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平ねぎ数理工学研究所ブログ

意志は固く頭は柔らかく

北極の海氷面積など(2)

2013-09-17 20:32:06 | 地球温暖化


図は9月16日時点の北極の海氷面積です。
赤丸は東京大学山口研究室のシミュレーションによる予測です。
大はずれでしたね。
武田先生は間違った予測をした山口教授に対し怒り心頭で、次のように述べておられます。
山口一教授としては、
1)東大教授として学問的力がなかった(辞任すること)、
2)東大教授の力はこのぐらいだ(東大を廃止すること)、
のどちらかになるだろう。

武田先生、お気持ちは解りますが、非線形シミュレーションの精度はこの程度ですよ。
山口教授は3ヶ月後に確実に正否がわかる解析をされたのですから立派だと思います。
誰にも検証できない100年後を予測する江守正多氏に比べると、はるかに良心的です。

100年安心プランの崩壊

2013-09-16 21:24:23 | 地球温暖化


頻繁にメディアに出ていた江守正多氏ですが、最近はほとんど見かけません。
どうしたのかなと思っていたら、池田信夫氏のインタネット番組に出ていました。
「ホラ吹き大王」の池田信夫氏とは似た者同士なので気が合うのでしょう。

図は江守氏が番組の中で使っていたものです。
最近の世界平均気温の変動はシミュレーション予測を大幅に下回っています。
気温上昇が鈍っている事実を江守氏もさすがに認めざるを得ず、つぎのように語っています。

これは基本的にはいろんな細かい要因の複合でこういうふうになっていると考えられます。一つ大事なことは、現在このズレがですね、温暖化のカーブが基本的に間違っているということは意味しないということです。一つには、自然の変動というやつでして、温暖化というのは長期的な上昇傾向で、それに自然の不規則な気温の上がり下がりが重なっています。自然の変動が下向きに温度を下げようとすればですね、温暖化の気温上昇を打ち消してあまり上がらないように見える、まあ一つには最近それが起っているのだろう。過去にもあまり上がらない時期があったり、たくさん上がる時期があったりしながら規則的に上がっていますので、それは非常にあたりまえのことである。もう一つはですね、このシミュレーションをするときに、われわれ専門用語で放射強制力と言うんですけれども、地球の温度を上げる外部的な要因を、まあそのデータを入れるわけですね。温室効果ガスが将来これくらい増えるだろうというデータを入れてシミュレーションをしているんですけれども、ほかにもいろんな外部的要因がありまして、一つは太陽活動ですね。太陽活動は、ご存知の方はご存知と思いますが、最近弱まっています。弱まると同時にその周期が延びていまして、最近の15年はかなり太陽活動が一方的に弱まるような感じの局面がすっぽり入っている。それから、このモデルの計算に入っていない弱い火山の噴火なんかが地球を少し冷やしている可能性がある。それが原因で、今申し上げた一つは、自然変動である、もう一つは強制力をモデルが過大評価していて、実際には、地球を上げようとする熱が、現実には少し小さいんじゃないか、もう一つが、割と大事なんですが、このシミュレーションモデルが、温度が上がりやすくなりすぎであるという可能性がここにきて出てきた。これは、もともと、ご覧いただくように、幅のある推定しかできない、つまり温度が上がりやすいモデルと、上がりにくいモデルというのがあって、その幅でいままで見ていたわけですけど、これだけ現実がしばらくだけとはいえ上がらないと、温度が上がりやすいモデルよりも、上がりにくいモデルの方が、現実に近いんじゃないかと、そういう可能性が最近出てきたということですね。まあそういうわけで、いくつかの原因の重ね合わせでいま現実の観測データは予測値の下限を行っている、だけど別に温暖化のカーブから全く不思議なことが起っているわけではない。

彼は、観測値がシミュレーション予測を下回っている理由を三つ挙げています。
一つ目は、自然変動が気温上昇を押し下げた、二つ目は、放射強制力をモデルが過大評価した、三つ目は、温度が上がりやすくなるモデルだった。どれも噴飯ものですが、特に三番目の理由はひどいですね。「割と大事なんですが」ですむ話じゃないです。モデルが間違っていたなんて、よく平気な顔で言いますね。今まで彼らがやっていたことは出鱈目だったということですから。

2006年に出版された、NHKスペシャル気候大異変-地球シミュレータの警告-、NHK出版、のなかで、彼はつぎのように述べています。

しかし、注意して見てほしいのは、下の図のすべて要因をインプットした計算結果は、二〇世紀終盤の温暖化だけでなく、二〇世紀半ばの寒冷化傾向をも再現しているということである。



モデルに誤りがあったのですから、二〇世紀の気温を再現できたというのは間違いです。パラメータ調整を何度も行って合わせたということが、彼の今回の説明で明らかにになりました。

彼はCO2温暖化で一生食べていけると踏んでいたのでしょう。しかし、21世紀が始まって20年もしないうちに嘘がばれてしまいました。これは彼にとってよいことだと思います。早く過ちに気付いて残りの人生を真っ当に歩んでほしいと思います。

都市化と気候(2)

2013-09-15 20:56:37 | 地球温暖化


一九七〇年代に始まる宮崎の昇温も、都市化の影響をそうとう受けているだろう。図3.6をよく見ると、二〇世紀末から昇温が止まった気配がある。東京と同じく、やはり都市化の飽和を表しているのではないか。

渡辺正氏は著書の中でこのように述べています。ほんとうにそうなのでしょうか。
気象庁のデータを使って調べてみましょう。



図1は、アメダス宮崎とアメダス高千穂の年平均気温の比較です。
高千穂観測所は九州山地の山の中に設けられているので、都市化の影響はありません。
宮崎の気温のほうが高いですね。
この図はわかりにくいので、1980年の気温が一致するように、宮崎の気温を下方に平行移動してみましょう。
それが図2です



あらま、2000年以降に多少の差が見られるものの、ほとんど一致しましたね。
宮崎の昇温は都市化の影響ではないのではないでしょうか。
渡辺先生、どうです?

都市化と気候

2013-09-13 12:51:55 | 地球温暖化


渡辺正氏は著書「地球温暖化」神話/終わりの始まり、の中でつぎのように述べています。

たとえば一七地点の一つ宮崎の気温は、図3.6のように変わってきた。右端から三分の一ほどを手で隠せば、上下動はあってもさほど特徴のないグラフになる(一九一〇~七〇年には0.5℃くらい昇温した?)。大きな変化は七〇年代に始まり、以後1℃ほど上がっている。
若い方々には実感もないだろうが、一九六〇~七〇年代までの日本は(場所ごとに程度の差はあれ)だいたいが「田舎」だった。生まれ育った山陰の農村だと、六〇年以前は車がめったに通らず、電化製品もほとんど使っていない。けれど八〇年代以降には農家が二台や三台の車をもつなど、エネルギーの使用量が激増した。
一九七〇年代に始まる宮崎の昇温も、都市化の影響をそうとう受けているだろう。図3.6をよく見ると、二〇世紀末から昇温が止まった気配がある。東京と同じく、やはり都市化の飽和を表しているのではないか。


私はこのような論理の組み立てに抵抗を感じます。そもそも都市化とは何でしょう。
渡辺氏によると、都市化とは、①車が通る、②電化製品を使う、③二台や三台の車を持つ、①②③の結果、エネルギー使用量が激増する、ことのようです。
なんだかよくわかりませんね。二台や三台の車を持ったとしても複数の車を同時に運転することはできません。用途に応じて使い分けているだけであり、走る車はいつも1台です。
エネルギーが激増するという言い方もわかりにくいですね。エネルギーって何ですか。
都市化によって都市の気温が上昇したというのなら、都市化とは何かを明確にしてほしいものです。
>一九七〇年代に始まる宮崎の昇温も、都市化の影響をそうとう受けているだろう。
学者はこんなことを言ってはいけません。憶測はだめです。

都市化とは何かよくわからないけれど、その飽和状態はあると思います。
広島は空き地だらけです。空き家やオフィスビルの空室が増えています。人口も減っています。人口憎や建物の密集を都市化というのなら、広島の都市化はバブルの頃がピークでした。
管理人NAOさんが住んでおられる札幌はどうなのでしょう。いわゆる都市化は飽和しているのでしょうか。札幌の近くに日本の平均気温を算定するための観測点の一つ「寿都」があります。
札幌の気温と寿都の気温を比較することでそれを確かめてみましょう。




図1は年平均気温の比較です。1900年から2012年までを比較しています。
この図をみると、20世紀の初頭は札幌よりも寿都の気温が高く、年々その差が縮まってきて1980年代半ばで逆転しています。

図2は、年平均気温の差を取ったものです。1985年ころまでは一定勾配で差が詰まっています。ところが、1985年以降は差の増減がありません。

以上のことから、札幌の都市化は1985年頃に飽和したと推測されます。
乱暴ですかね(^^;)

北極の海氷面積など

2013-08-27 12:28:34 | 地球温暖化


北極の海氷、過去最小に 気象情報会社が予測(日経2013/07/24)
気象情報会社ウェザーニューズ(東京)は24日までに、北極の海氷面積が最も小さくなる9月に、観測史上最小だった昨年の約350万平方キロメートルをさらに下回る可能性があると明らかにした。1980年代は最小の時期でも700万平方キロメートル以上あったが、地球温暖化の影響で減少している。同社によると、7月7日現在、海氷面積は約870万平方キロメートルで、例年と同様、9月に最小となる見込み。北極の海氷に詳しい東京大の山口一教授の解析によると、冬から春にかけて氷の動きが大きかったため今年は氷が薄く、今後解けやすい状況にあるという。

1ヶ月前の記事です。海氷面積の推移をみると、ウェザーニューズ社の予測は外れそうですね。ウェザーニューズ社はどのような方法で予測したのでしょうか。おそらくつぎのようなやり方で予測したと思われます。
図の矢印の位置が7月7日で、その2週間前から急な下り勾配になっています。ウェザーニューズ社は、このままの勾配で推移すると判断し、エイヤと直線を引いたのでしょう。これは外挿とよばれるやり方です。内挿はよいけれど外挿は絶対にしてはいけません。データ解析の鉄則です。ウェザーニューズ社の担当者はデータ解析の基本を知らなかったので、このような誤報が生じたのでしょう。

江守正多氏の温暖化予測も同じようなものです。未来予測は基本的に外挿です。だから当るわけがないのです。しかも100年後です。今生きている者は誰も検証できません。金を湯水のように使っても誰からも咎められないのです。彼は確信犯です。CO2温暖化説は間違っているかもしれないと思いながら研究を行っているはずです。詐欺師のような生き方をしてそれで彼は満足なのでしょうか。

いまさら地球温暖化(4)

2012-06-25 05:49:42 | 地球温暖化
「気象の話Ⅰ」(技報堂出版、1988)より転載。

炭酸ガスが増えると、温室効果が進みすぎて地球が温暖化し、自然環境のバランスがくずれ、人類の生存が危ぶまれることになります。炭酸ガスは人体にとっての薬のようなもので、少なすぎても効果がないし、多すぎても悪く、適量でなければなりません。
炭酸ガスが2倍になったとき地球の温度はどうなるかは、いろいろ難しい問題があり正確にはわかりませんが、地球表面の平均で2~4℃程度の昇温と考えられています。2~4℃はたいしたことはないと思うかもしれませんが、世界中の平均で2~4℃は大変な気候変化です。大気全体の流れが変り、以上に昇温する所が出たり、今までの湿潤地が乾燥地になるかもしれません。
異常気象で、食糧生産にダメージを与えた例を過去の東北地方で見ると、夏の平均気温が平年に比べて2℃低いだけで大凶作が起っています。近年、日本など多くの国の経済は世界中に互いに影響を及ぼし合います。異常気象でどこかの国の農作物が不作になると、他の国の経済・社会まで大きな影響が現われます。
気候変化は極地方で極端に現われると考えられています。極地方が異常昇温すると、氷が解けて海面が高くなります。世界の大都市は海岸地帯にあるので、東京やその他の主要都市は水没するでしょう。港湾都市が水没すると、各国では輸出入ができなくなり世界中で大混乱が起ります。そのような時代になれば、航空機に頼ればよいと思うかもしれませんが、航空機では間に合いません。
気候が温暖化して地球上に雪や氷が少なくなると、太陽エネルギーの反射量が少なくなり、地球はより多くの太陽エネルギーを吸収し、ますます温暖化しそうです。植生分布も海の状態も変化し、人知の及ばぬ予想もつかないことになるかもしれません。気候変動がゆっくりなら人間はなんとか対応できるでしょうが、100年以内の短い期間に急変するとなれば対応できないでしょう。
炭酸ガスの増加が地球の気候を変えるという大きな心配が、1956年ころから急激に広まってきました。最近、各国では炭酸ガスの増加を監視していかなければならないという機運が高まり、観測強化が行われるようになりました。


さて、クイズです。この文章はつぎの4名のうち誰が書いたのでしょう?

① 灼熱地獄からの使者      山本良一氏
② 数値解析占い師        江守正多氏
③ 主張を180度変えた気象学者 根本順吉氏
④ 日だまり効果提唱者      近藤純正氏

ところで、最後のページにこんな注意書きがあります。
本書の内容を無断で複写複製(コピー)すると法律で罰せられることがあります。
無断なんですけど、技報堂出版さん、訴えないでね。

【参考文献】
光田寧編:気象のはなしⅠ、技報堂出版、1988

いまさら地球温暖化(3)

2012-05-30 20:04:11 | 地球温暖化


呉市の年平均気温と黒点相対数を、同じグラフの上にプロットして、比較して見ました。
1990年以前のデータについては相関関係があるように見えるのですが、どうでしょう。

追記

位相のズレが少し気になりますね。


参考
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php(気象庁|過去の気象データ検索)
国立天文台編:理科年表、丸善株式会社、2008

日本の気温(2)

2012-05-18 23:29:47 | 地球温暖化


日本の年平均気温は、全国17地点(網走,根室,寿都,山形,石巻,伏木,長野,水戸,飯田,銚子,境,浜田,彦根,宮崎,多度津,名瀬,石垣島)の観測データをもとに算出されています。
これらの17地点はどのような理由で選定されたのか。気象庁によると、選定理由はつぎの三つです。
① 1898年から観測を継続している。
② 特定の地域に偏らない。
③ 都市化の影響が少ない。

図(日本地図に17地点をプロット)を見ると、確かに地域の偏りは見られませんね。
②については問題なさそうです。

③はどうでしょう。

渡辺正氏の著書、「地球温暖化」神話/終わりの始まり、につぎのような記述があります。



①と②はよくわかる。しかし③は、「人為的CO2温暖化説の証拠にする」意図としか思えない。事実、図3.5(の旧版)はおびただしい温暖化警告本や小中高校の教科書などに載り続け、「日本の温暖化物語」を支えてきた。
だが③には大きな問題がある。たとえば一七地点の一つ宮崎の気温は、図3.6のように変わってきた。右端から三分の一ほどを手で隠せば、上下動はあってもさほど特徴のないグラフになる(一九一〇~七〇年には0.5℃くらい昇温した?)。大きな変化は七〇年代に始まり、以後1℃ほど上がっている。
若い方々には実感もないだろうが、一九六〇~七〇年代までの日本は(場所ごとに程度の差はあれ)だいたいが「田舎」だった。生まれ育った山陰の農村だと、六〇年以前は車がめったに通らず、電化製品もほとんど使っていない。けれど八〇年代以降には農家が二台や三台の車をもつなど、エネルギーの使用量が激増した。
一九七〇年代に始まる宮崎の昇温も、都市化の影響をそうとう受けているだろう。図3.6をよく見ると、二〇世紀末から昇温が止まった気配がある。東京と同じく、やはり都市化の飽和を表しているのではないか。


渡辺氏は、1970年以後の昇温の大部分は都市化によるものではないか、と述べています。

つぎの図は気象庁の気温データを用いて、1900年から2010年までの17地点の年平均気温の推移をグラフにしたものです。グラフの最上位は、石垣島の気温です。最下位は、網走の気温です。



この図をみると、位相はよく合っています。山と山、谷と谷が一致しています。
赤い破線は、17地点の平均気温のトップ5(1990年、2004年、1998年、2010年、2007年)の年を示しています。
ここで、日本を、北日本、中央日本、南日本に分けることにすると、大雑把に言って、1990年は北日本と中央日本で気温が高く、1998年は南日本で高く、2004年と2010年は北日本と中央日本、2007年は中央日本で高かったことが分かります。

1998年は宮崎(上から3番目)の外、石垣島、名瀬、その他西日本の観測点の気温も高く、このことから宮崎に見られるピークは宮崎固有の局所的な都市気候によるものではなく、広域的現象に由来するものであると思われます。

【参考文献】
渡辺正:「地球温暖化」神話/終わりの始まり、丸善出版、2012年

日本の気温(1)

2012-05-16 20:05:50 | 地球温暖化


図は日本の年平均気温の推移です。この図を見ると、1990年に気温のジャンプがあり、以後、高止まり状態が現在まで続いています。根本順吉氏は著書「超異常気象」の中でつぎのように述べています。

そして私にとっての三匹目の大泥鰌は、一九九〇年の暖年に気づいたことである。私はこれを、『朝日新聞』天気図欄に書かれた予報官の小コラムに触発され調べ始めたものであった。たとえば東京の気温についてみると、それは一九八九年八月以来、現在(一九九一年五月)に至るまでマイナスにならず、実にプラスが二二ヵ月もつづいているのである。時計の振子が片側だけフレているようなものである。この高温の原因として都市気候を考える人もあるが、日本全国、都市でなくても、ほとんどのところがこれに類する高温が続いているのだから、都市気候だけでこの昇温を説明するのはむずかしい。

余談ですが、「超異常気象」は古書店で購入しました。CO2懐疑派の人たちの著書に度々引用される本なので欲しかったのですが、すでに絶版になっていて書店では購入できませんでした。諦めていたところ、たまたま立ち寄った古本屋でこの本を見つけました。探していた人に出会ったようでうれしくて急いで買いました。350円でした。
閑話休題、本題に戻りましょう。私も根本氏の意見に賛成です。1990年の昇温は都市気候だけでは説明できないと思います。一体何が原因なのでしょうか。

【参考文献】
根本順吉:超異常気象/30年の記録から、中公新書、1994年

広島市の気温(2)

2012-05-10 22:26:23 | 地球温暖化
はれほれさんのご指摘のとおり、1988年以降の急激な昇温には、観測所の移転の影響が含まれていると思われます。
1987年12月、江波山にあった観測所(旧観測所)が、広島市の中心部にある合同庁舎内(新観測所)に移転しました。





江波山はもともと島で、埋め立てにより陸続きになってできた山です。
旧観測所は、標高30mの山頂付近にあり、周囲に大きな建物もなく、また風通しもよいことから観測環境に恵まれていました。

さて、ここでは旧観測所と新観測所の気温差を推定します。

1960年から2010年までの年平均気温を呉市と比べてみました(図1)。





1987年以前では、呉市の気温が広島市よりも高めに推移していますが、観測所が移転した1988年以降はほぼ一致しています。偶然とはいえ面白い結果です。
呉観測所の観測条件は変わっていないので、呉観測所の気温を物差しにすれば、旧観測所の気温と新観測所の気温の差が判り、ヒートアイランド効果を定量的に知ることができます。





図2は呉観測所の気温から広島観測所の気温を差し引いたものです。
1960年~1981年の平均値は0.81℃、1982年~1987年の平均値は0.35℃、1988年~2010年の平均値は0.00℃です。
以上のことから、ヒートアイランド効果は0.35℃~0.81℃であるといえます。
少し乱暴ですが、0.81℃をヒートアイランド効果と考えて(1982年~1987年の平均値0.35℃は無視)、1988年以降の広島市の年平均気温から差し引くと図3が得られます。





広島市の気温(1)のグラフに比べると、昇温量はかなり小さくなりました。