancing in the Dark
You Made me Love You
Heartaches
Moonlight Serenade
On a Slow Boat to China

The AMES BROTHERS
SID RAMIN and his orchestra

Recorded in New York 8 ~10 , June , 1960

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GOODMANの名曲をBIGBANDで・・・・・

2007-06-23 | MY FAVORITE ALBUM
OPERATION BENNY GOODMAN / THE SHARPS AND FLATS featuring EIJI KITAMURA

最近聴きなおしているConcordは中間派が中心である。
このモダンとスイングの間を中間派と名づけたには、確か大橋巨泉だったはずだ。
SWINGの良さが残った、いわゆる「乗った演奏」は自分の好みである。

BENNY CATERのオーケストラを聴いたら、SWING JAZZのサウンドが懐かしくなった。
日本を代表するスイングジャズの一人者は北村英治。日本のジャズもなかなか馬鹿にはできない。
その北村英治が、ベニ―グッドマンの名曲をSWING BIG BANDをバックにして熱演。
バックを努めるのは、これも日本を代表する原信夫とシャープス&フラッツ+ゲスト。
当時のSWING派のオールスターだ。
編曲をしたのは、前田憲男、山屋清、山木幸三郎、大西修といった名アレンジャー達。

録音されたのは、1963年。Benny CaterがSWING ORCHESTRAのアルバムを残してから5年が経っていた。
世の中は、ハードバップ旋風が吹き荒れ、日本でもファンキーブームの直後。
ちょうど中学生だった自分がJAZZを聞き始めた頃だ。
スイングジャズなどはどこか片隅に追いやられていたのかも(???)。
もっとも、グッドマンスタイルのクラリネットは、他にも鈴木章二とか藤家紅二が独自の世界を作っていたので、この世界は世の中の流行には影響されずにGoing My Wayだったのかもしれないが。

北村英治の演奏はもちろんだが、このグッドマンの名曲のオーケストラサウンドが実にいい。シャープス&フラッツはオールマイティーのオーケストラだが、今回はSWINGオーケストラとしての本領発揮。
やはりレギュラーバンドの強みだろう。素晴らしいアンサンブルワークだ。
アレンジもグッドマンを意識して皆で腕を競い合ったのか、モダンにならずにスイングオーケストラの良さを引き出している。

このアルバムのもうひとつの特徴は45回転LP。
60年代に入って、ステレオ録音の音の良さを競い合ってレコード会社は色々な試みを行ったがこの「45回転LP」も一時流行った手法。
そのせいもあって録音としては素晴らしい。
ステレオ録音の技法も確立してきた60年代の中頃の録音は今でも立派に通用する。
録音技術としてのひとつのピークであったのかもしれない。
このアルバムは狭いスタジオではなく、お客を入れずにコンサートホールでの録音。バンド全体の響きの拡がりがなんともいえない。
ジャズでよくあるオンマイクの録音の良さとはまた違ったクラシックの録音の良さに似た音作りだ。
Carterオーケストラのアルバム同様、SWINGオーケストラのサウンドを最新の録音で再現している。
このようなオーケストラを聴きだすと、これはこれで病みつきになりそうだ。

Let’s Dance
Airmail Special
Stompi’n At The Savoy
Memories Of You
Don’t Be That Way
Bugle Call Rag
Rose Room
China Boy
Sing, Sing, Sing
Goodbye

Eiji Kitamura (cl)
Nobuo Hara and Sharp’s and Frat’s with Guest Players

Recorded 4 , 5 , July, 1963 at Kosei Nenkin Hall , Shinjuku , Tokyo
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Concordの路線とは少し毛色の違うアルバムだと思ったら・・・・

2007-06-22 | CONCORD
Perk Up / Shelly Manne

SHELLY MANNE。
WEST COAST JAZZの第一人者。
このブログで紹介したアルバムで、Shelly Manneがプレーしているアルバムが数えてみたら15枚あった。
比率的には結構多い。どちらかというと自分の好みがWEST COAST派ということだろう。
当然、Concordレーベルがスタートして、この大御所が登場しないかなと思ったら、早々にL.A.4の一員として登場。それはそれとして、いつものマンのプレーはいつ聴けるのかと思っていたら、ようやく20作目にして、リーダーアルバムが登場。

と思いきや、早速針を落とすと少し様子が変だ。別に内容が悪いという訳ではないのだが。
前作のBud Shankのアルバムと同じ印象だった。
一言でいうと、全体のサウンドが現代風。

Concordレーベルの悪い点は、録音日のクレジットが無いこと。
JAZZのアルバムは、仔細に録音データが書かれているのが普通だが、何か理由があったのだろうか?
女性が年を誤魔化したがるのとは分けが違う。素性をはっきりさせて欲しいものだ。

ライナーノーツを読み進むと、実はこの録音は発売から10年近く前、何と1967年に録音されて「お蔵入りしていたものが日の目を見たもの」との記述が。
プロデュースもシェリーマン自身。
どうりで、Concordの「匂い」がしないわけだ。

67年というとConcordレーベルはまだ生まれていない。
Shelly Manneの自分のライブハウスもまだやっていた時なので、多分自分のグループもホームグラウンドで活躍していた時であろう。
もちろん、Concordで出すにあたってはJeffersonがOKを出したのだから、特別な理由があったのかもしれない。

当時は、皆コルトレーンの影響を多少なりとも受けていたとは思うが、フリーでもなく、ロックの影響があるわけでもなく。
演奏はその当時の主流そのもの。

曲も、スタンダードのYesterdaysを除けばメンバーのオリジナル。
当時のShelly Manneのグループが真正面から取り組んだ演奏が聴けたと思えば儲け物だ。
最初からそういってくれれば、誤解しなかったし、最初の印象も違ったかもしれない。

その後、Shelly ManneのリーダーアルバムがConcordから出ることは無かった。
発売されたときには、メンバーはそれぞれ自分の道を歩んでいた。その後のConcordと付き合いの深いメンバーはMONTY BUDWIG以外いない。
Concordの初期の歴史の中にはこんな一枚もあった。

1. Perk Up               Rowles 5:41
2. I Married an Angel          Rodgers, Hart 4:50
3. Seer                 Strozier 5:47
4. Come Back              Strozier 4:49
5. Yesterdays              Kern, Harbach 5:14
6. Drinkin' and Drivin'          Rowles 6:42
7. Bleep                Wofford 6:27
8. Bird of Paradise           Wofford 4:39

FRANK STROGER (as&fl)
CONTE CANDOLI (tp)
MIKE WOFFORD (p)
MONTY BUDWIG (b)
SHELLY MANNE (ds)

Recorded in 1967
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本場アメリカに単身乗り込み他流試合・・・

2007-06-21 | MY FAVORITE ALBUM
Michel Legrand Recorded Live at Jimmy’s

作編曲だけでなく、ピアノのプレーも素晴らしいMichel Legrand
アメリカを時々訪れては、地元のライブハウスに出演していた。
そのライブでは、オーケストラのルグランではなく、ピアニストとしてのルグランに。
ピアノの演奏をたっぷり楽しめる。

ルグランのライブといえば、Shelly ManneとRay Brownのトリオの西海岸(シェリーズマンホール)でのライブが有名だ。このアルバムを最初に聴いた時、銀色の特徴的なデザインのジャケットと、迫力満点のピアノに圧倒されたのを覚えている。
それ以来のルグランファンだ。

今回の舞台は東海岸。New York、“Jimmys’”でのライブだ。
今度バックを努めるのは、Grady Tateのドラムに、Ron Carterのベースと当時の最高のコンビ。それに、ヨーロッパ帰りのPhil Woodsと、ギターのGeorge Davisを加えた文句なしのグループだ。

2週間の出演期間中は、毎日がジャムセッションタイムだったそうだ。
一夜限りの一発勝負のジャムセッションも意外性があって楽しいが。同じメンバーで何日か続けると呼吸も合ってきて、ジャムセッションとしての意外性にグループとしての一体感も生まれてくる。
オーケストラでは緻密な音作りをやるルグランも、ピアノのプレーでは自由奔放に弾きまくる。
ライブならではの会場の熱気が伝わってくる好演だ。

以前のライブは、まさにジャムセッション特有の題名も無いブルース(結局後付けて名前は付けているが)があったが、自分の作曲した映画音楽の主題歌が多い。
I will wait for youは自分のお気に入りの一曲。
スローなテンポでテーマを忠実に再現した後はアップテンポで、ルグランのいつもの乗りに。最後の盛り上がりとエンディングがなんともいえない。
楽しそうなステージだ。こんなライブを聴いてみたい。

WATCH WHAT HAPPENS
BLUE,GREEN,GREY, AND GONE
YOU MUST BELIEVE IN SPRING
BRIAN’S SONG
ORSON’S THEME
RGAN EYES
I WILL WAIT FOR YOU

Phil Woods (as,fl)
Michel Legrand(p,org,ep)
George Davis (g)
Ron Caeter (b)
Grady Tate (ds)

Recorded live at Jimmy’s in New York City , December 8 , 1973
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40歳を過ぎての初の自己アルバムにBenny Caterが花を添えて・・・・・

2007-06-20 | Thad Jones & Mel Lewis & VJO
Tain’t Nobody’s Biz-ness If I Do / Helen Humes

70年代後半の西海岸のJAZZレーベルで元気があったのがConcordレーベルだが、50年代の代表的なレーベルがContemporaryだ。
いわゆるWest Coast Jazzの代表格。数多くの名盤を生み出している。

この2つのレーベルには共通点がある。
戦後Bebopが始まった頃、それに合わせたかの如くその反動として起こった「ニューオリンズ(ディキシーランド)JAZZの復興」。何事も、急に新しいものが流行ると、その反動として古いものが見直されるものだが。
コンテンポラリーは、元々はそれに合わせてカムバックしてきた「古のJAZZの創始者達」の演奏を録音し始めたのが起源。レーベル名はGOOD TIME JAZZであった。
同じように、JAZZレーベルとしては名門の、Riversideも同じような経緯をたどっている。

コンテンポラリーの40年代の初期のアルバムには、ディキシーランドジャズリバイバルで現役に復帰してきたKid Oryとか、Lu Wattersとかの名前が並ぶ。
当時のディキシーの人気バンド“Firehouse Five plus 2”の演奏などもラインナップされ、よく売れたのだろう。このバンドのアルバムはコンテンポラリーレーベルでかなり後期まで発売されていた。

ちょうどConcordが中間派のベテラン達を復活させたのと同じだ。
コンコルドを立ち上げたCarl Jeffersonとコンテンポラリーを立ち上げた Lester Koenig、新たなレーベルを設立した想いに何か2人の間には共通点があったのかもしれない。

50年代の後半になると反対に新しいジャンルの試みとしてオーネットコールマンのアルバムなども出したが、その中に一枚のVocalアルバムがある。
コンテンポラリーレーベル自体、あまりVocalのアルバムがあるわけではないが、これはジャズ&ブルース歌手“Helen Humes”の初のリーダーアルバム。
40歳を過ぎてからの自分の名を冠したデビューアルバムである。

ブルースやゴスペルの伝統に根ざし、Swing時代のJAZZ VOCALのスタイルを引き継いだベテランの味だ。
50年代後半、モダンジャズがハードバップでまた新たなステージを作ったのに合わせて、Vocalもそのスタイルを変化させ、そして進化していた。
その中で、ビリーホリデーやエラフィッツジェラルトの30年代のスタイルに根ざした正統派のJAZZそしてBLUESを歌う。

R&Bをやって大分今風の歌も歌っていたらしいが、このアルバムでは完全に「原点回帰」。
ある意味では、Benny Carterと同様、SWING時代に根ざしたDNAは不変だったのだろう。

バックのミュージシャンは、お馴染みの当時の西海岸の一流どころが集まっている。
皆、コンテンポラリーの常連でもあり、Shelly ManneやピアノのAndre Previnの名前も見受けられる。
セッションによっては、Mel Lewisも。
西海岸からNew Yorkに活動の拠点を移す、最後の年だ。
そして、その中に、Benny Carterの名前も。
このセッションのリーダーのCarterのリードの元、歌に合わせてバックバンドのスタイルはいきなり30年代にタイムスリップしている。
ある種、ディキシーにも通じるアンサンブルワークだ。

カーターのプレーは、いつものアルトを置いてトランペット一本で通す。
元々アルトだけではなく、トランペットを始めとして色々な楽器を演奏するカーターであるが、このアルバムでは全編トランペットプレー。
それもSwing時代のスタイルそのままで聴けるのは珍しい。
もちろん、Humesの歌も素晴らしいが、このカーターのトランペットプレーをたっぷり聴けるだけでも価値あるアルバムだ。

Ain't Misbehavin'
Bill Bailey
Bill Contemporary
When The Saints Go Marching In

Los Angeles, CA, January 5, 1959

You Can Depend On Me
Trouble In Mind
Stardust
When I Grow Too Old To Dream

Los Angeles, CA, February 10, 1959

 Benny Carter (tp)
 Frank Rosolino (tb) 
 Teddy Edwards (ts)
 Andre Previn (p)
 Leroy Vinnegar (b)
 Shelly Manne (d)
 Helen Humes (vo)

Among My Souvenirs
A Good Man Is Hard To Find
'Tain't Nobody's Biz-Ness If I Do
I Got It Bad (And That Ain't Good)

Los Angeles, CA, January 27, 1959

 Benny Carter (tp)
 Frank Rosolino (tb)
 Teddy Edwards (ts)
 Andre Previn (p)
 Leroy Vinnegar (b)
 Mel Lewis (d)
 Helen Humes (vo)
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伝説の’59年のQUINCYオーケストラ。ヨーロッパ遠征の様子を映像で目の当たりにすると・・・・

2007-06-19 | MY FAVORITE ALBUM
QUICY JONES LIVE IN ‘60

次世代のテレビ放送の姿がだんだん見え始めたことで、最近はテレビ番組の著作権の話が業界の話題になりつつある。
テレビの番組を2次利用しようとしても、現在の番組の原著作者(タレントや音楽などを含めて)との契約は、放送だけに使うことを想定して契約が結ばれている。

テレビの番組は、通信のコンテンツサービスやDVDなどに多目的に使えるものが多くある。ところが、これまではそれを想定して契約をしていないので、技術的には何でもできるようになっているのに、実際には何も使えないという不思議なことになっている。

確かに、過去の番組はすでに契約をしてしまったので、そう簡単に何にでも使っていいという訳にはいかないと思うが、これから作る番組はそろそろそれを想定した番組作りを考えなければならなくなってきている。
世界的にこのような「コンテンツビジネス」の新たな流れが急加速している折、今のルールにこだわり続けていて、日本がまた世界の流れの中で乗り遅れなければいいのだが。

話は代わって、Quincy Jonesが自ら自分のバンドを編成して、ヨーロッパに意気揚々とジャズオペラ「フリーアンドイージー」の公演のために遠征したのが1959年。公演がスタートしたのは、暮れも押し迫った12月19日。アムステルダムのカレー劇場であった。
すべてが順風満帆であったのは、翌年の1月15日パリでの公演がスタートするまでであった。
この時、パリはアルジェリア戦争による大混乱の最中で、公演どころではなかった。結局次のロンドン公演に移るための資金が不足し、このパリで公演は中止となった。

思わぬハップニングで公演が中止になったにも関わらず、QUINCY JONESはオーケストラを解散せず、バンドのメンバーはその後半年近くヨーロッパ各地を彷徨い歩く羽目に陥ったという話は有名である。

バンドメンバーに一部家族を連れた30人近くの大所帯が着の身着のまま、明日の公演予定も定まらずにヨーロッパを転々としたということだけでも想像を絶することである。サドジョーンズの最初の来日の時に、コンサートの予定が何も決まっておらず、2週間あまりの滞在中数回の公演しか開けなかったのとは訳が違う。
詳しくはクインシーの自伝に書かれているが、人間極限の状態になると、ぴりぴりした中での団体生活は、些細なことでのメンバー間で諍いも起こるし、逆に結束間も強まるということもあったのであろう。
QUINCY自身、このツアーで抱えた借財が5万ドルとも、14万ドルともいわれている。
そこまでしてバンドを維持続けたことは、そのとき彼にとってはお金には換えられない価値をバンドも感じていたのであろう。

この逸話も話だけで、その時の演奏というものを今となっては聴く術もないと思っていたら、その当時の録音が発掘されている。
Birth of a bandのVol.2にその時の演奏が一部収録されているが、伝説のQuincyオーケストラのスマートな演奏の一面を知ることができる。

最近は、”youtube”なるものが現れたので、過去の歴史的な場面を映像で楽しむことができる。映像の訴える力は素晴らしく、音の悪さなどを気にせずに思わず画面を凝視してしまうこともよくある。

投稿されている映像を見ると、テレビの映像が多い。
個人が投稿できる過去の映像というと、やはり多くはテレビに頼らざるを得ない。
個人の録画したものを含めてそもそもの著作権が気になるのだが、見るほうからするとこれらの「お宝映像」を見ることができるのは楽しみだ。
特に歴史的に価値のあるものなどはこの著作権問題を早く解決して欲しいものだと思う。

最近、見ているうちに気がついたのだが、ジャズのプレーヤーがテレビ出演している姿を見ると何となくかしこまっていて、普段の彼らの演奏ではないような気がする。
最近の専門チャンネルと違って、昔のテレビはある種の「ショー」。何らかのコマーシャリズムに左右されてしまっているのは仕方がないものだろう。
割り切りを感じていたのだが。

大分前置きが長くなったが、実は昨年、Quinyのこのヨーロッパを放浪している時の演奏のDVDが発売された。

これには、ベルギーとスイスの2つのコンサートの模様が長時間収録されている。
元の映像素材はヨーロッパのテレビ放送のために収録されたそうだ。
全18曲。このDVDを見るとこのヨーロッパ遠征時のほぼ全貌が分かる。

例えば、お金が無くステージ衣装が無く、止む無くお揃いのセーター姿で演奏していることなどは、映像を見ないと分からないことだ。行動を共にした、フィルウッズやジェロームリチャードソン、そしてクラークテリーの姿もある。バンドのメンバー全員の姿と演奏をたっぷりと。やはり映像が付くと、リアリティーは数倍も増す。
確かに、音楽といえども映像の有無で臨場感がはるかに変わってくる。

ここで、同じテレビなのに、ヨーロッパとアメリカのテレビでは何故これほどまでに違うのかをいうことを改めて実感した。
ヨーロッパの放送は国営の公共放送、一方でアメリカは民間放送。
JAZZというある種の文化活動に対してその実態がきちんと残せたのは、テレビの公共性をきちんと守ったヨーロッパであった。
DVD化するにあたってもちろん権利処理などの手間はかかったと思うが、そもそもの映像が残っていることが重要なのである。

日本の状況を見てみよう。これまで、幾多のジャズプレーヤーが来日し、そのコンサートが収録され放送された。テレビだけでなく、コンサートのライブ放送は、昔FM放送のある種の特権であった。
もちろん多くはNHKの放送であった。今でもそうだが。
このたくさんの映像素材が埋もれたままになっている。

この公共資産がうまく権利処理がなされていつの日か世に出てくることを祈りたい。
我々にとっては思い出の、若い人にとって伝説のコンサートが実はたくさん倉庫に眠っているのだ。
映像を見ると、また一段とその時の感動や気が付かなかった素晴らしい気づきが生まれるであろう。
音楽ファンにとっての、放送と通信の融合とは、そんな世界が実現することかもしれない。



[Belgium, February, 1960]
Birth of A Band
Moanin’
Lester Leaps In
The Gypsy
Tickle Toe
Everybody’s Blues

Benny Bailey, Lonnie Johnson, Floyd Stadifer, Clark Terry (tp)
Jimmy Cleveland, Quentin Jackson, Melba Liston, Ake Persson (tb)
Julius Watkins (frh)
Porter Kilbert, Phil Woods (as)
Budd Johnson, Jerome Richardson (ts)
Sahib Shihab (bars)
Patti Bown (p)
Les Spann (g, fl)
Buddy Catlett (b)
Joe Harris (d)
Quincy Jones (arr, cond)


[Switzerland, May 20, 1960]
Birth of A Band
I Remember Clifford
Walkin’
Parisian Thoroughfare
The Midnight Sun Will Never Set
Everybody’s Blues
Stockholm Sweetnin’
My Revene
Ghana
Big Red
Credits
Benny Bailey, Roger Guerin, Lonnie Johnson, Floyd Stadifer, (tp)
Jimmy Cleveland, Quentin Jackson, Melba Liston, Ake Persson (tb)
Julius Watkins (frh)
Porter Kilbert, Phil Woods (as)
Jerome Richardson (ts)
Sahib Shihab (bars)
Patti Bown (p)
Les Spann (g, fl)
Buddy Catlett (b)
Joe Harris (d)
Quincy Jones (arr, cond)


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ベテラン達が、再出発の決意も新たに・・・・

2007-06-18 | CONCORD
Bud Shank’s Sunshine Express

Concordのアルバムも20作目に入り、少し制作方針の転換を図ろうとしたのか。
あるいは、枚数が急に増えたので、色々なトライアルを始めたのか・・・・?

前作のRay Brownのアルバムも、それまでのカラーとは少し違ってBrownの自己主張が強く感じられた。
それまでアルバムのプロデューサーは、創始者であるオーナーのCarl Jeffersonがすべてプロデュースしていた。すべてのアルバムが、彼の好みが色濃く出ていたものであった。

このアルバムのプロデュースは、Bud Shank自身。
自己のグループで、シャンクが思いっきり自分の自己主張をしたアルバムだ。
このアルバムと、次のShelly Manneのアルバムは少し毛色が違ったものになった。
その時の、オーナーの心の内がどうであったかは定かではない。

このアルバムは、Bud Shankの“Sunshine Express”という自己のグループ。
シャンクは、50年代、West Coast Jazzの全盛期にビッグバンドやハワードラムゼイのオールスターなどで活躍した第一人者。
早い時点からラテン音楽やフルートなどにも取り組み、ジャズプレヤーとして積極的な活動をしていた。
60年代に入るとスタジオワークが多くなっていたが、70年代に入り、L.A.4のメンバーとしても活動を始める。Concordでもそのグループのアルバムが出ている。

スタジオミュージシャン達も仲間内でレギュラーグループを組んでジャズのプレーを続けていると、次第に自分たちの曲を持ち寄るようになり、時にレコーディングのチャンスに恵まれることがあった。
このアルバムも、そのような経緯で生まれた一枚のようだ。

一曲目を聞き始めると、いきなりストレートJAZZの響きが飛び込んでくる。
コンコルドのモダンスイングというか中間派的なサウンドとは違った、いきなりメインストリームジャズそのまま。
Concordも変わったかなと思わせた一瞬である。

シャンクのプレーも、LA4でのプレーと同じ時期の演奏であるが。比較すると溌剌としている。MJQのミルトジャクションのような感じなのか。
Bandのカラーは、「Sunshine Express」どおり西海岸のカラッとしたサウンドをモダンにしたもの。ボビシューのトランペット、シャンクのアルトプレーも光る。
Bud Shankの10年近くブランクがあったアルバム作りも、このアルバムが復活の足がかりとなった。
このアルバムを作った後も、メインストリームでアルトのプレーを続けることとなる。
東のPhil Woodsに対して西のShankといった感じで2人が双璧となった。
そして、それは現在まで途切れることなく脈々と続いている。

曲も、Here's That Rainy Dayを除いて、ShankとWoffordのオリジナル。Shankの意気込みを感じる一枚。
Concordレーベルもリタイヤ組の同窓会の場から、ベテランの新たな門出や、新人たちの登竜門としての場に・・・・・徐々に変化し始めた。
そして、その後さらにステップアップしていくのであった。

1 . Sunshine Express                Shank 6:30
2 . Flim Flam                    Wofford 4:27
3 . Here's That Rainy Day       Burke, VanHeusen 4:16
4 . John C                     Wofford 6:21
5 . C'est What                   Shank 7:36
6 . Horizon                    Wofford 4:44
7 . No. 10 Shuffle                 Wofford 7:20

Bud Shank (as,fl)
Bobby Shew (to,flh)
Mike Wofford (p)
Fred Alwood (b)
Larry Bunker (ds)

Recorded In 1976 (CJ-20)

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仲間を集めてちょっと昔を思い出すか・・・  

2007-06-17 | MY FAVORITE ALBUM
ASPECTS / BENNY CARTER and His Orchestra

先週末の夜、久々にBIG BANDのライブを聴いた。
アレンジャーの内堀勝のBIG BANDだ。
昔、MU BIG BANDという名前のバンドであったが、再編されてから初めて聴いた。
昔のバンドのメンバーが有名になって、忙しすぎでリハーサルもできない状態になり、止む無く解散したそうだ。
若手中心で、大学で本格的にやってきたメンバーを揃えての演奏はなかなか迫力があり期待以上の出来であった。
コンサートホールと違って、狭いライブハウスでのBIGBANDは、楽器の音がダイレクトに聞こえるので迫力満点。
やはり自宅のAUDIO装置で聴くのとは訳が違う。
すっきりした気分で帰宅した。

古きよき時代のBIG BANDはダンスBANDだった。聴いているだけで浮き浮きしてくるようなサウンド。そして、一曲の長さはダンスにも適度な長さ、1枚のSPレコードに収めるにも丁度いいのはおよそ3分。昔懐かしいサウンドはこのようにして残されている。
アメリカのインターネットラジオを聴くとこのような曲が次から次へと流れているチャンネルがある。根強いファンがいるのであろう。
昔のこのような演奏を聴くと、リズム感は伝わってくるが輝くブラス、重厚なサックスの響きはSPレコード独特のサウンドに包まれてその実際の音は分からない。
SWINGバンドは、そんな音という既成概念ができてしまっている。

LPレコードが登場し、そしてステレオレコードと進化を続けると、レコードの音は霧が晴れたようにクリアになった。スタジオの隅々まで、あるいはライブの周りの気配、そしてプレーヤーの息遣いまでが鮮明に残されるようになった。
もちろん、録音機材やテープの格段の進歩や編集技術の高度化が拍車をかける。
モダンジャズの時代に入ると、このクリアな音源で数多くの名演が残されるようになった。おかげで、今でも当時の演奏をあたかも目の前で演奏しているかの如く楽しむことができる。
ありがたいものだ。

一方、肝心のSWIN BANDは 50年代なると輝かしい歴史の幕を閉じてしまった。
バンドも次々と解散していってしまい、スイング時代の素晴らしい演奏が、素晴らしい録音で残されることもなく。

そして、BIG BANDで演奏していたプレーヤーの多くはスタジオ入りしてしまった。
30年代から活躍してきた、アルトのBenny Carterもその一人である。
作編曲家としても活躍し、カーターは仲間を集めて様々なセッションをこなしていた。
映画であり、テレビであり、そして歌手のバックオーケストラであり。
そのカーターから声が掛かるのを皆楽しみにしていて、西海岸の有名プレーヤーがいつも、彼の元には集まっていた。長老格であったのと、その音楽性に魅力があったのかもしれない。

このアルバムは、久々にそのカーターがBIG BANDを編成してのスタジオセッション録音。
彼が活躍していた30年~40年代のSWING BANDを再現した。
2回のセッションに分かれているが、いずれもこの録音のために集まったメンバーは普段一緒にやっている西海岸のスタジオミュージシャンの「兵」をずらりと揃えている。
この録音から20年近く経ってConcordから自らのリーダーアルバムを出した、スタジオの雄“Plas Johnson”も加わっている。

久々にSWING時代のBIGBANDのアルバム作りにカーターも力が入っている。
だが別に肩に力を入れて新しいサウンドを出すこともなく、カーターが昔から自ら引き継ぐスイング感で、いつものペースで。
このアルバム作りに3分前後の曲を12曲。そして1月から12月まで、各月に相応しい曲を集めた。
洒落た企画だ。

I’LL REMENBER APRILや、SEPTEMBER SONGのような有名曲もあれば、このアルバムのためにカーターが書き下ろした曲を含めて。
アップテンポあり、ラテンのリズムあり、そしてバラッドあり。
アンサンブルといい、ソロといい、久々にSWINGオーケストラのノリに、カーターも、そして集まったメンバーも自分達でも楽しんだことであろう。
「BIG BANDはこうあるべし」というカーターのこだわりが、タイトルとアルバム作りに現れている一枚だ。素晴らしい演奏と、素晴らしい録音で。
その後も、ビッグバンドやコンボで日本にも何度も来日したが、エリントンやベイシーとも違う「カーターの世界」をいつも楽しませてくれた。

1. June in January *
2. February Fiesta *
3. March Wind **
4. I'll Remember April *
5. One Morning in May *
6. June Is Bustin' Out All Over **
7. Sleigh Ride in July **
8. August Moon *
9. September Song *
10. Something for October **
11. Swingin' in November  **
12. Roses in December **

*personel
Benny Carter (as)
Shorty Sherock , Conrad Gozzo , Pete Cantori , Uan Rasey (tp)
Tomy Pederson , George Roberts , Herbie Harper (tb)
Buddy Cullette , Bill Green , Justin Gordon , Chuck Centry (sax)
Arnold Ross (p)
Joe Comfort (b)
Larry Bunker (vib)
Sherry Manne (ds)

**personel
Bennt Carter (as)
Al Porcino , Stu Williamson , Ray Triscari , Joe Gordon (tp)
Frank Rossolino , Tomy Pederson , Russ Brown (tb)
Buddy Cullette , Bill Green , Jewell Grant , Plas Johnson (sax)
Gerry Wiggins (p)
Barney Kessel (g)
Joe Confort (b)
Sherry Manne (ds)

Arrangement by Benny Carter

Recorded in 1958

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ブラウンのベースの袋を開けると・・・・

2007-06-16 | CONCORD
Brown's Bag / Ray Brown

JAZZのベースというとその低音の魅力。特にレイブラウンの重低音は人一倍凄い。
確実にビートを刻みながらリズム隊の一角を担い、ソロプレーヤーと掛け合いをし、時にはソロの出番がある。裏方のベースが表に立つ時だ。
チャーリークリスチャンが単にリズムを刻んでいたギターを1、ジャズ&ロックの世界で管楽器のようなソロ楽器にした立役者とすると、ベースをソロ楽器としたのはジミープラントン。
それを引き継ぐモダンジャズ創世記のベースプレーヤーはオスカーペティフォードやスラムスチュワート、そしてパーシーヒースやチャーリーミンガス、ポールチャンバースと続く。が、その時代から幅広い領域で最近まで(といっても亡くなってから5年が経ってしまったが)長年活躍してきたのが「レイブラウン」。
やはり風貌を含めてJAZZベースの大御所であろう。

ジャズを聴き始めた頃、図太い音でオスカーピーターソンとコンビを組んでいたレイブラウンはすぐに覚えたプレーヤーだ。その頃のピーターソンのアルバムには、SJ誌の最優秀録音賞を受けた「WE GET REQUEST」もあり、オーディオのチェック用としても重宝されていた。
こんなアルバムをJAZZ喫茶で大音量にして聴いた時、改めてレイブラウンの良さに惚れ入ったものだ。

そんなレイブラウンも1966年にはピーターソンの元を離れてロスでスタジオ入り。
その後は、様々なセッションに顔を出していた。アルバムをひっくり返してクレジットのベースのところにレイブラウンの名前があると何故か安心して聴けた。

Concordレーベルが発足した時から、レイブラウンはドラムのJake Hannaと共にこのコンコルドレーベルのレギュラーメンバーのような存在。
L.A.4にも加わっていたし、以前ピーターソントリオで一緒だったEllisとのコンビでも。

このアルバムは、そのRay BrownのConcordでの初リーダーアルバムだ。
ここでは裏方ではなく前面に出て、いつものレイブラウンとは違ったプレーが聴ける。

中身は2つのグループに分かれてて、ひとつはキーボードのDON GURUSINとのコラボ。
そう、あのFusionの世界で有名はグルーシン。シンセサイザーなども加えてベースを引き立てる。ブラウンもソロをオーバーダビングしたり音作りを楽しんでいる。
ブラウンのソロ(あくまでもアコースティックベースでさすがエレキベースは使っていないが)を徹底的に前面に出したアルバム作り。Concordの今までのストレートなJAZZとは少し嗜好を変えている。

もうひとつは、ブルーミッチェルとリッチーカムカの2管を加えた、よくあるモダンジャズコンボの標準編成。スタイルもあくまでもジャズメッセンジャー風に。そして、正統派ウォーキングベースを中心に。
ドラムのJohn Guerinはロックをプレーする異色。ドラムのサウンドもチューニングを含めてオーソドックスなものとは少し色合いを変えているのが面白い。彼の起用もたまたまなのか、意図的なのか?

いずれにしても、ブラウンのすべてが袋にぎっしり詰まった、BROWN’ BAGだ。

Blues For Eddie Lee
A Time For Love
Keep On Pumpin’
Surry With The Fringe On
You Are My Sunshine
Emily
Surry With The Fringe On Top

Blue Michell (tp)
Richie Kamuca (ts)
Art Hillery (p)
Ray Brown (b)
John Guerin (ds)

Dave Grusin (keyboard)
Ray Brown (b)
Jhon Collins (g)
Jimmy Smith (ds)

Recorded in 1976 (CJ-19)
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