sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

月記:2024年8月

2024-09-12 | 月記
春や秋に毎年やってるグループ写真展が今年は8月末にあって
暑い中落ち着かない気持ちだった月。
そして体温より気温の高い日が続いてへろへろで、もうアウトドア度ゼロでした。

・東洋陶磁美術館で国宝油滴天目茶碗を見てからリーチバー
・友達と六甲の美味しいトルコ料理
・数年前亡くなった映画祭仲間の追悼の展示へ
・母のマンションで猪名川の花火を見る
・藤田美術館で国宝曜変天目茶碗を見る
・住吉の熊の目寄席で瓶吾さんと瓶生さんの落語
・毎年恒例の写真展
・逸翁美術館 いきもの図鑑展
・気になってた初めての蕎麦屋に行く
・母の2度目の入院手術(問題なく終了。退院)
・息子の帰省
・靴を10足くらい捨てたら玄関スッキリ

映画館で観た映画:「時々、私は考える」「墓泥棒と失われた女神」
「美食家ダリのレストラン」「フォール・ガイ」「マリウポリの20日間」
「ブルーピリオド」「箱男」

配信で観た映画・・・覚えてないのよねぇ。いつも忘れる。

「猫はしっぽでしゃべる」

2024-09-06 | 本とか
数年前、本屋さんに関する本をたくさん読んでいたことがあった。
本屋さんの書いた本、世界の本屋についての本、
本屋を始めることについての本…
「奇跡の本屋をつくりたい」「まちの本屋」「本屋はじめました title」
「本屋になりたい「わたしの小さな古本屋「古くて新しい仕事」
「世界の夢の本屋さんに聞いた素敵な話」 etc...

わたしは本を読めなくなった時期があったし、それが治るまで随分かかったので
若い時以外ではさほどたくさん読んでいる人ではないのだけど
本屋さんに憧れがあったのでしょうね。
本屋さん関連の本をたくさん買って、半分くらいは読んだけど、まだあと10冊弱残ってる。
久しぶりにその中からまだ読んでない本を1冊、お風呂でゆっくり読みました。
熊本の橙書店という本屋さんの方が書かれた本です。

この本を買ってから読むまでの間に「苦海浄土」を読んだし、水俣にも行ったし
京都から熊本に引っ越した本屋さん「カライモブックス」にも行ったし、
気がつくと少し熊本の本や文学や本屋さんの世界が少し身近になっていました。

元々この著者の田尻久子さんは、熊本の地震の直前に「アルテリ」という文芸誌を
数名の有志と創刊したそうなのですが、その発案をしたのが
「苦海浄土」の石牟礼道子さんを支え続けた渡辺京二さんで、
著者は当時ご存命だった石牟礼さんとも交流があったようですね。
熊本で、文学に関わっておられる方は、繋がってるんだなぁ。いい繋がり。

最初は喫茶店をやっていた著者が隣の物件も借りて
喫茶店と行き来できるドアをつけて本屋さんも始め、多くの人が訪れるようになったのですが
その交流範囲は熊本にとどまらず、世界的に有名な写真家の川内倫子さんの話などもあって
地方で小さな店をやることでこんなに広い世界を持つこともできるのは
この方の魅力によるものでしょう、やや淡々としながらしみじみと良い文章を書かれます。

以下少し引用
「物心ついた頃から、たくさんあることが苦手だったように思う。店内を一度に見渡せる本屋さんは、心が安らいだ。どんなに狭くても、不十分な品揃えでも、そこは小さな私にとって無限に広がる場所だった。たくさんあると、そわそわ落ち着かない。あれもあり、これもあると急かされているようで辛くなる。」
わたしのことか!と思った。このブログでも何度も大きな本屋さんや多すぎる情報に
わたしはパニックになってしまうと書きましたね。

著者が武田百合子の随筆集「ことばの食卓」の中で一番好きな部分は、
夫の泰淳が枇杷を食べた時に言った言葉から続くところだで、それは
「こういう味のものが、丁度食べたかったんだ。それが何だかわからなくて、うろうろと落ちつかなかった。枇杷だったんだなぁ」
というところなんだけど、この感慨もよくわかる。田尻さんではなく武田百合子の文章ですが。

言葉を発することのない胎児性水俣病患者の話では、
彼らは言葉だけでなく生活も奪われた、私たちみんなが奪ったのだと言う。
「彼らは、体中でことばを発していたのかもしれない。私たちが使っているよりも、ずっと雄弁なことばを持っていたのかもしれない。猫だって、言葉を持っていないのではなく、彼らの行動がことばそのものだ。その猫たちが最初に水俣病になった。私たちは彼らにも謝り続けなければならない」
猫がここで出てくることを不謹慎だと言う人がいるかもしれないけど違うよね。

「涙腺は、ゆるくなるのではない。よく、年をとって涙もろくなったと老化現象のように言われるが、泣く筋力がつくのだと思いたい。本を読み映画を観る。誰かに会う、言葉を交わす。たとえひどい出来事を経験したとしても、人は必ず何かを得ている。経験は想像力を与えてくれ、泣くツボを日に日に増やしていくのだろう。」





映画:スープとイデオロギー

2024-09-05 | 映画


2022年の夏に見たんだけど複雑な気持ちで見たので感想を書いていなかった。
ドキュメンタリーは監督が前に出ないものが好きだけど
これはもろに監督の母親や家族、そして監督自身の人生を描く映画なので
エモーションやメッセージが強くて、それに疲れてしまう部分もありました。
でも今予告編を見直すと、引き込まれる自分がいます。いい映画だわ。

イントロダクション(公式サイトより)
ひとりの女性の生き様をとおして
国家の残酷さと運命に抗う愛の力を唯一無二の筆致で描き出す
年老いた母が、娘のヨンヒにはじめて打ち明けた壮絶な体験 —   
1948年、当時18歳の母は韓国現代史最大のタブーといわれる「済州4・3事件」の渦中にいた。
朝鮮総連の熱心な活動家だった両親は、「帰国事業」で3人の兄たちを北朝鮮へ送った。父が他界したあとも、“地上の楽園”にいるはずの息子たちに借金をしてまで仕送りを続ける母を、ヨンヒは心の中で責めてきた。心の奥底にしまっていた記憶を語った母は、アルツハイマー病を患う。消えゆく記憶を掬いとろうと、ヨンヒは母を済州島に連れていくことを決意する。それは、本当の母を知る旅のはじまりだった。


ストーリー(公式サイトより)
大阪・生野区生まれ、在日コリアンのオモニ(母)。
2009年にアボジ(父)が亡くなってからは大阪でずっと一人暮らしだ。
ある夏の日、朝から台所に立ったオモニは、高麗人参とたっぷりのニンニクを詰め込んだ丸鶏をじっくり煮込む。
それは、ヨンヒとの結婚の挨拶にやって来るカオルさんにふるまうためのスープだった。
新しい家族に伝えたレシピ。突然打ち明けた「済州4・3事件」の壮絶な悲劇。
アルツハイマーでしだいに記憶を失なっていく母を、ヨンヒは70年ぶりに春の済州島へ連れていくー


わたしの父は済州島の人ではなく事情は違ったかもしれないけど、
このオモニ(お母さん)とほぼ同じ世代でほぼ同じ頃に同じように日本に来て同じ頃に日本で亡くなった。
わたしは最後まで父を許せず好きになれなかったので、
それでとても複雑な気持ちでこの映画を見ることになりました。
このオモニの気持ちもわかるし、それがやっとわかったと泣く監督の気持ちもわかるけど、
わたしにはこの物語の他にもわたしの物語がまたあるもんなと思う。
子どもであっても自由を侵害し人権を踏み躙り、人の人生を支配するものが
人でも体制でも親でも許せないのは何を見ても多分一生変わらない。
かといって虐殺も許せないので、結局わたしは何も許せず世界全部が敵のようなものなのだな、
という孤独な気持ちにも少しなりました。

監督自身、ご両親の生き方にはずっも釈然としないものがあって、でも
オモニの人生を知りオモニを理解して初めて認めることができたのでしょう。
ただ、オモニの人生の悲惨な体験からの選択だったとはいえ
子どもたちを北に送って人生を変えてしまった(おそらく悲惨な方に)ことや、
自分の子供たちだけでなく帰還事業を推進することで多くの他の人々の人生も変えてしまったこと、
などはまた別の話で、それもまたなかったことにはできないなとも思います。

わたしは今はずいぶん自由になったし、自由の幸せを堪能しながら生きている。
そして自分が落ちついて満たされたらやっと(50歳を過ぎてやっと)
家族のしがらみが悪い面ばかりでもないのだろうなとも思えるようになりました。
それを支えに生きられる人もいてそういう人を否定できないなと思う。
だからこの映画もこのオモニの人生も思想も批判する意図は全くないのです。
映画では「親を赦す」ためには親の人生を知り、理解することが必要だったその道筋もよく描かれていて
わたしも含めこの物語に胸を打たれる人は大変多く、この映画は確かに必要な映画だと思っています。
わたしも含め個人個人の想いはもちろん個人個人が大事に持っていていいけど、
でもこういう大きな背景のある人生を見せる映画も、積極的に見ていくべきなんだろうな。

映画:ブルーピリオド

2024-09-02 | 映画


その昔美大に行きたくて表現することに焦がれて焦がれて焦がれて…だったわたしは
主人公の感じることを何もかも知ってる!という気持ちになりました。
とはいえ、そういう気持ちももう遥か遠く、子供や孫を見るような気持ちで見てしまう。
それは心穏やかではあるけど、同時にもう自分の人生に「これから」はないという諦めでもあるので
いいことなのかどうか?

お話は、友達と遊んだり要領よく勉強したりして手応えのない日々を過ごしていた主人公が
絵に出会い、表現することを知り、もっと絵を描きたいと願い、
芸大受験に向けて努力する1年半ほどの日々が描かれます。

個人的には、特に芸術に関して、芸大だけが芸術をするための道みたいなのはどうかと思うし、
東京芸大という最高峰の難関(エリートコース)を目指すことは
芸術自体とは関係ないことと思うけど、そういうことはひとまず忘れて素直に見ることにしました。
だって、この映画、大人も子供もみんないい人しかいない優しい世界なんだもの。
主人公が何よりまず素直で優しい。
よくある屈折や反抗が全然ないし、邪魔者も足を引っ張る存在もなく、
親や教師との対立や、悪い仲間による誘惑や、挫折によるヤケクソや
そういう定番のものが何もない。びっくりするほど、ない!
肩透かしのような、ほっとするような、むしろ新しいような。「いまどき」なのかな。
物語もまた、好きなことを見つけた子が努力し成長し夢を掴もうと歩む青春を
びっくりするほど超素直に描いている。

でも、なんだな、やっぱり素直って強いな、としみじみ思った。素直が一番だな。
そしてベタなところで泣かされたりもした(ケーキ食べるシーンとか、お母さんを描くシーンとか)。
とにかくなんとも後味のいい映画でした。
若い子の映画でこんなに素直に気持ちよく見られるのは、わたしには珍しい。
「ルック・バック」は心震えたけど、こちらはもっと素直に気持ちいい後味でした。

そしてアップに耐えるどころか、ずっとアップで見ていたい主人公やその先輩の女の子のお顔の
若くてきれいなこと!主人公は顔はきれいだけど、声は低くて男っぽい美声なのも良い。
この子、後で知ったんだけど俳優の千葉真一さんのお子さんなのね。
背が高く整った顔で声も良く、身体能力高く語学も堪能となるとこれからが楽しみ。
続きが出来たら絶対見そうです。
そういえば「溺れるナイフ」の菅田くんもだけど、わたし金髪の似合う男子に弱い気がする。笑

あと、エンドロールの音楽がおわった後の沈黙の後、紙に硬い鉛筆?や木炭?で描いてるような
カリカリいう音がしばらく続くのがとても良かったです。
あざとさのない素直な演出ながら、これはグッと余韻をひっぱりました。

映画:プチ・ニコラ

2024-09-01 | 映画


副題に「パリがくれた幸せ」とあるけど、これが確かに飾りではなく
内容もパリが舞台で合ってるんだけど、それでも要らんと思う。

これの少し前に見た「猫ととうさん」くらい疲れない映画(褒めてる)。
(「猫と父さん」は猫を飼ってる男性たちのドキュメンタリーで
どんなに疲れている時でもリラックスして見ることができる映画でした)

サンぺの描く「プチ・ニコラ」は若い頃に読んでかわいくてかわいくて大好きだったし
文庫本で持ってたと思うけどその本の感じも覚えてる。
若い頃は外国といえばとにかくパリに憧れてたオリーブ少女だったし、
その頃のパリってグラッペリのバイオリンとサンペの洒脱な絵を思い浮かべて、
今ではちょっとノスタルジックで甘い気分になる。
そのプチ・ニコラがアニメーションで動くだけでも楽しいのに、
同時にニコラの二人の作者の背景や友情も見られて大満足。
ニコラの声も、本当にイラストの通りのかわいい声で、たまらん。
小さい子供の声の外国語にすごく弱いです(日本語も可愛いけど)。

舞台は1950〜60年代、絵を描くジャン・ジャック・サンペと文を書くルネ・ゴシニは
二人で小さなニコラの物語を作り出す。
映画では、そのニコラがアニメーションとなって楽しい日々を繰り広げる一方、
作者二人の人生の苦しかった時期を垣間見せる。
サンぺは養父母に育てられたり、義父にDVを受けたりと幸せでない子供時代を過ごすし、
ルネ・ゴシニはユダヤ人でアルゼンチンからニューヨーク、そしてパリと移り住んだけど
戦争中はナチスによる暗い思い出がある。
でも二人の作ったニコラの人生は安心と愛情と笑いに包まれた暖かい世界で
それが世界中の人々だけでなく作者二人も癒していく、というようなお話。
20世紀のヨーロッパの話は、いつもどこかに必ずナチスの暗い影が出てきますね。
とはいえ、重い映画ではないので、安心してみてください。
(去年の映画だけど感想書くの遅すぎ)

ガラス鍋で炊き込みご飯

2024-08-31 | お弁当や食べ物
ガラスのレンジ炊飯鍋を買った話を前に書いたけど
ご飯のおいしさは炊飯土鍋やストウブの鍋に劣ると書きました。
でも小分け冷凍しているお弁当用のご飯が切れてる朝などに
火加減を気にせず目を離しても大丈夫な上、洗うパーツが少なく
前夜から米を浸しておいても大丈夫なガラスというのが使いやすくて、
割とよく使うようになりました。
結局、使いやすいものはよく使うようになりますね。
(とはいえ、時間の余裕のある夕ご飯などは、やはり土鍋の美味しいご飯です)

そして、お弁当には白いご飯が好きなのに
炊き込みご飯を作るのが楽しくて、ついつい作ってしまうのも
ガラス鍋だと横から見えて楽しい。

これはパエリヤ風炊き込みご飯。

冷凍庫にあったアサリとエビと、息子が釣ってきたイカで作ったけど
サフランの色や香りもガラス鍋には移らないので安心です。




これは牛肉の炊き込みご飯。

牛丼弁当にするつもりで薄切り牛肉を解凍しておいたのだけど
急に味のしっかりした炊き込みご飯が食べたくなって、さつまいもと一緒に
醤油とオイスターソース、酒、味醂で味付けして炊きました。






これはキャベツと少し期限が切れてたちりめんじゃこ。

キャベツはコールスローもロールキャベツも大好きだけど、
最近は炊き込みご飯にするのが一番美味しい気がする。
クタッとするけど、全然べちゃっとはしないで歯応えもあるし甘いし
いい出汁も出るし、キャベツと塩昆布の炊き込みご飯は最高で、
ちりめんじゃこのも、しみじみ美味しい。



秋の野菜が出てきたらもっと色々炊き込もう。

映画:マリウポリの20日間

2024-08-29 | 映画


2022年2月からウクライナに侵攻したロシア軍が、東部の港湾都市マリウポリを包囲した。
そこでロシアの攻撃にさらされた街の映像ドキュメンタリーです。
ここに映っている出来事自体は、大体伝え聞いて知ってる、想像できる内容ではあるんだけど、
やはりこれがドキュメンタリーであるということにものすごく大きい意味があります。
マリウポリのウクライナの人々の不安や絶望、怒りや憔悴をひしひしと感じさせられました。

この映画は第96回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞したのだけど、そこで監督は
「私はこの壇上で、この映画が作られなければ良かった、などと言う最初の監督になるだろう。
このオスカー像を、ロシアがウクライナを攻撃しない、
私たちの街を占領しない姿と交換できれば、と願っています。」と語ったそうですが映画の中でも
こんな映画が作られないで済む世界の方がずっと良かったというようなことを呟いてる。
本当に…
民間人の住居だけでなく病院、特に産科病棟への攻撃には言葉もなく
一体どうしたらこんな酷いことができるのか理解できない。
この映像をフェイクだと言い張るロシアに対して憤るのと同時に、
この映像を報道しロシアを批判する西側の大国がその一方で
同様の戦争犯罪をし続けているイスラエルを支援していることにも腹が立つ。

そして、この映画を見るとウクライナの人々に寄り添って、戦争は悲惨だ、侵略されるのは怖い、
他国に攻められる前に自衛しなくてはと思うだろうけど、
あのね、
何より何より絶対忘れてはいけないのは、ロシアが攻撃を始める時に言ったプーチンのセリフです。
「これは自衛のための攻撃なのだ」
ロシアもイスラエルも「自衛」を口実に正義を主張して戦争を始めたし、かつての日本もそうでした。
侵略者どもはみな「自衛」だと言い張って人を殺し国を奪う。
この映画を見て、被害者であるウクライナに自国を重ねるだけでなく、
加害者であるロシアに自分を重ねる視点も忘れてはいけないと思う。


この映画の後のマリウポリだけど、その後5月にはロシアに全域制圧、占領されて
街の内部の様子はよくわからない状態のようです。
ロシア海軍学校の分校を建設しているという記事も見かけたし
すっかりロシアの支配下にあるのだろう。
戦争の終わりはまだ見えず、一体どういうことなのだと理解できない思いばかり…

映画:ルックバック

2024-08-28 | 映画


原作を前に読んでいたので話は知ってて、原作を読んだ時も結構印象的だったけど、
映画がまた評判が良い。
でもこれは原作を知らずに見た方がわたしは気持ちを揺り動かされてたかなと思う。
すごく原作通りだった下東松照明だけど、それだけ原作の完成度が高かったということね。

自分にはあまりに遠くなってしまった、何かにのめり込むという衝動。
内側から湧き出る表現したくてしたくてたまらない焦燥。
自分より巧い人を見た時の絶望と、それでも枯れない何か。
よく知っているのに遠くなりすぎて、子供や孫の物語のように見てしまう自分がなんだか切ない。
シンプルな話で尺が短く見やすいせいか、非常に観客カップル率の高い映画でした(^_^;)

お話は(公式サイトより):学年新聞で4コマ漫画を連載している小学4年生の藤野。クラスメートから絶賛され、自分の画力に絶対の自信を持つ藤野だったが、ある日の学年新聞に初めて掲載された不登校の同級生・京本の4コマ漫画を目にし、その画力の高さに驚愕する。以来、脇目も振らず、ひたすら漫画を描き続けた藤野だったが、一向に縮まらない京本との画力差に打ちひしがれ、漫画を描くことを諦めてしまう。
しかし、小学校卒業の日、教師に頼まれて京本に卒業証書を届けに行った藤野は、そこで初めて対面した京本から「ずっとファンだった」と告げられる。
漫画を描くことを諦めるきっかけとなった京本と、今度は一緒に漫画を描き始めた藤野。二人の少女をつないだのは、漫画へのひたむきな思いだった。しかしある日、すべてを打ち砕く事件が起きる…。


創作に関してのモーツァルトとサリエリの関係を思い浮かべたところもあるけど
ここの二人はもっと素直で前向きでエネルギーがあるし
お互いを尊重して協働できるのは、優しさだけでなく相性の問題もあったかも。
創作に対するさまざまな気持ちを描枯れる以上に二人の友情も濃厚に描かれていて
二人が街へ出るシーンは涙が出た。
ラストもそう。悲劇だけどその悲劇も栄養になるだろう。
悲劇までもが栄養になってしまうことに引け目や罪悪感を感じるだろうけど
生きているというのはそういうことで、悲しいことも栄養になってしまうのだな。

ルックバックというのは振り返るという意味で、背中を見るという意味にはならないけど
映画を見ると映画の中で出てきたいくつかの背中のシーンをタイトルに重ね合わせるだろう。
そして、冒頭とラストに出てきた言葉で挟むと
「Don't look back in anger」というオアシスの曲のタイトルになるのは後で知った。
これは1995年の曲で、マンチェスターでのテロ被害者の追悼式典で合唱された曲として知られてるそう。
怒りを抱えたまま振り返らないで、というような意味で、
いつまでも振り返ってばかりでは行けないというニュアンスがあるのかな(歌詞は知りませんが)

藤田美術館(後編:茶話会)

2024-08-26 | 芸術、とか
さて、藤田美術館で国宝曜変天目茶碗を堪能し、声の良い学芸員さんのお話も楽しんで
展示室を出たらそこはまた素敵な景色が。



綺麗なお庭に囲まれた小さな部屋から外に出てみたけど暑すぎてうろうろするのは無理か。





お庭を横目に入り口のロビーの方へ。

ガラス張りの広いロビーは、入って右手にはカフェのカウンターがあって、
そこでお抹茶やお団子を頼めるようなんだけど、
わたしはこの日は茶話会のようなイベントに申し込んでいたので反対側へ。
「あみじま茶話」というそれは(藤田美術館サイトより)
>茶文化ゆかりのこの網島で、美術館やお茶についての話を
>いつもより少しだけ背筋を伸ばして、抹茶を飲みながら聞いてみませんか。
>館長 藤田清と、あみじま茶屋亭主 藤田義人がお迎えします。

という趣旨のもので、この日の参加者はわたしを入れて4人でこじんまり始まりました。

藤田美術館館長はご挨拶の後、よもやま話をしながらゆっくりとお茶を立てて
一人ずついただいていきます。
お菓子は梅と紫蘇の味。暑い時期にはこのさっぱりした甘さが美味しかったです。


この美術館は江戸時代に生まれ明治に実業家として財を成した藤田傳三郎と
その息子たちによるコレクションからなるそうですが、現館長は藤田家5代目とのことで、
若い頃は車好きで古典芸術には興味がなかったとのこと。
歴史にも関心が薄くて、平安時代っていつ?というレベルだったとか。
それが結局美術館の館長を継ぐことになって、何も知らないところから最初は
コレクションのお茶道具を入れる箱の紐の結び方から学んだそうです。
そして、展示されている茶碗や茶道具は小さいものが多いのだけど
それを入れる箱は巨大になっているという話になりました。
手のひらに乗るほどの茶入も、マトリョーシカのようにいくつもの箱に入れられて
何倍何十倍の大きさの箱になるのです。
所有者が変わるごとにひとまわり大きな箱にいれられていくそうなんだけど
藤田家では黒漆で面取りされそこに蒔絵で藤と鳥と蝶などが飾られた箱を作ると。
重要な美術品にはこの箱が作られ、これは藤田箱と呼ばれるようになったそうです。
この箱を守るために一回り大きな春慶塗の箱があり、その外側によくある桐の箱、なのかな。
動画を見つけたので貼っておきます。国宝を素手で気楽に?触りまくってる!笑
<藤田箱>と国宝<曜変天目茶碗>
箱付きの展示をいつか見たいですとどなたかが言うと、企画しましょうかねとおっしゃってらした。
うん、見たい。

お抹茶のお茶碗は現代作家のもので、どんな場所でもTシャツと半ズボンで行く
超有名老作家や若手の作家の話、仕覆はおまけじゃなく使われる古裂の反物がいくつかで
何千万いや何億という途方もない値段だったりする話、
展示にあった窯が、最初はなにが重要なのかさっぱり理解できなかった話、
美術館を新しくした時に照明を普通の美術館標準よりずいぶん赤みのあるものにした話など
とても興味深い話ばかり盛り沢山ですごく面白かった。
こじんまりとした美術館は大好きだし、なによりここ、駅から徒歩十歩くらいなので来やすい。
これからはもっとしばしば見にこようと思いました。

藤田美術館(前編:曜変天目茶碗)

2024-08-25 | 芸術、とか
先日、東洋陶磁美術館のスター、国宝油滴天目茶碗をじっくり見てきたので、
続いて藤田美術館のスター国宝、曜変天目茶碗を。

東洋陶磁のは何度も見てるけど、藤田美術館のスターは初めて見たのでとても面白かった。
油滴は、細かく油が飛び散っているような、小さな光るドットに銀色のグラデーションで、
曜変はまさに曜変という感じのなんとも怪しく美しく変化する色が華麗。
どちらもそれぞれ美しく、どっちかくれるならどうしようと決めかねて心乱れる。笑
天目茶碗は12〜3世紀の南宋時代に、建窯(現在の福建省北部建陽県)にあった名窯で作られたもので、
昨日書いたように、曜変天目の完全なのは3つしかなくて、どれも国宝。
(藤田美術館の他は大徳寺龍光院と藤田美術館と静嘉堂文庫美術館)
古釜の名前や時代について、全く素人なんだけど、
美術館で見るような陶磁器の好みが少しわかってくるのに10年かかったので、
次はそういうことを覚えるのにまた10年かかるのだろうな。でもそれも楽しいことです。

じっくり見ていると美術館の方が、もうすぐ学芸員の方の解説ツアーが始まりますよと知らせてくれた、
そして、団体さんが今来られたので、もし曜変天目をまだご覧になってなかったら
先に見た方がゆっくり見られますよと教えてくれる。
やっぱり曜変天目はスターだなと思うのと同時に、細やかな親切に嬉しくなった。
スターはしっかり愛でたので、安心して学芸員さんのお話を聞く。

30分ほどと聞いたので、小さな美術館だからざっと一回り全体的なお話で
あとはスターの説明をされる感じかな?と思ってたらなんとあえてのスター外しで、
茶入、水指、絵画の3点を選んで、それぞれについて丁寧にお話されててすごくよかった。
3、40代?の男性だったのだけど、声が良くて、標準語の中にたまに気がつかないほど
ほのかに混じる関西アクセントがとても心地よい方でした。
作品の背景や見どころ、見方などの話の中にほんの少し個人的な感想も付け加えられる
その加減が絶妙で、しっかりしていながらも温かい解説だったと思う。

カメラ不可、スマホのみ可、フラッシュ禁止、ということで、写真も撮れます。

このみかんの香合はみかんの形に作ってあると思ってたら
なんとほんまもんのみかんの皮を貼ってあるらしい。
みかんのミイラと美術の人たちは密かに呼んでいるそうです。この話は結構ツボ。

黒楽茶碗の横の文鎮みたいなやつは、多分レフ板的に光を当てて
茶碗の側面を見やすくするために置いてあるのかな?それにしては指紋が・・・笑

(後編に続く)