手打ち蕎麦をする私の徒然日記

2003年1月に手打ち蕎麦に初挑戦。手打ち蕎麦の事ばかりでなく、日常インパクトのあった事柄を思ったまま綴ったブログです。

五木寛之さん著の長編小説「青春の門」、すごく面白くてノーベル賞受賞もあるかも!

2024-09-27 19:22:18 | 人生
私は最近、かつて、職場の先輩で、大学の先輩でもある阿部 永雄さんから、折に触れて、「”青春の門”って、言う小説、すごくいいから、是非読んでみるといいよ!」って、言われていたことがあった。その阿部さんは、数年前に亡くなられたが、亡くなる前に、阿部さんが所蔵されていた、10冊以上もある、この小説をダンボール箱いっぱいに詰め込んで、私宛に送ってくれたのである。
受け取ってから、すごく堅苦しそうな本かな、と勝手に思って、読まずにいたのだが、最近になって、阿部さんの言葉を思い出し、今月に入ってから読み始めた。読み始めると、想像以上に面白くて、このところ、夜、布団の中にまで持ち込んで読みふけっている。今日まで、一か月近くに経っても未だ読み終わらないのは、この小説がものすごい長編小説だからだ。
この小説は、最初、「青春の門 第一部 筑豊編」として、昭和45年11月に発売になり、その後、「第二部 自立編」、「第三部 放浪編」、「第四部 堕落編」、「第五部 望郷編」、「第六部 再起編」、「第七部 挑戦編」、「第八部 風雲編」へと続いて行き、その続編の「第九部 漂流編」が2019年9月に発売になった。私は、最初の第一部から読み始めて、第八部までを読み終えて現在は、第九部 漂流編 を読み進めている途中だ。すごく面白いので、この先もあれば、是非読んでみたいなぁ、と思って、先ほど、出版元の”講談社”に電話で問い合わせしたところ、著者との間で調整が進んでいない、とのことだった。なお、講談社には、私と同じような問い合わせが何件も来てるそうだ!
この小説は、日本の終戦後を時代背景に描かれていて、第一部から第九部にかけては、九州の炭鉱地帯で生まれ育った主人公の伊吹信介が幼年時代から20歳代後半にかけてのいろんな体験が詳細に語られている。幼くして両親を失った彼が、上京し、早稲田大学入学後に知り合った仲間に誘われて学園闘争に参加したりするなどのほか、パスポート無しで仲間とソ連に密入国し、そこで、ソ連で抑留生活を経験した元日本兵と偶然に出会ったことで、ビザ無しの彼が危機を乗り越えられた、などの話題が生き生きと描かれている。一方で、彼の幼幼児時代に同じ炭鉱地帯で仲良く過ごしていた女性が、この小説の途中・途中に出場してくるのも、この小説を面白くしているように思う。
この長編小説を読みながら、安保闘争や、昭和45年8月15日の終戦の直後に、中国に居残っていた何万人もの日本兵が、ソ連兵に急襲されてシベリヤなどに連行されて、シベリヤ開発のために強制労働させられたなどの事実にも触れられていて、実に読み応えがあるなぁ、と思った。ノーベル賞にもなっても不思議ではない、と思っている。
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ノーベル賞を取り損なった(?)男、今じゃ予備校の先生

2024-01-20 18:37:15 | 人生
東京新聞は、去る1月17日と18日と2回に亘り、「100年の残響」として「1969・9・5 全国全共闘連合結成大会」に関わる記事を掲載していた。
記事では、1960年代後半の学園紛争の際に全国各大学で結成された全共闘(全学共闘会議)を全国連合とすべく、1969年9月5日に日比谷野外音楽堂で結成大会が開かれたが、直前になって、議長として選出されることになっていた東大全共闘(東大闘争全学共闘会議)の山本義隆議長が逮捕され、一方、副議長として選出されることになっていた日大全共闘を主導した秋田明大さんも逮捕されていて、同大会は、中核派など主要8派のセクトが軸となって仕切られ、日米安保条約の粉砕といった政治色が強いものになった、などについて書かれていた。
さて、山本義隆さんと言えば、1960年代当時、東大の大学院での物理学研究者であり、あの当時、彼は京大の湯川秀樹博士から、「ウチへ来ないか?」との招請を受けていた、と言うことを私は、なんかの書物で読んだことを覚えている。
そんなことがあって、一時は、あの東大全共闘の山本義隆議長と物理学研究者の山本義隆さんとは別人かとも思ったことがあったのだが、その後、ネットで調べたら同一人物であり、現在、彼は駿台予備校の物理課講師をされていることを知って驚いた。
山本さんのそのことを知ってから、日ごろから物理の基本的な事柄に興味を抱いている私は、これまでに、山本さんの著作
「新・物理入門」(駿台文庫、2007年3月刊、1100円)、
および
「力学と微分方程式」(数学書房、2008年10月刊、2300円+税)
を購入して、時々暇つぶしに読んでいる。
やはり、物理学の研究者だけあって、他の物理の類書本の内容とはハッキリ違っていて、文章の書き方・内容に深みがあって緻密性があるなど、さすがだなあ、と感心しながら読んでいる。
かつては、湯川さんから誘いを受けたほどの能力の持ち主の山本さん、物理研究に専念されていれば、ノーベル賞も夢では、ないのに・・、と思わざるを得ない
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窪美澄さんの直木賞受賞作「夜に星を放つ」を読んで思い出した言葉

2023-10-27 12:55:17 | 人生
この受賞作「夜に星を放つ」の中には、五つの独立した小説が収められていて、中でも「星の随に」と「真珠星スピカ」という作品には感動した。私が窪美澄さんの作品と出会ったのは、今回が初めてだったこともあり、すぐに彼女のファンになった。読んでいて、すごく分かりやすい文章だったのも非常に心地よかった。
今回、読んで感動した作品は、私が、かつて読んで感動した、住井すゑさんの作品「夜あけ朝あけ」を思い出させてくれた。住井さんは、この作品のあとがきの中で、次のような言葉を残しています。
”悲しい時に、人は泣くといいます。それは、嘘ではありません。しかし、人は悲しい時だけ泣くものではありません。ふつう、いわれているような悲しさでは、私は泣きません。私は、美しいもの、真実なものの前に泣きます。時には、その美しさ、真実さに感動して、おえつのとまらないことさえあります。”
私としては、そうだよなあ、まさしく住井さんが語ってくれたのは、そのとおりだよなぁ!と思った次第です。
なお、ここで紹介した3つの小説のそれぞれの最後を飾っている、締めくくりの文章の言葉遣いには、何故か特に、私は強く心を惹かれ、心に焼き付いています。参考のために、ここで、これらの文章をご紹介しておきます。
☆「星の随に」の最後の文章は、
  そうしてまた、渚さんと、母さんと、海君と佐喜子さんのことを思った。渚さんが帰ってきたら大きな声で、「母さん、お帰り」と言おう。僕は心のなかで密かに誓った。
☆「真珠星スピカ」の最後の文章は、
  父さんがぽんぽんと私の頭を撫でる。父さんの手は温かかった。小さな虫は満足したように父さんの首筋を離れ、いつの間にか、夜空に溶けて見えなくなった。
☆「夜あけ朝あけ」の最後の文章は、
  川原の七夕笹は、さやさや、風にうたっている。六つの心は、そのうたをききながら、それぞれに泣いた。しかし、泣くのをやめて、みんな、力いっぱいうたってもよかったのだ。あの、”夜の太陽”をたたえてーー。
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成人式を迎えた孫娘へ

2022-01-08 17:14:51 | 人生
成人式、おめでとう。
覚えてるかな?
あなたが幼稚園に入る前の頃、あなたを自転車の荷台に跨らせて、近所の幼稚園を見に行ったり、遠くに出かけて豚小屋の近くを通りかかったこともあったネ。また、駅の改札口で、出かける私をワンワン泣いて見送ってくれてたこともあったよネ。
あなたが小学生だった頃、私があなたとお手手つないで、私がアベック気分で、東京へ出かけたこともあったし。それと、あなたとあなたの次女と私とが3人連れだって、スカイツリーを見に行って、当時の人気グループ歌手のTシャツを買ったり、ラーメン食べたりしたこともあったね。
あの当時のあなた、今もそのままなのかな?じゃ、ないよネェ!
今じゃ、もう、お手手つないでくれないもんね。
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自分をぶん殴りたくなるとき

2017-02-14 16:52:17 | 人生
自分で自分に腹が立つ、そんな気持ちについついなってしまう時がたまにある。今日もそうだった。JR大宮駅で下車するつもりだったが、居眠りしてしまって乗り越すことになってしまった。座席での眠りから覚めて、目を開けたら、電車のドアがまさに閉められようとしていて、発車寸前!、今更あわてて出口に向かうのも無駄。それで、今日はやむを得ず、JR浦和駅まで乗り越した。
振り返ってみると、今日みたいに電車を乗り越した経験は、ときどきあった。一方で、毎晩、夜はぐっすり眠れているし、睡眠時間は十分に足りている、と思っている。それなのに、電車に乗って座席に座っていると、どういうわけか、心地よい眠りに誘われてしまう。それと、不思議なことに、電車で目覚めたときって、すごく熟睡感があるみたいに思える。車中での睡眠時間が、ほんの数分間だったときでさえも、けっこう熟睡感を味わえていて、それって、実に不思議だ。



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今日は、天皇・皇后両陛下の結婚記念日

2015-04-10 13:45:33 | 人生
今日4月10日は、天皇・皇后両陛下の結婚記念日だ。私は、自分の結婚記念日のことになると、毎年のように家内や周りの人から気づかされるまで忘れていることが多いのだが、毎年4月10日を迎えると、何故かしら「今日が結婚記念日だ」っていうことが自然に思いだされる。
ところで、両陛下が結婚された年は、昭和34年、つまり西暦1959年のことで、私が大学2年生になった年だ。この時期のことを振り返ってみると、当時、私は、JR神田駅の東口から歩いてほど近い場所にあった「丸石自転車」という会社の本社に通ってアルバイトをしていた。そこでは、会社の一室で、4~5名の社員の方たちと一緒に、全国各地から届いた顧客カードの整理・チェックとか、封筒に手書きで宛名を書くこととか、といった作業をしていた。そんな仕事中、時折、社員の方々が世間話に花咲かせたり、たしか、3時にはお茶する時間もあったり、など和気あいあいと、仕事をやっていて、なんかしら家庭的な雰囲気が感じられた。今、想うと当時はゆったりと時間が流れていたように感じられて、実に懐かしい。
さて、現在は、と、いうとどうか?時代は一変!大きく様変わりしている。技術の日進月歩で、IT化の波が押し寄せ、仕事などいろんな面で効率化が当然の時代になり、今やスマホなど携帯端末が手放せなくなり、情報過多の中で、人々が慌ただしい生活をせざるを得ない状況になっているように感じる。
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「生きてこの世に在ること」、命の大切さを思う

2014-11-02 12:08:12 | 人生
めっきり寒くなった今日この頃です。
起床してまもなく、朝の陽光がきらめく中、母の寝室がある縁側の雨戸を開けながら、
その金属製の雨戸に頬をあてると、日光で熱せられたせいで、ものすごく熱くなっています。
太陽光ってすごいな、って感じます。これが自然なんだなぁ、って思い知らされます。
ふと振り返ると、庭の南天の実がすっかり赤く色づいてきています。
もう今年も残すところ、あと2カ月。月日が経つのは早いですね。
今は、相変わらず、94歳の母の介護にせわしない毎日を過していますが、
そんな折、つい最近、母の姉が98歳で永眠されました。老衰だったそうです。
で、2日間に亘って行われた、お葬式に行ってきました。
式場には、昔、遊んだいとこたちが大勢出席していて、昔話で大いに賑やかでした。
なんと50年以上も会ってなかった、いとことも会えたし、彼らのお子さんやお孫さん
とも会えました。このような法事の席でないと、いとこたちと会うチャンスがないのは、
残念な気がします。
今朝は、起床するときは、何ということなく、人間が亡くなるって、
大変なことなんだな、って思う気持ちが湧きおこりました。
この世に生れてせいぜい、100歳まで生きた後、その後は、この世から永遠に
去ることになるのですから、「生きている」、ということは、その人にとって
非常に、ものすごーく大切なことです。ここに、「生きている」ということ、
命というものの大切さがあるのだ、と思わざるを得ません。
自然界では、永遠不滅というものがあり得ない以上、生きている間は、一日一日という時間は
非常に貴重であり、よほど大切に過さないといけないな、って思うのです。
今、生きていることの大切さ、命の大切さを思うと、健康でいられることの有難さに
感謝せざるを得ない気持ちになります。
日頃は、毎日くり返す日常生活をほとんど、惰性的に過している私ですが、
先日みたいな、お葬式のようなイベントを契機として、ふっと、
今回みたいに、生きてこの世に存在することの尊さを、気付かせてくれます。
つい先だって、朝日新聞(2014年10月25日付け朝刊)に、人を殺すのはいやだ!
と言って、韓国で兵役を拒否して、フランスに亡命した23歳の青年が紹介されて
いましたが、彼の気持ちは十分に理解できます。
戦争やテロなどのほか、いろんな動機による殺人のニュースが頻繁に飛び交っていて、
そんな報道に接するたびに、やりきれない気持ちになります。
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久しぶりに蝶々を観察

2014-07-15 17:29:31 | 人生
昨日の朝10時のこと、予約時間に合わせて、家内に付き合ってもらって、車で、まもなく94歳になる母を歯科医院に連れて行った。医院は混んでいて、待合室の座席は座り切れない状態だったので、仕方なく私は、駐車場に停めた車に戻って、運転席でCDの音楽を聴きながら、母の診察が終わるのを待った。CDからは、演歌歌手の八代亜紀さんの代表的ヒット曲「なみだ恋」のピアノ演奏が流れていて、その甘く切ないメロディが心を落ち着かせてくれた。梅雨の合間のどんよりとした曇り空で、蒸し暑かったのでガラス窓を開けて過ごしていたのだが、そんな折、運転席の右側ドアに取り付けられているバックミラーに、茶褐色をした蝶がとまった。それで、蝶も「なみだ恋」を聞きにきたのかな、なんて思ったものだ。目の前わずかな距離にいる蝶を、飛び去るまでのほんの少しの間だったが、まじまじと眺める機会をもった。茶褐色をした、その蝶の羽は、透き通るように美しく印象深いものだった。
考えてみると、蝶をまじまじと眺めたってことは、今までに何回ぐらいあっただろうか。まったく、と言っていいほど思い出せない。それに、運転席からは、目にしみるほど鮮やかな黄緑色をした草花が、駐車場に植えられていたことにも、この時に気が付いた。
そんな感慨にひたっている時、やがて、診療を終えた母が家内と看護婦さんとに両脇を抱えられながら、車に戻ってきた。時計をみると、すでに11時を廻っていた。

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自分を褒めてやりたい

2013-03-22 09:28:47 | 人生
会社を定年退職して以来、SOHOの業務として、10年以上も続けてきた英文翻訳の仕事を3月20日をもって辞めた。
辞めた理由としては、私と同じ作業を請け負っているSOHO仲間は10人くらいいるのだが、私がダントツで最高齢であること、と、最近は何かと面倒を見ざるを得なくなった母親の介護の問題が浮上していることだ。それと、仕事を請け負っていることによる緊張感からは、このへんで脱出したい、という気持の問題もある。
このSOHO作業は、定年のときに勤務していた会社から、毎日、インターネット・メールで送付されてくる、外国の英字新聞に掲載されているビジネス文書を翻訳し、決まった文字数以内に要約してデータベース化し、週に2度くらいの割合で、会社側にメールする、というものである。
会社側とSOHO契約をして仕事を引き受けている以上は、やはり、会社に勤務中の現役と同じ気持を持ち続ける必要があって、定年以降も、これまで、片時も、たとえ、病気などで体調が悪い時でも、あるいは、旅行中などリラックスした環境の中にあっても、その緊張感をきれい・さっぱりぬぐい去ることはできないでいた。
でも、一昨日を持って、このSOHO業務が終わり、今や、やっと、解放感を手にしたところである。
思えば、最終日となった、一昨日は、その晩、ぎりぎりまで、翻訳文の推敲に時間をかけざるを得ない状況であったので、データベース化して会社側にインターネット・メールで送付したのは、20日の深夜になってしまった。
翌21日の昨日は、会社側に電話をかけて、これまで、SOHOとして、お世話になった件のお礼電話をしておいた。
今、緊張感を解かれた状況の私は、自分に対して、自分を褒めてやりたい、という心境である。!
さあ、今からは、残された私の人生を、自分で勝手に自由に使える!って、そんな気分にひたっている。
自由っていいですね。
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今日は大安吉日! なのに・・

2012-11-27 22:25:07 | 人生
今日は、電車に乗る前に、銀行に立ち寄った。そしたら、そこのATMの機械の前に「今日は大安」っていう看板が掲げられていた。銀行でこういう看板を目にするのは初めてだ。
で、電車の駅に行ったら、あらかじめ決めていた、乗る電車の発車時刻が遅れていた。なんか、どこかの駅で人身事故があったせいらしいのだ。
実は、今日は、午後2時半頃に、JR秋葉原駅の構内で、学校帰りの孫娘と会うことになっていて、どうしても遅れることはできない。
発車時刻が遅れているとはいえ、その快速電車に乗ったら、ギリギリ、間に合うかな、と思われ、ほどなくして駅に着いた電車に乗った。そうしたら、乗った駅の隣りの駅で電車が停車したのだ。快速電車なので、そこの駅には停らないはずなのに、なぜか停車したのだ。しばらく停車したままの状態が続いて、やがて車内アナウンスがあり、どこか変電所が故障を起こしたため、電車が停った、とのこと。
車内で待つこと、1時間近く!。そして、この乗った電車は、終点の上野駅まで行かず、急遽、はるか手前の大宮駅が終点になる、ということになってしまったのだ。
こうなると、秋葉原には約束の時間には、どうしても着けない。仕方なく家内に携帯で連絡して、既に大宮で仕事をしている彼女に、私の代役をお願いした。
そういえば、今日は、冬の強風も激しかった。午前中、自転車で買い物に出かけたが、その折、自転車の前方に取り付けた買い物かごの中に以前から入れっぱなしになっていた、ビニールのレジ袋が風に煽られて、かごから飛び出して、車道上をフワリフワリと宙を飛んだ。それが、私の自転車の近くにも飛んできたことがあって、捕まえようとするが、残念ながら、どうしても捕らえきれなかった。仕方なく、捕獲するのを諦めて、買い物に向け、自転車を進めざるを得なかった。-あのレジ袋のために事故でも起きなければ、いいのだが、と祈りながら。
・・こんなわけで、今日の大安、私にとっては、全く、大安だ、なんて信じられない、1日であった。
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