京のたんぽぽ日記

夫婦共にリタイヤ後の生活を綴っていきます。
日本ぶらり旅や、京都のおいしいお店、海外旅行にも行けたらいいけど。。

恩師の死

2013-04-15 11:21:00 | 心に残る出来事

長い冬の寒さを抜け出て、春の日をほんの少し感じ始めた頃、
一枚の葉書きが我が家に届きました。

私が中学生の頃の理科の先生が亡くなられたという
訃報の葉書きでした。

先生には、中学を卒業してからもずっと年賀状を出してきましたが、
きっとその年賀状を見て、私にもお知らせ下さったのだと思います。

息子さんであろう差し出し人の名前、

すでに親族だけで葬儀も終えられたとの文面、

え。。先生が亡くなられたんだ。。。とびっくりするとともに、
急に先生の事が懐かしく思い出されました。

 

当時の先生は、背が高くて、浅黒くて、すっごく男らしい
素敵な理科の先生。

中学校の女の子の生徒達は、みんな大ファンで、
結婚されたばかりの先生を、きらきらした瞳でみていました。

スポーツマンタイプで、厳しい時は厳しく
でも、時々、突然面白い事を言ったりする先生は
男の子たちにも人気の先生。

当時私は生徒会の役をしていたのですが、
先輩達といっしょに、生徒会の顧問だった先生を囲んで、
色々な話をしました。

生徒会の話だけじゃなくて。。
いや。。。それ以外の話の方が多かったかな。

気がつけばいつも、教室の窓から見る夕暮れの空が
オレンジ色に染まっていた事を懐かしく思い出します。

 

実は、私が理科が好きになったのは、先生のおかげなんですよ。

先生が説明すると、ややこしい化学反応式の係数が
まるで魔法の様にすらっと分かって。。

すご~いと思った瞬間、理科が好きになったように思います。

皆が大嫌いだという亀の甲の化学式も、
パズルみたいに解くのが面白くて。。
うそ~っ信じられない。。て友達には言われましたけど。。

 

そんな話や、今の私の事や、
もうすぐ二人目の孫が生まれる事などを綴って、
先日、先生の息子さん宛に手紙を送りました。

本当は、先生に直接話したかったな~。

もうすぐ私も還暦なので、還暦になったら友達と一緒に
先生に会いに行きたいねなんて言っていたのに。。。

もう後数年お元気でいて下さったら。。と思うと残念でたまりません。

 

今は、お仏壇の上に添えられた昔の教え子からの手紙を、
にこにこと笑いながら読んで下さっている先生を想像しながら、

先生の御冥福をお祈りしたいと思っています。

 

 

 

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ディズニーランドの修学旅行

2008-06-06 00:11:15 | 心に残る出来事
先日、近所の中学3年生の男の子と話する
チャンスがありました。

中学3年生というと、難しい年頃ですが、
この男の子(以下A君と呼びます。)は、
声をかけたら気さくに色々な話をしてくれます。


修学旅行で、ディズニーランドに行ってきたというA君に

「ディズニーランドは楽しかった?」と聞くと、

「うん。。まぁまぁかな。」

「え。。そうなん?色々なアトラクションがあって 
楽しかったんと違うん?」
と言ったら、

「二つしか乗ってへんねん」と、A君。

「え。。なんで?そんなに混んでたん?」

と聞く私に、A君はディズニーランドでの話を聞かせてくれました。



A君の話によると、

修学旅行は6人のメンバーで周ることになっていたそうなのです。
でも、その内の二人が、二人で周るしと言って抜けてしまい

もう一人も彼女と周りたいと言って抜けてしまったらしいのです。
え。。中学生が、彼女と周るの?。。と、私は思ったのですが、
まぁ、それはさておき、

残ったメンバーは3人。
その内の一人が障害を持った男の子で(以下B君と呼びます。)、
大きな音を聞くとパニックを起こしてしまうらしいのです。

大きな音がだめなので、アトラクションに入る事はできず、
3人でうろうろとして、ベンチで休憩するうちに
B君がベンチで寝てしまったらしいのです。 




二人で起こそうとしても、全然起きないB君。

「え~~、それでどうしたん?」

「いや、。。ずっとついていたよ。」とA君。

寝てしまったB君を一人置いていくわけにもいかず、
二人でそばにいたというのです。

「先生は?先生に頼めへんかったん?」

「先生は、監視で周るのに忙しくてついてられへんねん」

そんな。。せっかく修学旅行でディズニーランドに来たのに。。と
なんか私の方が、悲しくなってきてしまい、

「そんな。。。、色々と乗りたかったやろうに。。」と絶句。

「まぁ、人も多かったし、どっちにしても
そんなにたくさんは乗れへんかったと思うわ。
だいいち、ほっとけへんし。」
とA君。

なんだかA君の方が大人です。。


結局2時から7時半までB君に付き合ったA君達は、
7時半になってようやく交代してもらい、
アトラクションに乗ったというのです。

それも、皆が夜のパレードを楽しんでいる時間に
パレードを見ないで二つだけ。。。



「もう、めちゃめちゃ、えらいな~。
 ほんまに優しいんやな~」。
と感動する私に、

「優しいやろ?」と、照れたように笑うA君。

「なんか。。。すごい感動した。。 
私も見習わなあかんな~。。」
と、なんだか涙がぽろり。

「あはは~」

私の心に、温かいものをいっぱい残し、
爽やかに笑ってA君は去って行ったのでした。


中学校の先生も、A君たちの優しさを知った上で 、
この子達なら。。と同じグループにされたのかも知れませんが、

大変やったわ~とか、しんどかったわ~とか、損したわ~とか
そんなことは一言も言わないで、
さらっと話すA君に真の優しさを見せてもらったようで。。

今、自分の事しか考えない若者が増えているといいますが、
まだまだ、この日本、こんな素敵な子がいるんだと
あらためて感激。

これからの日本、明るい未来も少しは待っているような。。
そんな気がしました。








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心に残った人

2007-12-29 00:47:05 | 心に残る出来事
先日バスに乗って四条河原町へ行った時のことです。
バスに乗ると、70代くらいの女性の横の席が一つ空いていました。

「すいません。。」と小さな声で言って座ると、にこっとされたその人。
とってもお洒落な方で、指輪にネックレス。。

でも、キンキンギラギラではなく、
洋服とのコーディネイトを考え、上手に組み合わせてされています。

座って1分もしない時、その人が

「あっ。。」っとちょっと大きな声を出されました。
「いや~。左右違うイヤリングをしてきたわ。。」
ひとり言のように言われています。

思わずその人の方を見ると、
手のひらに違う形のイヤリングが2個。
たしかに色は似ているけど、
一つは石、一つは織物のイヤリングなのです。

もともとイヤリングが大好きな私、
石のイヤリングがなんとも素敵で

「素敵なイヤリングですね~」と思わず声をかけてしまいました。

「そうでしょう~。これはね○○温泉で買ったものでね。。。」

と、購入時から今に至る説明が続きます。

「私、イヤリングが大好きなんですよ。」と言ったのを皮切りに

「まぁ、そうなの~。

と、その方は完全に私の方をむいて、お話モード全快。

話はイヤリングのことで盛り上がり、
ピアスのこと、アクセサリーの事と続き、

私たちが知らない者同士である事を知っている周りの方に、
チラチラと見られながらも、二人で、話が弾むこと弾む事。

「ねぇ、どこで降りるの?」と聞かれ、

「四条河原町です。」と言うと、

「よかった~。じゃあ、いっしょね。」

「そうですね~。」 

四条河原町で降りるまでの20分間ほど、
ずっと話し続ける事になりました。

と、その方が大事そうに定期入れを出し、
見せてくださったのは、娘さんの写真でした。

「綺麗な方ですね~。」と言うと、

「今年の1月に、47歳で亡くなったの。。」と。

「え~~え。。。と、私は言葉もありません。

娘さんの病気のこと、亡くして辛かった思い、
それでも辛い体験から立ち直り今は元気なこと。。

まだ、1年にもならないのに、
どうしてそんなに明るくいられるのか不思議がる私に

「あの子の人生はきらきら輝いていたの。
だから、幸せで凝縮された人生を送ったのだと
思うことにしたのよ。」
 と、おっしゃいます。

四条河原町に着き、

「見ず知らずの人とこんな事をおしゃべりしたのは
初めて。。聞いてくれてありがとう。。」


と明るく笑って、その方は雑踏の中へ。

私こそ、こんな経験は初めてで、色々な話を聞かせて頂き、
人生の先輩から、人としての生き方や心の持ち方を
教えてもらったような気がしました。
ありがとうございました。




それにしても、今年はどうしてこんなに強く、明るい人と
ばっかり出会ったんだろうか。。

御近所で知り合った方といい、今日の方といい
お二人とも、今年、娘さんを亡くされているのに
もう、私以上にすっごく明るく、元気いっぱいなのです。

*御近所で知り合った方のお話はこちらからどうぞ。

                      「彼女の癌が消えた!」

この方も、本当に明るく強く、元気パワーいっぱいの方なのです。



人には、それぞれ外から見ただけでは分からない
色々な辛い思いや、悲しい出来事があり、

そんな思いを抱えつつも、前向きに明るく生きて
いかなければならない。。

お二人から学んだ事は大きいような気がします。


お二人のようには、
なかなか強くなれそうもありませんが、今の、
普通に暮らせる日々(悩む事はそりゃありますが。。)に感謝して、

私も、明るく頑張って生きていきたいと思いました。


さて、今年はこのブログで最後になると思います。
30日から1泊で城之崎まで蟹を食べに行く予定なのですが、
30日からの大雪情報が飛び交っていて、
だ、だいじょうぶ。。と、ちょっと心配しています。

雪の露天風呂には憧れるけれど、
行き帰りには降らないでほしい。。なんて甘いことを
思ってますが、どうなるんだろうか。。


今年の1月10日からブログを始めてもうすぐ1年。
私のこの拙いブログをいつも見て下さっていた方、
本当にありがとうございました。

また、来年も続けて書いていこうと思っています。
どうぞ、よろしくお願いします。

どうぞ、皆様よいお年をお迎え下さいね。

では、また来年。



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彼女の癌が消えた!

2007-10-11 08:50:30 | 心に残る出来事
最近お知り合いになった方に、
とっても明るくて元気のいい
奥さんがおられます。
年の頃は、私とだいたい同じ位。

ご近所の方で、初めてお会いした時、
彼女の元気さ、テンションの高さ、明るさ
そのどれもに圧倒されるくらいでした。

でも、無理をして明るくしているという感じは微塵もなく、
彼女の明るさは、天性のものなのだと、
その場ですぐに分かりました。

彼女の事を 「お母さん」と呼ぶ、これまた最高の笑顔の
かわいく明るい女の子がいっしょだったのですが、
小学生にもなっていない幼児さんで、
お子さんにしては小さいな。。。と思っていたら、
彼女は、その女の子のお祖母ちゃんでした。

話を聞いていく内に、女の子のママ、
つまり彼女の娘さんは病気の為、3ヶ月ほど前に
亡くなっておられた
ことがわかりました。
え~~!3ヶ月前に。。。と、
それだけでも驚きなのに、彼女は、

「私は癌なんですよ。いつ、どうなるかわからないし
その時は、おまえがちゃんとこの子を育てないといけないんだよと、
療養中の娘に話していたのに、先に逝ってしまうなんて。。」

と、話されるのです。

まさかそんな辛い状況に、彼女が置かれているなんて、
夢にも思わない位、彼女は明るく、
私は本当に信じられない思いでした。

携帯の待ち画面に使っている亡くなった娘さんの着物姿の写真
「見てみて、かわいいでしょう。。」と、
見せて下さった時だけは、声を詰まらせておられましたが、

それでも、すぐに
「この子も、ママに似て本当にかわいいでしょう~」と、にっこりされます。

正直、こんなに強い人がこの世の中にいたんだ~と思うほど
本当にすごい!と思いました。

もしも、私が彼女だったら、どうなっていただろう。。
もちろん、そんな事を考える事自体怖いけれど、
でも私だったら、到底その悲しみから立ち直れず、
まだまだ泣き暮らしているような、そんな気がしました。

その後も、彼女と何回かお会いしてお話をするのですが、
彼女の明るさ、女の子の明るさはいつも変わらず
本来なら、母親を失くして、沈み込んでしまうだろう子供の気持ちを
自分自身は癌であるにもかかわらず
こんなにも明るくしてあげられる彼女の明るさ、強さに
毎回、感動していました。

そんなある日、その女の子と話していた時、女の子がポツリと
「お母さんね、また入院したらどうしよう。。」
と、言うのです。
まだまだ、小さいとはいえ、やっぱりママを亡くし、
今度また、お母さんと呼ぶ人を失ったらと、
幼い心で怯えていたのだと思います。

「大丈夫だからね。お母さんは絶対に大丈夫だからね。」

と言いながら、思わず女の子を抱きしめてしまった私ですが、
本当にもしも彼女になにかあったら、この子はどうなるのだろう。。
と心配でもあったのでした。

ところが、ついこの間、彼女と会った時
彼女がいつものテンションで
「ね~。聞いて、聞いて~。」と言うのです。
「この間の検診でね、癌がなんと消えてたのよ。」と。

「え~~!本当?!よかったね~!」
嬉しくて二人でおおはしゃぎ。

「奇跡が起こったのよ。抗がん剤治療ももうせずに、
後は経過を見るだけでいいんだって。
これで、○○ちゃんの事を、ずっとみてあげられる」
と、本当に嬉しそうな彼女。

彼女の明るさが、
癌に、ここは俺の居場所じゃないと思わせたのではないかと
私は思いました。

彼女の本物の明るさが、癌を治したのではないかと。

でもひょっとしたら、亡くなった娘さんがお母さんの事を助け、
我が子のことを母に委ねたのかもしれません。

実際のところは、何もわかりませんが、
彼女の明るさが生きる力の大きな源であることは
違いないと思います。

どんな状況の中でも持ち続ける彼女のあの明るさ。。

普段は明るくても、何かあったらすぐに落ち込んでしまう私は
なかなか、彼女ほど強くはなれそうにないけれど、

それでも、
どんな時にでも、明るく生きることの大切さと素晴らしさを
学んだような気がしました。









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母の日の薔薇の苗。

2007-06-01 09:17:42 | 心に残る出来事
今日から6月。
いよいよ梅雨のシーズンに入っていきますね~。

梅雨のじめじめした空気を吹き飛ばそうと
ブログをさわやかなデザインに変えました。
どうでしょうか。。

さて、うちの玄関のプランターに赤い薔薇の花が咲いています。
この薔薇の花の苗は、昨年長男が母の日に送ってくれたもの。

長男が働き出して初めての母の日、
「お花の宅配便で~す。」という言葉に玄関に出てみると
縦横40センチ四方、高さ80センチ位の大きな箱を抱えたお兄さんが、
母の日の贈り物ですね~と言わんばかりのにこにこ顔で立っていました。

「ありがとうございます。」と見てみると長男からのお花の贈り物。
え~本当~
その箱の大きさに、どんな大きな花束が入ってるんだろうと
開けてみたら、新聞紙や詰め物が次から次から出てきて。。
最後に出てきたのが、薔薇の花の苗でした。

かわいい薔薇の花の苗。。大きな花束ではありませんでしたが
長男の気持ちが嬉しかった。。
でも、長男も薔薇の苗があんな大きな箱に入って届いていたとは
知らなかったでしょうね~

あまりガーデニングは得意でない私なのですが、
これは枯らすまいと、お水や肥料をあげて世話をし、
昨年は赤い薔薇の花をたくさん咲かせてくれました。

でも、冬になるとほとんど枯れた状態で、
もうだめかな。。と思いつつそっとおいていました。

その薔薇が、春になるとまた緑色の新しい葉を出し始め、
そして、なんとまた今年も赤い花を咲かせたのです。



嬉しい~
赤くてかわいい薔薇の花。
この花を見るたびに長男の事を思い出します。

元気で頑張って~
そして、ブログも更新してね。
。。と、これは長男へのメッセージです。









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国立大学合格発表。

2007-03-10 18:55:56 | 心に残る出来事

友達から、お嬢さんが大学の医学部に受かったとの
メールが届いた。
本当によかった~。一生懸命の努力が報われて
本人もご家族もどんなに嬉しい事だろう。

先日、たまたま出会った時に
「吉報を待っているからね。
と言って別れたのだが、本当に春一番の吉報を届けてくれた。
ありがとう~本当に嬉しかったよ。

しばらくすると、違う友達から電話があった。
今度は○○さんの息子さんが、やはり大学の医学部に
合格しはったよと。二浪の後の喜びの春だった。

よかったね~やったね~と言いながら
そこで、やっと気がついた。
そうか。。今日は国立大学の発表の日だったんだ。
それで、吉報が続けて飛び込んできたんだ。。と。

 

そういえば、うちも四年前の今日は、
次男が医学部を受け、はらはらどきどき、
何も手がつかない状態で合格発表を待ち、
合格と聞いた途端、電話を握り締めて泣いたっけ。。


本当にほっとするやら、嬉しいやら。。
その後は、本当に家族皆でお祭り騒ぎだった。



一年前、だめだと分かっていても、発表が終わり
不合格がはっきりした時は、暗い、世の中から取り残されたような
寂しい空気を一瞬感じたものだった。

でも、勝負はこれからや
夢を諦めずにがんばろうとする次男に、
家族皆が応援していこうと誓った。


その頑張りが実を結んだのだ。
この一年間、本当によく頑張ったな~って
わが息子ながら、褒めてあげたい。

 

 次男合格発表の日の思い出は  こちら

 

3月上旬  国公立大学前期試験合格発表

合格発表の結果、


長い受験勉強から開放され、喜びに満ち溢れている多くの受験生が
いる一方、だめだったショックから一日でも早く立ち直り、
後期に向け頑張ろうとしている受験生もたくさんいるはずだ。

今はまだ前期試験発表だけれど、3月下旬の後期試験発表の後は
色々な家庭で、色々なドラマがおきるのだろう。

喜びの春を迎え家族みんなの笑顔と笑い声で溢れる家庭。
合格という喜びから取り残され、暗く辛い思いの中にいる家庭。


たった1点の差が生み出す、運命の違いは
余りに大きすぎて、過酷にも思える。

誰だって、皆勝者になりたいのは決まっている。
でも、今年は敗者であっても、また来年はやって来る。
来年には、勝者にきっとなれる。

そう信じて、ひたすら努力する。
みんな、そうして試練を乗り越えて合格を得ているのだ。


その試練を乗り越えて夢をつかんだ若者には
惜しみないおめでとうの言葉を

残念な事に、今年だめだった若者には、
諦めずに、来年目指して頑張れとエールをおくりたい。

今のさ、悔しさは、きっと君に頑張り通す強さを与えてくれ、
今の悲しさ、空しさは、きっとの苦しみがわかるやさしさ
与えてくれるよ。



なんだか、不合格者への応援メッセージのように
なってしまったかな。。
とりあえず今は後期試験に向けて頑張れ~






























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友人の一周忌に想い出す

2007-03-08 10:29:41 | 心に残る出来事
今日は私のとっても親しかった友人一周忌でした。
友達と二人で、彼女の家に花を届け、お参りをした後
彼女の娘さん達と1時間半も話し込んでしまいました。
学校の事や、職場の事、恋愛の事や、将来の夢。。
思い出話や、楽しい会話は、なかなか尽きません。
なんだか、彼女もいっしょに楽しそうに
聞いてくれているような気がふとしました。

彼女とは、子供が本当に小さい頃からのご近所付き合いで
同い年の子供を持つ私達は、お互いに助け合いながら子育てをしたり、
たまには子供を交えて、お食事会やお茶をしたり。。
私よりちょっとお姉さんで専業主婦だった彼女は
仕事を持っている私の事を
「無理したらあかんよ~」といつも心配してくれていました。

そんな彼女昨年の春、亡くなったのです。
ご主人と3人の子供を残しての旅立ちでした。
一番下の女の子は、高校入試が終ったばかり、
まだ、合格の知らせも知らないうちに。。

自分が癌であるということは、彼女自身も知っていたし
私もその話は聞いていました。
でも、手術はうまくいったし、もう大丈夫という
彼女の言葉を、私はそのまま信じてしまっていたのです。

冬は寒くてなかなか出られないけど、暖かい春になったら
またいっしょにごはんでも食べに行こうね~。
秋には、そう言っていたのに。。

彼女との想い出は本当にいっぱいあるのですが、
いつの日の彼女も、前向きで、しっかりしていて、明るかった。
町内の役や、学校の役も、あらかじめ相談しておいて
いっしょにやったりしていたのですが、
今でも忘れられない彼女との想い出が私にはあります。


あれは、私達の子供がまだ小学校の低学年頃の事だ。
その当時、私達の地域では、毎年町内対抗の
キックベースボール大会が行われていた。
が、私達の町内は一度も出た事がなかった。

その年、二人で町内会子供会役員を引き受けた私達は
今年は出てみようよと話し合った。
二人で相談して、まずは町内の高学年サッカー部二人を
口説き落とす事にした。
初めは、いや~僕は。。と言っていた彼らだったが、
何回か家を訪ねてお願いするうちにとうとうOKを出してくれた。
彼女と私はやった~大喜びだった。

そうなると、話は早い。私達の子供達もまじえて人数をそろえ
出場登録。なんとか初出場にこぎつけたのだ。
ルールさえ知らない子供達に、私達も覚えたてのルールを
二人で教え、公園で何回か練習をさせた。
「よく、がんばったね~」と彼女は明るい笑顔
子供達にジュースを配っていた。

そして、当日。なんとか一回戦くらいは勝ってほしいな~という
私達の思いを遙かに越え、チームはとんとん拍子に勝ち進み、
とうとう優勝決定戦まできてしまったのだ。
彼女も私も、まさかの展開に目を見張るばかりだった。

そして私達の町内は、ついに初出場で初優勝
成し遂げてしまったのだ。
予想もしない出来事に驚きつつも、私達はどんなに嬉しかったことか
「信じられへん。。。」と言いながら、手を取り合って喜んだ。
急きょ、優勝祝賀会をハンバーガーショップで開いた時、
「やったら、何でもできるんやね~」と言った彼女の顔は
日に焼けて真っ赤だったけど、きらきらと輝いていた。
本当に諦めずに頑張れば、どんな事だってできるんだ
という事を、私達にも、子供達にも教えてくれた出来事だったのだ。




あれから何年かたっても、あのキックベースボール大会の事は
時々私達の話題に上りました。

「ほんまにあの時二人とも頑張ったよね~」
「ま、若かったしね。でも、二人やしできたんやな。。」
[それは、ある。本当に嬉しかったな~」
「うん。本当に本当に嬉しかった!」


そうや。。。彼女とそんな会話をする事も、もうないんや。。

ふと、キックベースボール大会は今もつづいているのかなと思いました。
子供達が大きくなってしまってからは、そんな事さえ知らなかったのです。

もし、今も続いているのなら、今度一度見に行って見たいな~
「頑張れ~!走れ、走れ~!」と大声で応援していた
あの日の元気な彼女に会えそうな、そんな気がするのですが。。





















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らっぱ水仙

2007-03-07 14:58:07 | 心に残る出来事
1週間の2006年タイムトラベルから帰ってきたら、
2007年は春盛り。ぽかぽか陽気だった。

玄関前で咲いている花も今は色とりどりでとってもかわいい。



実はこの黄色のらっぱ水仙、友達が去年の私の誕生日に
贈ってくれた物なのだ。
その時には、黄色や茶色の混ざったパンジーがいっぱいに咲いていた。
友達は
春になったら、お楽しみがあるよ」と言って渡してくれたのだけど、
それが、このらっぱ水仙だったのだ。

今、春のやさしい陽射しを浴びて、
黄色の花をいっぱいに咲かせている。



誕生日に喜ばせてもらって、
今また大きな花の開花に喜ばせてもらっている

とっても素敵なプレゼントありがとう~。

だのに、彼女と出かける約束を今日私はドタキャンしてしまった。
せっかく風邪が治って喜んでいたのに、
またまたどこからか風邪を貰ってしまったようで
咳が止まらなくなってしまったのだ。 ごめんね
体はそんなにしんどくないけれど、咳が出だしたら
もう大変。。。なかなか止まらなくて、涙出して
目を真っ赤にして咳き込んでしまう。。
出先でそうなってしまったら。。と怖くて出かけられなかった。

でも、私はちょっと風邪を貰いすぎだ。
これからは、体質改善にチャレンジしよう本気で思った。
この咳が収まったらプールでウォ-キングする絶対に!

今日はちょっと寒いけど、これからどんどん暖かくなるだろう。
私の大好きな春なのに、
いつまでも、ヒッキーやってられないもんね。







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不思議な夢

2007-02-07 14:01:47 | 心に残る出来事
昔は見た夢をよく覚えていた。
でも、最近は起きた瞬間に今まで見ていた夢を忘れるようになっている。
今の今まで違う世界にいたのに、起きた瞬間まるで記憶の回路が
プチンプチンと切られていくように、あっという間に夢の世界の
事が消し去られていく。思い出そうとしてもどんどん忘れて、
結局は何も覚えていない。

現実の世界の色々な事を、どんどん忘れていく病気のドラマを
見たことがあって、その時はそれがどういう感覚なのか分からなかったけど
ひょっとしたら、こういう感覚なのかもしれないと思ったりしていた。

ところが、つい最近とても不思議な夢を見た。
そして、その夢の一部始終はなぜかはっきりと覚えているのだ。

ここからが夢の話です。

幼い頃育った家の2階の部屋のピアノの前に、
20年以上前に亡くなった父が座っている。
私は、父が亡くなっていることはちゃんと分かっていて、
だからこれは夢なんだという事も分かっている。

少し離れたところに座っている私は、
「お父ちゃん。。どうしたん。。」と言いながら
懐かしくて、手を取りにそばに行きたい。

でも待てよ。これは夢なんだから、さわってしまったら、
父は消えてしまうかもしれない。

せっかく会えたのに、ここは、落ち着いて、急いではだめだ。。と思いつつ、
やっぱり父のところへ行き、手をとってしまう。

あ~あ、父は消えちゃうんだろうなと思ったが、
父はしっかりと私の手を握り返してくれた。
私は、うそ~夢でも触れるんや。。と思いながら
本当に久しぶりの父の大きな手を握り締めている。
父は優しく笑うだけで何も話さない。

と、次の瞬間、母が私の横にいた。
母は、父との再会に驚いた風でもなく、
二人とも当たり前のようにじっと座っている。
私はそのあまりにも自然な姿に
「まさか、お母さんを迎えにきたんと違うよね」と父に言う。
父は、首をふるでもなく、頷くでもなくただじっとしている。
「もし、そうやったら、もうちょっと待っててあげてな」
と、父に言うと父は少し頷いたような気がした。

そして、次の瞬間、私達3人は私を中心に手をつなぎ
階段を下りて、一階の居間へ向かおうとしている。
右手に父の、左手に母の手を引いている私。

父が、私の手をほどいて先に居間に入ろうとした。
私はあっと思って、なぜか確信してしまう。
先に部屋に入った父は、きっと消えてしまうと。

すぐに追いかけて部屋を見たが、やはりそこに父の姿はなかった。
そのかわりに30~40代くらいのすら~っとした男の人がいて、
その人は何も言わずに家を出て行く。

私は「父がどこに行ったか知りませんか」
その人を追いかけるのだが、すぐに見失ってしまう。

と、そこで目がさめた。

不思議な夢だった。
あの時は分からなかったけど、あとで思うと
最後に会った30~40代の男の人が、
あの世の今の父の姿なんだろうか。。とか思ったりする。
ちょっとかっこよかったよな~。

私は父が母を迎えに来たのを阻止したのだろうか。。
でも、母はまだまだ元気だし。。
ま、ちょっと寂しいかもしれへんけど、もうちょっと
待っててあげてや、お父ちゃん

















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いちご

2007-01-23 00:29:01 | 心に残る出来事
最近、携帯にいたずら(迷惑)メールがたくさん来るようになって
携帯のアドレスを変えた。

一日に1通や2通のいたずらメールならまだしも、5通や6通も、
ひどい時は10通近くくるようになってしまったのだ。
最初は、ま、消去すればいいか~と思っていたのだが、
家族や友達からのメールの時も、またいたずらメールかと
そのままほっておいたり、間違って大事なメールを消去して
しまったりしてこれは、まずい。。と変える事に。

家族や友人にアドレス変更のメールを送った。
「最近いたずらメールが来るようになって、アドレス
変える事にしました。」と。
しばらくすると、「了解しました~」とか「わかったよ。登録しておくね」
とか、「久しぶりやね。元気?」とかメールが返ってきた。

そんな時、家のチャイムがピンポーンとなったのだ。
「はーい」と出ると、さっきメールを送った友達の一人。
真っ赤ないちごを持って、
「ほら、差し入れ」と玄関でにっこり。

     

私がメールを送った時、ちょうど買い物の途中だったとのことで、
「いたずらメールなんて、いやな思いしたよね~
 ほら、これでちょっといやな事忘れて~」と
わざわざ、おいしそうないちご
買って持ってきてくれたのだ。

「ありがとう。。」思いもよらないプレゼントにびっくりの私。
優しい友人の言葉に感激。

思いやりのいっぱい詰まったいちごは、甘酸っぱくて
すっごくおいしかった。







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