サッカー日誌 / 2015年05月16日


東京五輪1964の遺産(中)


柔道とバレーボールの国際化


★日本の要望で五輪競技に
 1964年の東京オリンピックによって、日本のスポーツが多くの点で変わった。
 その一つは、柔道とバレーボールの国際化だろう。 
 この二つのスポーツは、開催国である日本の要望によって、オリンピック競技になった。
 当時は、どちらも国際的に普及しているスポーツとは言えなかった。
 しかし、日本が金メダルを取れる可能性が強かったので、強引に東京オリンピックの実施競技に押し込んだ。
 狙い通り、日本は金メダルの数を増やした。
 そのうえ、この2つのスポーツは、オリンピック競技になったことによって、国際的な普及を加速させた。
 これは、東京五輪1964のプラスの遺産である。
 しかし、世界的な普及が進むにつれて、日本の金メダルの望みは薄くなっていった。

★東欧圏のレベルアップ
 柔道では、東京大会ですでに、無差別の金メダルを、オランダのヘーシンクに奪われた。
 バレーボールは、東欧圏の社会主義国が、強化に力を入れるようになり、日本の地位は下がっていった。
 ソ連を中心とする東側(社会主義国)と米国を中心とする西側(自由主義国)の対立が厳しかった時代である。
 東側は「社会主義の優位」を示す事例の一つとして、オリンピックの金メダル数を誇示していた。
 西側では、それほど競技水準の高くなかったバレーボールなどのオリンピック競技への採用は、ソ連やポーランドなどの東側の国にとり、金メダルを増やすチャンスになった。
 それに対抗して、西側の米国などでも、バレーボールの競技レベルが高くなり、日本の金メダルのチャンスは、しだいに低くなった。

★プラスとマイナスの遺産 
 柔道とバレーボールが、東京1964から、オリンピック競技に採用されたことは、この2つのスポーツの世界的普及に貢献した。これは、プラスの遺産である。
 一方で、この2つのスポーツのなかでの、日本の国際的地位は低下した。
 これは、日本のスポーツの国際競争力にとっては、マイナスの遺産である。
 しかし、オリンピック競技になったことによって、日本の国内でも、バレーボールは「メジャー・スポーツ」としての地位を確立した。
 それまでは、日本のバレーボールは、日本独特の「9人制」で、砂浜で楽しむ「レクリエーション・スポーツ」として扱われていたように思う。
 東京五輪1964以後は国際的な「6人制」バレーボールがメジャーになった。
 日本のバレーボールにとって、これは大きな遺産だった。



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ここはぜひサッカー専用に (国立改築新案)
2015-05-18 09:47:00
http://www.hochi.co.jp/topics/20150516-OHT1T50037.html

2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場(8万人収容、東京都新宿区)で民間会社が文科省などに提出した
建設費を抑制する新たな計画案に、五輪後に野球あるいはサッカーの専用スタジアムに改修する運営方法が盛り込まれていることが15日、
分かった。政府関係者が明らかにした。計画案はすでに政府、文科省に提出され、検討が始まっている。現行案では、五輪後に野球を開催する
プランはなく、新計画案が採用されれば、20年以降に新国立競技場でプロ野球の開催も視野に入る。

 新計画案で示された運営方法によると、東京五輪後に新国立競技場の座席を大幅に削減し、5万人規模に改修する。その後、収益性の高いプロ野球、
あるいはサッカーのいずれかの専用スタジアムとして使用する。
 
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