とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

無常を争ふ

2010-07-29 23:25:33 | 日記
無常を争ふ



 築30年以上も経つと、家には風雪に耐えた独特の風格が滲み出てきて愛着が増してくる。
それは、住人の心身の年輪が増えていくのと似ている。しかし、どちらとも無限に生きていくことは出来ない。鴨長明でなくても、家と住人とが「無常を争ふ」仔細は、その土地に生活しているものの実感として記憶が蓄積されていく。まさに家は人間と同体・同質である。衣食住というが、この順序は再考の余地があると思う。
 「地震がくれば、この家は東側に倒れる可能性大ですね」。家屋の強度の診断をしたある業者が言った。普段見えない屋根裏や床下をデジカメ写真で説明されると、説得力があった。梁の接合部が大きくずれているし、土台が基礎からはみ出して、辛うじて柱を支えている。しかもあちこち黴だらけ。
 震度5の地震、風速56mの台風、そして白蟻にも耐え、すっくと立っている我が家にいつも頼もしさを感じていた私は、がっくり。人間の体と同じで、外見だけで判断しては危険だということが身に染みて分かった。家の病巣は人間なら緊急入院させられるところまで広がっていた。だから、補強・消毒の工事に即座に取り掛かって貰った。私はふと自分の齢と重ね、まるで我が身が重態に陥ったような気持ちになったのである。
 どちらがより「無常」か。それは仏神のみぞ知る厳粛な真実である。
             (2004年投稿)