3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

東大合格だけじゃないけれど 「御三家」武蔵、WEB朝日から

2013-05-06 13:57:35 | 現代社会論
ふうーん、武蔵の人気がいま一つなんだそうだ。

私は、武蔵が好きだから、これは残念である。

最近の若い親というのは、本当の価値というのがわかっていないから、面倒見がよいとか、・・で中学を選ぶのだろうね。
70年代生まれの親だろうから、結局、コマーシャルにだまされて、つまらない中学を選んでいるのだろうよ。

東大合格だけじゃないことは、だれだって、まともに大学入試の勉強をして熾烈な競争をしてきたものはよくわかっている。
東大と同じくらい良い大学が国内にも国外にもあることを知っている。

東大合格者がぜんぜんいないというのはさみしい話であるが、二けたぐらいいればそれはけっこうよい高校なのである。
合格率がよいからといっても、自分の子供がはいるかどうかはわからないのだし、子どもの幸せを考えたらどうなのだろう。
東大出ても、入っただけで鳴かず飛ばずのものもたくさんいるし、やはり、底力があれば頭角をそのうちちゃんとあらわすもので、東大じゃなくても、世の中は認めるのだから、焦る必要はない。

湯浅誠だって武蔵だったのではないか?もっとも彼は東大だけど。
武蔵は東大なんて、それがどうした?という文化である。東大じゃなくてインドにいくほうが楽しいと思う子どもたちなのである。

もっと自由に子どもを育てよう。子どもの可能性を見出してみよう、と思ったら、迷わず武蔵を私だったら選ぶだろうに。

残念な世の中になったのだ。
若い親たちの東大合格率ばかりにこだわるそういう近視眼的な価値観が子どもをだめにして、ひいては日本をだめにしているのだろうなあ。

世も末だなあ。
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シューベルトのD.899、ブレンデルのが好きです。

2013-05-06 11:56:19 | 音楽ノート
N響アワーだったか、いや、日曜音楽館という名前になったのだが、日曜日の夜の番組でシューベルトD.899をやっていた。やっぱりシューベルトはいいなあ。
ポール・ルイスというイギリス人のピアニストだった。ブレンデルの薫陶を受けたとか、たしかに、D899の最初の一音の後の間の取り方など、とても似ていた。
あらためて、シューベルトの美しさを認識した。
世の人は、シューベルトよりショパンとかリストを好むのだろうが、私はやはりシューベルトが好きだ。

その次にブラームス、僅差でシューマンとなる。

この3人にベートーベンを加えればもうそれ以外はいらない。
バッハ、ヘンデルも好きだが、この3人に比べれば、聞く時間ははるかに少ない。
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高齢者を家族に介護させてはいけないのである(孫が祖母の介護を 朝日WEB新書から)

2013-05-06 10:39:57 | 現代社会論
朝日のWEB新書に「祖母を殺して私も死のう…」[現実編]というのがあった。
孫が祖母を介護している話である。

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 「祖母を殺して、私も自殺しようと思ったこともありました」
 介護を振り返り、河村美樹さん(仮名)がつぶやいた。まだ30代前半。介護がスタートしたのは、20代後半のことだった。
 一般的には、介護を担うのは50代以上の人が多い。実際に、厚生労働省の「平成22年国民生活基礎調査の概況」を見ても、40歳未満で要介護者と同居する主な介護者は、全体の約3%と低い。しかし、「もっと多く、若い人が介護をしているはず」と指摘する声がある。

 美樹さんが、隣の家に住む母方の祖母の異変に気がついたのは、2005年のころ。美樹さんは不況のあおりと、腎臓に持病があったため、就職をせず、90代の祖母の仕事の手伝いをする日々を送っていた。
 祖母は地主で、土地の管理をしていたため、来客も多い。しかし、そのころから人と会いたがらなくなり、美樹さんが対応することが多くなった。さっき話したことをすぐに忘れたり、自分が片付けた物の場所がわからなくなったり、頻繁に鍋を焦がしたりするようになるなど、認知症の症状が出始めた。06年には転倒することも多くなり、何かあると一日に数十回も誰かに電話をかけてしまう。祖母から目が離せなくなった。

 耳の聞こえない両親を持つ美樹さんにとって、祖母は、成長過程に欠かせない存在だった。保護者会や学校行事にも必ず参加し、旅行にも連れていってくれた。大好きな祖母の家に遊びに行くのは昔からの日課だったが、祖母の認知症が進むにつれ、それは義務感を伴うようになっていった。

 07年、美樹さんが腎臓病の検査のために1週間入院して戻ると、祖母は寝たきりになっていた。母は、なぜか介護することを嫌がり、最低限のことしか手伝ってくれない。美樹さんの妹は、あまり祖母とは仲良くなく、父はすでに他界していた。週に2回、ヘルパーが来てくれてはいたが、必然的に主に美樹さんが介護することになった。
 「今考えると、本当に暗黒時代です」

 毎日、食事を用意し、食べさせる。掃除、洗濯をすませ、トイレに連れていく。入浴の介助も必要で、少し外出して戻ると、祖母が失禁していることもあった。
 お金に困ることはなかったが、祖母に財産があることが、親戚とのトラブルを引き起こした。美樹さんのおじで、祖母の息子が、祖母の通帳を持っていってしまったのだ。

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両親が耳が聞こえず、祖母によって育てられたこと、介護を担う孫は腎臓に持病があり、就職をしていないこと、祖母は土地持ちで財産があり、経済的には困っていないこと、父はすでになく、母は介護を嫌がっていること、週2回ヘルパーが来ていること、妹がいるが祖母とは仲が良くない、祖母の財産目当てにおじが祖母の通帳をもっていなくなってしまった・・・ということがこの文章のなかから読み取れる。

後日談はこの新書を買わないと読めないので、何とも言えないが、

最近、孫が祖母の面倒を見させられるという話を聞くことがある。
同居していて、父は働き母も働き、息子が介護の専門学校に通っていたりすると、専門学校を卒業する時期になって、「老人ホームなんかで働いて他人の介護をするくらいなら、お前がばばあさんの介護をしてほしい」ということでせっかく就活して得た介護の仕事を辞退して自宅で祖母の介護をすることになったという話もある。

農家をやっていて財産も有り、経済的に困っていない場合など、孫に介護を担ってもらうというケースは以外に多いのではないかと思う。とくに、都市近郊で就労先などがあまりなく、若者の雇用先が乏しく、また、たとえ働いても低賃金の場合が多いので、家にいて家事一切や老人介護を引き受けてくれたら楽だろうから。

だいたいは、このような仕事はこれまで、嫁の役目といわれやってきた。樋口恵子さんなんかが、女性ばかりがやっているのはけしからん、ということで、介護を社会化しろということで介護保険を作ったわけだが、結局、社会介護は定着せず、どこまでも家族ということで、孫にまでその役割責任が押し付けられているように思える。

これまで担ってきた嫁もまた高齢だったり、働いていたりすると結局、孫に介護を、という話になるのであろう。

90歳過ぎた祖母、認知症で財産管理能力が低下している、ヘルバー週2回は少なすぎる。デイサービスや、ショートステイやあれこれ使ってとにかく、家族負担をゼロにする努力が必要だろう。ゼロにするにはサービスの量的拡大と使い勝手の良さが必要である。祖母の介護を孫にというような家庭はたぶん家族介護を基本に据えている。それは、間違いである。それをやると早晩破綻する。孫の人生を破壊して祖母の介護を担わせる社会はだめだ。この孫に働き口を世話して経済的に独立させ将来の生活設計が立つようにしなければならない。ヘルバーは何をやっているのだろうか?ケアマネはアホか?

みんな家族でと思っているだろうが、それは無理なのである。破綻する前に早いうちから家族を介護の呪いから解放すべきである。
本当の親孝行、祖母孝行は様々な支援を得て、孫娘が生活自立し自らの人生を歩むことでなのではないだろうか。

定年退職した息子や娘ならよいかもしれないが、それでも、家族介護の呪いから解放すべきである。
老いた息子や娘だって豊かな老後生活を送る権利があるだろう。祖母90歳の人権が大切なのと同じくらい家族ひとりひとりの幸せも大切なのだ。



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