多文化共生なTOYAMA

多文化共生とは永続的なココロの営み

富山ネタがあまりに少ないのでちょっと過去記事を掲載してみる【五衛門】

2019-06-21 19:12:51 | 富山ネタ


今日はガチンコだ。


いつもは写真を眺めながらダラダラとニヤニヤ書いているだけだが、たまには書きたいことや書こうと思うテーマを定めて書くことがある。


えっ!


いつも何も考えないで、あんなにダラダラ長い文章を書いているのか?と思う人も少なからずいるみたいだけど、何も考えてないから駄文は続くよいつまでもGo!Go!ってな感じなわけだ。
なので、自分の場合、書きたいテーマが最初にあって、それを書いていく人を尊敬する。スゲーなと思う。
自分にはできないことだから。


さて。
蕎麦もそうだが、ラーメン店でもたまに激しくむせているというか、咳き込んでいる人を見かけることがある。
これは人類の生物学的な構造上のモンダイなのダガ、ネギが気道に入りそうになって咳き込む(つまり気道から出そうとする)状態だったりする。
日本人にはススリ込む文化が根付いているので、ぞぞぞぞぞーっと麺がジェットコースターのように滑り込んでいくと、シートベルトをしていない麺以外の固形物(多くの場合、ネギ)が気道へと振り切られる形になるわけだ。
オレくらいの麺類大魔王になると、なんつーか、食道がガバッと開いてすべてを吸い込むブラックホールのような状態になるわけだが、ここに至るまでは長い格闘の歴史が必要だ。かくいうオレも、ノーズホールからネギが飛び出したことはないではない。輪廻転生、再びネギが現世に蘇ったようなものダヨ。


しかし、賢明な読者はここで気付くはずだ!
そう、咀嚼というものがある。
咀嚼により消化酵素アミラーゼが分泌され、でんぶんを分解するのだ。栄養摂取にあたり、大切な活動なわけだ、咀嚼とは。


テメー!咀嚼しとらんのか!


す・スマヌ!
もすかすたら、、、はい。ほぼ丸のみデス。
それでいいんかーい(怒)


ハァハァ。
なにを書いているのかわからなくなってきた。。。


とにかくネギだ。
ちがった。気道に入ると困るという話だ。
まれに風邪気味とか体調不良だと(トシのせいかもしれないが)、激しくスプラッシュマウンテンのようになりそうで、ススリ込むことができないというか、静々と遠慮しがちにススリ込むことがある。麺を食ってる感じがしない。
うーむ。
歳を取っていくと、気道が細くなったりなんやらで、ガッツリ丸飲み状態は維持できなくなるようでもある。そりゃそーだろー。


と、考えていると、自分の人生の幕引きのタイミングは、ロードバイクに乗れなくなったときなのか、ラーメンを食べられなくなったときなのか、それが蕎麦なのか味噌汁なのか。
小便や大便ができなくても食えるうちは生きていくのか、糞尿まき散らしても食いたいうちは生きながらえていくのかなどと考えてしまうわけだ。
もしかしたら、食うだけなら食えるかもしれないが、果たしてそこに喜びが伴っているものなのか。くぅーーー。(遠い目)


透明なスープだ。
旨味は多いが甘味が少ないので個人的には口当たりがいい。
チャーシュー3枚は少しばかり多い。ネギはこのくらいあってもいい。
こういうバランスがいいなと思うことも、年齢とともに変化していく。こりゃ食えん、みたいな。


だからこそだ。
麺はこういうのがいいとか、スープはどうとか。
やれ美味しくないと感じているなら、誰でも美味しく感じられるものがいいダロとか、感じ方を変えろだとか個人やその周辺へと問題が押しやられて行く。
それでいいのか?
そもそものベースラインである丼ぶり自体が沈んでいるのではないか。ダイジョブか?麺類、食っていいのか?みたいな。


災害復興のニュースに出てくる子どもたちを見ていると、なんだか涙が出てくるぜ。
本当に申し訳ない世の中でスマンと。


むぅー。結局、テーマが何だったのか、よくわからないままに終わってしまう。
こんなもんだ。スマヌ。
テーマを決めて書くんじゃなかったんかーい!

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在留外国人に特化した求人掲載サービスが開始されたらしい。。。

2019-06-21 00:00:00 | 多文化共生
ネタ元はこちら。
https://www.jiji.com/jc/article?k=000000029.000015950&g=prt

2019年4月に新たに創設された特定技能の在留資格者に対して、在留資格者側の「求人情報を探すのが難しい」という面と、企業側の「求職者を探すのが難しい」という両面にある悩みを解消しようというものらしい。

その特徴として、次の4点が掲げられている。
1.日本に住む外国人10万人以上へアプローチ可能
2.特定技能ビザ対象の求人情報、求職者が探しやすい
3.求職者の特定技能ビザ取得をサポート
4.自己紹介動画で応募者を確認できる

とのこと。

すでに何度か書いているので、ほぼ自明と思うが、特定技能は14業種に限定されており、とりあえずは「どの業種に就職するか」ということは決まっている。試験もあるしね。
しかし、例えば建設業で働こうと思って来日して、どこの企業に就職するのか当てのない人っているのだろうか?
とか考えると、むしろ転職する際に利用するサイトになるのかもしれない。
とはいっても、どこのどんな企業かわからないけど転職してみようとか思うんだろうか。知人(たぶん同国人)の紹介でもあれば、まだしも、ネットで「よし!応募するぞ!」みたいになるのかな?

何も情報がないよりもマシかもしれないけどね。
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社会保障制度をどのように整えるのかについて

2019-06-14 00:00:00 | 多文化共生
とりあえず、転載記事です。

----ここから----
韓国に半年以上滞在の外国人 来月から健康保険加入義務化=留学生は減免

2019年6月13日 11時46分 聯合ニュース

【ソウル聯合ニュース】韓国健康保険公団は13日、7月16日から国内に半年以上滞在する外国人(在外国民を含む)に健康保険の加入を義務付ける制度を施行すると発表した。

 これにより、6カ月以上国内に滞在する全ての外国人は必ず健康保険に加入し、毎月最低11万3050ウォン(約1万400円)の保険料を納付することになる。韓国の大学に留学したり、結婚移民として入国したりした外国人は、基本的に韓国入国後すぐに健康保険に加入しなければならない。

 外国人とは韓国系外国人を含む外国国籍を持つ人、在外国民とは海外に住みながら韓国国籍を維持する韓国人を指す。

 これまで外国人は職場加入者を除き、地域健康保険に加入するかどうかを必要に応じて選択することができた。このような任意規定により、外国人が高額な治療が必要な時だけ健康保険に加入して少ない保険料で治療を受けた後に帰国する事例が発生し、問題になっていた。

 健康保険公団は、今回の措置により約40万人の外国人が地域加入者として新たに加入するとみている。

 同公団は、今年1月から外国人の地域加入者世帯の保険料を所得・財産などによって策定し、算定された金額が前年度の健康保険加入者全体(地域加入者と職場加入者を含む)の平均保険料より少なければ平均保険料以上を納付するよう保険料の規定を変更した。

 これを受け、同公団は外国人地域加入者の今年の保険料を11万3050ウォン以上(長期療養保険料を含む)と定めた。

 これまで外国人地域加入者は韓国での所得や財産がないか把握が困難なため、健康保険料の納付額が相対的に少ないという問題があった。以前は外国人地域加入者は健康保険地域加入者の平均保険料のみ負担してきた。

 健康保険公団はこれにより、年間で3000億ウォン以上の健康保険料収入を新たに確保でき、財政安定につながると見込んでいる。

 一方、同公団は留学生の場合、所得や財産の有無などを考慮して健康保険料を最大50%減免する。従って、外国人留学生は7月から月5万6530ウォン程度の健康保険料を支払うことになる。

 しかし、これまでよりはるかに高い保険料を負担しなければならないため、外国人留学生の間では不満と反発の声が高まっている。 

 現在国内に滞在中の外国人留学生は14万人ほどで、このうち約2万6000人のみが健康保険に加入。それ以外はほとんどが学校を通じて民間保険に団体加入し、月1万ウォン前後の保険料を支払っている。

 新たに地域加入者となった外国人が保険料を滞納した場合、病院などで保険診療を受けられないだけでなく、ビザの延長を申請する際に滞在許可が制限されるなどの処分を受ける可能性があるため、注意が必要だ。

 外国人の健康保険加入に関しては電話1577―1000(外国語サービスは短縮番号7番)や033―811―2000で、外国語(英語、中国語、ベトナム語)での相談を受け付けている。

 今回の措置に先立ち、当局は外国人に対する健康保険資格管理を強化してきた。

 2018年12月18日以降に韓国に入国した外国人と在外国民から、健康保険に地域加入者として加入した場合に保険が適用される最短滞在期間を既存の3カ月から6カ月に拡大した。また、入国してから6カ月以内に連続30日以上国外に滞在した場合は、再入国日から再び6カ月が経過するまで健康保険に加入できないようにした。

 加入後に連続で30日以上出国した場合は、健康保険の地域加入者の資格が剥奪される。
---ここまで----

うーむ、義務って。。。
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諸外国の多文化主義や多文化共生施策と比較することから何がわかるのかって話なんだけど

2019-06-13 00:00:00 | 多文化共生
外国人の受入や移民政策の話になると、必ずといっていいほど諸外国での多文化主義や多文化施策はどうなっているのかという話になる。
そして多くの記事や論文、著書では「諸外国では失敗している」ゆえに「日本でも失敗する」といった短絡的な論調でまとめられている。

今回、ご紹介するのはForbesの記事で、「寛容な多文化主義政策が頓挫した国、オランダで何が起きたのか」というもの。
引用元はこちら。
https://forbesjapan.com/articles/detail/27574

まず、出だしからこうはじまる。
「欧米の多文化主義政策は、なぜ行き詰まってしまったのか。そして、「多文化共生社会2.0」時代に突入しようとしている日本は多文化先進国から何を学ぶべきなのか。第1回の記事では欧米の多文化共生政策の失敗を概観したが、今回はいち早く多文化主義政策を導入し、そして頓挫してしまった「自由の国」オランダの例を見てみよう。」

そして、著者は多文化主義の定義を「社会の文化・宗教の多様性を尊重し、マイノリティに自由と平等を保障しつつ、かれらの社会・経済統合を促す政策」としている。

ちなみに、オランダの多文化主義政策がいかに進んでいるかという点については、「移民のための市民権指標」(ICRI)では、オランダはスウェーデンに次いで第2位である(2013年現在)。多文化政策のお手本と言われるカナダやニュージーランドよりもずっと評価が高い」としている。
それゆえに、オランダでの頓挫に学ぶ点が多くあるという論旨になっている。

多文化主義政策が進んでいると紹介しながらも、行き過ぎていっるのではないかということで、いくつかの事例も紹介している。
「第二次大戦のホロコーストではポーランドに次いで多数の犠牲者を生んだオランダ。戦後は、宗教・文化・性的指向のマイノリティの権利や尊厳を重視し、高度にリベラルな社会政治制度づくりに注力した」、「インドネシアや南米スリナムの旧植民地からの移住者や、モロッコやトルコからの出稼ぎ移民と家族を国家の一員として受け入れ、かれらの文化・宗教の自由を保護し、オランダ人と同等に公共サービスや福祉を与えてきた」、「ヒンズー教やイスラム教系宗教学校など、マイノリティたちによる言語や文化の民族教育は国が全額補助した」、「国営放送のテレビやラジオの放送時間の20%は民族マイノリティ向けの番組に充てることが法律で義務づけられた」、「民族コミュニティ内の「自治」を認め、国は一切干渉しないこととした」云々。
後半に行けばいくほど、それはいかがなものか?という疑問が出てくるだろう。
もちろん、そんな構成で文章を作成しているのだから。

そして、こう続く。
「理想像に近いインクルーシブな多文化主義システムを作り上げたオランダだったが、現実には、移民の社会統合は進まず、オランダ人との間にできた溝は埋まらなかった。
1999年から2004年の間の平均では、15歳〜64歳の生産年齢人口の移民(EU加盟国は除く)の就業率は58パーセント弱、オランダ人の就業率より2割以上低い。1973年のオイルショックや2008年のリーマンショックなど不景気のたびに移民の失業率は跳ね上がったが、とくに2世の若者層の失業は高いレベルで推移している。
移民の多くは、以下に述べるようなエスニック地区で育ったため、オランダ語が話せず、国の文化やしきたりにも疎く、低学歴・低スキルというハンディキャップを負っている。かれらのような「落ちこぼれ」を大量に出した責任は、多様性(ダイバーシティ)を尊重するあまり、マイノリティの融合をないがしろにしてきた政府にあるというのがもっぱらの意見だ。」
「寛容もここまで度を越すと福祉に依存する移民が増え続け、福祉をお目当てに移住してくる外国人が増え、国の福祉行政が破綻するのではないか」と、オランダ国民は眉をひそめているという。

自分はかれこれ10年以上、多文化の世界に慣れ親しんでいるが、果たして諸外国の状況を踏まえて、「これだから多文化主義は失敗する」みたいな言い方が成り立つのか甚だ疑問に思っている。
確かに日本の多文化共生は遅れている。外国人の人権は十分に保護されているとはいえないし、日本語教育はいまだにボランティア任せで、子どもの教育も放置され続けているといっていいだろう。
どちらかというと、スタートラインにすら立っていないとも言えるかもしれない。スタートラインにすら立っていない者と、50mや100mも先を走っている者と比較することなのか。多くの人は100m競争のように物事を単純化し、50m先には、こういう事態が待ち受けている。100mも進むとこうなってしまう。だから100m走はしない方がいいと考えているのかもしれない。
しかし、ごく個人的には同じ競技だとは思っていないし、ルールも同じだと思ってもいない。近代社会の法制度は似たようなところは多くあるかもしれない。だからといって、日本における多文化共生が諸外国と比較可能と断ずることができるのだろうか。
少し立ち止まって考えてみれば、日本という国の特異性、日本人という特異性、日本語の特異性。そういうものが横たわっていることに気づくのではないか。
ただ、多くの人にとって、それは当たり前すぎて、そして空気のようにそこに満ちており、実感することも叶わないことなのかもしれないが。
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富山ネタがあまりに少ないのでちょっと過去記事を掲載してみる【神通町田村】

2019-06-06 00:00:00 | 富山ネタ
facebookにはいろいろ書いてはいるのダガ、あまりに個人的ネタが多すぎるので、公開していないものがほとんどだ。
しかし、このブログには富山ネタがあまりに少ないので、今後、少し増やしていこうかなと思いつつ、過去記事で差し支えないものがあれば、掲載してもいいかなとも思いつつ、とりあえずは掲載してみることにする。

以下、2016年5月31日の記事だ。

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風薫る5月の最終日の晴れ間の中、ごく個人的な、けれども自分にとっては確固たる目的地へと自転車を走らせるのは爽快だ。

店内はほどよく混雑しており、空いている数席分が自分のためだけに残されているように感じられる。カウンターの椅子を引いたところで、店員さんに背中から声をかけられる。
「柴垣さん、いいタイミングです。(月替わり蕎麦の)信州もあります」。
肩越しに店内を見渡すと、食事を終えて談笑している人、今まさに食事中の人がほとんどであり、厨房内ではすぐにでも注文を受けることができる状態という意味だと理解する。
厨房から、代わる代わる「いらっしゃい」「いらっしゃいませ」と出迎えを受ける。ここには確かに自分の居場所があるのだと感じる。人には何かに参加しているという一面と、何かに帰属しているという一面が対を為して、バランスを保っている状態が好ましいのではないかと思っている。前を向いて進んでいくのだけど、その背中側にはそれを支える何かがある。言い換えるなら、何かに取り組み、参画している一方で、帰属意識がその支えになっているというような。

例えば、働きづめの会社人間といわれるような中高年の男性が、あるとき何かの拍子で仕事が変わったり、それを失ったとき、とたんに元気がなくなることは今さら自分がいうまでもないことだけど、その対処法として、仕事を見つけるとか仕事を与える若しくは仕事を作り出すという方法が一般的に採られることが多い。
だけども、それでは物事の一面のみを捉えた対処法であり、一時的に好転したとしても、それだけでは長続きはしないのではないかと思っている。それは、その男性が、会社組織や経済システムに帰属しているからに他ならない。すなわち帰属意識が失われたところに、仕事だけが存在しても長続きはしないということだ。
仮にこう考えてみると、よくわかるのではないかと思う。
ある人が、ある種の信仰的な信条により、会社勤めをしていたとする。その人が何かの拍子で仕事を失ったとしても、その信仰的な信条を達成すべき代替的な活動がそこにあれば、元気を失うということはないだろう。要するに帰属意識が失われなければ、再起することは比較的容易なのではないかと思うのだ。もちろん比較的ということに過ぎないのだけど。
そして、仕事に倦むことなく怠らず取り組むということも、職人的気質として、失ってはならない人の性質のひとつだというも間違いがないところだと思っている。

自分は便宜的に「帰属意識」という言葉を用いているけれど、人によって物事の捉え方がさまざまであるように、いろいろな呼ばれ方がある。絆という人もいれば、同じようなニュアンスで、つながり、ネットワークと捉えている人もいる。社会的責任や道義的責任、役割、いきがい、信念、使命感などいろいろだ。どんな言葉でもよいのだけど、自分が研修時に用いる言葉としては、「帰属意識」がもっとも研修内容にフィットしているだけのことだ。ただそれだけの理由で使っている言葉なので、「帰属意識」といわれても、ピンとこない人もきっとたくさんいると思う。

そういうわけで、お店を出ようとしたときに、またも背中から声をかけられた。今日は背中から声をかけられる日なのだなと思いながら振り返ると、そこには柔和な笑顔を湛えた懐かしい御婦人の姿があり、かなり驚いた。なぜなら、もう7、8年前ほど前のことになると思うのだけど、彼女こそ「柴垣さんにとって、多文化共生はミッションなのですか」と問うたその人だったからだ。
他愛のない話をしながら、心の中では、しっかりと、こう答えていた。「あなたの仰ったことはよく覚えています。相も変わらず今でも多文化共生は自分の大切なミッションのひとつです。もちろん、ごく個人的なことであることにも変わりありません」と。
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制度はまだはじまったばかりとはいうものの

2019-06-05 00:00:00 | 多文化共生
さて、特定技能の技能試験が徐々に始まってきている。
報道によると、、、
外食業で347人合格(毎日新聞2019/05/21)
介護で84人合格(日本経済新聞2019/05/24)
宿泊業で280人合格(朝日新聞2019/05/25)

これがどのくらいのインパクトのある数字なのか、いまひとつわかりにくいので、国が今後、5年間で34万5千人を受け入れるといっている数値と比べてみよう。

国では14分野でそれぞれ人数を算出しているので、それぞれの分野ごとの受入人数を並べてみると、、、

外食業 53,000人
介護  60,000人
宿泊業 22,000人

これを5年で割ってみると、1年間の受入人数の目安がわかる。

外食業 10,600人
介護  12,000人
宿泊業  4,400人 となるので、その達成率は

外食業 3.27%
介護  0.70%
宿泊業 6.36%

うーむ、これはいったい何を意味するのか。
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やっぱり10年間の使い捨て労働力の確保のための法改正だったのねが明確になったのこと

2019-05-31 00:00:00 | 多文化共生
昨年末(12月8日改正出入国管理法成立)から話題になっていた新しい在留資格の特定技能ってやつ。
もともと技能実習は就労期間に入っていなかったわけだけど、この特定技能1号が就労期間に算入されるかどうかで、かなりの法改正のインパクトが変わってくるとニラんでいた。
なので、かなりしつこく調べていたところ、おそらく算入しないのではないかと踏んでいた。研修会などでも、そのようにお伝えしてきた。
やっぱりそうきたか!というのが率直な感想。

引用元はこちら。
https://www.asahi.com/articles/ASM5Z61NGM5ZUTIL03M.html

---ここから----
技能実習の期間「就労」に算入せず 外国人の永住条件で

 出入国在留管理庁は31日、外国人の永住許可のガイドラインを改訂したと発表した。永住権を取得するためには日本に10年以上暮らし、このうち5年以上は「就労資格」などを持っていなければならないが、技能実習や新しい在留資格「特定技能1号」は就労期間として算入しないと明記した。

 出入国管理法は、永住権を取得するために①素行が善良②独立の生計を営むに足る資産や技能がある③永住が日本の利益に合う――の条件を課している。ガイドラインは、これらの要件などについて具体的に説明するために2006年に策定された。入管庁は今年4月に外国人労働者の受け入れを拡大する改正入管法が施行されたことを踏まえ、ガイドラインを改訂。新たに創設された在留資格の特定技能1号や、技能実習は最長5年しか在留できないことから就労期間から除外することにした。ただ、1号より高い技能を持つ人が対象の特定技能2号については就労期間として認める。
---ここまで----

先日の記事で、日系四世に門扉を開いた在留資格は運用1年でたったの4人のみだったことを紹介したが、この特定技能も「やすやすと定住はさせないぞ」という渋った運用だと外国人材の流入は小規模なものにとどまってしまうだろう。
技能実習も特定技能も家族帯同は認められないので、20歳で来日したとして、30歳でようやく家族帯同が認められ、それから10年働き、40歳になってようやく永住資格が取れるという人権侵害も甚だしい制度。

ホンマに大丈夫か?

わかりやすく図にしたのがコチラ。
転載可だけど、引用元は明記してね。

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今年もやります。とやまcocolo会主催「ここサポ」です。

2019-05-30 18:58:35 | ダイバーシティ

 

つながろう こころとcocoloのプロジェクト2019

こころのサポーター養成講座【全6回の申込はこちらから】

大切なひとに、たったひとつの命に寄り添いたいから。
さまざまな生きづらさを見つめなおし、誰もが暮らしやすく、笑顔で生きることができる社会について、考えてみませんか。

会場/サンシップとやま
富山市安住町5-21

定員/20名
全6回を受講していただける方を優先受付いたします。

お申し込み/とやまcocolo会HPの参加申込フォームまたはメール

講座の開催時間は、各回とも13時30分から16時まで。
全体ファシリテーター:一般財団法人ダイバーシティ研究所/客員研究員/柴垣 禎 氏

第1回 7/6(土)サンシップとやま704
「うつ病への理解と周囲の関わり方」
講師:小矢部大家病院/院長
渡辺 多恵 氏
内容:近年、うつ病をはじめとした心の病を患う人が急増する中、誰もが罹患する可能性のあるうつ病とは。その原因や症状、周囲の関わり方を学び、うつ病を未然に防止することや社会復帰について考えてみます。

第2回 7/20(土)サンシップとやま604
「いのちの重さを見つめ続けた18年~むすめが教えてくれたこと~」
講師:グリーフパートナー歩み/代表、精神対話士
本郷 由美子 氏
内容:大阪教育大学附属池田小学校事件で娘を奪われた喪失体験を「人を支える力」に変えたものとは。対話を通じて傷ついた人と寄り添うことから、一歩踏み出し、支えあう社会の必要性を見つめていきます。

第3回 8/3(土)サンシップとやま604
「多文化共生とは~在住外国人の視点から見える地域社会の課題~」
講師:NGOダイバーシティとやま/代表理事
宮田 妙子 氏
内容:外国人労働力の必要性が増す日本社会。一方で在住外国人は多くの困難に直面していますが、その原因の多くが地域社会の課題でもあります。地域に住む外国人の視点から共生社会を考えてみます。

第4回 8/17(土)サンシップとやま604
「ひきこもり~関わり合うすべての当事者のみなさんへ~」
講師:富山県ひきこもり地域支援センター/相談員
森田 頼子 氏
内容:数多くの相談事例から、ひきこもりとは本人だけでなく関わり合う社会や環境の問題とも考えられます。本人や環境が変化していく様子から、ひきこもりを作ってしまう社会について考えてみます。

第5回 8/31(土)サンシップとやま704
「多様な個性が輝く社会に向けて~くるみの森の挑戦~」
講師:社会福祉法人くるみ/理事長
岡本 久子 氏
内容:児童発達支援や放課後等デイサービスを通じて、必要な「サービス・人・しくみ・地域・価値」をつくり続ける「くるみの森」。そこから共生社会の実現に必要な活動について考えてみます。

第6回 9/14(土)サンシップとやま704
「素直な心がつくる人間関係~感謝の気持ちを発見する方法~」
講師:北陸内観研修所/臨床心理士
貫井 信恵 氏
内容:ごく普通の社会人である私。特別な病気などがあるわけでもない。でもどうしても人間関係がギクシャクしてしまうことがあります。自分自身の心に向き合うことから見えてくることを考えてみます。

講師の都合により内容が変更となる場合がありますので、あらかじめご容赦願います。

この事業は令和頑年度富山県自殺対策民間団体等取組強化事業として実施しています。

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在住外国人向けに新設される総合相談窓口関係の記事リスト

2019-05-30 00:00:00 | 多文化共生
ニュース記事は、これから増えていくのではないかと思われます。
リンクはすぐに切れると思います。

岐阜県(5/30開設)
https://www.gifu-np.co.jp/news/20190531/20190531-142990.html群馬県(7/1開設)
https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/society/135151

静岡県(7/1開設)
https://www.at-s.com/news/article/politics/shizuoka/636823.html

香川県(4/1開設)
https://www.pref.kagawa.lg.jp/content/dir5/dir5_6/dir5_6_2/wdmj3p190402084410.shtml

仙台市(6/1開設)
https://www.sankei.com/region/news/190528/rgn1905280012-n1.html

経産省(6月から順次。労務管理等の相談窓口)
https://www.sankeibiz.jp/workstyle/news/190529/ecd1905290500001-n1.htm

ちなみに自治体からどのくらい応募があったかというと、、、
100自治体の予定のところ、37自治体
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019031501249&g=pol

予算的には、、、
20億円の予算のところ、6億円弱
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019041701112&g=eco

どうなんでしょ。
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改正入管法をめぐる視点についての良記事のご紹介

2019-05-20 00:00:01 | 多文化共生
以下、長くなるが良記事なので、全文引用する。
引用元はこちら。

https://www.buzzfeed.com/jp/yoshihirokando/mochizuki-1


---ここから----
日本は「遅れてきた移民国家」だ 外国人労働者を巡る現実と建前 望月優大さんに聞く

日本が外国人労働者の受け入れに舵を切った。何が起きるのか。「ふたつの日本」を出版した、ニッポン複雑紀行編集長の望月優大さんに聞いた。

ーー政府は「これは移民政策ではない」と強調しています。


まず前提として言えるのは、「移民」という言葉を客観的に定義するのは不可能だということです。

国連は「国際移民の正式な法的定義はありません」としています。

そのうえで「多くの専門家は、移住の理由や法的地位に関係なく、定住国を変更した人々を国際移民とみなすことに同意しています」「3カ月から12カ月間の移動を短期的または一時的移住、1年以上にわたる居住国の変更を長期的または恒久移住と呼んで区別するのが一般的です」としています。

要するに「あくまでそういう言い方が一般的です」ということに留まっています。

このほか、在留年数や出入国回数に制限のない在留資格を持ってる人を「移民」と呼ぶというケースや、永住資格のある方のみを「移民」と呼ぶ人もいます。

一方、2016年自民党のプロジェクトチームがつくった文書では「入国時点で既に永住資格を持っている外国人」を「移民」とするという定義を採用しています。これは、あらゆる移民の定義の中で、最も狭い定義です。

この自民党PTの定義に照らすと、日本に入ってきている外国人の人たちは、ほとんど「移民ではない」ことになります。

政府が「移民政策ではない」と言う前提として、そもそも「移民」という言葉の定義自体が極めて流動的で、どうとでも動かせるゴールポストのような側面がある、ということを考える必要があります。

二つの支持基盤にアピールしたい政府・与党

ーー政府はなぜ狭い移民の定義を用い、自分たちの政策を「移民政策ではない」と言うのでしょうか。

いくぶん憶測な部分もありますが、日本の中で暮らしていく、定住していく外国人が増えることに対して、ネガティブな気持ちがある一定の国民がいて、その人たちが自分たちの支持層の一部だろうというふうに、与党が思っているのでしょう。その人たちに対して、ポーズをとっているということだと思います。

自民党は基本的に保守的な政党です。なぜその政党を中心とする政府が外国人の受け入れを加速するのかという点に、違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。

自民党の支持基盤には経済界と、保守、あるいはナショナリストといわれるような方々の両方があります。それぞれで、外国人労働者に対するスタンスは違います。

経済界は、安い労働力が欲しい。現役世代の人口が減っていることもあり、外国人でもいいから欲しいと訴えています。

もう一方の支持基盤である保守層には、外国人が定住するのは嫌だと思っている人が少なくないでしょう。


そこで両者の間を取り、外国人労働者は入れるけれど、定住はさせない。5年で帰す、10年で帰すという条件を設ける。かつ、できるだけ家族を呼ばせない。家族とともに暮らすことで、そこで子どもが生まれたりすることは認めないから大丈夫だというポーズをとっている、ということでしょう。


ずれる現実と建前

ーー実際の状況はどうなっているのでしょうか。


重要なデータの1つだと思っているのが、在留外国人の数自体が300万人近くまで増えているとともに、永住資格を持っている外国人の数が2000年ぐらいから継続的に増え続けていることです。

この中で、旧植民地である朝鮮半島や台湾にルーツを持つ「特別永住者」は微減を続けています。かわりに「一般永住者」が増えています。


直近だと、110万人近くの方が永住資格を持ってます。この人たちが、日本で法務省が発表している在留外国人の4割を占めてます。これが現実なんです。

一般永住者には、多様な国籍の方が含まれています。中国、韓国だけでなく、ブラジル、フィリピン、ベトナムなどの方などが多くいらっしゃいます。

政府が「永住させず、出稼ぎ労働者をぐるぐる回していくだけなので、日本では移民が増えない」という建前は、この現実と大きく乖離しています。

どの政治的立場をとる人であっても、この現実を正しく認識しないと議論にならない、と私は思っています。

ーー建前と現実の乖離はなぜ起きるのでしょう。

外国の方々と話をしていると分かってくるのが、入国した時に「出稼ぎ」のつもりで来ていたとしても、いつの間にか日本でずっと暮らしていたということは、人生のなかでは起きえる、ということです。

日本の方と結婚するとか、家族を呼べる日系人の方だと、特に子どもが日本社会に定着していくとか、さまざまな理由があります。


移民であろうがなかろうが、私たちは自分の人生がどうなるのかすべて予期することはできません。人生の様々な出来事を通じて、ある土地から離れられなくなることは、だれであれ起きえることです。

その積み重ねとして、ニューカマーの方たちを中心に、1990年ぐらいから定住が進んでいるという現実があります。


定住への道は「むしろ開かれた」

これから受け入れていく特定技能の外国人の方たちについても、同じことが絶対に起きないとか、それをコントロールできるのだと政府が言い切ることができる根拠は、全くないと思います。そして過去の例を見ても、コントロールすることは現実的には不可能だと思います。


特に今回、「特定技能2号」という資格が、1号の上位資格のようなかたちで用意されました。一定の試験に合格すれば、1号から移行が可能になります。

特定技能2号は、更新回数に上限がない在留資格として設計されています。

実際に動き出せば、非熟練の外国人労働者が熟練の労働者にキャリアアップして定住していくという道が、むしろ開かれたと言って、過言ではないと思います。

日本は基本的人権を尊重する国のはずだ

ーードイツなど欧州各国は第2次大戦後、外国人労働者を受け入れました。

ヨーロッパは戦場になり、たくさんの若者が亡くなりました。そこからの復興と経済成長で、旧植民地や中東などの若い単身の労働者をたくさん受け入れました。

しかし、1970年代にそれでオイルショックが起き、新規の受け入れを停止しました。とはいえ、すでにその国で暮らし、働いている人たちを強制的に帰国させられるかといえば、それはできないんです。

というのも、欧州各国は人権や民主主義を重視しています。

人権を完全に無視すれば「強制帰国」も可能でしょうが、自由や民主主義、人権を自分たちの価値観の中核に置いている国々が、経済的な都合だけで人の生きる場所だったり働く場所を縦横無尽にコントロールできるかといえば、やはり無理だったんですよ。

その結果、既存の人には残ることを許し、家族の呼び寄せを認めたという経験を、ヨーロッパ諸国はしています。そこから、彼らとともにどう暮らしていくかという問題に直面して、いわゆる「社会統合」に向けた様々な政策を、試行錯誤しながらつくっています。

日本も欧州と同じように、自由民主主義と基本的人権の尊重を信じる国です。それが憲法にも書き込まれています。憲法で人権と自由が保障されていることにより、日本国民の生活も守られている部分があります。

欧州とは異なる基盤に立つ湾岸諸国

ーー一方、欧州と並ぶ外国人労働者受け入れ先であるペルシャ湾岸の産油国は、外国人労働者を厳しく管理し、送還も行っています。

欧州の経験をみると、いま日本で暮らす300万人近い外国人を、景気の悪化等で帰せるというふうに考えるのは、歴史を見ればそれが正しくないことは明らかです。

しかし、今の日本で、人権感覚がどこまで共有できているのか不安になる時があります。


例えば、技能実習生の女性が日本で妊娠し、雇い主から帰国か中絶を迫られるというケースがありました。

思わぬ時に妊娠することは、人生ではあり得ます。だから、こういうことが起きることを前提に、制度を作らなければいけない。日本人ならば産休が取れるわけです。外国人であれ、日本人であれ、その人権を保障する必要があります。

しかし、識者から例えば「シンガポールでは外国人労働者の権利は広く認められていないから、日本もそうしたほうがいいんじゃないか」という意見が出てくることがあります。

(シンガポールでは、外国人労働者は富裕層や専門職とそれ以外に大別され、非熟練労働者には定住を防ぐさまざまな規制があり、国際人権団体は批判している。例えばメイドの女性は年に2回、性感染症と妊娠の検査を受け、妊娠が分かれば帰国を命じられる。)

シンガポールや湾岸諸国と日本では、憲法で保障され、実践されてきた人権意識というものが根本的に違うはずだと、僕は信じています。

しかし、「外国人は、自国民なら享受できる権利を制限されても仕方ない」「自己責任で来ているのだから、こちらの都合が悪くなった時に一定程度制限をかけるような制度にすべきだ」という感覚が、日本国内に拡がっているのではないかと感じることがあります。

合理性だけを考え、人間を鉄とか小麦のような「素材」として見ていいのでしょうか。人権を尊重し、人間をモノとして扱わないということが、日本という国が戦後、選んできた道だと思います。そして、日本人はそこを誇ってきたと思うのです。

日本人と外国人は「同等の給与」か「最底辺に合わせる」のか

ーー政府は1990年代、いわゆる単純労働者を受け入れない理由として、日本人の雇用を奪うことや、労働市場の二階層化が起きることを挙げていました。

すでに、そうなっている部分が、一定の程度で存在すると思います。

例えば労働市場の階層化。「上」と「下」に分かれてしまうという問題です。

特に技能実習制度というのは、その職場に基本的に張り付き、ずっと極めて低い賃金で最長5年間働くといういう制度です。キャリアを積んで工場長になるとか、別の会社に転職するといったことが全く想定されてないわけです。

一方、普通の労働者は違います。

例えば自分を例にとると、大学生の時にアルバイトで時給900円とかで働き、その時は低賃金の労働者でした。しかし、大学を卒業すれば、正規雇用で採用され、賃金が安定していきます。正規雇用の場合、一般的には年功序列で少しずつ賃金が上かることになります。

このルートから、特定の日本人を制度的に排除することは絶対にできなません。「人生は常にやり直せる」「すべての人は同じ権利を持っている」というのが、日本社会の建前ですから。

しかし外国人は、制度的にそこから排除されています。「その前提であなたたちは入国してるんだから、排除されても仕方ないですね」ということになっているわけです。特に技能実習生に対しては。

ーー安倍首相は「外国人労働者は日本人と同等以上の給与で」と言ってます。

「同等」の待遇をどうつくるのかは、極めて難しい課題だと思います。

「同等の賃金」ということと「最低賃金」を混同するケースも、おそらく生まれてくるでしょう。「だれであれ、最低賃金さえ払っておけばいいんだ」ということになるかもしれません。

財界が外国人労働者の導入を求めてきた背景には、人口バランスの問題があります。総人口よりも早いペースで現役世代の人口が減り、働ける人口の割合が少なくなっています。それが短期的には様々な職場で、いわゆる人手不足の状況を生み出しています。

一方、外国人であることによって、学校や病院など、さまざまな社会的なリソースから断絶してしまいがちな現状が日本にはあります。

彼らを受け入れるならば、しっかりと社会と結び付けていくための手段も、合わせて準備していかないといけないわけです。

例えば受け入れる外国人の数にあわせて必要な日本語教師は何人になるのかといった点も、一緒に考えなければなりません。


どれだけの外国人をどういうスピードで受け入れ、どんな社会統合政策を取るのかという議論を、政府や官僚に任せきるのではなく、社会全体で参加していかないといけないと思います。

外国人を社会で受け入れる準備は?

ーー日本語教育の公的な位置づけを求める「日本語教育推進法」の早期成立を求める署名活動が行われました。

子どもと大人と両方に対する教育は重要です。一方で労働者として入ってくる大人や、その家族への公的な支援が極めて乏しいという現状があります。

子どもは一応、義務教育の年齢であれば受け入れてもらえます。とはいえ、それで日本語をしっかり教えてもらえるかといえば、地域や学校によって違いがあります。

大人については自助努力を求める部分が強くあるので、そこはもうちょっと政策的にしっかり対応するということを態度で示したほうがいい。 政策として示し、かつ予算を投入する必要があります。

特に重要なのは、日本語の先生や教育施設といった、人的なリソースとインフラです。オンライン教育のようなものを含め、整えることに政府がコミットしないと、日本語教師になる側も、安心できないでしょう。

日本語教師の多くは非正規雇用です。外国人支援に関することの多くは、非正規雇用やNPOでまかなわれている現実があります。

そして日系4世は来なかった 日本は外国人が「働きたい国」であり続けられるのか

日本は外国人にとって今後も「働きたい国」なのか。そうではない可能性を示す兆候が、すでに出ている。

アジア各国で経済成長が続くうえ高齢化が忍び寄っています。日本の外国人労働者を国籍別に見ると、最も多いのは中国ですが、その比率は年々下がっています。代わりにベトナムとネパールが急増しています。

一方、韓国や台湾も外国人労働者の受け入れを強化しています。「外国人は日本で働きたがっている」と思う日本人は多くいますが、そういう状態であり続けられるのでしょうか。

将来を示唆する「日系4世受け入れ事業」

ーー日本にこれまで技能実習生を送り出してきた中国などで、経済成長が続いています。韓国や台湾も外国人労働者の受け入れを強化しています。日本は、これからも外国人が働きたい国であり続けられるのでしょうか。

2018年7月に始まった日系4世の受け入れ事業は、将来を示唆する話だと思います。

これは南米の日系人4世が日本で働けるという制度ですが、厳しい条件を付けています。年齢は18〜30歳までで、家族帯同は不可。滞在の上限は5年に限っています。

政府がここまで厳しい条件を設定した理由を、私は次のように推測しています。

90年代以降に入った日系の南米人で、日本に定住した方がかなり多くいました。家族を呼び寄せ、子どもたちも生まれました。しかし、政府は定住を促進するというようなかたちでの対応というのを積極的には取ってこなかった。


家族を呼べ、かつ更新回数に上限のない在留資格を与えると、こういうことが起きるんだという学習を、政府の側がしたのだろうと思っています。

だからこそ日系4世の人たちに対しては、単身限定で上限5年といった制約をかけ、「こんな人だったら、日本で働いてもらってもウエルカムです」と呼びかけたわけです。

日本政府が求めるような日系4世は、いなかった

ところが蓋を開けてみると、日系4世の2018年12月までの受け入れ人数は、4000人の枠に対し、わずか4人でした。


日本政府が求めるような日系4世は、実際にはいなかった、ということです。

そして、日系4世に対して課した条件と、技能実習生や特定技能1号に課している条件は似ているところがあります。特に単身で、数年で帰ることが前提という点です。

政府は、ドアの開け閉めを通じて、外国人労働者数に政策的な調整をかけようとしています。


「いつか帰国することが前提の外国人労働者をぐるぐる回していく」という、フランスやドイツにもできなかったことを、この国は自由民主主義を奉じながらも、実現できるんだと思っているのかもしれません。政策をうまくチューニングすれば、可能だと。

特に今の政策は官邸主導で動いていると思うので、命令を受けるそれぞれの役所の側は、必死になってとにかくかたちをつくったという部分はかなり大きいんじゃないかと思います。

外国人政策のインパクトの大きさを直視すべき

外国人に関する政策は、人間にかかわることです、だから、極めて長期にわたるインパクトがあるのですが、その政策を極めて短期的なロビイングや選挙対策などの中で、近視眼的な感覚の中で作ってしまっているのではないでしょうか。


こういうことの積み重ねが、学校に行けてない外国籍の子どもが出てくるという、取り返しのつかないインパクトを与えてしまっています。

仮に3年間、学校に行けなかったとします。それが例えば7歳から9歳の間だとすると、その子の人生全般に、極めて大きな影響が出ます。そういうことを本当に考えているのかは疑問です。

僕としては将来、問題が深刻化しても「知らなかった」とは言わせないぞというふうに思っています。

というのも、こういう形ですでに、30年やってきているわけです。それで、いろいろな問題は起きてきたことは、政府の側は知っているわけじゃないですか。

それでもなお、こういうご都合主義的な政策をとり続けるということが、あまりにも人権軽視というか、外国人を軽視しているような気がします。

人権を巡る建前と現実のずれは日本人にも

「人権」という建前と現実のずれが、外国人に対しては、露骨に出ています。私は、実は日本国民に対してもそういう側面があると思っています。


国家の合理性からすると、やはり低賃金で働いてくれる労働者がいたほうがいい。あるいはすごいコストのかかる医療は、できるれば削っていきたい。

特に最近、終末期医療の医療費の話が話題になってますが、国家の視点で見ると「無駄」に見えることに対して人権というものが制約になって言いづらいんだけれども、本当は言いたいことがいっぱいあると思うんです。

雇用の保障はコストがかさむ。できれば医療費や年金はカットしたい。こういうことが、移民・外国人の方たちに対しては、非常に露骨に表れていると感じます。

世界で深まる分断

これは日本だけの問題ではなくて本当は利害を共有してるはずの人々の間に楔を打つということが、世界で政治的にある種、流行していると感じます。

人々が互いに味方になりうるはずなのに、「敵」として煽り立てるようなことを、票集めや人気集めのために行えば有効性があるということが、欧州やアメリカで示されてしまいました。

ただし、今の日本では、そういうカードを使わなくても選挙で勝てる状況があります。

だからむしろ、政府の側には外国人の受け入れを、むしろ社会に気づかれないうちにやりたいぐらいという思いがあるのではないかと。これは、人気取りのためではなく、経済界からの現実的な要請に基づいたものですから。

とはいえ、日本で今、露骨な外国人排除の動きがないから、そういうことを考えなくていいんだ、寝た子を起こさないほうがいいんだという風には、思いません。


潜在的にリスクがあるのだからこそ、今のうちからしっかりことを受け止めて、そういうことが起きないように心の準備をして、「連帯」という考え方を身につけていくのは、すごく大事なことだと思っています。

大切なのは「連帯」を考えること

ーーご著書の『ふたつの日本』で、外国人を巡る問題は、「彼ら」ではなくて「私たち」の問題だと書いておられます。

それはもちろん、これは日本国籍の人の問題だという側面もあるのですが、それ以上に「私たち」の定義や境界線みたいなものの問題だという意味を込めてます。何が「私たち」なのか、ということです。


国籍でズバッと線を引いて、「こっちが私たちで、あっちは違う」という考え方自体をアップデートするというか、ほぐしていくことが、大切なのではないかと思います。

実際に日本で20年暮らしてる人が、なぜ「私たち」ではないのか、ということです。国籍に関わらず社会の一員として税金を納め、働いているわけですから。

日本社会の像を見つめ直す好機に

ーー日本には2018年度末で273万人の外国人が暮らしています。これは、欧州各国と比べても少なくありません。しかし日本の場合、総人口が欧州各国より遙かに多いという点で、外国人が相対的に目立たない部分はあるのでしょうか。

そうだと思います。しかし、総人口が減っているわけですし、割合だけを見て「まだ日本は日本人だけのピュアな国だ」「まだ外国人は2%しかいない」と言っていても、しょうがないと思います。

いま起きている変化は、サービス業に外国人労働者が入ってきて、生活動線のなかにあるコンビニや飲食店などで普通に外国人と接する機会が増えていることです。かつ、観光客も増えていますから、外国の人が増えているという感覚が、社会全体で共有されていると思います。

これはある種、チャンスとして捉えています。自分たちの国の自画像みたいなものを創造しなおして、更新するタイミングにすべきだと思います。


ーーこの本のタイトルにある「ふたつの日本」とは、どの「ふたつ」を意味しているのでしょうか。

これは、いろんな意味を掛け合わせています。建前の日本と現実の日本っていうのはもちろんあります。もう1つは、民族的に一体で、純血性が高く、同質性が高く、「一つである日本」ということと、それに対して、複数性とか複雑性みたいなものをはらみ、かつ、メンバーがどんどん入れ替わっていくような日本っていう意味も込めています。

そして、この国で暮らしている中での「安定か不安定か」、あるいは「上なのか下なのか」という意味での、ふたつという部分も込めています。

最後の「上か下か」で言うと、やはり外国人の方は多くが「下」に入れられています。

しかし、そこには外国人だけじゃなくて、日本人もたくさんいます。

だから、同じ構造に置かれた日本人と外国人が対立するのではなく、互いに同じような境遇にあり、かつ近いパワーバランスの中で働いているんだという認識を共有できるようになるといいな、と僕は考えています。
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後日、要点をまとめておきたい。
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