光山鉄道管理局・アーカイブス

鉄道模型・レイアウトについて工作・増備・思うことなどをば。
こちらはメインブログのアーカイブとなります。

「鉄道100年の記録」と思い出

2018-02-28 05:40:27 | 書籍
先日古本屋さんで見つけた一冊から

 いわゆる「鉄道100年」というのは私の記憶では1972(昭和47)年だったと思うのですが今回入手した別冊週刊読売「鉄道100年の記録」は1970年の12月号で微妙に手前のタイミングです。

 鉄道100年の記念イベントでは当時小学生だった私は盛岡機関区で盛岡工場謹製のミニC57やミニED75の牽引する模型列車に乗った記憶があります。遊園地やイベントのそれとは異なるノリで「直線線路を行ったり来たりするだけ」だったのですがそれまでこの手のミニSLなんてのはテレビでしか見た事がありませんでしたから、乗ったというだけで妙に感動した覚えがあります。
 この他、機関庫内では本線引退直後の蒸気機関車の展示(それも2,3両)100年の時は結構なお祭り騒ぎが各地の駅や鉄道で繰り広げられましたから、ある世代の鉄道ファンには「どこかでその手のイベントを見に行った」確率も高かったと思います・

 この他0系新幹線をあしらった「鉄道100年記念切手」なんてのも買いましたっけ。
 
 余談はさておき
 本書はSLブームたけなわの時期と「電車で国民大移動イベント」の側面もあった大阪万博の直後という一般人の鉄道への関心が高まっていたタイミングでの上梓でしたから、実際の100年とはずれていても時期としては絶妙だった気もします。

 前半はなつかしの蒸気機関車にかなりのページを割いているのは時代の空気を最も反映した部分と思います。その一方で次のページがナローの尾小屋鉄道というのが渋い。

 その他の項についても新聞社が出しているだけに歴史的資料や写真(特に戦前までの資料)が豊富なのが特徴的です。いわゆる模型製作の資料と言うよりも風景との組み合わせで時代を表現している写真には個人的に惹かれるものがあります。
 この種の新聞社系俯瞰本として私にとっての定番本である毎日新聞社の「昭和鉄道史」に比べると半分程度の厚みなのですが内容的には遜色ありませんでした。この2冊を並べ読みするといっぱしの昭和鉄道史博士(爆笑)の気分には浸れます。

 さて本書で一番印象的だったのは実は裏表紙
 時期がぴったりだったとはいえあの「ポンパ号」(日立のカラーテレビ「キドカラー」の宣伝のためにサイケ一歩手前のカラーリングのC11と旧客が日本全国をねり歩いた痛電の元祖的存在)がどんと載っていたのに驚きました。そういえばうちの最初のカラーテレビもキドカラーだった事を思い出します。
 あの当時はよもやあれが鉄道模型、それもNゲージで製品化されるなんて想像すらできませんでした。

ジオタウンの「銀行支店」

2018-02-27 05:37:55 | ストラクチャー
先日の秋葉行で入手したアイテムから。

この間の帰省の折に先代の中古ショップでアオシマの立体駐車場を購入した話をしましたが、車両に比べると建物類は安値で取引される事が多いらしく意外に手頃な値段で手に入る事があります。
立体駐車場もそうでしたが、殊ランドマークになりそうなストラクチャーの場合、ものが嵩張るだけになかなか手に提げて持ち帰れない事も影響しているかもしれません。

今回見つけたのはジオタウンの地方銀行
私の現住地にある商工会議所の建物に何となく雰囲気が似ているのですが、30年くらい前ならこういう感じの建物はどこの街にもひとつかふたつはあったと思います。

造形面で言うなら、この種の建物の持つどっしりしたマッスが良く表現されています。細部の造形もKATOらしく隙がありません。
裏に回れば裏口もきちんとありますし、建物わきの通用門などの小技も効いています。
(それだけにジオタウンの建物に共通する「照明が入らない」と言う弱点もクローズアップされるのですが)


 似たような建物ですと以前に街並みコレクションでも地方銀行が出ていましたが、ジオタウンのそれは軽く2倍か3倍の嵩があります。
 街並みのランドマークとしては好適なのですが固定式レイアウトでは確実に持てあますサイズですし、お座敷運転では「畳平原のど真ん中に謎の建物が生えている」違和感が出てしまいます。
 これを後付けで組み込めるのはレンタルレイアウトか、Nでも4畳半は占領しそうな大レイアウト位ではないでしょうか。

まあ、私の場合あまり後先考えないで「これなら安い」とばかりに財布を開いてしまいましたから人の事は言えませんが。
帰りの電車ではこれが入った中身が類推困難な紙袋を提げて車内をうろうろしながら「席が空くのを待っている」間抜けな姿をさらす羽目になりました(汗)

 因みに表札は「東洋銀行」です。
 よく刑事ドラマなんかで銀行強盗が押し入ったり現金輸送車が襲撃されたりするとその舞台の何割かは「東洋銀行」の名称がつかわれるというある意味日本一物騒な銀行でもあります(笑)

鉄コレの札幌市電と雪ミク電車のはなし

2018-02-25 05:06:01 | 車両・路面電車















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思い出の書籍 ふと思うこと 趣味の思い出 そのほか




 先日の上京の折、時計屋さんで買ったアイテムから。
 エバグリ以外にここで買い物をすることは少ないですが、それでも16番のパーツとか地元で買い漏らしたアイテムとかを買うことはあります。

 今回入手したのは鉄コレの札幌市電。
 前面に丸ライトが二つちょこんと付いている独特のフェイスを持つ札幌市電は私の好きなデザインの電車です。ただ、今回はリリースを知ったのが遅かったせいで地元で早々と払底していまして、今回ようやく時計屋さんで入手するという仕儀となりました。

 カラーリングが私にはやや馴染みがないのが玉に瑕ですが、それでも私がイメージする札幌市電の姿をしています。
 同時に動力ユニットも二つ購入。

 何故二つ目が要るかと言いますと、数年前に購入して積みプラ化していたFUJIMIの雪ミク電車の動力化という目算があったからだったりします。

 この雪ミク電車、物は毎年出ているのですがこれまで適当な動力ユニットがなく宙に浮いていたものです。最近kq2100さんのブログで鉄コレ動力を利用した動力化の記事を見た事もあって、それじゃ私も一丁とばかりにw

 ただこのユニット、雪ミクにはそのままでは収まらず加工が必要との事ですのでkqさんの記事を参考にやってみようかと思います。


先日リリースされた札幌市電用の動力ユニットTM-04を使います。
kq2100さんのブログにもあった様にこのユニットをそのままキットにはめ込もうとすると乗降口付近の窓ガラスパーツがユニットに干渉して腰高の状態になります。
そこでユニットの一部を切削し腰を落としました。

ユニットの長さは「中」に設定するとちょうど良い様です。

走行性は鉄コレユニットの常で実にスムーズ。これは札幌市電の250でも同様です。
札幌市電1両だけだと市街電車っぽさが希薄ですが2両以上あれば結構様になります。
雪ミク電車はもう1両手持ちがありますがこちらは足回りをダミーとして必要に応じて動力をコンバートしようと思います。

屋根上パーツはパンタも含めてプラ製ですが、パンタについてはユニトラム用のASSYでも入手できればそれを使ってみようかと。

加藤の機関車を見に行く

2018-02-24 05:04:12 | 旅行・探訪・イベントなど
 今回も実車の話ですが、当ブログのこれまでの実車記事を俯瞰してみると全く統一性がないのに我ながら驚きます。

 先日の平日休のはなし。
 クルマを修理のためにディーラーに持って行く途中、かねて聞かされていたあるものを見てきました。

 ここで勿体つけて言う程のものではないですが「加藤の小型機関車が近所のとある倉庫の前に展示されている」と言う事で一度見てみたいと思い立ったものです。
 実はその話を聞かされるまで自宅の近場にそんな物があるなんて全く知りませんでしたから、少しの驚きとともに車を走らせました。
 行ってみた現地の周囲は表通りからだいぶ引っ込んだ住宅地の狭い路地の連続、おまけに近くで工事までやっていて片側交互通行中。
軽自動車の小回り性があったればこそ行く気になったと言うほどの場所ではあります。
(だからこれまで気づかなかったのかもしれません)

 さて、現地に着くまで「小型機関車」としか聞かされていなかったので漠然とナローのディーゼル機関車を想像して、実際展示されている機関車はそのイメージ通りのものでしたが、それにしても何かおかしい。

 その印象を強めていたのが「鼻先にそそり立つ国鉄制式の自動連結器」
ナローの機関車のそれよりも確実に50センチから1メートルは高い位置です。

 さてはと思って足回りをよく見ると軌間はどう見てもナローではありません。
 おそらく近くの駅に専用線を介して貨車を運ぶためのスイッチャーだった様です。

 この手の貨車移動機はかつて故郷の駅でも見た事はあるのですがもう少しでかい(ついでに愛想のない造形)ものばかりでしたからこの手のナロー系のスタイリングには結構そそられるものがあります。
 鉄コレ猫屋線の機関車を改造してこう言うのを作って見たいなんて浮気心全開の不埒な考えがふとよぎりました。

オリジナルキットのマロネ40

2018-02-22 05:02:19 | 車両・客車・貨車





 







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この間お話しした「鉄道カフェのオリジナルキット」のはなしから

貨車が続いたこのシリーズも第4弾からは客車が登場です。
マイネ40とその改修版のマロネ40がその第一陣。
特にマロネ40はこれまでマイクロのセット品しかなく、バラで買おうにもお金と運が合致しないと入手困難(特に予算面で)でしたから今回のキット化は全く朗報でした。

ですがこのキット、ボディのみなので台車と貫通幌、床下機器は別に用意する必要があります。
台車は本来TR40ですが形状が似ているTR47を考えていたのですが、地元のショップではすっかり払底していました。ですので今回のアキバ行きではそれらのパーツを入手する事も目的の一つでした。

ですがアキバでもこれがまた難しかった!本命のザ・ストアーで台車は入手できましたが「貫通幌を見つけるのに銀座の時計屋さんまで回る羽目になるとは!」
台車類はザ・ストアーを別にすると客車用がほとんど置いていないという現実。
TR47は旧客には欠かせない台車の一つですが、容易に入手できないのにおどろかされます。TR11は割合見かけるのですが。

キットメイクの部品を探すのが難しくなっているのは田舎だけではない様ですね。
ただ、改造の素材に使うジャンクモデルを見つけるのは圧倒的に都会の方が有利です(特にぽちの存在は大きい)

床下機器の方は流石にバラ売りは見つからなかった(当たり前か)ので別の方法を考えます。

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 その第一陣は2月に購入していた甲府モデルのペーパーキットのマロネ40。
 このメーカーのペーパーキットは前にトキ900を作っていたのでだいたい要領を把握していたつもりでしたが、なかなか製作時間が作れないまま、間が空いてしまっていたものです。

 レーザーカットで抜かれた窓はとにかくシャープ!これを見ているだけでワクワクします(笑)
工程は基本的にペーパーパーツの貼り重ね。こうする事で強度と窓周りの工作のしやすさを狙ったもののようです。

 アイデア賞ものと思うのは雨樋とシル、ヘッダーをひとまとめの櫛状パーツにした事。ひとつひとつシルを貼るよりかなり効率的で、仕上がりも良好でした。
 これなどはプラやブラスのキットではなかなか思いつかないアイデアと思います。
 ただし、3本のシル、ヘッダを一気に貼り付けるその構造上スプレーのりは必須と思います。
 マロネ40の構造上の特徴の一つである仕切り板(うち一箇所は車体中央部を横断)を取り付ければあとは塗装だけ。
 ・・・と思ったのですが、この状態で車体を組み立ててしまうと塗装後に窓セルがつけられないことが判明(汗)急遽ボディを葡萄色2号で塗装しました。

 で、ついでだったので手持ちのもう一つの積みキットであるGMのスユ42も引っ張り出してスプレーしてしまいました(笑)
 やっぱりこういうのはできるときに一気にまとめてやってしまうものですね(爆)

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 ボディ本体の塗装は手持ちのぶどう2号でやっていたのですが屋根部分のカラーが揃わず、これについては先日の秋葉行きでようやく塗料を揃えて対処しました。


 幌と台車はGMのパーツで、床下機器も先日頂いたものを使って形にしています。
 ただ、帯だけは独特の青緑の物が都合できず、GMのグリーン車用で代用せざるを得ませんでした。



 仕上がったマロネですがレーザーカットのペーパー車体なのでどうしても軽くなりすぎるのは避けられません(ウェイトの追加は必須)
 一方で窓やシル周りのかっちり感はブラスモデルのそれに匹敵するスムーズさ。
 これだけでもこのキットの存在意義は大きいです。
 プラだとはめ込み窓を使ってもどうしても肉厚感が拭えない所もありますから。



 手持ちの客車と組み合わせて往年の編成を再現したりオリジナルの夢編成を作るもよし、片デッキの個室、解放寝台の合造車と言う本形式の個性を生かすのを考えてみるのも面白いと思います。
 (何なら「鉄道公園の展示品」とか「列車ホテルの花形」と言う使い方もできるでしょうし)

 出来の粗い点に関しては私の腕の問題と勘弁してください。
 
 さて、次は何を作りますか。

とあるホテルを製作する・その1

2018-02-21 05:59:41 | ストラクチャー


 今年の初めに表明した目標のひとつだったモジュール改修(というか風景の追加)
 当初はグランシップに間に合えば良いかなんて呑気に構えていたのですが、3月下旬の運転会に間に合わせなければならない事情が生じたため急遽着工を早めるという仕儀になりました(汗)

 前にも書いた通り「実在の建造物をモチーフにする」というのがテーマのひとつだったのですが実はこれには事情があります。そのいきさつについてはいずれ書く機会もあると思うので今回は伏せますが、題材は某所に実在するホテルのビルです。
 これをモジュールの一部に活用して運転会に出して見てはどうかと思いついた訳です。

 早速そのホテルにロケハンに出かけ写真を数十枚撮ってきたのですが、改めて確認してみると実在の建造物をそのままモデル化するのは意外と大変な事になりそうという事を実感します。
 この建物はホテルとしてはそれほど大きなものではないのですが、それでも馬鹿正直に縮小すると建物だけで40センチ四方のスペースは確実にとりますし、駐車場や植栽スペースまで入れるとモジュールボード1枚くらいではとても収まりません。
 やはり何処かをカットアウトする必要はどうしても生じてしまいます。

 もう一つ、実在の建造物を縮小した場合に引っかかるのは裏口とか細かな設備など本来人に見せたくない部分までモデル化しなければならなくなる点です。建築士の作る完成予想のプレゼンテーションモデルと違い、 すでに出来上がっている建物のモデル化だとこの点も引っかかる気がします。手間の問題もあるのですがそうした部分はできる限り省略したほうがいい感じもします。


 でもってロケハンだけではどうにも不安だったので、行きつけのショップのレンタルレイアウトに出向き、そこにあるホテル系の建物(もちろん大半がフルスクラッチです)もチェックしました。
 今回のブログの写真はそれらのお手本モデルのものです。

 これらの点を勘案して先日の平日休は写真片手に建物の図面作りでつぶしました、
 建物の長さや奥行きを詰め、それでいて建物のフォルムは再現したいというのが目標です。

 実は今回のモデルを引き受けた動機の一つは以前も触れた「鉄道模型用品のビルのフォルムの単調さへの不満」というのもあります。ロケハンで感じたことの一つに「このビルはフォルムで見せる性質の建物だ」でした。最初は単純な箱型の建物を想像していたのですが、周囲を回ってみるとホテル特有の間取りに基づくフォルムに個性が感じられたのです。
 それを感じた時に「これは面白そうだ」と思いました。

 とにかく、その印象と意欲が保たれているうちになんとか形を作りたいと思っています。

 3月下旬の運転会では会場がそのホテルの近くなのでなんとか間に合わせたいものです。

趣味の原点を振り返る番外編・ナインスケールのDD13

2018-02-20 05:51:38 | 趣味の原点をふり返る

Nゲージ絡みのおっさんの懐古話から、今回はトミーナインスケールのDD13です。
昭和50年にこの趣味に足を踏み入れた当時日本型のディーゼル機関車はまだ出ていませんでした。

 何しろあの頃のナインスケールは本来は米国型であるプリマスのディーゼルスイッチャーを国鉄色(それも新旧2タイプ!)に塗り替えて貨物列車の先頭に立たせていた位ですから。
 ですがどんなカラーリングでも見られるプレーンなデザインのせいか国鉄色でも意外に似合う感じがするので私自身はこのタイプは好きです。
 とはいえ私の見覚えのあるディーゼル機関車と言うと大概が凸型の車体に4軸か6軸というのがポピュラーでしたからそういう形式が無かった当時は16番のラインナップが非常に羨ましかったのも確かです。

 ですがその渇は意外に早く癒されました。
 その年の秋にトミーナインスケールがDD13をリリースしてきたのです。それも色違いの3タイプ。
 特に標準軌仕様の912タイプはほぼ同時期に学研の新幹線が出ていたので意外にタイムリーだったと言えます。
 私のお目当ては当然国鉄色。関水金属のEF65の3500円はおろか同じナインスケールのED75が2900円した頃にこのDD13はなんと2300円と言う国鉄制式機のNゲージモデルとしては異例なほどの安さでした(上述のCタイプディーゼルよりも400円高いだけ)

 もっとも実際に入線するまでにはさらに半年(要するに私の小遣いが貯まるまでw)かかりましたが。
 このDD13、ナインスケールの中でもかなり凝った動力構造をしていましたがそのせいかNゲージの機関車としては異例なほどスローの効くモデルでした。あの頃の日本型機関車で「人が小走りに走るくらいのスピードで走れる」モデルはこのDD13だけでしたし。ただ、これは元々スローを狙ったというよりもたまたまギアのかみ合わせとモーターのトルクなんかの要因でそうなったという程度の意味だったと思います。

 当時のうちのお座敷運転で最も活躍したのがこのDD13の牽引する貨物列車でした。造形はラフでしたがナインスケールの二軸貨車との見た目のマッチングも良かったですし、何を牽かせてもそこそこ様になる機関車は当時とても貴重でした。

 何より関水金属のキハ20と組み合わせると「当時は誰でも見ていたローカル線の風景が一丁上がり」となるのがこれまた嬉しかったりもしました。

 写真のモデルは実は5年ほど前に入手した2番目のDD13ですが、走りっぷりやスローの効き具合は殆ど当時私が使っていた個体と同じでした(ついでに暫く走らせると必ず匂う「オイルが焦げた様な臭い」まで同じだったりします)
 造形では今出ているKATOやTOMIXのそれには及びませんがDD13らしい朴訥さの点では今でも評価できるモデルではないかと思います。スロー走行時の「ジリジリしたノイズを乗せてモーターのトルクで走っている感じ」も模型のキャラクターとしては好ましい気がしますし。

鉄コレ第25弾から・広島電鉄1080形

2018-02-18 05:44:55 | 車両・私鉄/民鉄
 今回は鉄道コレクション第25弾ネタから。

 ラインアップの中でもひときわ異彩を放つ「唯一の15M車」
 広島電鉄の1080形2連。
 15M車を集めた第17弾の積み残しをこの機会に加えましたという感じのセレクトですが、京阪700辺りとはまた異なる雰囲気が好ましく感じます。何よりカラーリングが好みですし。

 広島電鉄というと西部警察で私の記憶に残る路面電車の市内線をまず連想しますが(笑)それとは別に宮島線ではかつて「高床車」と呼ばれる小型電車が走っていた事があります。単行、または2連程度の15M級電車が走る様は写真では見た事がありますがどこかのんびりとした風情が感じられてそんなところも個人的に好きだったりします。

 
 車体側面に「謎の枠」が二つ付いていますが、やっぱりこれは昔の路線バスによくあった「広告枠」か何かでしょうか?ならば何か貼り付けて見たいところです。

 鉄コレとしては珍しい「白いパンタグラフ」も異彩を放ちますが1081と1082で微妙に異なるパンタの位置が変化を感じさせて楽しい部分です。
 実車は元々阪急の210形だった車両ですが似たサイズの阪急の610は鉄コレになっているので、事によると阪急仕様も出るのかもしれません。

 動力ユニットがまだ届いていないのでまだ動力化はしていませんが、パンタは早速交換しました。活躍が今から楽しみだったりします。

アキバ行きと京王新5000系(笑)

2018-02-17 05:42:29 | 旅行・探訪・イベントなど

 今回は久しぶりに実車のはなし

 以前に書いた事がありますが私が秋葉に出かける時は高尾近辺の駐車場に車を停め、そこから中央線か京王線で新宿に向かうというのが大体のパターンです。

 今回もS660を高尾の駐車場に停め、上がったホームで待ち構えていたのは京王の新型、かの5000系でした。
 2月22日から有料指定特急として新宿~京王八王子間で運用を始める車両ですが今回は普通の特急としての運用。だから高尾線にも乗り入れていたようです。
 前のブログで「私の事だから運用され始めたら一度はきっと乗るんでしょうね」とか書いていたのですが意外に早く実現した訳です。

 この車両の特徴は「クロスシートと対面ベンチシートを切り替えできる」点。
 有料指定の時は進行方向に向かってシートが回転、固定される様になっています。

 今日の様に普通の特急車として使われる場合は向かい合わせのベンチシート配列になるのですがアームレストで仕切られた各座席の並びはなかなか豪華です。

 ただ、この配列で車内が混むと立っている客との待遇の差が大きくなった気がして(笑)不思議な感じになりましたが。

 それとこれに乗っていると「すれ違う電車が7000系や8000系なのにみんな車体がピンク色に見えた」のに一瞬驚きました。
 何の事はない、5000系の車体色がすれ違う車両のステンレスボディに照り映えているだけだったのですが。

 全体の速さよりもアメニティに重点を置いた通勤特急と言う印象でした。できたらクロスシート仕様で高尾山口まで乗り入れてくれると尚嬉しいのですが。

 新宿駅に到着した5000系ですが面白かったのは鉄オタの代わりに買い物途中と思しいおばさんたちが挙ってスマホで新車の写真を撮っていた事ですか(笑)京王らしからぬ妙にスペシャルな雰囲気の前面はやはりイケメン的ではあります。
 で、秋葉に行ってIMONの上のザ・ストアーで「GMの5000系の試作品の展示を見て帰ってくる私」がいる、と(爆笑)

寒い!!2

2018-02-15 05:41:24 | その他
今年の冬は殊の外寒い!


今この瞬間の外気温は氷点下7度台。この地域としては異例の寒さです。


日本海側の豪雪にもおどろかされますが、私の現住地は寒さと風におびやかされます。


そのせいもあって、帰宅すると暖房がある居間の界隈から動けないでしまう事が今年は特に増えました。

鉄道模型の工作はおろか、走行の頻度までもが今年は特に下がってしまっています。


レイアウトも暖房無しの部屋 にあるのでこの寒さが夜はもろに影響しますし


夏の暑さもですが、あまり寒すぎるのも趣味活動を停滞させますね

とある不動のジャンクモデル

2018-02-14 05:38:41 | 車両・16番

 今回はある意味恥さらしな内容ですが、ジャンクばっかり漁っているとこういう事もあるというはなしです。

 先日とある中古屋で見つけたHOのジャンクモデル。
 ROCOの電気機関車ですがクロコダイルタイプの雰囲気がなかなかよかったので買ってみようかと思いました。
 まあ、他店に比べて異様なほど格安だったのも事実ですが。
 因みにこの店はエバグリなんかと違ってジャンクの試走をさせてくれないところなので購入自体が一種の賭けとなります。


 これまでの経験上、この種のジャンクモデルは走行系の問題というとモーターがいかれているか、ギアのかみ合わせが悪いかのどちらかである事が多いものです。
 前者だとモーターの交換が必須なので手間とコストがバカになりません。ただ外国型、それもHOではこうしたトラブルはごく少ないものです。後者だったらギアのかみ合わせの微調整でどうにかなる事も多いので購入を決断してしまいました。


 帰宅後、線路に載せて通電。
 モーターは回りましたしライトも点灯したのでやはりこれは走行系のトラブルと思い分解してみました。
 ただ、「モーターが何の抵抗もなく空回りしている点に不安を覚えましたが。

 モーターは確かに回転していましたがモーターとギアを結ぶベルトが固着してギアに伝達できていないことが判明。
 ベルトドライブの動力車は外国型のモデルにちょくちょくあるタイプですが、本来ある程度弾力性がある筈のベルトががちがちになっているので走る訳がありません。
 おそらく同じタイプのベルトに交換すればある程度はどうにかなりそうですが、以前のC50 のチューブの件でも明らかなように現住地ではこの種のパーツの入手が絶望的なので、ネットで探すか上京でもして当たってみるかくらいしか手が打てません。

 もっともモデル自体の雰囲気はなかなかなので当面は戸棚の飾り物として機能はしてくれそうですが。

 いずれにしろじっくり腰を据えてレストアするつもりです。

趣味の原点を振り返る番外編・関水金属のEF65と「高田馬場の聖地」のはなし

2018-02-13 05:36:22 | 趣味の原点をふり返る
 先日から始まりましたNゲージ絡みのおっさんの懐古話からEF65編のその2です。

 写真のEF65、一見すると前回の関水金属製と同じように見えます。
 ですが足回りに御注目頂くとスカートがEF65本来の斜め2段のカッティングがされている事にお気づきでしょう。世間に出回っているEF65の中古モデル(あるいはジャンクモデル)の大半はこの仕様ではないかと思います。
 (困った事にこれと同時期、今度はEF70の方が「EF65のスカート」を履かされることになります)

 前にも書きましたがジャンクの玉手箱的に「昔の鉄道模型の纏め売り」みたいな売られ方をしている物の中にはかなりの確率で関水金属のEF65と20系ブルートレインが入っている事が多いです。
 これからも分かる様に関水金属のEF65はある年代以上のNゲージャーには必須のアイテムでした。
 40年前の私も当然そのひとりでしたが、このEF65は当時の手持ちの中で唯一「同じメーカーの同じ形式を2両持っていた」唯一のモデルでもありました。

 個人的に「偉大なる凡庸」と呼んでいただけあってEF65は重連に供してもよし、別々の編成を牽引させて複線エンドレスを行き交いさせてもよし、機関区を模したセクション上では何両も屯させてもよし。
 つまり同じ形式を複数持っていても苦にならない、不自然に見えないという万能性を持ち合わせたモデルでした(同じ事はD51やED75でも言えるのですが当時はD51は学生には高価、ED75は性能面や耐久面に不安があってEF65ほど思い切った事ができませんでした)


 さて、その2両目のEF65ですが、実はこれ亡父が上京の折に当時高田馬場にあった「関水金属のショールーム」で購入してくれたという思い出のお土産でもありました。
 田舎者の私なんぞは「Nゲージの殿堂」のイメージがある店のひとつでしたし「店内に大レイアウトがあって輸入物の外国製品がコンスタントに買える店」なんてのは田舎には絶無だっただけにそこで買ってもらう鉄道模型というのはたとえそれが地元の模型屋で売っているのと同じものだったとしても一種のステイタスに感じられたものです。

 で、東京方面に父が出張する時にその場所の載った広告を持たせてお土産をねだったのでした(まったくなんて餓鬼だ)

 で、出張から父が帰宅して「関水金属で買ったEF65」と言う奴をめでたく入手した訳ですが、その時のこぼればなし。
 実は父も私と同じ様なイメージを持って高田馬場に向かったのですが実際行ってみるとその店舗というのはマンションの一階部分を間借りしている様な所だったそうでつい拍子抜けしてしまったのだそうです。
 おまけに買い物の折にそこの店員さんが言ったところでは「いや、地方から来た人は皆さんそう仰るんですよね。ビルが丸ごとショールームだとか思って来てみるとがっかりされる様で」と苦笑された由。

 私自身はそういう話を聞いたばかりで結局その後も高田馬場のショールームに足踏みする事はありませんでした。現住地への転宅の時期が鉄道模型の趣味に中断期に当たっていた事もあったのですが。
 30年も経ってこの趣味を再開してから落合南長崎の聖地やら大宮駅前の新名所やら銀座の時計屋さんやらに行く様になりましたが(笑)そういうショップに行くたび、折に触れてその時のはなしを思い出すことがあります。

昨年最後の入線車・TOMIXのキハ40烏山線仕様

2018-02-11 05:27:45 | 車両・気動車

 もう2月だというのに掲載のタイミングを逃していた昨年暮れの入線車から(笑)
 故郷のショップで見つけたTOMIXのキハ40.
 国鉄復活色を交えた烏山線の仕様です。

 昨年の夏の帰省では同じキハ40の国鉄急行色が入線していますが、これに限らず故郷で拾う出物はなぜか気動車が多い感じがします。
 特に暮れの帰省ではこれまでにもNばかりか16番モデルまで見つけるありさま。

 もともとディーゼルカーが多かった土地柄、気動車のファンも多いのかもしれません。

 話をキハ40に戻すと七福神の意匠をあしらったマークが車体にある所が観光列車っぽくも見えます。
 モデルでは実車のプロトタイプに合わせて水タンクを撤去した仕様になっている所が芸の細かいところ。
 モデルはいわゆるHG仕様に準じたものなので走りっぷりは文句ありません。

 暮れの年越し運転では現住地から持ちこみのキヤ95とともに年越し運転に供され大晦日の寒空の運転を彩りました。

 当鉄道には過去キハ40は3両入線(それもKATO、学研、TOMIX)していますが、いずれもM車単行での運用だったので今回のセットにある首都圏色のT車の存在は有難い物があります。

 今後はローカルレイアウトの葉純線中心に運用する予定でいます。

趣味の原点を振り返る・番外編「関水金属のEF65・その1」

2018-02-10 05:23:50 | 趣味の原点をふり返る
 先日も書きました、この趣味を始めた頃の車両たちの話から。
 殆どおっさんの懐古話ですがそこはご勘弁を。

 一回目は昭和50年頃の関水金属製EF65から。
 この趣味を始めた頃は(今も原則同じではありますが)一番のネックは予算でした。16番より安いとは言っても「カツ丼が300円、醤油ラーメンが180円で買えた時代」に「ナインスケールのED75が2900円、関水金属(あの頃の話をするときはカトーと呼ぶより「関水金属」の方がぴったり来ます)のD51が5500円」というのはかなりの高額でした。

 あの頃一番の憧れであり且つ割合手軽に買えそうだったのは関水金属のEF65でした。価格は3500円と当時の関水の中では一番安価でしたし、これまた当時のNで唯一様になる編成だった「20系のブルートレイン」にぴったりだった事もあります。

 何か月かかけて貯め込んだ小遣い片手に近所の模型屋に駆け込みこれを手にしたときの感動は忘れられません。そして実際に走らせた時の驚きも(笑)

 当時手持ちで唯一だったフレキシブル線路にこれを載せ、通電して走らせた時「カーブに合わせて首を振るスカート」 にびっくり且つがっかりしたものです。いわゆる「アゴ振りスカート」の初体験がこれでした。
 当時は(今でも)16番の機関車ではまず見られない、あまりにも実物と違い過ぎるギミックに「やっぱりNゲージはオモチャなのか」と萎えかけたのも確かです。
 ですがしばらく後に登場したてのTOMIXのエンドレスを汲み、これまたどうにか頭数だけは揃えた20系の先頭にこのEF65をつなげて走らせてみたら「そんな事がどうでもよくなっていた」のには我乍ら驚きました(笑)
 やはり鉄道模型は走らせてこそ華。安定して走らせるための最小限の妥協と解釈するならアゴ振りスカートもありなのかと納得しました。

 因みにアゴ振りを別にしても当時のEF65は足回りが先行発売されたEF70と共通なので台車とスカートの形状も異なります。当時の私は言われるまでそれを知りませんでしたから現金なものです。
 写真のEF65は2015年に入手した当時と同形のものです。カプラーが欠落しているとはいえお値段は800円。 スカート形状がEF65のそれになった改良品がこの直後に出たためか意外にこのバージョンは中古を見かけません。

 走行性は当時の16番に比べるとガサツな物でスローもろくに効きませんでした。が、これは車両のせいだけではなくパワーパックの性能の問題もあった様で、最近のパックにつないで走らせてみると多少は走りが改善します(これは当時モノのN動力車の大概に言える事ですが)
 なにより40年前のモデルでもきちんと走らせる事ができるのが嬉しかったし有難かったですね。

 さて、関水のEF65にはもうひとつ思い出があるのですがそれは次の機会に。

趣味の原点を振り返る53 趣味の中断と車籍の復活のはなし

2018-02-08 05:57:48 | 趣味の原点をふり返る
 久しぶりの「趣味の原点を振り返る」シリーズ

 今回からはこれまでの話とはやや趣を変えたシリーズをやってみようかと思っています。
 折に触れて書いていますが、私がこの趣味を始めた(と言いますか「趣味として意識し始めた」と書く方が正しい気もします)は昭和50年の春頃の話です。
 その後、ちょこちょこと車両の増備を繰り返してはいたのですが昭和60年頃に現住地への転居とそれに伴う生活の変化から以後20年この趣味を中断しておりました(とは言ってもその間ちょこちょことカタログは買っていましたしTMSも購読はしていたのですが)

 約20年後の平成17年辺りがこの趣味の再開となったのですが、間の悪い事にその直前に親類の車両の大半を譲渡してしまい(その時は「もう鉄道模型をやる事もないだろう」とか考えていましたから全くもって近視眼的だったというか)今でもその事が後悔の種だったりします。

 ですがそれから現在までの間に中古モデルやジャンクモデルを集める様になり、ここ10年位の間にあの頃と同じモデルもいくつか再入線(と言うか車籍復活)を果たしています。
 厳密にはあの頃のモデルそのままではないのですがそれらの車両を手にとって見ると当時の思い出もよみがえってくる(これがまた自分でも意外に思えるほど鮮明だったりします)感じがします。

 中断前の在籍車両と言っても数はたかがしれたものですが、それらのひとつひとつを当時の思い出を交えながらその頃と同じ時代のモデルで振り返ってみるのも悪くはありません。

 という訳で次回辺りからちょこちょことおっさんの思い出話を書いてみたいと思います。
 中身の性質上、過去のブログとの重複も多少は出てしまいますがよろしくお願いします。

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