京のたんぽぽ日記

夫婦共にリタイヤ後の生活を綴っていきます。
日本ぶらり旅や、京都のおいしいお店、海外旅行にも行けたらいいけど。。

東北の旅7 白虎隊

2016-05-26 00:15:00 |  国内旅行

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東北の旅7 白虎隊
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東北の旅17 ナチュラルパークツアー華厳の滝・中禅寺湖
東北旅行18 日光・中禅寺・龍頭の滝
東北旅行19 明治の館~京都

東北旅行6 会津若松 鶴ヶ城の続きです。

3月5日(土)

さて、次に向かったのは飯盛山です。
飯盛山は、幕末の頃、白虎隊の少年兵が自ら命を絶った場所。。

父との思い出

実は、会津若松にぜひとも行ってみたかったのは
父が亡くなった時の思い出があるからなんです。
気付かぬうちに、私は、
父が亡くなった年とおない年になってしまいました。

父が亡くなったのは、1986年の11月。
もう、30年も前のことです。

その前年から日本テレビで、12月30日31日の2夜連続
年末時代劇スペシャルが放映されました。
1985年の初回、忠臣蔵を見て面白かった~と感動した父は
1986年12月放映予定の、白虎隊もとても楽しみにしていました。

白虎隊は、戊辰戦争の会津藩の悲劇を描いた物。
この年の年末のテレビを楽しみにしていたのに。。
まさか自分が11月に死んで、12月の白虎隊の時代劇スペシャルを
見れないなんて、父も思っていなかったと思います。
父は長く腎臓を患っていましたが、10月ごろ入院、
その後肺炎をこじらせての死でした。

父が亡くなって2か月も経たない12月末、
堀内孝雄さんが歌う 愛しき日々の歌をバックに
放映された白虎隊の時代劇。

私は、その時代劇を涙いっぱいで見ながら
父にも見せてあげたかったな~と思ったものでした。

そして、いつか、白虎隊の地、会津若松の飯盛山に
父の代わりに行こう。。というか、
いや、そんなたいした事ではありませんが、
いつか行ってみたい。。と思うようになっていたんです。

飯盛山

タクシーの運転手さんに連れられて、
今その飯盛山へやってきました。

飯盛山は、会津若松市街の東2キロにある
会津の町を一望に見渡す小高い山。  

この階段を上がっていくらしいのですが。。

 この階段を上がられますか?それとも近くまでいきましょうか?

と言われ、二人とも、近くまでお願いします。 
(階段横には有料のエスカレーターもあるそうですが。。)

タクシーが停まったのは、奥州會津飯盛山本参道と書かれた
道のすぐそば。

こちらの方が本来の参道だそうですよ。

鳥居の下をくぐり、坂道を歩いていきます。

 

と、坂道を上がった所に小さな池と洞穴がありました。

戸ノ口堰洞穴

猪苗代湖の水を会津地方に引くために掘られた
戸ノ口堰洞穴(とのぐちせきどうけつ)です。

戊辰戦争時、戸ノ口原で敗れた白虎隊20名が
飯盛山目指して潜った洞穴だそうで、

長さ約150メートルの冷たい水が流れる洞穴を、
水に浸かりながら命からがら進んだ洞穴なのだそうです。

こんなに小さくて狭い洞穴を少年たちが必死で
進んだなんて。。

 白虎隊

会津藩の武士の男の子たちは、10歳になると日新館という
藩の学校に入学する決まりになっていました。

白虎隊(びゃっこたい)は17歳以下15歳までの日新館の生徒ですが、
戦争が始まると、生徒たちは調練場で厳しい訓練を受けていました。

会津の隊には、

玄武隊(げんぶたい):50歳以上
青龍隊(せいりゅうたい):49歳以下36歳まで
朱雀隊(すざくたい):35歳以下18歳まで
白虎隊(びゃっこたい):17歳以下15歳まで※のちに16歳まで
その下に、幼少組:15歳14歳があったそうですが、

このうち、もっとも強い朱雀隊が第1線にくりだし、
青龍隊が国境を守り、玄武隊、白虎隊、幼少隊は控えでした。

ところが、新政府軍が国境に迫り、
会津の危うきを見ていた白虎隊の少年たちが自ら申し出て、
白虎隊は朱雀隊のように戦いに臨むことになったのです。

こうして力もなく経験も少ない少年兵の白虎隊が、
青年たちと同じように戦うことになったのでした。

こちらは、白虎隊が辿った道を表した石碑。

 

 本来白虎隊は300名以上いたらしいのですが、
この飯盛山にやって来たのは中二番隊の20名だったそうです。

飯盛山自刃の地

新政府軍の猛攻から逃れ、冷たい水の中を必死に走り
やっとたどり着いた飯盛山。

でも、その飯盛山から見た城下町は火の海となり、
鶴ヶ城は黒い煙に包まれていたのです。

まだまだ経験も少なく幼く疲れ切った少年たちは、
鶴ヶ城ももはや落城し、自分達の帰るところはもうないと
集団自決を選んだといいます。

ここから見る景色は、そんなに高い建物もなく
少年たちが見た時の景色と今もそんなに変わらないのだそうです。

 

ここからだと拡大しても小さくしか見えない鶴ヶ城、
赤い火と黒い煙に包まれ、落ちたように見えたのでしょうか。。

でも、本当は、鶴ヶ城は落ちていなかった。。

が、落ちたと誤認し悲観して自決したのではなく、
このまま敵に捕まっては、主君や家族に申し訳がたたないという気持ちで、
武士の息子らしく潔く自刃したのが真相だとも言われているそうです。

どちらにしても、幼い少年たちが自ら命を絶った
自刃の場所はこちらです。

しかも、自刃した少年の遺骸は、
新政府により、動かすことを禁じられていたそうで、
自害後三か月もそのままにされていたのだそうです。

そのあまりもの悲惨さに、村人が遺体を埋葬してくれたのだとか。。

綺麗な空の青が、こんなにもむなしくこんなにも哀しく感じるのは
初めてです。

 

運転手さんは、
ここでの白虎隊の話は有名だけど、
本当は、その話の影に何百もの少年兵の死があるんですよ。。
知られてないけれど。。と言ってられました。

歴史が好きだった父に、白虎隊の地に来たよ。。と伝えた時、

あの年、時代劇白虎隊の中で流れた堀内孝雄の「愛しき日々」の

かたくなまでの一筋の道
 愚か者だと笑いますか。
 もう少し時がゆるやかであったなら~
というフレーズを思い出しました。

本当に時代の流れ方がもう少し違っていたら、
そんなにたくさんの若い命が消えることはなかったかもしれない。。
と、切なくなってしまいました。

白虎隊士の墓

白虎隊自刃の地をから戻り、白虎隊士の墓へ行きました。

こちらが、その白虎隊19名 のお墓。
お墓の写真はあまり撮りたくないので、この一枚だけですが、
京都の黒谷さんにある会津藩士のお墓によく似ています。

そのことを運転手さんに話すと、

そうなんですか~。京都の会津藩士のお墓は
白虎隊のお墓に似ているんですか~。と感激され、

一度京都の会津藩士のお墓参りに行ってみたい。。
会津の人でそう思っている人はたくさんいますよ。
私もいつか行ってみたい。。と言ってられました。

白虎隊20名の中でただ一人生き残った
飯沼貞吉さんのお墓は、貞吉さんたっての希望で
白虎隊が自刃した場所と19名の墓の間に造られました。

貞吉さんは、生き残ってしまった自分を恥、
会津の地から離れてしまい、
白虎隊のことを話すことはあまりなかったそうですが、
最後に貞吉さんが語ってくれた事で、飯盛山で自刃した白虎隊の話が
人々に知られることとなったのです。

ローマ市寄贈の碑

白虎隊のお墓の近くには、鷲が翼を広げた
トーテムポールのような塔があります。

これは、白虎隊士の精神に深い感銘を受けた
ローマ市からの寄贈だそうです。

ポールは、なんと、噴火で埋没滅亡したイタリア南部の都市
ポンペイの遺跡から発掘された神殿柱なのだとか。。

こんなところで、ポンペイの遺跡に会えるなんて。。
なんだか、びっくりです。。

 宇賀神

白虎隊十九士之霊像が安置されている宇賀神堂 。

 正面上に掲げられているのは「白虎隊士自刃之図」。

白虎隊十九士之霊像の手前の写真には
蘇生して生き残った飯沼貞雄(貞吉改名)さんの写真も飾られていました。

 

会津は教育に熱心な藩で、
会津の武士の息子たちは、10歳で日新館入る前の小さい頃から

年上のいう事に背むかない、
卑怯な行いをしないなど、
色々なおきてを厳しく教えられてきたといいます。

「ならぬことは ならぬものです」

将来、りっぱな武士となるためのおきて
でも、それをかたくなまでに守り抜こうとした
少年たちの思いが、集団自決という悲劇につながったのかも
しれないと思うと、改めて教育の難しさ大切さを感じました。

 東北旅行8 会津若松さざえ堂と武家屋敷へ続きます。

 


 参考

白虎隊20名の中でただ一人、喉をついて生き残った
飯沼貞吉さんに関する動画を最近見つけました。
新たな発見があって感動でした。
この放送を作成したのが、元長州藩の山口放送だというのも
感慨深いです。

  https://youtu.be/y25ejczLUGg

  

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