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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

秋の本のイベント3

2014-11-13 | 本とか
11月の1週目に3つ本に関係のあるイベントに行ったわけですが
直観読みブックマーカーと朗読会に続いての3つめについて。

フランス語を読んだり聞いたりする機会は全くなく
基本の基本さえあやしいですが
語学で一番好きなのが「発音」すること、というわたしに
ぴったりの講座がありました。
大阪の輸入絵本の会社がやってる、絵本をフランス語で読むという会。
絵本を嫌いな人はあまりいませんが、わたしも大好きだし
フランス語は入門程度をほのかに知ってればいいということだったので
何の準備もなしに気楽な気分で行ってみました。
ところが、
簡単な説明をしながら、絵本を読むワークショップと思って行ったのに
なんといきなりフランス人の先生(フランス語しか話さない)が
自己紹介をして下さいねと(フランス語で)おっしゃり、
え・・・?自己紹介しろって言ってる?え?え?フランス語で?いきなり?

女性ばかり5人くらいの参加者で、一番しゃべれそうな人が
なんとか自己紹介を始めたので、必死で聞いて必死で思い出しました。
・・・じゅまぺる~~。じゃびて~~。じゅすい~~。
そして先生が何か質問される。
??電車?乗り換え?時間??どこ?いつ?
・・・どぅ、どぅふぉあ。ゆなーる。あらゆにべるして・・・
しどろもどろ、という言葉を人間にしたら、この時のわたしです。笑

それからきれいな絵本を出してきて、表紙を見ながら、どうも
「何が見えますか」と聞いてるようです。
とれ ころれ。でゅゔぇーる。どぅろらんじゅ。
ぱんちゅーるどぅぽあっそん?

名詞の男女はひとつも覚えてません。時制もひとつも覚えてません。
単語だけは、後半にはどんどん思い出してきた。
文法や活用は少し思い出してきた。
冠詞は気にせず、時制も気にせず、聞こえた言葉を拾っては
なんとか短い文にしてしゃべる、ということを必死にした1時間でした。

他の参加者の方も似たような感じで、必死でカタコトで話してましたが
終わる頃には、わたしはだんだん楽しくなってきていました。
なんか、どんどん、昔覚えたことを一気に思い出していく勢いがすごくて、
ちょっと興奮してしまうくらいでした。
あ、それ知ってる!あ、そうそう、そうなるんだった。あ、その言い回し!
そして間違っても平気で(そもそも正しい冠詞がひとつも思い出せないんだから
間違わずにしゃべれるはずがないし)聞いたことを繰り返して
少しずつ話を進めて行く。楽しい。

多分、英語を勉強したり教えたりする中で(最近勉強してないけど)
自分にはイイカゲン力がついてるのだと思います。
マレーシア生活の影響も大きいかも。
誰も正しい英語をしゃべってないけど、通じ合って問題なく過ごせる世界を
長く見てきたせいかもしれません。
正しい言葉をしゃべらなくては、という概念が、ほとんどない。
こちらがどれだけ初心者なのかは、わかってくれてるわけだから
もう間違えまくって好きにしゃべったらいいんだなぁと。

終わった後、疲れ切ってる人たちの中で、わたしひとり
なんだかうきうきと楽しい気分になってました。
本のイベント、というより語学講座に近かったんですが
これはこれで楽しいものでした。

10月のつぶやき:後半

2014-11-11 | つぶやき
よくない知らせを聞いて、
何か声をかけたいけど何を言えばいいのかわかりません。
がんばってとも言いたくないし、なんて言えばいいんだろうなぁ。
いつか会うということもないだろうし、
細ーく遠ーくですが、気にかけています、と言っていいだろうか。
と書いたら、ちゃんと伝わってた。
それでいい。

痛いのに弱いです、自分の痛みでなくても。
わたしの好きな人たちが、痛い思いをしませんように、とこれから毎日祈ろう。
そして急にいなくならないで。



人のものでも自分のものでも、クリエイティブにつくづく疲れた時に、
ただ編むというのは本当にいい


ケイト・ウィンスレットほどじゃないけど
シャルロット・ゲーンズブールもイマイチ好きじゃない女優なんですけど、
見ると悪くないことが多くて、あれ?好きじゃないはずなのに?
もしかして本当は結構好きなのか?とあれこれ思ってしまう女優・・・。
ケイト・ウィンスレットには迷いはない、嫌いです。笑


何もできないまま50歳やなぁと改めて気づく。
もっと怖がった方がいいんじゃないか。不安はいつでもあるけどさ。


色々言われたはるけど、わたしは村上隆は
なんかかわいいとこがあるなぁといつも思うのですが。
案外うたれ弱いところや、ぼやき方が。


すれ違った女子大生風のかわいい女の子たちが楽しそうに笑いながら
「韓国人にレイプされるでー」と言うのが聞こえた。
さっきまでいたアンティークショップで北欧グッズに、
かわいい~!と言うのと同じ調子で。
大きな蚤の市で、友達にばったりあったり、不思議なもの見たり、
楽しくすごしてきた気分が、一緒で萎える破壊力だ。
悪気も差別心もない(つもりの)
無邪気な(つもりの)冗談か何かなのでしょうね。
やれやれ。


いや、わたしは懐かしむ。思い出せなくても懐かしむ。
思い出せないことを懐かしむ。
忘れたことを懐かしむ。
自分にとって生きているということに一番近いのは
懐かしむということかも。

今生きている今は、どうということはなくて、
それは未来に懐かしむものとしてある。


>よう誤解されてるけど、知的能力というのは「何を知ってるか」で
>計られるものではなく「自分が何を知らないかを
>どれだけ精密に知っているか」で判断されます。
>だから知的能力が低い子供であればあるほど「ボクはなんでもできる」
>「知らないことはない」と信じ込むことができるのです
・・・小学1年生がものすごく自信満々で自慢しまくりで
「オレすごいぜ!」感に満ちていて、それが許せない、物の分かり始めた4年生、
という構図を、自分の子どものクラスで毎週見てます。
もう少し大人になれば、未熟な「オレすごいぜ!」感を、
かわいいなぁと思うことができるようになるんだけどね。
わたしにはどっちもかわいいのです。


ふんわりしたワンピースを着てても、とりあえずビールや。

時間つぶしに、カフェで編み物なんかしてるけど、それでもビール。



25歳の女の子が気づくようなことに、今頃気づいたりしてます


普段あまりにおどおどと生きているので、
本当は空きっ腹にワイン3杯流し込んだくらいの、
ちょっとふわっとするテンションでいつもいられたら、
結構いろんなことが解決しそうに思う。
危険なので、しないけどさ。


電車の乗り換え力がない。


朝日新聞の無料お試し購読の新聞が入ってたという人が、
うざい、勝手に入れるな、ムカつく、うちはずっと産経なんだよ、
生ゴミ包むのに便利よ、でも嘘つき新聞で包んだら生ゴミも腐るわ、
などとFacebookで言ってるのを見た日、
うちのポストにはサンケイのお試し新聞が勝手に入ってましたよ。


仕事終わり週末です。寒くて、どこかに寄りたいけど、
どのバーに行きたいかわからないので、今日は帰ります。
バーではいつも何飲みたいかわかんないし、
人生に即答や断言できることって、本当少ない。


不利でもなんでも、すぐに役に立たないものを学ぶ機会のある人は
恵まれているので、しっかり恵まれてほしいです。
でも飢えてる人に魚のとり方を教えるより魚を与える方が先決な場合もあるから、
そこに上下はつけないでほしい気がする。
アカデミック至上主義も軽視もどっちもなぁ。

若いうちは、無駄なことや役に立たないことをたくさん学ぶのは、いいと思う。
自分自身、役に立たないことしか学んでなくて、生きるのには苦労してますが、
楽しく生きてますよ。


ひとり暮らししてると、食材が何もないか、
余ってて賞味期限すぎそうなものを必死で食べてるかのどっちかで、
ほどほどということがないのは、わたしがまだ慣れてないから?


息子が行ってたのは県下最低レベルといわれた中学で、
学年で一番をとってて授業中に言われたことは全部終わってても、
他の本見たり鉛筆回したりしてるだけでひどく怒られる学校だった。
ただ、ぼーっと過ごすしか許されなかったらしく、
オレはまともな勉強がしたいんだよー!と憤ってた息子。

みんなができない世界では、できるということは大変困ることである、
ということだけを、そこでは学んだようです。

息子の中学時代の担任は英語の教師だったけど、
間違いの多い授業で、馬鹿な息子は最初の頃間違いを何度か指摘してしまって、
それ以来ずっといびられ続けたんだよなぁ。
参観一回行ったけど、これが底辺公立の先生のレベルかぁ、と
間違えた発音を生徒に復唱させるのを見ながら、息子と顔を見合わせてた。



急なお誘いでも何人か集まって、そうして集まったことがうれしいなぁ。
何人かの人を誘う時に、まあ大人なので
相性が悪いとかそういう心配はないけど、
お互い多少興味を持って楽しく過ごせる人どうしがいいから、
けっこう考えるんですよねぇ、組み合わせを。
中々難しい。今回はうまく行った。楽しめそうです。


友達は、案外少ない方だと思う。いや、普通かな。


今年は本当に、自分的大型カップルの結婚が続いてる。
長く付き合ってたり一緒に住んでたりしながら
結婚はしそうにない感じだった人たちが結婚したり、
きれいで自立して充実してる40代で、
このまま結婚はされないのかなと思ってた女性が次々に結婚とか。
いちいち驚くわ~。

デキる女は結婚できない時代から、
デキる女は結婚しない時代を経て、
デキる女が結婚する時代なのかしらん。

結婚制度の是非はさておき。


淡い、きれいな色の糸を編むときと、濃い色の糸を編む時と、全然気分が違う。
特に好きな色でなくても、淡い優しい色を編むと、気持ちが弛む。
不思議だなぁ。


帰宅後、部屋着に着替えるときいつも、
一番似合ってるのはこのよれよれのトレーナーなのではないか、と思ってて、
昨日初めてそのトレーナーのまま自転車でお風呂屋さんに行ったんだけど、
お風呂屋さんの鏡で見るとやっぱりよれよれで、
特に似合ってもいないことがわかりました・・・。


本捨てると、怒る友達がいるけど、なんでも捨てる時は捨てちゃう。
大事なものでも捨てる。


こんな屋台村にラフロイグやマッカランがあったので飲まねばなるまい。
なんというか、まあ、屋台といくらかのライブと、
いくらかのパフォーマンスなんだけど、それぞれの大きさがちょうどいい感じで、
いいお祭り感がうまく出てたなぁ。
湿度が高くて、ちょっと蒸して暑いくらいだった。
でも、今くらいの季節の屋外イベントはいいね。楽しかったです。


20世紀後半の平面アート作品を見てると、
なんかいつも岩絵の具にもっと可能性があるような気がする。
日本画ではなく、ただ岩絵の具に。


Twitterのつぶやきまとめしてると思うんだけど、
Twitterがなかったらこの言葉たちはどこにもないままだったんだなぁ。
言いっぱなしのTwitterがやっぱり好きです。
FacebookもLineも楽しいけど、一番言葉を楽しんでるのはTwitterだわたし。


怖がりの人の、なんでも怖い話を聞いてたせいか、
昨夜はとても怖い夢を見たのでした。殺人鬼?かなにかに追われる夢。
一旦逃げてホッとしたものの一生逃げてくのかと、
暗澹たる気持ちになった夢。
朝、目が覚めて、誰にも殺されそうになくてよかった、と思いました。
わかんないけどね、先のことは。
今のところは、誰にも殺されることは、ないと思います。


この前滋賀行ったとき、滋賀って行ったことないと思ったら、
美術館に何度か行ってたし、
週末阿波座駅降りたとき、この駅降りたことないと思ってたら
夏に行ってたし、
奈良なんて何年ぶりだろうと思ってたら、わりと最近行ってたし、
物忘れがひどくなると、いろいろ新鮮で忙しいわ。


ベベチオの歌ってるマウントレーニアのストーリーCM。
前回、じゃあいつか、とか言って別れてたけど、再会したようでほっ。
もどかしいけど、こういうのを、いい感じというのかもしれない。
ああいう、ふんわりした淡彩画のような青春がしたかったです。


DVの相談を受けて思うのは、もう結論はひとつしかないんだけど、
それをどう当事者の気持ちまで届けるかということだけで、
その辺は真心とか思いやりとかじゃなく、はっきり技術だと思う。
人の気持ちを操作したくないけど、
まともな正論言っても届かないからなぁ。


若い頃は今より少し頭がよく働いて、
でもあれこれと馬鹿なことをたくさんしたので、
そういうところは馬鹿なのよねぇと人にも言われ自分でも思ってたけど、
今はもう全方位的に馬鹿なのである意味わかりやすくていいです。
しかしここまで馬鹿になるとは想像できなかった、若い時は。

馬鹿というのも、なってみないとわからないものですねぇ。


自分の気持ちの中の混じりけなしの中心はなんだろうと、
不純物を全部除いたら残るのは何だろう、と、
何か思う時にはいつも考える。
考えるからといって慎重になるわけではなく、
考えながらむこうみずなことをしますけどね。

特に複雑などろどろした気持ちの中は、整理するのに苦労します。


久しぶりに映画のはしご。飲み屋のはしごと違って、なかなか忙しい。

自分は、わりと「理屈っぽいややこしい人」ということになってるので、
最近頑張って、「ただの酔っ払い」にまで昇級した。


何はともあれ、体は鍛えておいた方がいいと思う。
自分も若い時に武道を何かしておけばよかったと思う。
いざとなったら相手より強い、という余裕があれば
気持ちも多少強くなれる、こともあるかもしれない。


友達の作ったzineがすごくかわいくて、貰ったのがうれしい。
彼女が、このまま元気に楽しく生きて行けますように。
早くもっと元気になって、一緒に飲めますように。


自分はすっれっからしだなぁと、思った夕。
新しいことが楽しめない、というのではなく、なんかもう、
本当に新しいことなんかないんだなぁと少し思う。
だから、古典が好きです。
新しさに驚くことを期待しないで、深く深く楽しめもののほうが落ち着く。

驚いて目をキラキラさせて楽しむ人を素敵だなぁと思いつつ、
楽しむ顔だけはできるけど、驚けないんだよなぁ。もう。


人それぞれ書を読んでゐる良夜かな
山口青邨

10月のつぶやき:前半

2014-11-10 | つぶやき
ネット越しに知り合っただけの人からの優しさは、ありがたいけど
本当には信用していいものではないと思ってる。
お互いをよく知らないが故のうっかり間違った好意かもしれないから。
それでも、自然に笑いがこぼれるほど嬉しいことも時々あって、
どんな脆い儚いものでも好意はいいものです。

まだ会ったことのないニューヨークの人から小さい小包が届いて、
すごく素敵なものが入ってたので、ニコニコしている電車の中なうです。


言葉少なく、でも内側にはたくさんの言葉を
静かに積もらせているような人が好きですが、
自分は言葉少なくすると何もかも忘れてしまって、
ますますからっぽになるようなので、
時々呟かないといけないということがわかりました。


若い頃、なんで年寄りは健康の話ばっかりしてるんだろう、
何が面白いんだろうと思ってたけど、
久しぶりのツイートが、発熱なう、とかですみません。ふにゃ。

熱が出て寝込んだりすると、ちょっとほっとする。
馬鹿で、中々覚えられないのもちゃんと理解できないのも
間違った判断ばかりするのも、
熱だから仕方ないもんねぇと言い訳できるからね。


北風と太陽の話を信じると馬鹿を見ることが多い。たくさんありました。
それでもわたしはこの話は好きだし、そういうやり方で行く。
それは無邪気でナイーブだからではなく、信仰があるわけでもなく、
単なる美意識の問題です。


まだ静かだけど一応窓は閉めました。
真冬でも外の空気がほしくて、窓は少し開けとく派
(だから風邪ひく!と怒らないで)


香港の人口700万人。
毎年その3、4倍の人が中国から来る。2800万人くらいとか。


赤いバラはあまり好きじゃない。バラの葉っぱの色って濃いので、
花が深い赤だと全体に色味が沈んじゃう感じ。
濃い色の葉っぱには白っぽい花の方が好きです。
今日は明るいオレンジの小さめのバラ。
スプレー薔薇より少し大きめくらいの、小さい花です。


今の時期は、ハナミズキの紅葉がきれい。
ハナミズキの葉っぱは激しいくらい赤くなるのに、激しい感じじゃないのよねぇ。
ハナミズキは実の赤もかわいいし、春の白い花も可愛いし、
薄い緑の葉っぱも好きな木。


人は見かけによらないなぁと、しょっちゅう思うけどホントにそう。
あまりにポジティブでめんどくさいなぁと思ってたうちの保険の人の人生が
苦労の連続で壮絶すぎてもらい泣きしそうになった。
でも彼女はわたしに、大変やね、頑張ってね、と言ってはげますばかり。
話は聞いてみるもんだなぁ。


これ聴いてきた。スイス人のジャズバイオリン。(上の写真)
このバイオリンは音色を楽しむというのではなく、単に音楽の道具のひとつで、
中々デジタルな感じ。
ヨーロッパのジャズがわかんないときは、とりあえずドラムに集中するんだけど、
ドラムやばかったっす。


軽い意地悪、は、されたい。
(誰からでもというわけではないです)


ひとり暮らしの1年目は、まだ息子がたまに帰省しても普通にご飯が作れたのに、
1年半経つと、人に食べさせるご飯を作るということが
すっかり遠くなってしまって、ぼんやりと、
何をどう作ろうかなぁと途方に暮れたりしてる。
なんかさびしいことだなぁ。

「無能」の方へ、さらにもう一歩近づいてしまった。


通じない相手に話すのは消耗するだけで不毛なので、
わたしは父に、父がどんなにひどいことをしたのか言ったことがない。
そのせいで、父は今もしつこく愛情と尊敬を要求する。
そんなもんあるかよ。
世界に人間が父ひとりしかいなくても、一滴の尊敬も愛情も、
父には向かわないよ。というくらいなのに。

もう今は、父の死を望んだりしないけど、
彼が死んだら生まれて初めて、息ができる気がするだろうと思ってる。
どんな感じだろうか。空が一気に広がる感じだろうか。

まあ、そうなっても、もう何もかも遅すぎるんだろうけど。
いくつになってもやり直せるなんて大噓だからな。


まだ時々荒みますけど、去年の冬頃がひどかった。
ああいうのはもういやだな。もういやです。少し賢くなりました。


>ある精神科医が、人は時に命を懸けても反省したくない生き物で、
>狂気を装って責任のがれしてるカルトの教祖とかもその類と分析していた。
>一般には死刑がいやだからと思われてるけど、
>それよりも実は反省するほうが嫌なのではないかという。
>確かにそれくらい自分についての嘘が好きな人間はいると思う。
・・・謝ったら死ぬと思ってるやつ、いるよな。


強がりを見破る人が誰もいない。

強い強いと言われる、と不満を漏らしてた女友達がいて、
でも彼女の強さにはちゃんと隙があって、それで彼女は非常にモテる。
2歳のときから男にモテてた、と言ってた、
常にぎりぎりの隙のある、女力の高い友達。
ああいうのは生まれつきのものなんだなぁ。


理由はないんだけど、ものすごく出かけたくない気分。
理由なく、出かけたくない日は多い。
理由なく出かけたい日、というのは記憶にないなぁ。
基本的に出不精ですね。結局出かけるけど。


>あと、私はイスラム国の暴力そのものが魅力ではとも思っている。
>人を犯し、殺し、生きた人間の首を切ってみたい、
>そのためにある程度のリスクを取る人間は
>おそらく人が普段思っている以上に多いでしょ。
>サドやバタイユが普遍性を持つ程度には。
>暴力は甘美でエロティックで強烈な欲望の対象なのだから。
・・・個人的にはよくわからないけど、そうなのかもなぁとは思う。
暴力は人を惹きつける。
怒りが人を惹きつけるのと同じように。
それに身を任せるのはラクで楽しいことなんだろう。


気分のダメな時にも、出かけてそれなりに楽しく過ごすことはできるけど、
ダメな時に家にひとりでいて楽しく過ごすのは難しい。
普段はひとりで家で楽しく過ごすのは大得意なんですけど。

ダメな時には、絶対後悔しないと決意して捨てたはずのものが
懐かしくて仕方ないです。
そんなもん、懐かしがるな、わたし。


温泉。わたしに今必要なのは温泉だという気がしてきた。
今負荷なくできそうなのは、それくらい。嵐の中で露天風呂入りたい。


家のお風呂は本も読めるしアイスも食べられるし好きなんだけど、
窓がないんだよ。
マンションの部屋の、ほぼ真ん中へんにあるから、うちのお風呂。
窓から外の音や冷たい風が入ってきたりしないの寂しい。


デジタルのデータは朽ちるということがなく、
なくなるときは消えるだけだから風情がないよな。


今朝息子が香港から帰ってきて昼過ぎまでうちにいたんだけど、
台風で電車なくなる前にって、早めに京都へ帰らせた。
1泊くらいさせてもよかったんだけど、よくしゃべるので、うるさくて。笑
常にひとりでいたいわけじゃないけど、くせのようなものかな。
ついひとりになろうとします。


和歌山に住んでる、同じ年くらいのひとり暮らしの友達は、
台風が来る度にすごく怖い思いをしてて、それはすごく気の毒。
そうでなくてもひとりでいると怖いものだらけだもんな。
台風をこわがらずにいられる場所にでも住んでないと、
わたしはやっていけません。


そういうわけでペニンシュラのチョコがあるので、
今は熱いブラックコーヒーが怖いです。?


へこへこに凹んでて、誰とも会話したくなくて
返事をしてないメールがたまってる。
ぽこんと、息継ぎのようにふと浮き上がった瞬間を逃さずに使わないと、
中々返事が書けない。
何でもない用だったりするんだけどねぇ。


米がきれてる。米がきれてるのなんて、初めてかも。
米がなければペニンシュラのチョコを食べればいいじゃない?


夏の終わりから髪がすごく抜ける。すごくすごく抜ける。
髪の量を気にしている男性だったら、
世界が灰色になっちゃうくらいじゃないだろうか。
髪の量を気にしている男性じゃないけど、いやになります。
やっと伸びてきたけど、また短くしちゃおうかなぁ。


映画「オール・ザット・ジャズ」の、こんな風な女好きの男というのは、
結局は女が好きなわけじゃないんだろうなぁと思う。
実際のとこ、かなりどうでもいいのでしょう。
尊重してないからこういうことができる。
この主人公が愛したものは、舞台だけだったんだろうなぁ。
自分の才能と。


寒くなってくるとうっかりココアが飲みたくなるんだけど、
ココアは甘いのが好きだし、でも甘い飲み物は苦手で
後半無理矢理仕方なく飲んでる状態になるし、どうすれば。
デミタスカップで、濃ゆいのを数口だけ飲むといい気がするけど、
めんどくさいんだよねぇ、数口分だけ作るの。


風邪が治ってから1週間くらい、どろどろに沈んでました。
起き上がってお風呂に入るのも難しいくらいのレベルで、
本当に動けずちょっと危機感あったけど、今日ふと軽くなりました。
やれやれ。
どろどろの最中は、どろどろだとは言えないものですけどね。

そしてどろどろすぎるとお酒も飲めません。
それはいいことのような気がするけど。


明日行くところ、人なつこい場所と建物だったらいいなぁ。

知らない場所に行くことは多いけど、たいがいまちなかや、
せいぜい町外れなので、多分かなりの田舎?と思われるところに行くのは、
かなりどきどきする。
田舎、よくしらない人間です。


小倉遊亀は、あちこちで、何度も展示を見てるけど、
久しぶりにまとめて見たら、やっぱりいいなぁ。
そして日本画の絵の具はやっぱりいい。好き。
やめちゃったことをいつも少し後悔する。


暑くなく寒くなく、って素晴らしいな。
体力の消耗が半分以下、暑いの苦手だから、
暑くときの2割くらいしか疲れないぞ。足は棒ですけど。


晴天下に何時間もいたので、もちろん頭痛がしてます。
眠くても寝過ぎても、疲れても、眩しくても、肩凝りでも、
とにかくすぐに頭痛がするから慣れてはいるけど。


かかとががさがさになってきて秋が来たなぁと思い、
くちびるがかさかさになってきて秋が深まったなぁと思う。
色気のないことで季節の行くのを知ります。
リップクリーム買うまでは、とりあえず、蜂蜜塗っときます。甘い。


「ミリオンダラー・ベイビー」のイーストウッドは前に好きだった人に似てる。
もっと細い人だったけど、肩の形、あごの線、目の感じ、
骨張った人のしわの感じ。
うつむいて自嘲するときの笑顔。
それで、何ということもないけど。ただ思い出すなぁと。
というわけで、「ミリオンダラーベイビー」を見てる。


うさぎは、完璧だなぁと思う。
その丸さ、舞うと落ちないくらいの柔らかくて細い毛、前足の頼りない短さ、
耳のあたたかいビロードみたいな手触り、
まるでぬいぐるみな見た目とは全然違う孤高、
人間への理解のなさ、理解する気のなさ、
歩み寄る気も妥協する気も全くないところ、完璧な生き物だなぁ。

そういう意味で言うと、あなたも完璧です。素晴らしい。


ぽろんぽろんと、こういうのが弾けたらいいなぁと思う。
ギター触ったことないけど。
「ミリオンダラーベイビー」のエンドタイトルの音楽。

マナーの問題とそうでない問題と

2014-11-09 | Weblog
とある舞台を見に行きました。
20年以上前に初めて見てぶっ飛んだ舞台。
こんなの見たことない、何これ一体?と驚き息を飲んだものです。
その後数回見たけど、今回は20年ぶりで、すごく楽しみにしてた。
でもその舞台の内容ではなく、別の話を書きます。

舞台を見てる間、斜め前のおばさんは遅れてガサガサと入ってきた上、
何度もスマホがなったりチェックしたりで、非常に目障り。
音は前後左右数人がほのかに聞こえるくらいに小さくはしてあったけど。
そのスマホ、どこかに忘れる呪いをかけた。笑

そして隣のおねーさんは、途中から爪を噛み出し、
どういう噛み方なのか、カツカツ、コツコツ、音がしてうるさい。
上下の歯をカチカチあてる音。
見ると、目だけは舞台を見てるけど、
指を2本角度変えて動かしながら口に入れて一心不乱に爪噛んでる(^_^;)。
百年の恋も冷める呪いをかけました。笑

今日の舞台鑑賞で、ケータイやら雑音やら普通に迷惑な人にはさまれたわけだけど、
それとは別にずっと集中できなかったことがあります。
数列後ろから何か木のようなものを叩く音が、断続的にずっと聞こえてたのと、
時々聞こえるうなり声。
最初は舞台の効果かなと思ったけど、そうじゃなかった。

断続的で、リズミカルでない、ぽこぽこ木を叩く音は大きなホールに響き渡り、
静かなシーンの効果をほぼずっと邪魔していたのだけど、
誰かが「うるさいんですけど」と一度声をかけた以外は誰も何も言わなかった。
なんらかの障害のある人だろうと、みんなわかったのでしょう。

正直言うと、わたしはずっといらいらしていた。
元々聞きたくない音が聞こえるのに我慢できないタイプだし、
20年ぶりのその舞台をものすごく楽しみにしてたのです。
でも、かといって、その人を責めることはできないし、
その人も舞台を楽しんでいいと思うし、
どう考えればいいのか落ち着かなかった。

帰りに振り返ったら、それは高校生か大人か、
ちょっと年はわかんないんだけど、若い男の人だった。
お母さんらしい人が勝手にどこかへ行かないように言い聞かせてて、
その言い聞かせ方と、その男性の様子を見てて、
知的障害があるかどうかはわからないけど、どうも自閉症の人らしいとわかった。

わたしは、こういう舞台は静かに集中して見たいです。
不愉快な雑音には腹が立ちます。
でもその人たちがそこにいるのをやめてほしいとも思えません。
その人の出す雑音に腹を立てることと、その人がそこにいるのを認めることに、
矛盾がないような気持ちになるまで、少し時間がかかったけど
自分の中では落ち着きました。
いらいらしてしまう自分を責めないし
そこにいるその人も責めない。
これでいいのかな。中々難しいな。

秋の本のイベント2

2014-11-08 | 本とか
読書会遊びをしてたことは一昨日書きましたが
朗読会と言うのは映画でしか見たことがなくて
それも全部外国映画で、日本ではあまり身近じゃないし
今まで参加したことは一度もありませんでした。

でもある時ふと見かけたのが、現代アメリカ文学の翻訳の第一人者
柴田元幸さんの京都での朗読会。
彼の出している「モンキー」という文芸誌の第4号発売記念の朗読会。

実はわたしは昔々の大学生時代、専攻がアメリカ文学で
卒論はフィッツジェラルドでした。
その頃は小説もたくさん読んでいて、その後もアメリカ文学は
自分なりに楽しんで読んでいたので、
柴田元幸さんの翻訳もいくつも読んだし、
彼の編んだアンソロジーなども家にあります。

この写真の本は、エッセイというか書評集ですが、
「モンキー」という雑誌の前身、「モンキービジネス」も読んでたし
ちょっと行ってみようかなと、直前だったのですが予約して行きました。
会場が京都の恵文社一乗寺店。とても素敵な本屋さんで
最近もどこか外国のサイトで世界の素敵な本屋のひとつに選ばれてましたね。

寄席の落語でも笑いながら寝てしまう眠たがりのわたしなので
朗読をずっと聞くのは眠くなるんじゃないかと心配したけど
(しかも待ってる間にビール飲んでたし。笑)
眠くなるどころか、すごく楽しく聞き入りました。
お話の合間に朗読が挟まる形で、でもどちらもよかったです。


最初は絵本の朗読。
これは絵本のページをスクリーン(白壁ですけど)にうつしながら
パソコンを見ながらの朗読。
絵本の読み聞かせをしてもらったことのないわたしはちょっといい気分。
でも朗読って、もうパソコンやタブレットを見ながらするものなのね、と
何だか不思議な感じでみていたら、そのあとのものは、
紙の原稿やノートを手に立ち上がっての熱唱となりました(?)。
やっぱり長文は、紙の方が読みやすいよね。

今回の「モンキー」はジャック・ロンドンがテーマ。
1900年頃の作家、カメラマンです。
ジャック・ロンドンは名前や作品は知ってましたが
読んだことはありませんでした。
あまりアメリカの古い時代に興味がなかったんですね。
動物と人間やその野生について書かれたものが多く
動物にも興味がなかったので。
でも興味の有る無しは別に、やはり面白いものは面白い。
有名な作品の他に、まだ発表されていないものも読まれて
しかもラストの前で終わったので、続きが知りたくてうずうず。
著作権は切れてるので検索したら出てきますよとにっこりされてたので
帰宅後検索してざっと読みました。→こちら
英文ですが、柴田先生が読んだところは、英文見ながらも
彼の日本語の朗読がいきいきと思い出されました。

1900年頃は、テレビもなく、映画の隆盛もまだの時期で映画スターも特になく
時代のセレブといえば作家たちだったそうで
ジャック・ロンドンやマーク・トウェインは、かなりセレブな存在。
酒場のケンカが新聞の一面の記事になるくらいだったそうです。

また、ジャック・ロンドンはどんどん書く作家だったようで
いいものができたら出版社に送る、
あまりよくないものができたら、やっぱり送る、と言う人だったらしく
作品には、過去の焼き直しっぽいものがあったり
完成度やレベルはいろいろだったようですが、
そういう作家って他に思い浮かびますか?の問いに
柴田先生はドストエフスキーなんかそんな感じがしますね、と。
そうなのかぁ。

あと、柴田先生は「るび」がお好きなようです。
昔のように総ルビでもいいくらいとおっしゃってました。
「るび」に好き嫌いがあるなんて考えたことがなかった。面白い。

朗読会っておもしろいなぁ。

月記:2014年10月

2014-11-07 | 月記
秋は大好きな季節です。
まだ昼間は暑かったりしながら上着を持ち歩くようになり
薄手のストールを巻くようになり
夜は物思うようになり。

・ワールドワインフェア。友達に招待されて業者さんの試飲会。
 すごくおいしいオリーブオイル買う(すごく高い)。
・トビアス・プレイセクのライブ、ジャズバイオリン。
 北欧ジャズです。友達と息子とその友達と。
・友達のギャラリーNOMAでブローチ買う。
・KAVCで写真展見る。一面朝顔の写真がとても気に入る。
・滋賀に写真の用で行った帰りに近代美術館で小倉遊亀と安田靫彦展。
・京都と奈良にも写真の用事で行きました。遠足みたい。
・映画祭のプレイベントのプレゼンパーティ行く。
・関西蚤の市。大きめのティーポットを買う。
・維新派の屋台村遊びに行く(舞台は見てませんが)。楽しかった。
・やたら帽子を編みました。
・友達に帽子の編み方を教える会
・直観読みブックマーカーという本のイベント


・映画館で見た映画
「ピーターブルック」「悪童日記」
・DVDで見た映画
「ミリオンダラーベイビー」「ラブレース」「オールザットジャズ」
「バーニー」「17歳」「アンビリーバブルトゥルース」

秋の本のイベント1

2014-11-06 | 本とか
普段なんだかんだと写真や映画のイベントには関わったり
遊びに行ったり多いのですが、
本関連のイベントは何年かお留守にしてました。
数年前は古典を読む会をやってみたり、
本と映画や小説の舞台の見学とかを組み合わせた読書会をして遊んでましたが、
ここ数年いろいろと落ち着かないことが多くてあまり本を読めなくなってたので。
今ものろのろとしか読めないけど、ゆっくり大事に読んでます。

それで、この前うちのすぐ近所、徒歩3分くらいの某NPO法人に勤めてる友達が
わたしも会ったことのある人を招いて
本のイベントをすると言うので行ってきました。
予習いらないし、ぶらっと気軽に行けばいいと言うことで。
ぶらっと行ったら知り合いの飲み屋の奥さんもいて、あら!とご挨拶。
あと某市の図書館の方も、以前お見かけしたことある気が・・・
(世間は狭いです。笑)

これは陸奥さんと言う人の「直観読みブックマーカー」というもので
中々説明しても実際どう言うものなのかわかりにくいんだけど、
何か質問しては、テキトウに選んだ本のテキトウなページの
テキトウな場所を目をつぶってえいっと指で選んで、
それをみんなであれこれ楽しむというような遊びです。

たとえばsighさんってどんな人?の問いに、みんなでやって出て来たのが
「いや分かっているのだろうか。混乱する」とか
「フレアスカートでスキップしてみる」とか。
それを、あーだこーだ分析したり感想言ったり、
わりとゆるっとした感じで楽しみます。
そしてその時にどの本の何ページとかもメモして
そういう風にして本に興味を持って読みたい本を増やしていくという
狙いもあるようです。

あと、村上春樹の本がたくさんあったので、
それで4行詩を作るというのもやりました。
4人一組で、それぞれが起承転結を担当をして1行選んで並べる。
村上春樹の文体って強固だなぁとしみじみ思いました。
意味は全然繋がらなくて、すごく変な詩になる、というか
詩としては成立しないんだけど
どの1行も村上春樹なので、なんとなくまとまりはあるのです。
変に現代詩っぽくておかしかったですね。

こういう遊びは参加者の組み合わせでかなり左右されるので
わたしのような偏屈は楽しめないことが多いかもしれないけど
興味深い試みだと思います。
そして、お茶をいただきながらやったのだけど
これはお酒を飲みながらやるとずっと楽しいんじゃないかなぁと思ったのは
わたしが酒飲みだからでしょうか?笑

そういえば陸奥さんが「カモメのジョナサン」で有名な作家
リチャード・バックの「イリュージョン」と言う本のことを言われて、
その本はわたしの大好きな本で、
失くさないように文庫を何度も買ってしまう数少ない本のひとつ。
その本の中に、なにか答えがほしい時に、どんな本でもいいから
テキトーに開いて読むと、大体答えはそこにあるみたいなことが書かれてて
それについて話されてたんだけど、その辺はわたしも記憶にありました。
20代の頃はジョン・ケージの「小鳥たちのために」という本を持ってて
その本でよくそういうことをした覚えがあります。

映画:カムバック

2014-11-05 | 映画

「聖者たちの食卓」見た日、続けて見たのは、全く毛色の違うこれ。
「宇宙人ポール」と→「ワールズエンド酔っ払いが世界を救う」という
2大B級ヘンテコ面白映画の制作チームと役者の映画なので見てみました。

イギリスのだめなメタボおじさんの話です。
主演はニック・フロスト。メタボ中年だけどキュートで、
真面目で感じのいいメタボおじさんのイギリス英語はかわいいです、
と思えるあたり、わたしも大人になったなぁ・・・。

ただ、ダンスはなにはなくてもまず姿勢なのに、
やや猫背の主役のダンスが、どう見ても上手く見えなかったのが残念・・・。

少年時代にサルサダンスに目ざめて活躍したけど、全国大会制覇を目前に
会場へ向かう途中で不良たちにダンス衣装を見とがめられ
暴力にあって大会に行けないまま、そのトラウマでダンスをやめた男性。
今は冴えない中年男性で会社では、自信過剰同僚にいじられる日々。
そこへ、美貌のアメリカ人女性上司が赴任、
なんと彼女の趣味もサルサ!
もう一度サルサを踊る決意をするが・・・と言うお話。

すごくベタで安いストーリーで
主人公のダンスは全然上手く見えなくて、ダンスシーンがイマイチ楽しめないし
美人上司を狙ういやな同僚ライバルが
性格はいやなやつでも、せめて見た目がもう少しイケてないと
話が成立しないんじゃないの?という点と、
大事なとこ2点がダメなので、駄作というしかないのですが、
まあ、あんまり腹は立たなかった。笑
これがアメリカ映画だったら腹が立つレベルですけど
やっぱりあちこちにイギリスっぽさがあるし
ライバルとの屋上ダンス対決はものすごくバカバカしくて笑えるし
主人公の妹のキャラとか中々いいし、
ほんの気晴らしにはいいかも、くらいの感想です。
ダンスシーンがだめなダンス映画で
ライバルイケメンが全くかっこよくない恋愛映画、なのに
やさしいわたし。笑

映画:聖者たちの食卓

2014-11-04 | 映画


これは、なんかすごい映画でした。
もう少しよく調べて考えなくては。
10万人の食事、毎日、というのが、こうやってドキュメンタリーを見ても、
まだわかんないの。
だってこれって、わたしの感覚的には、年に一度の超大イベント級のことなのに、
それを毎日って、もう想像を超えてます。
誰かじっくり話を聞かせてほしい・・・。
だって10万人だよ。
もう全然わかんない。
10万人の規模のイベントって、死ぬほど大変。想像できない。
それを毎日とか、いったいどうなってるの?インド、すごすぎる。。。

セリフはほとんどない(全くない?)ドキュメンタリーです。
インドの<黄金寺院> では、毎日10万食が巡礼者や旅行者のために、
無料で提供されていて、一度に5千人ずつ順番に粛々と食事をするようです。
10万人が集まるのもすごいけど、それを作るのも片付けるのもすごい。
その準備から片付けまでの様子が、淡々と、じっくりと撮られてます。

オートメーション的な機械はなくて、手作業で全部されているようです。
料理も洗濯も掃除も、人が手でやっているのです。
10万食分を300人のボランティアが作っているそうですが、
食材などの経費はどこからでてるの?
それにしても、人力にしても、いや手作業であるから、なおさら
ものすごいシステムの構築が必要だと思うんだけど
それはいつ誰が作り上げたの?
見ている時に浮かぶ疑問の答えは映画では出てきません。
ただ、普通の人たちが日常の当たり前のことのように料理しているだけ。
だからこそ、不思議なんですよねぇ、10万食・・・。

でも、この映画で見るべきところはそこではなく
(イベント界隈にいると、つい仕込みについてばかり気になる。笑)
この共同食堂が、宗教も人種も階級も職業も関係なく
誰でも平等に食事できる場所であるというところの方なのでしょう。
映画の公式サイトにこう書かれていました。
このグル・カ・ランガル(共同食堂)は、シク教の“宗教、カースト、肌の色、信条、年齢、性別、社会的地位に関係なく、すべての人々は平等である”という教義を守るために考案された500年近く続いている習わしだ。
そして映画の最後に、インドでこんな風に平等な場所はまだ他にない、
みたいなことが書かれていました。(うろ覚えですすみません・・・)
こんなことを何百年もできる国で、まだ階級差別は歴然とあるという、
その矛盾や混沌がインドらしいといえばインドらしいですが。

映像はきれいです。
上田義彦の「M.Ganges」という写真集をもっているのですが
それを最初の方は少し思い出しました。
この写真集はインドのガンジス川の辺を撮ったものですが
ほとんどの写真がピントを外してあって
ぼんやりとした色ともっとぼんやりした輪郭のものがほとんどです。
こんなインド見たことないなぁと思って、時々見る好きな写真集です。


報道写真

2014-11-02 | 写真
何度か、ぱらぱらみている写真集が、報道写真なんだけど
カラーフィルムの写真で写真がとても好みなもので、
つい写真を見る目で見てると死骸がごろっと出てくるので、
不意をつかれてぎょっとし、少し考え込んで疲れて閉じる、
というのを繰り返している。
数日後に、同じ本で
同じページで同じことをする馬鹿です。


このあいだまで東京で展示やってたと知って
プリント見たかったなぁと思いながら
なんとなく好ましく見てたんだけど、この前写真家をぐぐったら、
かなりうさんくさい人だったのかもしれないと知りました。
違法医療行為や詐欺事件、ひどい評判や噂。
うーん。

もうなくなってる人ですけどね。そして写真はやはり、いいのです。
寝る前に、今度はもう少し気をつけて見よう。

わたしの教会

2014-11-01 | 音楽
先週書いたブログに→取り戻す時間
昔、ひとりになって自分を取り戻す場所や時間のなかった女たちにとって、
家事などの作業の時間が自分を取り戻せる教会のようなものだと
書いてあった本について触れましたが、
わたしにとってはバッハがそれだなと、今、思い出した。
とても久しぶりに無伴奏を聴いて。

バッハの無伴奏はチェロばかり聴いてた時期もあったけど、
自分にもっと染み込むのはバイオリンの方かなぁと、また思う。
無伴奏チェロを聴くのは男の人に包まれているようなもので、でも
バッハのバイオリン無伴奏は自分自身の内側に入り込むようなもので、
それってまさに教会のようなものです、わたしにとって。

いえ、信仰はないですけど。

そしてピアノも好きだけど、やっぱり弦が一番好きです。
自分の内側が無言で一緒に共鳴してるのがわかる。

宗教はないけど、自分はわりと宗教的な人間なんじゃないかとは、思います。
イマドキのいわゆる「スピリチュアル」には拒否反応ありますが、
ああバッハ。