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ミャンマーチーク屋さんのわが道を行く

日々の出来事と旅と愚痴と文句を勝手に語る日記。

与那国島編

2020-04-05 20:05:19 | 旅行(国内)
石垣島から50人乗りのプロペラジェット機でおよそ30分。水平飛行はごくわずかであっという間に日本最西端の島へ到着。乗客は8人のみだった。通称「ゲロ船」と呼ばれる船も石垣ー与那国を週3便から4便、およそ4時間半で結んでいる。こちらは往復で7000円弱と経済的だが、時間の都合と船酔い体質もあってここはビューんと飛んでしまった。

与那国島。

台湾までおよそ110キロ、フィリピン北端の島までも480キロと東京ー大阪間よりも近い場所に位置している与那国。もしこの島から船でも出ていれば国境の島として、もう少しは栄えていると思われるが、実際は特に何もない。海底遺跡とハンマーヘッドシャーク目当てのダイバーと野鳥好きのおじさんが時々訪れる程度らしい。

車を借りて島内を走る。一周しても40分程度の島だった。島は3つの集落があり、それぞれ民宿と雑貨屋さんと飲食店と郵便局が数件あるだけであとは何もない。銀行もコンビニもスーパーもない。しかも人も少なく、滅多に遭遇しない。途中で食堂に入り与那国そばを食べ、日本最西端の碑の前で写真を撮る。1年のうち数回だけ台湾が見えるという場所から台湾を眺めるが、当然ながら見えない。与那国空港に台湾が見えた日の写真が飾ってあり、その写真にはすごく近くに大きく見えた台湾があった。あんなに大きく見えるのに、どうしていつも見えないのか不思議だった。

それから「Dr コトー」の撮影が行われた診療所跡へ行ってみたり、普通に道端に歩いている馬や牛を近くで眺めていた。何もないが、天気も良かったので牧場のような景色と人のいない風景がとても気持ち良かった。

宿泊は民宿の素泊まり。泊り客は大きなキッチンで自炊ができるようになっている。そこには大きなテーブルもあり宿泊客が集えるようになっている。ちょうど野鳥おじさんとダイバーのお客さんが一人泊まっていた。夕食前に皆で話をする。こういう民宿に泊まるのが初めてだった娘は
普通のホテルより楽しいと喜んでいた。

さらに民宿のおじさんともいろいろな話をした。本土はコロナ一色なのに、与那国ではマスクをしている人は皆無だった。聞けば、コロナの影響で少なからずキャンセルがあり、島の経済には大きな打撃なんだとか。おじさん曰く、島を完全に封鎖しない限り、いずれはやってくるだろうと島の誰もが思っていると言っていた。けれど島の経済の多くは観光業と繋がっていることから、自粛で誰も来なくなることも本意ではないとのこと。役人と年金生活のお年寄りは来てほしくないと思っているのは、まぁ、当然かもしれないが、立場によって人の意見は様々だ。

石垣島に本土からコロナ避難で多くの人が押し寄せているという記事がネットに掲載されていた。石垣には一泊、しかも夕方着いて、翌朝出てしまったので良くわからないが、島民のマスク着用はほぼ皆無。しているのは外から来た観光客のみという感じだった。夕飯を食べに街に出かけたが、自粛もほぼ皆無。入った地元民と観光客が半々という居酒屋もすぐに満席に…。しばらくすると三線を持った店長が島唄を歌い始めて大盛り上がりという展開に…。店員さんに「自粛とかはないんですか?」と聞くと、「地元の人は、ほとんどないですね。でも観光客の方はいつもよりは随分少ないですよ…」と。なんとなく、石垣に押し寄せる的なネットのニュースとは、ちょっと違うような気がした。

自粛は必要だろうと思う。ある程度の移動制限も。ただ完全かつ強制的にやれないなら、立場によって考え方が微妙に異なるのではないかと思う。強制なら諦めもつくし、とりあえず補償も出るだろうし、あとはひたすら耐えるだけになる。本当は国が強制的に一定の期間、経済活動を含めた移動と外出制限をやれるならそれがベストなのかもしれない。

けれど自粛はあくまでも自粛で強制ではない以上、補償だって当てにはならないし、結局は自己責任で生きていかないといけない。離島で観光客相手で生きている人達にとって、誰も来なくなるのは死活問題だ。本音は可能な限り気を付けて来てくれるのが一番だということ。これは現在、場所に関わらず、すべての商売において言えることだと思う。コロナは怖いが、仕事はしないと生きてはいけない。

理想的な批判ばかりでは、本質的に何も解決しない。

日本の一番西の端で、志村けんの死とこんなことを考えていた。
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