ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




台東区立東浅草小学校(東南角と正門)。台東区東浅草2-27。2011(平成23)年9月11日

土手通りの吉原大門交差点の南東の裏手にある小学校。台東区立東浅草小学校は2001(平成13)年4月に待乳山(まつちやま)小学校と田中小学校が合併して発足した小学校で、校舎は待乳山小学校だったもの。つまらない校名にしたものだが住所が東浅草だから無難なのだろう。1966(昭和41)年の住居表示実施前は「浅草日本堤二丁目」で、学校の南に隣接する「日本堤公園」は旧称のままだ。
『日本近代建築総覧』では「区立待乳山小学校(旧東京市待乳山尋常小学校)、東浅草2-27、建築年=昭和3年、構造=RC3階建、設計=東京市、施工=芝江初五郎、「東京市教育施設復興図集」による」。その『東京市教育施設復興図集』(東京市役所編纂、昭和7年)に、「東京市待乳山尋常小学校」の名称で、住所=浅草区地方今戸町(じがたいまどまち)十五番地、創立=明治6年2月、規模=20学級、起工=昭和2年6月1日、竣工=昭和3年5月31日などとあり、本工事の請負者として芝江初五郎の名前が出ている。



台東区立東浅草小学校(南面)。2011(平成23)年9月11日

内部は改装されているのかもしれないが、外観は竣工時のままを保っているように見える。南側の「屋内体操場」(『復興図集』での名称、体育館)は、竣工時の外観と違っているので建て直されたのだろうか。平面の大きさは変わらないので、補強等の改修で済んでいるのかもしれない。
東側に正門があるが、かつては北の日の出会商店街の通りにあったようだ。そこが現在は保育所(台東区立東浅草こどもクラブ)の建物があって、そのために正門を替えたのだと思われる。



台東区立東浅草小学校(西面)。2011(平成23)年9月11日

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