サッカー日誌 / 2017年01月10日


東京高師附属中学の貢献


日本サッカー史研究のうち

サロン2002シンポジウム
(12月17日、東京・筑波大学附属高)

★日本へのサッカー移入
 「サロン2002」の主催で「太平洋戦争前の日本のスポーツ」をテーマにしたシンポジウムが開かれた。
 「サロン2002」は、筑波大学附属高校の中塚義実先生が主催するスポーツ文化の勉強会である。
 そのシンポジウムのなかで、ぼく(牛木)が講演をした。
 講演のテーマは「日本へのサッカーの移入」だった。
 日本へサッカーが入ってきたのは、いつとすべきか?
 多くの本に、1873年(明治6年)に、築地の海軍兵学寮で、英国人のダグラス少佐が教えたのが「始まり」だと書いてある。
 ぼくの考えは違う。
 ダグラス少佐説が間違いだというわけではない。
 しかし、ダグラス少佐が、海軍兵学寮で教えたサッカーは、その後、全国には広まらなかった。
 日本のサッカーの始まりだとするのは適当でない。

★日本初のサッカー試合
 ぼくの考えでは、日本にサッカーが普及し始めたのは、1904年(明治37年)である。
 この年の2月6日に東京高等師範学校(現在の筑波大学)のチームが、横浜の外国人クラブに遠征して試合をした。
 日本ではじめてのサッカーの対外試合である。
 東京高師のチームを編成し、横浜外人との試合を実行したのは、和歌山県那智勝浦町出身の中村覚之助である。
 中村覚之助が編成したチームのメンバーが、卒業後、教員として、当時の中等学校の全国に赴任し、サッカーを広めた。
 というわけで、日本のサッカー普及のはじまりは、1904年2月6日とすべきだと思う。
 2月6日を「サッカー記念日」にしてはどうか?
 また、日本にサッカーを紹介し、普及させた功労者は、中村覚之助である。
 中村覚之助の業績は、もっと広く知られるべきである

★茗荷谷から始まった
 このシンポジウムの会場は、東京文京区茗荷谷の「茗渓会館」だった。筑波大学附属高校の同窓会館である。
 会場の2階に、筑波大学附属中・高校のサッカー部の歴史についての展示があった。
 それを見学して「日本のサッカーの発展は、ここ(茗荷谷)からはじまったとすべきではないか」と思った。
 展示の中に出てくる東京高師附属中学校のサッカーOBのなかに、ぼくが個人的に恩になった先輩の名前が出ている。
 一人は新田純興さんである。新田さんは東大サッカー部の創設者で、日本サッカー普及の元祖だと言っていい。
 フランス文学の研究者として有名な中島健蔵さんも、高師附属のサッカー部OBである。大学で中島先生の講義を受講したことがある。
 日本のサッカー普及のもととなった大先輩が、いまの筑波大附属で育ったことに、改めて気がついた。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年12月25日


2020年東京五輪の3施設(下)


有明のバレーボール会場

都・政府・IOC三者協議会(11月29日)
小池都知事、定例記者会見(12月16日)

★観客席の多い体育館
 2020年東京オリンピックの施設建設で問題になっていた三つの会場のうち、バレーボール会場の「有明アリーナ」も当初の計画通り、建設されることになった。
 ボート・カヌーの水上競技場、水泳のアクアティクスセンターに比べて「有明アリーナは」もっとも建設しないですむ施設だったのではないか?
 バレーボールのできる体育館は、都内にあるからである。
 一方で、スポーツ団体が、もっとも建設を要望していたのも「有明アリーナ」だった。
 というのは、室内スポーツは、いろいろあり、それぞれが、大きな観客席のある体育館を必要としているからである。
 体育館は多いが、大きな観客席を持つところは少ない。
 バレーボールのほか、バスケットボール、ハンドボール、卓球、室内テニスなどが、全日本選手権や国際大会のために、多くの観客席をもつ体育館を必要としている。

★「横浜提案」は行き過ぎ
 東京都の五輪施設調査委員会は、有明アリーナの建設をやめ、バレーボール会場を、既存施設の「横浜アリーナ」へ変更することを提言していた。
 東京都が「横浜アリーナ」を提言したのは、踏み込み過ぎである。
 東京都としては「有明アリーナは、お金がかかりすぎるので建設できません」とだけ言うべきだった。
 代わりのバレーボール会場を探すのは,組織委員会の仕事である。東京都が、よその自治体の施設にまで口を出したのは行き過ぎだ。
 横浜市は、バレーボール会場の引き受けを拒否した。
 当然である。
 東京都の経費節減の「しわ寄せ」を押し付けられることはない。東京オリンピックは東京都内で行うのがいい。

★有明レガシーエリア
 東京都の小池知事は、バレーボール会場の横浜アリーナへの変更を断念し、当初の計画通り、有明アリーナを建設することを、記者会見で表明した。
 東京都の調査委員会が「見直し」を提言した三つの施設は、いずれも、当初の計画通り建設されるわけである。
 ただし、観客席の縮小や内装の変更などで、4百億円以上、削減されることになった。
 これは「見直し」の成果である。
 小池知事は、有明北地区を、スポーツと芸能のイベント会場を集めた「有明レガシーエリア」として整備する構想を発表した。
 これは、アリーナ建設中止撤回の「言い訳」に過ぎない。
 もともと、湾岸埋立地を活用する都市計画の一部として有明地区の開発計画があったはずである。
 「有明レガシーエリア」整備は、新しい発想ではない。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年12月24日


2020年東京五輪の3施設(中)


水泳競技場の観客席縮小

都・政府・IOC三者協議会
(11月29日・東京)

★もとの計画が過大
 2020年東京オリンピックの施設建設で三つの会場を、東京都の小池知事が問題にした。
 そのうち、東京湾の埋立地に建設する予定の屋内水泳競技場(アクアティクス・センター)は、観客席の2万人収容を1万5千人収容に減らすことになった。
 当然である。
 もともと、2万人収容の計画が過大だった。
 オリンピックでは、水泳は会期前半の主要イベントである。だから、2万人のお客さんが来て、それだけの入場料収入があがると想定していたのだろう。
 しかし、現代のオリンピックでは、大多数の人びとは、テレビで競技を見る。
 また、主要な収入源は、入場料ではなくスポンサー料とテレビ放送権料である。
 したがって、観客席の規模は、それほど重要ではない。

★五輪後の利用
 施設について重要なのは、オリンピック後の利用である。
 2万人収容の観客席が、オリンピックのあと、水泳競技会で必要だとは考えられない。
 1万5千人でも、大き過ぎる
 オリンピックの後の利用のためには、常設2千人前後、仮設を含めて3千人程度の収容能力を持つ「屋内プール」が適当ではないか?
 巨大な施設を作っても、オリンピックの後では、使用料が高くなって、水泳では維持できないだろう。
 ロック・コンサートなど、スポーツ以外の、収益力のあるイベントの会場になる可能性が高い。
 コンサート会場建設に反対するわけではないが、オリンピックでコンサート会場建設を推進することはない。

★代々木を使えないのか?
 屋内プールとして使える東京都内の施設としては、国立代々木競技場がある。1964年の東京オリンピックで競泳会場だった大型体育館である。
 2020年大会でも、ここを水泳会場にすべきだと思う。
 問題の一つは、観客席が5千人程度であることだ。
 オリンピックで要求されている2万人には、ほど遠い。
 しかし、2万人の要求が、そもそも現実的ではない。
 現在の計画では、国立代々木競技場はハンドボール会場に予定されている。
 ハンドボール協会は、水泳競技会場の変更で、代々木競技場から追い出されることに抵抗している。
 しかし、オリンピック後に、代々木競技場がハンドボールで優先的に使えるようになるとは思えない。
 ハンドボール協会は、オリンピック後のことを考えた中規模の施設要求を考えるべきである。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年12月12日


2020年東京五輪の3施設(上)


「海の森」を大会のシンボルに

都・政府・IOC三者協議会
(11月29日・東京)

★ボート・カヌー会場を承認
 2020年東京オリンピックのボート・カヌー会場が、東京湾に建設する「海の森水上競技場」に決まった。
 東京都・政府・IOCの三者協議会で、小池都知事が認めた。
 東京都の調査委員会が、宮城県の長沼ボート場への変更を提案していたのだが、もとの計画に戻ったわけである。
 いい結論だ。
 ボート・カヌーの競技場は、多くは内陸の川や湖に作られている。海辺に作るのはユニークである。
 海風の影響など問題はあるようだが、海辺でボート・カヌーの国際競技会ができることを示せば、水上競技の普及に役立つのではないか?
 「海の森水上競技場」を、海に囲まれた国のオリンピックのシンボルにしてはどうか?
 「東京オリンピック」なのだから、できる限り、東京都内でやってもらいたい。

★五輪後の活用計画
 問題は「海の森水上競技場」を、2020年オリンピックのあとに、活用できるかどうかである。
 オリンピック後の利用計画を示さないまま建設するのでは、「税金の無駄遣い」になりかねない。
 漕艇(ボート)協会とカヌー協会は、オリンピック後の利用計画を示すべきである。
 「たとえば」である。
 オリンピックの中間年に、ボートとカヌーの国際招待競技会を開く。
 4年に1度である。
 あるいは、国内の若いクルーを招待して競技会を開く。
 年に1度である。
 もちろん、こういうイベントには、お金がかかる。
 しかし、ボート界なら、お金を調達できるのではないか?

★漕艇界の財力
 ぼく(牛木)が、学生だったころ、大学運動会(体育会)の運営に関係したことがある。
 そのとき、予算規模がもっとも大きいのは野球部で、2番目が漕艇部(ボート部)だった。
 運動会の収入の大きな部分は、六大学野球の入場料だったから、野球部への配分が大きいのは当然である。
 漕艇部の予算が大きいのは、艇を作るのに、お金がかかるためだったが、漕艇部はOBの寄付金も突出して多かった。
 財界の「お偉方」に漕艇部出身者が多いからである。
 漕艇部出身の「お偉方」を結集して、海の森水上競技場」の将来像を構築して示すことは、できないのだろうか?
 四面を海に囲まれた島国の日本だから、ボート、ヨット、カヌーなど水上スポーツの振興に力を注ぐべきだろう。
 東京湾に「海の森水上競技場」が建設され、将来にわたって活用されることを期待している。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年11月24日


代表チームの「過渡期」


圭佑の時代は終わったか?

W杯アジア最終予選
日本 2対1 サウジアラビア
(11月15日・埼玉スタジアム)

★先発メンバーの変更
 「日本代表チームの過渡期なのでしょうか?」
 週刊誌の記者から、電話でこんな質問を受けた。
 ワールドカップ・アジア最終予選のサウジアラビアとの試合で、ハリルホジッチ監督が、先発メンバーを大幅に変えたことについてである。
 前線プレーヤーの常連だった岡崎、本田、香川をはずし、大迫、清武を起用した。
 これまでの日本代表チームから、新しい代表チームに移行しようとしているのではないか?
 そういう意味の質問だろう。
 ぼくは答えた。
 「代表チームに過渡期なんてないよ」
 そっけなさ過ぎる答えだったと、後で反省したが、ぼくの真意は「代表チームは、その場その場で編成するものだ」ということである。

★単独クラブとの違い
 「浦和レッズ」や「セレッソ大阪」のような単独のクラブ・チームと日本代表チームでは性質が違う。
 単独クラブは、メンバーが、ある程度、固定していて、チームのスタイルも固まっている。
 しかし、主力のプレーヤーが衰えたり、ケガをしたりすると、別のプレーヤーを加えて、チームを再編成しなければならない。
 再編成して新チームへ移行する期間が「過渡期」である。
 代表チームでは、事情が違う。
 プレーヤーは、大会のたびに、あるいは、試合のたびに選ばれる。
 毎回、新たに編成されるのだから、チームとしての「移り変わり」はない。つまり「過渡期」はない。

★代表編成の三つの要素
 とはいえ、これまでの日本代表チームの中心は本田圭佑だった。その圭佑が衰えてきた。だから圭佑中心でない日本代表チームを作ろうとしているのではないか?
 「圭佑の時代」は、終わったのか?
 これについての意見を聞くのが、週刊誌の記者の質問の狙いだったのだろう。
 代表チームの編成には、三つの要素がある。
 第一は選ぶことのできるプレーヤーである。有力選手であっても、体調が悪ければ選ぶことはできない。
 第二には相手チームのレベルとスタイルである。
 勝つ可能性が強ければ、主力を温存して、若手を起用することもある。
 第三には、その試合の性質である。重要なタイトルのかかった試合でなければ、ベストメンバーを組む必要はない。
 今回の「圭佑はずし」の理由には、この三つが、ある程度は、該当するように思う。
 「圭佑の時代」が終わったわけではない。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年11月23日


五輪用体育館の建設(下)


中規模競技場の整備を

活用されている代々木第二

★大競技場に付属
 1964年東京オリンピックのために建設された競技施設のなかで、特定スポーツのために活用されているのは、国立代々木競技場第二体育館ではないか?
 東京の原宿駅近くにある。代々木第一体育館に附属した小体育館である。
 スポーツ・ファンには「バスケットボール競技場」として知られている。
 1964年東京オリンピックのときにバスケットボールの会場だった。その後、国内のトップレベルのバスケットボールの試合で、よく使われている。
 1万人収容の観客席を持つ第一体育館は、1964年東京オリンピックのときには、水泳会場だった。
 しかし、オリンピックの後で水泳競技会の会場になったことは、ほとんどない。
 1万人収容のスタンドは、必要ないからである。

★3,000人収容の体育館
 第一体育館は、ロック・コンサートなどのイベント会場として使われることが多い。
 大きな体育館は、日常のスポーツ競技会には使い難い。使用料も高い。
 スポーツ施設というよりは、興業施設である。
 第二体育館の観客席は、約3,000人収容である。
 室内競技のスポーツ団体が、国内競技会で集められる観客数にとって「手ごろ」である。
 使用料は多くの場合、観客席数に比例するから小体育館のほうが安い。
 また、観客にとって、小体育館のほうが見やすい。
 1万人収容の体育館では、遠くのほうを見るには、双眼鏡が必要である。
 3,000人収容程度の体育館では、スタンドとコートが近いので迫力いっぱいである。

★「手ごろな」大きさ
 代々木第二体育館は、バスケットボール以外に、卓球やバドミントンなど他のスポーツで使われている。
 また、町の音楽サークルのコンサートなど、市民文化イベント会場にもなっている。
 使いやすい「手ごろな」大きさだからである。
 こういう例を考えると、2020年東京オリンピックのための「有明アリーナ」建設に、スポーツ団体が固執するのは賢明でないように思う。
 決勝戦の会場は既存の大体育館でいい。
 オリンピックのときに、バレーボール、バスケットボールなどは、1次リーグの試合が多く行われるだろう。
 そのための中規模の体育館を整備することに力を注いだほうがいい。
 中規模体育館を各地に作り、オリンピックのあとに活用する方策を考えるべきではないか?


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年11月21日


五輪用体育館の建設(中)


代々木体育館の教訓

スポーツ専用にはならない


★水泳競技会として建設
 スポーツ団体は、それぞれ、専用で使える競技場が欲しい。
 そのため、オリンピックなどの機会に、新しい大きな競技場の建設を求める。
 しかし、新競技場が、オリンピックのあと、そのスポーツのために活用できるとは限らない。
 東京渋谷の代々木体育館は、1964年の東京オリンピックの水泳会場として建設された。
 設計したのは、世界的な建築家の丹下健三さんである。
 丹下さんは、設計の段階で「オリンピックの後、この施設をどう使うのだろうか?」と心配していた。
 東京オリンピックの水泳会場として、1万人以上の観客席を作るように求められたが、オリンピックの後に、国内で1万人の観客を集める競技会を想定できなかったからである。
 オリンピックが終わったあと、代々木競技場は、都民のための水泳プールとして開放された。
 冬季にはスケート場になった。

★民間施設との競合
 しかし、うまくいかなかった。
 一般市民の利用には観客席は必要ないからである。
 大きな観客席がムダであるだけでなく、室内空間が大きくなって、空調などにお金がかかる。そのため、使用料が高くなる。
 もう一つの問題は、民間の施設との競合である。
 後楽園や品川に民間経営のプールやスケート場があった。
 税金を使って建設した施設が、民間施設と同じ土俵で経営を競うのは公正でない。
 一方で、官僚から「天下り」した人びとの運営は、民間の施設に比べて、運営が効率的でない。
 その他、いろいろあって、代々木競技場は、都民のための水泳やスケートとしては、充分には機能しなかった。
 その後、コンサート会場などとして役に立ってはいるが、スポーツのためには、期待どおりには使えわれていない。

★両立しない2つの期待
 1964年当時の日本の水泳界には、二つの期待があった。
 一つは、水泳がオリンピックのメーンイベントとなることである。そのために、1万人以上の観客を集める水泳大競技場がいる。
 もう一つは、オリンピックのあとで、競泳で自由に使える室内プールができることである。
 しかし日常的な競技会で使える室内プールに、大きな観客席はいらない。規模は小さくても使用料が安いほうがいい。
 というわけで、オリンピック用の施設と、日常スポーツのための施設は、両立しない。
水泳に限らない。
 多くのスポーツ団体が、日常的な競技会に使える施設を、オリンピックの機会に作って欲しいと考えていた。
 二つの希望を両立させることができないのは明らかである。
 しかし、オリンピックという大義名分がなければ、スポーツ施設を作ってもらえない。そこに矛盾がある。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年11月19日


五輪用体育館の建設(上)


バレーボール会場の見直し

専用競技場が欲しい


★有明アリーナ
 2020年東京オリンピック競技施設整備見直しで「有明アリーナ」が焦点になっている。
 東京湾の埋立地に建設するバレーボール会場である。
 観客席1万5000席、整備費404億円の屋内競技場を新設する計画である。
 東京都の都政改革本部調査チームが、この建設を取りやめるように提言した。
 既設の施設が使えるからである。
 これに対して、バレーボール協会をはじめとして、スポーツ団体があげて反発した。
 スポーツ団体にとって「専用競技場」を持つことが「夢」である。
 バレーボール協会としては、いつでも自由にバレーボールのために使える「専用競技場」が欲しい。

★スポーツ団体間の競合
 体育館がないわけではない。
 しかし、大きな観客席を持つ体育館の使用申し込みは、バレーボール、バスケットボール、バドミントン、卓球など、いくつもの競技が競合する。
 使用申し込みをして、抽選で当って、はじめて利用することができる。
 競技場を使えるかどうかが、あらかじめ分らなければ、年間の競技会開催スケジュールを立てることも難しい。
 これはスポーツ団体にとって大きな問題である。
 というわけで、それぞれのスポーツ団体が,優先的に使える「専用体育館」を欲しい、と思っている。
 スポーツごとに、専用体育館を確保できれば、他のスポーツとの「使用申し込み競争」をしないですむ。
 年間の競技会開催スケジュールもたてやすい。
 全国単位でも、都道府県単位でも、スポーツ別の専用体育館が欲しい。

★市民への開放との競合
 しかし、体育館を特定のスポーツの「専用」にすることには反対がある。
 多くの体育館は市民の税金を使って建設されている。だから「一般市民に使わせるべきだ」という考えである。
 そこで、町内会の「ママさんバレーボール・チーム」も体育館の使用申し込みをする。
 利用者を「抽選」で決めるとなると、多数の「ママさんクラブ」の申し込みに対して、単一スポーツ団体の「選手権競技会」開催申し込みは対抗できない。
 この問題は、学校体育館の一般市民への開放が進んで、かなり改善されてきてはいる。
 それでも、スポーツ団体の体育館優先使用には反対が強い。
 そこで、スポーツ団体は、大きな体育館が増えれば、競合が少なくなるだろうと考える。
 だから、オリンピック開催などの機会に、大体育館の、さらなる新設を求めるわけである。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年10月24日


五輪の主催者は誰か?


バッハIOC会長の来日
(10月19日、小池都知事、安倍総理と会見)

★都は主催者ではない
 2020年の東京オリンピックについて、東京都の小池知事が、ボート・カヌー会場や開催経費について、いろいろ発言している。
 そのこと自体は悪くない。
 東京都民の税金を使って、オリンピックを支援している立場だから、税金の使途に目を光らせるのは当然である。
 しかし、マスコミの報道を見る限り、小池知事は東京オリンピックの主催者のつもりで発言しているように思える。
 東京都は、オリンピックの主催者なのだろうか?
 ぼく(牛木)の理解は違う。
 主催者は「国際オリンピック委員会」(IOC)である。
 東京都は、IOCの求めに応じて、会場とサービスを提供する立場である。主催者ではない。
 IOCに対して約束した施設とサービスを提供できないのであれば、それを償う義務はあるだろう。
 とはいえ、五輪開催の責任はIOCにある。

★小池知事の振舞い
 ボート・カヌー会場を「宮城県の長沼にする」「埼玉県の彩湖にする」などと、東京都が決定できるわけではない。
 「東京では会場を提供できません」と、約束を撤回して謝罪するほかはない。
 ところが、マスコミの報道を見る限りでは,小池知事は主催者のように振舞っている。
 「勘違い」をしているのではないか。
 IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長が来日して、小池都知事や安倍総理と会見した。そのときのバッハ会長の発言は適切だったと思う。
 主催者としての立場を、はっきり保ちながら、開催都市と開催国の協力を求めた。
 大会が「赤字になったら開催都市が埋める」ことになっているという。
 そうであれば「絶対に赤字にしないように」と、東京都が主催者のIOCに釘を刺すべきではないか?

★JOCの影が薄い
 主催者のIOCに代わって、東京オリンピック開催を主導する立場にあるのは、日本オリンピック委員会(JOC)である。
 ところが、一連の動きの中で、JOCの影は、きわめて薄い。竹田恒和JOC会長の話は、マスコミに、ほとんど登場しない。
 バッハ会長が安倍首相と会談したとき、同席したという報道があった程度である。
 IOCが開催都市に東京を選び、大会の運営をJOCに委任する。
 JOC が主導して都や国の協力を求め、組織委員会を作る。
 税金から資金を提供する東京都や国が発言権を持つのは当然である。
 主催権者のIOC を代行するJOCも、スポーツ界を代表して、もっと存在感を示して欲しい。


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
サッカー日誌 / 2016年10月19日


日本と豪州のサッカー


W杯アジア最終予選
豪州1対1日本
(10月11日、メルボルン=NHKテレビBS1)

★60年来のライバル
 ワールドカップ予選の豪州対日本の試合を見て思った。
 日本と豪州(オーストラリア)とのサッカーの付き合いは、60年にわたっている。
 ぼく(牛木)のサッカー記者生活と同じである。
 新聞社のスポーツ記者になったのは1956年である。
 豪州のメルボルンでオリンピックが行われた年だった。
 日本のサッカーは、アジア予選を経て出場権を得たが、欧米のチームを相手に勝利を狙えるレベルではなかった。
 組み合わせ抽選で、1回戦の相手が豪州に決まったとき、当時の日本のサッカー協会の役員が、次のように解説してくれた。
 「豪州ではサッカーは、ほとんど行われていない。地元として予選なしで出場するが、日本が勝つチャンスは十分だ」。

★大衆のスポーツ
 この解説は間違いだった。
 「豪州ではサッカーは、ほとんど行われていない」というのが、そもそも、間違った「思い込み」である。
 豪州は「ラグビーの国」だと思っていたのだろう。
 当時、豪州はイギリスの植民地だった。
 国民の多くは、イギリスからの移民である。
 イギリスで大衆のスポーツであるサッカーを、豪州の人びとがやっていないはずはない。
 また、本国のイギリスで、プロのサッカー選手だった人たちも、移り住んでいた。
 豪州でも、サッカーは大衆のスポーツだった。
 当時の日本よりも、サッカーは普及していただろう。
 そういう事情を、当時の日本のサッカー関係者は知らなかった。
 
★「身長の差」が敗因?
 1956年、メルボルン・オリンピックのサッカー1回戦で、日本は豪州に0対2で敗れた。
 豪州は、開催国だから強化に特に力を入れていた。
 イギリスの植民地だったから、サッカー人口は日本より厚く、レベルも高かった。
 当時の日本のサッカーは、国際試合の経験がほとんどなく、国際的なサッカー事情についても無知だった。
 それが、敗因の「根っこ」である。
 しかし、負けたあとになって「身長の差のハンデが敗因」とされた。
 豪州のゴール前への「放り込み」を、背の低い日本の選手が守るのは難しかったというのである。
 しかし「放り込み」から、ゴールが生まれる確率は高くはない。ゴール前はゴールキーパーが守っているからである。
 メルボルン・オリンピックで豪州に負けたときの「反省」が「言い訳」にすぎなかったことは、その後の日本サッカーの行く道を誤らせたと思う。


コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ   

Copyright(C) 2007 US&Viva!Soccer.net All Rights Reserved.