MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

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来月からこのサイトをMITIS(水野通訳翻訳研究所)ブログに変更します。研究所の活動内容は、研究会開催、公開講演会等の開催、出版活動(年報やOccasional Papers等)を予定しています。研究所のウェブサイトは別になります。詳しくは徐々にお知らせしていきます。

『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。

『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。

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バイリンガルの言語産出におけるためらい

2009年03月22日 | 通訳研究

『日本語が亡びるとき』は仲俣暁生も言うように「よくもわるくも「素人」」の本なので、これ以上つきあうのはやめることにする。矛盾する論理と間違いだらけで益するところなく、時間がもったいない。ただし、決してお薦めはしないが、興味のある人は読んでみてもいいだろう。

さて、本来の研究に戻ることにしよう。Fehringer, C. & Fry, C. (2007) Hesitation phenomena in the language production of bilingual speakers: The role of working memory, Folia Linguistica 41/1-2, 37-72.を読んだ。論理的に書かれた文章が与えてくれる快楽を存分に楽しむことができるいい論文である。通訳(同時通訳)におけるためらいの研究についてはポェヒハッカーの『通訳学入門』6.5.2に簡単なレビューがある。このFehringer & Fry の論文は、被験者は通訳者ではないものの、通訳者の言語産出についても大いに参考になる。その内容の骨子は、ネイティブ並の高い言語運用能力を持つバイリンガルであっても、L2の言語産出ではL1よりもためらい現象(有声のポーズや自動的発話(sort of, at the end of the dayなど)、繰り返しなど)が多くなる。このことはL2産出には追加的な認知負荷がかかるためと考えられる。また作動記憶ではかった記憶能力とためらい現象の間には負の相関がある(=作動記憶能力が低いと時間稼ぎのための様々な手法を使う)。さらに、L1でのためらい現象のタイプはL2に転移する(プラニング行動は両言語で同じである)、というのである。
Levelt (1999)を引くまでもなく、言語産出には様々なレベルでの同時的処理が伴う。内容や文法性、構音のモニターと修復、結束性と意味的一貫性の保持、繰り返しの回避、聞き手のニーズに対する考慮、談話的慣習の遵守などである。こうした作業をしながら、同時にシンタックスを計画し、語彙を検索し、L1からの干渉を避けるという作業を行うわけだ。同時通訳の場合にはこれに言語変換(翻訳)のタスクと構音抑制というマイナス要因、原語との同時発話による遮蔽効果への対処といった仕事が加わる。したがって作動記憶への負荷は、通常の発話よりも極めて大きなものになる。同時通訳の言語産出は「意味をとらえれば自動的に進行する」ようなものではないのだ。この論文は直接同時通訳を扱ってはいないが、同時通訳の産出局面の問題について、研究の空白を埋めるための多くの示唆を与えてくれる。
 

今日は名古屋でコミュニティ通訳分科会と通訳教育分科会の合同会合があったはずだが、盛況だったろうか。