A DAY IN THE LIFE

好きなゴルフと古いLPやCDの棚卸しをしながらのJAZZの話題を中心に。

クラブの雰囲気次第で、ライブ演奏の盛り上がり方も色々・・・

2015-09-30 | CONCORD
An Evening at Charlie's / Mel Tormé & George Shearing

ジャズのライブハウスというとあまり繁華街のど真ん中にはない。自分が良く行く、ブルーノート、SOMEDAY、ビーフラットなどはそれでも青山、新宿、赤坂。しかし、東京TUCは神田駅から離れた商業地区、さくらんぼとなると遠く郊外の芝崎となる。一見さんのお客は基本的にいないので、場所はあまり関係ないといえば関係ないが、やはり場違いな場所というのも行きにくいものだ。
昨日は、高田馬場のサニーサイド。学生時代毎日通った街、懐かしさもあり、自分にとっては行きやすい場所だ。

ではアメリカはというと、やはりジャズクラブはニューヨークがメッカ。昔は52丁目にクラブが軒を連ねていたというが、果たして今はどうか?
有名なビレッジバンガードはマンハッタンの中心からは遠く南に離れたグリニッジビレッジの入り口。こちらも必ずしも繁華街の真ん中にある訳では無さそうだ。

80年代にはいってすぐ、ワシントンDCのジョージタウンにCharlie’sとうクラブがあった。ホワイトハウスから数キロ離れた大学のある街だが、日本で言えば、霞が関の議事堂から少し離れた場所といった感じか。
落ち着いた感じでチャーリバードなどが良く出演していたという。客席のキャパも170人。狭くは無いが、けっして広い会場ではなかった。それ故、会場の雰囲気も良く、ゆっくり聴くにはいい感じのクラブであったと紹介されている。客層も推して知るべし。

ところが官庁街や学生街は朝早い。夜遅くまで外出している人も少く、早めに家路につく。ところがアメリカのライブハウスのスタートは始まりが遅い。1stステージの始まりは8:30とか9;00。セカンドステージが終わる頃には日付が変わってしまう。それ故、セカンドステージは極端に客足が減ったそうだ。観光客もニューヨークなどに較べれば少なく、やはり不夜城のマンハッタンのクラブとの立地の違いがネックであった。

それでも、サラボーン、オスカーピーターソン、そしてジョージシアリングなどの有名ミュージシャンが出演する時は賑わったようだが、他の日となると閑古鳥がなく有様だった。せっかくいいクラブではあったが、営業的には苦しく5年余りで店を閉じなければならなかった運命であった。

コンコルドレーベルには、グレートギターズのこのクラブでのライブ録音があったが、このアルバムもその「チャーリーズ」でのライブ録音。

ジョージシアリングとメルトーメの付き合いは長い。グラミー賞もとったアルバムも作ったコンビだが、ここでは普段メルトーメのバックを務めていたドラムのドニー・オズボーンも加わって、ライブならではのよりリタックスしたスインギーな演奏が楽しめる。

シアリングとトーメ。それぞれステージ経験は長いベテラン同士。ステージをどう盛り上げ、お客と一体化していくかの術はお互い持ち合わせている。今回は、デュオを格別意識する必要が無いせいが、コンコルドではあまり聴く機会の無かった、ドラムを加えたトリオ演奏なども聴ける。それぞれの流儀の合作といった感じだ。

それに加えてこのクラブの雰囲気。郷に入っては郷に従えで、2人の演奏は自然と地元ワシントンのハイブローな熱心なジャズファンにピッタリな内容になっていったようだ。

1. Just One of Those Things / On Green Dolphin Street
                 Bronislaw Kaper / Cole Porter / Ned Washington 6:24
2. Dream Dancing                          Cole Porter 6:12
3. I'm Hip                  Bob Dorough / Dave Frishberg  3:33
4. Then I'll Be Tired of You                Arthur Schwartz 4:41
5. Caught in the Middle of My Years / Welcome to the Club Shearing / Torme  6:02
6. Nica's Dream                       Horace Silver 6:32
7. Chase Me Charlie                     Noël Coward 3:50
8. Love Is Just Around the Corner       Lewis Gensler / Leo Robin 3:07


Mel Torme (vol)
George Shearing (p)
Don Thompson (b)
Donny Osborne (ds)

Produced by Carl Jefferson
Recording Engineer : Phil Edwards

Recorded at Charlie's, George Town, Washington D.C. October 1983
Originally released on Concord CJ-248

Evening at Charlie's
クリエーター情報なし
Concord Records
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

同じビッグバンドでもバンドカラーは色々だが、やはりアレンジャーが率いるバンドは一味違う・・・

2015-09-28 | MY FAVORITE ALBUM
Brilliant Corners The Music of Thelonious Monk / The Bill Holman Band

最近のライブ通いはビッグバンドが続いた。

●木幡光邦923バンド
このバンドは、毎月定期的なライブが続いている。リーダーの木幡さんの好みか、選曲はスインギーなパンチのある曲が多い。今回はメンバーに女性が5人、でもそのパワーは変ることが無い、女性パワー恐るべし。

●野口久和ビッグバンド
こちらは春以来久しぶり。お馴染みのレパートリーに必ず新アレンジが加わっているが、スインギーな正統派のバンド。メンバーもベテラン揃いで安定感があるが、専属コーラスのブリーズが一緒なのもいい。

●辰巳哲也ビッグバンド
どこでも聴けるサドメルやベイシーのレパートリーには目もくれず、特徴あるアレンジャーの作品を特集してライブをしているが、今回も意欲的なプログラム。スェーデンのアレンジャー、マッツホルムキストがデイブリーブマンのビッグバンドに提供したウェインショータートリビュートの作品が中心。斬新なアレンジと山口真文のテナーとソプラノが冴えた。今回は11月にやるコンサートの前哨戦、次回はハンコックの曲もやるとか。

●鈴木直樹とスイングエースオーケストラ
体調不良でしばらく休んでいたが、元気に復帰。ビッグバンドのライブも久々だった。本拠地ビーフラットに続いて八王子のホールで無料のコンサートも開催された。未来を担う子供たちへの贈り物「ビッグバンドスイングジャズコンサート」と題されていたが、集まったのは「元子供」も多く、普段よりもポピュラーな曲も多く和気藹々とした雰囲気のコンサートであった。今回無料というのもスポンサーの方がいらしたようだが、次回も開かれるようなので楽しみ。是非次回は子供達に聴いて貰いたいものだ。

●守屋純子オーケストラ
この守屋純子のオーケストラも毎年定期コンサートを大きなホールでやっているが、今回は東京TUCで、翌日の家康公に因んだジャズ組曲のレコーディングに向けてのウォーミングアップを兼ねたライブ。レギュラーメンバーが一部欠けていたが、トラを務めたメンバーも一流揃い。このオーケストラもオリジナル曲&アレンジが楽しめる。

という訳で、同じビッグバンドといっても、色々バンドカラーや曲の違いがあってそれぞれ楽しめるが、やはりアレンジャーが率いるバンドは、選曲やアレンジに拘りがあるので気軽に聴くというよりは、聴き応えのあるライブになる。

本場アメリカでもビッグバンドのアレンジャーも星の数ほどいるが、50年代から現在まで一線で活躍し続けている実力者というと、ビルホルマンであろう。

ずっと西海岸を拠点としているので、50年代はいわゆるウェストコーストジャズのアレンジが多かったが、当時はテナー奏者としても活動しており、ペッパーアダムスがロスにいた時には色々なバンドで一緒にプレーしていた

その後はスタジオでの仕事が多くなり、アレンジャーとしての活動がメインとなった。バディーリッチを始めとしてテリーギブスやルイベルソン、メイナードファーガソンなど西海岸のビッグバンドに多くのアレンジを提供し、老舗のベイシーオーケストラでも一時ホルマンのアレンジが多かった時期がある。

さらに、地元で自分のビッグバンドを持つようになると、アレンジにも一層気合が入ってきたようだ。丁度、80年代の後半からだが、ホルマンのアレンジは、曲の流れに起承転結があり、繰り返しが多い一般的なジャズオーケストラのアレンジとは一味違う。エリントンの組曲物ではないが、ホルマンの譜面は長尺が多いと聴いた事がある。これも、ホルマンは晩年、近代クラシックの作曲手法を改めて学んだ影響だろう。どこかヨーロッパのビッグバンドを感じさせる部分もあるものそのせいだと思う。

その中に、このアルバム、セロニアスモンクのソングブックアルバムがある。モンクの曲の中では一番有名なラウンドアバウトミッドナイトは、ビッグバンドに限らず色々な演奏、アレンジがある。しかし、その他の曲となると、セロニアスモンクの曲のビッグバンド版というのは珍しい。普通のビッグバンド仕立てにするには、とっつきにくいのかもしれない。

ところが、曲自体が特徴の多いモンクの曲を、ホルマンの新たな作風を加味したアレンジは実にユニークである。聴き慣れたメロディーが、ソロであったりアンサンブルでデフォルメされ仕上がっている。
この頃のホルマンのビッグバンドのアルバムを作ったのはJVC。プロデューサーも日本人だが、聴き応えのある意欲的なアルバムだと思う。

Bill Holman (Arranger, Leader)
Thelonious Monk (Composer)

Carl Saunders (tp.flh)
Ron Stout (tp.flh)
Bob Summer (tp.flh)
Bob Summers (tp.flh)
Frank Szabo (tp.flh)
Andy Martin (tb)
Bob Enevoldsen (vtb)
Jack Redmond (tb)
Kenny Shroyer (btb)
Ray Herrmann (ts,ss)
Pete Christlieb (ts,ss,fl)
Lanny Morgan (as,fl)
Bill Perkins (as,ss,fl)
Bob Efford (bs,bcl)
Rich Eames (p)
Dave Carpenter (b)
Bob Leatherbarrow (ds)

Produced by Akira Taguchi
Allen Sides : Recording Engineer

Recorded at Oceanway Recorders, Hollywood, California on February 11 & 12, 1997


Brilliant Corners
クリエーター情報なし
Jvc
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

面倒をみた新人のレコーディングの手伝いのつもりがいつの間にかリーダーに・・・

2015-09-26 | PEPPER ADAMS
Generations / Pepper Adams & Frank Foster

世間ではフォルクスワーゲンのエンジンの制御ソフトの不正処理が話題だ。これは単なる設定ミスや事故といったレベルの話ではないので深刻だ。要はクリーンディーゼル&低燃費を謳っていた技術が未完成だったので、検査だけをパスするように誤魔化していたという事になる。

車に限らず、その性能を測定するためにベンチマークテストというものはよく行われる。テストの仕様に向けてパフォーマンスをチューニングしていくので、一般的な使用環境ではその性能が出ないのは世の常である。車では燃費性能がいい例だろう。だが、燃費の場合は、実際の燃費というのもカタログスペックの良し悪しに比例するものだし、ドライバーが燃費の悪い乗り方をすれば当然悪くなる。これは、利用者にとって納得できるものだろう。

しかし、今回は、検査の時だけに排気ガスの処理装置がフルに稼働し、それ以外はほとんど機能しない設定に。その理由も、エンジン性能を維持するため、処理装置の寿命を延ばすためというメーカー都合。本来の目的の排気ガスの浄化はどこに行ってしまったのだろう。車では一部のマニアが車検を通すために一時的にパーツを交換するということもあるようだが、それはあくまでも自己責任の範囲、今回はメーカーが自分の能力不足を隠す為というのだから問題外だ。ユーザーの理解など得られるはずがない。

今の世の中、色々な分野で規制やルールが厳しくなっているが、このような事が明らかになると果たして本当に規制が守られている商品が世に出ているかどうか怪しいものだ。一時、食品の産地や原材料の偽装が次々に問題になった。今回の問題も、単に、ディーゼル、フォルクスワーゲン、そして自動車業界だけの話で終わらないのではないかと思う。

その原因というと、やはり、現在の売上至上主義、さらには何を差し置いても自社の利益が最優先という、行き過ぎた市場経済、そして企業競争に帰結すると思う。先日の東芝の不正経理と、経営者のとった行動の背景は同じだ。

昔からコマーシャリズムという言葉は、「何か良い物を壊す」という悪い意味を帯びていたが、今回の件は、壊すどころか生活者の生活を脅かすとんでもないモンスター商品を生み出したことになる。マス商品、メガショップ、グローバル市場の悪い側面の行く末を予感させる。
ネット社会の普及によって、何も大きくなくても良いもの、いい店は生きていける時代になった。もう一息頑張って欲しい。

ジャズの世界でも、コマーシャリズムというのは良い意味では使われていない。特に実直なストレートな演奏を好む日本のジャズファンにとっては、コマーシャリズムに毒されたアルバムは、演奏するミュージシャン自体が否定されることもあった。
ジャズレーベルというのは一部のメジャーレーベル以外は、皆マイナーレーベルといってもいいが、その中でもそこそこ有名になると、どうしても「売るための」アルバム作りが行われるものだ。

ペッパーアダムスの晩年は、メジャーレーベルとは無縁であったし、売るためのアルバム作りというのにも縁が無かった。

ここに一枚のアルバムがある。

レーベルはMuse。マイナーではあるが70年代以降のハードバップ系ではそこそこ名の通ったレーベルで、カタログには500枚くらいがリストされている。

リーダーはというと、ペッパーアダムスとフランクフォスターの名が並ぶ。ペッパーアダムスのリーダーアルバムの一枚と思われがちだが、アダムスの研究家ゲイリーカーナーの定義ではアダムスのアルバムには入らない。

ジャケット写真を見ると2人の顔写真があるが、黒くマスクが掛けられていいるようで誰の顔なのか分からない。右側はフォスターのようだが、左側は輪郭からアダムスには見えない。では誰なのか?そして何故このようにしたのか?

共演しているメンバーを見ると、サックスのジェイムス・ディーン以下、リズム隊も無名のメンバー達だ。2人のベテランが新人達を従えての演奏のように感じる。



1曲目を聴くと、4管でのテーマのアンサンブルに続き、フォスターのテナー、そしてアダムスのバリトンのソロはいつものように豪快に続く。アルトは可もなく不可もなく、ソロのフレーズ作りは少し癖があり、あまり流暢とはいえない。リズム隊は、ドラムを筆頭に小気味よいリズム感だが、こちらも平凡といえば平凡だ。
フォスターは、曲によってソプラノに持ち替え、アダムスが参加しない曲も。B面に移ると、ウェストコーストジャズ風のアンサンブルワークで少し曲想が変る。かと思えば、クラリネットとピアノのデュオによる演奏も登場。

改めて、このアルバムは誰のプロデュースと思ってジャケットを見ると、ジェイムス・ディーンの名前が。読み進むと、アダムスとフォスターの紹介から始まるが、どうもこのアルバムの主役はプロデュースをした、ジェイムス・ディーンという事が分かる。

フランクフォスターの後日談によると、フォスターもアダムスもディーンのレコーディングへのゲスト参加で、これはあくまでもディーンのアルバムと思っていたようだ。

ジェイムス・ディーンとアダムスとの出会いは1969年。まさにサドメルとデュークピアソンのレギュラーメンバーで日々活躍していたアダムスが、ある日NavyのBig Bandのサックスセクションのクリニックを行った時、このネイビーのバンドにいたのがディーンであった。そしてアダムスの紹介で、フォスターに弟子入りしたというのがディーンと2人との出会いであった。

という訳で、このアルバムはニューヨークでフォスターの指導のもと、プロとしてそこそこ活動できるようになったディーンの初のリーダーアルバムというのが正解で、あくまでも2人は応援参加であった。
実際に内容は、タイトル曲のGenerationはビッグバンドのアレンジで知られるようになったのをコンボ用に自ら仕立て直し、クラリネットのアーティーショーやテナーのズートシムに捧げた曲を提供するなど、初アルバム作りに力が入っていたようだ。

このような形でリリースされたことにディーンはクレームを付けたようだが、Museの会社としての判断は、所詮無名の新人のリーダーアルバムでは売り物にならないということであったようだ。
中身の偽装は無くても、売るためには看板を掛け替えなければならないとうのは、商売をするには仕方がないかも。このアルバムもディーンのリーダーアルバムでは果たして何人が手にすることになったか分からない。

アダムスにとっては、1984年の怪我から復帰後すぐの録音。前回紹介したギターのPeter Leitchのレコーディングが11月17日。19日にはこのディーンのセッションのリハーサルが行われている。その後Hod O'Brienのセッションのリハーサル・本番を経て、1月25日にこの録音を終えると、すぐにロンドンに旅立っている。3月にスウェーデンでがんの宣告を受ける1カ月半前の演奏だ。

1. Generation
2. Dance of Infidels
3. Stable Mates
4. Titter Pipers
5. Moon In Question
6. Milestone
7. Inventory

James L. Dean (as,ts,cl)
Frank Foster (ts,ss)
Pepper Adams (bs) 
Vinnie Cutro (tp)  #1
Noreen Grey (p)
Earl Sauls (b)
Glenn Davis (ds)

Produced by James L. Dean
Engineer : Rudy Van Gelder
Recorded at Van Gelder Studio,Englewood, N,J. on January 25, 1985


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

名ピアニストと相性がいい?ドラムのデイブウェックルのドラミング・・・

2015-09-23 | MY FAVORITE ALBUM
Why Not? / Michel Camilo

先日、紹介したGRPオールスターズでドラムを叩いていたのはデイブウェックル。フュージョンドラマーの代表格であるが、ビッグバンドでもなかなかスインギーなダイナミックなドラミングを聴かせてくれた。

このウェックルも小さい頃の憧れはバディーリッチであったという。リッチが亡くなった後、リッチのメモリアルのコンサートが開かれたが、このコンサートにはジャズ界だけでなく、ロックやフュージョンのドラマーも数多く集まり盛大なものであった。もちろん、このウェックルも何度も参加している。ジャンルに関わらずドラマーにとっての憧れはバディーリッチであるのだろう。



このデイブウェックルと小曽根真のカルテットが日本ツアー中だ。ブルーノートには23日から登場だが、先週一足お先に彼らのステージを楽しんできた。最近ではライブというともっぱらジャズクラブだが、久しぶりに大きなホールでのライブであった。とはいっても会場は三鷹市公会堂、自宅から比較的近かったこともあり出掛けでみたが、このくらいの小振りのホールはどこの席でもいい感じで聴ける。箱物行政の結果、とこの町にも立派なホールがあるがあまり有効活用されているようには見えない。このように利用される機会が増えれば嬉しいのだが。

ウェックルと小曽根は初めて一緒にやった時の相性が実に良く、最近は良く一緒にプレーしているそうだ。というだけあって、他のメンバーを含めコンビネーションは抜群だった。休憩も無く、2時間近いステージを一気に盛り上げていた。

このウェックルといえば、チックコリアのグループへの参加で有名になったが、その前はミシェルカミロと一緒に演奏しており、カミロの初アルバム、French Toastにも参加していた
ニューヨークに出てスタジオワークやセッション活動を通じ徐々に名が知られるようになったが、このフレンチトーストへの参加はドラムのピーターアースキンの推薦があったからとか。いずれにしても、このカミロとの出会いがウェックルを一躍有名にし、その後一流プレーヤーとの共演が続いた。中でも、一流ピアニストに見初められレギュラーグループへ参加することが多いというのは、彼のドラミングはピアニストキラーなのかもしれない。

カミロとの共演したアルバムも多いが、このカミロの初のリーダーアルバムにも参加している。フレンチトーストからの流れで、トランペットにはルーソロソロフ、そしてサックスにはクリスハンターの2管が加わったクインテットだが、カミロのピアノが全面的にフィーチャーされている。卓越したテクニックに裏打ちされた、ラテンフュージョンのピアノの先兵ともいえるカミロのピアノが大ブレークしている。それを支えるウェックルのドラムも、やはり並のドラミングではない。

全曲カミロのオリジナルで、作曲家としての才能も合わせてアピールしている。一足お先にマンハッタントランスファーでヒットしたWhy Notも収められ、アルバムタイトルとなっている。

フレンチトーストのアルバム同様、このカミロのアルバムも、制作したのは日本の誇るフュージョンレーベル、エレクトリックバード。日本人のアルバムからスタートしたが、この頃はニューヨークでアルバムも多く作っていた。それから30年、当時の新人達も今や皆大スターだ。



1. Just Kiddin'                 5:21
2. Hello and Goodbye              6:26
3. Thinking of You               9:09
4. Why Not?                  7:36
5. Not Yet                   6:28
6. Suite Sandrine, Pt. 5            5:38

Michel Camilo (p)
Lew Soloff (tp)
Chris Hunter (as,ts)
Anthony Jackson (b)
Dave Weckl (ds)
Sammy Figueroa (per)
Guarionex Aquino (per)

Produced by Shigeyuki Kawashima
Recording Engineer : Ed Rack
Recorded at Clinton Recording Studio, New York on February 25,26,27, 1985



ホワイ・ノット
クリエーター情報なし
キングレコード
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カルジェイダーの死を悼み、カールジェファーソンからファンへの贈り物は・・・

2015-09-21 | CONCORD
Good Vibes / Cal Tjader

コンコルドジャズフェスティバルが初めて開催されたのは1969年。サンフランシスコ郊外のコンコルド市の高校に隣接した公園広場であった。熱狂的なジャズファンであった地元のカーディーラーのオーナー、カールジェファーソンが音頭をとり、市の協力も得て街のイベントとして開かれた。

丁度ジャズ界はフリーや8ビートなど新しいジャズを模索していた時期だが、ベテラン達のモダンスイングの昔懐かしいサウンドは、集まった1万人以上のジャズファンを魅了した。思った通りの盛況に手応えを得たジェファーソンは、翌年も開く事を決心し、その後毎年の恒例イベントになった。

ベテラン達の溌剌とした素晴らしいライブの演奏を会場に訪れられなかったファンにも広く聴いてもらいたいと思い、出演者の演奏を収めたレコードを作り、そのためのレーベルも作った。人口12万人の小さな町に生まれたインディーズレーベル。これがコンコルドレーベルの発祥だ。

4回目になる1972年7月のチケットがジャケットにデザインされているアルバムが記念すべきカタログNo.1番となる。最初の頃は発売されるアルバムは、このコンサートのライブ録音が多かった。


何事も上手くいくと欲が出るものだ。フェスティバルに参加するメンバー達以外のミュージシャンの録音も行うようになり、さらに新たに発掘した新人の演奏、そして埋もれていたプライベート録音なども次々とカタログに載せてきた。

1975年には、街の郊外に新たにジャスフェスティバルの会場となる巨大な常設のパビリオンもでき、フェスティバル自体も益々大きくなっていった。


先日紹介したジョージシアリングのアルバムが1984年のリリース。12年間で250枚近くがカタログに載る中堅レーベルに育っていた。その中には、毎年開催されるコンコルドジャズフェスティバルのライブ録音も多くリリースされたが、必ずしもすべてがレコードになった訳ではなかった。

契約するミュージシャンもベテラン、新人を問わず増えていった。ジャンルも最初の頃のモダンスイング系だけでなく、ハードバップから実験的なアルバムまでに広がっていた。
その中でラテン系のジャズにも力を入れ、ラテンといっても純粋なラテンではなく、ジャズ、ボサノバ色が強い演奏が中心で、カルジェイダーやローリンドアルメイダなどが、オーナーのカールソンのお気に入りであり、彼らの為に新たにConcord Picanteというサブレーベルも新たに作られた。

その看板であったカルジェイダーは短期間に5枚のリーダーアルバムを作った。他にもサイドメンとして多くのアルバムにも参加していた。元々は、バップオリエンテッドな演奏もしていたし、ジョージシアリングのグループにも加わっていたジェイダーなので、何もラテン系のアルバムだけでなく、それらの演奏はオールラウンドプレーヤーとして面目躍如たるものであった。最後のアルバムとなったカーメンマクレーとの共演は、ジェファーソンと共に、更に新境地に踏み出したばかりであった。

そのマクレーとの共演アルバムを作って4か月後の1982年5月5日、異国の地マニラで急死してしまった。享年56歳。それは、まだこれからという時の突然の死であり、オーナーのジェファーソンもショックであったと思う。

ジェイダーが亡くなって2年後、ジェファーソンはジェイダーへの追悼アルバムを出した。中身はよくあるよう「仲間が集まって、ジェイダーに捧げると」いう企画ではなく、ジェイダーが自分のグループでコンコルドジャズフェスティバルに出演した時のライブ演奏であった。

曲によってフルート&サックスがゲイリーフォスターとロジャーグレンと異なっているので、80年、81年の両方のステージでの演奏であろう。ドキシーやブロードウェイというジャズの名曲を4ビートでやっている演奏も含まれる。そして、最後に収められているのが、タイトル曲のGood Vibes。ラテン調のジェイダーらしい自作曲だ。

大きなジャズフェスティバルが各地で行われていた時だが、このコンコルドはコンコルドに所属していたミュージシャンにとってはホームグラウンドのようなもの。地元のファンに囲まれリラックスしているが、熱の入った演奏になる。

アルバムのジャケットには、ジェファーソンの追悼の言葉以外何のクレジットも解説も無い。ジェファーソンは冒頭で語っている。「Good Vibes.とはまさにジェイダーそのものであり、すべてである。彼の音楽、家族、そして仲間のミュージシャン、ファン、聴衆、すべてがそのGood Vibes.と触れ合うことができる。」と。

ジェファーソンの原点である、コンコルド・ジャスフェスティバルでの演奏、それがジェイダーを忍び、皆がGood Vibesと触れ合うには一番いいと考えたのだろう。

1. Soul Sauce (Guachi Guaro)        Dizzy Gillespie / Chano Pozo 6:07
2. Doxy                         Sonny Rollins 7:05
3. Shoshana                       Mark Levine 7:07
4. Speak Low                 Ogden Nash / Kurt Weill 7:16
5. Broadway           Billy Bird / Teddy McRae / Henri Woode 6:06
6. Cuban Fantasy                     Ray Bryant 5:20
7. Good Vibes                        Cal Tjader 3:43

Cal Tjader (vibes)
Marl Levin (p)
Rob Fisher (b)
Vince Lateano (ds,timbales)
Poncho Sanchez (congas)
Gary Foster (as,ss,fl)
Roger Glenn (fl,per)

Produced by Carl Jefferson
Recorded live at the Concord Jazz Festival, Concord Pavilion, Concord, California
Recording Engineer : Phil Edwards, Ron Davis

Originally released on Concord CJ-247 (所有盤はCD)

Good Vibes
クリエーター情報なし
Concord Records
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アダムスのお蔭で、アメリカに来て初のリーダーアルバムも無事に・・・

2015-09-18 | PEPPER ADAMS
Exhilaration / Peter Leitch


ペッパーアダムスの晩年(1984年から1986年)というのは人生の中で最悪の時期だったかもしれない。

この頃、世間はフュージョンブームにのって人気バンドのアルバムは飛ぶように売れ、ベテラン達も数多く行われたジャズフェスティバルで復活していた。同郷の仲間で一時コンビを組んだドナルドバードはこの流れに乗って、いわゆるアメリカンドリームを確実に手にしていた。

しかし、一匹狼のソリストとして活動を続けたアダムスは、この世間の動向とは無縁であった。ソリストとして活動はアメリカ国内だけではその活動が限られるせいか、よくヨーロッパを訪れていた。何も、名声やお金だけが人生のすべてではないと割り切り、ソリストとして一緒にいい演奏をできる友人達の間を巡りながら、そこで日頃の憂さ晴らしをしていたようにも感じる。

しかし、此の時期はその活動すら満足にできない期間であった。

84年は脚の怪我でほぼ1年近くを棒に振ってしまった。10月になってやっとプレーを再開し、レコーディングも始めることができた。年が明けて85年はヨーロッパでのツアーもできるまでに回復した。しかし、3月11日渡欧中のスウェーデンで体調を崩し、現地で診断の結果、肺がんであることを宣告される。それから亡くなる翌年の86年9月10日までは今度はガンと闘いながらの最後の活動を続けることとなってしまった。

脚の怪我では歩く事もできず、外に出掛けることもできず部屋に閉籠ることが多かった。そんなアダムスの元を訪れたミュージシャン仲間の一人に、ギタリストのピーターライチがいた。
ライチはカナダ出身、ニューヨークに出てきて間もなかった、彼が頼りにしたのがアダムスであった。アダムスは隣国のモントリオールにもよく訪れていた。そういえば、アダムスの参加したラストアルバムもカナダでの録音であった。ライチとは、ニューヨークに来る前にアダムスのモントリオール訪問がきっかけで知り合ったのであろう。

ある時、アダムスはライチからアルバム作りで相談を受けた。母国カナダではアルバムを作った事があったが、アメリカでは初のリーダーアルバムであった。色々相談事や心配事もあったと思う。結局、相談相手であったアダムスもレコーディングに参加することになり、自宅で2人きりでの練習も始まった。

最初ライチはすべてセロニアスモンクの曲でアルバムを作ろうと考えていた。レーベルが決まりプロデューサーやメンバーも決まり詳細が詰まってきた。結局、レコーディングする曲はモンクの曲以外にライチのオリジナルなども加わった。
そしてスタジオはルディーバンゲルダースタジオに。アダムスにとっては若い頃から通い慣れた場所、しかしライチにとってはいきなりの晴れ舞台。高校球児がいきなり甲子園に登板するようなものであったのであろう、必要以上に神経質になったという。

そのような新人を最後まで支えたのが怪我も癒えたアダムスであった。しかし、アダムス自身の体調もけっして良さそうには見えなかったという。進行していたガンの影響がこの頃すでに体を蝕んでいたのかもしれない。

長い準備期間を経て、録音が行われたのが11月17日。このアルバムがアダムスにとっても長い療養明けの初録音となった。リーダーはあくまでもライチだが、アダムスとの共作といってもいいアルバムだ。

メンバーは、ドラムはアダムスとは付き合いが長く一緒にアルバムも作っているビリーハート。ピアノとベースは当時ニューヨークで活動をしていた中堅の2人が加わる。アダムスにとっても初顔合わせだったようだが、相性はよかったようだ。此の後、彼らと一緒にプレーするようにもなる。

モンクの曲を中心にという構成も良かったのかもしれない、伝統的なストレートアヘッドなプレーが繰り広げられる。ライチの演奏も、多少線が細い感じを受けるが、その後の活動の起点となるようなプレーだ。

タイトルのExhilaration。浮き浮きした気分にさせるという意味らしい。このセッションが塞ぎ込んでいたアダムスを気分よくさせたのか、この録音の直後、12月にはアダムスは久々に昔からの仲間のケニーバレルと、そしてアルコーンと一緒にクラブ出演した。ギター奏者とはあまり一緒に演奏する機会が少なかったが、このアルバム作りをきっかけに久々にライブでもギターと一緒にプレーしたくなったのかもしれない。

1. Exhilaration          Peter Leitch 7:16
2. Round Midnight            T. Monk 6:59
3. Thinkle Tinkle            T. Monk 6:50
4. Slung, in the Far East      Peter Leitch 6:21
5. How Deep Is The Ocean?        Berlin 7:00
6. Played Twice            T. Monk 8:30

Peter Leitch (g)
Pepper Adams (bs)
John Hicks (p)
Ray Drummond (b)
Billy Hart (ds)

Arranged by Peter Leitch
Produced by Robert Sunenblich & Mark Feldman
Recording Engineer : Rudy Van Gelder
Recorded at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, N.J. on November 17, 1984


Exhilaration
クリエーター情報なし
Reservoir
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オールスタービッグバンドにも色々あるが、これを上回るものはなかなか・・・・

2015-09-11 | MY FAVORITE ALBUM
GRP All Star Big Band


ビッグバンドは運営にお金がかかる。今では、レギュラーバンドといえども日常的に活動するのは難しい。神田にTN Swingというライブハウスがあるが、ここでは毎日ハウスバンドがビッグバンドサウンドを聴かせてくれる。こんなバンドは世にも珍しいが、商売抜きで運営できないと難しいと思う。
木幡光邦の923バンドも月一回の定期的なライブを続けている。新宿のSomedayもビッグバンドのプログラムが良く組まれていたが、最近はすっかり少なくなった。頑張って欲しい。

こんなビッグバンド事情なので、何かのきっかけで編成されるスペシャルバンドが楽しみだ。最近ではブルーノートオースルタービッグバンドなどが良く活動しているようだ。
昔から、きっかけはレコーディングであっても、イベントであっても、このようなオールスター・ビッグバンドにはファンにとっては色々なお楽しみがプラスされているものだ。

フュージョン全盛期のGRPレーベルは元気なレーベルの一つであった。プロダクションとして活動を始めて20年、さらにレーベルとして活動をして10年目の節目に、色々なプロジェクトがGRPの総帥ラリー・ローゼンよって企画された。その第一弾が、傘下のソリストを中心としたオールスター・ビッグバンドの結成であった。

これを思い立ったのも、ローゼン自身が昔はビッグバンドのドラマーであり、40年から50年代にかけてのメトロノームオールスターズのスリリングな演奏を忘れられず、ビッグバンドにはノスタルジー以上の思い入れがあったからだそうだ。

すでに、プロダクション&レーベルとして活動して10年以上、このGRPから育ったミュージシャンは皆第一線のリーダーに育っていた。このビッグバンドは、まさにそれらの大物スターを一堂に会した夢のビッグバンドとなった。

第一線で活躍する皆の生活&活動拠点は全米各地に散っていた。そして日々の活動は世界中を駆け巡るものであった。まずは、メンバー全員をレコーディングのためにロスアンジェルスに集合させるのに一苦労したという。

次に、そのオールスターバンドが演奏する曲選び。600曲以上の候補から絞り込んで最終的に残ったのは古今のジャズの名曲ばかり。曲の方もオールスターバンドに相応しい名曲集となった。

次はアレンジ。プロデューサーのアベーンに加えて、トムスコット、ボブミンツァーなどの参加メンバーがアレンジでも腕を振るう。そして出来上がった譜面はどれもストレートアヘッドなスタイルに仕上がった。集まったメンバーの中にはフュージョンバンドと思ってやってきたが、思いがけず久々の4ビートの演奏に気合が入った者もいたという。

そしていよいよレコーディング。
メンバー達は1992年1月12日ロスのオーシャンウェイスタジオに集まった。映像も一緒に録ることになった。
したがって、仕切りのないスタジオライブでのセッティングでの演奏。パートごとに録音しダビング&ミックスを重ねるような手法も排除された。
聴衆は地元のプレス中心の関係者、スタジオ内ではなく隣のモニタールームでの鑑賞とはなったが。普通のステージのように皆が顔を合わせ、お互いの息遣いやアクションを共有する環境での演奏となった。当然のようにプレーには一発勝負の緊張感と熱気が自然と籠ってくる。



トランペットが3本、トローンボーンが1本という少し変則的な編成だが、アンサンブルワークといいソロといい、一流ミュージシャンの入魂のアレンジと演奏は迫力があり、聴き所は山ほどある。
結果は、悪いはずがない。単なるお祭り騒ぎでもない、記念すべきアルバムとなった。
このような経緯でラリー・ローゼンの思いを込めて作り上げたアルバム、レコーディングだけでなく一般コンサートを望む声は多く上がった。

これだけのメンバーを再び集めるのは至難の業であったが、翌年これが日本公演で実現した。バブルが弾けた後で経済的な環境は厳しくなりつつあった時だが、当時の日本の経済力とファンの熱意は、まだまだ世界のジャズ界に与える影響力が大きかった証左であろう。

1, Airegin               Sonny Rollins 5:14
2. Blue Train              John Coltrane 4:39
3. Donne Lee              Charlie Parker 4:18
4. Maiden Voyage           Herbie Hancock 6:37
5. Sister Sadie              Horace Silver 6:54
6. The Sidewinder             Lee Morgan 6:43
7. Seven Steps to Heaven  Miles Davis / Victor Feldman 6:03
8. I Remember Clifford           Benny Golson 5:36
9. Footprints               Wayne Shorter 6:58
10. Manteca       Gil Fuller / Dizzy Gillespie / Chano Pozo 7:00
11. 'Round Midnight   Bernie Hanighen / Thelonious Monk / Cootie Williams 7:04
12. Spain                  Chick Corea / Joaquín Rodrigo 5:19

Arturo Sandoval (tp,flh)
Sal Marquez (tp,flh)
Randy Brecker (tp,flh)
Eric Marienthal (as,ts.ss.fl)
Nelson Rangell (as,ts,ss,fl,piccolo)
Ernie Watts (ts,as,ss,fl)
Tom Scott (bs,as.ts.ss)
Bob Mintzer (ts,bcl,ss,fl)
George Bohanon (tb)
Dave Valentin (fl)
Eddie Daniels (cl)
Dave Grusin (p)
Kenny Kirkland (p)
David Benoit (p)
Russell Ferrante (p)
Gary Burton (vib)
Lee Ritenour (g)
John Patitucci (b)
Alex Acuña (per)
Dave Weckl (ds)

Produced by Michael Abene,

Arranged by Michael Abene, Tom Scott, Dave Grusin, David Benoit, Russell Ferrante, Bob Mintzer, Vince Mendoza, Chick Corea

Recorded the afternoon and evening of January 12, 1992
At Oceanway Studios, Hollywood, California
Recording Engineer : Don Murray

GRP All Star Big Band
クリエーター情報なし
GRP
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ピアノとベースのデュオといえばこの一枚も・・・・

2015-09-08 | MY FAVORITE ALBUM
This One’s For Blanton / Duke Ellington & Ray Brown

デュークエリントンといえば、ビッグバンド、そして作曲家として有名だが、ピアニストとしてのエリントンも忘れる訳にはいかない。エリントンが素晴らしいのは、そのどれをとってもオンリーワンのエリントンサウンドを持っている事。ジャズ界で実力者といわれても、なかなかエリントンに匹敵するオリジナリティー持ち、すべてにおいてパワーと影響力を持ち合わせたミュージシャンは他には見当たらない。

エリントンのピアノはもちろんビッグバンドでも聴けるが、コンボでの演奏での方かより特徴が分かる。単に古いとか新しいとか、スイングするとかしないとかで表現できない、ある種のジャズの伝統を感じる一方で、ある時は前衛的に感じることもある。ミンガスとかコルトレーンなど意外な組み合わせであっても、誰と一緒にプレーしてもエリントンのこのピアノスタイルは変る事はなかった。

ジミーブラントンは、セントルイスでエリントンの目に留まり、グループに抜擢された1940年代のベーシスト。モダンジャズ時代に入ってのベースの改革者はスコットラファロといわれているが、このブラントンこそが、スイング時代の単調な4ビートを刻むベースを、メロディー楽器としてのベースへ進化させた先駆者だ。その力強さと合わせて、モダンジャズのベースの始祖とも言われているのもそのプレーを聴くと納得できる。

そのブラントンはラファロと同様に若くしてこの世を去っている。ブラントン23歳、ラファロ25歳、そしてジャコも35歳と天才ベーシストは皆早死にだ。
という訳で、ブラントンのプレーはエリントンと一緒の演奏しか残されていないが、その中にはDuoの演奏もある。1940年の録音だがモダンな演奏だ。



その演奏から30年以上経って、エリントンはこのブラントンとのデュオを思い浮かべるアルバムを作った。パートナーに選んだのはレイブラウン。ブラントンとのDuoの演奏を再現するには適役だ。

レイブラウンは最初ピアノを弾いていた。家の近くのバーあるジュークボックスに店の外から耳を傾けることが多かったが、そこでかかるデュークエリントンの「スイングが無ければ意味が無い」の最後のベースの2音を聴くのが楽しみであった。それでベースに魅せられベースを弾くようになったという。この時のレコードのベースがブラントンだったそうだ。とすると、このレコードが、レイブラウンがベーシストになったきっかけであり、恩人はエリントンでありブラントンという訳になる。

ブラントンが早く世を去り、ブラウン自身もガレスピーやピーターソンなどと忙しく演奏をするようになりブラントンを次第に意識する事も無くなっていった。ノーマングランツからこのアルバムへの参加を打診された時、きっとブラウンにとっては初恋の人との再会のような気分であっただろう。

このようなアルバムの企画はブラントンの演奏のカバーになりそうだが、ここでは1曲だけPitter Panther Patterが再演されている。A面の他の曲はお馴染みのエリントンナンバーが中心、そしてB面はブラントンに捧げた組曲風のエリントンとブラウンのオリジナルだ。
レイブラウンのベースもけっしてブラントンのプレーを真似るのではなく、ブラウンの本来の演奏をストレートにぶつけている。ブラントンの切り開いたプレーをさらにここまで進化させたとアピールしたかったのかもしれない。



このアルバムは最初のエリントンのピアノとブラウンのベースを聴いたとたんに、何かが違うと感じる。2人のプレーの気迫を感じるのもあるが、重厚なサウンドは録音のクオリティーも良いからだろう、実にいい音だ。これもこのアルバムの魅力だ。

エリントンが亡くなったのは、このアルバムを残してから半年後。ピアノプレーの遺作ともいえるアルバムだ。

1. Do Nothin' Till You Hear from Me    Duke Ellington / Bob Russell 5:36
2. Pitter Panther Patter                 Duke Ellington3:06
3. Things Ain't What They Used to Be Mercer   Ellington / Ted Persons 4:00
4. Sophisticated Lady    Duke Ellington / Irving Mills / Mitchell Parish 5:30
5. See See Rider                      Traditional 3:07
6. Fragmented Suite for Piano and Bass: 1st Movement Ray Brown / Duke Ellington 4:51
7. Fragmented Suite for Piano and Bass: 2nd Movement Ray Brown / Duke Ellington 5:11
8. Fragmented Suite for Piano and Bass: 3rd Movement Ray Brown / Duke Ellington 3:40
9. Fragmented Suite for Piano and Bass: 4th Movement Ray Brown / Duke Ellington 4:58

Duke Ellington (p)
Ray Brown (b)

Produced by Noman Granz
Recorded at United Recording, Las Vegas, Nevada on December 5 1973

This One's for Blanton
クリエーター情報なし
Ojc
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

デュオの魅力は色々あるが、2人の相性が合うと色々な展開が・・・

2015-09-06 | CONCORD
Live At The Café Carlyle / George Shearing with Don Thompson

ジャズの世界では、日常的に色々なプレーヤーと一緒にプレーする機会がある。初めて会った2人でも、すぐに一緒に演奏できるのがジャズの良さであり、楽しみであるだろう。その中からコンビを組んで一緒に活動する仲になるのは限られる。お互いの演奏に感じる事も多く、人間的な相性も重要なのだろう。
今日のライブは、クラリネットの鈴木直樹とバンジョーの青木研のコンビ。今日の編成はDUOであったが、最近ではコンボでも、ビッグバンドでも2人のコンビが核となっているようだ。だが、2人の相性とコンビネーションの良さはデュオが一番楽しめる。

ピアノのジョージシアリング、キャピタル時代は爽やかなグループサウンドがシアリングのピアノのイメージであった。キャピタルを離れてからは、ピアノを前面に出した活動をするようになった。コンコルド専属になってからはブライアントーフのベースとのDuoでの活動が中心となり、このコンビでメルトーメとのアルバムも作った。この編成が気に入ったのか、その後もしばらく続いたが、2代目のベースが先日リーダーアルバムを紹介したドントンプソンであった。

この2人の出会いは、カナダ出身のトンプソンの拠点であったトロントであった。
ある時、シアリングはトロントで友人のためにソロのコンサートを開いていたが、トンプソンもその会場を訪れていた。その友人にトンプソンはシアリングを紹介されたが、シアリングも地元のロブマクコーネルのビッグバンドに参加していたトンプソンの演奏はレコードで聴いた事があったという。初対面であったがトンプソンが会場にベースを持ってきていたこともあり、その場で2人の共演が実現した。

シアリングは「知らない曲は弾かなくてもいいよ」といって、何の打ち合わせもなく演奏が始まった。続けて数曲演奏したが、そこで、2人にはお互い何か相通じるものを感じたのであろう。その後、ブライアントーフの後任として、シアリングはこのトンプソンとコンビを組みことになる。

もちろん、トンプソンにとってシアリングは大先輩、トンプソンがシアリングを初めて聴いたのは1966年に遡る。サンフランシスコのベイジンストリートウェストに出演していたクインテットを聴いた時であった。トンプソンはまだ26歳、ジョンハンディーのグループに加わるためにサンフランシスコに居を移した時であった。
その時、シアリングの演奏を聴いて彼が深く印象に残ったのは、お馴染みのシアリングのグループの演奏ではなく、その中のある曲でのシアリングのソロによるイントロであった。そのタッチでありサウンドであり、ハーモニーの組み立て方といいすべてが美しく、彼をノックアウトしたという。

それから12年経った1978年になって、トンプソンはシアリングとトーフのデュオの演奏を聴く機会があった。そこで、再びシアリングのソロを聴いて12年前の感動を思い出したそうだ。

このアルバムを作るまでに、2人は2年近く一緒に演奏してきたという。その間、もちろん同じ曲を何回も演奏してきたし、時には新しい曲を演奏することも。だが、シアリングとの演奏では、それ都度新たな驚きを感じるとトンプソンは語っている。
その日の気分もあるし、会場の雰囲気もあるし、同じ曲を弾いても厳密には同じものにはならない、それがジャズの良い所であり、プレーヤーだけでなく聴き手にとっての楽しみにもなる。

このアルバムは、2人がそのような関係が続いていた時のアルバムだ。
レコーディングされたのは、ニューヨークのCafé Carlyleという高級ホテルの中にあるクラブでのライブ。いわゆる老舗のジャズクラブとは違った雰囲気のクラブであることは、このアルバムからも感じられる。この2人の演奏にはピッタリのシチュエーションかもしれない。

この夜は、いつもやっているパーカーのCherylやスタンダード曲が並ぶだけでなくハービーハンコックの曲があり、トンプソンのオリジナルも。シアリングのボーカルに加え、後半はトンプソンも楽器をベースからピアノに替え、ピアノのデュオも楽しめる。同じ二人のデュオであっても、曲やスタイルだけでなく楽器も替えたバリエーションが楽しめる。そのステージの雰囲気がそのまま収められているアルバムだ。

今日の鈴木&青木のライブもそうであったが、単調になりやすいデュオのステージも2人の相性が醸し出す味わいある演奏は飽きることなく2ステージを楽しめる。

シアリングのピアノもバラードからリズミカルな演奏まで色々なスタイルを披露しているが、トンプソンが深く印象に残るシアリングのピアノのソロというのも、この中にはきっと隠されているのだろう。



1. Pent-Up House                     Sonny Rollins 4:13
2. The Shadow of Your Smile     Johnny Mandel / Paul Francis Webster 5:07
3. Teach Me Tonight               Sammy Cahn / Gene DePaul 3:42
4. Cheryl                         Charlie Parker 4:55
5. Blues for Breakfast                  Eddy Clearwater 3:38
6. P.S. I Love You            Gordon Jenkins / Johnny Mercer 2:47
7. I Cover the Waterfront          Johnny Green / Edward Heyman 5:24
8. Tell Me a Bedtime Story                Herbie Hancock 4:20
9. Inside Jack                  Reardon / Marvin Fisher 4:57
10. Stratford Stomp                     Don Thompson 3:32

George Shearing (p)
Don Thompson (b)

Produced by Carl Jefferson
Recording Engineer : Ed Trabanco
Recorded live at The Café Carlyle, New York, January 1984

Originally released on Concord CJ-246

Live at the Cafe Carlyle by Shearing, Thompson (2002-01-01) 【並行輸入品】
クリエーター情報なし
Concord Jazz/Universal
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リーダーアルバムとなると得意のハイノートだけでなく、仲間と共に全知全能を注いで・・・・・

2015-09-03 | MY FAVORITE ALBUM
Play Well With Others / Wayne Bergeron

西海岸を代表するビッグバンドであるゴードングッドウィンのBig Band、リーダーのグッドウィンだけでなく、各セクションにも一流のスタジオミュージシャンが集まっているオールスターバンドだ。

サックスセクションの要がサルロザーノとすれば、トランペットセクションの柱はリードを務めるウェインバージェロンであろう。メイナードファーガソンに憧れ、実際にファーガソンに認められ一緒にファーガソンのバンドでも活動した。
その後はスタジオワークが中心だが、それ故演奏スタイルはオールマイティーだ。ロスを活動の拠点にしているのでジャズだけでなく色々な歌手やミュージシャンのバックを務め、映画音楽やテレビでも彼のトランペットは色々な所で聴くことができる。大学でも教鞭をとり、彼の名を冠したモデルのトランペットもあるという実力者だ。

そのようなバージェロンがリーダーアルバムを作るとなると、やはりコンボの演奏よりビッグバンドが相応しい。自らがレギュラーバンドを持っている訳ではないので、レコーディングのための特別編成とはなるのだが・・・。
彼のプレーの素晴らしさをアルバム単位で表現するには、得意なハイノートだけでは物足りない。色々な曲、そして色々なアレンジ、それを彼と一緒にプレーするミュージシャンも必要となる。色々な側面からバージェロンの演奏を聴く事で、彼の良さが分かるということだ。

クインシージョンズなどのような大御所ともなると、ミュージシャンやスタッフを存分に使ったアルバム作りというのは珍しくない。当然、かけたコストに見合うセールスも見込める。
しかし、バージェロンのような実力はあっても、直接セールスに繋がるようなアルバムでない場合は、普通はレコーディングにそうそう人・もの・金を掛けられるものではない。
しかし、このアルバムは贅沢にもこれらの要件をすべて満たしたものになった。いつものプレー仲間の協力も多くあったのだろう。

レコーディングに馳せ参じたミュージシャンは30人以上、アレンジャーは7人、各曲にバージェロン以外のソリストも配している。単にバージェロンのソロをフィーチャーしただけのアルバムではない。バージェロンのソロもアップテンポ有、フリューゲルホーンでのバラードプレーなどバラエティーの富んでいる。ソロだけでなくセクションに加わって、いつものようにリードプレーヤーとしての存在をアピールしている曲もある。

一曲目、スタートのファンファーレとも思えるバージェロンのハイノートでラテンタッチの曲で始まる。そして、本人にとって何よりも嬉しかったのは、師とも崇めるメイナードファーガソンが駆けつけてくれて、一緒にプレーをしていることだろう。一緒に演奏する曲は、曲名もそのままにMaynard & Waynardとつけられた。作編曲したのはいつもの演奏仲間であるゴードングッドウィン。ファーガソンは翌年には亡くなるので、ラストレコーディングかもしれない。

この曲に限らず、いつものプレー仲間に囲まれたバージェロンの演奏は悪いはずがない。いや、バージェロンだけでなくソロで登場するプレーヤーも素晴らしいし、アンサンブルも流石ウェストコーストのオールスタービッグバンドの出来となっている。小難しいことは抜きにして、カラッとしたサウンドで小気味よくスイングする西海岸のビッグバンドは健在だ。

アルバムタイトル通りの、”Play Well With Others”。これがビッグバンドの醍醐味だろう。こんなビッグバンドサウンドは自分の好みだ。



1. Endless Torture (Tortura Sin Fin)           Wally Minko 8:15
2. Maynard & Waynard               Gordon Goodwin 7:03
3. Scheherazade              Nikolai Rimsky-Korsakov 4:55
4. You Go to My Head         J. Fred Coots / Haven Gillespie 6:36
5. Georgia            Hoagy Carmichael / Stuart Gorrell 5:46
6. Samba Brassiliero                Geoff Stradling 4:57
7. High Clouds and a Good Chance of Wayne       Tom Kubis 6:00
8. Requiems                     Joey Sellers 6:19
9. You Hid What in the Sousaphone?           Bill Liston 6:19
10. The Hipster                    Dan Higgins 7:05

Personnel:
Wayne Bergeron: trumpet, flugelhorn, leader
Gary Grant, Larry Hall,Larry Lunetta,Maynard Ferguson, Warren Luening, Dan Fornero, Deb Wagner, Rick Baptist, Dennis Farias (tp)
Greg Huckins (as,bs), Sal Lozano, Dan Higgins (as, fl, piccolo, cl, bcl)
Brandon Fields, Pete Christlieb, (ts) Bill Liston (ts, fl, cl)
Rusty Higgins (ts, fl, cl), Bob Sheppard (ts, fl, cl)
John Mitchell (bs), Joel Peskin (bs, bcl)
Andy Martin, Charlie Loper, Bruce Otto, Alex Iles, Steve Holtman, Charlie Morillas (tb)
Craig Gosnell, Bill Reichenbach (btb, tuba)
Mike Lang, Christian Jacob (p)
Wally Minko (p,Fender Rhodes)
Dustin Higgins (g)
Neil Stubenhaus, Chuck Berghofer, Trey Henry, Kevin Axt, Ken Wild (b)
Vinny Colaiuta, Ray Brinke (ds)
Michito Sanchez (per)

Arranged by
 Gordon Goodwin #2
 Dan Higgins #10
 Bill Liston #5,6,9
 Wally Minko #1
 Joey Sellers #8
 Geoff Stradring #3
 Tom Kubis #4,7

Produced by Gary Grant
Recording Engineer : Dan Blessinger
Recorded at Martinsound Studio, Alhambra, California and Others

Plays Wells With Others
Wayne Bergeron
Concord Records
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

復帰したシムスは、よりスイング色を強くした演奏に・・・

2015-09-01 | MY FAVORITE ALBUM
Nirvana / Zoot Sims

二枚目で洗練されたイメージがあるアートペッパーやスタンゲッツと較べると、ズートシムスの風貌は田舎くさい。Zootというあだ名も、40年代に流行った長い上着とダボダボのズボンのZoot Suiteといファッションからつけられたという。ファッションも無頓着だったのかも。


Zoot Suite

ズートシムスはジャズの歴史の中でキーマンの一人であることは間違いないが、何故か巨人というタイプではない。そして、いい演奏をしているアルバムは多いが、これぞ名盤だというのはすぐには思い浮かばない。コンビというとアルコーンとのレギュラーコンビが有名だが、リーダーアルバムといっても誰かとコンビを組んだものが多い。協調性がある平均点が高い優等生だろう。

活動期間が限られたアートペッパーとは対照的にシムスは生涯切れ目なく活動していたように思っていた。ところが、ディスコグラフィーを見ると1968年から1971年の間にブランクがある。この間、演奏活動自体を休んでいたのか、レコーディングが無かったのかは寡聞にして分からない。

68年の最後のレコーディングが、ペッパーアダムスとの共演Encounterであった。このアルバムでは2人ともいつになくアグレッシブな演奏をしている。ちょうどジャズ界が変遷を遂げた時期でもあった。しかし、昔は一緒にプレーをしたマイルスやコルトレーンが突き進んだ新しいジャズのスタイルには、シムスは踏み込めなかった。

72年にはニューポートの舞台にも立ったが、本格的な復活は73年になってからアル&ズートの再会でスタートする。レコーディンも再開するが、世間で流行りつつあった8ビートには目もくれず、その後の演奏はシムスのスタイルの原点であるモダンスイングの演奏に回帰している。

丁度4ビートの復活の時流にも乗ったのだろう、新たに旗揚げしたPabloやChiaroscuro、Famousdoorといったメインストリームのジャズの復活に貢献したレーベルの常連となった。良くスイングするプレーには変わりはなかったが、以前と変わった点というと、元々高音域でのテナープレーを得意としていたが、ソプラノサックスも良くプレーするようになった。

その様な中、74年にGroove Marchantレーベルに一枚アルバムを残している。サドメルのデビュー作で有名なソリッドステートレーベルを立ち上げたソニーレスターが新たに作ったレーベルであった。

ギターのバッキーピザレリと組んだ、ピアノレスのデュオ&カルテットの地味に感じる編成だ。
ピザレリの控えめなプレーとのデュオも良い感じだが、このアルバムのもう一つの目玉は、ドラムにバディーリッチが参加している事。
当時のリッチは、自分のビッグバンドでの活動がメイン。若者相手に相変わらず強烈なビートを効かせたドラムを披露していたが、このようなスイングスタイルのコンボでの歯切れの良いドラムは久々だ。グループ全体で見事にスイングする演奏になっている。

そしてもう一つおまけは、シムスとリッチが歌を披露していること。Gee Baby,Ain't I Good To Youでファーストコーラスはシムスが、2コーラス目はリッチに代わりシムスはバックに廻って仲良く共演している。
バディーリッチはボーカルアルバムを出したことがあるが、シムスも時々その歌声を披露している。ヘビードランカーであったシムスだが、酔いも廻って鼻歌交じりの気楽な雰囲気のレコーディングであったのかも。でも、その後のパブロの作品に較べると緊張感のある演奏だ。



1. Indiana
2. Memories Of You
3. Come Rain Or Come Shine
4. Lazy River
5. Send In The Clowns
6. Summerset
7. Honeysuckle Rose
8. A Summer Thing
9. Somebody Loves Me
10. Gee Baby, Ain't I Good To You
11. Nirvana

Zoot Sims (ts,ss vocals)
Bucky Pizzarelli (g)
Milt Hinton (b)  #6/11
Stan Kay (ds)  #10
Buddy Rich (ds,vol) #6/11

Produced by Sonny Lester
Recorded in NYC, April 22, 1974


Nirvana
クリエーター情報なし
Groove Merchant
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする