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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

映画:チョコレートドーナツ

2014-05-15 | 映画


これの原題は、Any Day Now。
映画の中で主人公が歌うボブ・ディランの歌の歌詞のようです。
これを「チョコレートドーナツ」にしたのは、中々いいセンスと思う。
甘く懐かしい感じがするし、映画の中でチョコレートドーナツは
重要なモチーフだし、いい邦題です。珍しく。

ドーナツはわりと好きで、昔は家でよく揚げてたけど
オールドファッションタイプのドーナツはもう重くて、
最近はイーストを使ったタイプのドーナツしか食べないです。
でもブラックコーヒーにこんなに合う食べ物はないと思う。
そして、このブログもここ数年ずっと
湯気のたつコーヒーとドーナツのテンプレートですね。
夏は暑い気もするけど、甘いドーナツと熱いコーヒーってほっとするので
ここに来てくれる人も、ほっとしてくれたらいいなぁと。
(そのわりに、ほっとする内容でないことも多いけど。笑)

さて映画ですが、
女装をしてショーの舞台で踊るルディは、
店のお客で弁護士のポールと出会い、お互いに惹かれる。
ポールは自分がゲイであることはずっと隠して生きて来て離婚歴もある。
ルディのアパートの隣人、麻薬中毒の女性が麻薬所持で逮捕されてしまい、
残されたダウン症の息子マルコが、ひどい施設に送られるのを放っておけず
ルディはポールに相談して、なんとか一緒に住めるように手配するが・・・

これは、ストーリーは非常にわかりやすい勧善懲悪な映画です。
単純な、泣かせる御涙頂戴映画とも言える。
でも、わたしがあんまり意地悪な見方をしようと思わないのは
やっぱり映画の中でゲイの人たちが受ける差別や偏見に、
見過ごせないものがあるからかな。

マルコを取り戻すための裁判で二人が「同性愛者でいることが自然だと
子どもが思ってしまう環境を与えた」と、責められるところがあって
見ているわたしは、もうわけわかんない。
多数派じゃないかもしれないけど、それ、自然じゃないの?え?と。
あと子どもの前でキスをしたかとか。キスするのを見せると、
「同性愛者を自然と思ってしまう」ので、NGなんですね。
男性と女性の父と母のキスは子どもに見せても構わないけど、
ゲイだとキスは見せてはいけないものってことで責められてて、はぁ?

で、観たあとにググったら、
現代の話だと思ってたけど、79年の設定だったのか。
舞台は70年代後半のカリフォルニアでした。
服装などがもそういう雰囲気なんだけど、最初、現代の話と思ってたので、
映画中の差別や偏見を法が後押ししている様子にびっくりしてしまった。
今はもっとまともになっているのでしょうか?世界は、アメリカは?
日本では今もゲイの人の権利はもっと認められてないですね。
ゲイの人だけじゃなく、とにかくみんな「普通の」結婚をし
「普通に」子どもを持ち、子どもはこのように育てなさい的なことを
推し進めるような動きがあって、ああ窮屈だし鬱陶しくてやってらんない。
自分や自分の周りの偏見のない(あるいは少ない)人たちの間にいると
こういう差別や偏見の実状に、ときどき本当にびっくりする。
世の中ってどうしようもないなぁと思うことも多いです。

さて、
映画の役者さんたちはとてもいいです。ルディはすごく魅力的だし
そんなルディを好きになって、世間的ないろんなものをなくしても
一緒に戦うポールもいいし、マルコもいい。
途中の、3人の幸せな日々をビデオで撮った映像を見るシーンは
これ超ベタな泣かせどころや~!と思いながらも、
甘くて切なくていい雰囲気です。
ラストは悲しくてやりきれないけど、
そのあともこの二人には愛し合って一緒に生きて行ける相手がいるから
不幸ではないよな、と思える。

いや、ホント意地悪言おうと思えば言えることもいくつかあるし
(その演出ちょっとくさいとか、そこの動機付け弱いとか・・・)
評判ほど素晴らしい映画かと云うと、どうかなぁと思うけど
そうですねぇ→「最強のふたり」と似た感じの、人に薦めやすい映画です。

絵を買った

2014-05-14 | 芸術、とか
神戸で北斎を見た帰り、元町の、知り合いの画廊に行った。
そこで個展したことのある写真家の写真集を買うつもりで行ったんだけど
なんだか、絵というか版画を2枚買ってしまった。

写真や絵は、知り合いや友達の作品などは特に
気に入ったものがあれば買いたいと思うのですが
飾るスペースに限界があり、どんどんは買えないですね。
それに値段のついてない、自分のアートクラスの子どもたちの絵が
素晴らしすぎたりして、中々日常的に買うものではないです。
(上の写真は小学生の描いたわたしのキーホルダー。いいでしょ)
でも、買っちゃった。

買った絵はね、どちらも特に自分の好みというわけではではないんだけど、
どっちも、それぞれ、ああ、これ買わなきゃと思うところがあって、つい。

ひとつは切手がモチーフの木口木版画なんだけど、
銅版画にしか見えない精巧な彫りにぐっときて、つい。
切手好きなので切手モチーフに大変弱い。
そして木版画なのに、銅かと思うくらいシャープで繊細な彫りで
切手の凹版の雰囲気があるところに惹かれました。

もうひとつはね、メゾチントのほわっとした黒っぽい絵。
ちょっとロマンチックかも。
ロマンチックなものやことは、実はわりと苦手なので、
わたしにしては非常に珍しい買い物だと思います。
でも、これはタイミング的に買うしかなかったの。
その日、しようと考えていたことに関係ある絵だったので。

何年もやりたいと思ってて、前は時間的に無理でできなかったことで、
今ならできるのに、なんだかぐずぐずしてることってあるよね。
わたしはタンゴがそれでした。

数年前から習いたかったのに
偶然近所で見つけた教室は、時間があわずで
そのまま断念していたのだけど、
この数日前に、映画「タンゴ・リブレ」を見て
映画自体はともかくタンゴのシーンに改めて魅了され、
今なら時間を取れる、習えるのでは?と思っていたところだったんです。
思いつつも、中々その近所の教室に申し込みに行くのが億劫で
何日か先のばしにしてたんですよねぇ。

今日行こうかな、明日行こうかなと思いながら覗いた画廊で
ふと目に止まったのがタンゴという名のメゾチント。
暗い画面の中、電灯の灯りの下、
ぴったり抱き合って踊る男女の、女性の背中がこちらを向いていて
どちらの顔も見えないけど
あ、タンゴだな、と思う。
値段も安くて、これはその場で、これいただきます、と言いました。
ダンスというより男女の絵として
ロマンチックな感じがするのは好みじゃないんだけど
これ見ながらタンゴがんばろうかなぁと。

帰り道で覗いたダンス教室は、連休休みでしまってたけど
連休明けの週に行ってみました。
受付で対応してもらってチラシをもらい
靴のことなど聞いて、体験レッスンいつでもどうぞと言われ
そのうち行こうと思ってたのに、なぜか翌朝行くことになってて、
心の準備が!と思いつつ、こういうのは勢いだしなと予約。
初心者のクラスは踊るというよりは立ち方や姿勢、体重移動と基本の動きなど。
毎回タンゴをやるわけではないので、
少しでも踊れるようになるまでどれだけかかるかわからないけど
何かを人に教わるのは久しぶりで、楽しみです。

映画:ダブリンの時計職人

2014-05-13 | 映画


アイルランドのダブリンが舞台の映画。
思ってたようなハートウォーミングな感じだけじゃなく、
孤独のしみいるいい映画でした。
チラシやポスター見たら→「ル・アーブルの靴磨き」みたいな映画かなと思うけど
それもまた違って、もう少し柔らかくわかりやすいかなぁ。
イギリスの映画って、スコーンと空が広がってるような感じがなくて
どこか、居心地よくごちゃっとしたところがあって、いいなと思うことが多い。

ロンドンで時計職人をしていた初老の男が、失職し、住むところもなくし
田舎に戻ってくるけど、住所不定のせいで失業手当や年金などがもらえない。
何度も手続きにいくけど、毎回新しい書類を渡されて門前払い。
駐車場に止めた車の中で生活しているんだけど
同じ駐車場で車内生活をしている若者、カハルに懐かれて
不承不承連れ回されているうちに気持ちが通じ合い・・・

主人公が好きになる女性の静かで落ちついた生活が素敵です。
カハルにそそのかされて、車をとばして危ない運転をするところ、
それで、やってみたあと、気持ちいい!と笑うとこ、ここも好き。
ロンドンに長かった設定の主人公の英語は聞き取れても
ダブリンっ子のカハルの英語の訛りは、わたしには聞き取れなかったし、
カハルが明るく元気な若者役でも、ドラッグと貧困のせいか
歯は汚く黒ずんでいるところ、とかのディテールも丁寧に作られてて良い。

ラストはちょっと悲しいんだけど(個人的にはすごく悲しかった)
希望のある終わり方で、これから主人公は、きっと
空虚ではなく暖かいものに囲まれる人生になるだろうと思える。

そして
異常に人懐こくて、明るく騒々しくて、オープンで、
悪ふざけが好きなドラッグ中毒の男の子カハル。
何も抱えてないような顔でふらふら生きていて、目だけがすんでいる、
こういう子知ってる。知ってた。

ものすごく人なつこく調子がよくいつもテンション高く女好きで
いつ見てもハーブやっててお酒も飲んでて、何もこわがらないし、
でもキレたらいつか人を殺したりするんじゃないかと思うような
危ないところのある子、知ってた。
実際に新聞沙汰の事件を何度か起こしたこともある。
何年も会ってなくて消息もわからなかったけど、
先週だったか数年ぶりに電話が来てびっくりした。
生きてたのね、とほっとした。
好きな人たちには、ものすごく優しい子です。
わたしにはやさしかったけど、それでも危ない子だと思ってたので
常に距離は測ってた。

どこか投げやりな生き方で、その場しのぎ的に楽しく過ごしていたけど
緩慢に死の方を向いているようにしか見えなかくて、そういう子って、
一蓮托生くらいの覚悟がないと助けることはできないし、
わたしにはそんな覚悟もないし、
ただの友達の友達で、そこまでの関係でもなかったし。
まともじゃない、と思うこともあったけど、時々すごく目が澄んでいて、
こういう目が澄んでる人は本当に怖いからなぁ。
こういう子には人間じゃない成分があるんだと思う。
天使か悪魔か両方か。
そういう人は長生きしないし、この子もいつまで生きているだろうと、
やっぱり思う。
映画の中の青年の運命と重ねて、思い出してしまった。

わたしの知ってた子は、きれいな子ではなかったけど
→「千年の愉楽」の中本の男たちみたいなところがあるんだよな。
汚れて澱んでいて無垢、みたいな。
投げやりでやけくそで、でも、あっけらかんと死にそうな。
自分のお葬式で流すのはこれにしてくれと言われた曲があるけど、
お葬式があってもわたしの知らないうちに終わってるでしょう。

こんな風に、思い出すと、切ない人ばかりやなぁ。

海辺でBBQ

2014-05-12 | Weblog
小さい子どもの頃、ローマ字を覚えた頃に、
バーベキューをBBQと書くのって、うまいなぁと思いました。
特に「Q」のところ、ぴったりはまってるなぁと関心した。
今もBBQと書いたり見たりする度に、元のバーベキューより
バーベキュー感があって、おさまりがいいなぁと思う。

木曜の夜くらいに「明石でバーベキュー来て下さい」と友達からメールがあって
なぜ明石?そして一体誰が来て何の集まりでどういうBBQなんだろ?と思いつつ
まあいっか、とワイン1本だけ持って出かけました。
すごくいいお天気。
とりあえず明石に集合なんだけど、バラバラに集まって
バラバラに買い出し隊行ったり、後から来た人迎えに行ったり
なんだかよくわかんない感じのまま1時間半ほど右往左往、
商店街のアーケードの中で買い物。
さすが明石。魚いっぱい。生きてるし。もちろん蛸もいっぱい。


こういう商店街、楽しいなぁとテンションあがる。
明石へ行く途中の電車の中で、須磨あたりで海が見えて来た時に
すでに、おおー!とうれしくなってきてたんだけど。

明石に行くのは6年ぶりくらいかな。
前にアルバイトしてた神戸のギャラリーのオーナー夫妻が明石在住で
そちらに伺ったことがあったんだった。
大正か昭和初期だかに建てられた古いお家で、とても素敵なお家でした。
おふたり、お元気かな。

でも明石の海は全然知らない。
海は須磨の水族館に、子どもが小さいとき行ったくらいで
(暑いの苦手だしアウトドア派でないので、若い頃も海全然行かなかった)
そこより西は未知の世界です。

明石駅周辺で買い物を済ませてから山陽で3駅、藤江という小さい駅に降りて
駅前のスーパーでビールとかたくさん買って、腕ちぎれそうになりながら浜へ。
5分くらいで着くのだけど、すでに2時間近く買い出しや色々歩き回って
ビールや飲み物も重いし、へろへろになりながら歩きました。
でも海が見えた瞬間、またすっかりテンションあがる。



ビーチに面して、いくつかマンションが建っているんですが
マンションのベランダの下がもうビーチで海まで30メートル?という場所。
その一つに友達が住んでて、ここでBBQやろうよという話だったようです。


その友達は大阪でバーをやってたんだけど、
まさかこんな西の海辺に住んでるとは知らなかった。
大阪、通勤大変じゃない?と聞くと
大変だけど、家に帰った時に気持ちいいから大丈夫、と言われた。
この友達はトルコの人で、海の近くじゃないと住めないと言い
それで1時間半以上もかけて通勤してたのですが
まあ、海ってそういうものなのかもなぁと、
海見てるだけでテンションあがったわたしは思いました、
というか、住みたくなりました。
でも淋しいかな、こういう場所でまわりに友達いないと。


パラソル建てて、炭火起こして、快調にどんどん焼いて食べましたよ。
ビールもぐいぐい。音楽も夏っぽく。楽しい。
こういう楽しさ、若い頃は苦手で、あまり関わらずに来たなぁと思う。
明るく盛り上がるグループ、みたいなのに中々馴染めなかったんですねぇ。
とにかく、まぶしいような明るさと言うのが苦手だったから。
今も自分は薄暗いひんやりした場所の方が似合う気がするけど
5月の明るさも、存分に楽しもうと思うようになってきました。

河原で昼寝

2014-05-11 | Weblog
仕事が午後早めに終わる日、あまりお天気がいいので
見るつもりだったカトリーヌドヌーブ(の映画)を振って、
自転車で河原に昼寝に行くことにしたよ。
敷物とサングラス、日焼け止め、飲み物少し、
(ワインのハーフボトルがなかったので冷蔵庫にあったものf^_^;)、
小銭、友達がくれた本数冊とピスタチオ数粒。
ラブレターとか書きたいような午後ですが、
めんどくさいので本だけ持って行きます。

川には、鯉のぼりがたくさんかかってて
上の写真以外に、川幅いっぱいにたくさんの鯉のぼりがあったんだけど、
風がすごく強いので、はたはた忙しく
その影までも忙しい。
河原で寝転んでると自転車が倒れそうな強風も少しマシで、
少し寒いなぁと思いつつ、ぼんやり雲を見ていたんだけど、
サングラスをかけてると、こんな明るい眩しい日は、
空がより青く、雲はより陰影深く見えて、いいものだなぁと思いました。
そして本はあまり読まず、
うとうとしながら1時間も雲を見てた、ああいう多幸感は、
なんで長続きしないんでしょうかねぇ。
好きな時に、取り出せるといいのになぁ、
空にでも浮いて鯉のぼりと一緒に泳げそうないい気分。


そういえばリゾートのプールサイドで
何もせずだらだら飲んでる、というのは、
東南アジア在住時に、もう一生分やったと思って飽きてたけど、
10年もたつとちょっと懐かしい。
暑いの苦手なので、春の河原が自分には合ってるかもしれないけど。

リゾートのプールサイドがいいのは、暑くて汗かいてもすぐ、
ちゃぽんと水に飛び込めること。
あと水頼むと氷とミントの葉やレモンの浮いてたりする
きれいなグラスを持って来てくれるのも好きでした。
ああ、タダで味わえる春の河原もいいけど、
お金のかかるリゾートのプールもやっぱり嫌いじゃないです。

パトロン願望

2014-05-10 | Weblog
崩れかけた古い民家が売りに出されてると、うっかり買いそうになる。
いえ、買えないんだけど、気持ちだけ。
今、いいなぁと思うのが3軒ある。
うちの店の近所の国道に面してるけど草ぼうぼうの庭の平屋と、
家から自転車10分ほどのところのガラス張りで半地下のある変なボロ家。
もうひとつは今日見た箕面の近くの塀がかわいい平屋。
住むつもりじゃないんだけど、買いたい。もちろん買えないけど。笑

若い子らに任せて好きなようにリノベーションさせて、
アトリエにして住まわせる。
わたしの好みの作品作る子たちを独断と偏見で選ぶ。
家賃はタダで、ときどき作品で払ってもらう。
あ、電光熱費くらいは折半して払ってもらおうかな。
いわゆるパトロンというヤツですな。
なんかでお金が降って来たら、やりたいなー。

マレーシアに住んでた時に水墨画の先生が、
田舎のカンポン(村)に芸術家の村を作りたいんだよねー、と言ってたのが、
すごくいいなーと思って以来、たまに妄想する。
マレーシアのカンポンなら、お金はそんなにかからなさそうだし、
いっそ子どもらの学校も作っちゃえとか思うけど、
わたし暑いの苦手だから南国は無理かな。

とにかくそれで、
若い子らが滅茶苦茶なことするのを、
おとなしく端っこのわたし用の椅子に座って
(カギ針編みの円座が置いてあるようなおばあさん椅子!)
にこにこ見てるような老後がいいなぁ。
おばーさんのわたしに、孫くらいの若い子がお酒作ってくれて、
タバコの火をつけてくれる。
ぎょっとするものやきれいなものを作ってる子らを見ていたい。
自分は何も作らなくても、焦る気持ちもなく
にこにこ静かに見ている幸せな老後・・・いいな~。
・・・お金降ってこないけど。

写真は全然関係ない、売り家でもない家です。

4月のつぶやき:後半

2014-05-09 | つぶやき
拗ねるのは、大事にしたい関係では一番よくないですよと、
人には、えらそーに言うたけど、さて。

しかし拗ねる男は案外多い。めんどくせー、と思うけど、
まあ、かわいいと思ってやる余裕を持つしかない。


先週はもしかしたらわたし、休みでもないのに1週間で
コンサートに3つ行って映画を4本見た?


映画でも絵でも、ほめたいものもいっぱいあるのに、
ほめるボキャブラリーに乏しくて困る。
悪口のボキャブラリーは生きのいいのがいっぱいあるんだけどねぇ。
幸せは似通ってるけど不幸はそれぞれだってのと、似たようなことかしらん。


この頃、自分の酔い方が以前より細く長い感じになってきた気がする。
友達よりかなりあとから酔いだすのに、
同じ頃に飲み終わった友達が冷めたあとくらいに、
なんか酔いが回る感じで、長く続く。
スタート遅く、余韻は長く。
酔っぱらいすぎなければ、いい酔い方なんだけどな。
しっかりしてるのに、帰宅後しばらくして、
なんか回ってきた感じがすることもある。
年取ると、筋肉痛も時差ができると言うけど、酔うのもそうなのか?


自分の名前は嫌いじゃないけど、
なんか下の名前呼ばれるのがあまり好きじゃなくて
親しい人にも大体苗字で読んでもらってるけど、
下の名前呼ばれるのは好きじゃないと言ってるのに億さずに呼ぶ人がたまにいて、
もう、と思いながらうれしくないことはなかったり。(ややこしいやつ
まあ好きな人にはどうよばれてもうれしいけど。


ひどいことを言うようだけどあの人は
もっと早く死んでおけばよかったのにと思う。
こんな目にあわないですんだだろうになぁ。
あんまりぼろぼろに生きている人を見るのはつらいなぁ。

あの人は、あの友達が死んだ時に一緒に死んでおけばよかったのに。
あるいは、あの事故の時に死んでおけば、さほど悪くない人生だっただろうに。
人の人生をわたしがいいの悪いのと判断することは間違っているのはわかってて
それでも思う。

自分はこちら側に逃げおおせたけど。
心地よさや親切や常識が普通にある方。
運がよかっただけとは思わないけど、
本当はあちら側にころんと落ちても仕方ない人間なのにな。

すました上品な顔で、たくさんのものを
見ないようにしながら生きて行きます。

ごめんな。



ゴッドファーザーの話をよくしていた。
何十ぺんも見たと言ってた。ビデオをそれしか持ってなかったからって。
一度くらい一緒に見てあげればよかった。


友達がくれたネイルオイルと、義妹がくれたハンドクリームのセット使いが、
すごく合ってるみたいで、なんか手がすべすべふかふかしてる。
白人のきれいな女優さんの手がしわしわなのを見て、
わー、手の甲もちゃんとクリーム塗らなきゃなぁと思って以来、
一応毎日塗っています。

手って、自分では一番よく目に入るパーツなので、
手がすべすべだと気分があがります。
だから指輪やブレスレットは自分のためにつけているものだな。
ピアスはその日会う人たちのためにつけていて、
アンクレットは好きな人のためにつけます。


「アデル」や「ゴッドファーザー」を見ると
やたらトマトやミートソースのスペゲティが食べたくなるけど、
「グランブルー」のボンゴレには、それほどしつこい訴求力がないのは、
ボンゴレが出回りはじめたのは中学以降だったからでしょうか。
自分の遺伝子に組み込まれてない。


活字中毒ですと自称している人のオススメ本が、
駅の本屋で平積みになってるような自己啓発本ばかりで、
そこからいつも気づきをもらって学びを得ているというのは、
なんか騙されたような気がする。いや、活字は活字だけどさ。
それに自己啓発本が、嫌いなわけではありませんが。


金曜の夜に家でゴッドファーザーを延々続けて見ている初老の女。

友情と金は水と油だ。(マイケル・コルレオーネ)

Never hate your enemies, it affects your judgement.
(まだゴッドファーザー見てる・・・)


息子が二十歳になったんだけど、大学入ってひとり暮らし始めた時にも、
お母さん業卒業だなぁと思いましたが、また改めて思ってますなう。
大学でて就職したら、もう一回思うんだろうなぁ。
しかしホンマに信じられへん、
このわたしが人間一人、生み出して20年も育てたとは。
何もないところから一人、地球の人口を増やした。
ちょっとしみじみ。


モンドリアンが最初に個展をしたのは70歳。


絶対飲み過ぎない。絶対飲み過ぎない。絶対の水着ない。


今日の呪文、いかやきいかやき。


そういえばひとり暮らしだと家出も、もうできないんだなぁ。
いや、別にしたくないけど。


あんまり大事に思ったり思われる相手を作るのが心底怖くて逃げてきたんだけど
この頃は羨ましい気がします。


タロットリーディング?やってる知り合いが、
リーディングの時はされるほうは丸裸の自分をさらすことになるので、
すっかり心を許して開いちゃう、みたいなこと言ってた。
これも占いの形を借りた「承認」産業なのよね。


赤エンドウと寒天を買ったので、次の休みには豆かんを、
丼いっぱい作って食べる。大人って楽しいよね、



自分は一人になって本当によかったと思ってるし、
もっと早くこうなれればよかったのに、くらいだけど、
人の離婚の話を聞くと、とりあえず止めようとするこれはなんでだろう。

少しの努力や譲歩で仲良くできるなら仲良くし続けるのがいいと思うからかなぁ。
なかよくできそうな夫婦なのに、と思うことが多いからかな。
無茶な離婚も多いからかな。
そんな勢いで離婚してどうするの?と思ったりすることも多いです。

ギリギリまで無理しろとは思わないし、
とっとと別れた方がいいと思う夫婦もいるけど、
大体、ちょっと待って、と思うことが多い。

そして、もう絶対ダメだなと思う夫婦をみているのはつらい。



読む本を持って出るのを忘れて、駅の本屋で何か間に合わせに買ったけど
結局その日は読まないで、間に合わせに買った本ばかりたまっていく、
という罠。


最近は、寝付きは少し良くなって、朝まで眠れないということは減ったのに、
2時に寝て5時前に目が覚めて、そのまま眠れないというのが、ほぼ毎日。
続けて眠れないのは老化ですか。昼間眠くて倒れてます。
でも
老化というのは、ちょっとやな言葉だけど、
おばーさんになってきたと感じるのは、実は少しおもしろい。
違和感がおもしろい。
にゅっと、別の生き物成分が自分の中に生まれる感じ?


なんで、お出かけの途中には家に帰りたくて仕方ないのに、
帰り道では帰りたくなくなるんだろう


映画の中の馬鹿で下品でクレイジーな酔っ払いが、
バカをするのは人間の基本的権利だと、
地球侵略に来た青い体液のロボットみたいな奴らに叫んでた。正しい。


バチが当たっちゃえ、と前に思った人はその後、次々に災難に教われて、
かなり気の毒で、もう許してあげてと思ったら、
少し後で全部カバーするくらいのいいことがあったけど、
バチが当たっちゃえというのは新しい靴で犬のうんちでも踏んづけろ!
くらいでいいんですよ。
わたしやさしいから。


「仁義なき戦い」の最後の方で松方弘樹のお葬式のシーン。
遺影が、サングラスかけて正面見てる顔なんだけど、
サングラスの中の目のところが色が薄めになってて、
シャープな眼光鋭さがよくわかる写真になってた。
フォトショ力やなー、と思ったけどこの時代フォトショはないか。
暗室力やなぁ。


おはよう。新しくて同じ世界。
あと200回も朝が来た頃には、同じ自分でなくなってますように。


あらゆるネガティブな気分を溶かしてしまうような、春の日です。
お昼休み、外に出られる人は外に出て、少しお散歩するといいよ。

やさしく明るい春の日差しの下、まだ薄い色の、
新緑のケヤキやトウカエデの街路樹の下、木漏れ日の中を歩いていると、
楽観的なことしか考えられない。


自分は、バカな酔っぱらいでないと、色々バランスが取れない気がするのだな。
バカで機嫌のいい酔っぱらい成分が、自分の中に半分くらいないと、
辛気臭くて窮屈すぎるように思う。


出かける前は、いつもうさぎを少し触る。
うさぎの短くて小さくてまっすぐな前足と握手する(うさぎは、迷惑そうです)。
この上なく柔らかい毛皮に包まれた、あの頼りない小ささ柔らかさが、
少し気持ちを温かくしてくれて、その感触が、帰宅するまでのお守りだ。
毎日、家を出るときは、少しこわい。いつも少し世界が怖いです。
何でもない顔をすることができる程度の、少しだけど。

そのくせ、一旦出かけちゃうと帰りたくなくて
ずるずる飲みに行ったりするダメさ。笑


hootsuiteの下書きフォルダにもiPhoneの下書きフォルダにも、別々に、
書いたけど投稿しなかった呟きがたまってて、
たまに見返すとびっくりしたりする。
よく考えると、随分違う自分になったものだ。いいことです。
ずっと覚えていようと思って、覚えていることもあれば、
忘れてしまうこともある。

写真があっても忘れるけど、写真のないことも多いし、
いいことは全部覚えていたいから、脳みその容量がいつも足りない。



与えたいということと、もらいたいということの境目がない、というか、
わからないなぁ。


新年の目標が、ここ数年、離婚と掃除と痩せる、のまま不動である。
最後のはもう何十年の付き合いになる目標ですけど。笑


昨夜はなんだかスケベな夢を見たんだけど、
子煩悩で高感度抜群のキュートで優しく感じのいい人が
すっごく悪い男になって登場してた。
一番ありえないキャスティングの夢でした。おもしろかったー。


立ち読みと立ち飲みは、つい長く立ちすぎる。


しかし、毎日お風呂に入るたびに、美人になってくる!と
意気揚々と入るんだけど、本当に毎日美人増進してたら
今頃クレオパトラか楊貴妃か、少なくともシャーリーズセロンか
ニコールキッドマンかになってると思うので、
お風呂美人効果は続かないということか、気のせいということか。
いや、美人増進の進度がうんとゆっくりなので、
中々モニカベルッチに届かないというだけのことで、
やっぱり気のせいではないよね。
モニカベルッチまであと200年くらいか・・・


いつも機嫌はいいし、怒らないけど、たまに泣く時はある。
それは悲しいとか何かの感情がストレートに
泣くことに繋がっているのではなくて、
多分誰かや何かに甘えてるということなんだろうなぁと思う。
一人で泣く時は自分で自分を甘やかしているとき。


思うところはいろいろあります。今回の結果には異論ないけど、
学生たちの思い出作りというキツい批判は全く的外れとは言えない気がする。
どんなに熱くても個人の「思い」に収束させていいものか。
個人の「思い」が全くないのもどうかと思うけど、
個人の「思い」は、脆いと思うしな。
もちろん、だから、大事にしてやる必要があるんだけど、
それがかなり甘いことだという自覚はある方がいいと思うかな。


バスは空いてれば一番前の左側、窓の前に座るんだけど、
雨の日のバスは大きな窓につくたくさんの水滴が、良いです。



ちょっと気分がいいので、なんか餃子とチャーハンと生ビールという、
凶悪な組み合わせが食べたい。食べる。

・・・餃子が、食べられないほどのまずさだったので、
口直しにデパ地下で餃子を買ってしますようなダメな人間です。
餃子に裏切られるなんて、焼きたてのクロワッサンに裏切られるくらい、
ありえないよね!と友達が慰めてくれたのを支えに生きる。


顔が、老化でじわじわダメになるのは仕方ないけど、
何かで一気に崩れたら凹むだろうなぁ。
でも一通り凹んだ後、ラクになるかもとも思う。
容姿から完全に解放されたら、ラクになるのではと。
どーでもいいような容姿でも、どーでもいいなりに、囚われているもんな。


とある映画の話で、結構みんな厳しくて、
わたしいつもいちゃもんつけてるように思われてるけど、
わたしの方がずっと甘いわーと思った。
面白かったらそれでいいやん、と思ってるとこあるしな。
まとまりがないとか何が言いたいねんとかもっと深くとか、
わたしはそこそこ面白かったらそんなこと考えへん。
人にも映画にも、わりと優しいと思うけど、わたし。甘いというか。
自分にも甘いですが。

4月のつぶやき:前半

2014-05-08 | つぶやき
明日行くところの人はケータイ持ってない。
70歳くらい以下でケータイ持ってない知り合いって3人しか思い浮かばない。
明日行くところの人はパソコンも持ってない。
長く画廊をされてる方ですが、老人というほどではないです。
そして画廊のサイトはもちろんメールアドレスもない。
きっと頑固な人なのだろうけど、実際に会って話すと本当に
包み込むように優しく温かい人で、一回で好きになって、
機会があれば顔を見に行く。
そこで今個展をしている友人と、その画廊の人と一緒にいると、
いつも自分が恥ずかしくなる。自分って、ほんと俗っぽくて
底が浅くて馬鹿で甘ったれてるなぁと、しみじみ思うんだけど、
それ以上にこういう人たちと知り合えてよかったと思う。
よかったと思いながら話すこともなくにこにこしてるしかできないんだけど。


大体、ご主人がダメだったわけなんじゃなく
結婚ってこと自体がダメだったからなんでしょ、別れたのは。って言われて、
まあ半分はそうかもしれないけど、ちょびっともやもや。
でも、まあね、確かにわたしも悪かったですよ。と言えるわたしは大人やん。


アルコール依存症でおかしくなった人や死んだ人を見てきたので、
自分は絶対そうならないと思ってたけど、
最近、ああ、この続きの少し先なんだなぁ、
別の世界のことじゃないんだなぁと、ふとわかる気がしてきた。
まあ、わたくし胃弱すぎて、そこまで飲みたくても飲めないんですけどね。
楽しい時しか飲まないという自分の決まりの、
例外が増えてきたら、気をつけようとは思うけど。


映画「オンザロード」の自分の書いた感想を見てて、このお話、
今見るとたいしたことない破滅加減だなぁみたいなこと書いてたんだけど、
メチャメチャな生活をしたあと若くして死ねなかったときの
惨めさっていう部分では、今も通じるなぁと思ったり。


まだ恋愛とかしてる?恋愛って疲れない?って
3人の子のいる主婦友に聞かれてすごくびっくりした。
あたりまえやん。疲れるよ。当たり前すぎて考えたことなかった。
結婚も疲れたけどな。
離婚はさらに・・・。笑


抹茶パフェか抹茶のハーゲンダッツを今くれないと、ぐれますよ。


引っ越しやのトラックが3つ停まってる。3つの会社。
引っ越し転勤の季節やなぁ。


いつも誰かの誕生日だな。


息子が、「家族写真なんか見たことない。
そんなん撮ったことないと思うわ」と呟いてて、
ちょっと申し訳ないし、切ないな。


若い男の子(友達の息子)がヒゲをさ、脱毛してるって聞いて、驚いたな。
特に毛深いとかじゃなく、美肌のひとつとして。
でもヒゲはやしたくなったら、どうするのだ?
わたしが男なら、ヒゲは、いろいろ試してみたいよなぁ。


何度も言うけど今日も寒い、しろくまにはなれません。


桜が散っていってる気配。ラブレター書きたいような午後やなぁ。


1対1で飲むのは、すごく仲のいい子か、
あまり知らない方とかが多くなるんだけど、
この2週間で4回くらいそういう二人飲みと言うのをやって、いい感じです。
顔だけ知ってるとか大勢の中で何度も会ってるとかいう人と、
個人的にゆっくり話しながら飲むと言うのは好きです。


髪切ればうなじさびしやさくら踏む


帰宅後、またワインとチーズ。
スープ少しと。スープ作ってあると寄り道が減ります。
家に食べ物がないと、寄り道が増えるよね。


「…映画館の一隅に坐っている数刻だけは、全く世間と離れている。
あんな、いいところは無い。…私は、映画を、ばかにしているのかも知れない。
芸術だとは思っていない。おしるこだと思っている。
けれども人は、芸術よりも、おしるこに感謝したい時がある。
そんな時は、ずいぶん多い。」(太宰治)
「映画を好む人には、弱虫が多い。私にしても、心の弱ってる時に、
ふらと映画館に吸い込まれる。
心の猛っている時には、映画なぞ見向きもしない。
時間が惜しい。
何をしても不安でならぬ時には、映画館へ飛び込むと、少しホッとする。
真暗いので、どんなに助かるかわからない。誰も自分に注意しない。…」


うさぎは耳が凝るって聞いたことがあるけど、
きりんはもちろん首から肩にかけて凝りますよ。もう、こりこりや。


>今日は息子の中学の入学式。だが僕は行かない。
>朝食を食べながら父として「中学の勉強は人生で役に立つからすべて理解し
>テストではすべて100点を取ること。そしてできるならば、
>高校に行かずに済む方策を3年間で立てること」という訓示を垂れた。
(会田誠)


早めに出て、本屋で短篇を一つ、立ち読む予定(買えよ・・・


>なんで、記憶ってなくなるんやろう。あれほど楽しかったのに。
なくした記憶がしまってある場所がどこかにあるといいねぇ。
老後に思い出して楽しみたい。


2本指で、ミーティングの中継を打ってます。
2本指、かっこわりー。笑


人として許されない!と怒るようなまともな感覚が、中々持てない。
わたしなら許しちゃう気がするからな。


妻帯者とわかると、どんなに素敵な人でも興味がなくなります。
世の中の「夫」という生き物に、
すべからく薄い反感と退屈を持つようです、わたしは。
家に帰れば誰かの「夫」、って思うと途端につまんなくなる。
自分の元夫がつまらなかったからと云って、
世の中のすべての「夫」がつまらないわけでないのはわかっているけど、
「夫」族と思うと興味が失せる・・・。
まあ面倒が起こらなくて、いいことですけど。笑


お腹を空かせた人間が待ってると、めんどくさいけど、
お腹を空かせたうさぎなら、めんどくさくなく、かわいいだけです。


STAP細胞は面白くても、小保方さんという人に全ー然興味がなかったので、
彼女個人に対して、やたら持ち上げるのも、
そこから手のひら返して引き摺り下ろす感情的なバッシングも、
それをまた逆方向の感情論でかわいそうと擁護するのも、
全部よくわかんないし、やっぱり興味ない。
だいたい、白衣が着てみたくて中学で科学部に入ってたわたしなので、
なんで割烹着なのかよくわかんなかったし。笑
プライバシーに踏み込んだ、加熱した注目や不当なバッシングは
本当にひどいし気の毒だけど、それはそれ、だからね。
でも、こうやっていじめ倒した後で、
「禊」はすんだ、と問題をうやむやのまま
次に行っちゃうところが日本人にはある気がする。
そういう問題じゃないはずなのに。


足の指を、タンスの角などにぶつけるという、
古典的な痛いことをしてしまって、痛いというか、出血。痛い。


とてもきれいなカリフラワーがあったので、少しサラダ用にして
残りはポタージュにした。
スープストックとか使わずに、ジャガイモ少しとカリフラワーだけ蒸し煮して
塩だけで味付けしたものが、すごく優しい味でおいしい。
ポタージュは、案外色々手をかけない方がおいしい気がする。
スープストックやコンソメや、甘みを出すためのたまねぎとかもなしで、
結構ストレートに美味しくできる気がする。
とろみがほしいときは、少しジャガイモかご飯を入れたりするけど。


甘えてもらえないと、
甘えてもらえない自分がいたらないような気持ちになるので、
遠慮せずに甘えて下さい、と思う相手は甘えてこないで、
いいかげんにしてくれと思う相手ばかり甘えてくるよね。

そういう自分は、もちろん、今日も甘ったれたい。



うんと若い頃、60年代の面白かったことを懐かしげに得意げに話す大人に、
その時代を知らない自分は悔しい思いをしたけど、
今80年代のことをその時の大人みたいに懐かしげに得意げに、
時には鬱陶しげにめんどくさげに話しています。
良くも悪くも変な時代だったからな。うらやめうらやめ。笑


酒飲みの女友達は少ない。
この前食事した女友達に、飲み物をオーダーする時
「怒られるかもしれへんけどお酒飲めへんねん」と言われ、
全然怒らへんのに~!と思いました。
飲めない人が飲めないのは全然構わないし、
飲めるけど飲まないというのも、全然構わないんだよ。

酒飲みの友達と朝から昼から飲んで、
愉快になりすぎておかしくなるのもホンマに楽しいけど、
飲めない人と静かにしゃべるのも好きだし、
わたしだってそういう気分のときもありますからね。
飲めない人が、小さくなる必要は全然ないんですよ。



今日見た古い映画「華麗なる一族」の話をしてたら、
その一族のモデル家族と、うちの親は付き合いがあるけど、って
友達が言うてた。おお。


不慣れな場所やよく知らない人の多いパーティなんかで
手持ち無沙汰と緊張でグイグイ飲んでるうちに盛り上がってきて
楽しくなってきて、ますます飲んで記憶をなくす、
ということにならないよう、ならないよう、ならないよう・・・
なんで、そこまで予想できてるのに、避けられないのかこの酔っ払い。


夜中に何度も目が覚めて、そのたび毎回時計を見るとなぜかいつも7時09分で
寝ぼけてるのかなー、酔っぱらってるのかなーと思いつつ、また寝て
5回目くらいに目が覚めたら、やっと少し時間が進んでたので良かったです。
(それは知らずに五日間寝続けてたんだよって人に言われた。笑)


泥棒が連続して3回入ったくらい散らかってた部屋が、
せいぜい一回入ったくらいのとこまで片付いたよ。


ちゃんとした食事作るの一時間半、食べるの20分。
おいしい珈琲いれるの5分くらい、飲むの20分くらい。
うーん。珈琲のえらさを再確認してもた。

怒るべき時に怒ること

2014-05-07 | Weblog
なんというか、在日として、今までの人生でわたしが
一番ひどい差別を受けダメージを与えられた相手が在日1世の父だから、
日本人からの差別に何か言う権利が自分にはないような気がして、
自分自信の当事者性が歪んでしまってて、何も言えないことが多いです。
ネットで、ひどい差別垂れ流しのかたまりを見ても
普通に怒れない。気分が悪くなり、もんもんと滅入るだけです。
自分と切り離して、差別に怒ることさえ、おそるおそるです。
いまだに、うまく、憎むべきことや憎むべき人を憎むこともできない。

父が自分の子どもの人生で、何より最初に
憎むことと排除することを、叩き込もうとした罪は重いと思う。
まあ、全然その効果はなかったけどね。
単純な(まっすぐな?笑)子どもで、戦後民主主義教育の理想論的なとこ
丸々素直に信じて育ったし、
父に大きく反発するようになる前どころか、物心つく前から、
父は間違っていると漠然と思っていたし。

でもそんな風に何より日本人を憎むことを植え付けようとした父を持つわたしは、
在日として一部の日本人から受ける差別に堂々と向き合うことにひけめがある。
父がした、日本人を憎め憎めという教育をまるで他人事のように
自分に責任も関係もないような顔をしたまま、
在日を憎め憎めと騒ぐ日本人に立派なことは言えない気が、してしまうのだな。


父は日本でどんなにひどい目にあって来たとしても、日本人を憎むことではなく、
民族の誇りを持ちながら隣人と自国の人を等しく
尊重し愛することを子どもに教えるべきだった。
それをしなかったので、わたしは在日と言う属性で見られることが
窮屈でたまらない人間になったんだよ。
正しく怒るべき時に怒ることもできず、民族の誇りも自分の中には育たず、
こんな中途半端な、どこにも帰属できないぽつんとした人間になってしまった。

そして、日本の学校に通い、日本語しかしゃべらず、
日本人の友達しかいない(普通そうなります)わたしを、
中高時代に父はよく、在日の子弟の集まりや旅行に送り込んだ。
これもなんの効果もないというか、逆効果でしかなかったな。
だって全部大嫌いだったから。ものすごく嫌いだった。
在日としての自分を否定するほど馬鹿じゃなかったけど、
ただそれだけの属性で結束し群れる集団が、どうしても合わなかったのです。

そこでは、普段の生活の中では自分を在日と名乗れない寂しい子どもばかりが、
みんな安心してやたら仲良くなって盛り上がって涙の団結。
だけどわたしは、それが心底苦手だったのです。
群れてこそこそ安心なんかするなよ、と思ってた。
安心して付け焼き刃の民族意識で団結したりするなよみっともない、と。
自分の中の大事な部分は自分がなに人かということと全然関係ないことで、
そんな属性だけでくくられて盛り上がれる集団を、
なんて狭い世界だろうと思ったから。
自分はずっと、どこでも在日だったし、それを隠したこともないし、
とにかく群れることが苦手だったし嫌いだったし、
まあ、そもそも、知りもしないくせに世界の広さを信じている、
負けず嫌いの子どもだったのですね。
今思うと、誰もが、自分と同じように、そういう部分で
すこんと自由な浮世離れしたこころを持っているわけではないのに、
そういう子たちの弱さを、やさしく受け止めるだけの寛容さが、
子どものわたしにはなかったのですねぇ。
ああ、狭量だったなぁ。かたくなでした。

それで、わたしは自分の子どもには、何も強要しなかった。
最低限の情報と考える時間を与えただけ。
今は時代がこんな風で、彼はわたしの時代以上に在日であることで
不安な気持ちや不快な思いをしょっちゅうしているけど、
(不快な思いということなら、本当にわたしの時代以上です)
わたしと違って、怒るべき時にまっすぐ怒れるようになってほしいと思う。

映画:タンゴ・リブレ

2014-05-06 | 映画


「タンゴ・リブレ」は思ってたような映画では全然なく、それはいいんだけど
とにかくもやもやする映画だった。
登場人物が、みんなみんなうんざりする。
情熱的で、奔放に男を手玉に取りながら無自覚なつもりでいるヒロイン。
それに翻弄される男3人は馬鹿マッチョばかり。
誰も何も責任とらないラスト。

このヒロインが、なんか黒木瞳からかわいさを抜いて、
でも色気はないまま、乾燥させて少し干涸びさせたような人で
気は強いし情熱的なんだけど、どうにも違和感。
かなり露出の仕方とか色っぽいはずなのに、全然セクシーじゃないんですよ。
奔放な役なのに、生活に疲れたおばさんにしか見えないし、
セクシーに振る舞っても、空回り・・・。
なのに劇中では、モテるモテる。わかんないなぁ。
有名な女優さんなのかしらん・・・?

主役の寡黙な看守役の男も、最初は好感持って見てたんだけど、
結局気持ち悪くなった。
何この、ろくに知らない女に一方的に夢中になって
恋は盲目で突っ走る馬鹿は?
誰か何か少しくらい考えてよ・・・と疲れました。

お話は、
刑務所の看守と、服役中の男の妻が同じタンゴ教室で知り合う。
嫉妬する服役中の男だが、妻のタンゴ熱を理解しようと
所内のアルゼンチン人にタンゴを教えてくれと頼む。
他の服役囚たちにもタンゴ熱は伝染し、みな熱心に練習しだす。
一方、服役囚の妻には15歳の息子がいるのだけどデリケートな年頃で、
母親の不安定な過去や男関係などに敏感で暴走し、
それを止めようとして看守は・・・

・・・うん、ストーリーは悪くないです。
特に刑務所内でのタンゴのシーンはすごくよかった。
男ばかりの音楽なしの群舞も、アルゼンチン人役の有名ダンサーの踊りも。
お腹の出た、むくつけきおっさん同士でも、
踊るとなんかかっこいいのがタンゴなんですね。
あーやっぱりタンゴ習いたいなぁ、という気持ちにさせられました。

予告編見ると、この看守と服役囚の妻との間に
何か恋愛でなくても気持ちの通じるようなことがある話かと思うんだけど、
実際はそういうのはなくて、妻は看守には関心はなく理解しようともしないし
看守は関心も理解もされてないのに、この女にメロメロで
ふたりでやり直そうとか勝手なことを一方的に夢想する。
とにかく誰と誰も気持ちが通じ合ってない。
妻は服役囚を愛してるのかと思うと、
その親友のもう一人の服役囚との過去があったりするし、
男たちは、もう単純に自分勝手に女をほしいだけだし。
興味深いのは服役囚の男同士の友情関係だけかな。
男3人と一人の女・・・。
夫じゃない方のもうひとりの男の苦悩だけが、
まともに関係を考えらる人間らしい感じがしました。

映画見たあと、映画館のカフェのカウンターで、映画館の人と話すと
ああ、この映画ラストもやもやしちゃって・・・とおっしゃってて
やっぱり!わたしもそうなんです!と盛り上がってすっきり。
街の小さな映画館は、こうやってひと言感想を言えたりするところがいいです。

買いだめ

2014-05-05 | Weblog
増税前のまとめ買いって、友達、ほとんどみんなやってて盛り上がってたけど、
今いらないモノは買わないという街暮らしが身に付いているので、
結局何も買わなかった。
あ、月末にチーズ買う時、
チーズは増税以外にも今度1割ずつくらい値上げするって言われて、
いつもよりひとつだけ多めに買ったけど、まあそれだけか。

友達が肉を、ものすごく買いだめして冷凍してたけど、
大きな冷凍庫なんだろうなぁ。
食料はともかく、日用品の消耗品を買いだめする人は多かったみたいで
ドラッグストアは、まるで石油ショックか!みたいな混み方で
美容オイルとか薬とか売れまくってたらしい・・・。
でも、増税はもちろん痛いけど
わたしは本当に何も買わなかった。
そもそもひとり暮らして、ものはたくさんいらないし
何かが壊れたら、まぁいっか、と、それなしで我慢する性格なので
炊飯器壊れて以来数年、ご飯は鍋で炊くし
テレビ古すぎて見にくかったら、見ないでいいやと見ない生活になるし、
暖房機器が少なくて寒かったら服をたくさん着るし
電気製品は壊れるまで使うし。
モノをあんまり買わないですねぇわたし。

若い頃はコンビニもないもより駅の、さらに山の上にすんでたので、
なんでも、買える時についでに買えるだけ買いだめしてたし、
マレーシア住んでたときも車で街中まで行くのにいつも渋滞と戦ってたので、
とにかく買いだめ。
だから、今のわりと便利な場所に住むようになって、
買いだめしないでいいのがうれしいし、そういうライフスタイルになりました。
ないものだけ、その時に買います。
ちょっと高くついても無駄がないし、ものを貯めたくないしなぁ。

逆に、街の中から住宅地の山の上に引っ越した友人は、
トイレットペーパーって買い置きしとくものだったのか!と驚いてた。
なんでも、買える時に買いだめしとくっていうことに驚いたって。
すぐ近くでも、街の中と山の中では日常生活上違うことは多い。

車もそうだな。駐車場より駅が近いので、持ってないし、
時々不便だけど、まあやっていける。
街に住んでると、生活をコンパクトにすることができますね。
自分の家というのが、あまり外との境界感じなくて、
街が家とわりと繋がってる感じかな。
スーパーの冷蔵庫は、うちの冷蔵庫の出張所くらいの感じか。
山の上に住んでた時は、自分の家は周囲とはしっかり分断されてた感じだったけど。

わたしは今の、コンパクトで、ものをためない暮らしが性に合ってるなぁ。
(そのわりに家は汚いけど・・・笑)

北斎(ボストン美術館所蔵浮世絵展)

2014-05-04 | 芸術、とか
北斎を久しぶりに見てきたのですが、
ボストン美術館の作品展というのは、わりとしょっちゅう来ますね。
浮世絵のは3回目らしいけど、印象派展とかも時々来てるよね。

そういえば印象派、20代のときは好きだったけど、最近なんかダメ。
日航かなんかの機関誌で松尾スズキがモネについて書いてたんだけど、
松尾スズキはモネとかに対して「お文化」「お教養」の香りばかり感じて
一体なんてボケボケしてるんだ!と興味が持てなかったのです。
そしてウォホールやリキテンシュタインやキース・ヘリングとかの方を
これぞカウンターカルチャー!と惚れ込んでいたのです。
しかし年を取って「過激に飽きたらモネもね」という感じになってきて
よくぞここまでボケボケと「だいたい」の感じだけを描けるもんだと
逆の過激さを感じるようになったということ。
自分はそういうのを20代半ばで通って、
それからしばらくは印象派かなり好きだったんだけど
日本画をはじめた頃から、あんまり興味がなくなってきた。
西洋の古典絵画なら、ルネサンスや中世絵画へと興味はどんどん
古くなって来てます。なぜか。
でも日本のものはどの時代のも結構好きなままですね。
浮世絵は、多分、これからもずっと好きだと思う。

さて、北斎ですが、北斎はほんまヤバい。フツーじゃない。
天才すぎておかしい。と毎回圧倒されます。
友達にはなれなかったと思う。わりとつまんない人だったと思う。
本当に絵のことしか頭になかっただろうから。笑
でもきっと、勝手に一方的に懐いて、娘の方とは仲良くなって、
ホントこのオヤジ大変よねぇとか話しながら引っ越し手伝って
引っ越し蕎麦茹でたりしたかったです。(北斎は引っ越し魔)


今回の展示なんだけど、ゴールデンウィーク中の土曜日に行ったので
帰る時には入り口にずらっと列ができてて
昼前に入ってよかったです。
それでも、中も結構混んでて、人が多いのが本当に苦手なので
あんまりゆっくり見られなかった。
まあ、また見ます。

北斎の赤富士は、子どものアートクラスで模写させたことがあります。
低学年だと、北斎も知らない子がほとんどで
はくさいちゃうで、ほくさいやで~!とベタなことを言いながら(笑)
描かせました。


歌麿は高学年の子に描かせたことがあります。



北斎展のサイト、丁寧によくまとまってます。
→http://ukiyoe.exhn.jp

こっちのリンクは2010年に来た時のボストン美術館の浮世絵展の感想ブログ。
2010年夏の浮世絵展ブログ

プライベート・ユートピア

2014-05-03 | 芸術、とか
伊丹市美術館の今の展示、最近見た現代アート系の中で一番よかった。
ずーっと規模が大きくて入場料高かった兵庫県美のポンピドゥー展なんかより、
ずっとずっといいよ!
これくらいの規模の美術館が現代アート展やるのも少ない気がするけど
さすが、わたしのお気に入りの伊丹市美術館。
今日は珍しくリポート風に書きます。
写真撮影オーケーだったので、いくつか作品も。
でも、とてもいいので、お近くの人は見に行くといいよ。

伊丹市美術館はうちから自転車でも20分くらいで行けるけど
雨だったのでバスで行きました。電車でも行けるけど
すいてるバスで、ゆっくり行くのが好きなので。



わりと街の中で、大きな道路に面してるけど
ちょっとお庭もあって、気持ちのいい美術館です。

この展示は「プライベート・ユートピア:ここだけの場所」
ブリティッシュ・カウンシル・コレクションに見る英国美術の現在。
壁のない美術館と称される英国の国際交流機関のコレクション展です。
独自のスペースを持たずに、作品を世界中で巡回させ、
英国の近現代美術の紹介をしているということで、
旅する美術館ですね。そういうコンセプト好みです。軽やかやん。


いくつか紹介。



目新しくはないけど、こういう文字のナンセンスで
ちょっとくすりとする作品はシンプルで好きです。


これ、犬の剥製が「死んでます」という札を持っている
ブラックな作品なんだけど、犬がかわいくて困る・・・。笑


7本のシャクナゲの木を、スコットランドから
元々の原産国スペインへ連れ帰り移植する道程の写真作品。


これ2色のライトに見えるけど実際の光は白い無色のもので
青い色は塗られたものなんです。


これ3つのメトロノームが、それぞれ別のスピードでなってて
ばらばらに、まるで不規則に聞こえるのが面白い。
メトロノームの音をじっと聞くのがわりと好きなわたしのツボ。


アルネ・ヤコブセンの椅子を解体して作ったモビール。


映像作品もいくつかあったけど、どれも好みだった。
現代アートの映像作品で、こんなに楽しく見たのは少ない。


写真作品もいくつかありました。そして、やっぱり好みだった。

写真可だからって、こんなに紹介しちゃっていいのかなと思うけど、
作品の意味や解説はここではしなかったので、実物見て考えてほしいです。
映像作品や音の作品も含めて、絶対、生で見た方がずっと楽しいので
ぜひぜひ、見に行ってね。(回し者ではないですけど。笑)

わたしは短くてくすりと楽しい映像作品を作った作家のトークがあるので
その日にもう一度行こうかと思ってるくらいです。

飲む

2014-05-02 | Weblog
お酒は楽しい時しか飲まないけど、ごくたま~に例外もあります。
でも憂さをはらすために飲むのも、
淋しくて飲むのも、愚痴言うために飲むのも、したくないなぁ。

酔っぱらわないともったいないくらいのうれしいときと、
酔っぱらってはもったいないくらいのうれしいとき。
酔っぱらわないとやってられないくらいの悲しい時と、
酔っぱらっちゃったらやばいくらいの悲しいとき。

いろいろあるけど、やっぱり悲しい時は飲まない。

お酒は好きだし楽しいけど、実はなくても全然平気なので
飲み過ぎるのはもうやめとこうと思ったりするけど、
自分は、バカな酔っぱらいでないと、色々バランスが取れない気がするのだな。
バカで機嫌のいい酔っぱらい成分が、自分の中に半分くらいないと、
辛気臭くて窮屈すぎるように思う。自分で自分が。

昔、バーでよく見かけた、いつも酔っぱらっている元気な人に
たまにはシラフで話しましょうよと言うと、
おれ、シラフだとつまんないよ、全然しゃべらないし、と静かに言われ、
ああ、この人、こころの弱い人だなぁと思ったことがあったけど、
まあ自分も似たようなものかな。
その人は今もどこかで毎日酔っぱらっているのかなぁ。

「懐かしい」という言葉

2014-05-01 | Weblog
昔、韓国語をしゃべってた時にいつも懐かしいということを言うのに苦労したのを
「海外のあんなこと、こんなこと 「翻訳できない!」言葉 ベスト10」
ここを見てふと思い出したんだけど。↑

ソウルに1年ほど住んでた時に、在米韓国人のバイリンガルの子と話してて、
「懐かしい」って言葉は韓国語にはないと言うので、
じゃ韓国語で懐かしいってどういう風に言えばいいの?と聞くと
(そのときの会話は韓英のチャンポンでした)
人なら「会いたい」、モノなら「見たい」かなって言われて、
なんか違うーーそうじゃなくてーーーともやもやしたのを覚えてる。
昔を懐かしむような感じなら「思い出す」という表現になるみたいです。
ちょっと違う。意味は伝わってもニュアンスが違う。

そういうのは外国語ではよくあることだけど、特に「懐かしい」はもやもやした。

たとえば英語だとwasteを使って何か言うことが多い「もったいない」は
韓国語には同じ意味の単語があるので、すっきりします。
韓国語はやっぱり日本語と語彙も似ているのですっきりすることが多いけど
でも、「懐かしい」は、ないようです。

そういえば
上のリンク先の10の言葉に入ってたrazbliutoは前にどこかで見たことがある。
razbliuto・・・the sentimental feeling you have
about someone you once loved but no longer do. 
映画→「アデル、ブルーは熱い色」のラストのカフェのシーンの感じだなぁ。
一度は深く愛し合ったのに、もうそういう風には愛してない相手に感じる気持ち。
何かのせいではなく、誰かのせいでもなく
変わってしまった気持ちはどうしようもないのだと受け入れるしかなくて、
喪失感と無力感、諦めと未練と忘れられない記憶と、そういう気持ち。
これをひと言で表す日本語はないかもしれませんね。

よく知られてるポルトガル語のsaudade(サウダージ、サウダーデ)も
意味は少し違うけど同じ種類の言葉ですね。↓これはボサノバの有名な曲。


そういえば一昨日の宝塚映画祭でかけた→「サウダーヂ」と言う映画も
心に残る映画でしたね。