手打ち蕎麦をする私の徒然日記

2003年1月に手打ち蕎麦に初挑戦。手打ち蕎麦の事ばかりでなく、日常インパクトのあった事柄を思ったまま綴ったブログです。

お年寄りの身勝手で寝不足

2008-04-09 15:47:45 | 家族
今朝は、なんと、普段の寝覚め時刻よりも2時間も早く、午前5時ごろ目が覚めてしまった。私の寝ている部屋のすぐ下が応接間になっているが、母が、そこのテレビをボリュームを大きくしてつけているため、その音で目が覚めたのだ。
そういえば、母は、今日はお寺に出かける、と言っていたので、彼女は起床して、朝食の準備やら出かける準備やらをするのに、その間、ずーっとテレビを大音響でつけっぱなしにしているのだ。
母が出かける日には、テレビを見るわけでもないのに、いつも今朝みたいに、早朝から、ゴソゴソ準備しながら、ボリュームいっぱいにして、テレビを大音響で、響かせているので、私と家内は、いつも迷惑を蒙っている。
もちろん、私は以前から、母には、ボリュームを絞ってほしい旨、頼んでいるが、まったく無視されてしまっている。実にニガニガしい思いでいっぱいだが、実の母であれば、我慢するより仕方ない、と、あきらめている。別居している弟や妹たちが羨ましいかぎりである。
お年寄りの身勝手さには、呆れ果て、ため息が出るばかりである。

お年寄りの町内会の会長さん、なかなか辞めない

2008-04-07 17:15:21 | 社会
私の自宅を含む近所の世帯から構成されている"班"で、今年は、我が家がその班の班長を務めることになった。去年は、隣りの家で班長をしていて、毎年、持ち回り制になっていている関係で、今年は我が家にその当番が廻ってきたのだ。我が家の属する班は、14軒の家々から構成されていて、班長の仕事は、毎月2回、市役所から発行される広報誌を回覧板にして回覧したり、また、夏祭りの行事に積極的に参加・協力したり、1年分の町内会費用7200円(1軒あたり)の徴収などが、主な役目である。
で、先日、隣りの家の若夫婦が我が家を訪れ、班長の引継ぎをして、私と家内が応対した。
引継ぎを終えて、茶飲み話をした。そこでの、隣りの家の若夫婦から伺った話。--
我が班を取り仕切る町内会の会長さんのことで、こんな話を聞いた。相当お年を召している、その会長さんは、ここしばらく何年にも亘って会長役をされているが、最近では耳が遠くなり、相手の話す声も聞こえないことが多々ある、とのこと。で、会長さんの家では、その奥さんはじめ、家族みんなが"会長の役を早く辞退したら!"と、その会長さんに、薦めている、という。でも、当の会長さんは、どうしても、首をタテに振らないので困っている、らしい、とのこと。
ところで、この話を聞かせてくれた若夫婦は、彼らと同居するオジイチャンもまた、長年に亘って老人会の会長をやっていて、その役を手放したがらない、と言っていた。
このようなことを伺って、私は、多分、会長さんにとっては、会長役を勤めることによって、生きがいを感じておられるのではないか、と思った。一方で、私は、何年にも亘って、会長の役を勤めてきたのなら、役を辞退して、後進に道を譲ったらどうかな、とも思う。
いつまでも会長の役にしがみついていないで、視野を広く持って、さっさと他の生きがいに乗り換える、というのも一法かな、と思う。


米兵による凶悪犯罪に対する福田首相の態度に呆れた

2008-04-05 13:55:39 | 社会
神奈川・横須賀のタクシー運転手殺害など、米兵による凶悪犯罪が、後を絶たない。このような事件への対処にあたり、どうも政府の態度は生ぬるい、と思う。
今回の事件を受けて、民主党など野党は、高村外相らに対し、「米軍基地外に住む米兵に外国人登録を義務付ける」などの、日米地位協定の改定を求めている、とのこと。
ところが、これに関し、首相は「改定したら、こういう事件がなくなるのかね」と突き放した、という。-----こんなことを新聞で知って、実に呆れて、なんとも腹立たしい。
一国の代表者たる首相が、このような態度で許されるのだろうか。これでは支持率が急降下しても当然だ、と思う。


息子の二人の子供(孫)と長瀞に行き、ライン下りなどで楽しむ

2008-04-04 22:40:14 | 
今の時期、小学生は春休み、一方、昨日は天気が良かったので、男の子の孫二人(それぞれ、今年の4月から小学2年生と3年生になる)を誘って、長瀞にハイキングに出かけた。
午前11時20分過ぎ、長瀞駅に到着、徒歩で、宝登山の登り口まで行った。そこからは、ロープウエーで宝登山に登れるのだが、私たち3人は、ハイキングを兼ねて、あえて徒歩で宝登山山頂を目指した。孫たちはこのような山登りは初めてだ、と言う。実は、日ごろエネルギーが有り余っている男の子たちを歩かせて、この際、多いに運動させる目論見があった。登り始めた最初の頃は、二人の小学生は「疲れた!」なんて言っていたので、"日ごろサッカーをやっているのだから、そんなことではダメ!"と、話したら、その後は、山頂まで、彼らは一気に駆け上がった。道幅がある程度広い山道は、登り易かったが、意外にも私たちのように徒歩で山頂を目指す人は、めったにいなかった途中、徒歩で山頂を目指した人は、二人しか見かけなかった。

山頂までの途中で、彼らはへたばるかな?と、思っていたら、意外なことに、彼らは途中から私を100メール以上も引き離して、山頂に到着した。
宝登山山頂では、「小動物公園」に入って、サルや鹿やアヒルやミニ豚などを見物しながら、お菓子などを食べた。お菓子を食べてる時、近くの大きなアヒルが10羽ぐらいいて、私たちのお菓子をねだりに超接近してきて、キャーって言いながら、孫たちは逃げ回ったほどだった。
その後、宝登山からの帰途は、ロープウエーを利用して下山した。
それから、徒歩で、長瀞のライン下りを楽しんだ。風もなく穏やかな日和で、安心して小船に乗り込んだ。二人の孫は、ライン下りは初体験で面白がっていた。
ライン下りの後、私たちは、長瀞駅から午後3時半近く発の電車で帰途に着いた。
最後の下車駅に降り立った後も、孫たちは、駅構内で、駆けたり、早歩きしていて、これには、「孫たちは今日は相当疲れたハズ!」という、私の目論見が外れて驚いた。成長、真っ只中の彼らのエネルギーって、相当なものだ、ということを実感したのだった。
なお、今回のハイキングでは、彼らは道端にゴミを捨てようとしたり、電車の中では、相変わらず、ふざけあったりしていたので、私はきつく注意して諭した。公共の場でのマナーなど、子供の態度って、日ごろの親の育て方、躾け方の反映にほかならない。息子夫婦には、十分注意するように注文しよう、と思う。

タイム・カプセルを見て思う事

2008-04-02 10:26:05 | Weblog
数年前のことだったが、市役所に行ったときのこと。その入り口近くに、小さい石製の小箱みたないものがセメントで塗り固められているのを目にした。よく見ると、そこには、今から50年後に開かれるタイム・カプセルである、と書かれていた。
これを知って、咄嗟に、そのころは、とっくの昔に自分がこの世にいないわけで、それを思って侘しい気持ちになった。
その後、折りにふれて、あと何年ぐらい、元気で生きられるのかな、なんて考えるようになった。そして、"あと50年後は、きっと、子供や孫たちが元気に過ごしているんだろうな"、なんて、想像している。