拗ねるのは、大事にしたい関係では一番よくないですよと、
人には、えらそーに言うたけど、さて。
しかし拗ねる男は案外多い。めんどくせー、と思うけど、
まあ、かわいいと思ってやる余裕を持つしかない。
先週はもしかしたらわたし、休みでもないのに1週間で
コンサートに3つ行って映画を4本見た?
映画でも絵でも、ほめたいものもいっぱいあるのに、
ほめるボキャブラリーに乏しくて困る。
悪口のボキャブラリーは生きのいいのがいっぱいあるんだけどねぇ。
幸せは似通ってるけど不幸はそれぞれだってのと、似たようなことかしらん。
この頃、自分の酔い方が以前より細く長い感じになってきた気がする。
友達よりかなりあとから酔いだすのに、
同じ頃に飲み終わった友達が冷めたあとくらいに、
なんか酔いが回る感じで、長く続く。
スタート遅く、余韻は長く。
酔っぱらいすぎなければ、いい酔い方なんだけどな。
しっかりしてるのに、帰宅後しばらくして、
なんか回ってきた感じがすることもある。
年取ると、筋肉痛も時差ができると言うけど、酔うのもそうなのか?
自分の名前は嫌いじゃないけど、
なんか下の名前呼ばれるのがあまり好きじゃなくて
親しい人にも大体苗字で読んでもらってるけど、
下の名前呼ばれるのは好きじゃないと言ってるのに億さずに呼ぶ人がたまにいて、
もう、と思いながらうれしくないことはなかったり。(ややこしいやつ
まあ好きな人にはどうよばれてもうれしいけど。
ひどいことを言うようだけどあの人は
もっと早く死んでおけばよかったのにと思う。
こんな目にあわないですんだだろうになぁ。
あんまりぼろぼろに生きている人を見るのはつらいなぁ。
あの人は、あの友達が死んだ時に一緒に死んでおけばよかったのに。
あるいは、あの事故の時に死んでおけば、さほど悪くない人生だっただろうに。
人の人生をわたしがいいの悪いのと判断することは間違っているのはわかってて
それでも思う。
自分はこちら側に逃げおおせたけど。
心地よさや親切や常識が普通にある方。
運がよかっただけとは思わないけど、
本当はあちら側にころんと落ちても仕方ない人間なのにな。
すました上品な顔で、たくさんのものを
見ないようにしながら生きて行きます。
ごめんな。
ゴッドファーザーの話をよくしていた。
何十ぺんも見たと言ってた。ビデオをそれしか持ってなかったからって。
一度くらい一緒に見てあげればよかった。
友達がくれたネイルオイルと、義妹がくれたハンドクリームのセット使いが、
すごく合ってるみたいで、なんか手がすべすべふかふかしてる。
白人のきれいな女優さんの手がしわしわなのを見て、
わー、手の甲もちゃんとクリーム塗らなきゃなぁと思って以来、
一応毎日塗っています。
手って、自分では一番よく目に入るパーツなので、
手がすべすべだと気分があがります。
だから指輪やブレスレットは自分のためにつけているものだな。
ピアスはその日会う人たちのためにつけていて、
アンクレットは好きな人のためにつけます。
「アデル」や「ゴッドファーザー」を見ると
やたらトマトやミートソースのスペゲティが食べたくなるけど、
「グランブルー」のボンゴレには、それほどしつこい訴求力がないのは、
ボンゴレが出回りはじめたのは中学以降だったからでしょうか。
自分の遺伝子に組み込まれてない。
活字中毒ですと自称している人のオススメ本が、
駅の本屋で平積みになってるような自己啓発本ばかりで、
そこからいつも気づきをもらって学びを得ているというのは、
なんか騙されたような気がする。いや、活字は活字だけどさ。
それに自己啓発本が、嫌いなわけではありませんが。
金曜の夜に家でゴッドファーザーを延々続けて見ている初老の女。
友情と金は水と油だ。(マイケル・コルレオーネ)
Never hate your enemies, it affects your judgement.
(まだゴッドファーザー見てる・・・)
息子が二十歳になったんだけど、大学入ってひとり暮らし始めた時にも、
お母さん業卒業だなぁと思いましたが、また改めて思ってますなう。
大学でて就職したら、もう一回思うんだろうなぁ。
しかしホンマに信じられへん、
このわたしが人間一人、生み出して20年も育てたとは。
何もないところから一人、地球の人口を増やした。
ちょっとしみじみ。
モンドリアンが最初に個展をしたのは70歳。
絶対飲み過ぎない。絶対飲み過ぎない。絶対の水着ない。
今日の呪文、いかやきいかやき。
そういえばひとり暮らしだと家出も、もうできないんだなぁ。
いや、別にしたくないけど。
あんまり大事に思ったり思われる相手を作るのが心底怖くて逃げてきたんだけど
この頃は羨ましい気がします。
タロットリーディング?やってる知り合いが、
リーディングの時はされるほうは丸裸の自分をさらすことになるので、
すっかり心を許して開いちゃう、みたいなこと言ってた。
これも占いの形を借りた「承認」産業なのよね。
赤エンドウと寒天を買ったので、次の休みには豆かんを、
丼いっぱい作って食べる。大人って楽しいよね、
自分は一人になって本当によかったと思ってるし、
もっと早くこうなれればよかったのに、くらいだけど、
人の離婚の話を聞くと、とりあえず止めようとするこれはなんでだろう。
少しの努力や譲歩で仲良くできるなら仲良くし続けるのがいいと思うからかなぁ。
なかよくできそうな夫婦なのに、と思うことが多いからかな。
無茶な離婚も多いからかな。
そんな勢いで離婚してどうするの?と思ったりすることも多いです。
ギリギリまで無理しろとは思わないし、
とっとと別れた方がいいと思う夫婦もいるけど、
大体、ちょっと待って、と思うことが多い。
そして、もう絶対ダメだなと思う夫婦をみているのはつらい。
読む本を持って出るのを忘れて、駅の本屋で何か間に合わせに買ったけど
結局その日は読まないで、間に合わせに買った本ばかりたまっていく、
という罠。
最近は、寝付きは少し良くなって、朝まで眠れないということは減ったのに、
2時に寝て5時前に目が覚めて、そのまま眠れないというのが、ほぼ毎日。
続けて眠れないのは老化ですか。昼間眠くて倒れてます。
でも
老化というのは、ちょっとやな言葉だけど、
おばーさんになってきたと感じるのは、実は少しおもしろい。
違和感がおもしろい。
にゅっと、別の生き物成分が自分の中に生まれる感じ?
なんで、お出かけの途中には家に帰りたくて仕方ないのに、
帰り道では帰りたくなくなるんだろう
映画の中の馬鹿で下品でクレイジーな酔っ払いが、
バカをするのは人間の基本的権利だと、
地球侵略に来た青い体液のロボットみたいな奴らに叫んでた。正しい。
バチが当たっちゃえ、と前に思った人はその後、次々に災難に教われて、
かなり気の毒で、もう許してあげてと思ったら、
少し後で全部カバーするくらいのいいことがあったけど、
バチが当たっちゃえというのは新しい靴で犬のうんちでも踏んづけろ!
くらいでいいんですよ。
わたしやさしいから。
「仁義なき戦い」の最後の方で松方弘樹のお葬式のシーン。
遺影が、サングラスかけて正面見てる顔なんだけど、
サングラスの中の目のところが色が薄めになってて、
シャープな眼光鋭さがよくわかる写真になってた。
フォトショ力やなー、と思ったけどこの時代フォトショはないか。
暗室力やなぁ。
おはよう。新しくて同じ世界。
あと200回も朝が来た頃には、同じ自分でなくなってますように。
あらゆるネガティブな気分を溶かしてしまうような、春の日です。
お昼休み、外に出られる人は外に出て、少しお散歩するといいよ。
やさしく明るい春の日差しの下、まだ薄い色の、
新緑のケヤキやトウカエデの街路樹の下、木漏れ日の中を歩いていると、
楽観的なことしか考えられない。
自分は、バカな酔っぱらいでないと、色々バランスが取れない気がするのだな。
バカで機嫌のいい酔っぱらい成分が、自分の中に半分くらいないと、
辛気臭くて窮屈すぎるように思う。
出かける前は、いつもうさぎを少し触る。
うさぎの短くて小さくてまっすぐな前足と握手する(うさぎは、迷惑そうです)。
この上なく柔らかい毛皮に包まれた、あの頼りない小ささ柔らかさが、
少し気持ちを温かくしてくれて、その感触が、帰宅するまでのお守りだ。
毎日、家を出るときは、少しこわい。いつも少し世界が怖いです。
何でもない顔をすることができる程度の、少しだけど。
そのくせ、一旦出かけちゃうと帰りたくなくて
ずるずる飲みに行ったりするダメさ。笑
hootsuiteの下書きフォルダにもiPhoneの下書きフォルダにも、別々に、
書いたけど投稿しなかった呟きがたまってて、
たまに見返すとびっくりしたりする。
よく考えると、随分違う自分になったものだ。いいことです。
ずっと覚えていようと思って、覚えていることもあれば、
忘れてしまうこともある。
写真があっても忘れるけど、写真のないことも多いし、
いいことは全部覚えていたいから、脳みその容量がいつも足りない。
与えたいということと、もらいたいということの境目がない、というか、
わからないなぁ。
新年の目標が、ここ数年、離婚と掃除と痩せる、のまま不動である。
最後のはもう何十年の付き合いになる目標ですけど。笑
昨夜はなんだかスケベな夢を見たんだけど、
子煩悩で高感度抜群のキュートで優しく感じのいい人が
すっごく悪い男になって登場してた。
一番ありえないキャスティングの夢でした。おもしろかったー。
立ち読みと立ち飲みは、つい長く立ちすぎる。
しかし、毎日お風呂に入るたびに、美人になってくる!と
意気揚々と入るんだけど、本当に毎日美人増進してたら
今頃クレオパトラか楊貴妃か、少なくともシャーリーズセロンか
ニコールキッドマンかになってると思うので、
お風呂美人効果は続かないということか、気のせいということか。
いや、美人増進の進度がうんとゆっくりなので、
中々モニカベルッチに届かないというだけのことで、
やっぱり気のせいではないよね。
モニカベルッチまであと200年くらいか・・・
いつも機嫌はいいし、怒らないけど、たまに泣く時はある。
それは悲しいとか何かの感情がストレートに
泣くことに繋がっているのではなくて、
多分誰かや何かに甘えてるということなんだろうなぁと思う。
一人で泣く時は自分で自分を甘やかしているとき。
思うところはいろいろあります。今回の結果には異論ないけど、
学生たちの思い出作りというキツい批判は全く的外れとは言えない気がする。
どんなに熱くても個人の「思い」に収束させていいものか。
個人の「思い」が全くないのもどうかと思うけど、
個人の「思い」は、脆いと思うしな。
もちろん、だから、大事にしてやる必要があるんだけど、
それがかなり甘いことだという自覚はある方がいいと思うかな。
バスは空いてれば一番前の左側、窓の前に座るんだけど、
雨の日のバスは大きな窓につくたくさんの水滴が、良いです。
ちょっと気分がいいので、なんか餃子とチャーハンと生ビールという、
凶悪な組み合わせが食べたい。食べる。
・・・餃子が、食べられないほどのまずさだったので、
口直しにデパ地下で餃子を買ってしますようなダメな人間です。
餃子に裏切られるなんて、焼きたてのクロワッサンに裏切られるくらい、
ありえないよね!と友達が慰めてくれたのを支えに生きる。
顔が、老化でじわじわダメになるのは仕方ないけど、
何かで一気に崩れたら凹むだろうなぁ。
でも一通り凹んだ後、ラクになるかもとも思う。
容姿から完全に解放されたら、ラクになるのではと。
どーでもいいような容姿でも、どーでもいいなりに、囚われているもんな。
とある映画の話で、結構みんな厳しくて、
わたしいつもいちゃもんつけてるように思われてるけど、
わたしの方がずっと甘いわーと思った。
面白かったらそれでいいやん、と思ってるとこあるしな。
まとまりがないとか何が言いたいねんとかもっと深くとか、
わたしはそこそこ面白かったらそんなこと考えへん。
人にも映画にも、わりと優しいと思うけど、わたし。甘いというか。
自分にも甘いですが。