「プノンペンの一日の始まりは早い。早朝に涼しい風が吹くからだ。太陽が朝もやから顔をだしてしまうと、国じゅうがうだるような暑さになる。六時にはすでに、狭くてほこりっぽい歩道は人で埋め尽くされる。白黒の制服を着た食堂の店員がドアを開けると、おいしそうな麺の匂いが客を誘う」
「最初に父が殺された―飢餓と虐殺の恐怖を越えて」 ルオン・ウン (著) 小林 千枝子 (翻訳)
の書き出しだ。
ルオン・ウンが書いたのは1975年4月のプノンペンの朝。アンコール・ワット観光の拠点となるシェリムアップも、急速に観光地化されつつある。そして、9月の朝はルオン・ウンの書いた文章と似たような光景だ。洪水が引いた街中の道は、細かい赤土のほこりが舞い、日の出と同時に、家々の人々は防塵マスクをして箒で家の前の掃除をはじめる。その傍らには、子供達が裸足で遊び、幼い子の手には、食べかけの朝食が握られている。
ゆったりとした子供たちの表情には、数十年前に起こったあの悲劇の残滓は微塵も感じられない。
地雷で手足を失った人々をごくたまに見かけることで、悲劇の一部をかすかに実感するにすぎない。
シェリムアップの旧市街を歩けば、中古の携帯電話ショップが目につく。市街地に住む人口はおよそ6万ぐらいだが、携帯電話ショップは秋葉原の電気街ほどに店が密集してある。
いくらなんでも、6万ぐらいの人口に対して店の数が多すぎだろう、いったい誰が買うんだと疑問だったが、良く考えてみると、近郊の農村の人々が携帯を求めて都会にやってくる。電気や電話も通じていない村だが、これから携帯電話が爆発的に普及していくのだろう。
「カンボジアでは女の人が何日も洗っていないような髪の毛をしていたら、だらしがないと思われる。長髪の男は軽蔑されるし信用されない。何か秘密を持っていると見なされてしまうのだ」
「最初に父が殺された―飢餓と虐殺の恐怖を越えて」 ルオン・ウン (著) 小林 千枝子 (翻訳) より。
携帯電話ショップに次いで多いのが美容院と床屋だ。これも、あちこちに何軒もある。床屋のカット料は2USドルぐらいとのこと。カンボジア人の平均月収が60~70USドルとすると、日本の貨幣価値に換算してほぼ同額。安くはない。毎日、1人から2人の散髪をすれば、売り上げはカンボジア人の平均月収に達する勘定だ。
高めの床屋代だが、それでも、現地の人たちは短めに髪を刈り上げて、髪型をいつもきちんとしている。
かつての日本と同様に、カンボジアでは女性の髪は女性美容師が、男性の髪は男性美容師がカットするのが昔からの習慣らしい。しかし、ここ最近は時代の流れとともに、女性が男性の髪を切るケースも増えてきているという。
カンボジアの通貨は「Riel ( リエル )」だが、ほとんどの店、ホテルではUS$が流通している。街中のレストランやマーケットでさえもUS$が普通に使える。しかし、おつりはRiel。1US$は4000Rielぐらい。旅行者の買い物ではRielの使い道はほとんどなく、毎日1US$と合わせて枕銭に。
言葉はクメール語(カンボジア語)が公用語だ。だが、英語はどこに行っても通じる。カンボジアの義務教育は中学までで、語学は英語かフランス語を選択するとのこと。生徒の都合により、午前中、あるいは午後のクラスが選択できるという。
ただし、小学校には子供たちの90%が登校するが、中学校になると1/4程度しか行かないらしい。さらに山奥の農村部になると、中学校への就学率は1割に満たないという。つまり、農村部ではほとんどの子どもが小学校で教育を終えてしまっている。
理由は、中学校の数が足りないこと、家計を支えるために働く子どもたちが多いからだ。日本と同様に義務教育ではあるが、カンボジアでは教育を受けることは当たり前ではない。
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