<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地





10年ほど前にミャンマーを旅行したとき、利用した国内線の旅客機は個性に満ちた機種が少なくなかった。

日本ではなかなか乗れないエンバイエルのプロペラ機。
しかもそれなりにお年を召した機体のようで、私が座った座席の窓の下には大きな凹みができていた。

「こんなんで大丈夫かな。飛ぶんかな....。」

と若干の不安感はあった。
しかしヤンゴンからのフライトはまったく心配もなく1時間半の飛行を終えて無事にシットウェー空港に到着した。
凹みぐらいではまったく問題はなかったのだ。
凹みや故障箇所は見当たらなかったが最も驚いたのはシャン州の州都タウンジーへの玄関口ヘーホー空港からヤンゴンに戻る夕方便だった。
乗客が多く待合室は混雑していた。
「あの小さなプロペラ機にこんなに多くのお客さんが乗れるのかな」と思っていた。
そこにやってきたのはミャンマーの国内線にしては珍しくジェット機だった。

「全員乗れるそうです。それにジェット機だから早いですよ」

とガイドさんは言った。
ジェット機ならプロペラ機ほど揺れないし、スピードが早い。
根拠はないのだが、なんとなく安心感も少し大きい。
しかし座席に座って安全のしおりに記載されている機種名を見て不安が吹き出した。

「FOKKER 100」

フォッカー?

エアバスでもボーイングでもボンバルディアでもなくて、フォッカー。
聞いたことあるけど....。
ふと私の脳裏に二枚翼のプロペラ機が写った白黒のレトロな写真が浮かび上がった。

「大丈夫かいな....」

ミャンマーの国内線ではすでに消滅した航空機メーカーの最終製品が空を飛んでいたのだ。
それも機齢はたぶん20年以上。
メンテナンスは今はエアバス社が請け負っているようだが、古いことに変わりはない。

かように開発途上国での空の旅は中古機材が飛び回り、大変なリスクがあると思っていた。
現に地球の歩き方にも「ミャンマーの国内線は時々墜落するので要注意」みたいなことが書かれていて、ほんとに注意していたのだ。

そんなこんながあって海外で、とりわけ開発途上国で航空機事故があると、

「きっと古い機材でメンテナンスの不備が原因なんだろな」

と思う。
それも自然にそう判断してしまうのだ。
たぶん、実際にそんなことも少なくなかったんだろう。
かなり昔であれば。

だから昨年インドネシアでLCCが墜落したときも、

「中古機材かな、LCCやし」

と思っていたら最新機種のB737MAX8。

今回のエチオピア航空の墜落のニュースを聞いたときも自然に同じようなことを考えたのだが、機種はやはり最新のB737MAX8。
どちらの航空会社も新鋭機種を運行させて信頼性のアップを図っていたのだ。

そういえばこれも10年ほど前にベトナムの国内線でホーチミンからダナンへ飛んだときも機種はB777。
最新機種なのであった。

このように十年、二十年まえ。
もしかすると私は三十年以上前の情報をもとにその国に対する印象を抱いていたまま「今」を考えているのではないか。
そのことに気づいたタイミングとハンス・ロスリング著「ファクトフルネス」を読んだタイミングが合致して、予想以上に学ぶことが多い一冊になった。

本書では人々は古い情報に基づく先入観や、人間がもともと持ち合わせている本能に基づいた考え方、捉え方で物事を判断をしており、その正解率は著しく低いという。
著者その正解率の低さを「チンパンジー以下」と表現している。
実際、三択問題で正解率が三割を超えるものは殆ど無い。
ランダムに答を選択するほうが考えて選択するより正解率が高いというのだ。

確かに、本書で紹介されている問題の正解率はかなり低い。
「少しは電気を使える人は世界人口の何パーセント?」
「女性は男性と比較して教育を受ける時間はどれだけ少ない?」
といった問題。
いずれも私を含むほとんどの人が不正解。

また漠然と、
「世の中は悪くなっている?」
とみんなが勝手に言っていることが実は正しくないというようなことなどが「データ」を元に解説されており愕然とするのだ。

本書を読んでいて怖いなと思ったのは、もしかすると政治家やマスコミ、社会運動をする人たちはそのことを知っていて、時として悪意を持って発言しているのではないかと感じたことだ。

よく憲法9条の改正に反対する人たちは「改正したら日本は戦争ができる国になってしまう」と言う。
これも一種の人間本能にささやきかける印象操作ではないか。
こういう人たちに限って論理的な議論を避けて、彼らの結論だけを声高に叫ぶ。
しかもこういう発言をするのは善人顔の人が多い。
詐欺師や嘘つきは人相が良く、逆に正しいことをしようとするひとに悪人顔の人が少なくないのがなんとなく因果ではある。

よくよく考えてみると憲法を変えたからと行って戦争をする国になるわけがない。
そんなことをしても今の世の中誰も得をしないし、すれでも憲法を変えるだけで戦争をするという人たちは「日本人はバカです」と言っているのと同じではないかとも思う。
戦後半世紀かけて築き上げた信頼をぶち壊すわけがないのだ。

それによしんば憲法を変えなくて外から戦争がやってくる可能性は低くない。
現に、南シナ海に浮かぶ他国の島々を自分の領土と宣言して勝手に占領して軍事基地を作っている国が隣国にある。
また核ミサイルをぶっ放す、と言い続ける鬼ヶ島みたいな国も隣国にはある。
島を占領したまま手放さい隣国2つもあり、まともな国の方が少ないくらいだ。

こんな情勢だから、テロリストよろしく襲いかかってこないということは絶対に言えず万が一に備える必要がある。
大切なのは憲法で縛り付けて緊急事態が発生した時に足を引っ張るデタラメを作るのではなく、正しい情報を得ることで社会を妙な流れに導かないことなのだ。

で、かなり話は横道にそれてしまったが憲法で縛り付けるために嘘の印象操作をするところに怖さがある。

いずれにせよ社会問題、国際問題、近所の問題、家族の問題。
どれも真実を真のデータを知ることで解決あるいは改善できるということを本書は気づかせてくれるのであった。

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フランスの作家オリヴィエ・ゲーズはこの小説に書くに際してカポーティの「冷血」を意識したという。
ノンフィクションでありながら小説の要素を多分に採用して人の心理に迫っていく手法は見事に的中して2017年のフランスの文学賞「ルノードー賞」を受賞した。

「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」(東京創元社刊)は新聞の書評で感じた以上の迫力と怖さと人間という動物に対するやるせなさを感じる一気読みさせる作品だった。

ヨーゼフ・メンゲレはナチスドイツの医師でアウシュビッツで行われた数々の非情な人体実験を指揮した人物で知られている。
この小説でもアウシュビッツでの残虐な行為が描かれている部分がある。
しかしその多くは戦後メレンゲが南米へ逃亡し、そして1979年に亡くなるまでの物語に費やされている。
そして大部分は彼の心情を描いているのだ。

ユダヤ人をはじめとする被差別民族に対する人間とは思えない残虐な考えを生み出し、そしてそれらを戦中に実行したことの正当性を主張する。
その一方、自分自身の家族への愛、想いといった人間的な面が錯綜する。
そのコントラストに人間の恐ろしさというか脆弱さを感じて時折いたたまれなくなってしまう。
メンゲレは優秀な医師としての知識と技術を有していた。
にもかかわらずその知識と技術は人類の歴史に残る残虐な行為に用いられてしまった。

この本を読んでいて強く感じたのは、相手を知ることをせず、思いやりや愛情を持つことなく、偏見に満ち、そして反対を唱えることができない社会が人々をどのように導いていくのかという恐ろしさなのであった。

クライマックス。
メンゲレは幼いときに別れたままの息子に再会を果たす。
息子は父に対してなぜ残虐な行為を行ったのか。それを悔やまないのかと迫る。
そこで答えるメンゲレの言葉に息子と一緒に読者は衝撃を受ける。
それはジョージ・オーウェルの「1984年」のラストシーンにも似た邪気迫るものがあった。

どこまで真実なのかは作者というフィルターを介した物語であることは間違いない。
でも、このような可能性もあったのだと考えさせられるノンフィクションノベルなのであった。

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「今、教育の世界は「アクティブラーニング」が盛んに行われているんです。
だからそれに合わせた什器の提案が必要なんですね。」

と数年前から取引先の事務器メーカーの人が話していた。
私は、
「なるほど」
と思い、
「そうか、アクティブラーニングなんですね」
などと返していたのだ。
何も知らないくせに知ったかぶりをしてたのだ。

アクティブラーニングとは授業のカリキュラムでテキストを使った一方的な学習ではない。
実際のシュチュエーションを想定した校外学習やシミュレーションなどを行うなかなか前向きな学習だ、と私は勝手に思っていた。

でも、これって大きな誤解であったことがよくわかった。
しかも新しい試みでもなく画期的な手法でもなんでもなかった。
師範学校の時代からこれまで何度も繰り返してきては失敗をしてきた理想の教育方法。
使いようによってはとても有用である一方、大変困った手法であることがよくわかったのであった。

実のところアクティブラーニングについてはきっちりとした書籍を読んであやふやな点をなくす必要を感じていた。
仕事と何らかの関係性が出る可能性もある、「勝手な思い込み知識」では恥をかいて今後の活動に影響が出るかもしれないと思っていたからであった。
そうこうしているうちに見つけたのが「アクティブラーニング 学校教育の理想と現実(講談社現代新書 小針誠著)」。
日経の書評欄で紹介されているのを見つけて買い求めたのだ。

本書ではアクティブラーニングの歴史を紐解き、そのメリットと同時に問題点も指摘されているのが興味深かった。
とりわけ戦争を遂行させるためのプロパガンダの役割取りとして実施された歴史を持つ。
一般的な授業ではなく、いわゆる竹槍を持って集団で訓練をする、防火訓練をする、といった類のものだ。
現在の道徳教育に相当する修身教育もそのようなプロパガンダ教育の1つであるとこの本では位置づけている。
戦争中に実際に修身の授業を受けていた両親をもつ私のような世代には、この意見は少々偏見に汚染されているように思える。
しかし戦後の価値観で見ると、そう受け取ってしまう雰囲気があることを簡単に否定することができないのも、また歴史なのだろう。

何がいいたいかというと小学生や中学生レベルの子どもたちに対してアクティブラーニングという「自分で考えて学ぶ」という行為は少々早すぎるのではないかと思えたことだ。

昨今、ワークショップやセミナーなど、ビジネスや自己啓発を促すイベントが盛んだが、テーマを与えられて個人やグループで作業や議論を行う時、やはり基礎知識は必要だし、しかもある程度は自分の中で消化しておく必要がある。
背景に知識があることでアクティブラーニングは生きてくるのであって、それなくして白紙の状態で実施すると学習の流れは、それを指導する教師の誘導されるがままになっても気づかないし、わからない。
実に恐ろしい手法でもあるのだ。

それでもアクティブラーニングに何かしら魅力があるからこそ文科省を始め多くの業者や教育関係者が群がるのだろう。

知ったかぶりの「アクティブラーニング」。
知ったかぶりで終わると、結構危険であることがよく分かる一冊なのであった。

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iPhoneとMacでお馴染みのアップル社の創業者の二人のスティーブ。
一人は故スティーブ・ジョブス。
もうひとりはスティーブ・ウォズニアック。

「アップルを創った怪物」

はそのスティーブ・ウォズニアックの自伝だ。

そもそもアップルといえばいつもスティーブ・ジョブスばかりが前面に出てくるが実はアップルの技術的な面はウォズニアックが全てを生み出したといっても過言ではない、ということを聞いていた。
本書ではアップルコンピュータが生まれた過程を技術製造面から実際に設計して組み立てた本人が語っていて非常に面白い。
近代ITの歴史書としてはなかなか興味深いものがあった。

実際にアップル社の最初の製品「アップル1」は他に例を見ない電子オタクのウォズニアックが一人で設計して一人で部品を集めてきて一人で組み立てたものであった。
それを類まれなる営業力を発揮するジョブスが地元のパソコンショップに売り込んだところから同社はスタートする。
最初の受注額は5万ドル。

当時は珍しい完成キット製品だったアップル1を地元シリコンバレーの小売店が「買うよ」と言ってのはいかにも牧歌的だ。
カリフォルニアの長閑な雰囲気がただよっており漫画スヌーピーとチャーリーブラウンみたいな世界だ。

アップル1の1台の価格、666.66ドルはジョブスが「目立つから」という理由で設定。
彼は「666」が持っている宗教的意味は知らなかったという。
部品調達の金など無いので、保証人を一人頼んで支払いながら部品を小出しに売ってもらい、組み立て作業員は本人たちはもちろん友人家族総動員というのものであった。
アップル1にはあのジョブス自身が組み立て製品が存在するのだ。
さすがオークションで6000万円の値段がつく理由がわかるような気がする。
だてに木製手作り躯体に下手な字で「Apple Computer」と書かれているだけではないわけだ。

そう、あのアップルは1人の超オタクと、1人の超強引な性格の学生もどきが作り上げた会社だったのだ。

それにしても面白いエピソードが満載だった。

例えばアップル1が出たときはアップル社は会社ですらなく、二人の創業者は片やヒューレット・パッカードの社員であり、もう片方は学生でTVゲームアタリ社のアルバイトだったのだ。
さらにさらに面白いのは、アップル1に目を付けたコンピューターメーカーがアップル1の技術と二人を買い取るというオファーを持ってきた時に、
「製品と二人の契約代金として数十万ドルを用意してください」
と思いっきりふっかけたので笑われてせっかくのチャンスが終わってしまったのだった。
ふっかけたのはもちろんジョブス。
それを横で聞いていて思いっきりずっこけるウォズニアックの姿はまるっきりコメディとしか言いようがない。
二人は自分たちのコンセプトをそれぞれの勤務先とアルバイト先に持ち込むが、どちらも実現できないという。
「なんでやねん」
という感じだ。

歴史にもしもはないにしろ、もしもそのコンピューターメーカーが二人に数十万ドルを出していたら、もしもアタリやヒューレット・パッカードが二人のアイデアを受け入れていたら。
今のアップル社は存在せず、コンピューター業界どころか、コンピューター文化はおろか人々の生活スタイルの多くが今とは違ったものになっていただろう。
歴史は面白い!

この話を聞いていてふと日本にもほぼ似たような話があったことを思い出した。
ソニーの創業者である井深大と盛田昭夫の物語だ。

井深大は早稲田大学を卒業後、東芝の入社試験を受けるが不採用。
PCLに入社したがPCLが映画のフィルムの現像を請け負うことがメインの仕事で、
「あんな作り話の仕事なんか」
と嫌気が差し辞めてしまったという。
もしも井深大が東芝に入社していたら今のソニーはなかったわけで、実用量産のトランジスターやダイオード、CCD素子は一体誰が作ったのという歴史の面白さがある。

一方、盛田昭夫は名古屋の造り酒屋の長男でやりて。
軍で知り合った二人は井深大が技術面を、盛田昭夫が営業面を受け持って戦後すぐに百貨店の一部を借りて東京通信工業を立ち上げた。
今のソニー。
で何を売っていたのかというと、ご飯の炊けないインチキ炊飯器なんかを堂々と販売して戦後の危機を切り抜けやがて電子デバイスとエンタテーメントの世界トップ企業になっていく。

実に似たような話なのだ。

スティーブ・ジョブズがアップルに復活したとき、
「私はアップルをソニーのような会社にする」
と言ったのは、あながち両者の歴史を知らなかったわけでもなさそうだ。

ともかくマニアというかオタクの辿った歴史は文句なしに面白い。

読んで元気が出て良かった一冊なのであった。


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英国王のスピーチを読んでいて、王とローグのやり取り以外に印象に残った箇所があった。
しかも強烈に。
それは、

「まだ、裏切り者の日本が残っている。」

ドイツが降伏して勝利に沸き返るロンドン市民の光景を見ながら英国首相チャーチルが呟いた一言であった。

そういえば、なぜ日本は米英、とりわけ英国からの同盟の歴史を反故にしながらも狂気としか言いようのないドイツやイタリアと同盟を組んだのか。
私は不勉強もありよくわからない。
阿川弘之の小説だったかで、日本海軍とイタリア海軍との親善会食があり、イラリア軍の水平が食器やカトラリーを万引きする様子を見て、
「あんな奴らと組むのか」
と言うシーンがあったように記憶する。

日英同盟は日露戦争で日本を勝利に導いた画期的な同盟だった。
第一次世界大戦も日本は連合国側に与し、ドイツと戦い勝利したわけで、なんで今さらドイツなの。
という感覚がきっと日英双方に会ったに違いない。

だからドイツ、イタリアと同盟を結んだ日本に対して英国が抱いていた心理的なものがどういうものであったのか。
この「裏切り者日本」発言を読むまで私もあまり深く考えることがなかったのだ。

確かに、。
当時の英国から見ると日本はドイツのような完全敵国ではなく、「裏切り者」に違いない。

歴史の中の見方に関するちょっとした目からウロコなのであった。

なお、今の世界情勢だと日本は裏切り者にならないかも知れないが北朝鮮問題ではトランプ大統領が裏切り者になる可能性がなくもない、と思えるのだが。
どうなんだか。

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先に映画を見てしまったら、なかなか原作を読む気力が起こらずそのままになってしまうことが少なくない。

「英国王のスピーチ」

も、もしかするとそういう作品になるところであった。

「英国王のスピーチ 王室を救った男の記録」(岩波書店)を図書館で手にとったのはほんの偶然。
たまたま「アップルを創った男 スティーブ・ウォズニアック」という本を取ろうとしたところ、その横にあった本書を見つけたのだ。
「な〜〜んだ、映画の原作本か」
と思ったのだが、ペラペラとページを捲ってみると単なる原作本ではないことを発見した。
なんと小説ではなくノンフィクションなのであった。

ノンフィクションは私の大好きなジャンルである。
ということは、この本は是非読みではないか、と思った。
それと同時に映画の原作はノンフィクションだったのかと感心もしたのであった。

私は大いに興味を誘われてスティーブ・ウォズニアックの前に本書を読むことに決めたのであった。

予想通り、本書は映画を遥かに超える濃い内容だった。
映画では描ききれなかった数々のエピソードが紹介されている。
とりわけ映画は最後のシーンが第二次世界大戦参戦で終わっているのだが、その後のジョージ6世王とライオネル・ローグ氏の交流が描かれているのが注目ポイントと言えるかもしれない。

前線へ行幸して兵士たちを勇気づける姿。
ロンドン市民の心を気遣う姿。
戦時下のクリスマススピーチ。
などなど。

身分の差、15歳の年齢差を超越した友情。
ローグは王を勇気づけ、王はローグを労る。
一つ一つのエピソードが読者の胸を打つのだ。

そんな爽やかさと重厚さを併せ持つ作品なのであった。





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中学生の時にラジオの「欽ドン!」にやたらめった作品を投稿したことがある。
結果は欽ドン!賞3回、その他賞7回。
3回の欽ドン!賞のうち1回は放送を聞き逃したのか、それとも野球中継の延長でキャンセルされたのかで何が読まれて賞をとったのかは今持って謎である。

このように中学生以前から私は萩本欽一のファンだった。
もちろん坂上二郎とのコンビの「コント55号」も大好きで、なかでも「なんでそうなるの?」という番組は楽しみで、今も時々ビデオで見ては笑っている。

この欽ちゃんが駒沢大の学生になっていたというのは以外なニュースだった。
ほとんど芸能の前面に出てこなくなったと思っていたら大学生になっていたというのも面白い。

以前、加藤茶との掛け合いを見ていると加藤茶のベタな逆を逆手にとって巧みに観客のクスクス笑いを取る欽ちゃんの浅草芸人としてのワザに笑いながらも度肝を抜かれたことがあるけれども、この人はすごく賢いんだと同時に思ったことも記憶に残っている。

「ダメなときほど運が貯まる」は他の人が書いていたら多分読まなかったジャンルの一冊だ。

これは欽ちゃんによる運のバランス理論書で、最低のときは運を蓄積していてこれからど〜んと良くなるよ、てなことが書かれているのだ。
ぱっとみ運勢本みたいな感じがするのだが、実はそうではなく、

「人間努力が肝心なんだよ」

ということを案に欽ちゃん独特の語り口で表現しているのだろう。

色々な舞台裏のエピソードもからめならが私のようにコント55号のコントや欽ドン!などを楽しんだ世代の元気づけにはピッタリの一冊なのであった。

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先月アメリカで発生した自動運転の自動車による死亡事故。
各方面で大きな衝撃を持って伝えられたが、果たしてそれほど驚くものであったのかどうか。
驚くことそのものを大いに疑ってみる必要があるのではないだろうか。

というのも、自動運転とはいってもそれは自動車のことであり、事故はいつ起こっても不思議ではなかったわけだ。
むしろ実証試験のテーマの中には事故が起こることも含まれていたに違いない。
実験を企画した研究者や技術者がもし死亡事故を想定していなかったとしたら、それは津波を想定していなかった原子力発電所の技術者と同程度の愚かさと断言できる。

それに自動運転技術はまだまだ発展途上である。
話題が先行しすぎて巷では「自動運転が世界を変える」と思い込んでいる人も多い。
それでも私のように、

「そんなものは永遠に実現するわけがない」

と思っている人も少なからず存在するはずだ。
でも、そういう人の意見は何が原因かわからないが伝えられることはほとんどない。
確実に事故を防止して、死者はもちろんのことけが人も出さないなどとうてい無理な話。
これまでの飛行機や鉄道といった自動運転が発達している分野においても確実などというものは存在しない。
まして一般道を走る自動車が人の力を全く借りずに安全を達成するなんてのは、ありえないと思うほうが正常ではないだろうか。

過去を例に取れば大阪メトロのニュートラム。
東京のゆりかもめと同じく全自動運転の新交通システムだ。
この線路を走る交通システムといえども事故とは無縁ではない。
最新の技術。
人のように勘違いすることもない。
確実に安全を確認しながら運行されいる。
そう思っていたら1993年にブレーキが効かなくなって終着駅で暴走。
200人以上が怪我をした。

また、1994年に中華航空機が自動操縦で名古屋空港に着陸中、着陸をやり直そうとパイロットが操縦したら装置が反発。
コンピューターと人間のつっぱり合いが発生して失速墜落。
200人以上が死亡した。

このようにコンピュータに頼って自動で運転すると事故が起こらなくて安全だ、というのは人間の「期待」に過ぎない。
現実は大いに異なる。

もちろん、
「これら20世紀末の状況と今は全く違うよ」
という人もいるかもしれない。
コンピュータの性能が20世紀末と現在とでは雲泥の差。
当時のコンピュータは考えることができなかったが、今はできる。
その根拠になっているのが「人工知能」だ。

人工知能は人に代わり目で見て考えて判断する。
どれが道で、どれが障害物なのか。
ルートは正しのか。
今、自分はどこに位置しているのか。
人工知能は数多くの事例を学習してこれら運転に必要な無数の知識を学ぶのだ。
判断するスピードは人間の数百倍から数千倍。
記憶力も抜群だ。
無数の情報を処理して安全を確保。
だから事故は起きない、と。

私はそういう考えはテクノロジーへの過信としか思えない浅はかな印象しかないのだが、他の人はどうなのだろう。

そもそも人間は道路を認識するのに学習する必要もない。
障害物も学習しなくても判断できる。
ハイハイする赤ちゃんが、わざわざぶつかって、
「これは壁だじょ」
などと考えているところを見たこともない。

人間だけではない。
芋虫の類でも何かにぶつからなくても障害物はわかるし、外敵も判断できる。
逃げなければならない時にノンビリ食べられるかどうかを待っている生物など見たこともない。

私は人工知能には大いなる夢はあると思っている。
でも生物ほどの荘厳なメカニズムはないのではないか。
どんなに高性能になっても、あくまでも「からくり人形」の範囲でしかないのだと。

世の中なんでも「人工知能」。
やがてシンギュラリティが訪れて人の仕事を奪い、社会が劇的に変わってしまう。
だから人工知能が変える社会に人々は備える必要があるのだ。

という考えに真っ向から哲学で挑んでいるのが「そろそろ人工知能の真実を話そう(ジャン・ガブリエル ガナシア著)」だ。
パリ大の研究者である筆者が語るのは「シンギュラリティ」は「アルマゲドン」と一緒。
要はグーグルやアップル、IBMなどIT大手が稼ぐために真贋取り混ぜて騒ぎ立てているに過ぎないまるでキャンペーンみたいなもんだ。
ということだ。

だから人工知能オールマイティなんてありえない。
商売と繋げるためのシンギュラリティなのだ。

いたって賛成したくなる時代を冷めた目でみつめる必読の一冊なのであった。

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吉村昭の作品はほとんど読破したと思っていたのだが、未だ読んでいない作品を書店で見つけた。
それは「東京の下町」というエッセイ集で、先月行ってきた日暮里界隈の昔について語られている内容だ。

日暮里というところは今回の旅行に行く前からよく通るところだった。
もともと東京出張をすると宿泊はたいてい浅草のビジネスホテルにしていて、そのホテルの前を通る都バスが日暮里駅からでている。
池袋や高田馬場あたりで飲んでホテルに帰る時はバスのある時間であれば日暮里で山手線を降りる。
そしてバスに乗って宿に帰るのだ。
バスの車窓からは生地や革製品、糸などが並んだ商店が点在している風景が続く。
日暮里は繊維系の問屋街であるのだ。
私は手芸には興味はないのだが、問屋が並ぶその光景を見ると、アジアのどこかの街を路線バスで走っているような感覚にしてくれてとっても楽しいのだ。

繊維系問屋やだけではない。
肉屋があり、お菓子屋があり、個人経営の食堂がある。
日暮里は下町らしい風情が魅力的なのだ。

作家吉村昭はこの日暮里で生まれ育ったのだという。

エッセイに登場する羽二重団子は一昨年にANAの機内誌「翼の王国」に掲載されたこともあり食べによったこともあるし、JR線の西側の丘陵地帯「谷中」は先日車で通ったところでもある。

不思議な縁でたまたま家族で旅行をしてきた直後に天王寺の書店で見つけた。
観てきた風景と昔の風景を思い重ねて楽しめる一冊なのであった。



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久しぶりに井上ひさしの時代小説を購入。
一気に読み終えて感無量の連作小説が「東慶寺花だより」。
作者最晩年の名作であった。

私の読書遍歴は井上ひさしの作品から始まっている。
もともと読書嫌いだった私は1976年ごろ、中学2年生のときにFM大阪で放送されていた「音の本棚」というラジオドラマ番組の中で井上ひさし作「モッキンポット神父の後始末」という作品を耳にした。
これが井上ひさしを意識するきっかけとなった。
その後すぐにこの作者が幼少の時に毎日欠かさず見ていた人形劇「ひょっこりひょうたん島」の作者の一人であることを知り、大いに興味をもった。
そこで井上作品を読んでみようと手に取り始めたのが今に至る読書の始まりだった。

「青葉繁れる」
「てんぷくトリオコント集」
「四十一番の少年」
「ドン松五郎の生活」
など次々と井上ひさしの作品ばかり読んでいった。
ある時は涙し、ある時は笑い、そしてある時は恐ろしさに不気味な気持ちになったりして、井上ワールドを大いに楽しんだのであった。
「吉里吉里人」のような超長編は読んでいるうちにかなり疲れる作品ではあったが、「東京セブンローズ」では旧漢字の凄さを思い知ったり「國語元年」では方言の面白さを学んだりした。

晩年の井上ひさしは週刊金曜日は九条の会のようなちょっと常軌を逸したグループによりかかっていたところが些か笑えないところでもあった。
好きな作家が、偏向したわけのわかならい思想に毒されるのを見ているのは正直言って気分の良いものではなかったのだ。

今回、書店で見つけてなんとなく手に取った「東慶寺花だより」は、井上ひさしが描く時代小説の面白さを十二分に発揮しており、やはりこの作家の描く物語は40年の年月を経た今も私の心を鷲掴みにしていしまう魅力に溢れていることを痛感することになった。

東慶寺は鎌倉に実在するお寺で、江戸時代離縁をしたい女性の駆け込み寺だった。
その駆け込み寺の周りにこれも実在した御用宿の1つと東慶寺を舞台にいく人もの女性の人生を小さな物語として描いていて、それぞれが喜劇を見ているようで心が芯から温まってくる。
あるものは愛する亭主のために離縁を試みようとし、あるものは愛するものが守ろうとして離縁する。
男のエゴのために犠牲になる女性。
離縁を求める中年の男など。
多くの物語で彩られているのだ。
それはまるで御用宿から見渡す東慶寺の畑で風に揺れている菖蒲の花のように美しい。

「東慶寺花だより」

今年最後の読書の1冊は、粋で心優しい物語なのであった。

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