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あとは野となれ大和撫子


 宮内悠介    角川書店

 かってアラル海という海があった。ソ連時代、灌漑用水を採取するため、湖に流れる川の水量を制限した。ソ連はなくなった。そしてアラル海もなくなった。
 干上がったアラル海の跡に小国アラルスタンができた。中央アジアの小国である。カザフスタン、ウズベキスタンといった国に囲まれている。イスラム過激派もいる。そんな国が舞台である。
 アラルスタンの初代大統領が作った後宮。2代目大統領は女性の教育に熱心。後宮を教育機関に変えて、多くの若い女性に教育をほどこしていた。名大統領ともいうべき2代目大統領アリーが暗殺された。国は大混乱。国会議員たちはみんな逃げ出した。周辺諸国がアラルスタンを狙う。イスラム過激派のゲリラも首都に向かって進軍してくる。国を司る者はだれもいない。アラルスタン国家存亡の危機。アラルスタンをだれかが見なければならない。
 そんな時手を上げたのは、アリーの教え子後宮の少女たち。「しょうがないから、国家をやることにしようかな」
 少女たちのリーダーでチェチェン難民の子アイシャが大統領臨時代理に、とりあえず政府を作った。日本からこの地に技術指導に来ていた両親を空爆で亡くした日本人少女ナツキは国防相に就任した。アフガニスタンから逃れてきた子、少数民族の子。ワケありな女の子たちが、逃げ出した男どもに代わって国を運営する。迫り来る過激派。なんとか頼りになりそうなアラルスタン国軍の大佐でさえ「いっておくが、俺たちの軍は弱いぜ」四面楚歌、内患外憂、八方手詰まり、少女たちは国を救えるか。
 なんとも痛快なエンタメ小説である。ただ、国家運営が女子高のクラブ活動に見えないこともない。
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SFマガジン2017年8月号


SFマガジン2017年8月号 №722  早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 亡霊艦隊 新・航空宇宙軍史   谷甲州
2位 《偉大な日》明ける       R・A・ラファティ 伊藤典夫訳
3位 プラネタリウムの外側      早瀬耕

連載
マン・カインド(新連載)        藤井大洋
小角の城(第45回)          夢枕獏
椎名誠のニュートラルコーナー 第56回
惑星のはらわた             椎名誠
マルドゥック・アノニマス(第15回)  冲方丁
プラスチックの恋人(第4回)      山本弘
忘られのリメメント(第3回)       三雲岳斗
幻視百景(第9回)            酉島伝法
SFのある文学誌(第53回)       長山靖生
にゅうもん!西田藍の海外SF再入門(第16回) 西田藍  
筒井康隆自作を語る♯2
日本SFの幼年期を語ろう(後篇)        筒井康隆

スペースオペラ&ミリタリーSF特集

 羊頭狗肉とはこのことだ。「スペースオペラ&ミリタリーSF特集」というから、小生のごときオールド・ウェイブSFファンといたしまして、大いに期待して読んだ。この企画名になんとか合致するのは谷甲州の作品だけ。
 あとは、新シリーズの冒頭部分だけの掲載という中途半端。マルペの新しいののPR記事。テレビアニメのちょうちん企画。亡くなった架空戦記作家の追悼企画。などなど。いずれも小生の興味の外。
 と、いうわけで読み切り短編は読んだ。
「亡霊艦隊」外惑星連合は大きな戦果をあげる。しかし、航空宇宙軍は大破した艦船を次々に修理して戦線に投入してくる。
「《偉大な日》明ける」《偉大な日》がやってきた。中身さえあればなんでもOK。コーヒーもコーヒーカップなしで飲んでしまう。わーい、ラファティだ。
「プラネタリウムの外側」恋人と語らう。その恋人は死人。幽霊じゃない。有機素子コンピュータのシミュレーションだ。
 イーガンの「鰐乗り」は読んでない。隔月刊で前編後編に分裁するな。2か月も覚えておけということか。掲載するなら一挙掲載にせよ。これに関連して、隔月刊のくせに連載小説が5本は多すぎ。1本にせよ。そのぶん読み切り短編を掲載すべし。これは読者を思ってのことではないだろう。単行本の原稿確保という出版社の都合だろう。読者のことも考えるべし。      


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日本ショートショート出版史 ~星新一と、その時代~


高井信    ネオ・ベム
 
 ショートショート研究家の高井さんの大労作である。ショートショート愛好家として、このような本を出された高井信さんには、ねぎらいと感謝の言葉しか出てこない。
 起点を星新一がデビューした1957年とし、星が歿した1997年までの日本のショートショート関連の出版物が網羅されている。もちろん1997年以降もふれられているので、日本のショートショート研究のひとつの基準となる本であることは間違いない。
 特筆すべきは、その圧倒的な書影の豊富さである。すべてカラーで、数えてないが1000点以上になるのではないか。知らない本知ってる本、いろいろ出てきて、ながめているだけで楽しい。
 ショートショートを愛する者は、座右において、おりにふれて手にすべき本である。

 この本は自費出版。こちらから注文できる。

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ペナンブラ氏の24時間書店


 ロビン・スローン   島村浩子訳  東京創元社

 失業中のクレイが見つけたバイト先は不思議な書店だ。客はほとんど来ない。それでも24時間開いている。たまに来る客も、本を借りていくだけ。
 店の奥には、高い書棚にびっしりと本が。それも見たことのない本ばかり。ここの本、Googleの検索にかからない。たまに来る客というのは、奇妙な常連客で、その読めない本を借りていく。どうも本に大きな秘密があるらしい。
 と、いうわけで、クレイはGoogieの女子社員のキャット、高校の同級でAI企業の経営者のニールとともに本の謎を解く旅に立つ。
 こういう設定を見ると、ものすごく魅力的だ。しかし、読んでいて散漫な印象を受けた。謎とき、冒険、友情、IT、古本、活版印刷、最初の活字などなど、なんでもかんでも詰め込みすぎ。整理する必要あり。エンタティメントはあちこち寄り道してはダメ。スゥートスポットを一直線に直撃しなくては。
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破獄


 吉村昭 新潮社

 羽佐間清太郎。犯罪者である。傷害致死で無期懲役。犯罪者ではあるが、この男天才である。なんの天才か。脱獄の天才。どんな厳重な刑務所も、いつでもどこでも任意の時に脱獄できる。生涯で四度刑務所を脱獄する。
 一日に100キロ以上走る体力。手錠をねじ切り、土中深く刺さった土管をかかえて引き抜く腕力。壁をヤモリのように登り天井を伝って脱出する身軽さ。頭が通る隙間があれば身体全体が抜けられる柔軟性。どのようなモノからでも工具や合鍵を作る器用さ。一目見ただけで刑務所の建物の配置構造を見抜く観察眼と記憶力。どのタイミングで脱走すればいいか判断する戦略性。看守の心理を見ぬき、看守の弱点をつく人間操縦術。まさに脱獄をするためだけに生まれてきたような男である。
「規則を守れ」看守がいう。「いやだ」「なんとしても規則を守れ」「そんなことをいうと、あんたが担当のとき脱獄するぞ。あんたは職務怠慢で処罰されるぞ。それでいいのか」で、佐久間はほんとにその看守が担当のときに脱獄する。
 それまでの反省をふまえ、厳重極まりない警備をしても、佐久間は思いもかけぬ方法で脱獄する。 
 こんな化けもんみたいな脱獄王と、なんとしても脱獄を阻止したい刑務所側との知恵くらべ。佐久間を厳重に閉じ込め、特製の鍵穴のない特大手錠と足錠をはめる。常時手錠は後ろ。だから食事の時は犬みたい床の食器に直接口をつけて食べる。こういう「北風」派の刑務所長。また、手錠なし。独房にも入れず作業もさせる。運動も自由にさせる。こういう「太陽」派の刑務所長も。どっちが佐久間に有効か。
 脱獄王佐久間VS刑務所とうバトルもさることながら、刑務所という特異な観点から見た戦前、戦中、そして進駐軍治世下の日本が描かれる。特に食料の確保。食糧難である。食べるものがない。刑務所は囚人が最優先。看守たちは食べなくとも、囚人たちの食料はなんとしても確保しなくてはならない。
 食料事情を中心に戦中の日本の様子が紹介されているが、日本はミッドウェイ海戦敗北から、テニヤン島をアメリカに奪われ、B29による空襲がはじまるようになってからは、国としては完全に死に体。情勢挽回不可能。無条件降伏が遅すぎた。
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ツバキ文具店


 小川糸      幻冬舎

 代書屋。小生のごとき上方落語ファンにとっては、先代桂米團治師匠作の落語を思い浮かべる。落語の代書屋は、字が書けない人のために、履歴書を書く噺。多くの上方落語家が演じている。代表的なところでは、3代目桂春團治師匠と、桂枝雀師匠だろう。
 枝雀師匠の「代書屋」に出てくる松本留五郎氏は、上方落語きっての名キャラクターだと思う。えもいわれぬ天然ボケで、留五郎氏のとんちんかんな受け答えが代書屋を困らせて爆笑を誘う。あ、いかん。これは「とつぜん上方落語」のカテゴリーではなかったな。「代書屋」はいつか「とつぜん上方落語」でネタにしなくてはいかんな。
 落語の代書屋は中年のおっさんだが、この本の代書屋は20代の若い女性。テレビドラマでは多部未華子が演じていたから、そういうキャラである。多部が原作の主人公雨宮鳩子のイメージに良くあっていた。だから、春團治師匠や枝雀師匠の顔をイメージしながらこの本を読むと混乱するかも知れない。
 古都鎌倉で古い文具店を営む雨宮鳩子は、看板は掲げてないが代書屋である。今どき字の書けない人はいないから、落語の代書屋とは違う。鳩子はお手紙を代わりに書く代書屋である。代書屋というよりコピーライターといった方がわかりやすいか。小生も、コピーライターの時、仕事でクライアントの社長の手紙の代書をしたこともあった。
 ワケありな人がワケありな手紙の代書を鳩子に頼みに来る。友人が大切にしていた「権之助さんが亡くなった」お悔みの手紙を書いてくれ。離婚する妻への別れの手紙。かって愛した女性へ幸せを願う手紙。親友への絶縁状。などなど。鳩子は、手紙の紙から筆記用具、文字の書体まで考え、文案を練り、封筒にはる切手まで吟味して、依頼主に変わり手紙を投函する。鳩子は自分が書く手紙で、人が不幸になることは決してしない。たとえ絶縁状であっても離縁状、借金の断り状のような手紙でも、双方に幸せがもたらされ、なおかつ依頼主の目的が果たせるような手紙を代筆する。
 鳩子が接するさまざまな人、代書屋の先代の祖母、隣の親友バーバラ夫人、パン作りが得意な先生パンティー、口が悪いおじさん男爵、鏡文字が得意な5歳の女の子で鳩子の友だちで最年少のQPちゃん。そしては鳩子はポッポちゃんと呼ばれる。登場人物は全員ニックネームで呼ばれる。このような人たちとの交友を通じて鳩子は成長していく。
 舞台は古都鎌倉。鎌倉の風景、文物、お店がいっぱい出てきて、鎌倉に行きたい気になる。登場人物が全員、ものすごく善意の人。人の善意がうれしい。ひと時の癒しを求める人はぜひ、お読みなればいい。
 
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夢みる葦笛


 上田早夕里     光文社

 出色の短編集だ。現代の日本SFの到達点を示す作品集といっていいだろう。ホラー、幻想小説、歴史小説風、と、バラエティ豊かな作品が並んでいるが、心棒が1本通っている。本格SFという心棒が。だから、この作品集、いろんな味わいが楽しめるが、読後感は、大変に上質のSFを、たっぷりと読んだという満腹感を感じる。
 10本の短篇が掲載されていて、どれもいいできだ。
「夢みる葦笛」「イソア」なる白いイソギンチャクのような生き物。美しい声で歌う。人々は魅了されるが私はいやだ。奇想ホラーといっていいか。
「眼神」幼なじみの勲ちゃんにご宣託を下す「神」が取り憑いた。ホラーというよりも、小生は怪しげな新興宗教を風刺してると見た。
「完全なる脳髄」生体脳を機械に移植。機械脳を移植するのとどう違うのか。
「石繭」電柱の上に白い繭。そこからバラバラと宝石が落ちてきた。これを売れば会社を辞められるかな。
「氷波」土星の輪の氷の波でサーフィン。爽快な宇宙SF。
「滑車の地」鉄塔に住む。鉄塔と鉄塔の間は炭素ロープでつながっている。そのロープを滑車で移動する。下は冥海。そこには泥サメ、泥鰻。ばけもんがうようよ。傑作。小生はこの作品集で、この作品が一番好き。
「プテロス」風の惑星。一生を飛んですごす飛行生物。それを研究する科学者の物語。これも傑作。
「楽園」亡くなった恋人の意識をコンピューターに再現。
「上海フランス租界祁斉路三二〇号」この作品は他の9編とは毛色が違う歴史改変SF。満州事変直前の中国。日本が自然科学の研究のため上海に設立した研究所。中国人も日本人も共同で研究に当たっている。主人公は中国に骨を埋める覚悟の若き日本人科学者岡川。モデルの岡田家武という科学者は実在する。
「アステロイド・ツリーの彼方へ」東京創元社の年刊日本SF傑作選の表題作となった作品。無人宇宙探査用人工知能の端末が猫型ロボット。人工知能を人間に近づけるために「猫」を一ヶ月飼う。
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無限の書

 
G・ウィロー・ウィルソン 鍛冶靖子訳 東京創元社

エジプト人を夫に持つアメリカ系エジプト人作家。イスラム教徒の作家である。イスラムの思想が根底にあるサイバーパンクなファンタジーなSF。今までなじんできた英米SFはキリスト教が底にあるSFがほとんどであったが、本作はイスラムである。だから読んでいて新鮮な感じがする。
主人公はアリフという若いハッカー。彼は上流階級の娘と交際しているが、とつぜん彼女に去られる。彼女はアリフに1冊の本を残して行った。この本がタダの本ではない。
イスラムの文化を基盤に、インターネットという最新の環境と、太古の異世界の魔界との融合が、違和感なく描写されていて、不思議な世界をかいま見るというSFならでは読書体験ができる。
主人公アリフを助ける二人のキャラクターがいい。アリフの幼なじみの女の子ダイナと、人間かばけもんかよう判らん「吸血鬼」ヴィクラムがいい。
 大傑作という作品ではないが、ちょっと異世界まで遊びに行くにはいいだろ
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SFマガジン2017年6月号


SFマガジン2017年6月号№721        早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター

1位 折りたたみ北京      郝景芳 大谷真弓訳
2位 コンピューターお義母さん 澤村伊智
3位 母の記憶に        ケン・リュウ 古沢嘉通
4位 麗江の魚         スタンリー・チェン 中原尚哉訳
5位 スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾  藤田祥平

連載
小角の城(第44回)         夢枕獏
椎名誠のニュートラル・コーナー 第55回
むじな虫               椎名誠
マルドゥック・アノニマス(第14回) 冲方丁 
プラスチックの恋人(第3回)     山本弘 
忘られのリメメント(第2回)     三雲岳斗
幻視百景(第8回)          酉島伝法
近代日本奇想小説史(大正昭和篇)(第31回) 横田順彌
SFのある文学誌(第52回)      長山靖生
にゅうもん!西田藍の海外SF再入門(第15回) 西田藍
アニメもんのSF散歩(第16回)    藤津亮太

筒井康隆自作を語る♯1           日下三蔵 筒井康隆

アジア系SF作家特集
2017年春アニメ特集

 特集企画はアジア系SF作家。とはいいつつもほとんどは中国系の作家。たしかにテッド・チャン、ケン・リュウの二人を中心に、いま中国系のSF作家が元気。しかし、これは、ほとんどケン・リュウ一人の尽力によるところが大きい。彼がこれはと思う中国語SFをせっせと英訳してアメリカに紹介している。一人の尽力に頼っているようでは本物とはいえない。ケン・リュウに続く中国SFの紹介者の登場を望む。
 アジア系とはいってるが、タイ、マレーシア、ベトナム、韓国、ミャンマーなどの中国以外のSFの現状を知りたい。映画は友成純一氏の「人間廃業宣言」で、いろんな国のホラーやスプラッター映画が紹介されているが、かような国の活字SFはどうなっているのだろう。不満は残るが、こういう他国のSFを紹介する企画はSF専門誌としてやるべきこと。こういう企画を立てたことは評価する。
 読切短篇では「折りたたみ北京」「母の記憶に」の2篇が面白かった。「折りたたみ北京」は24時間ごとに街が「交替」建築物などが「折りたたまれる」という奇想天外なお話。
「母の記憶に」ケン・リュウーお得意の「母もの」で泣かせる。
「コンピューター義母さん」これは面白かった。「ぼぎわんが、来る」の作者だから期待して読んだが、期待通りであった。ネチネチと来る嫁いびりの描写は世の嫁たちの逆燐を逆なでするだろう。
 5位の長いタイトルの短篇。評価に値せず。ファンジン、同人誌レベル。
 椎名誠の連載。先月号から小説になったが、面白くない。以前のような最果てのびっくりするようなお話の方がだんぜん面白い。元に戻すことを望む。            
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SF大クロニクル


ガイ・ヘイリー 編 北島明弘 日本語版監修   KADOKAWA

 とんでもない本を買ってしまった。なにがとんでもないのか。内容はこれから読む。でかいのである。ともかくでかい。
 B5版。576ページ。厚さ5センチ。重さ1.8Kg。価格5500円+税。物理的な大きさもでかいしお値段もでかい。こんなもんで頭をどつかれから死ぬ。まさに読める凶器である。
 こういう本が出ていることは知っていた。欲しいと思っていたが、なにせお値段がお値段。貧乏人の小生は二の足も三の足も踏んでいた。で、手で取ってみるぶんにはタダだろうと、ジュンク堂に寄った。ふと気がつくと衝動買いしていた。帰りの電車の中では重かった。
 メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」から現代まで、映画を中心に小説、漫画、アニメ、ゲームなど、およそ名作とされている古今東西のSFがビジュアルを豊富に使って紹介されている。超特大豪華版のSFハンドブックである。こんな本、持って歩けない。寝る前、布団の中で毎日1ページか2ページづつ読んでいる。読了は何年後になるか判らないが、そのあかつきには、このブログでレビューしよう。
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山猫の夏


 船戸与一   講談社

 エクルウ。ブラジル語で「憎しみ」という意味。この町はその名の通り「憎しみ」に満ち満ちた町。ビースフェルテルト家。アンドラーデ家。二つの勢力が憎しみあい殺し合いを繰り返していた。
 この憎しみの町エルクウに見慣れない日本人がやってきた。弓削一徳と名のるまだら髭の男は、からんできたビースフェルテルトの郎党をなんなくあしらった。かなりのしたたか者と思われる。この男山猫と呼ばれる。
 山猫はビースフェルテルトの娘の探索を依頼されてこの町に来たのだ。ビーステルフェルトの娘カロリーナはアンドラーテの息子フェルナンと相思相愛になりかけおち逐電。山猫へのビーステルフェルトからの依頼は娘を生娘のまま連れ戻してくれというもの。
 黒澤明の「用心棒」セルジオ・レオーネの「荒野の用心棒」にシェークスピアの「ロミオとジュリエット」を足して、拙作「ミュータント狩り」や西部劇「プロフェッショナル」を調味料として加えたような話だが、この作品はアツイ。舞台は炎天下の南米の荒野。欲望と憎しみで血塗られた世界が、この本で上下2段組小さな活字でびっしり380ページ1100枚、こってりと描かれる。山猫はビーステルフェルトに雇われたのだが、当然、アンドラーデも捜索隊を送り出している。そのアンドラーデ捜索隊の隊長というのが山猫とおなじくしたたかな男。その男と闘わなければならない。しかも、ビースフェルテルト捜索隊のリーダーは山猫だが、仲間も山猫の首を狙っている。一刻たりとも油断できない。
 まるで人の命がちり芥のように扱われ、犬猫の死体より人間の死体の方が多い。こういう世界を山猫は笑いながら行く。いったいヤツは何を考えているのだ。血、死、金、欲、そこは悪徳が咲きみだれる世界。その世界をカンカン照りのブラジルの太陽が照らす。アツイぞ。すごいぞ。読むべし。

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壇蜜日記

 
 壇蜜       文藝春秋

 壇蜜。ご存知のムキも多いだろう。長い黒髪の妖艶な美女である。テレビや週刊誌のグラビアでお目にかかることが多い。ヌードにもおなりになる。
 その壇蜜が日記を書いた。なにかのテレビでたまたま彼女がしゃべっているのを聞いたことがある。えもいわれぬ知性を感じた。で、この本を読んだ。う~む壇蜜。ただのセクシータレントではないな。こういう文章が書いてある。
「手垢だらけの悪口には新鮮な柿がよく合う」「どうなんだ、男よ。野良犬になったことは、あるかい」「ますます人肌が恋しくなるではないかどうしてくれる」
 短足、薄毛、性格悪し、壇蜜は自分のことをこう描写する。友だちはいるのかいないのか判らないが、この日記には出てこない。人間の友だちよりも、猫と熱帯魚のことがよく出てくる。30cmのセルフィンプレコが熱帯魚屋に置いてあった。でかくなってもてあました人が置いてったのだ。そのプレコにひと目ぼれした壇蜜。自分で飼うことに。そのため90センチの水槽を買った。
 まったく無責任なヤツだ。もてあますのなら最初から買うな。壇蜜さんを見習え。実は小生(雫石)アストロノータスを昔飼っていた。最初は45センチの水槽だったのが、彼(彼女かな?)のために90センチの水槽を買って、彼1匹を住まわせたぞ。15年飼って天寿をまっとうさせたぞ。
 それはさておき、独特の観察眼、ユニークな価値観がおもしろく、次々と読みたくなる。かっぱえびせんな本である。壇蜜の日常生活をのぞき見。とはいいつつも彼女の日常は寝てばかりだが。
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SFマガジン2017年4月号


SFマガジン2017年4月号 №720 早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター

1位 白昼月  六冬和生
2位 航空宇宙軍戦略爆撃隊(後篇) 谷甲州
3位 ルーシィ、月、星、太陽    上田早夕里
4位 最後のウサマ         ラヴィ・ディドハー 小川隆訳
5位 ちょっといいね、小さな人間  ハーラン・エリスン 宮脇孝雄訳
6位 エターナル・レガシー     宮内悠介
7位 ライカの亡霊         カール・シュレイダー 鳴庭真人訳
8位 精神構造相関性物理剛性    野崎まど
9位 製造人間は主張しない     上遠野浩平

連載
忘られのリメメント(新連載)    三雲岳斗
小角の城(第43回)         夢枕獏
椎名誠のニュートラル・コーナー 第54回
らくだ               椎名誠
プラスチックの恋人(第2回)    山本弘
幻視百景(第7回)         酉島伝法
近代日本奇想小説史(大正・昭和篇)(第30回) 横田順彌
SFのある文学誌(第51回)     長山靖生
にゅうもん!西田藍の海外SF再入門(第14回) 西田藍
アニメもんのSF散歩(第15回)   藤津亮太
現代日本演劇のSF的諸相(最終回)  山崎健太

正解するカド小特集

 ベスト・オブ・ベスト2016ということで、毎年恒例の企画。「SFが読みたい」2017年版で、2016年国内1位の上田早夕里、ハーラン・エリスン、2位の宮内悠介が短編を発表している。
 小生のひとりカウンターで3位の「ルーシィ、月、星、太陽」5位「ちょっといいね、小さな人間」6位「エターナル・レガシー」がそれである。
「ルーシィ、月、星、太陽」オーシャンクロニクル・シリーズ。「ブルームの冬」のあとの海の中を描く。
「ちょっといいね、小さな人間」小さな人間をつくる。みんなほめてくれた。あのエリスンがトシのせいかずいぶん丸くなったもんだ。 
「エターナル・レガシー」その男はZ80と名のった。そうあのZ80である。しかし宮内悠介ってそんなトシだったのかな。ああ、なつかしのシャープMZ80、NECのPC-8801。
 今号は八つも作品が読めた。とりあえず満足である。8位と9位はまったく面白くない。特に8位。たいそうな名前のショートショートであるが、なんということもない作品。
 甲州の新・航空宇宙軍史。さすがである。特務艦イカロス42の艦長早乙女大尉は軍司令部からの命令に違和感を覚える。どうする。しかし、この作品前篇は昨年の10月に出たのだぞ。甲州が悪いのか編集部が悪いのか知らないが、一挙掲載はできなかったのか。せめて12月に出た2017年2月号に掲載できなかったのか。
 1位にした六冬和生。月面都市在住の女探偵が主人公。この作者、新人ではあるがなかなかの手だれ。デビュー作を読んだときは、なかなかの腕力の持ち主だと思った。軽快な文章でエンタメ作家としての大きな可能性を感じる。方向性はまったく違うが、田中光二がデビューしたときもこんな感じだった。この作家のびるぞ。 
          
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チャチャヤング・ショートショート・マガジン 第4号


チャチャヤング・ショートショートの会

「チャチャヤング・ショートショート・マガジン」第4号がでました。小生の作品も混ぜていただきました。
内容は次の通りです。

ショートショート
僕の天使        和田宜久
夏の時計        和田宜久
赤い羽根        和田宜久
雪だるま        和田宜久
夜のリズム       大熊宏俊
GT―Rの女      雫石鉄也
最後のモダニズム    雫石鉄也
短編
女子会         篁はるか
ミツ子さんのお散歩   深田亨
ビブリオグラフィ    岡本俊弥
中編
蝶ネクタイとハーモニカ 服部誕 

身びいきでなく、なかなかけっこうな作品集になりました。
なお、この作品集はこちらで読めますので、どうかご一読ください。
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鉄腕アトム


手塚治虫   秋田書店

 鉄腕アトム。あまたある手塚治虫のキャラクターの中でも、最も人口に膾炙したキャクターであろう。国産テレビアニメ第1号の主人公がこのアトムであったことは多くの人がご存知だろう。
 手塚には黒手塚と白手塚の2種類ある。「人間昆虫記」「奇子」「MW」などのデモーニッシュで背徳的な作品を描く手塚が黒手塚。「ジャングル大帝」「リボンの騎士」など明るく鬱屈していない作品が白手塚とするのならば、この「鉄腕アトム」は代表的な白手塚作品だろう。
 で、このたび「鉄腕アトム」全作を通して読んだ。アトムがまったくの白手塚かというとそうではない。けっこう黒いところもある。
 アトムはSFである。それもロボットSFである。ロボットSFというとアイザック・アシモフの「ロボット工学3原則」がある。アトムには「13条のロボット法」がある。
 アトムはロボットだから、このロボット法にしばられる。だから法と人情(ロボット情?)の間で悩むことが多い。決して能天気に10万馬力を発揮しているのではない。
 多くのロボットが出てくる。この時代、ロボットにも人権(ロボット権?)が認められ、法的には人間と同格とされている。作中でアトムが何度も口にするが「ロボットは人間の奴隷じゃない」わけで、ではなんだというと、アトムにいわせれば「ロボットは人間の友だち」だということ。で、この漫画、ロボットを移民、黒人有色人種、被差別民、イスラム教徒に置き換えると、そのまま現代を写している。イスラム教徒、移民を排斥するトランプみたいなヤツが悪役として出てくる。また、しいたげられたロボットが蜂起してロボットだけの独立国を作ろうと立ち上がる。
 アトムはロボット人間の双方の板ばさみとなって悩むのである。そしてたびたび人間に害をなすロボットとして、獄につながれる。
 かなり残酷な漫画である。戦いに敗れたロボットがバラバラになる。首が飛ぶ。腕や足がちぎれる。腹が裂けて内臓ではなく歯車やバネが流れ出る。もし、これがロボットではなく人体でやれば、とんでもない残酷な描写となる。こういうことを考えると手塚の本質は黒かも知れない。しかし、手塚作品の底流を流れるのは、よくいわれることだがヒューマニズムであろう。だとすると手塚は白いのである。黒ともなるし白でもある。アトムはこの手塚の2面性がよくあらわれている作品だ。
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