サッカー日誌 / 2009年10月31日


W杯準備の10月シリーズ(5)


低く速いクロスは通用するか
日本6-0香港(得点者:岡崎3、長友、中澤、闘莉王)
日本2-0スコットランド(得点者:オウンゴール、本田)
日本5-0トーゴ(得点者:岡崎3、森本、本田)

★岡田監督の狙い通り
 ワールドカップ本番8ヵ月前の「10月シリーズ」で、岡田監督は「低く、速いクロスによる攻め」を強調した。
 高いボールをゴール前にあげても、なかなか得点には結びつかない。本番では、相手のディフェンダーは背が高く頑強なことが多いだろうから、なおさらである。
 すばやい攻め込みから、低いパスをゴール前へ通す。そこへ走りこんだ味方がワンタッチで蹴りこむ。そういう攻めが日本に向いているという考えである。
 岡崎慎司が第1戦と第3戦で計6点をあげた。そのうち5点は、ゴール前へ走りこむ岡崎へ低く、速いパスが合ったものだった。中盤後方の長谷部、遠藤からのパスに合わせて3ゴール。サイドに食い込んだ徳永、中村憲剛からのクロスに合わせて2ゴール。
 岡田監督の狙い通りである。

★強い相手に試みる機会を
 本番のワールドカップでも、この低く速いパスが通用するだろうか?
 今回の3連戦では、中盤あるいはサイドに攻め上がったプレーヤーが、ほとんどフリーになって、ゴール前へパスを出すことができた。しかし、強い相手との公式戦では、はるかに厳しい守りでプレスをかけられるだろうから、今回のようにうまくいくとは考えられない。
 とはいえ、弱い相手にできないようでは、強い相手には絶対に通用しない。だから、今回の試みは十分に意味があった。パスの受け手として岡崎の急成長を確かめられたのは大きな収穫だったと思う。
 次の課題は、翌年の6月までに強い相手との強化試合で、この攻めを確かめる機会を持つことである。

★攻めの多様化も必要
 選手たちは、岡田監督の狙いを理解して、実行しようとしているように見えた。試合の立ち上がりは、コーナーに食い込んで「低く、速いクロス」による攻めを狙おうと努めていたからである。しかし、興味深いことに、試合が進むにつれて、中盤のプレーヤーが状況に応じた攻めを組み立てるようになった。
 「それでいい」と思う。「低く速いクロス」は攻め方の一つであって万能ではない。相手によって、状況によって、選手たちは自分の判断で攻めを組み立てなければならない。そのためには、いろいろな攻め方の選択肢を持っていなければならない。
 そう考えると、第3戦の前半11分に森本貴幸の「個の力に」によるゴールが生まれたのはよかった。これは新しい選択肢である。
 個性的なプレーヤーを生かして、多様な攻めの選択肢を持つことが必要である。

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サッカー日誌 / 2009年10月30日


W杯準備の10月シリーズ(4)


弱い相手との試合が強化につながるのか?
アジア杯予選 日本6-0香港
親善試合 日本2-0スコットランド、日本5-0トーゴ

★香港戦はやむを得ないが……
 日本代表チーム10月の3連戦は、ワールドカップ南アフリカ大会に向けて、岡田監督がチーム再編成を始めるシリーズだった。3試合で日本の得点合計13、失点は0。「こんな弱い相手と試合をして強化につながるのか」と批判の声が上がったのも無理はない。
 最初の香港との試合はアジアカップ予選だから、相手を選べるケースではない。しかし、この予選を戦わなければならなかったのは、2年前のアジアカップで4位に終わったからである。3位以内に入っていれば予選は免除だった。
 これは当時のオシム監督の責任である。オシム監督は「アジアで勝っても世界では評価されないが、ワールドカップに出場すれば評価される」とアジアアップを軽視する発言をしていた。そのツケである。ただし、アジアの仲間ときちんと付き合うのは意義のあることだから、香港との対戦自体は無意味ではない。

★ベストメンバーではない相手
 その香港も実はベストではなかった。韓国人の金判坤(キム・パンゴン)監督によれば「ディフェンダーの主力3人を連れてくることができなかった」という。もともと日本とはレベルの差があるうえに守備の主力が欠けていたのでは6対0の大差も当然だ。
 香港戦のあとの2試合は親善国際試合である。欧州とアフリカから実績のある国を選んで招待したのだが、来日したチームはベストメンバーとは程遠かった。
 スコットランドは、ワールドカップ南アフリカ大会の欧州予選で脱落が決定し、チームを立て直して再出発しようとしているところ。新しい選手を6人連れてきている。
 トーゴは10月10日にカメルーンとW杯予選をアウェーで戦った直後、地球を半周しての遠征で疲れ切っていた。そのうえ「もめごと」があって来日選手は14人だけ。代表のレギュラーは4人だけ。ユースから補強してやっとチームを編成したという。

★守りの練習にはならない
 招待したチームにベストメンバーを求めるのは難しい。どういう顔触れで代表チームを編成するかは相手が決めることだからである。
 弱い相手でも攻めの練習にはなる。守りを付けずに攻めの形(フォーメーション)の練習をすることもある。それと同じだと思えばいい。そんな練習のために、高い招待費をかけて欧州やアフリカからチームを呼ぶのはもったいないが、日本サッカー協会は「すべてを2010の年のために」(All for 2010)とばかり、ふんだんにお金を使っている。入場料とテレビ放映権料で、もとはとれるからだろう。
 相手が弱いと守りは試されない。3試合での相手のシュート数は合計4。香港2、スコットランド1、トーゴ1である。対する日本のシュートは合計48本。数字を見ても、明らかな「ミスマッチ」だった。

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サッカー日誌 / 2009年10月29日


W杯準備の10月シリーズ(3)


森本貴幸の代表初ゴール
親善試合 日本5-0トーゴ
10月14日 宮城スタジアム

★個人の力で打開する攻め
 日本代表10月シリーズの第3戦、対トーゴのハイライトは、前半11分の3点目、森本貴幸の日本代表初ゴールだった。
 このゴールは、日本のサッカーに差し込んだ新しい光だと思う。なぜなら個人の強さと鋭さとテクニックで相手の守りを打ち破って決めたものだからである。
 森本はゴール正面でゴールを背にして長友からのパスを受けた。背後から厳しく当たってきた相手は、ユースから登用されたばかりの17歳のセナ・マンゴだった。経験は乏しいが、身長1㍍84と大柄で、がっしりした体格である。そのマンゴに体を寄せられ、ボールにも触られながら、森本は態勢を崩さなかった。
 カバーしている相手のもう一人のディフェンダーがいることを察知し、その反対側に反転して、すばやく左上すみを狙った。「コースを狙ったわけではなく感覚で蹴った」ということだが、周囲の状況をあらかじめ、無意識に読みとっていたシュートだった。

★繊細な判断力と逞しさ
 これまでの日本代表チームは、すばやいパスをつなぎ、最後はクロスに合わせてシュートを狙う攻めだった。体格がよく、力強さのある相手を個人の力では崩せないという考えからである。
 森本の登場は「それ以外にも攻め手があるぞ」ということを示した。ヴェルディで育ち、イタリアで鍛えられた才能を、岡田監督はワールドカップ構想に組み込んで欲しい。
 森本は中盤に下がってドリブルもした。そこで厳しく当たられても、ほとんど倒れなかった。1度、倒された場面があったが、そのときでも転びながら味方にきちんとパスを渡した。
 繊細な感覚的判断力とともに逞しさがある。この才能を、他の面での欠点を修正しようとしてつぶさないでもらいたい。

★クロスに合わせる岡崎のゴール
 トーゴは代表の主力の大半が抜け、そのあとをユース代表などから補充した「にわか仕立て」の顔触れだった。そのために5対0の大差になった。
 その5点のうち3点を岡崎慎司があげた。このシリーズ2度目のハットトリックである。
 3点とも、低いクロスに飛び出して点で合わせたものだった。岡田監督が強調している攻めの形を結果に結びつけた。クロスを出した遠藤、中村憲剛、長谷部の狙いと岡崎の飛び出しの判断がぴたりと合っていた。
 岡崎は日本代表に起用されてから18試合で14ゴール。「決定力不足」と言われていた過去のストライカーにくらべれば、驚異的な23歳である。
 個の力で崩せる森本が登場し、点で合わせる岡崎が成長した。攻め手が増えたのは楽しみである。

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サッカー日誌 / 2009年10月27日


W杯準備の10月シリーズ(2)


森本貴幸が登場した日
親善試合 日本2-0スコットランド
10月10日 横浜・日産スタジアム

★待望のストライカー登場
 のちになって、2009年10月10日、横浜日産スタジアムでの対スコットランド戦は「森本貴幸が登場した試合」として記憶されることになるかもしれない。そう思ったほど、あざやかな日本代表デビューだった。
 後半11分、森本の交代出場がアナウンスされると、ほぼ満員のスタンドを揺るがすような拍手が沸き起こった。ストライカーを渇望しているサポーターの気持ちが表れていた。
 森本は期待にこたえて日本の2ゴールの両方にからんだ。後半37分の1点目は、相手ディフェンダーのオウンゴールだったが、そのもとは、左の駒野からのすばやいライナーのクロスである。攻め上がった駒野がフリーになっていたのは、その前に森本の中盤でのドリブルが相手の守りを引きつけたからだった。そのあと、森本はすばやくゴール前へ詰めていた。相手が自分のゴールに蹴りこまなければボールは森本に渡っていただろう。

★ゴール前でスペースを作る動き
 終了間際の2点目も中盤で森本が起点になって攻めを組み立てたあとに生まれた。ゴール前では、駒野の低いクロスを受け、背中に相手を背負いながら鋭く反転してシュートした。それが相手にあたって跳ね返ってこぼれたのを本田が決めた。2点とも森本なしには生まれなかったゴールだった。
 森本の特徴はドリブルやシュートの鋭い切れ味にある。しかし、それ以上にすぐれた能力がある。それは、ゴールを狙える場所へ入り込む動きの質である。
 急にスピードをあげて走り出す。それによって相手の守りを引きつけてスペースを作り、反転して自分の動きで作ったスペースへ入ってラストパスを受けようとする。そういう動きを、何度も繰り返していた。「ゴールの臭いを嗅ぎつける」と言われる本能的な感覚のように見えるが、実はアイデアと努力、経験と練習の成果だろう。

★問われる監督の手腕
 今回のシリーズは、ワールドカップ本番をめざすチーム作りの第1歩だった。
 この試合は1週間に3試合のうちの第2戦。最初の対香港戦からは中1日だけだったから、先発メンバーは総入れ替えで、代表初登場の森本をはじめ、これまで、あまり出番のなかったメンバーが起用され、それぞれ個性的ないいプレーをみせた。日本代表の選手層が厚くなっていることを示したということもできる。岡田監督は「これからメンバー選考に頭を悩ますことになる」と話した、
 これまでも中盤には、特徴のあるプレーヤーが多く、中村俊輔を中心に、いろいろな組み合わせを試みていたが、前線の選択肢も岡崎、前田、森本らが加わって多くなった。
 それぞれの選手の個性を生かし、どう組み合わせるか。岡田監督の手腕が問われるところである。とくに森本を使いこなせるかどうかがカギになりそうだ。

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サッカー日誌 / 2009年10月25日


W杯準備の10月シリーズ(1)


俊輔を中心にした中盤構成
アジアカップ予選
日本6-0香港(10月8日・日本平)

★いろいろな組み合わせをテスト
 岡田武史監督の日本代表チームが、10月中旬に国内で3連戦をした。南アフリカのワールドカップまで、あと8カ月。予選突破を果たしたので、改めて仕切り直しをして本番用のチーム作りをはじめる。「10月シリーズ」は、そのスタートだった。
 アジア予選を戦ってきた中核メンバーに、控えだったプレーヤーや新しい顔ぶれを加えて、いろいろな組み合わせを試してみる。それが、この3連戦の狙いである。
 第1戦はこれまでの主力メンバー、第2戦は控え組と新メンバー、第3戦は1、2戦の混合というチーム編成。これが今回の岡田監督の方針である。1週間に3試合、中1日、中3日の連戦だから、適切な考えだった。
 最初の試合は台風一過の静岡・日本平のアウトソーシング・スタジアム。香港とのアジアカップ予選で6対0の大差になった。

★岡崎がハットトリック
 香港を相手にベストメンバーを組んだのは、レベルに差はあっても「アジアカップ予選」という公式戦を、きちんと戦おうという考えからだった。また、これまでのチームの戦い方を新しく加わったメンバーに、試合を外側から見せて、岡田監督の方針を理解させようという狙いもあっただろう。
 ゴールキーパーは、これまでのレギュラーだった楢崎、川口がケガで参加していないので、西川周作の初登場だった。あとは手慣れた組み合わせである。若手は長友佑都と岡崎慎司でともに23歳、代表は17試合目である。長友は左サイドバックにすっかり定着した。
 岡崎は玉田と並んでトップに起用され、ハットトリックを演じた。いい動きで、相手守備ラインぎりぎりに飛び出し、シュートをきちっと決めた。速いパスとクロスで攻める岡田監督の方針に向いている。成長ぶりがめざましい。

★長谷部の積極プレーに注目
 中盤は、これまで通り中村俊輔を核にした構成だったが、ボランチの長谷部誠の積極的なプレーも目立った。前半18分の1点目は、長谷部からのパスが、走り出た岡崎にぴたりと合ったところから生まれた。前半は積極的にシュートも狙っていた。俊輔が右を起点に幅広く動き回る。そこに生まれるトップ下のスペースに長谷部が進出した。俊輔と長谷部の欧州勢コンビの縦のからみは中盤構成の有力な選択肢である。この2人に、遠藤保仁を加えた中盤の3人は息があっている。
 中盤の4人目、左サイドは流動的である。この試合の先発は大久保嘉人だった。前半33分に玉田がケガ(肋軟骨骨折)で退いた後、大久保はトップに上がり、そのあと松井大輔が埋めた。松井の欧州仕込みのボール扱いはいい。ただ、代表チームでの試合経験が少ないので、まだチームになじんでいない。
 
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サッカー日誌 / 2009年10月23日


オリンピックの実情を検討せよ


広島・長崎の2020年大会招致
(10月11日 両市長が検討委設置を発表)

★平和を訴えたい気持ちは分かる
 広島と長崎が共同で2020年夏季オリンピックの招致に動き出した。「気持は分かるが、やめたほうがいい」というのが、ぼくの意見である。
 「原爆の惨禍を体験した立場から、平和の理念を世界に訴えたい」という動機だろう。両市が主導する平和市長会議(世界の3147都市が加盟)は、前年4月に「2020年までに核兵器廃絶をめざす」という「ヒロシマ・ナガサキ議定書」をまとめた。目標とするその年に「平和の祭典」開こうという気持ちは痛いほど分かる。世界各国から人々が集まり、映像が世界にばらまかれるオリンピックは、平和を訴えるのに絶好の機会である。
 だが、壮大華麗な外見の虜になる前に、一皮剥いてオリンピックの内情をしっかり検討したほうがいい。オリンピックは、スポーツにとっても、開催都市にとっても、決して「いいことずくめ」のイベントではない。

★巨大なイベントの弊害を直視せよ
 狭い地域に多くの人々を集め、多くのスポーツを集中的に開催するのはスポーツの大会として非常に弊害がある。開催都市は巨額の経費を負担し、テレビ放映権料などの収益はヨーロッパが主導するIOC(国際オリンピック委員会)に吸い上げられる。こういう不合理については、この時評で東京のオリンピック招致に反対する連載をしたときに、詳しく書いたから参照してほしい(2009年3月、4月)。
 IOCは28競技の会場と選手村を、1都市のなかにコンパクトにまとめることを求め、開閉会式の会場として10万人規模の大スタジアムを用意することを条件にする。
 また各スポーツのIF(国際連盟)は、それぞれ自分のスポーツのために、ぜいたくで収容能力の大きい施設を要求する。そういう施設の多くは、オリンピックのためだけに役に立ち、その後の利用には適当ではない。

★立候補するなら憲章の改正を求めて
 広島市と長崎市は、山に囲まれ一方は海である。そういう場所で巨大なイベントを開くと、観衆の集散だけでもたいへんである。国民体育大会のように県内の各地に会場を分散すれば、問題はいくらか軽減されるかもしれないが、オリンピック憲章では、大会は原則として1都市で開くことになっている。だから広島と長崎の2都市が共同で開催することも現在の規則では無理である。
 しかし、両市が「どうしても五輪で平和を訴えたい」と思うのなら、都市内だけでなく二つの県で分散開催する計画を立て、IOCに対して憲章の改正を要求するくらいの強腰で立候補するべきである。招致活動の過程で核廃絶を訴え、オリンピックの改革を求め続ければ、それだけでも十分に意義がある。とはいえ、ぼくの考えでは、オリンピック招致はやめるべきである。平和を訴える別の方法を考えるほうがいい。

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サッカー日誌 / 2009年10月22日


東京ヴェルディの新体制(5)


「持ち株会社」の新しい試み

★「ホールディングス」
 再出発する東京ヴェルディには親会社がない。
 ヴェルディの前身、読売サッカークラブのユース選手だった崔暢亮さんと渡貫大志さんが中心になって3人で「東京ヴェルディ・ホールディングス」という持ち株会社を作り、日本テレビから「日本テレビ・フットボールクラブ」の株を譲り受けた。その上で、クラブの会社名を「東京ヴェルディ1969フットボールクラブ株式会社」に社名変更した。
 したがって、形の上では「東京ヴェルディ・ホールディングス」が親会社ということになるが、前の親会社の「日本テレビ放送網」とは違って、サッカークラブ運営だけが仕事だから、親会社と子会社は一心同体である。
 いろいろな企業が出資している地方のクラブもある。これも特定の親会社はないといえるが、ヴェルディの場合は3人の個人による「持ち株会社」という点が異色である。

★「1969」の伝統を守る
 クラブの正式名称のなかに「1969」を復活させている。この数字は前身の「読売サッカークラブ」の創立年である。正力松太郎の力でできた日本最初の本格的サッカークラブを受けついでいることを示している。名門クラブの伝統を食い荒らされたくないという持ち株会社の創設者の「志」を評価したい。欧州の名門クラブで創立年を表示する例は多い。
 持ち株会社の組織については、こんな考えもできる。いま傘下にあるのは「東京ヴェルディ1969」だけだが、将来は複数の組織を持つことも可能だということである。
 スポーツクラブの仕事には、大きくわけて、強化、育成、普及の三本柱がある。
そのなかで、たとえば普及を任務とする「サッカースクール」を分社化して、独立の組織として傘下に置くこともできる。多くの子どもたちにサッカーの楽しさを教えるのが目的で、必ずしもトップレベルの選手育成をめざさなくてもいい。

★考えたいことは多いが……
 実は、この連載は11回続けるつもりだった。サッカーにとって「11」はきりのいい数だと思っているからである。親企業頼りの弊害、首都圏のチームの経営、Jリーグ組織の改革など、関連して考えてみたいことがいろいろあった。
 ところが、ひょんなことから新しい東京ヴェルディの「相談役」という肩書をもらうことになった。はじめは冗談だろうと受け流していたのだが、瓢箪から駒が出てしまった。
 無給の名義貸しみたいなもので、クラブの運営について必要が生じたときには、考えを聞いてもらう程度のことである。チームに口出しするようなことは、もちろんしない。
 そうではあっても、内部のはじっこにいて、内部のことを書き続けると誤解のもとになりかねない。そう思って、とりあえず5回で打ち切ることにする。5人制のフットサルもあることだし、5回も一区切りでいいだろう。

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サッカー日誌 / 2009年10月21日


東京ヴェルディの新体制(4)


首都圏チーム経営の厳しさ

★身の丈に合った経営
 Jリーグのチームの経営状態は、みな公開されているから、誰でもインターネットを通じてみることができる。もちろん表面に表れている数字の裏に、いろいろな事情が隠されているだろうが、おおよその規模は推察できる。
 J1の場合は年間25億円前後、J2ならば10億円位が適正規模というところらしい。これくらいの金額をスポンサーからの広告料、入場料、商品化権、それにJリーグから分配されるテレビ放映権料で稼がなければならない。そうでないと親会社からの補填金で赤字を埋めるほかはないから健全経営とは言えない。
 再出発する東京ヴェルディの場合は、親会社なしでJ2にいるのだから、とりあえずは自前で10億円前後の経営をしなければならない。支出の大半は選手の人件費だが「身の丈に合った経営」をするには高額のスター選手を雇うわけにはいかない。

★観客動員が最大の課題
 J2では入場料収入やテレビ放映権料の配分に多くを期待することはできない。とりあえずは広告スポンサー探しということになるわけだが、広告効果が上がらなければスポンサーも付かない。つまり「チームに人気がないとダメ」ということである。
 チームの人気を示すバロメーターは、試合に集まる観客数である。したがって、何はともあれ、スタンドを観客で埋めなければならない。
 アルビレックス新潟の成功のカギは「観客動員」だった。J2のころから4万人の観衆でスタンドを埋めていた。そのためのアイデアと努力はたいしたものである。
 しかし、新潟には恵まれた条件もあった。一つは国民体育大会のために建設する予定だったスタジアムがワールドカップ用になり、4万人収容の「ビッグスワン」ができたことである。

★新生ヴェルディの大きな実験
 新潟が恵まれたもう一つの条件は、地方の中都市だったことである。ほかに競合するクラブはないし、プロ野球などの他のスポーツもなかった。新潟県民のアイデンティティを示す対象として、ぴったりの対象になった。
 東京ヴェルディは、そうはいかない。競争の激しい首都圏のチームだからである。
 地価の高い東京で専用のスタジアムを持つことは現状ではまず不可能である。
 新潟なら地元でもっとも発行部数の多い「新潟日報」が大きく扱ってくれる。J2のころからそうだった。しかし、ヴェルディはJ1にいたときでも、首位争いに絡んでいないときは、多くの新聞では試合の記録(結果)しか報道されない。
 そういう厳しい首都圏チームの条件のなかで、どうやって生き残るか。
 新生ヴェルディにとって、これは大きな「実験」である。

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サッカー日誌 / 2009年10月18日


東京ヴェルディの新体制(3)


スポンサー確保の条件をクリアできるか?

★スポーツクラブの収入源
 新体制になった東京ヴェルディの財政面を心配する報道がある。親会社がなく、持ち株会社が直接運営する新しい試みだから、不安視されても不思議はない。
 一般的に言って、スポーツクラブの主な収入源は4つある。入場料、テレビ放映権料、広告スポンサー、商品化権(マーチャンダイジング)である。
 J2にいるヴェルディは、現状のままでは、入場料、テレビ放映権、商品化権での大きな収入は望めない。さしあたってはスポンサーからの広告収入を主力にするほかはない。新体制を支える新しいスポンサーは出てくるのだろうか?
 親会社による支援に頼らない「独立運営」が望ましいにしても、広告スポンサーからの収入を確保できなくては経営を継続できない。日本テレビから新体制への株式譲渡を承認するにあたって、Jリーグがいちばん心配したのは、この点だろう。

★2ヵ月後までに5億4千万円確保
 Jリーグはヴェルディの株式譲渡承認を9月17日に発表した。Jリーグ理事会が行われたのは15日だが、日本テレビと新会社「東京ヴェルディ・ホールディングス」との間で株式譲渡の合意が翌16日に成立するのを待って公表したのである。このときに鬼武チェアマンは、承認にあたって条件を付けていることを明らかにした。条件の一つが「スポンサー料収入のうち5億4千万円の契約を11月16日までに確定させること」だった。
 株式の譲渡実行日は9月30日だから10月1日以降は新体制が運営を引き受けることになるが、Jリーグ側のもう一つの条件に「2009年度の運営費用については日本テレビ放送網株式会社が責任を持つ」という項目がある。したがって新会社が資金を必要とするのは実際には来年度以降である。しかし、来シーズンのリーグ運営に支障をきたさないように、Jリーグは、あらかじめ保証をもとめたわけである。

★見通しあっての条件
 新会社の会長になった崔暢亮さんが、クラブを引き受ける気持ちを固めてヴェルディの首脳陣に接触したのは2月17日だったという。相手は日本テレビから出向してきた大山昌作取締役である。その後、旧ヴェルディの小湊義房社長と大山取締役は、なんどもJリーグ側と話し合っている。
 新会社側も6月以降にJリーグ側とも直接、接触している。「東京ヴェルディ・ホールディングス」を設立したのは7月7日。Jリーグ理事会の9月15日までに数ヵ月にわたって調査期間があり、準備期間があったわけである。
 その上で、Jリーグの執行部が諮問委員会にはかり、理事会の承認を得たのだから、Jリーグ側としても、新会社側としても、5億4千万円という金額に見通しがなければおかしい。そうであれば事情の変化がない限り、この条件はクリアできるはずである。


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サッカー日誌 / 2009年10月17日


五輪招致、リオデジャネイロ当選は当然


東京を支持したのはアジアだけ?
IOC総会
10月2日・コペンハーゲン 

★王様ペレが大統領・総理に勝つ
 2016年の夏季オリンピック開催地がリオデジャネイロに決まった。南米ではこれまで開かれたことがないのだから、ブラジルの都市が選ばれて当然である。2007年のパン・アメリカン競技大会を成功させて国際大会の開催能力は証明済みである。
 開催地を決めるコペンハーゲンのIOC(国際オリンピック委員会)総会にはペレも出かけて招致応援の主役を演じていた。世界的知名度では、他の国のスター選手が束になっても及ばない。
 各国の元首や総理が、それぞれ自国の都市のためにIOC総会に乗り込んで、数人ずつで行う招致演説に加わった。ペレは壇上には立たなかったが、ブラジルの招致演説をした一人がフロアのペレを紹介し、ペレが立ち上がって手を振った。テレビの中継カメラは、それを見逃さなかった。「サッカーの王様」の人気が、大統領や総理にまさっていた。

★アジアの票はまとまった?
 4都市対象の投票で、東京は2度目の投票で最下位となり落選した。招致失敗は当然の結果である。この時評で、ことし(2009年)3月~4月に「東京五輪招致に反対する」と題する連載をしたが、そのとき書いたとおりになった。
 ぼくは「東京は4都市中最下位で第1回の投票で落ちるだろう」と予想していた。しっかりした票読みができるわけではないが「15票くらいしかとれないだろう」と推測していた。それが第1回投票では92票中22票をとり、18票のシカゴを上回って最下位を免れた。投票は無記名だが、東京の22票の大半はアジアの国の委員の票だろう。第2回の投票では2票減って20票になったが、アジアの票は残っただろうと推測できる。
 これは日本のスポーツ界にとっては、失敗の中の成功だったと思う。というのは、アジアを一つにまとめることができたからである。

★世界へ訴える大義名分はない
 1988年五輪のときは名古屋がソウルと争って敗れ、2008年五輪では大阪が北京と争って敗れた。2002年のサッカー・ワールドカップでは、日本と韓国が争って痛み分けで共同開催となった。近隣の国の協力を取り付けることもできないで立候補して、うまくいかなかったわけである。
 今回はカタールのドーハが立候補していたが、予備審査で除外されたので、アジアの票の食い合いは避けることができた。それでも、アジア票の取りまとめに苦労したと聞いている。日本のIOC委員が各国をまわって説得してきたのに、石原都知事が近隣の国を不快にさせるような発言を繰り返して、努力をフイにしかけたこともあったという。
 アジアをまとめるには、日本のサッカー関係者の努力もあったようだ。とはいえ、アジアをまとめても、世界を納得させる「大義名分」がないのだから招致失敗は当然だった。

 
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