次の書物は、「崇徳院御百首」(下命者:崇徳院、成立:久安6年
・1152)。
別名、「久安六年百首」「久安百首」と呼ばれたこの書物は、崇
徳院が13名の歌人に命じて百首ずつ詠進させた百首和歌。その後、
藤原俊成に命じて部類編集が行われるはずが、保元の乱が起こり最
終的に完成まで至らなかった。
開かれた頁の矢印の文章は、「ゆきなやみ 岩にせかるる谷川の
わすれてすえにも あわんとそおもふ」とあり、これを「詞花和歌
集」に収める際、崇徳院自身が推敲して手が加えられたと伝えら
れている。
展示書は紅葉山文庫旧蔵、写年は不明。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)
・1152)。
別名、「久安六年百首」「久安百首」と呼ばれたこの書物は、崇
徳院が13名の歌人に命じて百首ずつ詠進させた百首和歌。その後、
藤原俊成に命じて部類編集が行われるはずが、保元の乱が起こり最
終的に完成まで至らなかった。
開かれた頁の矢印の文章は、「ゆきなやみ 岩にせかるる谷川の
わすれてすえにも あわんとそおもふ」とあり、これを「詞花和歌
集」に収める際、崇徳院自身が推敲して手が加えられたと伝えら
れている。
展示書は紅葉山文庫旧蔵、写年は不明。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)