サッカー日誌 / 2014年08月30日


ビバ!ブラジルW杯時評(14)


ブラジルの大会運営への評価(下)

大衆のホスピタリティ

★人びとはすばらしい
 ワールドカップの競技(試合)運営は、FIFAが責任を持ち、開催国のサッカー協会が実務を担当する。ブラジルはサッカー試合運営は手馴れたものだから、現場の実務で大きな問題はなかった。
 しかし現場で人びとに接するのはボランティアである。また海外から来る多くのサポーターに接触するのは、町の一般の人びとである。
 そのために、ボランティアと一般市民の対応が大会への評
価を左右する。
 ブラジル大会では、この二つの対応がよかった。
ボランティアは必ずしも大きな国際スポーツ大会運営に慣れているわけではない。そのための不手際はあるのだが、心のこもった応対がそれを補っていた。町の人びとの温かい応対も、それに加わった。
 「ブラジルの人びとはすばらしい」と実感した。

★「英語遣い」を各部署に
 前年、コンフェデレーションズ・カップでブラジルに行ったときは、言葉が通じないのに往生した。
 空港の国内線のカウンターに英語を話せる係員がいない。ホテルでも中級以下のところでは英語が通じない。
 「来年の本番もこれでは、たいへんだ」と帰国してからカルチャーセンターのブラジル・ポルトガル語講座に毎週1度、半年間通って「にわか勉強」をした。
 その「付けやきば」が何度か役立ったのを自慢したいところだが、片言のブラジル語がなんとか通じたのは、実は町の人びとが辛抱強く耳を傾けてくれたおかげである。
 空港やホテルのカウンターでは、ポルトガル語が話せないことが分ると、すぐ英語の出来る係員を連れて来た。ワールドカップ期間中、各部署に一人は「英語遣い」を配置したらしい。おおいに助かったのだが、覚えたての「ブラジル語」を試す機会が少なかったのは、ちょっと残念だった。

★メディア用のエレベーター
 今回、ブラジルに集まったメディアのなかで最長老は、日本の賀川浩さんだった。89歳である。
 ブラジルのスタジアムは、スタンドの傾斜が急である。おまけに記者席は、たいていスタンド最上段の天井桟敷である。
 そこでFIFAが配慮して、VIP用のエレベーターを賀川さ
んが利用できるようにしてくれた。
 「82歳の牛木さんも、ご一緒にどうぞ」と言われたのだが、実は急階段に備えて、1年前から日本で、なるべくエスカレーターを使わないで歩いて階段を上がるトレーニングをしていた。その成果を無にしたくないので丁重に辞退した。
 ところがである。
 スタジアムには、メディア専用のエレベーターが新たに取り付けられていた。1年前の苦情を生かして、運営を改善していたのである。
 運営面でも、ブラジル大会は「いい大会」だった。



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サッカー日誌 / 2014年08月26日


ビバ!ブラジルW杯時評(13)


ブラジルの大会運営への評価(中)

厳重警備で治安を維持

★デモが消えた理由
 コンフェデレーションズ・カップのときに、ブラジル各地で政府の施策に反対するデモが起き、それが1年間、断続的に続いていた。ワールドカップ開幕の3日前までサンパウロでは4日間、地下鉄のストライキがあった。
 ところが、6月12日に大会が始まると、反対騒ぎは、われわれの視野からぴたりと消えた。なぜだろうか?
 いろいろな説を聞いた。
 デモやストをやっていた人たちは、ワールドカップ開催を利用して注目を集めることを狙っていたのだが、大会がはじまってしまえば、人びとの関心はサッカーだけに集中するから騒ぐ意味がなくなった。
 「地下鉄が動かないと観客の輸送が出来ないぞ」と当局におどしをかけていたが、実際に大会中にストをすれば影響が大きすぎて国民の反感を買うだけだから大会前に中止した。

★厳重すぎる警備
 デモやストは、政治的な反対や経済的な理由を掲げて行なわれたので、ワールドカップ反対ではなかった。デモをしていた連中もサッカー好きだから、ワールドカップが始まれば、デモに参加するよりもテレビで試合を見たほうがいい。
 などなどの理由で騒ぎは姿を消したのだという。
 そうかもしれないが、ぼくの見たところでは治安当局の警備が非常に厳重だったので、騒ぎを起こそうにも起こせない状態だったのだと思う。
 大会期間中、開催都市は「お巡りさん」だらけだった。
 連邦警察、州警察、市警察に地方の警察からの動員が加わっているらしい。機動隊もある。装甲車や騎馬隊もある。
 大会の後半、ぼくはサンパウロ中心部の安ホテルに滞在していたが、ホテルの前にはパトカーが常駐し、十数人の隊員がいつも周辺をパトロールしていた。

★「ひったくり」は現れた
 あまり治安のよくない地区だということだったが、そういうわけで大会期間中は超安全だった。この厳重警備は近くの広場に「ファンフェスタ」(パブリック・ビューイング)の会場が開設されていたためらしい。
 決勝戦の行われたリオのマラカナン・スタジアムの周辺は過剰なくらいの警備だった。
 地下鉄の駅を出るとすぐ、警官隊とボランティアが横に並んで三重四重に通路をふさいでいる。試合のチケットを見せなければ通してくれない。したがって、チケットを持っていなくて、ダフ屋から買おうと思っている人は手も足もでなかった。
 そうは言っても、ほかの場所にダフ屋がいなかったわけではない。
 また「ひったくり」などが出没しなかったわけではない。リオに到着した日に旅券を盗まれ、領事館に再交付の申請に行ったら「あなたで、今日12人目です」と言われた人がいたという話を聞いた。


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サッカー日誌 / 2014年08月24日


ビバ!ブラジルW杯時評(12)


ブラジルの大会運営への評価(上)

施設計画は概して適切

★完成は綱渡りだったが
 ワールドカップ2014ブラジル大会の前にはスタジアムや関連インフラの建設遅れが心配されていた。
 サンパウロでは開幕試合の行われる前日に駅からスタジアムに行くブリッジの塗装が行なわれていた。施設の完成が綱渡りだったことは確かである。
 しかし、観客席やフィールドの芝生整備は間に合い、試合は無事に行われた。
 スタジアム周辺の道路や飛行場の整備工事は未完成の部分もあったが「スポーツの大会だから試合が出来ればいい。飛行場や道路はのちのちまで使うインフラだから、完成は大会が終わった後でもいい」というのが、ブラジル人の考えのようだ。
 全部に手が回らないのなら、とりあえず必要なものを先にする。だから「間に合ったじゃないか」というわけだ。

★コリンチャンスのスタジアム
 スタジアム建設にお金がかかりすぎている、大きすぎて今後活用できるのか? そういう批判も伝えられていた。
 しかし、12会場のなかで新しく建設されたのは、サンパウロとレシフェの二つだけである。
 サンパウロのスタジアムは、人気クラブのコリンチャンスが政府や銀行の融資を受けて建設したもので、クラブの所有物である。コリンチャンスは大きなスタジアムを持っていないため、主として市営のバカエンブーか、サンパウロFCのモルンビーを借りていた。自前のスタジアムを持つのはクラブとサポーターの悲願だった。
 電車の窓から巨大なスタジアムが見えた。隣に座っていた少年が指差して「コリンチャンスのスタジアムだ」と得意げに話しかけてきた。「ワールドカップのだろ」と言うと「コリンチャンスのだ」と力をこめて言い返した。一時的なワールドカップよりもクラブのほうが大切なのはもっともだ。

★W杯の有益な遺産
 簡素な作りで6万5千人収容だったが、ゴール裏のスタンドに継ぎ足した部分は仮設で大会後に撤去し4万5千人の定員にした。適正な規模である。
 融資や工事をめぐって政治家がらみの不正があったのではないかという噂もきいたが、コリンチャンスにとってはワールドカップの有益な遺産であるに違いない。
 もう一つの新築のレシフェについては疑問を持った。市街に近いところにスタジアムがあるのに、やや不便なところに別に新築したのである。なぜ二つめを作ったのだろうか?
 その他の10会場は増築か改築である。ブラジルのスタジアムは古いものが多かったので、ワールドカップ開催が決まる前に改築されたものもある。ワールドカップのためだけに増改築したわけではない。大会後は地元のクラブで利用されるだろう。
 概して言えばブラジルの施設計画は適切ようにと思った。

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