手打ち蕎麦をする私の徒然日記

2003年1月に手打ち蕎麦に初挑戦。手打ち蕎麦の事ばかりでなく、日常インパクトのあった事柄を思ったまま綴ったブログです。

障害児!、分かっていても敢えて出産!!

2024-01-15 17:48:29 | 家族
今年、令和6年の正月明け、間もなくの頃、温湯を家中に供給するためのノーリツ社製の給湯器が故障してしまい、急遽、同社のフランチャイズ店の業者にお願いして新品のものと入れ替えてもらった。
話しは、約3年ほど前のことに遡るが、当時、それまで使っていた給湯器が故障し、業者の技術者Sさんに来てもらって、修理してもらったことがあった。それは、忘れもしない母が亡くなる2日前のことだった。
さて、その修理後、Sさんは、給湯器は寿命を超えて使い込んでいるので、今回の修理は応急的なものなので、できれば早い時期に買い替えたほうがいいですよ、と話ししてくれた。
しかし、その後、買い替えることもせず、時々、不調になりながらも、だまし、だまし、この正月まで何とか、寿命を保ってきたのだった。
今回の故障では、何もしないのに給湯器の電源が自然と落ちてしまうなど、素人目にももう買い替え時期なのかな、と思わせる状態だった。
それで、寒さ厳しい時期なこともあって、早速、3年前にきてもらったSさんの事務所に電話したら、早速、3年前のときと同じ、そのSさんが駆けつけてくれた。
そして、彼に新品の給湯器の設置をお願いしたところ、すぐ手配をしてくれて、約半日ほどの工事で設置が完了したのだった。
この寒い時期、今回の故障で、まる一日だけは風呂に入らなかったが、それだけで済んだのはラッキーだった、と思っている。
工事が済んで数日後の今日、支払いのために我が家を訪れたSさんとコーヒーを飲んでもらいながら、雑談する機会を持った。Sさんの奥さんは保育士だということも伺った。
雑談の中では、Sさんのお子さんの話題も持ち上がって、彼は、何気なしに、「うちには、二人の男児のうち、上の子が障害児で、・・・・・」などと明るくさっぱりして口調で言及されたのには、ビックリ!だった。
私は、聞いてはいけないことを聞いてしまった!という思いであっけに取られたのだが、傍で聞いていた家内も同じ思いだった。
その後、私は、あえて、臭い物に蓋をする、ということは避け、”何かと大変だろうなあ”という気持ちで話しをつないだのが、36歳のSさんは、しっかりと明るい口調で、時折、笑顔を浮かべながらも、堂々と、
「知能指数がすごく低くて、私みたいに丸々と太っていて・・」などと明るく、わが子のことを説明してくれるのだった。
このSさんの言動には、私も家内も圧倒されたのだった。さらに彼は、その子が誕生する前から、障害をもって誕生してくることが分かっていた、と話されたので、私たちには2度のビックリだった。
体育大学を卒業した、というSさん、なんにでも挑戦し、好奇心旺盛なSさんと会話する中で、私は、なんかしら恥ずかしい思いでいっぱいになった。
そして、Sさん夫妻に対して、「今後の未来に栄光あれ!!」と心から応援したい気持ちになったのだった。
次回、Sさんが我が家を訪れたなら、Sさんが、”先日いただいた手打ちうどん、子供たちは、すごく喜んでいたよ!”と、先日、私に電話で語っていたので、
私は、また、私が打った手打ちうどんを持ち帰ってもらおう、と思っている。
それにしても、障害児を持つ親御さんには、有名人で立派な方々がいらしゃいますね。SONY創業者の井深さん、それと大江健三郎さんも、そうでしたね。

ゴールデンウイーク、実家に遊びに行こう

2022-05-02 14:20:22 | 家族
ゴールデンウイークというと、多くの人がすぐに、行楽地へ繰り出すとか、ハワイなどへの海外旅行などを連想してしまう。というのも、この時期、テレビや新聞などでもそう言った関連情報を数多く報道しているせいもある。
それで、実際に行楽地に行ったり、旅行をしたりなどしている人たちは、まちがいなく若い人たちばかりだ。独身者・既婚者を問わず、若い人たちにとっては、普段は滅多に取得できない連休のチャンスを、思う存分楽しみたい、という欲求から、この時期、大いに羽を伸ばして日頃のうさ晴らしになることは間違いない。
私が若かったころを振り返ってみても、実は、今の若い人たちと同じような行動をしていたものだった。その時分、大型連休のときは、親元には帰ることはしないで、我が子供たちを連れて遊園地などで過したり、旅行を楽しんでいたのだった。
一方、お年寄りは、足腰が弱ったりなど健康に不安を抱えているなどのため、無理がきかない、という事情もあって、連休のご利益に乗れないのは仕方ないことと思う。
さて、私が、いざ年とって、年寄りになってはじめて気がついたことは、子供と別居している多くの親たちは、連休の機会に子供たちに会いたがっている、ということである。現在のように、核家族化が進んでいる中にあっては、子供たちは親と離れ離れに住んでいるので、毎日が日曜日という、お年寄りの親たちは、日頃は会うことが滅多にない子供たちと会うことを楽しみにしていると思う。
私と同世代の友人たちは、皆、一様に子供たちと別居しているが、異口同音に、日頃は滅多に子供たちが親元に来てくれないし、連休だからといって、どうなることやら!とぼやいている。やはり、親たちは、一抹の寂しさを感じているのだと思う。
自分が年とった今になってみれば、本当はやっぱり、親の気持ちに寄り添って、連休には、出来得る限り親元を訪れて一緒に過ごすのが正解だったなぁ、と思わずにはいられない。
そんなわけで、親と別居して過している若い人たちには、この連休のチャンスに、是非、実家へ、あるいは、老人ホームで過ごしている親たちに会いに行ってあげるようにお薦めしたい。自分が年とって後悔しないためにも!!

今日、満100歳になった母とオンライン・テレビ電話

2020-09-25 20:34:37 | 家族
現在、特養(特別養護老人ホーム)に入居中の母が、今日、100歳の誕生日を迎えた。新型コロナウイルスによる影響のため、特養に行って母に面会することはできないので、仕方なく、LINEによるオンライン・テレビ電話で互いに顔を画面で見ながら、会話を行った。
顔色も良く、全くぼけていない母は元気そうだ。この分なら、もっともっと長生きしそうなので安心した。

おふくろさんを田舎の「おづねさん」宅に連れていきました

2013-06-12 18:02:39 | 家族
去る6月9日の日曜日に、玲子の運転する車に、私とおふくろさんが同乗して、「おづねさん」宅に行ってきた。私は、おふくろさんから、かねてから、彼女のすぐ下の妹である「おづねさん」の所に連れて行ってほしい、と頼まれていて、この日、行ってみることにしたのだ。
「おづねさん」は、おふくろさんを含む6人姉妹の下から2番目の女性で、「常子」さんというのが正式な名前だ。92歳の我がおふくろさんは、下から3番目、上から数えると4番目の女性で、現在は6人姉妹のうち、上から2番目の「きみさん」と我がおふくろさん、それに「おづねさん」の3人が生存している。
自宅を正午少し前に出発し、40分ぐらいで、一人で住む「おづねさん」の家に到着した。「おづねさん」は、すぐに私たち3人を、炬燵の部屋に通して、私たちのために、炊いたばかりのお赤飯を昼食として振舞ってくれた。それに、「おづねさん」手作りの”ふきの煮付け”とか、しその葉の漬物とか、の他、ジュース類も出してくれた。それと、また、「おづねさん」の家の近くに住む、長女のヨウ子さんが、これまた、私たちのために、刺身の盛り合わせを取り寄せていただくなど、歓待していただいた。もちろん、これらのごちそうは到底食べきれなかったので、私たちが帰宅する際には、お赤飯など沢山のものを持たせてくれた。その他、「おづねさん」が当日急いで畑で掘りおこしたばかりの、じゃがいもも、車に積んでくれた。
さて、おそらく、お互い10年以上は、会ってない、「おづねさん」とおふくろさんは、久しぶりの再会で、いろんな話題で花が咲いたのは言うまでもない。まわりで聞いていて、すぐに気がついたのは、おふくろさんとは比べものにならないほど、「おづねさん」の話題の豊富なこと、弁舌の達者なことだ。「おづねさん」は、若い頃、会社に勤めるなど、いろんな社会経験を味わったり、今でも、趣味の詩吟とかカラオケなどを通した仲間と交流もしているだけあって、話題が明るく、前向き、プラス思考の性分が十二分に伝わってくる。
なお、「おづねさん」は、おふくろさんよりも大きく前かがみに腰が曲がっているのだが、それでも、外出したり、畑にじゃがいもを掘りに行ったり、するなど、足腰が強い。これに対して、部屋の中でやっと立ち上がり、大きくふらつきながら、やっとこさ数歩を歩くおふくろさんを見て、「おづねさん」は、この日、急遽、日頃から彼女なりに実践している足腰の鍛え方を、おふくろさんに実技指導をしてくれたのである。
夕方、6時近くになって、私たちは、「おづねさん」と、娘のヨウ子さんの見送りを受けて、我が家に向けて出発した。帰宅後、久しぶりの妹との再会で、おふくろさんの表情からは、十分満足感が見て取れた。

スキー場から孫娘たちの電話

2012-03-24 10:05:24 | 家族
今日の土曜日、娘一家が一泊二日の予定で、新潟方面のスキー場に行く日だ。家内が一緒に行くことを誘われたので、彼女も一緒に行っている。
昨日、家内から聞いたところによると、計画では、千葉から娘一家が車で我が家に来て、今朝は午前5時頃には、我が家を出発することになっていた。
でも、実際は、娘一家の車が我が家に到着したのは、午前6時をまわっていた。
で、先程、私が一人朝食を済ませた午前9時半ころ、携帯に電話がかかってきた。娘からは、既にスキー場に着いている、とのこと。考えてみると、我が家からは、3時間もしないうちにスキー場に着いていることになる。実に、短時間だなぁ、と思った。
それと、携帯からは、二人の孫娘が、「今、雪が降ってるよ」など、と弾んだ声で報告してくれて、いかにも楽しそう。スキー場で思いっきり元気に飛び回る、彼女たちの笑顔が目に浮かんで、私の心も、軽やかになった気分だ。


身近なお年寄りの病気、予断を許さない

2012-01-31 09:47:39 | 家族
今年に入って、私にとっては身近なお年寄りの方々が、病によって身の危険にさらされている、との知らせを受けていて、最近は、どうなることか、と気になっている。
家内のお母さんは、パーキンソンの病でこの10年近く、病院に入院していて、数年前からは胃ろうをして過ごしており、寝たきり状態になっている。ところが、最近、症状が悪化したらしく、病院側の説明によると、現状では、肺炎をおこしているほかに、肝臓、腎臓の機能の低下などで、生命が脅かされている状態、とのこと。それで、先日お見舞いにいったときは、彼女は酸素吸入器により呼吸をしていた。
また、私の母のすぐ上の、お姉さんは、今月半ば頃、脳梗塞を起こして、緊急入院した、とのこと。
お年寄りが病気になった場合、年齢が年齢だけに、周囲の人にとっては、心配は尽きない。誰でも年取っていく運命にあるのだが、でき得れば、周囲に心配をかけないような、そんな終末を迎えることができれば、と思う。




音楽発表会を見物してきました

2011-12-07 16:31:35 | 家族
数週間前に、小学4年生になる孫が、今日(12月7日)、同じクラスの生徒たちとともに音楽発表会に出場する、との連絡が入っていて、私は、行く事にしていた。
で、昨晩、孫の家から我が家にFaxが届いて、発表会の開催場所や、開催時刻などを知らせてきた。
発表日の今日は、朝から好い天候に恵まれ、私は一人、自宅から1時間半ほどの場所の発表会場に電車で行った。
午前10時半頃、会場に到着。1000人近く入場できるような市民会館の発表会場には、そこに出場する、各小学校の生徒や父兄の人たちが、大勢詰めかけていた。
発表会は、私が座席に着席して、ほどなくして始まった。こうして、孫が出場する器楽部門の発表会をゆったり見物できた。もちろん、今日も、今回みたいなイベントがあるときには、いつも持参するビデオカメラで、発表会を撮影した。でも、私の座席が孫のいる舞台からかなり離れていることと、私のひどい老眼のせいもあって、孫たちの発表の際、30人以上もいる生徒の中、孫が舞台のどの場所に立って演奏しているのか、どうしても把握できなかった!のは、残念だった。
さて、孫が出場した発表会が済んだら、すぐに席をたって帰ろうと思っていたのだが、せっかくの機会だから、と、午前の部の最後まで、見物した。孫たちが演奏した曲目は、私が知らない曲目で、音楽のことにまったく無知な私には、上手・下手の区別が分からない。でも指揮される先生のタクトに従って、みんなが一糸乱れず、熱心に演奏されているのがよく分かって、たまには、このような雰囲気に包まれるのもいいなあ、と思ったものである。
午前の部の発表が終わって、会場内のみんなが座席を立って、外へ出ようとしたとき、孫のお母さんである私の息子のお嫁さんと彼女のお母さんと出会った。それに、その頃ちょうど、担任の先生に先導されて会場外に出てきた、孫たちとも出会うことができ、私たちは、孫にも声をかけることができた。

91歳の母のパーキンソン病騒動

2011-11-30 17:46:59 | 家族
先日、母が、数十年来かかりつけの医者からパーキンソン病では?、と言われたそうで、それを聞いた私は、当の医者のところに行って、いろいろ話を伺い、大病院への紹介状も書いてもらってきた。医者が言うには、母の歩き方などを観察していると、パーキンソン病特有の特徴が見られる、などから、大病院で診てもらったら、というものでした。なお、当の医師自身は、脳関連の専門の医者ではないので、「専門の医者に診てもらって下さい」という。
そんなこともあって、一昨日は、母に、「一度、専門の医者に参考までに、診てもらったら」と薦めたら、途端に、彼女は、すごい形相・けんまくで「絶対に行かない!!そんなに私のこと、病気にさせたいのかい!!」と発言。その後、母は、弟に電話したところ、彼もまた、私と同じく、「専門の医者に診てもらって、その結果、たとえ入院など言われても、それから先の対処は、お母さんが決めればいいのだから、一応、参考のために専門の医者に診たもらったほうがいいのでは」と進言したそうだ。でも、母からは、電話で、私への場合と同じ発言が発せられるだけだった、とのこと。
さて、日にちが変わって、昨日朝、私に次女から電話があり、母が、三女との電話による会話で、「お母さんが専門の医者に診てもらう気になったよ」とのこと。これを聞いて、私は半信半疑だったが、すぐに母に会って、確かめたら、「神様からお告げがあった。それで、一度、専門の医者に診てもらうことにしたよ」とのこと。これにはビックリ!!・・一昨日は、あんなに反対してたのに!!
それじゃぁ、というので、早速、今朝、早朝、次女が、藤沢から3時間も電車で揺られて我が家に来て、私は、母と次女を車に乗せて、大病院に行ってきた。
その大病院では、初めにCTスキャンの検査が行われ、それから専門医による、診察・コメントがあった。私と次女も入室した診察室の中で、母の手や足を掴んで、その動き具合などをチェックしたり、CTスキャンの画像を注意深く観察していた、脳外科の専門の医師は、「パーキンソン病ではない」とキッパリ発言。そして、薬を飲む必要性は無い、とのコメント。
こうして、病院を後にした、母は、もちろん大喜び、大満足そのもの。
今日の昼食は、母が、ひいきにしている、行きつけの中華料理店に行って、3人それぞれの好物で舌鼓を打った次第です。
------一時は、どうなるかと思った、母のパーキンソン病の疑惑の件は、かくて一件落着。今回のことで、健康に自信を持った母、今後、無理や無茶など、しなければいいのだが・・

お盆で帰省の弟妹に、同居の母が格別の接待

2011-08-12 10:40:30 | 家族
今年もやってきたお盆の季節。私達夫婦と同居する母は、いつものことながら、久しぶりに帰省する弟や妹たちと会うのを心待ちにしている。
弟や妹たちはそれぞれ一家を構えていて、なかなか普段は我が家に来ることはめったにない。
そんなわけで、母は、明日の盆入りの日に、久しぶりにやってくる弟や妹たちのために、格別の接待で迎えたいようだ。そこで、母は、先日、お寺さんから届いたという、蕎麦粉を使った手打ち蕎麦を弟や妹たちに食べさせてあげたい、と言う。そんなわけで、私は、母から、その蕎麦粉を使って、手打ち蕎麦を打って欲しい、と所望された。
さて、明日は、私にとって初めて使う、その蕎麦粉でどんな手打ち蕎麦が打ちあがるのか、ちょっぴり心配!


今朝未明の地震で孫娘たちは、

2011-07-31 11:35:50 | 家族
日曜日の今朝早く、午前4時ごろだったか、地震があった。今日は、私はベッドに入ったのが、午前1時半ごろだったので、地震が起きたときには、寝ぼけ気味の状態だった。でも、地震は普段よりも長時間続いていたように感じられ、1分ぐらい続いていたように思えた。揺れがおさまった後は、すぐに寝入ってしまい、目が覚めたのは、午前9時を過ぎていた。
さて、起床後、朝食の時、千葉に住んでいる娘と、今朝がた、電話連絡をしていた家内は、娘から聞いた、という、孫娘たちの地震の際の状況を私に聞かせてくれた。
それによると、地震のとき、小学1年生の孫娘はすぐに起床して、パパとママの部屋に駆け込んできたそうだ。一方、2段式ベッドの上段に寝ていた小学4年生の孫娘は、「助けてェ~」と悲鳴をあげていたそうだ。それで、パパがすぐに隣りの子供部屋に彼女を迎えに行った、とのこと。こうして、その後、4人揃ってパパとママの部屋で一緒になって寝て朝を迎えた、という。
--この話を聞いた私は、バレエを習う小学4年生の孫娘が、「助けてェ~」と悲鳴をあげていた様子が目に浮かんで、いかにも彼女らしい行動だな、って思ったものだ。
そういえば、地震のとき、小学1年生の孫娘は、私と家内に対して、最近は、地震が起きたときは、必ず、すぐに彼女宛に携帯で電話連絡するように要請されている。先日のこと、地震の際、電話連絡するのを忘れていたら、その後電話がかかってきて、「どうして電話してくれなかったの?」って、抗議されてしまった。