(以下、DIAMONDonlineから転載)
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大人の発達障害&予備軍に向けた全国初“弱み”を“強み”に変える職業訓練
約2年前、当連載で「成績優秀なのに、仕事ができない大人の発達障害」について取り上げたが、2月1日までに約290万アクセスもの反響があって驚いた。
そんな話題の「大人の発達障害」や、自分も発達障害なのではないかと悩む人たち向けに、他の団体とは違うアプローチで職業訓練などを行うメソッドがいま注目されている。
発達障害の人が強み、特性を活かした仕事に就き、活躍することを応援するプロフェッショナルファーム「Kaien」(東京都港区)の取り組みだ。同社の鈴木慶太社長は、元NHKアナウンサーでもある。
スピード化とともに置き去りに…
日本の人口より多い世界の発達障害者
鈴木社長の元にはここ最近、福祉関係や企業の障害者関係以外に、大学からの講演依頼が増えてきたという。
「大学を出て、就職できない人たちは、発達障害と傾向があったり、診断を受けたりする人たちが多いんです。いまの社会は、そういう人たちを置き去りにすることによって、生産性を担保しているんですね。これからより大きな問題になると感じています」
スピード化とともに、グローバルで臨機応変さやコミュニケーション力が求められる社会。私たちはこれまで、引きこもりや虐待、フリーターといった現象面ばかり追いかけてきた。
ところが、その「原因の多くに発達障害が隠されている」と言われ始めたのは、最近のこと。「そこにアプローチしていくことによって、社会課題の解決に向け、1つのきっかけになるのではないか」と、鈴木社長は指摘する。
発達障害といっても、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、アスペルガー、自閉症スペクトラムの違いが、実はわかりにくいと言われている。とくに日本では定義が曖昧で、それらが重複している人が多いという指摘もある。
日本は課題先進国。発達障害も、いわば米国の手法を輸入してきた。
「エール大学の調査によると、人口の2.3~2.6%の人が、発達障害の自閉症スペクトラムと推計されています。僕の目標は、こうした世界で見ると日本の人口より多い人たちに、メソッドをきちんと世界に発信していくこと。ビジネスというよりも、ノウハウを日本から発信できることへの面白さがあるから頑張っています」
得意を伸ばす就業支援や塾を開設
ビジネス界が発達障害者を支援する意義
同社のスタッフは、フルタイム4人。パート4人。パートは、アクティブシニアの元NECのエンジニアに依頼しているという。
「福祉よりもビジネスの世界のほうがコミュニケーションの構造化、定量化がうまい。福祉の世界の人に任せるよりも、はるかに上手にできるから(彼らに任せているの)です」
また、アクティブシニアの人たちは、元々、多くの人間に接してきていて、人間力がある。しかも、構造化されたコミュニケーションを獲得してきている。だから、彼らに任せたほうが適しているというわけだ。
「教わる側からすると、同い年の人たちとのコミュニケーションが取りにくい。例えば、小さい頃からいじめられた経験があると、圧倒的に歳の離れた子どもや親の世代のほうがやりやすい。コストも安く済む。彼らも喜んで引き受けてくれる。少なくとも、IT業界の構造化されたコミュニケーションは合っているのです」
同社の利用者は、診断名や障害者手帳を持たない人たちのほうが多い。そこで、紹介事業のほかに、企業からの出資を受けて、人材紹介や内定塾などの就業支援事業を行っている。
また、10代向けの部活や塾などの事業、TEENS(ティーンズ)も、特徴の1つ。
「発達障害の人は、一般の塾では自分の課題を伝えられないし、友人もほとんどいない。部活でも周囲と交流が少ない。元々弱いコミュニケーション力や社会性がなくなって、ますます就職できなくなるのです。場がないと成長できないから、場を作ります。多くの場合、若者支援の場は自然の中に作られますが、そういう子たちではない。うちは、3Dのアニメーションを作ったり、iPhone向けのアプリを作ったり、尖ったところを強引に伸ばして、得意な分野で人と関連する。そこをうちの稼ぎ頭にしたいと思っているのです」
これは、親にもうれしい事業だろう。コミュニケーション不全で引きこもってしまうような人たちを生まないよう、発達にでこぼこのある人たちが好きなことをやりながら学べるコミュニケーション塾といえる。
「多くの発達障害の子どもたちは、閉じこもってビデオ見て、親が“うちの子はパソコンできるのではないか”と思う。でも、仕事のパソコンとビデオを見るのとは違う。そういう親の期待のズレや本人の社会性のなさが、いきなり大学卒業の時に出てきて“就職できません”となるのです」
同時並行力が弱いのは集中力が高いから!
発達障害者の“弱点”は“強み”でもある
そして、同社がもっとも力を入れているのが、国から職業訓練を受託して、発達障害向けに行っていることだ。
「小さい頃は、発達障害という診断でもADHDやLD的な症状が顕在化しやすい。しかし、大人になるにつれて、必要なコミュニケーションが複雑になり、アスペルガーや自閉症スペクトラムの弱さが発達障害者の苦しみの原因に移ります。
ただし、これまで発達障害というと、(1)社会性や言語コミュニケーションが弱い、(2)特定の分野にこだわって、他の分野への関心が向きにくいなど、生活面での特性が主に取り上げられてきました。しかし家庭や学校ではなく、職場でどのような課題が目立つかという点については、医療や福祉の関係者は、これまであまり研究して来なかったようです」
では、発達障害者はオフィスでどういう弱さが出ているのか?鈴木社長が同社の卒業生に聞き取りしたところによると、大体、以下にあてはまるという。
①勤怠
②同時並行作業力が弱い
③創造が苦手なため、新しい環境や物事を怖がって適応しにくい
④聴覚のワーキングメモリーが弱く、耳から聞き取った情報が抜け落ちやすい
⑤柔軟性がないとよく言われる
⑥物事がどう進んでいるのかを理解していないため、段取ることができない
⑦失敗の経験や不安感から、決断や判断が遅くなる
しかし、裏を返せば、これらは逆に強みでもあると、鈴木社長は説明する。
例えば、②の同時並行作業力の弱さは、集中力の表れでもある。③の場合、帰属意識があるため、ハマれば組織に対して忠誠力を発揮する。④は視覚優位なので、物事の変化に強い。⑤については、自己論理と他者論理が一緒であれば、こだわりや深みになる。⑦は逆に、慎重に物事を進めることもできる。
ただ、勤怠や段取りについては、小さい頃から、トレーニングしていくしかない。
「これらは、彼らにとってのアキレス腱でもあります。つまり、鍛えてもしょうがない。やり方としては、アキレス腱をできる限り使わないような、適した職種を探すことです。また、アキレス腱を守るプロテクターをつくる。またどのように就職活動すればいいのか段取りができない人も多い。自分の弱みがどこにあるかといった客観視も弱い。そういったことまで考えてナビゲートする必要がある。ただ非常に真面目でルールにはきちんと従うので、プロテクターをきちんとはめてあげれば、そこからは走り始めるという部分が当社のノウハウです」
たとえば、大学の学者であっても、これまでのように研究してればいい時代ではなくなった。いまはマルチタスクを求められるので、対応するのが難しい。
「最初は、“猿の惑星”づくりを目指そうと思っていました。ただ、少し前までの社会なら、宗教やイデオロギーが支えになっていたけど、いまは資本主義を支えに世界が動いている。そんな中で、そこの部分だけ新しい村をつくっても、基本的には浸食されてしまう。資本主義に組み込まれた働き方を探していかないと、結局失敗するんですね。だから、いまは多数派という資本主義の論理を譲れない部分として伝えています」
発達障害予備軍も含めた職業訓練を開始
“弱み”を目立たなくする訓練とは
同社は昨年8月から、全国初の国のモデル事業として、「発達障害者や発達障害の疑いを含む」人たちのために、職業訓練を無料で始めた。この「発達障害の疑いを含む」という点が、とても重要なポイントだ。
「発達障害と診断されれば、既存の社会福祉のインフラが使いやすくなります。ただ、そうではないうっすらとした特性のある人たちがすごく困っているので、彼らに自分をきちんと認識してもらう場を作らないといけないのです」
これはインターンシップのような状況をつくることによって、職場でのコミュニケーションを学ばせようという場だ。
「彼らは、勉強すればできる人たち。しかし、仕事になると、なぜ離脱するかといえば、仕事上のコミュニケーションが苦手。受信する力とそれをタスクに分解できる力、アクションする力、さらに、そのプロセスを報告、連絡、相談、質問する発信力も弱い。そこで、とにかく報・連・相ができるように徹底する。報・連・相をするには、職場に近い状況をつくらないと、生きた場面に出会わない。だから、座学はほぼゼロ。ずっと働いているイメージです」
横浜市の訓練所で行っているのは、古着のオンライン店舗。仕入、交渉、品質管理、パソコン上のマーケティング、発送などを通して、自分が得意なことや、自分ができないことを学ぶ。
仕事に就いてからの作業を体験することによって、内定前の戦略を立てて、就職活動に臨む。就職後は、報・連・相を学んでいるので、ズレたときに補正できる仕組みだ。
「陥りやすい罠としては、資本主義と民主主義をはき違えていて、職場では人は平等ではないことがわからない。また、段取りや質問、相談を省いても勉強できてしまうので、仕事に行ったときに弱みが一気に噴出します。さらに、真理を追い求めるあまり、事実の多面性を理解できずにスレ違う。自分のズレを他人に押し付ける。自分の考えを話せる人が多いのに受信ができない。理解できたのに実行できない。段取りの悪さから寝る時間が短くなって、職場で眠気に襲われるケースが多い。そして、仕事さえできれば人間関係はできるものなのに、仕事より人間関係ばかり築こうとするのです」
つまり、仕事ができるというのは、作業指示を受けて把握する。ところが、多くの場合、組織や文化の慣習を理解しながら、その場の状況をなんとなく察知することや、把握した後、タスクリストに優先順位を付けるのが弱い。
また、タスクリストに起こしたものを判断、決断して、アクションを起こす。この際、世の中はズレが生じるので、絶えず指示者に報告・連絡・相談して確認していかなければいけない部分が弱い。だから、ズレてもすぐ元に戻れるようにしておくことが必要だという。
「他の職業訓練は、アクションだけを教えていることです。そこが、うちと違う部分。実は、アクション以外の部分が、コミュニケーション力や仕事力と言われる部分。当社は、彼らに足りないもの、得意なところを伸ばして弱みを目立たなくすることだけを考えていたら、従来のアクション型ではなく、コミュニケーション型の訓練に必然的になったんです」
発達障害者の特性が生きる職場とは?
確認、管理、保守、点検がキーワード
では、弱みが目立たなくて、強みが生きる職場とは、どんなところがあるのか。
たとえば、ビルを建てるとき、土地の分析、ニーズを探り、入居者のイメージを描いて、関係者や行政を説得。ビルを設計して建設してもらい、基準通りになっているかを確認、保守、点検していく。
最初の工程は、彼らの苦手なコミュニケーションが多くなる。ところが、後ろの工程は、書類に落ちやすく、変化しにくいため、仕事や職場として適している。だから、確認、管理、保守、点検、品質などが適したキーワードになる。つまり、IT以外でも、活躍する場はいくつもある。
ただ、構造化され、定量化された「後工程」の分野は、コストの安い海外に持っていきやすい。こうした職場が日本のどこで残っているかを探して、開拓していくのが、同社の仕事だという。
「“福祉の先進”は、“ビジネスの常識”です。作業、計画の定量化、目的目標の明確化は、すでにビジネスでやっていることなんです。ただ、企業の側でも、これまでこうした当たり前の価値観に十分取り組んでこなかったのではないか」
このスキームは、発達障害の疑いがあるかどうかにかかわらない。不安を解消させるために、上司はゴールを設定して道筋を敷き、いま自分たちがどこにいるのかを指し示してあげることが、実はいまの日本に求められている。
こうした鈴木社長の考えや取り組みについて綴った新刊は、今年4月、ダイヤモンド社から出版される予定だ。
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大人の発達障害&予備軍に向けた全国初“弱み”を“強み”に変える職業訓練
約2年前、当連載で「成績優秀なのに、仕事ができない大人の発達障害」について取り上げたが、2月1日までに約290万アクセスもの反響があって驚いた。
そんな話題の「大人の発達障害」や、自分も発達障害なのではないかと悩む人たち向けに、他の団体とは違うアプローチで職業訓練などを行うメソッドがいま注目されている。
発達障害の人が強み、特性を活かした仕事に就き、活躍することを応援するプロフェッショナルファーム「Kaien」(東京都港区)の取り組みだ。同社の鈴木慶太社長は、元NHKアナウンサーでもある。
スピード化とともに置き去りに…
日本の人口より多い世界の発達障害者
鈴木社長の元にはここ最近、福祉関係や企業の障害者関係以外に、大学からの講演依頼が増えてきたという。
「大学を出て、就職できない人たちは、発達障害と傾向があったり、診断を受けたりする人たちが多いんです。いまの社会は、そういう人たちを置き去りにすることによって、生産性を担保しているんですね。これからより大きな問題になると感じています」
スピード化とともに、グローバルで臨機応変さやコミュニケーション力が求められる社会。私たちはこれまで、引きこもりや虐待、フリーターといった現象面ばかり追いかけてきた。
ところが、その「原因の多くに発達障害が隠されている」と言われ始めたのは、最近のこと。「そこにアプローチしていくことによって、社会課題の解決に向け、1つのきっかけになるのではないか」と、鈴木社長は指摘する。
発達障害といっても、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、アスペルガー、自閉症スペクトラムの違いが、実はわかりにくいと言われている。とくに日本では定義が曖昧で、それらが重複している人が多いという指摘もある。
日本は課題先進国。発達障害も、いわば米国の手法を輸入してきた。
「エール大学の調査によると、人口の2.3~2.6%の人が、発達障害の自閉症スペクトラムと推計されています。僕の目標は、こうした世界で見ると日本の人口より多い人たちに、メソッドをきちんと世界に発信していくこと。ビジネスというよりも、ノウハウを日本から発信できることへの面白さがあるから頑張っています」
得意を伸ばす就業支援や塾を開設
ビジネス界が発達障害者を支援する意義
同社のスタッフは、フルタイム4人。パート4人。パートは、アクティブシニアの元NECのエンジニアに依頼しているという。
「福祉よりもビジネスの世界のほうがコミュニケーションの構造化、定量化がうまい。福祉の世界の人に任せるよりも、はるかに上手にできるから(彼らに任せているの)です」
また、アクティブシニアの人たちは、元々、多くの人間に接してきていて、人間力がある。しかも、構造化されたコミュニケーションを獲得してきている。だから、彼らに任せたほうが適しているというわけだ。
「教わる側からすると、同い年の人たちとのコミュニケーションが取りにくい。例えば、小さい頃からいじめられた経験があると、圧倒的に歳の離れた子どもや親の世代のほうがやりやすい。コストも安く済む。彼らも喜んで引き受けてくれる。少なくとも、IT業界の構造化されたコミュニケーションは合っているのです」
同社の利用者は、診断名や障害者手帳を持たない人たちのほうが多い。そこで、紹介事業のほかに、企業からの出資を受けて、人材紹介や内定塾などの就業支援事業を行っている。
また、10代向けの部活や塾などの事業、TEENS(ティーンズ)も、特徴の1つ。
「発達障害の人は、一般の塾では自分の課題を伝えられないし、友人もほとんどいない。部活でも周囲と交流が少ない。元々弱いコミュニケーション力や社会性がなくなって、ますます就職できなくなるのです。場がないと成長できないから、場を作ります。多くの場合、若者支援の場は自然の中に作られますが、そういう子たちではない。うちは、3Dのアニメーションを作ったり、iPhone向けのアプリを作ったり、尖ったところを強引に伸ばして、得意な分野で人と関連する。そこをうちの稼ぎ頭にしたいと思っているのです」
これは、親にもうれしい事業だろう。コミュニケーション不全で引きこもってしまうような人たちを生まないよう、発達にでこぼこのある人たちが好きなことをやりながら学べるコミュニケーション塾といえる。
「多くの発達障害の子どもたちは、閉じこもってビデオ見て、親が“うちの子はパソコンできるのではないか”と思う。でも、仕事のパソコンとビデオを見るのとは違う。そういう親の期待のズレや本人の社会性のなさが、いきなり大学卒業の時に出てきて“就職できません”となるのです」
同時並行力が弱いのは集中力が高いから!
発達障害者の“弱点”は“強み”でもある
そして、同社がもっとも力を入れているのが、国から職業訓練を受託して、発達障害向けに行っていることだ。
「小さい頃は、発達障害という診断でもADHDやLD的な症状が顕在化しやすい。しかし、大人になるにつれて、必要なコミュニケーションが複雑になり、アスペルガーや自閉症スペクトラムの弱さが発達障害者の苦しみの原因に移ります。
ただし、これまで発達障害というと、(1)社会性や言語コミュニケーションが弱い、(2)特定の分野にこだわって、他の分野への関心が向きにくいなど、生活面での特性が主に取り上げられてきました。しかし家庭や学校ではなく、職場でどのような課題が目立つかという点については、医療や福祉の関係者は、これまであまり研究して来なかったようです」
では、発達障害者はオフィスでどういう弱さが出ているのか?鈴木社長が同社の卒業生に聞き取りしたところによると、大体、以下にあてはまるという。
①勤怠
②同時並行作業力が弱い
③創造が苦手なため、新しい環境や物事を怖がって適応しにくい
④聴覚のワーキングメモリーが弱く、耳から聞き取った情報が抜け落ちやすい
⑤柔軟性がないとよく言われる
⑥物事がどう進んでいるのかを理解していないため、段取ることができない
⑦失敗の経験や不安感から、決断や判断が遅くなる
しかし、裏を返せば、これらは逆に強みでもあると、鈴木社長は説明する。
例えば、②の同時並行作業力の弱さは、集中力の表れでもある。③の場合、帰属意識があるため、ハマれば組織に対して忠誠力を発揮する。④は視覚優位なので、物事の変化に強い。⑤については、自己論理と他者論理が一緒であれば、こだわりや深みになる。⑦は逆に、慎重に物事を進めることもできる。
ただ、勤怠や段取りについては、小さい頃から、トレーニングしていくしかない。
「これらは、彼らにとってのアキレス腱でもあります。つまり、鍛えてもしょうがない。やり方としては、アキレス腱をできる限り使わないような、適した職種を探すことです。また、アキレス腱を守るプロテクターをつくる。またどのように就職活動すればいいのか段取りができない人も多い。自分の弱みがどこにあるかといった客観視も弱い。そういったことまで考えてナビゲートする必要がある。ただ非常に真面目でルールにはきちんと従うので、プロテクターをきちんとはめてあげれば、そこからは走り始めるという部分が当社のノウハウです」
たとえば、大学の学者であっても、これまでのように研究してればいい時代ではなくなった。いまはマルチタスクを求められるので、対応するのが難しい。
「最初は、“猿の惑星”づくりを目指そうと思っていました。ただ、少し前までの社会なら、宗教やイデオロギーが支えになっていたけど、いまは資本主義を支えに世界が動いている。そんな中で、そこの部分だけ新しい村をつくっても、基本的には浸食されてしまう。資本主義に組み込まれた働き方を探していかないと、結局失敗するんですね。だから、いまは多数派という資本主義の論理を譲れない部分として伝えています」
発達障害予備軍も含めた職業訓練を開始
“弱み”を目立たなくする訓練とは
同社は昨年8月から、全国初の国のモデル事業として、「発達障害者や発達障害の疑いを含む」人たちのために、職業訓練を無料で始めた。この「発達障害の疑いを含む」という点が、とても重要なポイントだ。
「発達障害と診断されれば、既存の社会福祉のインフラが使いやすくなります。ただ、そうではないうっすらとした特性のある人たちがすごく困っているので、彼らに自分をきちんと認識してもらう場を作らないといけないのです」
これはインターンシップのような状況をつくることによって、職場でのコミュニケーションを学ばせようという場だ。
「彼らは、勉強すればできる人たち。しかし、仕事になると、なぜ離脱するかといえば、仕事上のコミュニケーションが苦手。受信する力とそれをタスクに分解できる力、アクションする力、さらに、そのプロセスを報告、連絡、相談、質問する発信力も弱い。そこで、とにかく報・連・相ができるように徹底する。報・連・相をするには、職場に近い状況をつくらないと、生きた場面に出会わない。だから、座学はほぼゼロ。ずっと働いているイメージです」
横浜市の訓練所で行っているのは、古着のオンライン店舗。仕入、交渉、品質管理、パソコン上のマーケティング、発送などを通して、自分が得意なことや、自分ができないことを学ぶ。
仕事に就いてからの作業を体験することによって、内定前の戦略を立てて、就職活動に臨む。就職後は、報・連・相を学んでいるので、ズレたときに補正できる仕組みだ。
「陥りやすい罠としては、資本主義と民主主義をはき違えていて、職場では人は平等ではないことがわからない。また、段取りや質問、相談を省いても勉強できてしまうので、仕事に行ったときに弱みが一気に噴出します。さらに、真理を追い求めるあまり、事実の多面性を理解できずにスレ違う。自分のズレを他人に押し付ける。自分の考えを話せる人が多いのに受信ができない。理解できたのに実行できない。段取りの悪さから寝る時間が短くなって、職場で眠気に襲われるケースが多い。そして、仕事さえできれば人間関係はできるものなのに、仕事より人間関係ばかり築こうとするのです」
つまり、仕事ができるというのは、作業指示を受けて把握する。ところが、多くの場合、組織や文化の慣習を理解しながら、その場の状況をなんとなく察知することや、把握した後、タスクリストに優先順位を付けるのが弱い。
また、タスクリストに起こしたものを判断、決断して、アクションを起こす。この際、世の中はズレが生じるので、絶えず指示者に報告・連絡・相談して確認していかなければいけない部分が弱い。だから、ズレてもすぐ元に戻れるようにしておくことが必要だという。
「他の職業訓練は、アクションだけを教えていることです。そこが、うちと違う部分。実は、アクション以外の部分が、コミュニケーション力や仕事力と言われる部分。当社は、彼らに足りないもの、得意なところを伸ばして弱みを目立たなくすることだけを考えていたら、従来のアクション型ではなく、コミュニケーション型の訓練に必然的になったんです」
発達障害者の特性が生きる職場とは?
確認、管理、保守、点検がキーワード
では、弱みが目立たなくて、強みが生きる職場とは、どんなところがあるのか。
たとえば、ビルを建てるとき、土地の分析、ニーズを探り、入居者のイメージを描いて、関係者や行政を説得。ビルを設計して建設してもらい、基準通りになっているかを確認、保守、点検していく。
最初の工程は、彼らの苦手なコミュニケーションが多くなる。ところが、後ろの工程は、書類に落ちやすく、変化しにくいため、仕事や職場として適している。だから、確認、管理、保守、点検、品質などが適したキーワードになる。つまり、IT以外でも、活躍する場はいくつもある。
ただ、構造化され、定量化された「後工程」の分野は、コストの安い海外に持っていきやすい。こうした職場が日本のどこで残っているかを探して、開拓していくのが、同社の仕事だという。
「“福祉の先進”は、“ビジネスの常識”です。作業、計画の定量化、目的目標の明確化は、すでにビジネスでやっていることなんです。ただ、企業の側でも、これまでこうした当たり前の価値観に十分取り組んでこなかったのではないか」
このスキームは、発達障害の疑いがあるかどうかにかかわらない。不安を解消させるために、上司はゴールを設定して道筋を敷き、いま自分たちがどこにいるのかを指し示してあげることが、実はいまの日本に求められている。
こうした鈴木社長の考えや取り組みについて綴った新刊は、今年4月、ダイヤモンド社から出版される予定だ。