2022北京冬季オリンピックの開幕があと25日に迫った。北京市内のスタジアムの他、北京市北方の延慶、河北省の張家口市を会場に開閉会式や競技が繰り広げられることとなる。延慶や張家口付近には「万里の長城」が山々を這(は)うように延々と連なる。2019年3月下旬に妻とともに万里の長城に行った時には、会場近くの村は移転をさせられ、競技会場や選手村づくりがすすめられていた。
開閉会式や、大会で最も注目されるフィギァスケートなどの競技が行われるのは、2008年北京夏五輪のメイン会場となった「国家体育場(鳥の巣)」だ。同じく北京市内にはスビートスケート競技などの会場となる「国家滑走場」などが建設された。
開幕1ケ月前の1月4日、習近平中国国家主席が、これらの会場を視察した。新型コロナ、特にオミクロン株の世界的パンデミックの感染再爆発の状況下、中国国内でも12月中旬より、北京から900km離れている陝西省の省都・西安での感染拡大がおきて都市封鎖が現在も行われているが、IOCは1月に入り、「予定通り北京冬季五輪を開催する」ことを発表した。
1月1日付朝日新聞には「王者の翼 限界超える」「北京で輝く つかみ取る」の見出し記事が掲載されていた。冬季オリンピックの競技では、スビートスケート・ジャンプ・スノーボード・カーリングなどの日本人選手の活躍も気にかかるが、なんといっても注目は、フィギィアスケートの羽生結弦(27歳)とネイサン・チェン(22歳)の金メダルをかけた勝負だ。フィギアスケート女子は紀平梨花がケガで出場できないのが残念だが、「ロシア勢が圧勝するだろう。それに対抗するのが、アメリカ・カナダ・フランス」との予測だ。
ちなみに、前回の平昌五輪では、中国の金メダルは500mスピードスケートでの1個(メダル獲得数は9個)。日本は金4個(メダル獲得数は13個)。メダル獲得数では、1位のノルウェー(金14・メダル獲得数39)を筆頭に、ドイツ、カナダ、アメリカ、オランダ、ロシア、韓国、スイス、フランス、スウェーデン、オーストリア、日本、イタリアと続いた。
一作日に、スポーツ雑誌『Number』1月号が、コンビニの書棚に並べられていた。誌面のほとんどはフィギアスケートの特集号だった。
10日ほど前の12月31日大晦日、この日は私が大学で担当する授業の一つ「日語会話3」(二回生)の期末会話試験の日だった。オンラインで、一人一人と対面会話試験をした。会話試験の質問の一つに「冬休み中には、どんなことをしたいですか?」と問いかけた。その質問に対して、2人の女子学生からは、「私は北京五輪が楽しみです。特に、羽生結弦選手のファンなので、彼の活躍を期待しています」との話がかえってきた。「羽生結弦は、中国でも人気があるのですか?」と話しを続けると、「ええ、かなりあると思いますよ」とのこと。
12月下旬にフィギアスケートの「全日本選手権」があり、羽生結弦は前人未踏のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)に挑戦。大勢の観客が見守る中、クワッドアクセルには失敗したものの、国際スケート連盟が非公認ながら今季世界最高を上回る高スコアーをマークした。競技後に羽生は「4回転半を決めたい思いが一番強い。成功した上で金メダルを目指す。あと1か月、詰めて練習する」と語っていた。
史上初のクワッドアクセル成功とオリンピック3連覇をかけた集大成ともいえる北京冬季五輪の闘いを、日本の羽生ファンは残念なことに現地で応援することはできない。北京冬季五輪は新型コロナウィルス対策のため、海外からの観客は受け入れないことが、IOC(国際オリンピック委員会)からすでに発表されているからだ。もし、中国に行くとしても、4週間の厳重隔離措置を経て、会場の鳥の巣スタジアムの外で声援を送るしかない。
ただ、中国の羽生人気も日本に負けず劣らず高いものがあるようで、五輪の舞台での演技当日も羽生にとっては北京は"アウェー"ではなく"ホーム"となって追い風が吹きそうだ。中国国営放送のCCTV(中国中央電視台)など主要メディアなどにも羽生に関する話題はよく取り上げられている。
そもそも中国国内における羽生人気の発火点となったのは、2017年にフィンランドであったフィギアスケート世界選手権での表彰式での出来事とも言われている。優勝した羽生は、2位の宇野昌磨、3位の中国・金博洋と並んでそれぞれ日の丸と中国国旗を持って掲揚しようとしたところ、金の掲げた中国国旗の表裏が逆になっており、それを金選手にそっと教えて、笑みを浮かべながら一緒に手伝って直してあげたというシーンがあった。これらのシーンの一部始終が中継映像に映し出されたことで、「ユズはなんて優しいんだ」などの声が中国国内で広まることとなった。(※上記写真、左から3枚目がそのシーン)
日本の羽生ファンが中国に応援に行けないことを残念がりながらもSNSで「中国ファンに応援を託そう」と数多くの呼びかけが上がったことに在日中国大使館も反応し、「中国在住の日本人の方々、大会の日本人ボランティアの皆さんとともに、日本選手団をしっかり応援していきます」などとツィツターで発信した。これに中国共産党外交部の華春瑩報道局長が在日中国大使館のツィートをシェアし、日本語で「羽生結弦ファンの皆さまへ。"現地応援は中国の皆さんに託す"との声を目にしました。お任せください!そして中国の新型コロナ対応へのご理解、ありがとう!」などと異例のツイートを発信した。
日本政府筋からは、「華春瑩(かしゅんえい)報道局長といえば会見の席上において、美人むっつり顔を浮かべながら対日、対米批判を口にすることで有名。そんな人物による親日家を思わせるようにツィートは、それだけ中国国内における羽生人気が高いということを物語っている。中国共産党も今回の北京冬季五輪での羽生結弦の存在を大きくとらえてるのだろう」との分析論まで出ている。
12月下旬に入り、日本政府は「北京冬季五輪への閣僚派遣を行わない」との発表(非文書での玉虫色外交)を行った。アメリカ・カナダ・オーストラリア・イギリスとともに事実上の五輪外交ボイコットだが、これに対して中国政府は、なんと、「日本側の配慮に感謝する」という声明を発表した。なんともそこには激しい批判などがないのに驚かされる声明だった。(※オーストラリアなどに対しては、「北京冬季五輪に招待した覚えはない!」などと強く罵倒し批判をしたが‥) 憶測だが、羽生結弦の存在が影響していなくもないような気もする。
一方、いち早く「外交ボイコット」を表明したアメリカには、羽生の最大のライバルであるネイサン・チェンがいる。2018年・19年・20年・21年のフィギアスケートスケート世界選手権などで連覇をしていて、今回の北京冬季五輪では、羽生よりも金メダルに近いと予想されている。金メダルの筆頭候補者だ。羽生はクワッドアクセルを成功させて、ほぼ完璧な演技をしなければ、ネイサン・チェンには勝てないだろうと予測され、羽生自身もそう思っているようだ。
ネイサン・チェンは中国系アメリカ人だ。両親ともに中国で生まれ、中国で成人まで育った中国出身者なので、アメリカ国籍とはいえ血筋から見れば中国での熱い人気が生まれていても不思議はなさそうな気もするのだが、実は真逆なのだという。それはなぜなのか? 「ネイサン・チェンの実父は中国共産党から迫害を受けた歴史のある広西チワン族自治区出身。その実父は中国に嫌気がさし、米国留学と同時に母国を離れる決意をした。中国・北京出身の妻と米国で結婚後、息子のチェンには意図的に中国語を教えなかったという話もある。両親ともに中国を捨て去った上、激しい対立関係にある米国で成功して代表権をつかみ、中国語も満足に話せないネイサン・チェンに中国共産党は好印象をもっていない。気の毒な感もあるが、中国系でありながら中国国内における人気度は羽生と雲泥の差だ」とも語られている。
なんとも政治がらみの複雑な要因が「ネイサン・チェンVS羽生結弦」の対決にはからんでもいるようだ。もうこの背景が見えてくると、どっちが金メダルを獲ってもいいような気もしてくるが、できうるならば、「0.1差ぐらいの、ほんの、ほんの僅差(きんさ)で勝敗が決まればいいなあ」と思ったりもする。
羽生結弦といえば、クマの「プーさん」のぬいぐるみが常にそばにあることで有名だ。演技後の得点発表を待つ席には必ずプーさんがいる。日本での羽生の演技後は、スケートリンクには、花ではなく、たくさんのプーさんが投げ入れられるのも恒例だ。このプーさんのぬいぐるみは、中国国内ではNGとなっている。中国国内のインターネット上では、2013年頃から、習近平国家主席のニックネームがこのプーさんとして広まり始めた。丸っこくてふっくらして愛らしい、この世界中で愛される児童文学のキャラクターの「クマのプーさん」の外見が習近平国家主席に似ていると評判になり広まり始めたのだが‥。
これが他の国ならば、国の指導者をプーさんに例えても特に問題はないかもしれない。むしろ、自分のイメージキャラクターがプーさんだというのは親しみやすくて良いことだと歓迎する国家首脳もいるかもしれない。しかし、中国はそんな国ではないのだ。
この広まりに対して、中国政府当局は、プーさんは検閲対象となりNG(タブー)とした。中国では国家元首や首脳に対してイメージキャラクター的表現をすることは、失礼にあたるとして特に2015年頃からは、検閲を強化し始めた。ディズニーアニメの「プーさん」も上映は禁止されている。日本において1945年までの政治体制であった「天皇制」のもと、天皇に対する「不敬罪」の罪に問われるのとよく似ている。
さて、あと1か月後と少しに迫った羽生結弦の演技だが、羽生はこのプーさんのぬいぐるみを得点発表を待つ席に持ち込み、得点発表を待つのだろうか。そんなことにも関心は向けられている。
数日前の朝日テレビ「羽鳥慎一モーニングショー」で、中国北京での冬季五輪における現地情報が報道されていた。「北京に入るために 海外からの入国者は21日間のホテル隔離と7日間の自宅隔離 北京市外から➡48時間以内の陰性証明」「中国本土の住民に限り観客を受け入れる方針➡具体的な条件は公表なし、チケットの販売もはじまらず」とのテレップが流れていた。
開会式の会場となる「鳥の巣」スタジアムには、当初9万人の観客を入れる予定もあったが、中国国内での新型コロナの状況、特にオミクロン株への警戒感から、どれぐらいの観客を入れるのか、まだ方針が未定のようだ。
朝日テレビ(ABC)の千々岩中国総局長は、「〇冬季五輪への関心が低い〇実感がわかない」などと書いた紙とともに、「中国ではテレビで連日、五輪特集を組み、盛り上げを図っているが、国民はテンションが上がっていない」と伝えてもいた。