(以下、毎日新聞から転載)
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記者の目:米国は「落日」の超大国か=斉藤信宏
◇「多様性」ある限り強さは続く
4年間のワシントン特派員生活を終え、米国から帰国した。この間、米国は大きく変わった。リーマン・ショックと金融危機、黒人初のオバマ大統領の誕生。景気の低迷で多くの国民が超大国としての自信を失い、自分の生活のことばかり心配するようになった。日本の新聞でも「落日の超大国」といった見出しが目につくようになった。私自身、何度もそのような原稿を書いてきた。だが、私は今になって少し考えを改めつつある。米国には、条件付きながらまだまだ大きな可能性が残されていると思うからだ。
◇IT企業技術者 5割外国生まれ
米国復活のキーワードは「多様性」だ。多様な人種、民族を国内に抱え「内なる国際化」の進んだ米国には、他の国にはない不思議な力が備わっている。先日亡くなったアップル社の前最高経営責任者(CEO)、スティーブ・ジョブズ氏の暮らしていたカリフォルニア州シリコンバレーは、住民の4割弱が外国生まれだ。IT企業、情報通信関連企業で働く技術者に限ると、外国生まれの「新住民」が5割超を占め、こうした多民族の知恵が多機能携帯電話(スマートフォン)の「iPhone(アイフォーン)」など革命的な製品に結実している。もちろんカリスマ経営者の存在は大きい。しかし、開発過程ではインド人、イラン人から日本人までたくさんの「外国人」が関わってきた。
私は4年間に2軒の借家で暮らしたが、その大家もバングラデシュとイランから来た移民1世だ。79年のイスラム革命時、フランスで暮らしていたイラン人のアイリーンさんはイラン政府を舌鋒(ぜっぽう)鋭く批判し、革命前のイランを懐かしんだ。バングラデシュ人のジャハンさんは、夫とともに香港で会社を経営し、1年の3分の1は米国外に滞在するが、自分の親も呼び寄せた米国に生活の拠点はある。
こうした“新米国人”たちは、顔つきや生活スタイルだけ見れば、我々の想像する米国人とは大きく異なる。当初は戸惑ったが、しばらく暮らすうち、この人たちこそ米国人なのだと気付いた。
米国は毎年約300万人ずつ人口が増えている。大半が夢と富を求める若い移民だ。このダイナミックさこそ米国の本質だ。プリンストン大のスローター教授は「民族、文化的な背景の多様性によって世界とつながっていることが米国の強みだ」と分析する。
映画「ゴッドファーザー・パート2」の中に米国人の原点を象徴する場面がある。ロバート・デニーロさん扮(ふん)する主人公の父ビト・コルレオーネの少年時代のシーンだ。両親をイタリア・シチリア島でマフィアに殺された9歳のビトは単身、移民船でニューヨークに渡る。汗のしみこんだシャツにつぎはぎだらけのジャケットを着たビトは、移民局の検査で見つかった病気を治療するため、エリス島の病院に隔離される。狭い病室の窓からじっと自由の女神像を見つめる。
◇白人少数派転落 許容できるか
まさに無一文。頼れる人もなく、着の身着のままで英語も分からずにニューヨークにたどり着いた少年の見た風景こそ、米国人の原風景だと私は考えている。彼のような人間がいなくなったら、おそらく米国は衰退する。逆に、外に向かって扉を開いた国であり続けるのなら、決して衰退しないだろう。ただし、米国社会は大きな変化を受け入れることが必要になる。米国を“建国”した欧州系白人がマイノリティー(少数派)になることを許容することだ。
「このままではアメリカがアメリカでなくなる」と、中南米系移民「ヒスパニック」の急増に眉をひそめる米国人を何度も見た。米国の国勢調査によると、中南米系移民の人口は90年代から増え続けており、10年の調査では、すでに人口の16%を占めるまでになった。アジア系移民の数も増加しており、2040年の前後には白人が人種別人口比率で半数を割り少数派になるとの予測がある。「変わること」を重んじる米国民にとっては望むところかもしれないが、皆が素直に受け入れるには、この変化は重い。
ジョブズ氏の死をきっかけに、中国やロシアで「なぜ我々の国では彼のような人材が出てこないのか」という議論があると聞いた。その答えははっきりしている。中国でもロシアでも才能のある若者の多くが米国を目指すからだ。
そんな若者も、一獲千金を夢見る山師も、時には犯罪者までも、米国はのみ込んで発展してきた。これを続けられるかは、白人が少数派に転じるまでの今後30年間が正念場になると私は見ている。「多様性」を維持し、海外に扉を開き続ける覚悟があるのかどうかが問われることになるだろう。(東京経済部=前北米総局)