穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

39:サイコロ鼻の女の思い出

2019-11-04 08:26:10 | 破片

 ようやくクリーニング店から戻ってきたマットレスの上に敷いたまっさらの敷布に第九は一人で体を伸ばして寝ていた。洋美は出張でアメリカに行っている。シーツは糊でゴワゴワしている。マットレスからは何を使って第九の鼻血を落としたのか、かすかに薬品のにおいがする。普通の人間には及第点の薬品なのだろうが、犬並みの臭覚の保持者である第九の感覚を逃れることは出来ない。

  そのせいか深夜二時半に彼は目が覚めてしまった。トイレに行って排出、そのあとでコップで水を一杯飲む。深夜に目が覚めるとすぐには寝付かれないので、パソコンを少しいじるか机の上に放り出してある本をちょこっと読んで眠くなるのを待つのであるが、今日は何もする気がしなくて再びベッドに戻った。

  やはり入眠できない。彼はめったにつけたことのないラジオの深夜放送を聞いた。小林アキラの特集をやっていた。それを聞いているうちに会社にいたころのことをいろいろと思い出してしまった。それが嫌な経験、嫌な奴ばかりが記憶に浮かんでくる。深田某、池村某、細川某、横山某、名前は失念したが監査室の某など。よくも覚えていたものだ。A4用紙がいっぱいに埋まるような長いリストが出来た。退社以来一度も思い出したことのない連中がほとんだ。妙なものだ。小林アキラの歌がなぜこんな長い記憶のリストを湧出させたのだろう。最後に女の顔が出てきた。

 彼女に別に嫌な思い出があるわけではないのだが、トリは彼女だった。不思議だ。実際彼女のことは一度も思い出したことがないのである。サイコロのような鼻をつけた女であった。六面体のサイコロを唇の上に張り付けて『二』の面が下向きにある。いわゆる鼻の孔である。彼女の名前も知らない。あるいは知っていたかもしれないが思い出せない。会社で時々見かける総務部にいた三十路に近かった女性である。

  その彼女に家の近くであったことがある。そのころ第九は『ホステス達のベッドタウン』と言われた私鉄沿線の駅に住んでいた。残業で遅くなり、駅を降りたのは十時を過ぎていた。駅の近くの盛り場の細い路地を通り抜ける。その先にはもう店を閉めたパチンコ屋があり、その先にはラブホテルの群れが建っている。その細い路地を歩いているときに向こうから彼女が来た。おや、と思って彼女を見た。サイコロ鼻は今夜は油を塗り込んだように街灯の光を照り返している。狭い路地で彼が思わず立ち止まって彼女を見たから相手も気が付いたはずなのに全然知らん顔をしている。そのまま二人は行き過ぎたのである。妙な女だと思ったが翌日には忘れてしまった。

 それが今日の記憶のトリに現れた。そして突如悟ったのである。あれは彼氏との密会の帰りではなかったのかと。そういう引け目があれば会社の人間にあっても防御的に気が付かないふりをするかもしれない。不思議なのは何十年もそのことを思い出しもしなかったのに、突然その意味をさとったことである。

  人間の記憶というのは分からないものだ。そういえばダウンタウンで誰だったか、禿頭老人だったかが、記憶の先入れ後出しなんて言ったことがあった。まったく古い記憶なんていつ飛び出してくるか分からない。大体記憶していたこと自体が不思議なのだが。さて、昨日の夕食はなにをくったかな、と第九は考えた。妻が出張中で一人なので食料の備蓄もいい加減になっている。昨夜は冷蔵庫を漁ってもなにもなかったので、板チョコを一枚も食べてしまった。そのせいかな、と彼は思った。



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