サッカー日誌 / 2011年01月17日


高校サッカー2010(上)


滝川二、初優勝の原動力は守り

決勝 滝川二(兵庫)5対3 久御山(京都)
(1月10日 東京・国立競技場)

◇元帝京の古沼監督と観戦
 高校選手権の決勝を元帝京高の名監督、古沼貞雄さんと並んで見た。
 後半9分、滝川二が3対0とリードしたところで、古沼さんが「守りの差だな」とつぶやいた。ちょうど、ぼくもノートに「守りの差」とメモしたところだった。
 滝川二が3点も取ったのに、2人とも、攻撃力でなく守備力に注目した。実戦経験豊富な古沼さんと観戦経験豊富なぼくの見方が一致したわけだ。滝川二は攻撃力が評判で、ツートップの樋口寛規と浜口孝太の得点力がマスコミで評価されていた。樋口は決勝戦で2点をあげ、通算8ゴールで得点王になった。チームは1回戦から5試合で20得点である。しかし、初優勝への道を開いたのは、センターバックの土師直大、亀岡淳平を中心とする守備のおかげだったのではないか。
 決勝戦は劣勢と見られていたが久御山が前半攻勢で、シュート数も10-6と多かった。しかし滝川二はしのぎきって前半のうちに2点をあげ、後半に入ると間もなく3点差とした。

◇後半の久御山の追い上げ
 後半12分に久御山が1点を返したが、滝川二はすぐに入れ返して4対1。この時点でぼくは「勝負あった」と思ったのだが、古沼さんは「まだ分からんよ」と、ここではまったく違う考えだった。
 古沼さんは、その後の波乱を予感していた。久御山の選手たちに「守りの意識」がまったくなく、攻撃ばかりを考えている様子だったからである。「滝川二のような、しつけられている(訓練されている)チームは、なりふり構わぬ反撃をされるとバタバタする」と見たようだ。高校生は、教えられてない事態にあうと対処できなくなって混乱することがある。その可能性を見抜いたのは、高校サッカーを知り尽くしている「古沼さんならでは」である。
 古沼さんの予感は当たった。久御山が追い上げて残り4分に4対3と1点差に迫る。アディショナル・タイム(追加時間)が5分あったので、実際には残り時間は9分だった。その間に同点、あるいは逆転になってもおかしくない展開になった。
 
◇高校サッカーの難しさ
 1点差を追う「はらはら、どきどき」の展開は最後まで続いた。滝川二が5点目をあげたのは、後半追加時間終了間際である。この久御山の追い上げは、34年前、1976年度の浦和南対静岡学園の決勝戦を思い出させるものがあった。あのときはドリブルばかりの静学が訓練の行き届いた浦和南をあわてさせた。今回は、久御山の個人技とパス重視のサッカーが、滝川二の守りを、あと一歩まで追い詰めた。
 滝川二は過去3度、黒田和生監督のもとでベスト4に進出しながら、いずれも準決勝で敗れている。あのときは、攻撃的サッカーをめざして守備力で及ばなかった。今回は当時、コーチだった栫(かこい)裕保監督のもとで、守りを固め、攻撃力もあるチームを作ってきて初優勝をかち取った。そういう攻守のバランスを考えたチームでも、思わぬ展開にバタバタする。
 3年間で「勝つチーム」を作らなければならない高校サッカーは難しい。一発勝負の勝ち抜きトーナメントだから、なおさらである。

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