教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

私にとっての教育史教育というテーマ

2021年09月04日 16時47分00秒 | 教育研究メモ
 今月下旬の教育史学会大会では、「教職課程と教育史研究・教育」をテーマにシンポジウムが行われます。どんな議論になるのか楽しみです。私自身はというと、このところいろんなテーマでの研究に力を割いて、教育史教育に関する研究を発表できてないのですが、実践による検討は少しずつ積み上げています。
 私の基本的なスタンスは、「教育学者として教育史にどう向き合うか」というところにあります。教育学者にしかできないこととは何でしょうか。それは教育学教育だと私は思っています。今や情報社会・インターネット社会となりに、教育に関する論説は誰でも発信できます。教育学者でなくとも、エビデンスの質も社会への影響力を確保する可能性は、誰にでもあります(もちろんそれなりの研究や地位、立場は必要ですが)。教育は様々な社会問題と関わるため、教育学研究の深化は学際的・領域横断的に進めるべきでもあります。教育学は教育学者によって体系化されるものですが、教育学者だけに専有されるべきでもないと思います。だから、教育学研究・教育史研究は、教育学者でしかできないこととは思いません。
 一方、教育学教育は教育学者だけが行うものです。教育学者養成は当然ですが、教育学的な視点・思考を学ぶ機会を提供し、教育を専門的・批判的に考えて実践することができる人間を育てるのは、教育学者だけが取り組める立場にあります。とくに教職課程の一部が教育学者に託されていることは事実であり、教育学者にはその実践と内容の充実に果たすべき一定の責任があります。
 教育史教育は、教育学教育の一環・一側面として重要な役割を担うことが期待されます。教育学的な視点・思考には歴史的な視点・思考が必要だからです。教育史は教師を育てるためだけにあるわけではないですが、教育学としての教育史は教師を育てる上で欠かせないものです。どのような教育史の事実や方法論が教育学的な視点・思考を育てるか。どのような課程を編成するべきか。また、教育学的な視点・思考は、教育学研究の進展や社会・時代・教職の変化に応じてその内容や意味を変化させるものだと思います。どのような教育学的な視点・思考を育てるべきか歴史的に追究することも、また課題でしょう。これらの課題を追究する使命が、教育史を研究する教育学者にはあります。
 私にとっての教育史教育というテーマは、教育学者としての自覚と実践に関わる課題であり、教育学教育の具体的な課題です。私が主に問題とする教育史とは、教育学としての教育史、教職教養としての教育史です。
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