穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

44:電話の相手は?

2019-11-23 08:39:15 | 破片

 午前7時カーテンを開けると帝都東京の東北の鬼門を護る筑波山は黒々と神々しいまでの姿を雲海に浮かべていた。昨夜吹き荒れた木枯らし一号に掃き清められて関東平野の上空はチリやスモッグひとつない。炊事掃除などの朝の行事を終えた第九は窓の前に据えた机の前に座るとテレビをつけた。別に見たい番組があるわけではない。習慣みたいなものである。民放のワイドショー番組を一巡りしたが興味を惹くような話題もない。その時、電話が鳴りだした。

  第九は電話が嫌いである。キャンキャンと騒ぎ立てる電話機をしばらく見ていた。出ようか、出るまいか。出ないわけにはいかない。アメリカから妻がチェックを入れてきたのかもしれない。いまどこにいるかしらないが、アメリカは夕方だろう。妻は出張先から電話してきて彼の在宅を確認するのである。特に日本時間の早朝が多い。彼が彼女のいない間に外泊していないかどうか確認するのである。

 とうとう彼は受話器を取り上げた。「もしもし」と男の声が伝わってきた。しまった、と

受話器を置くとすぐに又ベルがなりだした。十三回ベルが鳴ったところであきらめて受話器を取り上げた。「もしもし、谷崎さんでしょう」と押しつけがましい闘士風の男の声がした。

第九は一呼吸して態勢を整えると応答した。

「いま、留守なんですが」

相手は男の声にちょっと驚いたようだった。

「留守っているじゃないか」

「私は留守番をしているだけなんです」

「あんたは谷崎さんの何なの。名簿には同居者はいないがな」

偉そうな口を利く横柄な男だ。むかむかしてきた第九は「あなたは誰ですか」と反撃した。

「管理組合理事長の麻生です」と答えた。へえ、そうなのか、この間妻が臨時総会の委任状を出せとうるさく言ってくるとか言ってやりあっていたがこいつなのか。

「ご用件はなんでしょうか」

「日曜日の臨時総会の件ですがね。早く委任状を出してください。もう三回も催促しているんですがね」

第九は受話器を机の上に置くとテレビのリモコンをとりに行って、騒音をまき散らしているワイドショーの電源を切った。戻ってくると、電話が中断したのにイラついたのか「モシモシ」と大声を出して怒鳴っている。

 「そうですか。それでは伝えておきましょう。臨時総会はいつですか」

「さっき言ったでしょう。今週の日曜日ですよ」

その日はまだ出張中だ。だがそんなことを説明する必要もあるまい。

「委任状は配布しましたが、あるんでしょうね」

「さあ」

「それじゃ、これから届けに行きますから」

「私は部屋にはいないんですよ」

「なんだって、電話に出ているじゃないか。この電話は谷崎さんのだろう」

「そうなんです。私の携帯に転送するようになっているのです。へへへ、ですから来られてもむだですよ。何でしたらメールボックスにでも入れておいてください」

  電話を切ってから十分ほどしてからドアチャイムがなった。さっきの麻生が確かめに来たのかもしれない。応答しないでいるとドアの取っ手をガチャガチャ揺すった。インターフォンのモニターで覗くとドアの前に三人ほどいた。皆腕章を巻いている。四十くらいのがっちりとした田舎の青年団長風の男が麻生という男だろう。あとは三十歳くらいの弱々しい男が二人付き従っていた。

 

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