とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

空き家の裏道

2011-09-21 23:01:03 | 日記
空き家の裏道






 私は、今とてもいい気持ちになっています。

 そりゃよかった。と長柄さんは頷いてくれた。

 タタカイ スンデ ヒガクレテ・・・。

 おや、古い歌ですね。軍歌がお好きですか。

 いや、そういうこともないです。しかし、ふと出てくるんです。父がよく唄ってました。

 ・・・。

 今の世の中、戦後の日本みたいな状況ですね。

 ほんとに、次々予想もつかないことが起きる。

 退職しても安穏と暮らせません。私個人も日々タタカイです。

 タタカイ ?

 ええ、タタカイです。生きることはタタカイです、いつの世も。

 ・・・。

 ですから、タタカイの合間に巣篭もりするのです。いや、繭篭りと言った方がいいかも。

 繭篭り ?

 とてもいい家を貸していただきました。ほんとにここが私の繭みたいなものです。すばらしいです。

 ・・・。

 ここで私は自分自身になります。・・・ここは私にとってそういう場所です。ありがとうございます。

 そうですか。そりゃよかった。・・・で、奥さんはここをご存知ですか ?

 いや、いずれ分かるでしょう。家まで車で30分くらいの距離ですから。

 今度は奥さんと来てください。

 いや、まだ早いです。

 そうですか。

 この家の持ち主の方はいずれ帰ってこられるのでは、・・・。

 いや、従弟の私にさえも鍵を預けただけで、何も言わなかったくらいですから、いつのことか分かりません。
 
 どうしてここを出られたんですか。

 いや、私も詳しくは分かりません。ただ、夜逃げでなかったことは事実です。荷物も堂々と明るいうちに全部運び出しましたか ら。

 そうですか。

 だから、私は貴方がここを使っていただくことを喜んでいます。ほんとに、このままではいずれ朽ち果てますから。

 そうですか。しかし、無償でということになると心苦しいです。

 だから、前言ったように掃除をきちんとしていただくことでいいんです。

 そうですか。感謝しています。

 おお、そうだ。教えてあげたいことがあります。

 何ですか ?

 こちらへおいでください。この家は裏道に通じています。

 私は後を付いていった。すると、草木が生い茂った山道に出た。

 この道はどこへ通じていますか ?

 この家の主の住んでいるところです。

 ええっ、ほんとですか。

 いや、冗談です。従兄の家族はこの道から荷物を運び出しました。

 えっ、こんな不便な道を、・・・。

 私はそう言いながらその草深い山道が、何だかもわっとした別世界の入り口のような感じがした。


東北関東大震災 緊急支援クリック募金