<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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「終末医療についてはどう考えていますか?」

母が最後に入院した病院で症状の説明のときに主治医の先生がリストを提示して私に訊ねた。
人工呼吸器をつけるのか、蘇生術を施すのかなどなど。
いよいよその時が来たという状況に対して家族の判断を仰ぎどのように治療するのかを決めるのだという。
私は母が末期がんでしかも高齢であることから機械を使って無理やり生きながらえさせるのは人として疑問だと思っていた。なので回復の見込みがないくらいなら喉を切開して人工呼吸をさせたりするのはむしろ可愛そうだと考えていたのだ。
最も幸せなのは自然になくなることだと思っていた。
こういうことを当の本人に質すことは難しい。
認知症が始まる前に、こういう話をしておくのが本来良かったのかもしれない。でもすでに時遅し。
それを決めるのは一人息子で一人っ子の私の務めだと思っていた。

「ただ一つだけ。最後まで苦しくないようにその時を迎えるようにしてあげてください。それだけお願いします。」

私が主治医の先生にお願いしたのはそのひとつだけなのであった。

医療現場というのは人の命を預かっているだけにデリケートさは他の職種と比較しても半端ではない。
寝たきりになってしまった病人や老人の扱い。
治療の効果の見込めなくなった患者。
最期の迎え方。
患者本人や家族の思い。
それらに常に配慮しながら医師やスタッフは患者への対応を考えなければならない。

「医療現場の行動経済学」(東洋経済新報社刊)は行動経済学から見た医療現場での対応や考え方を分析し、どう対処していくのかということを具体的に事例を挙げながら考えることのできる科学書だ。
内容はしっかりと専門色を確保しながら私のような医療の専門家でもなんでもない一般人でも理解できるように書かれていて読み応えがある。
著者は大阪大学で行動経済学を研究する研究者。
大阪大学というえば付属の阪大病院は日本屈指の高度治療を実施している病院でもある。

掲載されている末期がんと主治医の治療に関する意志の確認事例や亡くなった後と亡くなる前の家族の思いなどの具体的例はもしかすると阪大病院の事例なのかなともう読み取れなくはないが、それを医学ではなく行動経済学からアプローチしているのがリアルさを増す。
治療と費用の関係。
命は大切だと思いながらも、保険の効かない治療をするしかない場合はどう決断されるのか。
そのような人の理想とする思いと実際の金銭や期待値、その他を交えた医療への「実際」の考えや対処は今後自分が同様のシーンに直面させられた時にきっと知識として役立つに違いないと思った。

それにしてもこの時期にこの本に出会えるとは思わなかった。



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