たろの日記ページ,gooブログ版

http://taro-r.sakura.ne.jp の分家です。一部内容が重複してます。

精子は単なるリセットボタン???

2009-03-30 09:17:48 | 環境・自然科学
本を読んでいてちょっと思ったので,メモ。
遺伝子というとDNAだ,と書かれている本が多いのですが,確かRNAかミトコンドリアだったか忘れたけど,そっちも遺伝するんじゃなかったっけ?。もちろん母体の方だけのだけど。DNAが遺伝子だという言い方は,男性中心の見方じゃないのか?という気がしました。
というより,むしろ遺伝というのは,ほとんどは母子間であり。男性の遺伝子は,遺伝というよりは,なんかリセットキーを押すために入ってくるんじゃないか?…とか。受精して生まれるというのが,人間の成長を一からやり直すときという風にも思えるのですが,通常の細胞分裂じゃなくて,またひとつの細胞,つまり万能細胞から増えていくのですけど,そのきっかけというか。
もちろん,だからといっても実際は子供には父親の性質は伝わっていて,精子は卵子のボタンを押して終わりってわけじゃないのですが,異物が入ってきたので,再起動しました…という感じでもあるなぁ。まぁパッチを当てたので再起動…とも取れるけど…。遺伝等のが父親半分母親半分というのはDNAを中心に見るとそうなんでしょうけど,細胞全体で見てもそうなんですかね?。ミトコンドリアとがに重きを持つ考え方もあったような。
…と,半分冗談でもありながら,そういうのもありえるかなぁと思いました。
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祇園精舎の鐘のIT

2009-03-28 18:45:56 | 経済
オーマイニュースが閉鎖されたというニュースを見て,あぁ,そんなサイトもあったなぁとか思いました。ところでここでも不況が理由かよ…。
意地悪な書き方をすると,たしか鳴り物入りで始まったのだけど,大きく話題になることもなかったなぁ,と。そういうのはネット界では山のようにあるので,別に気にするものでも無いと思いますが,そういえば1ch.tvとかも始まるときは意気揚々だったけど,全然泣かず飛ばずだったとか,マイスペースとかもメディアが大騒ぎしたけど…,という感じ。
そういう意味でいうとネットではむしろ始まるときに大々的に話題になったものほどうまくいって無い気がします。むしろmixiとかの方は始まるときはわりとひっそりと始まったように思うし,でもそれから大きく伸びた。ただmixiもピークを越えたというか,まぁユーザ数は伸びてないというかむしろ減ってるでしょ?という感じなので,いつまで続くんでしょう?という気はします。華々しく始まってポシャるというのがよくあることであれば,一時期一世を風靡しても,しばらくするといつのまにか終わってました,というのもネットの常のような気がするので,今わだいのTwitterとかもそのうち忘れられるのかな?とか。
大々的に初めてうまくいくとは限らないのは当たり前ですが,細々とそれなりにやっていてもある日止めちゃうのもネットサービスの常というか。podcastを良く聞く私ですが,始まって一年とかすると更新が止まって終わってしまうコンテンツが山のようにあります。いったいどういうビジネスモデルというか,どういう収益分岐点設定でやっていたのだろうか?,とか思ったりします。
昔はほとんどのプロバイダーサービスでやっていたWeb(ホームページ)のサービスも今は結構やる気がないところが多くて,so-netさんもそんな感じ。無料掲示板とかも物凄く減ってます。今はブログ全盛だけど,ブログサービスもそのうち無くなったりするのかなぁとか思ったりも。そういう中,はてなさんは次々と新規サービス開発をしてるのだけど,偉いなぁとかいつまで続くんだろうとか,そんなことを思ったりも。
…などと盛者必衰の理の様なネット界ですが,ふと考えると2chだけはずっとそれなりの繁栄を続けているようで,凄いなぁと。むしろ変な成功モデルを想定してないから,つぶれずに済んでいるのだろうか?とか,いろいろ考えます。ネット界で10年変わらずに続いているサービスって他に何があるんだろう?,そんなことを思いました。
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体に無理をさせる工夫は本末転倒

2009-03-26 00:02:14 | 医療・福祉
ネットでメンヘルにならないための10のTipsというのがあちこちからリンクされていたので,さらりと読みました。メンヘルって要は心療内科にかかるような病気にって事でしょう。ここであげている10のTips自体は,まぁ効果があるやつもあるよね,って感じです。ただ,できるかなぁと思うやつもあるような気がします。いずれにせよ,どのTipが効果があるかは人それぞれでしょう。
そのことはいいのですが,最後に「たっぷり寝る」がないのを指摘されたので追記したというのを読んで,なんというか,まずは寝るのが一番大事だろう?という突っ込みをしたくなりました。
別にリンクの話だけに限らないのですが,こういうノウハウというかライフハックというか,そういうアドバイスって,どうも人間を効率よく働かせようとか,思うとおりにコントロールしようという感じがよくします。逆に,きついときは休みましょうとか,体の欲するままにしましょう,というのはあまり聞きません。体が本来欲することを抑えて自由に使おうというのは,逆に言うと自分の体を酷使しようというようにも取れるので,どうも本末転倒ではないか?,という気もします。この辺が,自分の体は自分のものなんだから,自分の意思で自由に使えるし,使うべきだと言うような,現代社会の妙な思い込みを感じるのですがいかがでしょう。
以前書いたことがありますが,インフルエンザとかにかかったときも薬を飲んで無理やり熱を下げて,仕事をしたいという要望が多いという話でした。インフルエンザはこじらせなければ2,3日で熱が下がるけど,こじらせると死ぬかもしれない病気です。薬で症状を抑えるのはいいとして,だからといって働くものでもないでしょう。でもどうも今は,風邪くらいは薬でコントロールしようというような雰囲気を感じます。でもそれって風邪をコントロールしてるのではなく,体をコントロール,つまり無理してるって事のようにも思います。
体や心に不調をきたさないように,いろいろと工夫するのは大事です。でも不調を治すのが第一であり,不調でも働けるようにするのが目的じゃないことを忘れてはいけないな,と思います。体は自分でありますが,自然であり制御が効くとも限りません。だから体のほうに心のほうに自分の行動を合わせることも大事だと思います。
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芸人に命をかけさせる悪趣味

2009-03-24 10:55:48 | 時事
わたしは東京マラソンは,石原都知事がやった事の中では,良い試みと評価しており,市民が東京の街を一日貸し切って祭りをやる様なものだと思ってます。

それ自体はそう思うのですが,最近芸能人にマラソンをさせるという企画が増えていて,東京マラソンでも松村邦洋が一時心肺停止したという話を見て,そういう方向では少し行き過ぎを感じます。もちろん,だからといって大会を止めろというつもりもなく,わたしは,この大会に限らず,事故が起きたからといって再発防止よりも大会を自粛を優先する動き自体は支持しません。現状そういう話は聞きませんけど。
でも,お笑い芸人とかが,仕事としてこういう大会に出る場合,多分マラソンにでれば,TV出演の仕事をとれる。そして大会当日に無事に完走する自信がなくても,番組の制作上出場を中止にできないとか,そういう構図が頭に浮かぶからです。TV出演とかじゃなくて家族や職場の応援を受けてる人も,そりゃ期待を背負っているから,無理したり,出場を中止とかしにくいところはあると思いますが,でも,なんかステレオタイプで申し訳ないのですが,芸人のTV出演とかだと,出場を辞めますとかいったら,周りが同情するより,「出てくれなきゃ困るよ,そういう企画で周りは動いているんだから」とかそういう感じで責めるようなそういう想像をしてしまうのですが,思い込み過ぎでしょうか?。
今回出ている芸能人を見ていても,明らかに普段から運動をしている人もいれば,そういう風にあまり見えない人もいます。競技選手だって時間をかけて調整する競技なのに,他の仕事で忙しそうな人だって結構います。TV的には苦しそうに走って完走するところを撮りたいのかも知れませんが,無理やり作り出した苦しそうなところをTVで観ても,わたしは感動しません。悪趣味だと思います。
お祭りは出ている人も見ている人も楽しめてのお祭りです。ハレの舞台にはリスクが伴うものかもしれませんが,そこにビジネスを持ち込むと,一人一人の意思で,そのリスクを回避できなくなります。マラソンに限りませんが,最近増えている芸人にムチャをやらせる企画は嫌いだし,こういうのにお祭りを利用してもらいたくありません。
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刑は何のためにある?

2009-03-20 08:32:58 | 社会
以前も書いた気がするが…。
個々の事件や裁判の内容についてコメントをするつもりはないのですが,某殺人事件の裁判判決とそれを聞いて納得できない遺族の映像を観ていて,相変わらず良くわからないなぁ…と思いました。
よくわからないのは,裁判というのは何のためにやってるのか?,特に凶悪事件の裁判…というか刑罰,つまり刑法ってどういう趣旨なんだっけ?ってことです。
真実を明らかにするっていう裁判の目的はとりあえず置いておいて,被告が犯人に間違いないとわかったときに話を絞ります。
犯罪者が刑罰を受ける目的というのは,いくつか考えられて,
(1)その犯罪者が二度と犯罪を犯さないようにする?,
(2)その犯罪者を更正させるため?,
(3)犯罪者を後悔させるため?,
(4)他の人が同様の犯罪を犯さないため?,
(5)その犯罪者の悪意を萎えさせるため?,
(6)遺族が納得するため?,
等等,いろいろ考えられますが,どれが正解なのでしょう?。そんなの法学者が考えれば良いのかもしれませんが,実際裁判員とか始まるので,どういう趣旨で判断するのかがわかってないと,なんか感情的に支離滅裂な判断をしそうです。
実際の刑法がどうかはわかりませんが,私自身は結構(1)の再犯防止が重要だとは思ってますが,精神鑑定で再犯の可能性があっても悪意がないってことで無罪になったりするのをみると,どうやらそういう趣旨じゃない様です。(2)の犯罪者の更正とか反省とかはよく判決で語られてますからこの辺が重要なのかもしれませんが,そもそも反省してるかどうかなんてわかるのか?という気もします。更正の可能性も解らないといえば解らない。自首したら刑が軽くなるというのは,反省とも取れますが,犯罪の犯罪の解明を促進するので,犯罪抑止のためともいえます。(3)はなんかリンチ的な発想です。(4)同様の犯罪を起こさせないというのは,ある意味見せしめでもありますが,そういう意味では(5)もそうですが恐怖心みたいのでそうしようというもの。(6)の遺族が納得するためっていうのはどうなんでしょう?,いやたぶんどういう判決が出ても納得なんて出来るものかな?とも思います。
仮に自分が裁くとしたら,どういう観点で裁けばいいのでしょう?。いや,上記のどれかだけが正解じゃなくて,そのバランスが大事だから裁判員みたいのがあるんだよという正解なんでしょうか?。
いずれにせよ,きちんと刑法の趣旨を説明したのを聞いたことがありません。説明するつもりはないのですかね?。
余談ですが,アメリカの議員が日本人は命で責任を取ると言ったそうですが,これって死刑があることとも関係があるんですかね?。
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いまどきの若者と音楽とJASRAC

2009-03-15 08:16:53 | 音楽・アート
年寄りっぽいサブジェクト:-)。
/.jpで,いまどきの若者は,非圧縮よりMP3の音を好むという話を読んで,へぇぇー,と思いました。興味深いけど,考えられることを書くと。普段MP3を聴いていたら,MP3の方の音をなじみある音と思うこと自体は不思議じゃないし,もしかして,音楽コンテンツ自体が,圧縮されることを考慮して作っていたら,MP3されることで変な音にならないようになっている可能性もあります。小さい音が消えるので聴きやすくなるのでは?という考察をしている人がいたのですが,それはどうかなぁ,一概にいえないかな。あと量子化雑音で音が変わるのが好みになってるというのは,音楽に種類によってはありえます。まぁコンテンツによるんだよねぇ。わたしみたいに北欧のジャズとかを聴く人は,ちょっとMP3の音はさびしすぎるかなと思うけど。
…。
その話は置いておいて,別件で,いまどきの若者はYouTubeがCD購入のきっかけになるというのを読んで,へぇー。と驚くのはその内容というよりも,そういうことをレコード協会が認めたということのほうに驚くという感じです。まぁそういう人もいるし,今後増えていくでしょう?というのは,何年も前から言われていたのに,コンテンツ業界は,ネットは音楽ビジネスの弊害になる,って感じの立場だったので,これで方針が変わるんでしょうか?。まぁYoutubeも映像とか包括契約してたりするので,音楽もそういう風になるのかもしれませんけど。
そして,「初音ミク」チャートインの話。初音ミクの音楽がメジャーレーベルからCDになっていく話ですが,注目はメジャーからでるのにJASRACに登録しなかったって事ですね。それゆえに二次利用しやすい形を残したまま,メジャーからCD化したということ。
JASRACに登録しないままメジャーから出すのはいろいろ抵抗もあったと思うけど,良くやったものだと思います。そしてこういう形でヒットがでたり,二次利用やYoutubeとの連携とか,そういうのがヒットの重要な一因になると,ますますこういう動きは広がっていくだろうし,そうするとJASRACの方も,権利管理の規約を変えざるを得ない方向になるのだろうなと思います。
…というわけで,著作権が今のコンテンツの状況に合わないといわれ続けて10年以上経ってますが,ついに変わり始めるのかな?と思ったので,そう書いておきます。
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民主主義の見えざる手

2009-03-14 07:51:26 | 社会
人間の活動の中で森を切ったり動物を殺したりすることを自然破壊という場合が多いですが,人間も自然の一部でしょ?という観かたをすれば,その破壊行動も自然の営みということもできます。いや,別にそれには賛同しないのだけど,物事の見方のバリエーションという話です。
キリスト教をちゃんと理解してるとは言いがたいので間違ってるかもしれませんが,聞いた話では,人間が科学や医療とかで,生命問題とか,物質生成とかそういうのに関することやっても,それもすべて神は知ってるし,神の見えざる手によって行っているということも出来る,観たいな考え方をする人もいるそうです。そういえば,アメリカとかの裁判の考え方に,疑わしくは罰せずというのがあるのは(本当にあるかは知りません),本当に罪を犯していたら,無罪放免しても,神の裁きはなんらかで受けるはずだ,という思想があるというのも聞いたことがあります。
まぁつまり人間がどういう恣意的なことをやっても,それは神の手だったり,仏様の手のひらだったり,はたまた運命だったり…てな感じでしょうか。
そういう風な感が方もあるよなぁとか思って,昨日の続きをちょっとだけ書くと,検察が恣意的に政治家の秘書を捕まえようが,マスコミが誰か政治家を拠ってかかって貶めようが,選挙活動が保証されていたら,それはそれで民主主義というシステムは保証されているのかもしれません。
昨日検察が逮捕しても,見逃しても,それは介入じゃないの?と書きましたが,だったら逆にどっちにしても,それは単に選挙民が政治家を選ぶための情報のひとつでしかないのではないでしょうか。実際,過去に牢獄から立候補して当選した議員もいます。
いや,これは屁理屈であり,それが良いなんて思ってないのですが,民主主義が大事だ,とか政治家秘書の逮捕が民主主義の危機だという意見を聞くと,じゃぁどういうのが民主主義なの?って良くわからなくなってしまいました。
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検察とマスコミと政権交代と

2009-03-13 06:39:43 | 時事
小沢さんの秘書が逮捕された件に関しては,あまり関心がありません。というか,意見がまとまらない。いろんな考えが浮かんで消えていく。
…。
もともとわたしは民主党は支持してないし,小沢さんも支持してない。次の選挙で,民主党が政権とるの?,大丈夫かよぉ~,って思っていたので,今回の話を聞いて,特にあわてなかった。というか元々そういう話あったよね。小沢さんがその辺からたくさん献金をもらってるっていうのは。なんでマスコミは突っ込まないのだろう?とずっと思ってました。政権とった時の材料として取ってるのかな?マスコミは?とか考えたりもしてました。
…。
とはいえ,政権交代が起きるか起きないかに検察が関与すべきじゃないという意見とかをネットで見ていて,まぁそれもそうだよなぁとも思います。でも選挙前だから検察が逮捕を保留していて,小沢秘書の話が時効になったら,それっていいんですかね?。それも検察が介入したってことになるよねぇ…とも思います。じゃぁいっその事,政治家からみの事件は逮捕をしないことにして,その代わり時効は無しってことで?。その人が引退したら一気に精算してもらうとかにしたらどうでしょう?って,まるでお隣の国みたいだ…とかとも思う。というか政治家自身はたしか不逮捕特権みたいのがあったようにも思うけど。
…。
民主主義にはコストがかかるので献金があるのは当たり前だとかいう意見も読んで,ごもっとも…とも思います。もっとおおぴらに献金を受けれるようにしたほうがいいかも,ともわたしも思います。そうしたら,政治家が誰の利益で動いているか良くわかりますよね。でも,なぜか日本の民衆は,政治家がお金をたくさん集めるのを嫌うようです。大体今の政治家って民主にしても自民にしても360度を向いているから無理がくる。誰の見方なのか全然わからない。全部にいい顔をしようとしてるから,政策に差が出ないし,矛盾がたくさんはらんでくると思います。
…。
検察が政権交代に介入するのはけしからんというのはわかるけど,マスコミが恣意的に政権交代をあおるのはOKなんですか?。今回の秘書逮捕の件も国策捜査だという印象を植え付けようと必死な気がします。時効の話をする局は本当に少ないと思う。
首相や政府高官の失言とか言い間違いは,細かく取り上げるのに,野党のお金の流れは知っていてもだんまりですか?。マスコミが狙ってるのは民意による政権交代ではなく,マスコミの力による政権交代ですか?という風には感じる。
…。
それでも政権交代はあったほうがいいと思う…という人もいるけど,わたしはそこまでして政権交代は必要か?という気はします。民主党がやってるのをずっと観てると,日本が焼け野原になってみんな不幸になっても政権交代があったほうがいい…と思っているようにしか思えない。だからわたしはそんな政権交代は不要だと思います。もっとよさそうな政策を挙げて,そっちの方がよさそうと思ったときに起きるもんじゃないの?。
政権交代がないから日本はよくない。交代が起きたらきっといいことがあるに違いない,と思ってる人がいるのかもしれないけど,何度も書いているけど,わたしは平成の連立政権で懲りました。あの時も騒ぎの渦中にいたのは,小沢さんだよね。まぁあの時は,政権交代があったおかげで日本社会党が無くなった。今度政権交代が起きたら民主党がなくなるのかな?と思ったりはしています。30%くらい冗談ですが。
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不幸を運命のせいにする知恵

2009-03-12 06:34:01 | ココロ
何度も書いているネタのような気がしますが,また書きます。
某こんにゃく菓子を赤ん坊とか老人が食べて亡くなるという「事故」があって,遺族がメーカを訴えるとかそういう騒ぎが,最近話題になっています。それに対してとあるブログで,「やっぱり事故だと思う」という意見とか「誰かの責を問うことは、自分の責ではない事を欲することの対偶」とかいう意見を読んでいて,思うことを書きます。
こんにゃく菓子の事故自体についての考察をここに書くつもりはありませんが,基本的にはリンクした二つの文章には賛同します。特に反論はありません。そしてこれに反応をしたのはその事故のことよりも「誰かの責任にしなければならないという、いまの社会の残酷さ」をわたしも感じるからです。
リンクのブログは二人ともお医者さまですから,その境遇で強く感じていることでしょう。病院で患者が亡くなった時に遺族が医者を訴えるのは最近は良く聞きます。病院は体調を崩した方が集まるところで,当然普通のビジネスより人が死ぬ確率は高いはずなのに,人が死ぬことをまるであり得ないかのように訴えられるのは,たまらないだろうな,と第三者のわたしは思います。でも訴える方の心情を想像するに,遺族である自分のせいにしたくないというのもわかりますし,それ以前に理由無く人が死ぬことが納得できないというものもあるのかなと思います。
でもわたしは,人は理由無く死ぬことはあると思います。いや,死因はありますが,人為的な理由とか,普段の行いとか,そういうのがなくても,不意に人は死ぬものです。
…。
昔は,そういうのって「運命(さだめ)」って言っていたのではないでしょうか?もしかしたら神様の思し召しと言っていたかもしれません。そういうのってどうして無くなったのでしょう?。
昔は死が日常にありました。子供が産まれて良く死ぬ,母親も助からないとかいうのは良く聞く話でした。子供が遊んでいるときに事故で亡くなるとかもありますし,年寄りは夏場は水に当たり,冬場は寒さで亡くなってました。戦争や戦が日常茶飯事だった頃は,頑丈な大人でさえ,すぐにどこかで死んでました。そういう場は,いまでも世界中にまだまだあります。
そういう人達が個々の誰々が死んだのは誰のせいだとずっと訴え続けているのでしょうか?。そういう人もいると思いますが,それをさらに社会全体が担ぎ上げるということがあってるでしょうか?。死んで残された個々の方々の辛さは大きいでしょうが,それを乗り越えて行かなくては自分も生きていけないし,コミュニティも回らない。死が日常過ぎるのもあるでしょうが,それを和らげるための知恵やシステムがあったようにも思います。
…。
中近東で生まれた某宗教たちがなぜそれだけの強力なミームを持っていたかというと,その教えの中に「なぜ我々はこんなに不幸なのか?」を明確に説明しているからではないか?とわたしは思ってます。そもそもあれら宗教は原罪で始まってます。その子孫達も罪を犯してますし,神様は物凄い試練を与えてます。また仏教は宗教とは言いにくいですが,仏教の背景にあるインドの宗教には輪廻という概念があり,現世の辛さは前世に依るものだとしてます。仏教の救いとは輪廻からの解脱というのも,生まれ替わりが嬉しいことではなく辛いことであるとしている考え方でしょう。
いずれも今我々がこんなに辛いのは,今の自分でも,自分の社会のせいでもなくて,それ以外の何かのせいだからと説明したので,当人達も納得したし,それを社会や権力者のせいにしなくて,社会システムとうまく融合したのでしょう。
考えてみたら,社会システムとうまく適応できないカルト宗教は,不幸を現在の社会や自分達のせいにしてるからうまくいかないのかも知れません。
…。
人が強力な不幸に陥ったときに理由を求めるのは本能の様な気がします。それはその不幸を逃れるための手段を見つけるための本能でしょう。そうやって物事の因果性を求めるのが人間の思考です。
人は病気になっときになぜ病気になったのかを考えます。それは今の病気を治すために必要な情報になるし,次の人が同じ病気にならないための手段になります。でも,病気によってはあまり意味がない場合もあります。わたしはガンになったときになぜガンになったか必死に考えましたが,最初にガンになるときと,再発するときは原因が違う場合が多いので,最初にガンになった原因がわかって,それをやめたからといって,再発の確率が下がるかというと謎です。新たなガンになるのを予防する意味はあるかもしれませんし,ストレスとか免疫力という大きな範疇での体調コントロールにはなるでしょうけど…。
そしてわたしはガンになって死ぬ思いをした自分は何が悪いのか?,誰のせいなのか?必死に考えましたが,当然ですが,答えは出ません。キューブラー・ロスによると人が死ぬ過程で「取引」という状態があるのですが,これも死ぬ事の理由を見つけ取り除こうとする行為でしょう。
…。
話がそれましたが,かっては日本でも人が死ぬことに特定の誰かのせいじゃない…と,うまく矛先をそらす知恵を持っていた様に思います。いつからそういうのがなくなったのでしょう?。誰かのせいにしないと自分のせいにされるというのは,結局特定の誰かのせいにしなければいけないというシステムが動いているからです。そこで「運命」と言って納得することはできないのでしょうか?。
宗教を勧めているわけではありません。ましては人が死んでいくことを積極的に肯定しているわけでもありません。人が死ななくなるように知恵を絞り努力していくことは重要です。そのためには論理的に考え科学的に分析することも重要です。だからこそ,無意味に誰かに責任を負わせることも,再発を防止する効果がなければ意味がありません。医療従事者を減らしたり,遺族をイタズラに貶めるだけなら,論理的に考えても悪影響の方が多いです。
あることで人が死ぬことには原因があり,それは分析して防止策をつくることは重要でしょう。でもその事で,なぜその特定の人が不幸になったか?というのは,出口のない問いかけの様な気がします。なぜ自分(の家族)なのか?,それは運命のせいにしてもいいかも知れません。わたしは自分については,今はそういう心境にとりあえず落ち着いてます。
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会社の仕事

2009-03-05 22:33:32 | 社会
検索すればすぐに引っかかるだろうからリンクしませんが,漫画家佐藤秀峰氏のWebが話題になっていて,そこのプロフィールのページに佐藤秀峰氏が生まれてこれまでの人生についてマンガで描かれてました。話題になってるのはブラックジャックによろしくというマンガがモーニングからスピリッツに移った経緯,もっと前から他の雑誌でもいろいろと秀峰氏が納得いかない扱いを受けていて,その辺の事も書かれてます。
わたしがよく見るページはマンガとかアニメファンが多いので,基本的には秀峰氏よりも雑誌社の行動に批判的ですが,わたしは秀峰氏が描いた内容にもかかわらず,雑誌社のやったことにも一理あるな,と思うところが結構ありました。特にセリフを書き換えたり,監修者をつけたりとかいうのは,トラブルを避けるという会社としては当然の行動だと思います。もっともそれに対して名前をさらして仕事をしてるのは自分だといっている秀峰氏の言い分も納得できるものですが,まぁ会社というのはそういうものです。原稿料も経費を作者の要求通りに認めていたら立ち行かないでしょう。本人の知らないところでキャンペーンをかけたりムック本を作るのも経営という観点ではありうるでしょう。
ただ,真実はわかりませんが,編集者や雑誌社が秀峰氏を事前に納得,もしくは説得できなかったのは,編集者達の落ち度だと思います。そういう意味では,編集者がきちんと仕事をしてないように読めます。
仕事をする組織というのは,実際に作業をしている人以外に大量の人がいます。そういう人がいる理由は別に仕事を手伝うためじゃなく,作業をする人が仕事を進めるにあたり起き得る色んな障害を取り除くためにいて,本人がそういうのをストレスに感じないようにするのが仕事です。外部からのトラブルを避けるために内容を書き換えたり,エクスキューズを書いたり,また費用を捻出できないとかいろいろあるでしょうが,それを本人にうまく伝えることこそが仕事でしょう。きっと結果的に同じ仕打ちを秀峰氏が受けていたとしても,うまくやれば,本人は納得,納得いかないにしても我慢できたかもしれません。
まぁ,でもこの編集者の仕事の悪さは反面教師として参考にしないといけないなとも思いました。
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