たろの日記ページ,gooブログ版

http://taro-r.sakura.ne.jp の分家です。一部内容が重複してます。

伝えたいこと

2010-08-10 22:07:28 | 歴史
先週は広島の原爆記念日の式典に国連の事務総長とか,アメリカの駐日大使が出席した…ということで,少しいつもとは違った話題になっていた気がします。そしてその大使の出席をエノラ・ゲイの機長の息子が批難したというニュースは,まぁその人の立場ではそうなんだろうな…というポジショントーク的な印象も持ったのですが,ふと,そもそも日本がなぜ原爆記念日をやっているかを,多くのアメリカ人は理解して無いんじゃないか?と言う気がしたので,少し書いてみます。まぁわたしの思い過ごしかもしれませんが。

一番思ったのは,もしかたらアメリカ人は原爆記念日を,アメリカが原爆を落としたのを批難する日と思ってないか?ということです。そうであれば,大使や事務総長が出席する事にいろいろ声が挙がるのもわかります。ただ,確かに原爆落としたアメリカを批判したい人はそれなりにいるのかもしれませんが,多くの日本人の感覚は,原爆の悲惨さを戦後の日本に,そして世界に訴えて,核兵器を世界からなくしたい…というのが,原爆記念日の主旨だと思います。そこを理解されてるのでしょうか。

日本は戦争に負けて,その後ずっと親米を貫いていることから,戦争中の日本人への悲劇は,アメリカに対してよりも,戦時中の日本への批判や反省という形で伝えられてることが多いです。もちろんそれはそれで少しおかしな話かもしれないし,実際ケバラとかは原爆記念館を見てなぜ日本はアメリカに怒らないのか?といったそうですが,まぁ日本はそういう国なのです。

ですから,おそらくほとんどの日本人は原爆を使っていけない兵器だと思ってますが,エノラ・ゲイの機長に批判の矛先を向けている人はいないんじゃないか?という気がしてます。ただ,アメリカではエノラ・ゲイの機長は英雄扱いになってるのかもしれません。だからその子供が英雄扱いがなくなるのを認められないのかもしれないなと思いました。

もう一つ思ったのは,やっぱりアメリカ人は原爆をただの強力爆弾と思ってるんだろうな…ということ。その後遺症や無差別殺人性を理解してる人は少ないし,実際報道されて無いんだろうなということです。だから,日本人が原爆の今後の使用をやめてほしいという気持ちが判らないのでしょう。わたしは原爆が日本に落とされたから批判してるのではなくて,原爆が使うべき兵器じゃないと思うから,それを世界に訴えるべきだと思ってます。たぶん原爆の恐ろしさが理解されて無い。原爆が怖いのはその後遺症が数十年も人を苦しめるからです。わたしは9.11テロの現場をグランド・ゼロ(爆心地)と呼ぶことに凄く抵抗があるのですが,それは,怒られることを覚悟して書けば,9.11は原爆に比べれは悲惨さはかなり低いと思うのです。9.11テロの現場をグランド・ゼロと呼ぶのを聞くたびに,原爆の悲惨さは9.11と同じくらいと思ってるんだろうな…と感じて凄くいやな気持ちになります。

わたしは,日本の都市に落ちた二発の原爆が,どういう被害をもたらしたか,それがいつまで続いた(続いているか)を,核兵器を持っている国の人たちすべてに知ってほしいと思います。別に過去に落としたことの是非を問おうと思っているわけではありません。知っていて,それでも,核兵器を落としたのが正解だったのかとか,今後も必要だとかいうのであれば,それはその人の考えです。未来については,別の場で議論すればよいと思います。ただ多分ほとんどの外国の人は自分達の持っている武器が何をもたらしてるかを知らないんだろうな…と今回の原爆式典に関わる意見を読んでいても思いました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする