多文化共生なTOYAMA

多文化共生とは永続的なココロの営み

災害時における外国人対応in輪島

2011-10-21 22:02:22 | 多文化共生
災害時における外国人対応in輪島

今年の輪島での研修は、東日本大震災後、ほぼ初の
研修でした。
ですので、非常に印象的でしたし、参加者のみなさんが
とてもよい人ばかりで、これからも災害時対応に気を引き締めて
取り組んでいかないといけないなと思った次第です。

当日の様子が石川県国際交流協会会報に掲載されていますので
シェアいたします。

http://www.ifie.or.jp/japan/ifie/publication/pdf/planet49.pdf
石川県国際交流協会さま
ありがとうございます。

米国は「落日」の超大国か

2011-10-21 11:55:56 | 多文化共生
(以下、毎日新聞から転載)
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記者の目:米国は「落日」の超大国か=斉藤信宏 
 ◇「多様性」ある限り強さは続く

 4年間のワシントン特派員生活を終え、米国から帰国した。この間、米国は大きく変わった。リーマン・ショックと金融危機、黒人初のオバマ大統領の誕生。景気の低迷で多くの国民が超大国としての自信を失い、自分の生活のことばかり心配するようになった。日本の新聞でも「落日の超大国」といった見出しが目につくようになった。私自身、何度もそのような原稿を書いてきた。だが、私は今になって少し考えを改めつつある。米国には、条件付きながらまだまだ大きな可能性が残されていると思うからだ。
 ◇IT企業技術者 5割外国生まれ

 米国復活のキーワードは「多様性」だ。多様な人種、民族を国内に抱え「内なる国際化」の進んだ米国には、他の国にはない不思議な力が備わっている。先日亡くなったアップル社の前最高経営責任者(CEO)、スティーブ・ジョブズ氏の暮らしていたカリフォルニア州シリコンバレーは、住民の4割弱が外国生まれだ。IT企業、情報通信関連企業で働く技術者に限ると、外国生まれの「新住民」が5割超を占め、こうした多民族の知恵が多機能携帯電話(スマートフォン)の「iPhone(アイフォーン)」など革命的な製品に結実している。もちろんカリスマ経営者の存在は大きい。しかし、開発過程ではインド人、イラン人から日本人までたくさんの「外国人」が関わってきた。

 私は4年間に2軒の借家で暮らしたが、その大家もバングラデシュとイランから来た移民1世だ。79年のイスラム革命時、フランスで暮らしていたイラン人のアイリーンさんはイラン政府を舌鋒(ぜっぽう)鋭く批判し、革命前のイランを懐かしんだ。バングラデシュ人のジャハンさんは、夫とともに香港で会社を経営し、1年の3分の1は米国外に滞在するが、自分の親も呼び寄せた米国に生活の拠点はある。

 こうした“新米国人”たちは、顔つきや生活スタイルだけ見れば、我々の想像する米国人とは大きく異なる。当初は戸惑ったが、しばらく暮らすうち、この人たちこそ米国人なのだと気付いた。

 米国は毎年約300万人ずつ人口が増えている。大半が夢と富を求める若い移民だ。このダイナミックさこそ米国の本質だ。プリンストン大のスローター教授は「民族、文化的な背景の多様性によって世界とつながっていることが米国の強みだ」と分析する。

 映画「ゴッドファーザー・パート2」の中に米国人の原点を象徴する場面がある。ロバート・デニーロさん扮(ふん)する主人公の父ビト・コルレオーネの少年時代のシーンだ。両親をイタリア・シチリア島でマフィアに殺された9歳のビトは単身、移民船でニューヨークに渡る。汗のしみこんだシャツにつぎはぎだらけのジャケットを着たビトは、移民局の検査で見つかった病気を治療するため、エリス島の病院に隔離される。狭い病室の窓からじっと自由の女神像を見つめる。
 ◇白人少数派転落 許容できるか

 まさに無一文。頼れる人もなく、着の身着のままで英語も分からずにニューヨークにたどり着いた少年の見た風景こそ、米国人の原風景だと私は考えている。彼のような人間がいなくなったら、おそらく米国は衰退する。逆に、外に向かって扉を開いた国であり続けるのなら、決して衰退しないだろう。ただし、米国社会は大きな変化を受け入れることが必要になる。米国を“建国”した欧州系白人がマイノリティー(少数派)になることを許容することだ。

 「このままではアメリカがアメリカでなくなる」と、中南米系移民「ヒスパニック」の急増に眉をひそめる米国人を何度も見た。米国の国勢調査によると、中南米系移民の人口は90年代から増え続けており、10年の調査では、すでに人口の16%を占めるまでになった。アジア系移民の数も増加しており、2040年の前後には白人が人種別人口比率で半数を割り少数派になるとの予測がある。「変わること」を重んじる米国民にとっては望むところかもしれないが、皆が素直に受け入れるには、この変化は重い。

 ジョブズ氏の死をきっかけに、中国やロシアで「なぜ我々の国では彼のような人材が出てこないのか」という議論があると聞いた。その答えははっきりしている。中国でもロシアでも才能のある若者の多くが米国を目指すからだ。

 そんな若者も、一獲千金を夢見る山師も、時には犯罪者までも、米国はのみ込んで発展してきた。これを続けられるかは、白人が少数派に転じるまでの今後30年間が正念場になると私は見ている。「多様性」を維持し、海外に扉を開き続ける覚悟があるのかどうかが問われることになるだろう。(東京経済部=前北米総局)

日本復活への道 ~ やさしい問題から解く ~=大和総研

2011-10-21 11:55:36 | 多文化共生
(以下、Searchinaから転載)
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日本復活への道 ~ やさしい問題から解く ~=大和総研
【経済ニュース】 2011/10/20(木) 09:06

  アジアの国々の経済状況を見ると、中国、インド、東南アジアが概ね高成長を享受している一方で、日本は、相変わらず、低成長、デフレに苦しんでいる。こうした状況にありながら、日本は今後、世界的に見ても、かなり厳しい高齢化社会に突入していくことが確実となっている。高齢化社会となれば、必然的に、年金、医療等の社会保障負担の大幅増加は避けられない。

  何とかお金を生み出す手立てが必要だが、これまでのところ、明るい展望が開けるような案は見当たらない。たとえば、年金支給の開始年齢引き上げの案は、いくら平均寿命が延びているからといっても、若者を中心に年金制度への不信感を助長してしまうリスクがあるし、定年延長といっても、企業のコスト負担を考えると簡単ではなさそうである。

  日本は、将来不安を軽減するために、一体どんな対策をやればいいのだろうか。一応成熟した社会、高齢化、人口減少などの様々な客観的データから見て、残念ながら日本はもはや、単独では経済に勢いを取り戻すことが難しくなっている。この環境では、昔のような高成長は、到底望むべくもなく、成長戦略と言われても、何かしら、むなしさを感じてしまう。何気なく毎日が過ぎ、それ程の刺激もない。しかし、そんな日本にも未来は来るので、何か考えなければいけない。その場合、キーワードになるのは、「活力吸収」である。簡単に言えば、経済活動のターゲットを活力低下している日本ではなく活力みなぎる新興国に置くということである。日本がこれまで築き上げてきた知恵や経験を十分に活用して、経済成長の勢いがある新興国の人々の活力を吸収する仕組みを考えることが必要である。

  「活力吸収」といった場合、日本の新興国への進出だけではなく、新興国の人の日本への来日も含まれる。具体的には、(1)企業の更なる海外展開、(2)就職先として新興国企業選択、(3)アジア各国時間的距離短縮のための、日本の空港、鉄道インフラ整備、(4)外国人にストレスが無くなるような日本国内のハード、ソフト面での整備等である。既に、実施されているものも多いが、まだまだ不十分と言わざるを得ない。こうした動きに勢いをつけるには、日本人自体の意識を、これまでの国内志向から抜本的に切り替える必要がある。日本は安全で良いところに違いはないが、日本企業のみが就職先ではないし、また、日本語だけが言葉ではないという意識をより鮮明に持ち、経済活動の範囲を世界全体にまで広げる努力が必要だろう。そして、一人一人が、より国際化に対応できるスキル(言語、ビジネス慣習、知識)を磨いていくべきである。

  「成長する」という課題に対して、何も難しい問題(日本の活性化)から手をつけて苦しむことはない。それよりも、よりやさしい問題(新興国の需要吸収)を確実にこなして得点(経済成長)を重ねたほうが効率的だ。政府、企業ともに、こうした考えに基づいた行動をし、その方向を進展させることに、優先的に資源配分を行なっていくべきだ。

  (執筆者:佐藤清一郎 経済調査部 株式会社大和総研)

東日本大震災後の地域の活性化と多文化共生を考えるin函館

2011-10-21 11:54:53 | 多文化共生
(以下、+防災グッズマガジンから転載)
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東日本大震災後の地域の活性化と多文化共生を考えるin函館

地域活性化と国際交流  

東日本大震災以降、外国人観光客の落ち込みや、防災対策への関心の高まりなど、北海道でも様々な変化が生まれているなか、財団法人北海道国際交流センター(北海道函館市)は、『多文化共生ワークショップin函館 「東日本大震災から多文化共生を考える」』を10月22日に開催する。


このワークショップでは、「地域活性化に国際交流/多文化共生を」のテーマのもと、田村太郎氏の基調講演、「北海道における国際観光」「災害に強いまちづくり」という2つのテーマで事例発表やグループワークを行なう。

北海道の活性化と、多文化交流の発展を
ワークショプ第1部の基調講演者である田村太郎氏は、1995年1月 阪神大震災直後に外国人被災者へ情報を提供する「外国人地震情報センター」の設立に参加。同年10月、「多文化共生センター」への組織変更に伴い事務局長、代表として同センターの成長に携わった人物。

また、1996年に神戸で復興に携わる市民によって設立されたネットワーク「神戸復興塾」の事務局長や、兵庫県 「被災者復興支援会議」の委員として、神戸の復興やまちづくりに参画。2007年1月からダイバーシティ研究所代表として、CSRにおけるダイバーシティ戦略に携わった。

今年3月には、東日本大震災を受けて内閣官房企画官に就任し、被災地のニーズ把握や震災ボランティア促進のための施策立案にも携わっている。

被災地の復興のヒントを
経済が停滞する北海道の活性化と、多文化交流の発展につながる有意義な講演となりそうだが、大震災後の被災地の復興を考えるうえでも大きなヒントが得られるのではないだろうか?


なお、『多文化共生ワークショップin函館 「東日本大震災から多文化共生を考える」』の詳細は次のとおりである。

■日程:2011年10月22日(土) 13:30~16:30
■場所:財団法人 北海道国際交流センター(HIF) (函館市元町14-1)
■共催: 公益社団法人 北海道国際交流・協力総合センター
      財団法人 北海道国際交流センター(HIF) 
■定員:30名
■参加費 無料


◆参考 : 財団法人北海道国際交流センター
北海道に置いて人と人との交流を通じ、世界の生活文化の理解を深め、国際相互理解教育の推進と世界の平和に貢献することを目的として、ボランティア団体から財団法人へと発展してきた団体です。
当財団の成り立ちの契機となった国際交流のつどいをはじめ、日本語日本文化講座夏期セミナーなどのホームステイプログラムを中心にしながら、新しい時代の国際交流のニーズに応えるため、NGO・NPOの強化を目的とした講習会・ネットワーキング・情報発信など、公益の立場から幅広い国際交流事業を行っています。

防犯へ“国際チーム” 小松の7カ国20人で発足

2011-10-21 11:53:59 | 多文化共生
(以下、中日新聞【石川】から転載)
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防犯へ“国際チーム” 小松の7カ国20人で発足 

2011年10月20日


奥野署長から専用ユニホームを受け取る郷原さん(左)=小松市小寺町で

不審者情報など連絡

 外国人が多く住んでいる小松市で、県内初の外国人による防犯ボランティア組織「小松インターナショナル防犯チーム(KIBT)」が発足した。ブラジルや中国、タイなど七カ国の約二十人でつくる。(井上真典)

 メンバーは、小松署からメールで不審者情報や車上荒らしなど市内の安全に関係する情報の提供を受け、ほかの外国人に連絡して注意を促す。外国人向けの防犯キャンペーンなどにも取り組む。

 小松市小寺町のこまつまちづくり交流センターで十八日、発足式があり、メンバー十四人と奥野登志夫署長らが出席。キャンペーンで着る青色のベスト型ユニホームが奥野署長から日系ブラジル人の郷原セルジオ武志さん(40)に手渡され、意見交換した。

 郷原さんは「小松署から発信される情報を、日本語がしゃべれない多くの友人に連絡し、安全な町づくりに努めていきたい」と話した。

 小松市には一月一日現在、人口の1・6%に当たる約千七百三十人の外国人が住んでいる。県内で、人口に占める割合は能美市に次いで高い。