小さな栗の木の下で

保護犬のミニチュア・ダックスを引き取り、
小型犬との暮らしは初めて!という生活の中で、感じたことを徒然に…。

映画『サウルの息子』

2016-07-20 | つぶやき
先週、早稲田松竹で、2015年度のカンヌ国際映画祭の
グランプリ受賞作品である『サウルの息子』を観た。

早稲田松竹はロードショーを終了した名画や
過去の名作を2本立てで上映している名画座映画館で、
2本鑑賞しても一般なら1,300円というお得なお値段。
すばらしい!

とってもお得なのだけど、
『サウルの息子』と同時上映されていたのは
グアテマラが舞台の『火の山のマリア』。
いくらお得でも、重い内容の映画を2本続けて観るには
自分の頭が体力不足だったので、
端から『サウルの息子』だけを見るつもりで出かけて行った。

これまで私は「アウシュヴィッツ収容所」と一絡げにしてきたが、
翻訳家の高橋武智氏によると
「アウシュヴィッツには、管理部門にあたる基幹収容所、
絶滅収容所としてのビルケナウ収容所と
巨大企業のためにただ働きさせられた
モノヴィッツ労働収容所があった」そうで、

映画の舞台は、1944年10月のアウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。
主人公のサウルは、ハンガリー系のユダヤ人で、
「ゾンダーコマンド」として働いていた。

収容所でユダヤ人が働かされていたことは知っていたが、
同胞であるユダヤ人の死体処理や遺品の回収、
夥しい死体を運び出した後のガス室の掃除などに従事するメンバーを
ナチスが選抜し、「ゾンダーコマンド」と呼ばれる特殊部隊として、
区別して生かしていたことは知らなかった。

もちろん、ナチスの凶行を知るゾンダーコマンドたちも
やがて殺されてゆくのだけど。

彼らは殺される前になんとか史実を残そうと、
密かに紙切れに収容所で起こったことを記録して、
ガラス瓶に入れ、あちこちに埋めたのだそうだ。

また、レジスタンスがゾンダーコマンドのメンバーに
カメラを渡すことができ、収容所内の撮影にも成功する。
命がけで撮影したフィルムは歯磨き粉のチューブに隠されて、
アウシュヴィッツから持ち出されたという。

そうした記録が発掘されて、大量虐殺の物的証拠となり、
真実を伝える書物やこういった映画のシーズになったというわけだ。

『サウルの息子』は、サウルが殺された少年を息子と思い込み、
ユダヤ教の教義に従って埋葬してあげようと奔走する、
たった2日間を描いた物語。

その少年は、ガス室で生き残ってしまう。
実際にガス室で生き延びた例があったらしい。
もちろん、すぐにナチスによって息の根をとめられてしまうのだけど。

ユダヤ教では復活を信じているので、本来火葬にはしない。
そのためサウルは危険を冒し、他の人を犠牲にしてまで、
埋葬儀式をするラビ(ユダヤ教の聖職者)を探し出そうとするのだが、
長い台詞などなく、ただ淡々と息をのむ展開が続き、
狂気の世界で喜怒哀楽をなくしたサウルの
仮面のような表情と硬い瞳が幾度となく映し出された。

解剖されることになった死んだ少年を
サウルはなぜ「息子だ」と言い出したのだろう。
サウルの心理描写が読み取れなかったし、
特定の宗教を信仰していないので、
埋葬に固執するユダヤ教徒の思いの深さが
私にはあまりよく理解できなかったのだけど、
観終わった後、その日一日、また日が経っても、
ふと映像がよみがえってくる映画だった。
また観たいとも思う。

サウルを演じたルーリグ・ゲーザという役者さんは、
神学者で詩人で小説家だということだが、
反共産主義活動を行ったために、16歳で高校を退学し、
アングラのパンクバンドを結成したあと、
大学でポーランド文学を学んだり、映画大学で映画制作を学び、
2本のハンガリー映画の主演を務めたりするのだ。

その後、厳格なユダヤ教の厳しい神学校で学んで、
まだ足りなかったのか、2000年にニューヨークに渡って、
再びニューヨークのユダヤ教神学院で学び、
卒業と同時に同校で教鞭を執り、
詩集は7冊、短編集も出版したという才の持ち主。

ネメス・ラースローという監督さんが、
どこで、この人と出会い、なぜこの人をサウルに抜擢したか、聞いてみたい。
コメント
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