大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

パペッティア・003『出発』

2023-01-24 21:06:07 | トモコパラドクス

ペッティア    

003『出発』晋三 

 

 

 俺は、この二年間仏壇の中にいる。

 つまり、二年前に死んじまって仏さんになっちまった。死んでからの名前は釋善実(しゃくぜんじつ)という。

 仏さんなのだからお線香をあげてもらわなきゃならないんだけど、妹の夏子は水しかあげてくれない。

「だって、家がお線香くさくなるんだもん」ということらしい。こないだまでは「火の用心」とか「水は命の根源」とか言ってたがな。

 その夏子がお線香をたててくれた。

「ナマンダブ、ナマンダブ……じゃ、行こっか」

 そう言うと過去帳の形をした俺を制服の胸ポケットに捻じ込んだ。

 ちょ、ちょ、夏子…………!

 ガキの頃は別として、妹にこんなに密着したことはない。

 いま、俺は三枚ほどの布きれを隔てて妹の胸に密着している。生きていたころは、ちょっと指が触れただけでも「痴漢!変態!変質者!」と糾弾され、機嫌によっては遠慮なく張り倒された。

 それが胸ポケットの中に収められるとは、やっと兄妹愛に目覚めたか? 俺を単なる過去帳という物体としてしか見ていないか?


 思い出した。

 妹は大事なものをポケットに入れる習慣があった。


 もう何年も夏子と行動を共にすることなどなかったので忘れていたんだ。

 しかし、あのまな板のようだった胸が(〃▽〃)こんなに……妹の発育に感無量になっているうちに、お向かいの寺田さんに挨拶したことも、大家さんに荷物のことを頼んだのも、駅まで小走りに走ったことも上の空だった。

 

 切符を買うと、改札へは向かわずに駅の玄関階段、最上段と一段下に足を置いてキョロつく夏子。

 

 幸子を待ってるんだ。

 きのう約束したもんな―― 明日は見送りに行くから、さっさと一人で行ったらダメですよぉ! ――

 でもな、夏子が抜けたんだ。その分、配達増えてると思うぞ。

 理不尽戦争からこっち、デジタルは影を潜めてる。理不尽戦争は、ネットを乗っ取られて偽情報がいっぱい流されるところから始まったもんな。

 みんな、偽とかフェイクだとかに振り回されて、避難したところを攻撃されたり、味方を敵と思わされ同士討ちになったり。

 それで、戦後は民間のネットはご禁制になっちまった。スマホに似た端末はあるけど、町内に一つか二つのスポットに行ってケーブルで繋がなきゃ連絡が取れない。ま、持ち運びの固定電話みたいなもんだ。じっさい、実益とファッションを兼ねて昔の固定電話が流行り出してる。

 端末を取り出して駅のスポットに足を向けるけど、掛けられるのは配達店。

 心配をかけるだけだし、忙しさの原因は自分だし……再び玄関の階段へ……行こうとしたら『電車は一つ前の駅を出ました』のシグナルに変わった。

 しかたない。

 呟くように言って改札に向かう。

 電車に乗って、線路沿いの復興道路に目をやる。心配半分、期待半分……居た!

 前かごに、まだ半分以上の新聞をぶち込んだまま幸子が、懸命に自転車を漕いでいる。

 幸子は、六両連結の全ての窓に視線をとばしている。六両で窓の数は百を超えるだろう。

 ちょっと無理か……と思ったら、幸子がこっちを見て手を振っている!

 友情のなせる業か! 夏子の念力か!

 ナッツー!

 え、声聞こえた!? 

 次の瞬間には、電車の速度が幸子の自転車のそれを無慈悲に超えてしまって、あっという間に見えなくなった。

 

 ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン……

 

 電車は新埼玉行きだ……車窓から見える風景が荒れていく。


 新埼玉が近くなると、理不尽戦争のツメ跡が生々しくなる。

 かつて山であったところがクレーターになったり、低地であったところがささくれ立って不毛な丘になったり、かつて街であったところが焼け焦げた地獄のようになっているのは、ホトケになっても胸が痛む。

 圧を感じると思ったら、夏子がポケットの上から胸に手を当てている。

 ギギギギ……

 歯を食いしばっている(^_^;)。

 夏子も、この風景には耐えられないんだ。まだ十六歳だもんな。

 住み慣れた家を出て、学校も辞めて新しい人生に踏み出す妹に哀れをもよおす。

 辞めた割には制服姿だ。

 それも、いつものようにルーズに着崩すことも無く、第一ボタンまでキッチリ留めてリボンも第一ボタンに重ねるという規定通り。校章だって規定通りの襟元で光っている。実は、この校章、辞めると決めた日に購買部で買ったものだ。夏子のことをよく知っている購買のおばちゃんは怪訝に思った。「記念よ記念(#^―^#)」と痛々しい笑顔を向ける、目をへの字にしたもんだから、両方の目尻から涙が垂れておばちゃんももらい泣き。

 そんな制服姿なんだけど、あいかわらずスカートは膝上20センチというよりは股下10センチと短い。

 まあ、これが夏子の正装(フォーマル)なんだ……よな。

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
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くノ一その一今のうち・37『甲斐善光寺・1・はいかぶせ姫』

2023-01-24 15:57:16 | 小説3

くノ一その一今のうち

37『甲斐善光寺・1・はいかぶせ姫』 

 

 

 変だとは思わないか?

 

 ズサ!

 反射的に飛び退って懐の手裏剣に手を伸ばしてしまった。

「すまん、そう言う意味じゃなくてさ、この善光寺の佇まいを見て、なにか変に思わないか?」

 声の響きで、課長代理は脚本家三村紘一として話しているのだと察して、丹田の力を抜く。

「あ……えと……ちょっと古びてはいますけど美しいですね。銅板屋根の緑青、柱や垂木の朱色、壁の白、大きさの割に柱が華奢で女性的な感じも……」

 いや、物言いは三村紘一だけど、聞いている内容は忍者の頭としてだ。

 頭を切り替える。

「甲斐の国の総鎮守としての貫禄は十分ですが、寺を取り巻く塀がありません。戦乱や星霜の中で部分的に失われることはあるでしょうが、この甲斐善光寺は、山門の両脇にさえ塀がありません。礎石すらありませんから、創建当初から無かったように見えます」

「そうだね、さすがは信玄が建てた寺だ。信玄の性格がよく出ている」

「はい」

「人は城、人は石垣、人は堀……信玄のモットーだね」

「人を育て、人を頼みとしてこそ国が守れるという信玄の戒めですね」

「そう、そのことを軽んじたから息子の勝頼は破れてしまった……」

「そうですね」

 今のは、後ろに跳び退って山門の全景を視界に収めたからこそ気づけたことだ。

 課長代理は、そのことのために、この距離で謎を掛けてきたのか……油断のならない人だ。

「アハハ、たまたまだよたまたま(´∀`)」

「そうですか(^_^;)」

 って……いまの口に出したわけじゃないのに。

「信玄はね、倅の勝頼が長続きしないことを読んでいたんだ。だから、将来武田家の裔の者たちが立ち上がるために膨大な軍資金を隠した。知恵と勇気と運をつかんだ者にしか手に入らないような仕掛けを施してね……」

「仕掛け……」

 怖気が湧いてくる。

 きっと、これまで何人、何十人、何百人という者たちが埋蔵金に挑んできたのに違いない。戦国から、もう四百年あまりの年月が経って、それでも発見されていない。

 歴史が証明している。この四百年武田の裔たちが立ち上がったという話は聞いたことが無い。武田以外の者が探り当てたという話も聞かない。

 お祖母ちゃんから、忍者に関わる歴史については教えられてきたけど、この件については聞いたことが無い。

 しかし、木下豊臣家も本気で動き、うちの課長代理までが真剣に取り組んでいるからにはマジに違いない。

 こんなものに立ち向かって大丈夫なんだろうか。

「気を楽にしてあげよう」

 ウ、また読まれてる。

「埋蔵金を獲得する必要などは無い。ただ、木下の手に渡らないようにできればミッションコンプリートだ」

「はい」

「そのの力を借りるのは、ほんの入り口。埋蔵金のありかさえ分かれば、手立てはいくらでもある。それは、わたしと徳川物産の仕事だからね。そのは、鈴木まあやを守るのが第一の務めだと思っていればいい」

「はい」

「よし、あの香炉堂でお線香をあげよう。あの煙を浴びればいい知恵が湧いてくるかもしれない」

「はい」

「『はい』ばかりだね、これからは『はいかぶせ姫』と呼んでやろうか」

「姫じゃないからいいです!」

「じゃ、はいかぶせ。いくぞ」

「はい」

 って、ああ、もう!

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・94『帰ってきた』

2023-01-24 05:41:27 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

94『帰ってきた』 

 

 


 横丁を曲がるまで心配だった。

 何かって……決まってるじゃん。

 あれよ、あれ、ジジババのコスプレ。


 顔から火の出る思い。で、尻に帆かけて……って慣用句で合ってたっけ。文才のあるはるかちゃんなら、こんな時でもぴったしの表現が浮かぶんだろうけど、ラノベ程度のものっきゃ読まないもんだから……でも、はるかちゃんに教わってシェ-クスピアの四大悲劇とか、チェーホフの何本かは読んだけど、後が続かない。これも根気がない江戸っ子の習い性。ええい、ままよ三度笠横ちょに被り……これ、おじいちゃんがよくお風呂で唸ってる浪曲じゃんよ! 

 とにかく、めちゃ恥ずかしかった。また、あのコスプレで出迎えられてはかなわない(≧Д≦)!

 横丁を曲がると、そこは雪国だった……なんか間違ってるよね。

 でも、いつもの我が町、我が家がそこにありました。はるかちゃんの「東京の母」秀美さんにも会ったけど、ごく普通。

「あら、まどかちゃん、お帰りなさい」

 で、これは家の中に入ってからだな……と、見当をつけ、深呼吸した。

「ただ今」

「「お帰り」」

 当たり前の返事。おじいちゃんもおばあちゃんも、いつもの成りでいつもの返事。

「タバコ屋のおたけ婆ちゃんに『無粋だね』って言われたのが応えたみたい。なんせジイチャンの寝小便時代も知ってる、元深川の芸者さんだったからな」

 狭い階段ですれ違う時に兄貴が言った。すれ違う時に胸がすれ合った。

「まどかでも、ちゃんと出るとこは出てきてんだな」

「なによ、このメタボ!」

 ハハハ……と笑って行っちゃった。これって言い返したことになってないよね。

 自分の部屋に入ると、思わず横向きになって自分の姿を鏡に映す。

 その夜、スゴイ夢を見た。

 正確には、スゴイ夢を見た余韻が残っているだけで、中味は覚えていない。

 起きあがろうとしたら、まるで体が動かない。金縛りでもない、指先ぐらいは動く。

 でも、寝床から起きあがろうとすると、身もだえするだけで体が言うことをきかない。

 時間になっても起きてこないので、お母さんがやってきた。


「まどか、どうかした?」

「……体が……重くて、動かない……(;▽;)」

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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鳴かぬなら 信長転生記 104『茶姫の制服』

2023-01-23 14:28:42 | ノベル2

ら 信長転生記

104『茶姫の制服』市 

 

 

 突然の茶姫の亡命に扶桑は大慌てだった!

 

 そういう印象が扶桑国内にも、三国志の国々にも広まった。

 双ヶ岡に軍勢を並べたのも、扶桑が大慌てしたための非常呼集だと思われた。その上で、扶桑の緊急動員の凄さも三国志に見せつけてもいる。

 念の入ったことに、茶姫の歓迎会も、ドタバタと二転三転して、未だに行われていない。

 大々的な歓迎晩さん会であっても、一見質素な茶席のそれであっても、段取りよくやってしまえば―― 扶桑はかねてから茶姫の亡命を計っていた ――ということになって、いたずらに三国志を刺激してしまう。さすがだよね。

 

「そんな風にお見通しというのは可愛くないかもよ~(^_^;)」

 

 あっちゃんが頭を掻く。

「あんたが、鎧を選ぶのに手間をとらせたのも、そういうことだったんでしょ!」

「いやいや、いくら神さまといっても、ファッションのことは本人次第だからさぁ。わたしとしては、選択肢を並べてあげるしかできないわけでぇ……あ、いっけな~い、もう寝る時間だわ」

「え?」

 たしかに時計は十時を回っている。

「さっき晩御飯食べたとこなのに」

「楽しいお喋りだったから、時間のたつのも忘れてたのよ。じゃね~」

 そう言うと、あっちゃんは一筋の光になって自分の祠に戻って行った。

 

「ああ、いいお湯だったぁ」

 後ろで声がしたかと思うと、茶姫が髪を拭きながらリビングに入ってきた。

「そうだ、茶姫、お風呂に入ってたんだ!」

「え、ああ、一緒に入るつもりなら待ってたのに」

「いえいえ、ちょっと、ボンヤリしてて忘れてた」

 どうも、あっちゃんに化かされていたみたい。

「忘れてくれるぐらいがいい、居候としては気楽でいいぞ……ん、誰かいたのか?」

 さすがは茶姫、ソファーの微妙な窪みで人が居たのを読み取ってしまう。

 読まれたからには正直に言う。ついこないだまでは、魏の女将軍と近衛の士官という間柄だったんだからね。

「ああ……うん。本人が居るところで紹介しようと思ってたんだけどね、熱田大神って神さまがいたの」

「え、狼の神さま!?」

「いや、大いなる神さまと書いて大神。いちおう兄貴の守り神なんだけどね」

「あ、それでは、一度挨拶しておかねばならないだろう。ちょうど風呂にも入ったところだ、正装してくるぞ」

「いやいや、うちでは『あっちゃん』て呼んでるくらい軽い……いや、気さくな神さまだから、またでいいわよ」

「そうかぁ、シイがそう言うなら言葉に甘えておくが」

「それよりも、ほんとうに生徒の扱いでいいの? 茶姫なら先生どころか、校長だって務まりそうなのに」

「ここは扶桑だ。学ぶことの方が多い。こちらこそ、学院と学園の両属にしてもらって嬉しい限りなんだ。気にしないでくれ」

「そっか、じゃあ、うちの制服は出来てるから、着てみる?」

「ああ、喜んで!」

 

「学院の制服も仕上がってるぞ」

 

「あ、帰ってたんだ」

「茶姫の制服が出来たというので、街まで取りに行っていた」

「いや、すまんなニイも」

「気にすることはない、俺も早く見てみたかったからな。起きていてくれてよかった」

「それでは、着替えてくるぞ!」

「「うん!」」

 

 その夜は遅くまで茶姫のファッションショーになった。

 大人びた茶姫に制服は幼すぎるのではと、ちょっとだけ心配したけど、いやはや、このわたしよりもよく似合っている。

 いつの間にか、ガラス戸の向こうからあっちゃんも覗いていたけど、知らないふりをしておいた。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生  ニイ(三国志での偽名)
  • 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹  シイ(三国志での偽名)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っ子  越後屋(三国志での偽名)
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ  劉度(三国志での偽名)
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  • 孫権          呉王孫策の弟 大橋の義弟

 

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パペッティア・002『そんな妹は俺より一つ年上だ』

2023-01-23 09:36:10 | トモコパラドクス

ペッティア    

002『そんな妹は俺より一つ年上だ』晋三 

 

 


 妹は俺より一歳年上だ。

 名前は舵夏子、都立神楽坂高校の二年生。


 兄である俺が言うのもなんだけど、可愛い奴だ。


 そこらへんで女子高生を百人ほど集めたら一番か二番に入るくらいの可愛さだ。

 百人と言うところがミソだ。この程度の可愛さなら学年で二三人、全校生なら五六人は居る。

 昔の渋谷や原宿を歩いていたら掃いて捨てるほど……ではないけど、五分も突っ立っていればお目にかかれる。

 身長:165cm 体重:48㎏ 3サイズ:82/54/81

 なかなかのスタイルだと思うけど、そのルックスと同じくらいの確率で世の中には存在している女の子だ。
 
「お兄ちゃん、いよいよだよ!」

 ち、近い……けど、仕方ないか。

 夏子は、三十センチという至近距離に迫って俺に誓う。兄妹の仲なのにオカシイ……ま、勘弁してやってくれ(;^_^)、あとで理由は言うからな。

 

 えと……夏子の性格を短く言うと、以下のようになる。

 

 反射が早くて言動がいちいち適格なくせに全体がどこか抜けている。オッチョコチョイでどこか残念な少女、でも、そのオッチョコチョイで残念なところが危うくも可愛い……と思ってしまうのは兄妹だからか……あ、シスコンってわけじゃじゃねえからな(^_^;)

「荷物の始末は大家さんに頼んだ。学校から帰ってきたらいっしょに出るからね……あ、お水忘れてる」

 夏子は短いスカートを翻して台所に行くとジョウロに水を汲んでベランダに。プランターに水をやって戻ってくると、再び三十センチ。

「じゃ、行ってくるね!」

 いつもの挨拶をして通学カバンを抱え、パタパタと玄関へ、瞬間迷ってキョロキョロ。

「よし」

 小さく気合いを入れて揃えたローファーに足を伸ばす、履いたと思ったら「あ!」っと思い出して、また上がってきてガスをチェック、窓とベランダの施錠を確認して、まとめた荷物を指さし確認。

「よし!」

 また気合いを入れ、少し乱暴にローファーを履きなおしてノブに手を掛ける。

「あ!」

 またまた戻ってきて、ズッコケながら台所に入って、一杯の水を汲んで俺の前に置いた。

「よおおし!」

 三度目の正直、ローファーの踵を踏みつぶし、ケンケンしながら外に出る。

 ガチャン!

 玄関の閉まる音。


―― あ、おはようございます ――

―― おはよう、なっちゃん ――

 お隣りさんとのくぐもった挨拶の声。

―― オワ! ご、ごめんなさい ――

 はんぱに履いたローファーをきちんとしようとして足をグネってお向かいさんにしがみ付いたようだ。

―― だいじょうぶ、なっちゃん(^_^;)? ――

―― アハハハ、大丈夫です。あ、プランターのお花、お願いしますね。ベランダはイケイケにしときましたから ――

―― うん、うちのといっしょに世話しとくからね ――

―― ありがと、おばさん、じゃ、行ってきます! あいて! ――

―― 気を付けてね! ――

―― はい、あははは ――


 愛想笑いしてビッコの気配が遠のいていった。

 そんな妹は俺より一つ年上だ。さっきも言ったよな。

 え、意味が分からん?

 ええっと……俺は二年前から年を取らない。だから一つ違いの妹にはこの五月に越されてしまった。

 つまりな、俺は二年前に死んだんだ。俺は、いま仏壇の中に居る。

 仏壇には線香と決まったものだが、火の用心を考えて妹は水にしている。プランターに水をやるついでだ。

 横着なのか合理主義なのか分からん奴だ。


「火の用心だし、水は全ての根源だからね、お線香よりもいいんだぞ」

 最初に水にした時に、ちょっとムキになった顔で言った。

 その前日、教室で弁当を食っていると「ナッツ、アロマでも始めた?」と友だちに言われた。

 今どきの女子高生は、線香とアロマの区別もつかない。で、その翌朝には水に変えられた。

 確かに火の用心だし、神棚とかには水だしな、と、アロマがどうとかはさておいて納得してやっている。

 役所とNPOだかの戦災孤児支援でなんとかなってんだけど、夏子は戦災孤児って呼ばれ方が嫌いだ。

 ただ嫌いなだけじゃ意地を張ってるだけみたいだから、新聞配達のバイトをやってる。

 運動神経のいい奴で、特に自転車やスケボーとかやらせると水際立っている。

 昨日も配達のショートカットをやろうとして、爆撃痕の谷底に転落しそうになった。並の運動神経ならオダブツになって俺の横に並んでるんだろうけど、5メートル落ちたとこで踏みとどまって、自転車ごとジャンプさせてバイトモの幸子を感動させた。

―― お兄ちゃん、守ってくれたんだね ――

 幸子と別れてから、ポツンと心の中で呟きやがった(^_^;)。嬉しいんだけど、ホトケさんにそんな力はねえよ。

 

 死んでからは「釋善実(しゃくぜんじつ)」というのが俺の名前なんだけど、この名前は坊さんぐらいしか呼ばない。

 夏子は「お兄ちゃん」と呼ぶ。ときには「晋三」と呼び捨てにされる。

 

 そんな妹の夏子と、ときどき俺の、長い闘いの物語の始まりってわけだ。


 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・93『解隊式』

2023-01-23 07:22:47 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

93『解隊式』 

 

 

 乃木坂さんの「手助け」もあって、わたしの班は二等賞!

 企業グル-プのみなさんは、お気の毒に又も腕立て伏せ(^_^;)。

 教官の皆さんは拍手してくださったけど、例の教官ドノはいささか首をひねっておられた。どう見てもか弱い女子高生四人(「マリちゃん」はにせ者だけど)が、現役の自衛隊員並の時間で、教則通り……ってか、昔の日本陸軍式の壕を掘ったんだから。

 得意技の女子高生歓喜(ウソー! マジ! ヤダー! キャハハ!)でゴマカシて昼食。

 昼食は、なんと炊事車がやってきた! 

 二トンぐらいのトラックなんだけど、荷台のところに、二百人分一度に作れるというキッチンセットが入ってんの。荷台の壁をはね上げると、そのまま庇になって、荷台の下からは二十人分の食卓と椅子が出てくるという優れもの。

 メニューは、焼きそばの上に焼き肉がドーンと載っかってんの。それに豚汁のセット。昨日のカツ丼といい、うな重定食といい、自衛隊はド-ンと載っけるのが好きなよう。むろんわたし達もね♪

 わたし達は、炊事車の椅子に予備の折りたたみの椅子を出してもらって、全員いっしょに昼食。これが体験入隊最後の食事……たった二日間だったけど、なんだか、とっても仲間って感じがした。教官の人たちも企業グル-プさんたちもね。

 いっしょに走ったり行進したり作業をしたり。西田さんにはずいぶん助けてもらったけど、基本は自分たちでやった。
 わたしは部活の基本と同じだと思った。乃木坂さんは、そんなわたし達を、ちょっと羨ましげに見ていたよ。

 見ていたというと、やはり教官ドノの視線を感じる。これはおっかなかった。

 忠クンのことは気になったけど、アカラサマに見たり話しかけるのははばかられた……って、そんな浮ついたことじゃなくって、昨日からの忠クンの心の揺れに対してはハンパな言葉はかけられなかったんだ。


 食事が終わりかけたころ、演習場の林の中から戦車が二台現れた!


「ワー、戦車だ!」「カッコイイ!」「一台でもセンシャなんちゃって!」

 思えば小学生並みのはしゃぎようでありました。

「あれは、戦車ではない」

 西田さんが呟き、里沙がメモ帳を出した。

「八十九式装甲戦闘車ですよね、通称ライトタイガー。歩兵戦闘車!」

「よく知ってんね」


 西田さんが驚いた。メモ帳を覗き込むと、『陸上自衛隊装備一覧』の縮尺コピーが貼り付けてあった。さすがマニュアルの里沙。


 で、昼からは、そのソウコウセントウシャってのに乗せてもらって、演習場を一周。見かけのイカツサのわりには乗り心地はよかった。ただ外の景色が防弾ガラスの覗き穴みたいな所からしか見えないのには弱りました。

「変速のタイミングが、やや遅い」

 西田さんは、自分で操縦したそうにぼやいておりました。

 宿舎に帰ると、企業グル-プさんの部屋から、悲鳴があがった。


『なんだよ、これは!』『こりゃないだろ!』『たまんねえなあ!』

 続いて教官ドノの罵声。

『おまえ達が、満足に寝床の始末もできんからだ。やり直し!』

「企業グル-プ、ベッドめちゃくちゃにされてた……」

 里沙が偵察報告をした。

「なんとぉ……(゚ロ゚;)」「最後まで自衛隊は容赦がないねえ……(ーー゛)」

 夏鈴と抱き合って廊下に出した首をひっこめた。

「フ……自衛隊だけじゃないぞぉ」

 マリちゃんが呟いた。


 その後、解隊式があって、修了書とパンフの入った封筒をもらった。


 中隊長さんが短いけどキビキビした訓辞をしてくださった。団結力と敢闘精神という言葉を一度だけ挟まれていた。大事な言葉の使い方を知っている人だと感じた。

 忠クンが感激の面持ちで、それを聞いていたのでホッとした。

 私服のジャージに着替えると、宿舎の入り口のところで、教官ドノが怖い顔をして立っていた。

「これを……」

 サッと小さなメモを渡された……これって……だめだよ、わたしには忠クンが……。

「貴崎マリさんに」

 なんだ、わたしをパシリに使おうってか……でも、頬を染めた教官ドノの顔は意外に若かった。ウフフ。

「ウフフ」

 不敵な笑みを浮かべるマリちゃんは異世界系アニメの最後に生き残った魔女みたいだった。

 帰りの西田さんのトラックの中。みんな、ほとんど居眠りしている。わたしは、タイミングを待って、教官ドノのメモを渡した。その結果が、この不敵な笑み。

「ホレ、まどかにも、大空さんから」

―― 演劇部がんばってくださいね。公演とかあったら知らせてください。都合が着いたら観させていただきます。わたしのカラーガードもよかったら見に来てください。 真央 ――

 助手席では運転をお孫さんに任せた西田さんが手紙を読んで神妙な顔。封筒にはA師団の印刷……きっと夕べのことなんだろうと思った。前の空席には乃木坂さんが座っていて、静かにうなづいた。

 見上げると、申し分のない日本晴れ。

 夕べ降った雪は陽炎(かげろう)となって何ものかを昇天させる聖霊の徴のよう。その陽炎の中、トラックは、東京の喧噪の中へと戻っていきました。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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銀河太平記・142『及川市長のチックショー!!』

2023-01-22 15:17:19 | 小説4

・142

『及川市長のチックショー!!』  

 

 

 チックショー!! バン!!!

 ヒ(;゚Д゚)!

 

 何年かぶりの怨嗟の言葉を吐いて、及川市長はデスクを叩いた。総務省から研修にやってきていた新人たちが飛び上がる。

「君たちも心がけておきたまえ、こうやって地方は切り捨てられる!」

 そう言うと、モニターのスイッチを切った手で防災服の上着を掴み、災害対策室のドアを荒々しく開けて出て行った。

 

 災害対策室に詰めていた各部局長には、それぞれの部局に戻ってやれることをまとめてこいと指示を出してある。

 遅かれ早かれ、島は戦闘に巻き込まれる。

 島の沖合には数十隻の漢明艦隊が集結している。日本政府は領海外であることと漢明が敵対姿勢(砲やミサイルを指向させたり、射撃管制レーダーを指向させたり、哨戒機を飛ばしたり)をとっていないことを理由に遺憾の意を表明するだけで、何一つ対策をたてない。

 艦隊を派遣し、空軍の即応編隊と防空部隊を派遣してほしいと要請し続けているが、漢明をいたずらに刺激してはいけないという昭和・平成以来の常套句を繰り返すだけでらちが明かない。

 仮にも選挙で選ばれた市長だ、法規に則らない行動は慎まなければならないが、非常の時は非常の手段をとらざるを得ない。官僚としての栄達や天下り、政治家としての名誉も眼中には無い。

 ただただ、島の安寧と発展を保証したいと思うだけだ。

 思い返せば、五年前。国交省資源開発局長として島に赴任し、悶着の上に悶着を重ね、島の住人たちと対立し、危うく東の村長マヌエリトに頭の皮を剥がれるところまでいって分かった。

 この島のありよう、人やロボットが、民族や人種や出自を超えて共存していく生き方。

 島は、公的には日本国東京都西之島市という枠組みの中にある。

 恒久的に島の安寧と発展を図るためには、より上位の権威に頼らざるを得ない。

 だから、西之島に市制を布き、日本政府並びに東京都の庇護を受けられるようにした。

 しかし、島民の多様性や利益を保証するために自治領という冠を残した。

 お蔭で、本土の自治体なら、いちいち国に認可や許諾を得なければならない事業でも、自分たちで費用を持つ限り、たいてい自由になった。

 それが、今回は裏目に出た。

 あけすけに言えば、島の防衛は自分でやれということだ。明白な侵略行為が無い限り、たとえノルマンディー上陸作戦のような大艦隊に取り巻かれようと、日本政府としては動かない。

 東京都に至っては、島は元来は外交権と防衛権を持っている国の管轄で、東京とは行政区分上の名義を貸しているだけだ。と、ニベもない。

「市長、休会になりました」

 階段を駆け下りると、ちょうどエレベーターから出てきた議長と鉢合わせになった。

「ぶっ通しで八時間審議しましたが、情報収集に努め、住民の避難と安全確保に努める……以外の事が決まりません」

「そうですか、審議を尽くされているご様子、市長として感謝の限りです」

「恐縮です、市長はどちらに?」

「地区の見回りです。五時には戻ります」

「いってらっしゃいませ」

 具体的には聞こうともしない。当事者意識の欠如。議員のほとんどは北部、新開発地区の人間だ。いずれも本土からの転入者、期待はできない。

 チク……

 後の言葉は呑み込んで、自ら公用車のハンドルを握った。

 

 海岸通りに出て、やがて海と鉱山がいいバランスで見えてくる。

 最近できた氷室神社の大鳥居がいいアクセントになって現れる。島が落ち着いたら、学生時代に戻って油絵でも描いてみようかなどと夢想する。

 それにしても、沖の漢明艦隊は邪魔だ。

 右手を鉄砲の形にして漢明の輸送艦を狙う。ずんぐりとした船体はサンダーバード二号に似ていて、いかにも射的の的めいている。

 パン!

 口で銃声を発してみる。

 ピカ……ドーーン!

「……ウソだろ?」

 輸送艦の外板が吹き飛んで、炎と黒煙が上がった。

 

 ☆彡この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・92『演習場』

2023-01-22 07:10:27 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

92『演習場』 

 

 

 この日は、トラックに乗って演習場に行った。

 西田さんのとちがって七十三式大トラ。新型らしいけど乗り心地は西田さんのクラッシックな方がいい。ドライバーのテクニックかなあ……なんて思っていたら、いつの間にか一般道に出ていた。後ろから、ノーズが凹んだポルシェがついてきている。

―― よくやるよ。おまえら、何が悲しくって自衛隊なんかやってんだ ――てな顔したアベックが乗っていた。

―― お、自衛隊にもカワイイ子いるじゃん ―― なんて、思ったんだろう、女の子に携帯でボコられてやんの。

 でも、二人ともニヤツイテ感じわる~。

 一番後ろに座ってた西田さんが、ヘルメットを脱いで、ポルシェに向かってニターっと笑った。とたんにポルシェは運転がグニャグニャになり、ガードレールに左の横っ腹を思い切りこすって停まった。

「今度は廃車だな……」

 西田さんは小さく呟くと、ヘルメットをかぶり直した。

 演習場に着いた。一面雪の原野でチョー気持ちいい!

「まずは、演習場を一周ランニング。小休止のあとテント設営。壕掘りを行う」

 オッチ、ニ、ソーレ! オッチ、ニ、ソーレ!

 雪の進軍が始まった。

 昨日の五千もきつかったけど、雪の上のランニングもね……と思ったら、案外楽に行けた。やっぱ慣れってスゴイってか、自衛隊の絞り方がハンパじゃないのよねぇ。

 走り終わると、みんなの体から湯気がたっているのがおもしろかった。

「では、テントの設営にかかる。各自トラックから機材を取り出す……」

 教官ドノは、ここで西田さんと目が合って、言い淀んだ。

「教官。ただ命じてくださればよろしい。『かかれ』が言いにくければ『実施』とおっしゃればよろしい」

「テント張り方用意……実施!」

 教官ドノのヤケクソ気味の号令で始まった。支柱を立てて打ち込む。その間支柱を支えていることを「掌握」 支柱をロ-プで結びつけることを「結着」という。


 企業グル-プさんは手間取って、規定時間をオーバーしてしまった。


「腕立て伏せ、用意!」

 あらら……お気の毒。と、同情していたら、大空助教が宣告した。

「では、乃木坂班は、これより壕掘りにかかる。各自円匙(えんぴ)用意!」

「エンピツ!?」

 夏鈴が天然ボケをかます。大空助教が吹き出しかけた。

「円匙とはシャベルのことである。用意、実施!」

 大空さんも、西田さんを相手に「かかれ!」とは言いにくそう。

 結局、このカワユイ大空助教の「命令」が、一番きつかった。むろん夕べの不寝番は別にしてね。

 気がついたら、乃木坂さんがいっしょに壕を掘っている。

「これ、よくやらされたんだ。校庭の土は硬くてね。それに比べれば、ここは何度も掘ったり埋めたりしてるから、楽だよ」

「あのね、乃木坂さん……(^_^;)」

 ひとりでに動いているとしか見えない円匙を隠すのは大変でした……はい。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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滅鬼の刃・28『元日の新聞』

2023-01-21 22:36:14 | エッセー

 エッセーラノベ    

28『元日の新聞』

 

 

 元日の新聞を一文字も読むことなく古紙回収に出してしまいました。

 

 幼稚園の頃には、ろくに文字を読めないにもかかわらず読んでいました……いや、眺めていたというのが正しいでしょうか。

 ヘッドラインの文字の面白さや、写真の面白さ、四コマ漫画、風刺漫画、広告の新鮮なデザインなどを子ども心に楽しく眺めていました。

 くしゃ~み三回 ルル三錠♪

 風邪薬のフレーズは、テレビが来る前に新聞の広告で知っていました。

 

 そうそう、夕刊だったと思うのですが、連載小説も面白かったですねえ。

 うちは、ほとんど産経新聞でした。おかげで、朝日や毎日の色には染まらずにすみました。

 むろん、子どもが新聞の銘柄を選ぶわけはなく。大正生まれの両親の都合です。当時は、産経が他紙よりも安かったのが理由でしょう。

 あ、連載小説です。

 産経の連載と言うと、わたしぐらいの歳では司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』ですね。小学生には難しい字がいっぱいありましたが、日露戦争の旅順攻略、203高地のくだりや、奉天会戦、日本海海戦などは拾い読みでしたがワクワクして読んだ、いや眺めていました。

 203高地を奪取に成功したと聞き、児玉源太郎が、すぐに野戦電話を掛けるところがあります。

「旅順港は見えるか!?」

 電話を受けた隊長が、こう言います。

「はい、丸見えであります!」

 丸見えという言葉が面白く、また雰囲気を良く表しています。子ども心にも嬉しくて、安心して思わず笑ってしまいました。旅順の下りは長くて三か月ぐらいやっていた記憶がありますので――やったあ!――というカタルシスがありました。

 小学生でも、ある程度は読める、眺められるようにお書きになった司馬さんはすごいですね。

 まだ、ろくに字が読めない頃は、小説の真ん中に載っていた挿絵を眺めて喜んでいました。『坂の上の雲』の前は今東光氏の『河内太平記』でした。文章はさっぱり読めませんでしたが、挿絵は、子どもの目ではありますが漫画的に面白く、納得もしていました。

 例えば、戦で人の首を獲る時は、相手をうつ伏せに組み伏せ、兜の眉庇に手をかけ喉首を晒して、鎧通で一気にかき切るのを見てなるほどと思いました。テレビや映画では、馬乗りになって突き刺したら、次の瞬間に首が取れていたので納得していなかったんですね。

 挿絵の人物の描写も、時には三頭身や四頭身。戦の様子などは幼稚園で見た猿蟹合戦と被ってワクワクしていました。

 

 あ、また少しずれてますねえ。元日の新聞です。

 

 元日の新聞は、一面と他の何ページかがカラー印刷でした。今でこそ、新聞の色刷りは当たり前ですが、当時は新鮮でした。三つ上の姉が、富士山の写真が載っているのを見て「うわあ、天然色やあ!」と叫んでいました。

 当時は、カラーとは言わずに天然色でした。

 カラーという言葉が天然色を凌駕するのは、カラーテレビの普及と重なっていると思います。

 テレビ欄は、普段の夕刊ぐらいの別冊になっていて、三が日分のテレビ番組表が載っていて、新番組の特集とかがあって、本紙よりも家族で取り合いでした。

 東海道新幹線のことを『夢の弾丸列車』という見出しで出ていたのは、ローマオリンピックの次の年の元日の新聞だったと記憶しています。紙面の半分近くが新幹線の完成予想図、いや、イラストでした。そして、三年半後、新聞の通りの新幹線が開通し、首都高速が開通。親父の給料もボチボチ上がって、ひょっとしたら高校ぐらいは行かせてもらえるかと思いました。

 なんというか、自分の成長と日本の成長が並行していて、世の中は、どんどんいい方向に向かっているんだと思えました。むろん、不便なことや、しんどいことも多くありましたが、総じて面白い時代ではありました。面白さの予感と元日の新聞の分厚さと天然色ぶりが重なりました。

 

 今年の元日の新聞は、孫の栞が年賀状といっしょにポストから出してくれていました。

 

「あれ、お祖父ちゃん読まないの?」

 上目遣いに聞いてきました。

「え、ああ、あとでな」

 実は、年賀状を見ているうちに忘れてしまったのです。

 おでこの一つもたたいて「あ、いかんいかん」と座りなおせばよかったのですが、栞の目つきがお見通しと言う感じで、つい見栄を張って、とうとう読む潮を失ってしまいました。

 廊下の古新聞の山に置いてあるのは承知していましたが、昔の少年雑誌並みに分厚い新聞が目に留まると、ついつい日延べになって、今朝気づいたら栞が他の古新聞もろとも縛ってしまっていたという次第です。

 嗚呼、やんぬるかな!

 

☆彡 主な登場人物

  •  わたし        武者走走九郎 Or 大橋むつお
  •  栞          わたしの孫娘
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パペッティア・001『バイト最後の日』

2023-01-21 14:49:19 | トモコパラドクス

ペッティア    

001『バイト最後の日』夏子 

 

 

 ダン! ダダン! ダダダン! ダン!

 

 あちゃ~~~(=°д°=)

 

 やってしまった。

 一段だけ飛び降りて、次の瓦礫にジャンプしようと思ったら、勢いで5メートルは下りてしまった。

 このテラスのようになっている瓦礫を器用にジャンプしたら、時間を稼げると思った。

 稼げると言っても、ほんの十秒かそこいらなんだけどね。

 

「ナッツぅ、だいじょうぶぅ……?」

 

 崖の上から気遣いの声。

 今日でお別れのバイトモの幸子。最後だからって途中まで付いてきた。

 幸子の配達区域は一つ手前の送電鉄塔跡のとこで曲がらなきゃいけない。それを遠回りして付いてきたのは、第一に友情。第二は、幸子にとってはバイトは小遣い稼ぎ。稼いだ分が全部自分のお金になるという気楽さ。

 ちょっとしたお嬢さんなんだけど、鼻に掛けたりしない。それどころか、バイトで生活費を稼いでるわたしを尊敬的な親しみで接してくれる。

 リスペクトって、されてみると、ちょっとウザイんだけど、幸子のは『ともだち』って冠が付いてるから気が楽なんだ。こないだのネット番組みたいに、健気に自活する戦災孤児的な眼差しで見られんのはイヤ。

 わたしもね、性格のいい幸子を褒めたいんだけど、きっと様にならないからやらない。

「だれか、人呼んでこようか?」

「だいじょうぶ、いま、そっち行くからぁ!」

 ハンドルを立て直し、前かごの新聞が無事なのを確かめる。

 バイトと言っても仕事だ、商品は大事にしなきゃね。

 

 ヨッ……ホッ……ホッ……ホッ……セイ!

 

 我ながら器用にバランスをとり、小刻みな瞬発力で崖の上まで自転車ごと上がる。

「いつ見ても、ナッツのテクはすごいねえ……」

「すごかったら、勢いにまけて落ちたりしないよ」

「でもさ……ふつう、谷底まで落ちて死んでるよ……」

 幸子につられて谷底に目を落とす。

 

 ゾワァァァァァァァァ

 

「ウッ、ケツ穴がしびれるぅ」

「JKが、そんな例えしちゃあ、メだよ」

「だって、そうならない? なるよ、これはこわいよぉ」

 この穴は、ここいらに有った公団住宅のど真ん中に落ちてきたナンチャラバスターって、バカげた爆弾。そいつが三つも連なって落ちてきて出来た人工の大渓谷なんだ。

 

 ゴーーーーーー

 

 くぐもった音に顔をあげると、200ぐらいの高さをパペットが飛んでいく。

「いいよなあ、パペットに乗れる大人は……」

「でも、事故が多いっていうよぉ……」

「たしかに、払い下げのポンコツだけどさ、効率がぜんぜん違うよぉ」

「そうねぇ……みんな好きにカスタマイズして、あれでデリバリーとかしたらラクチンだよねぇ」

 パペットっていうのは、オンボードタイプの戦闘ロボット。

 理不尽戦争の時に大量に作られ、半分は戦争で失われたけど、残ったのが払い下げられて建設や輸送業務に就いている。

 あれに乗れればギャラはいいんだけど、18歳以上でパペッターの免許を持ってなくちゃならない。

 まあ、新聞配達のバイトも今日が最後。

 生活が変われば、将来の自立を目指した勉強とかもできるだろう。

 16歳ってのは、そういうこと真剣に考えなきゃって年だしね。

 なんたって、実の父親が見つかったんだ。

 戦災孤児のJKとしては、少しは前向きにもなるさ。

 たとえ、お母さんと、あたしたち兄妹を捨てた父親でもさ。拾いなおして面倒を見てくれるっていうんだ。

 古典アニメのロボット少年みたいにひねこびてはいられない。

 

「さ、残り十件、さっさと行くかぁ」

「わたしも配達行くねぇ。明日は見送りに行くから、さっさと一人で行ったらダメですよぉ」

「「じゃあね!」」

 同じ言葉をかけあって、アハハと笑いながら、ナッツは最後の配達にペダルを踏んだよ!

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
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巡(めぐり)型落ち魔法少女の通学日記・003『ええ! 1970年!?』

2023-01-21 10:10:45 | 小説

(めぐり) 型落ち魔法少女の通学日記

003『ええ! 1970年!?』   

 

 

 しまった!

 

 杖を振ろ下ろしたお祖母ちゃんは、目と口をまん丸にして固まった。

「ええ! 1970年!?」

 わたしも、お祖母ちゃんの倍ほど目を丸くして固まってしまう。

 旧制服ということだけが条件だったから、数年遡るだけで十分。

 それが、仮想インタフェイスに出た年代は半世紀以上も昔の1970年・昭和45年!

 お母さんでさえ生まれていない大昔だよ!

 

 どうするぅ?

 

「ま……これでいいよ」

 気軽に返事したのは、時間遡行魔法というのはずいぶんと力を使うから。

 最近血圧と血糖値高めのお祖母ちゃんに無理は言えない。

 それに「十年くらい前がいいかなあ(^_^;)」なんて注文を付けたのはわたしだ。

 一二年前くらいだったら、学校とかご近所の知り合いがいる。まあ、亜世界だから、全て同じ人間じゃないらしいけど。四人に一人はうちの中学から行ってるから、絶対に知り合いがいる。三つ上に女ジャイアンみたいなのが居る。こいつ、見かけよりは勉強できて宮之森に進学してる。こういうのとはいっしょになりたくない。

 だから「ま……これでいいよ」にしておく。

 三年ずっと昔に居続けはヤだけど、放課後になったら今の時代に戻れるしね。

 

「スマホは手鏡に擬態させてあるけど、あんまり人前では使わないでね」

「え、スマホ使えんの!?」

「うん、MG仕様だから普通に使える」

「NG?」

「MG、Magical Girl」

「ああ、英語で魔法少女。いいじゃん(^▽^)」

「お金も、このお財布に入っていれば1970年当時のお金になるからね。教科書代とか制服代は、必ず、このお財布に入れてから支払うんだよ。型落ちだけど、機能は変わらないから」

「え、がま口!?」

 それはサザエさんのお母さん(フネさんだっけ)が持っていそうな古典的な、それこそガマガエルの口に皮の袋が付いたようなやつ。

「昔の魔法少女がタイムリープするときに使った奴だからねぇ」

「アハハ、まあいいや……あれ、変わらないよ?」

 さっそく、いまの財布から移し替えたけど、千円札は相変わらず野口英世のまま。

「橋を渡らなきゃ昔のお金に変わらないから」

「うん、分かった」

 回れ右して歩き出したら呼び止められた。

「そっちじゃないわよ」

「え、だって、橋は向こう……」

「こっちこっち」

 お祖母ちゃんは、家の筋向いの川辺を指さす。

「え、ここ?」

「ここにMが見えるだろ」

「え……ああ」

 護岸のコンクリのところに、うっすらとMの掘り込み。

「この50センチ以内に近づくと橋が現れる……ちょっと、まだよ!」

「ごめん」

「向こう側にはGが彫ってある。帰る時は、そこからね」

「うん」

「くれぐれも、人に見られないようにね」

「見られたらどうなるの?」

「写真に撮られてSNSに投稿される」

「ああ、それはヤバイよね(^_^;)。向こうで見られたら?」

「鬼太郎の友だちだと思われるだろうね」

 ああ……わたしって、目が大きくって、微妙につり上がってるから猫娘に間違われるかもぉ。

「いろいろ珍しいだろうけど、寄り道なんかしないで帰って来るのよ」

「うん、任しといて!」

「よし、今だ!」

 

 ポンと背中を押されて前に踏み出すと、目の前に橋が現れた。

 田舎の川に掛かっていそうな、軽自動車がやっと渡れます的な古びたコンクリートの橋。

 橋の右には『寿川』左側には『戻り橋』と字が彫り込んであった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校一年生
  • 時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・91『十二名の犠牲者』

2023-01-21 06:48:43 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

91『十二名の犠牲者』 

 

 

 障害走路場の前で西田さんは棒立ちになってしまった。

 十数人の兵士が障害物走をしている気配がする。

 しかし、降り積もった雪にはその痕跡はない。かけ声とリズムが、今の自衛隊のそれとは微妙に違う……これは、西田さんが若い日、入隊したばかりのころ教官だった旧軍時代からの叩き上げの人達のそれであったらしい。

 西田さんは、黙って直立不動の姿勢をとり、静かに敬礼をした。

 ピリピリピリピリ!

 急に警笛(ホイッスル)が鳴り響いた。

 一人でいるのに耐えられなくなった忠クンがやってきて、あまりの怖ろしさに警笛を吹いてしまったのだ。

 直ぐに、本職の不寝番や、当直の警務隊の人たちがやってきた。

「これは……」

「どうしたことだ……」

 みな、懐中電灯で、あちこち照らしてみるが降りしきる雪の中光は遠くまでは届かない。何人かが、奥の方まで見にいった。

 やがて中隊長がやってくると、声と物音……いや、気配そのものが消えて無くなってしまった。

「いったい、何があったんだ。当直責任者、状況報告!」

 みな、金魚のように口をパクパクさせるだけで、なにも言えなかった。

「自分が、ご説明いたしましょう」

 西田さんが前に出た。


 話しは連隊長まで知ることとなり、ぼんやりながら、事のあらましが推測された。


「あのかけ声、呼吸は自衛隊のものではありません。自分が現役であったころの旧軍出身の先輩たちのそれでありました」

 西田さんのこの証言が決め手になった。

 A駐屯地は、終戦まで陸軍の士官養成のための教育機関があった。終戦の四ヶ月前に、近くの軍需工場を爆撃した米軍の爆弾が外れてここに落ち十二名の犠牲者を出した。彼らはまだここに留まったままで、昼間の西田さんと教官ドノとの壮絶な障害走競争に触発されて現れたのではないかと考えられた。むろんほとんどは西田さんの推測ではあるけれど、連隊長は納得し、同時に関係者には箝口令(口止め)がしかれ、簡単ではあるけれど慰霊祭がもたれることになった。


「そう言えば、昨日は建国記念の日でありましたな」

「いかにも、昔で言えば紀元節。因縁かもしれませんなあ……あ、自分らに不寝番を命じた……もとい。勧めた教官ドノにはご寛恕のほどを」


 ということで、教官ドノは中隊長からの譴責(叱りおく)処分ということになった。

―― だから、これは内緒だよ。まどか君 ――

―― で、そこまで詳しいってことは、乃木坂さんもいっしょに遊んでたんじゃないの? ――

 乃木坂さんは、あいまいな笑顔を残して消えて、わたしは爆睡してしまった。

 朝は起床ラッパで目が覚めた。

 寝ぼけまなこで着替え終わると、ドアをノックして西田さんが入ってきた。

「あと五分で、日朝点呼。それまでにベッドメイキングを」

 三分で済ませ、西田さんのチェック。夕べはほとんど寝てないだろうに、元気なおじさん。


 朝食もいつもの倍ほど食べて、課業開始!


 営庭に集合しおえると、ラッパが鳴って『君が代』が流れた。

 みんな気を付けして日の丸に敬礼。わたしたちも不器用ながらそれに習った。昨日の五千メートル走のあとに『君が代』が鳴っていたような気がするんだけど、あの時はバテバテで、気づかなかった。西田さんを含め誰も強制しなかった。

 まだ一日足らずなんだけど、小さく言って仲間、大きく言って国というものをちょこっとだけ感じた。わたし達の前で乃木坂さんが、まるで班長のようにきれいな敬礼を決めていた。カッコイイと思った。

 ま、女子高生ってこんなもんです。

 この時、わたしの横にいる忠クンに元気がないことに気づいた。そして乃木坂さんに向けた視線の延長線上にあの教官ドノが居たことには気づかなかった……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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せやさかい・382『週刊朝日休刊の話題』

2023-01-20 15:16:14 | ノベル

・382

『週刊朝日休刊の話題』さくら    

 

 

 ハ~~~~

 

 お祖父ちゃんがため息ついた。

 なんちゅうか、すでに穴の開いてた風船の口が開いて、盛大な割には勢いのない空気が漏れたような。

「どないしたん、お祖父ちゃん?」

 風呂上がりなんで、頭をガシガシ拭きながらお祖父ちゃんの向かいに座る。

「週刊朝日が無くなんねんて……」

 そう言いながら、うちの後ろを顎でしゃくる。

 振り返るとテレビがユーチューブのモードになってて――「週刊朝日」5月末で休刊――というハッシュタグ。

「え、朝日て、週刊になってたん!?」

 うちは、休刊の文字よりも週刊いう単語にショック!

 年々発行部数が減って経営が苦しいとネットで言われてた朝日新聞、うちは、お寺やけど、珍しいことに朝日新聞はとってない。

 まあ、新聞なんて読まへんけどね。それでも、朝日が大新聞とかクオリティーペーパーとかいうもんや言うことぐらいは知ってる。ネットで、よう言うてるしね。

 その朝日新聞が日刊を止めて週刊になってたいうことに驚いて、その週刊でももたへんようになって、五月からは、とうとう休刊するんか! とビックリしたわけ。

「違うわよ、週刊誌の朝日」

 入れ替わりにお風呂に行こうとしてた留美ちゃんが、あまりのアホさに足を止めて教えてくれる。

「週刊誌のくせにヌードグラビアとか無い週刊誌でなあ」

 缶ビール持って、テイ兄ちゃんが現れる。一本をお祖父ちゃんに渡してテイ位置(お祖父ちゃんの斜め横、定位置と掛けてます)に収まる。

「ほら、女子には檀家さんから貰た水羊羹、どうぞ」

「お、愛い奴じゃぞ諦一は(^▽^)/」

 小さなプラスチックの竹筒に入った水羊羹をくれる。

「せやなあ、電車の中でも広げられる安心の週刊誌やった。お祖父ちゃんが子どもの頃は100万部ぐらい出てたんや」

「お祖父ちゃん、読んでたん?」

「うん、時どきなあ。手軽に話題を拾うのにはええ週刊誌やったさかいなあ」

 坊主は、檀家参りやら法事の時には、話をせなあかん。檀家さんにもいろんな人が居てはるさかい、薄く広く話ができならあかんのやそうです。

「諦一は、しゃべくりのネタとかは、どこで拾うてくるんや?」

「ああ、市政だよりとか、回覧板とか」

「へえ、意外やなあテイ兄ちゃん(^▽^)。ネットのエロ記事とかやと思てた」

「アホか、檀家さんとこで、さくらに言うようなネタで喋れるか」

「あ、ひどいなあ、うちらにはセクハラの下ネタばっかり言うてたわけか」

「面白がって聞いてるのはダレやねん!?」

「あの、週刊朝日で、印象に残った記事はどんなだったんですか?」

 従兄妹同士のエゲツナイ話になる予感がしたのか、軌道修正を計る留美ちゃん。ええ子や(^_^;)。

「せやなあ……倭寇の置き土産とか」

「倭寇って、海賊の倭寇ですよね」

「うん、倭寇がな、中国の南岸とか朝鮮の海岸沿いとかで仕事した後に残していきよるもんがあってん」

「ああ――倭寇参上!――とかの落書きとかじゃないですか? 暴走族とかの落書きをネットで見たことありますけど、けっこう面白かった!」

 留美ちゃんは、意識的か無意識か話題を合わせようとしてる。ええ子や(^_^;)。

「いや、それがなあ、巨大なウンコやねん」

「ウ、ウ〇コ……(=゚Д゚=)」

「ウン、倭寇が去って、船着き場に行くとなあ、大きなぶっとい大蛇がとぐろ巻いたようなウンコが残っててな。こんなごっついウンコ残すのは、どんなごっつい人間やねん!? と、みんなが恐れおののく!」

「アハハハ」

「なに、それ、お祖父ちゃん(≧∇≦)」

「ワハハ、それがなあ、ふっとい竹筒にみんながひり出したウンコを詰めてなあ、ムニュムニュって押し出してこさえるんやてえ」

「あ、こんなふうにか、お祖父ちゃん!」

 ムニュムニュムニュ!

 テイ兄ちゃんは、竹筒を持って水羊羹を押し出しよった!

「ちょっと、風呂上がりの女の子にするような話じゃありませんよ」

 伯母ちゃんが怒ります。

 うちは、お腹抱えて笑ったんやけど、留美ちゃんは真っ赤な顔して俯くだけでした。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら      この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念       さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは)   さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美       さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子       さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー        ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
  • ソニー         ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
  • 月島さやか       さくらの担任の先生
  • 古閑 巡里(めぐり)  さくらと留美のクラスメート メグリン
  • 百武真鈴(田中真央)  高校生声優の生徒会長
  • 女王陛下        頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首
  • 江戸川アニメの関係者  宗武真(監督) 江原(作監) 武者走(脚本) 宮田(制作進行) 花園あやめ(声優)  
  • さくらをとりまく人たち ハンゼイのマスター(昴・あきら) 瑞穂(マスターの奥さん)
  •   

 

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くノ一その一今のうち・36『初代だからこそ』

2023-01-20 09:30:43 | 小説3

くノ一その一今のうち

36『初代だからこそ』 

 

 

 あ、三村先生!?

 

 服部課長代理と他人の距離を空けてお茶を飲んでいると監督が飛んできた。

「あ、見つかっちゃった(^_^;)」

 白々しく頭を掻く課長代理。

「来られるんでしたら車を用意しましたのに」

「あ、いやいや、気まぐれですから」

「え、ソノッチもいっしょだったの?」

「え、いえ、自分はお茶を買いに来ただけで……」

「こちら『吠えよ剣』の脚本を書いていただいてる三村紘一先生だよ。すみません、まだ新人なもので。まあやの付き人の風間そのです。ごあいさつ!」

「え!?」

 ほんとうにビックリした! なんで課長代理が脚本家!?

 

 理由は課長代理の車の助手席で聞いた。

 なんで、みんなと別行動になったかと言うと、課長代理、いや脚本家の三村紘一が「甲府の周辺を見ておきたいので、助手を貸してもらえませんか?」と監督に頼んで、まあやがOKしたから。

 わたしも、しっかり聞いておきたかったしね。

 

「まあやは、我が徳川物産の最大の存在理由だ」

「ですね、豊臣の血筋を守ることが第一だと社長もおっしゃってました」

「そのためには、まあやの生活そのものをコントロールすることが望ましい。まあやの出るドラマを書けば、まあやの生活の半分以上を掌握できる」

「他にも書いてるんですか?」

「ああ、ペンネームは他にもある」

 ペンネーム? ひょっとして服部半三もペンネーム?

「『吠えよ剣』は今年に入ってからだ、企画は、俺が持ち込んだ」

 そうなんだ、『吠えよ剣』は、ツ-クール26回の企画で、今度の山梨編からツークール目に入るはずだ。

 二つ聞きたいことがあった。

 なんで……聞こうとしたら、車は高速を降りて、三叉路にさしかかっていた。

「どっちにするか……?」

「え、行先決まってないんですか?」

 車は、三叉路を前に路肩に寄って停まってしまった。

「甲府市内か善行寺か……」

「善光寺は困ります! 長野県に行ってしまったら離れすぎです」

 あくまでまやのガードなのだ、そういつまで離れているわけにはいかない。課長代理のくせに何を考えているんだ。

「修業も足りんが勉強も足りんやつだなあ、甲府の近くにも善光寺はあるんだ。ナビを見てみろ」

「え?」

 ……あった。

 ナビの画面をスクロールすると、甲府の東に善光寺という駅とお寺がある。

「信玄が、本家の善行寺からご本尊と宝物をかっさらって作った寺だ。本家善光寺への尊崇の現れと言われているが、あの信玄坊主が、そんな動機だけでやると思うか?」

「あ!?」

「そう、信玄の埋蔵金だ……」

 今度の『吠えよ剣・山梨編』は、千葉周作が幕府から信玄の埋蔵金を探るように言われ、龍馬とさな子を派遣するという話なんだ。

「ほんとうに、あるんですか、埋蔵金?」

「ああ、木下(まあやの鈴木家と並ぶ豊臣の本流)の方でも探りを入れてる。海外進出を目論んでいるんだ、金はいくらあっても足りないだろう」

 草原の国で出し抜かれたのは、ついこないだ。あれだけのことをやるんだ、課長代理の言う通りだろう。

「一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「なぜ『吠えよ剣』の千葉道場の師範は周作なんですか? 史実では弟の千葉定吉のはずですが」

「ああ、それなあ」

 そこのところがいい加減だから、まあやは、さな子が周作の娘だと勘違いしていたんだ。

「俺は、初代が好きなんだ」

「は?」

「ガンダムとか、AKBとか、みんな初代は伝説めいてかっこいいだろ」

「え?」

 カッコいいが理由? なんか中学生みたいだ。

「豊臣家も初代の秀吉が偉いんだ。徳川家は家康、織田家は信長だろう」

「ええ、まあ……でも、課長代理は十何代目かの服部半蔵じゃないですか」

「俺は、服部半三。ぞうは数字の三だ。家康に取り入った服部半蔵とは違う」

「え、あ……」

 空中に字を書いてみる、蔵と……三……確かに違う。

「確かに、俺は服部半蔵の裔ではあるがな。俺からは別の服部家だと思ってる。だから、俺が初代なんだ」

「なるほど……」

「お前も、ほとんど滅んだ風魔小太郎の裔だろう。自分が初代だと思って切り替えろ。切り替えなければ、豊臣も徳川も服部も風魔も先細りだ」

「は、はい……」

「とりあえずは、目の前の善光寺だ……」

 グルンとハンドルが切られると、木立の向こう、要害山を背景にして甲斐善光寺の屋根が見えてきた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・90『二直目の不寝番』

2023-01-20 05:51:11 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

90『二直目の不寝番』 

 


 日夕点呼(ニッセキテンコと読みます。ムズ!)

 わたし達の部屋は、たった三人なので見ればすぐに分かるんだけど、そこは自衛隊。

 部屋の真ん中に、三人並んで、名前を呼ばれる。

「仲まどか隊員!」「はい!」

 てな感じです。夏鈴が、声がナヨってしてるんで叱られる

「声が小さい、もう一度。南夏鈴隊員!」

「は……はひ(>Д<)!」

 夏鈴は叱られたことよりも(夏鈴は学校で叱られ慣れています)叱る大空さんの変貌ぶりに驚いてる。やっぱ本職、勤務と休憩時間じゃ百八十度切り替えている。

―― ハハハ、昔ならビンタがとんでくるとこだよ ――

 乃木坂さんが、面白そうに笑っている。隣りの部屋で、忠クンが同じように叱られてる。

 忠クンは、思いと現実のギャップに若干のショックを受けているみたい。

 それから、明日の朝のためにベッドメイキングを習った。

 ベッドの四隅を三角に折り込まなきゃならなかったり、案外ムズイ。でも説明は一回ぽっきり。

 日夕点呼から、就寝までの十五分のうち十分近くがここまでかかった。

 就寝までの数分間の間に西田さんがベッドメイキングのチェックをしてくれた。ほんの何ミリかの折り込みの違いを修正。

「明日の朝もチェックするが、しっかり覚えておくように」

 西田さんは、そう一言残して行っちゃった。男が、女性の部屋に入るのは禁止なんだそうです。


 ここからは、乃木坂さんが夢の中でしてくれたお話です。


 不寝番の二直目に当たった西田さんは、忠クンといっしょに一直目の企業グル-プさんから、不寝番四点セット(懐中電灯、警棒、警笛、腕章)を引き継ぎ、午前零時から二時までの立ち番。忠クンは、不安と寒さから喋りたげだったけど、西田さんは一喝した。

「不寝番は沈黙!」

 庇のあるところだったので、雪だるまになることはなかったけど、体は芯まで冷えて、忠クンは歯の根も合わないくらい震え、昼間の疲れもあって居眠りし始めた。

 バシッ!

 西田さんの平手打ちがとんだ。

「この雪の中、居眠りしたら凍えて死んでしまうぞ……!」

 それから二十分ほどして、西田さんは気配を感じ、懐中電灯であたりを照らした。

「どうかしましたか……?」

「気配がした……」

 しかし、雪の上には足跡一つない。

「気のせいか……」

 次の瞬間、障害走路場に続く道で、はっきり気配がした。十数名の声が切れ切れに聞こえてくる。

 オッチ、ニ、オッチ、ニ、ソ-レ……オッチ、ニ、ソ-レ……

「おまえはここにいろ」

 忠クンにそう命ずると、西田さんは声の方向に駆け出した!

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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