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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・207『今年の梅雨は気が早い』

2021-05-21 09:53:27 | ノベル

・207

『今年の梅雨は気が早い』さくら     

 

 

 今年は梅雨が早いなあ……。

 ほんまやねえ……。

 

 お爺ちゃんと孫の会話。

 お爺ちゃんはうちのお祖父ちゃんで、孫はうち。

 留美ちゃんは委員会の用事で、おっちゃんとテイ兄ちゃんは檀家周り。おばちゃんは町会の打合せ、詩(ことは)ちゃんは大学に行ってるんで、帰宅後のひと時をダミアをモフモフしながらリビングでボンヤリしてる。

 それで、換気の為に開けた窓からそぼ降る雨を二人で見てるという次第。

「梅雨いうたら、六月のもんと決まっとったのになあ、今年の梅雨は気ぃが早い」

 お祖父ちゃんの感想には切迫感がない。

 この四月から、お爺ちゃんは檀家周りをひかえてる。なんせ歳やし、コロナのこともあるしね。

 

「お義父さん、血液型はなんでしたっけ?」

 おばちゃんが聞いたのが先月。

「えと、AB型やけど」

「お義父さん、AB型はコロナの重症化率50%増しだそうですよ」

 おばちゃんは、新聞をパサリと置いて、眉の間にしわを寄せながら宣告する。

「ほんまかいな!?」

「ほら、新聞に!」

「ええ……ほんまや(;'∀')」

 ということで、お祖父ちゃんの檀家周りは、ほとんどゼロになってしもた。

 うちの如来寺は檀家の多いお寺やねんけど、三人で回るほどやない。住職不在の専念寺さんのヘルプも、他のお寺さんが手伝うてくれはるようになって、負担やなくなってきたということもある。

「ほんなら、そうしよか」

 と言うて、お爺ちゃんは実質的にリタイアの状態。

 

「お祖父ちゃん、ボケるんちゃうやろか」

「ちょっと心配だね」

 

 詩ちゃんと夕飯の片づけやりながらコボしたことがある。

「口に出したらホンマになるなるで」

 テイ兄ちゃんにおこられる。

「世の中には『言霊(ことだま)』いうのがあってな、口に出したらホンマになるて昔から言うんや」

 うん、これは頷ける。

 お寺やさかい『南無阿弥陀仏(ナマンダブ)』は日に百回くらいは聞く。本堂では、如来寺ができてから数億回の『南無阿弥陀仏』が唱えられてきて、柱や欄間の黒光りは、そのナマンダブが染みついた証。

「せや、テルテル坊主こさえよ!」

 お祖父ちゃんが膝を叩いた。

「テルテル坊主?」

 お祖父ちゃんの横におったもんやさかい、テルテル坊主は、一瞬禿げ頭の坊主を連想してしまう。

「白い布(きれ)やったらいっぱいあるしなあ……綿は古い座布団のん使たらええしな……」

 お祖父ちゃんといっしょに二階の倉庫に行って材料を取ってきて、三十分後にはニつのテルテル坊主ができる。

 留美ちゃんと詩ちゃんが帰ってきて、寄り合いの終わったおばちゃんも加わって、晩御飯までには三十個あまりのテルテル坊主ができた!

 お寺のテルテル坊主なんで、前の方に『南無阿弥陀仏』のハンコが押してある。顔は定番の『へのへのもへじ』です。

 晩ご飯終わってからは、面白がったテイ兄ちゃんとおっちゃんも加わって、全部で46個。期せずして『如来寺46』になりました!

 テイ兄ちゃんのテルテル坊主はラノベのヒロインみたいな顔。だれかに似てるなあと思いながら本堂の軒やら山門の軒にぶら下げる。

『如来寺46(^▽^)/』

 写真を付けて頼子先輩にも送ると『わたしもやる!』と返事が返って来て、うちの周囲は、ちょっとしたテルテル坊主ブームになりました。

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ライトノベルベスト『ユイとフェブ』

2021-05-21 07:14:53 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『ユイとフェブ』  




 それはいきなりだった。

 いきなりって、スマホの着信なんて、いつでも誰でもいきなりなんだけど、フェブのそれは、いつもいきなりって気がする。
 それは、ボクが、なによりも誰よりもフェブのメールを待ちわびているせいかもしれない。

 フェブと出会ったのは、節分の夕方。

 帰宅部のボクは、ダラダラと教室でユイたちととりとめのない話をして、ゲンが「腹減った!」とお腹の虫といっしょに叫んだのを汐に、やっと帰ることにして、そして駅の改札で上りホームのゲンたちと別れた。

 下りはオレとユイの二人だ。

 ユイとは一年から同じクラスで、二年になってから、クラスで一番気の合うカノジョだ。
「いつまでもバカやってちゃダメだね」
 ユイが、待合室のガラスに写るボクに言った。
「そう……だな」
 あいまいに返事した。
 帰宅部の半分くらいが進級が危ぶまれている。実際一年の時の帰宅部の半分が二年になれなかった。

 この会話は儀式みたいなもんだ。

 二年になっても三回目は言ってる。

 そう誓っては、その次のテストでは赤点だらけ。で、傷の舐めあいみたく放課後遅くまで残って、くだらない話をして時間を潰す。たまにみんなでカラオケとか行くけど、それ以上の付き合いなんかじゃない。

 よくわかっている。

 ユイもボクの事をカレだと思ってくれているけど、一年の学年末テストの前にキスのまね事をしただけだ。本当に男と女の関係になったやつもいたけど、二年になった時には学校にはいなかった。

 ボクたちは、高校生のまね事をやっているだけなのかもしれない。だから、ユイもガラスに写ったボクにしか言わないし、ボクもいいかげんな返事しかしない。

 フェブは、商店街の脇道の風俗街の入り口で、客寄せのポケティッシュを配っていた。赤いダウンを羽織って、少し疲れた笑顔で配っていた。ハーフなんだろうか、どこか顔立ちが外人ぽかった。
「キャ!」
 フェブが悲鳴を上げて倒れた。スマホを操作しながらサラリーマン風が知らん顔して行ってしまった。アニメとかだったら「オッサン待てよ」くらい言って、そこからドラマが始まるんだろうけど、ボクは二三回金魚みたいに口をパクパクさせただけで言えなかった。

「大丈夫……?」

 やっと口パクに声を載せて、ボクは飛び散ったポケティッシュを拾い集めた。ダウンの前がはだけて中のコスが見えた。AKB風の夏のコスだった。超ミニのスカートから伸びた白い足がまぶしかった。反対側の足をかばっていた。指の間から血が滲んでいる。

「よし、これで大丈夫」

 伯父さんは手際よくフェブのひざの傷の手当てをしてくれた。伯父さんは商店街で薬局をやっている。ボクは急いでフェブを連れてきたんだ。普段なら見ないふりして通り過ぎていただろう。でも、もののはずみと、フェブの風俗ずれしていない可憐さ、そして、なんだか分からない申しわけなさがごちゃ混ぜになって、風俗の子を助けるという……いつにない行動に走った。

「すみません、あたしみたいなのが表通りまで出てきちゃって……」
「事故なんだから仕方ないよ。鈴木の店で働いてんだね。あそこなら安心だ」
「分かるんですか?」
「ああ、やつとは幼馴染だからね、神社の次男坊の気軽さかな、あいつは商売の方が向いてるよ」
「マスターは今夜は実家の手伝いです」
「節分だもんな。健、お前には珍し人助けだったな」
「そうだ、ありがとう。まだお礼言ってなかった」

 それがフェブとの出会いだった。

 フェブは、ナントカって国(聞いたけど忘れた)と日本のハーフ。風俗で働きながら芸能界を目指しているらしい。
 いろいろオーディションを受けたり、バックダンサーの端の方で時々テレビにも出ているらしい。
 フェブというのは、二月生まれなんで、フェブラリーの頭をとってつけた名前らしい。伯父さんの店でメル友になった。

 フェブは芸能界でがんばりたいので、高校を中退してがんばっている。というのは表向きで、経済的な理由で続けられなかったようだ。

 遅刻しないだけが取り柄のボクは朝が早い。

 商店街の喫茶店で働いているフェブを見た。夜はガールズバー、朝は早くから喫茶店。
 笑顔でがんばってるフェブがまぶしかった。
 フェブからは、しょっちゅうメールが来る。学校のいろんなことを聞いてくる。その都度ボクはメールを返した。おかげで、ボクの時間割から、成績まで教えてしまった。
 フェブは、授業時間中には絶対メールをよこさない。中退したフェブは学校の大事さをよくわかっているようだ。

 帰り道、三日に二度ほどフェブと短い立ち話をした。

「テスト一週間前なんだから、もっと早く帰って勉強しなきゃダメだよ!」
 先週は本気で怒られた。
「ここってとこで本気になれないやつって最低だよ」
 とも言われた。

 でも、ボクは放課後ダラダラとミユたちとしゃべってしまう。ボクはフェブに嘘をつくようになった。図書室に残って勉強してるって……。

 だけど、フェブにはわかるようだ。嘘には、どこか矛盾が出てくるからね。そして、嘘は学校で補習を受けているっていうところまで広がってしまった。

――このごろ、話すとき目線が逃げるけど、なにか……考えてる?――
――ちょっと疲れてるかな――

 そのあくる日に最後のメールが来た。

――来月の一日にオーディション。準備があるから、明日から東京。あたしにも健にも二月は28日までしかないんだからね――

 その日、ユイの誘いを断って早く帰った。

 ユイは「うん、そうだね、それがいいよ」と言ってヒラヒラと手を振った。「一緒に帰る」と言うかと思ったんだけど、手を振られちゃね。

 駅のホームに出ると、タイミングよく準急が来たので乗った。

——ドアが閉まります、ドアにご注意ください——

 アナウンスがあって、ホームへの階段を上がって来るユイが見えた。

 とっさに、閉まりかけのドアにカバンを挟む。ドアは、もう一度開いた。

 瞬間、目が合った気がしたけど、ユイは目線を避けて待合室の方に歩き出す。

 降りようかと思ったけど、再び閉まり始めたドアの馬力に負けて……負けたことにして、そのまま帰ってしまった。


 フェブからは、それからもメールは来ていたけど、だんだん返事を返さなくなった。

 ユイともそれっきり……声を掛けようとして、まだ声を掛けられないでいる。

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真凡プレジデント・89《峠を越えて》

2021-05-21 06:20:02 | 小説3

レジデント・88

《峠を越えて》     

 

 

 

 戦車は一両もいないだろ。

 

 先生に言われて振り返る。

 たしかに迷彩塗装のいかつい車ばっかしなんだけど、大砲とか機関銃が付いた車両は一つも居なかった。

「キャタピラ履いてるのもいないだろ」

 琢磨先輩が付け加える。たしかに4WDとか6WDの車両ばかりなんだけど、キャタピラのは居ない。

「日本じゃ、キャタピラとか大砲積んだやつは許可が無いと一般道は走れないからね……ほら、これがアメリカのサバゲーマニアだよ」

 琢磨先輩がスマホで見せてくれた画面には、アメリカの道路を何両もの戦車が隊列を組んで走っている。

 それに比べれば、この車列は大人しく見える。

「これでツーリングとかしたら、カッコいいよね!」

「旅行なら使わないよ。このハンビーでもリッター八キロしか走らないからね」

 なつきの提案は、あっさり却下された。

 

 二回インターチェンジで休憩して、一般道に下りて峠を越したところで被災地が目に入ってきた。

 道路は、とたんにガタガタになってきて、ハンビーはグニャグニャ揺れながら走る。まだ、流れ出た土砂が取り切れていないで、道路の整備が完全じゃないんだ。

 横っちょを鉄道が走ってるんだけど、横目で見ても分かるくらいにレールが赤さびている。

 まだ電車は走ってないんだ……すると、渓谷に隔てられ鉄路との距離が開いて分かった。車が通っているほうの一般道はまだましだけど、鉄路の方は数百メートルにわたって、土手ごと削られていて、一般道といっしょに川を渡っている所では、鉄橋が土台を残して流されていた。

「鉄橋の復旧は年が明けることになりそうだよ」

 藤田先生がポツリと言った。

 

 もう一つ峠を越えたところで景色が開けた。

 被災地は盆地になっていて、遠目にも、宅地や田畑があちこちで皮を剥いだように土気色になり、川の堤防があったあたりは白や黒の土嚢が積まれていて、いかにも傷跡だ。

 水害から一か月もたって、もう少しはましになっているとボンヤリ思っていたけど、認識を新たにした。

 ツーリングのノリのなつきも唇を噛み、ほかの執行部員も神妙な表情だ。

 

「藤田先生、ありがとうございま~す(^▽^)」

 

 地元の小母さんたちが待ってくれていて、思いのほかの明るさで出迎えてくださった。

「すみません、一週遅れてしまって」

 ハンビーから降りると、藤田先生やサバゲーのみなさんはペコペコと頭を下げた。

「いいえいいえ、わたしらも少しは頑張ったで、峠を越えてだいぶようなりました」

 年かさの小母さんが元気に言うと、ほかの被災地のみなさんも穏やかに頷かれる。

 わたしたちには、衝撃的な被災地に見えるけど、地元の皆さんに言わせれば、うんと回復した状況なんだ。社交辞令的に「まだまだ大変そうですね」なんて言葉を用意していたんだけど、みんな口をつぐんで頷くしかなかった。

「いや、それは困ります」「もう、何度も来てもらってるんだから」「そうそう」「でも」という応酬が聞こえてきた。

 村の真ん中にあるお寺の修復が完了したので、ボランティアはお寺の本堂に泊って欲しいというのが地元の希望なのだった……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号
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魔法少女マヂカ・213『仏蘭西波止場・3』

2021-05-20 09:45:53 | 小説

魔法少女マヂカ・213

『仏蘭西波止場・3』語り手:マヂカ     

 

 

 数が多い! 多すぎる!

 

 中華街から桜木町駅にかけての上空には雲の上から黒コショウをまき散らしたように妖たちが集まり始めていた。

 実体化している者は、前衛のわずかな者たちで、デテールを明らかにしつつ地上に降下している。

 降下し終えた者は、仏蘭西波止場からは死角になるビルや倉庫の陰を目指しているようで、波止場前の大通りに達している者はいない。

 ザザ!

 反射的に地面を蹴って、ブリンダと距離をとる。

 敵は、仏蘭西波止場に通じる十数本の道路から同時に現れるのに違いなく、それをたった二人で迎え撃つには、固まっていては、取りこぼしが出てしまう。

 万全とは言えないが、横に広がって、できるだけ多くの妖どもを消滅させなければならない。

 波止場にたどり着かせては、上陸してくる妖たちと合体してしまって、手が付けられなくなってしまう。

「さすがは歴戦の魔法少女、たった二人とは言え、適切な対応、まるで奉天包囲戦の秋山将軍を見るようだよ。存分に戦ってくれたまえ。存分に力を発揮し、彼我の力と志しを感得して……霧子の味方になってくれたまえ」

 新畑の広げた手の間には、先ほどよりも輝きを増した霧子のソウルが、今まさに飛び出さんと振動し始めている。

「「来る!」」

 同時に叫んだ時には、取るべき二人の行動は変更されている。

 波止場に押し寄せてくる妖をブリンダが、わたしは上空に蟠っている未成体を攻撃する。

 二年余りの付き合いで、ブリンダとは言葉で確認しなくても臨機応変の対応ができるようになっているのだ。

「ほう」

 新畑も感心したようだが、ソウル錬成の手を停めるところまでは行っていない。

 

 スプラッシュアロー!

 

 術式を唱えると同時に風切丸を弓にして矢を放つ。 

 放った矢は放物線の頂点で十本あまりに分裂して降下し、敵の直上でさらに分裂、最終的には幾百の矢になってクリーチャーどもを消滅させた。

 

 カンザストルネード!

 

 ブリンダは、横っ飛びになって、ほとんど地面と平行に走りながら術式を唱える。

 本来は縦方向に働く風属性の魔法を横方向に広げ、波止場前に湧きだしてきた敵を吹き飛ばした。

 出鼻はくじいた。

 次は、視界に飛び込んでくるクリーチャー、妖、それらの未成体の各個撃破に移る。

「ウィンドブレイク三号! マジカビーム! マジカアターック! マジカパーーンチ! マジカキーーック!  マジカブレイクッ!」

 敵の数が多いので、今では恥ずかしくなるような、もう何十年も使っていない技まで総動員して戦う。

「かわいいぞ」

 すれ違いざまにブリンダが冷やかす。

「くっ……」

 ブリンダも、古い個人戦闘用のスキルを発動させているのだけど、いちいち術式を唱えることはしない。

 ちょっと悔しい。

 五分もすると、わたしも詠唱しなくても技を発動できるようになる。

 というか、詠唱していては間に合わなくなるほどの敵の数なのだ。

 取りこぼしたクリーチャーの中には、上陸した外来の妖と合体を成し遂げる者も現れてきた。

 合体した妖は、侵入してくる妖たちとすれ違うようにして横浜の街に浸透していく。

「くそ、間に合わないか!?」

 そう観念しかけた時。

 

 ズボボボボボ!!

 

 掃除機を逆噴射させたような衝撃音がして、浸透しかけた妖たちが吹き飛ばされてきた。

「なんだ、これは!?」

 余裕だった新畑の手が止まった。 

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  •  

 

 

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ライトノベルベスト『The Exchange Vacation』

2021-05-20 06:13:48 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『The Exchange Vacation』  




 わたしは、三つある内の「ナントカ休み」で春休みが一番好きだ。

 それも、一二年生のそれに限る!

 夏休み・冬休み、それに対する春休みは全然違う。

 そう思わない?

 だってさ、夏休みと冬休みっていうのは、単なる長い休み。
 休みが終わると、また同じ教室で、同じクラスメートで、時間割とか先生とか完全にいっしょで変化がない。せいぜい席替えがあるくらい。基本的に同じ事が始まるだけ。でしょ?

 だけど、春休みは違う。

 だってそうでしょ。学年が一個上がって、クラスも教室も先生もクラスメートもほとんど変わっちゃう。教科書だって、最初手にしたときは、なんだか新鮮。
「今年こそ、がんばるぞ!」って気持ちになる。もっともこの気持ちは連休ごろには無くなってしまうけど。年に一度の身体測定なんかもあって、背が伸びた、体重がどうなったとか、なんかウキウキじゃん。それでいて、学校はいっしょ。勝手知ったる校舎、四時間目のチャイムのどの瞬間までに食堂にいけば並ばずに済むとかも合点承知之助!

 三年生は事情が違う。だって、完全に環境が変わってしまう。

 中学にいく前の春休みは、それほどじゃなかった。だって公立の中学だから、半分は同じ学校の仲間。学校そのものも、子どものころから、よく側を通っていたし、お姉ちゃんが三年生でいたから心強くもあった。

 高校に入る前の春休みは、最初は開放感。でもって、入学式が近づくにしたがって、つのる緊張感。二年生になろうとしている今、思い返せば、良い思い出になっている。
 だけど、高三になったら、きっと緊張はハンパじゃないんだろうなあ。だって大学だよ、大学。でもって十八歳。アルコール以外は大人といっしょ。アルコールだって、十八を超えてしまえば飲酒運転でもしないかぎり、大目に見てくれる。そう車の免許だって取れちゃう! 恋の免許も、なんちゃって……これは、こないだお姉ちゃんに言ったら、怖い顔して睨まれた。
 お姉ちゃんは、この四月から大学生だ。最初は地方の大学を受けて独立するとか言ってたけど、お父さんもお母さんも大反対。で、結局、地元の四大で、自宅通学。ここんとこの緊張したお姉ちゃんをみていると、正解だったと思う。

「ねえ、お姉ちゃん、ま~だ!?」
 あまりの長風呂にわたしはシビレを切らし、脱衣所のカーテンをハラリと開けた。
「なにすんのよ!」
 乱暴にカーテンを閉め直した拍子に、カーテン越しに右のコメカミをぶん殴られた。
 お姉ちゃんの裸を見たのは、スキー旅行で、いっしょに温泉に入って以来だ。湯上がりに、肌が桜色。出るところは出て、引っ込むところは、キチンとくびれて、同性のわたしが見てもどっきりした。
「高校最後の、お風呂だからね、いろいろ考え事してたの」
「卒業式、とうに終わってんのに……案外……」
「案外、なによ!?」
「いやはや、大人に近づくというのは、大変なもんだなあって。同情よ、同情」
「余計なお世話。さっさと入っといで」

 そんなに長風呂した訳じゃないのに、お風呂から上がって、少しグラリときて、脱衣場でへたり込んでしまった。一瞬頭の線が切れたのかと思った。
 時間にすれば、ほんの二三秒なんだろうけど、わたしの頭の中で十七年間の人生が流れていった。そして小学校の終わり頃に、なにかスパークするような思い出があったんだけど、言葉では表現できない。

「どうかした?」
「ううん、ちょっと立ちくらみ」

 お母さんの心配を軽くいなして、リビングへ行った。
 テレビが、どこかの春スキー帰りに高速で事故が起こったニュースを流していた。
「あ~あ、二人亡くなったって……」
 お姉ちゃんが、ドライヤーで髪を乾かしながら言った。

 お父さんは、仕事の都合で、会社のワゴン車で帰ってきた。かわりに自分の車は会社の駐車場。
 代わりに残業がお流れになったので、夜食用のフライドチキンを一杯持って帰ってきてくれた。
「また歯の磨き直しだ」
 そう言いながら、わたしも、お姉ちゃんもたらふく頂いた。
「わたしね、春休みは『 Exchange Vacation』だと思ってるの」
「なに、ヴアケーション交換て?」
 お姉ちゃんが、紙ナプキンで、口を拭きながら聞いてきた。
「なんか、全てが新しくなるようで、夏休みとか冬休みとかじゃない、特別な印象」
「それなら、Vacation for Exchangeでしょうが」
「イメージよ、イメージ!」
「ハハ、美保、英語はしっかりやらないと、大学はきびしいぞ」
「もう、うるさいなあ」

 
 その夜、わたしは寝付けなかった……正確に言えば意識は冴えているのに、体が動かない。金縛り……いや、それ以上。目も動かせなければ、呼吸さえしていない。でも意識だけは、どんどん冴えてくる。お父さんが、何かをしょって部屋に入ってきた。お母さんが、大容量の外付けハードディスクみたいなのを持って続いてくる。

 お父さんは、しょっていた物を横のベッドで寝ているお姉ちゃんの横に寝かした。

 ……それは、もう一人のお姉ちゃんだった。

「いつも辛いわね、この作業……」
「真保は、これで終わりだ。あとは擬体の調整でなんとかなる」
 お母さんは、ハードディスクみたいなのを中継にして、二人のお姉ちゃんの右耳の後ろをケーブルで繋いだ。古い方のお姉ちゃんの目が開いて、赤く光った。それは、しだいに黄色くなり、五分ほどで緑に変わると、光を失った。
「起動は五時間後ね」
「ああ、それで熟睡していたことになる。着替えさせるのは、お母さん、頼むよ」
「年頃の女の子ですもんね」
 お母さんは、古いお姉さんを裸にして、新しいお姉さんに着替えさせた。
「じゃ、美保の番だな……」
「真保、きれいに体を洗ってますよ。分かってたんじゃないかしら?」
「まさか、そんなことは……」
「そうですよね。ただ、三月の末日と重なっただけ……明日は入学式ですもんね」
 お父さんは、右耳の後ろとハードディスクみたいなのをケーブルに繋いで、いろいろ数値を入力していった。
「右の記憶野に……」
「なにか、異常ですか!?」
「いや……単純なバグだ。回復したよ」
「来年は、美保の擬体も交換ですねえ……あの事故さえ無ければ」
「もう言うな。スキーに行こうと言ったのは、オレなんだから」
「せめて、母星のメカニックにでも来てもらっていたなら……」
「言うなって。もう、真保はシュラフに入れたか」
「はい……」
 お父さんが、シュラフに入った古いお姉さんを担ぎ、お母さんが、跡を確認して出て行った。


 そして、目が覚めると、夕べの事は全て忘れていた。

「もう、どうして早く起きないかな。入学式でしょうが」
 歯ブラシを加えながら、お姉ちゃんが何か言った。
「訳分かんないよ!」
「美保は春休みなんだから、時間関係無いでしょうが!」
「あ、そか……」

 わたしは大事なものが頭に詰まっているようで、半分ぼけていた。でも、今の遣り取りで飛んでしまった。

 でも、このことは人生の大事な時に思い出しそうな予感もしていた……。
 

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真凡プレジデント・88《環状道路に入って驚いた》

2021-05-20 05:47:04 | 小説3

レジデント・88

《環状道路に入って驚いた》     

 

 

 

 水害被害地の救援ボランティアに行くことになった。

 

 前回(88:火曜の授業だぞ)の流れで分かってもらえると思うんだけど、藤田先生がボランティアに行っていたことを知った我々生徒会執行部は、その意気に感じて、次のボランティアに同行することになったのだ!

 そして、ボランティアというのは大変なのだと思い知った。

 ちゅ、注射すんのーーーーーーー!?

 なつきの声がひっくり返った。

 かなりの落ち着きを取り戻したとはいえ、被災地のO県S市には廃棄物の片づけや運搬・整理などの仕事があって、当然怪我をする可能性がある。破傷風と言う厄介なのがあって、その予防注射をしないと参加できないのだ。

 根っからの注射嫌いのなつきは、そのことだけで怖気をふるってしまったが、生徒会執行部のバッジを握りしめて耐えた。

「なつき、後悔してる?」

「う~~( ;∀;)つぎ行こ、つぎ」

 涙目になって注射の痕をさすって先頭を進んだ。

 

 被災地へは藤田先生の車で出かける。 

 

 その車を見てぶったまげた!

 予防注射が終わったら、すぐに出かけられるように、迎えを兼ねて病院の駐車場で待っていてくれた。

「おーーい。こっちこっち!」

 車の群れの向こうから声が掛かった。

 クネクネと車の隙間を縫い、先生の車を見て驚いた。

「これ、軍用のハンビーじゃないですか!」

 さすがの琢磨も目を丸くしている。

 女子の執行部は車の名前なんか分からないんだけども、迷彩塗装のいかつい四輪駆動に感心した。

 藤田先生は、定年間近の生徒会顧問で、後輩の中谷先生などからは「ジミー」の愛称で呼ばれている。

 面と向かっては呼ばれない「ジミー」が地味からきていることで想像がつく風情なんだ。

 

 むろん、ハンビーの前に立ってる先生は、いつものジミー。

 

 洗いざらしのTシャツにGパン。学校での先生は地味なりに清潔なナリで、先生らしさがうかがえるんだけど、今の姿は、夜道でお巡りさんに会ったら間違いなく職質されるだろう。

 それで、ハンビーとかいう目の前の車。

「先生の車なんですか?」

「ああ、趣味のサバゲーのために買ったんだが、こういう時には大いに役に立つ。さ、前に二人、後ろに三人。荷物は後ろのハッチから」

 ハッチの中に驚いた。

 これから戦争がやれるんじゃないかというくらいの禍々しいものが詰め込まれていた。

「ミリタリーばかりだが、ドンパチのものは一つもない。みんなボランティアで使うものばかりだ」

「分かります。ジェリカン、シャベル、テント、レーション、ジェネレーター、メデシンパック、CPR、ライフジャケット、携帯トイレ……」

 琢磨先輩があれこれ指さすのを、綾乃、みずき、なつきが興味津々に目を輝かせている。

 サバゲーというのは、ウェポン以外はミリタリーの実物を使うものらしく、ハンビーという車と、その中の諸々は実際に使われた様子がありありで、あっちこっち禿げていたり補修されていたりで、イメージとしては中学の時の飯盒炊爨の道具に通じる雰囲気が合った。

「乗り心地は悪いが、ちょっと辛抱してくれ」

 先生は、そう言ったけど、見かけほどに悪くはなかった。車に弱いなつきなどは「こういう沈みこまないシートがいいよ!」とかえって気に入った様子だ。

 環状道路に入って驚いた。

 なんと、いつの間にか前後を軍用車両に取り巻かれているではないか!

「ああ、サバゲー仲間と合流していくんだ」

 いろんな意味で藤田先生を見直すことになった……。   

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号

 

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銀河太平記・046『コスモスの鼻歌』

2021-05-19 09:51:21 | 小説4

・046

『コスモスの鼻歌』マーク船長   

 

 

 コスモスの鼻歌はクセモノだ。

 

 新しいことを思い付いた証拠で、そのたびに驚かされるのは単調になりがちな船内やベースの日常にはいい刺激なんだが、稼ぎの仕事以外ではのんびりしていたいオレには、ちょっと煩わしく感じる時がある。

 だけど、口には出さない。船長も歳だとかオッサンだとか、ピーチクパーチク言われるのが分かってるからな。

 宇宙や火星での生活の90%は退屈だ。

 ブツを運んだり、ドンパチ撃ち合ったりってことは、全部合わせても5%ほど。それ以外はマッタリ過ごすのが、俺の流儀だし、こういうペースを守っているからこそ、他の同業者に比べて生存率が高いと思っている。

 しかし、優秀なオペレーターであるコスモスには退屈なようで、しょっちゅうベースやファルコンZの改修をやっている。

「そりゃ、船長が、いつまでもポンコツの船とベースに満足してるからですよ」

 中古宇宙船をネット検索しながらバルスがこぼす。

「船を買い替えようってか?」

「改造も限界ですからね」

「オレはファルコンZがいいんだ」

「今すぐという話じゃありません。いざとなって、慌てて探したらカスを掴みますからね」

「そうか……そうだな」

 宮さまを引き受けたんだ、そこまで肩入れする決心はついていないが、覚悟と準備は必要だろう。

 しかし、言霊(ことだま)ってことがある、まだまだ、口に出して良いことではない。

「コスモスのやつ、今度はなんだろうなあ……先月はフェイクプールだったな」

「それは先々月です、先月はドームファームでした。もう、トウモロコシ……マースコーンが収穫できるって言ってました」

「ああ、リアルクッキングを目指してるんだったな」

「ええ、ファームの研究じゃ、扶桑将軍に一日の長があるようですが」

「うん、将軍は露地栽培らしいからな。成功したら規模の面では太刀打ちできないだろう」

「コンセプトは『明日の夢より今日のリアル』って言ってます」

「今度はなんだ? マースポテトかマースメロンか?」

「お、三菱いいいのが出てますよ」

「三菱ポテトか?」

「いいえ、船です」

「これで中古かあ? ゼロが九つも付いてるぞ」

「ハハハ、まだまだウィンドショッピングですよ」

「それなら、退役したてのエンタープライズでも買えそうだな」

「カガとイズモも買いますか」

 ウィンドショッピングも宇宙船クラスになると面白く、熱中してしまって、不覚にも真後ろで声を掛けられるまで気が付かなかった。

 

「船長、狩りにいきましょう!」

 

 振り返ると、古典ゲームの『モンスターハンター』のようなナリをしたコスモスが立っていた。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

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ライトノベルベスト・『二人の過年度生』

2021-05-19 06:38:31 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『二人の過年度生』  




 願書の提出の時から二つのことが気になっていた。

 見ようによっては、一つ……制服のこと。

 あたしは、あるミッションスクールに行っていたけど、家の経済的な理由で続けられなくなった。就学支援金を月々9900円もらったり、他の奨学金ももらったけど、やっぱりお嬢様学校と言われるS女学院は無理だった。支援金と奨学金を合わせても必要な額の半分ちょっと。
 もともと去年の夏ごろには、お父さんの会社の業績が上がることを織り込んでの無理な学校の選択だった。

 お父さんは「申し訳ない」「すまん」を繰り返していたけど、景気の落ち込みはお父さんのせいじゃない。

 もう完全にダメだと思ったころから授業にも身が入らず、成績は下がる一方だった。そんな生徒に救いの道は無い。
 がんばれば、二つぐらいの赤点で進級できないこともなかったけど、どうせ経済的に続かないことが分かっていたので、正月には退学を決めていた。

 で、過年度生として都立Y高校を受け直すことになった。

 担任の先生に相談に行ったら職業的な優しさで接してくれたけど、必要な書類は直ぐに揃った。あらかじめ親が話していたので、準備していたんだね。

 こういう受験を過年度生受験ということも知った。なんだかいかつい名称。

 可燃度生受験……なんて字を当ててみる……なんか火気厳禁て感じで、自分が危ない子になったようなイメージ。

 拍子抜けするくらいに手続きは簡単……と思ったら「この後は中学校に行ってちょうだい」と言われる。

 高校で出来るのは退学の手続きだけで、受験そのものに必要な書類は、とっくに縁が切れたと思っていた中学で揃えてもらわなきゃならない。

「これ、持っていきなさい」

 事情を説明すると、お父さんは2000円くらいの菓子折を持たせてくれた。

 過年度生の世話なんて中学にとっても余計な仕事なんだろうなあと、ちょっと気持ちが塞ぐ。

 Y高校には、願書の提出の時から制服で行かなければならない。あたしは校章を外しただけのS女学院の制服で行った。
 当然目立つ。中学の制服は、もう処分していたので致し方ない。菓子折まで持って行ったんだ、中学で「要らない制服があったら貸してください」くらい言えばよかった。経済的に困ってる子の為にプールしている制服があることは承知している。わたし自身、卒業と同時に寄付してきたんだから。
 

 けっきょく言い出せなくて、S女学院の制服。目立ってなにか言われることは無かったけど、視線は感じた。

 よく注意すると、視線を集めている生徒が、もう一人いた。

 これが、気になった、もう一つの事。

 ごく普通のセーラー服を着ているけど、あたしと同じく校章が無い。それに、よく考えれば今時セーラー服の中学なんて、めったにない。この子も、どこかの私立高校の過年度生か……チラリ見えた胸当てのマークは学習院高校のそれだった!

 受験会場で、あたしと、その子は浮いていた。S女学院も学習院もしつけは厳しい。受験前の座る姿から違う。姿勢も良く、机の上に置いた筆記用具や受験票が定規で測ったように行儀よく置かれていた。
 驚くことに、その子は消しゴムの削りかすも手で集め、机の一角にまとめ、試験が終わるとゴミ箱に捨てに行っていた。S女学院と同じ、いや、それ以上にビシッとしている。

 晴れて合格。

 入学式で、みんな同じ制服になると、あたしも学習院も、そんなに目立たなくなった。そして、あたしと学習院は同じクラスになった。

 朱に交われば赤くなるのか、郷に入れば郷に従えなのか分からないけど、あたしも学習院も連休前には、他の新入生と同じくらいのお行儀や言葉遣いになり、だれも、あたしたちを特別な目で見なくなった。

「あなた、S女学院の過年度生でしょ」

 似たような立場だったので、他の子よりは近い関係になっていた。それでも前の学校について話すのは、なんとなくはばかられ、連休明けの今日、初めて彼女が聞いてきた。
「うん、いろいろあって、続けられなくなっちゃって。最初は都立でやっていけるか心配だったけど、なんとかなるものね。あなたこそ大変だったでしょ……なんたって学習院なんだもん」
 声を小さくして、そう言うと、彼女はあたしの手を掴んで、グランドへ走って行った。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!?」

 グラウンドに着くと彼女は、腹を抱えて笑い出した。

「ハハハ……ああ、おっかしい!」
「どうかした?」
「あのセーラーが学習院だって気づいたのは、あんただけよ。なんたって、胸のマークが分かんなきゃ、ただのセーラー服だもんね」
「だって、あの時の行儀のよさとか、並の学校じゃないわよ。さすが学習院……ごめん、あんまり言わないほうがいいんだよね」
「あたし、学習院じゃないよ」
「え……?」
「I女子学園」
「え……?」
「女子少年院……」
 彼女は、測る様な目であたしを見ながら言った。
「あそこは、中高生的な制服とかないから、レプリカのセーラー買ったの。で、どうせなら学習院ぐらいのハッタリかまそうと思って」

「え……アハハハ」

 笑いが止まらなかった。彼女もいっしょに笑った。

「学習院のレプリカなんて高いんじゃないの?」
「ハハ、コスプレみたいなもんよ。基本は白線三本のセーラー服だからね、先生も気づかなかった……てか、気づいたのあんただけ!」
「アハ、そうなんだ!」

 ひとしきり二人で笑った。芝生にひっくりかえると青い空を雲がながれていく。二人の過年度生は、どうやら親友になれそうだ。

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真凡プレジデント・87《火曜の授業だぞ》

2021-05-19 05:55:15 | 小説3

レジデント・87

 《火曜の授業だぞ》     

 

 

 

 特に高尚な使命感とかがあってのことじゃない。

 

 三連休が終わって最初の授業。

「うそ、火曜日?」

 魂が抜けていきそうな半開きの口から間抜けな言葉を吐くなつき。たった今までホチクリ食べていたスナックの欠片が鼻の下の産毛に引っかかって、ヒラヒラ揺れているのも間抜けさを際立たせている。

「どーしよーーー、月曜とばっか思ってたから国語の教科書ロッカー……」

 黒板上のスピーカーは、ブーーーと虫のように唸っている。本鈴の直前にアンプのスイッチが入った音だ。取りにいったら確実に授業遅刻するだろう。

 この間抜けに、どう忠告してやるべきかと思っているうちに本鈴のチャイムが鳴った。

 キンコーンカンコーン キンコーンカンコーン……

 先生が、直ぐに来るわけでもないのだけども、教室はソワソワしている。え、マジー!? 聞いてねえよ! 信じらんない! 等々の声が聞こえる。

 どうやら三連休明けの間抜けはなつきだけではなかったようだ。

 待つこと数分、人によってはアタフタの数分がたって、教室前のドアから入って来た先生に、クラスの半分が戸惑った。

 え? え? なんで? てか、まちがってね?

 入って来たのは、日本史の担当にして生徒会顧問である藤田先生なのだ。

 火曜の一時間目は国語の授業で、担当は……すぐには名前の出てこない講師の女先生だ。

 そのことには驚かない。連休前の担任の説明をちゃんと聞いていたから。

 でも、藤田先生が来るのは想定外だ……あ、女先生が休みで、藤田先生は自習監督に来たんだ。

「よかったな、どうやら自習だぞ」

 なつきを安心させて、読みかけのラノベを教科書の下に忍ばせたところで先生が口を開いた。

 

「担任から聞いてると思うが、国語の奥田先生がお辞めになったので、今日から僕が授業をする……不思議かもしれんが、僕は国語の免許も持ってるんでな。日本史と合わせて週に五回も面突き合わせるのは嫌かも、いや、嫌に違いないが、これも運命だと諦めて欲しい……おやおや、教科書の出てない奴がずいぶんいるようだが……月曜と間違えたあ?」

「ロッカーに取りに行かせてください!」

 お仲間が多いのに勇気づけられて、なつきが手を上げた。

「う~ん……どうしてくれようかなあ……」

 藤田先生は、こういうことを頭から叱る先生じゃない。この、授業の雰囲気がまるでないクラスのテンションをどうしようかと、腕組みして思案しているのだ。付き合いの長いわたしには分かる……と、気が付いた。

 先生の組んだ腕が異様に日焼けしているのだ。

「先生、その日焼けは、どうしたんですか?」

 わたしが思っていたことを綾乃に先回りされた。

「え、ああ、これか」

 イタズラを見つかった子どものように、腕を撫でると、ため息一つついて、先生は語りだした。

 授業は成立しそうにないので、いわゆる余談で時間を消化しようと決心したんだ。

「実は、連休中は水害被害のボランティアに行っていてなあ……」

 

 意外な展開になって来た……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号
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やくもあやかし物語・79『二丁目断層に頼まれる』

2021-05-18 14:24:59 | ライトノベルセレクト

やく物語・79

『二丁目断層に頼まれる』    

 

 

 わたしにソックリな二丁目断層が頬を染めると、机の上に雛人形が現れた。

 

 雛人形?

 おすべらかし……だったっけ? 天皇陛下が即位された時に、おそばにお並びになっていた皇后さまのような髪型。お衣装は、本当に十二単のようで、袖口から指先だけを出して、七色の飾り紐をゆったり巻いた扇を持っている。

「ようく、見てごらん……」

 二丁目断層に誘われて雛人形を見つめると、かすかに息をしているのが分かった。

 おお……

 机に並べてある俺妹のフィギュアたちも一歩踏み出してため息をついている。壁のアノマロカリスも目をぱちくりさせている。

「もうちょっとで目を覚ます、それまで静かにして見守ってやってくれ」

「う、うん……」

 フィギュアたちは一歩下がって座ったりしゃがんだりして……そう、なんだか白雪姫が目覚めるのを待っている小人さんたちのようだ。

「名前は、こう書くんだ」

 二丁目断層が目の前で指をそよがせると『親子』という字が浮かんだ。

「オヤコ?」

 素直に読んだら、みんなが笑う。

 アハハハハハハハ

「なによ!」

「おまえ、中学生だろ?」

「ちょ、ちょっと間違えただけよ」

 わたしは、こういうシチュエーションに弱い。

 ふつうに応えたり反応したりしたら、思いがけず、とんでもないスカタンだったりして、みんなに笑われる。そういうのに弱い。

 小学校の時に掛け算を習いたてのころ、先生が、黒板に一ケタの掛け算をいっぱい書いて、座席順に答えさせていった時のこと。

 3×3= 2×2= 1+1= と書いていって、トドメめの「1+1=」を当てられた。

「1!」

 自信たっぷりに答えて、みんなに笑われた。

 ようく見たら、あるいは、深呼吸一つして見直したら、すぐに分かる事なんだけど、いったんテンパってしまうと、ぜんぜん正解が浮かんでこない。

 あの時と同じ感覚になって「オヤコ」以外の読み方が浮かんでこない。

 えと、えと……

「ちゃんと、呼んであげないと、この子の眠りは、どんどん深くなっていくぞ」

 二丁目断層に言われると、それこそ頭の中に断層が生まれて、それが、ズンズン大きくなって、断層の向こうにあるはずの答えが遠のいていく。

 プルルルル プルルルル

 突然のベルに、その子以外のみんなが驚く。

「な、なんだ?」

 二丁目断層まで驚いたので、ちょっといい気味。

 フィギュアたちの陰に隠れていた黒電話が鳴ったんだ。

「もしもし」

 受話器を取ると、いつもの交換手さんが出てくる。

『その子はね「ちかこ」って読むんですよ(^▽^)』

 正解を教えてくれて、クスリと笑う交換手さん。

「どういう子なの?」

『それ以上は、二丁目断層さんに聞いてください』

 それだけ言って電話が切れる。

「ち、余計なことを……まあいい、そいつはチカコだ。わけあって、ずっとオレが面倒を見てきた。見ての通り眠り姫だけど、そろそろ目が覚める。覚めたら、やくも、おまえが面倒見てやるんだ」

「わたしが?」

「ああ、いろんなところに連れて行ってやって、親子が望むことをさせてやってくれ。親子の姿はお前以外の人間には見えない。時間と移動手段は、オレが面倒見てやるから、よろしく頼むぞ」

「頼むって……」

「まあ、付き合ってみれば分かる。頼んだぞ。今日は鯉のぼりを見せてやったり風呂掃除をしてやってくたびれたから、もう休む。じゃあな」

「あ、二丁目……!」

 手をヒラヒラさせたかと思うと、空気に滲むようにして二丁目断層は消えていった。

 キャ!

 フィギュアたちの悲鳴がして振り返ると、チカコは華奢な左手首に変わっていた。

 ヒ!?

 ひきつるような悲鳴が出てしまう。

 すると、左手首はピクピクと痙攣したかと思うと、二丁目断層と同じように空気に滲んで消えていってしまった。

 でも、二丁目断層と違って、気配だけは机の上に安らいでいたよ……。

 

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子
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ライトノベルベスト『小林イッサの憂鬱』

2021-05-18 06:41:08 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『小林イッサの憂鬱』  





「おーい、小林イッサの、む・す・め!」

 仁のバカタレが窓から囃し立てた。
 

 みんなが一瞬窓の仁とわたしを交互に見る。
 クスリと笑う子や、ひそひそささやく子もいたけど、シカトした。
 もうすぐこの学校ともお別れ。事を荒立てることもない。そう思って知らん顔、そう、それに限る。

 みなみは、この学校で何事もなく卒業できるだろう……ひそかに期待していた。

 みなみは、幼稚園のころから転校ばかりしてきた。お父さんの仕事がら、転勤のたびに転校させられてきたのだ。

 中学に入ってからは転校もなく、居心地も良いので、この中学校にずっと居たかった。ウザイのは、さっきの仁くらい。自分と同じ名前の主人公がドラマになり、それがヒットしてからは、友だちにも「仁」と呼ばれていい気になっている。
 性格は悪くないのだけど、どうにも子どもっぽい。まあ、中学生というのをどうとらえるかで、仁の評価は分かれるだろうけど、わたしのカテゴリーの中では……ガキだ

 あれは、中一の梅雨ごろだった。

 朝から雲一つない上天気だったので、みなみは傘を持たずに学校へ行った。ところが、昼過ぎから雲行きが怪しくなり、下校するころにはポツリポツリ。そして、バス停のところまで来たところで本降りになってきた。家まで三〇〇メートルほど。ずぶ濡れになりそうなので、バス停の小さな庇(ひさし)の下で雨が小降りになるのを待っていた。ワンマンバスが停まるので恐縮だった。
 そこに通りかかったのが、仁。一瞬通り過ぎて傘を押しつけてきた。
「……使えよ」
「いいよ、家すぐそこだから」
「使えって、小林が濡れんのに、中林がさしてるわけにいかないだろ……それに、おれ仁だし」
 そう言って、あいつは行ってしまった。

 それは、それでおしまいだった。

 ところが、その年の夏、大型の台風がまともにこの地方を通り、町は道が寸断され、川は氾濫。町役場から避難勧告が出された。そして、町の多くの人たちが、高台にある中学校に避難してきた。午後になって電気も停まってしまい、県知事は自衛隊に災害出動を要請。
 
 そして、やってきたのが、お父さんの部隊だった。

 中学校の校庭が派遣部隊のベースになった。

 部隊の大半は、避難地域の警戒に出動していったが、学校に残った隊員の人たちも、避難してきた人たちの面倒をよくみてくれた。中には体調を崩すお年寄りもいて、ヘリコプターで搬送したり、発電機の用意や、食料の配給までやってくれた。堤防の一部が決壊して、みんなが動揺したとき、部隊長のお父さんが体育館にやってきて、みんなを励ました。
「お父さんて、言っちゃだめよ」
 お母さんに言われていたので、まったく他人の顔をするのに苦労した。

 幸い、堤防の決壊は畑をかなりダメにしたけど、流された家もなく、怪我人もなく、この地方では比較的被害は少なくてすんだ。

 そう、それで済むはずだった……あの記事が新聞に載るまでは。

 その年、お父さんはS新聞の「国民の自衛隊員」に選ばれてしまい、町長さんも感謝状を渡すことになった。

 そして、わたしが、その部隊長小林二佐の娘だということが知れてしまった。

 おおむね、みんなの反応は良かった。あの仁はなんとなくおかしくなった。あいつは、あれでみんなに影響力のあるやつで、クラスの何人かの態度がよそよそしくなった。べつにイジメられたり、シカトされることはなかったけど、ちょっと寂しかった。

 でもって、今度お父さんは一階級昇進して転属することになった。

 台風で避難したとき、みんなを励ましたときのおとうさんは弁舌爽やかだった。みんなも勇気づけられ感心してくれた。だけど、お父さんは、取材にきた記者に余計なことを言った。

「名誉なことですが、小林イッサになってしまいました」

 このフレーズがウケて、新聞に、こういう見出しで載ってしまった。

『小林イッサの憂鬱』

 ……で。

「おーい、小林イッサの、む・す・め!」になったわけ。
 幼稚園のころから慣れた「おわかれの挨拶」をした。ただ、今回こまったのは、「ぜひ、全校集会の場で」と校長先生に頼まれたこと。
 で、わたしは全校の生徒や先生の前で挨拶することになった。
「……というわけで、わたしは、また転校することになりました。みなさんありがとうございました!」
 アイドルの卒業のように元気に挨拶……ところが、拍手に混じってすすり泣きが始まった。

――まいったなあ……。

 泣き出したのは、仁といっしょにヨソヨソだった女の子たち。
「……うちでは、小林イッサは禁句です。なんというか分かりますか?」
 すすり泣きが止み、みんなの注目が集まった。
「カーネルサンタって言うんです!」
 くすくす、笑い声が湧いてきた。
「カーネルって言うのは、英語で大佐の意味です。自衛隊じゃ一佐って言いますけど。そう、カーネルサンダースって言うのは、カーネル大佐って意味なんです。ま、フライドチキン揚げたり、そんなもんです。で、うちの父は三太って名前なんで、カーネルサンタです。アハハ……じゃ、みなさん、お元気で!」

 わたしは、その足でカバンを持って、校門を出た。
 後ろから、仁が思い詰めた顔で追いかけてきた。
「なあに?」
「…………………………」
「なによ?」
「……メールとかしていいか?」
「う、うん。いいよ」
「よかった、オレ、みなみに嫌われてんじゃないかって……」
「そんなことないよ。ほら、あのときだって傘貸してくれたじゃない」
「じゃ、オレ、メールする」
「じゃ……」
 わたしが、スマホを出しているうちに、あいつは行ってしまった。

 メアドの交換もしてないのに……。

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真凡プレジデント・86《戻ってきた!》

2021-05-18 06:25:11 | 小説3

レジデント・86

  《戻ってきた!》      

 

 

 お姉ちゃんと間違われて誘拐された。

 顔以外の背格好が似ているわたしが、お姉ちゃんの服を拝借して出かけたんだから間違えられても仕方ない。

 仕方ないというのは、間違えられたことで、誘拐が仕方がないということじゃない。

 お姉ちゃんが狙われてるって知ってたら、お姉ちゃんの服を拝借したりしないよ、まったく。

 犯人は、お姉ちゃんに恨みがあるテレビ局の関係者。もう掴まったり死んじゃったりしたけどね。

 幸運にもあくる日には発見されて、念のため一日だけ入院。

 異常なしで、あくる朝には退院した。

「でも、しばらくは通院してね」

 異常なしなのに、ドクターが条件を付けたのは、病気とか命に関わるようなものではないけど、常識では考えられない変化があったからだ。

 

 なんせ、戻ってきたら、体重が13キロしかなかったのだ。

 

「ごめん、まだ警報も出てないけど休むね」

 沖縄南方の海上で進路を変えた台風が、速度を上げてきて、今夜にも影響が出そうなんだ。

――うん、わかった。飛ばされないように柱にでも括りつけとくのよ――

 なつきに電話すると、真面目に言われた。

 一つ前の先月の台風で、表に出た女の人の腕からペットの犬が風で吹き飛ばされる動画を観た。

 犬は、あっという間に舞い上げられ、飼い主さんたちの悲鳴がした。一か月近くたった今でも犬は行方不明のままだ。

 13キロの体重じゃ、ほんとうに吹き飛ばされかねない。

 だから、台風の当たり年みたいな、この秋。警報が出るまえに学校を休むようになった。

 

 いいことって言うか、面白いこともある。

 

 体育でバレーボールをやると、ブロックの名人になった。

 軽い分だけ高く、それも素早くジャンプができるので、相手チームのボールを易々とブロックできるのだ。

 ただ、踏ん張りどころを、きちんと意識していないと、簡単にぶっ飛ばされてしまう。

 二三度、派手にひっくり返ったけど、隣や後衛の人がキャッチしてくれて事なきを得た。

 

 フライング真凡!

 

 そんなタッグネームを頂いたころ、体重が戻り始めた。

 今朝、朝シャンのあとに計ったら、五十パーセントまで戻ってきた。

 ゆうべ、秀吉さんの侍女になった夢をみた。妹のあさひさんの婚礼から始まって、後に家康さんの後添えになる為に離縁されるところまで……ご亭主の茂吉さん、一言も文句も言わないで疾走してしまった。

 茂吉さんの顔、思い出せない……思っているうちに目が覚めたんだ。

 

 わたしに限ったことではないけど、ティーンの女の子というのは見かけよりは重たい。

 だから、ティーンの体重と言うのは、ほとんど国家機密(^_^;)

 その五十パーセントなんだから、本人的には大いに満足!

 この分なら、来週には八十パーセントくらいには戻るだろう。

 

 満足すると、なにか人の為になることをやってみたくなる。あまりグダグダしていたらリバウンドするかもしれないしね。

 

 調子に乗ったわたしは、生徒会役員のみんなといっしょに○○県水害被害地のボランティアに行くことにしました!

 次回からは、そのお話をしたいと思います。

 

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
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誤訳怪訳日本の神話・40『オオモノヌシ・2』

2021-05-17 09:39:01 | 評論

訳日本の神話・40
『オオモノヌシ・2』  

  

 


 我を大和(奈良盆地)の東の山に奉れば国造りはうまく行くと宣言し、それを受けて大国主神はこの神を祀ることで国造りを促進したと古事記には記されています。

 奈良盆地の南に、揃って形のいい小さな三つの山があります。

 天香久山(あめのかぐやま) 畝傍山(うねびやま) 耳成山(みみなしやま)

 いずれも、標高200mに満たない単独の山で、山梨や長野など2000m級の山々が聳えている地方の感覚からは、丘に見える代物かもしれません。

 じっさい、大和三山は人工的に作られたものではないかという説があったぐらいです。

 この大和三山を含んだ奈良盆地の南部が飛鳥地方で、藤原京(平城京の前の都)ができるまで、古代大和朝廷が箱庭のように営まれていたところで、大和三山は鉄道模型のジオラマに置かれたように可愛い山です。

 

 春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣(ころも)ほすてふ 天の香具山    
  
             持統天皇

 

 持統天皇(聖徳太子の伯母さん)が宮殿の廊下を歩いていたら、宮殿の軒端に普通に見えているような近所の山です。

 その、大和三山から東北に行った山地と盆地の間にあるのが三輪山です。きれいな三角錐の山で標高461mですから、高さでは大和三山の倍以上、ざっと見た大きさは数倍に感じます。

 つまり特別に立派な山なんですね。

 この、特別で立派な山を依り代として迎えたのですから、大物主(オオモノヌシ)と言うのは、その名前の通り大物として扱われたのでしょう。

 麓には大神神社(おおみわじんじゃ)があって、今でも三輪山をご神体とする別格の神社としてあがめられております。

 古事記には、こんなエピソードが書かれています。

 三嶋湟咋(みしまのみぞくい)の娘の玉櫛姫に一目ぼれしたオオモノヌシは丹塗りの矢に化けて、用を足していた玉櫛姫のホトを突いてびっくりさせます。姫は、その矢を持って帰ると(なんで、持って帰るんでしょうねえ(^_^;))、その矢は麗しのイケメンくんになって、めでたく二人は結ばれます。のちに女の子が生まれて、その子が長じて神武天皇の后になります。

 もう一つは箸墓古墳にまつわる話です。

 倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)という早口で言ったら舌を噛みそうな姫神さまがいました。この姫の元に夜な夜な通ってくる男神がいたのですが、この男神は、ぜったいに姫に姿を見せません。

「ねえ、一度でいいから、明るいところで姿を見せてくれないかしら」

 寝床の中で、姫は男神にねだります。最初は「無理!」とか「ありえねえ!」とか断っていましたが、姫の熱意にほだされて約束をしてしまいます。

「じゃ、正体見ても、ぜったい驚いちゃダメだぜ」

「うん、たとえ化け物でも驚かないよ(#・ω・#)!」

「じゃ、朝になったら、枕もとの小物入れを覗いてみろよ」

「うん、分かった!」

 まあ、姫は、どこか腐女子的なところがあって、少々の事なら夏コミの同人誌的展開になっても驚かない自信があったんでしょう。

 朝になって目覚めると、さっそく姫は枕もとの小物入れを覗いてみます。

「どれどれ……え? あ? あ? キャーーーーー!!」

 電気が走ったように、姫は驚いてのけぞってしまいます。

 小物入れの中には、一匹の白蛇が蟠っていました。

 で、悲劇が起こります。

 のけぞって尻餅をついた姫のお尻の下には箸が置いてあって、それが姫のホトに突き刺さって、姫はあえなくも亡くなってしまいます。

 そして、この倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)が葬られたのが、大和盆地でもかなり早い時期に造られた前方後円墳だと言われる箸墓古墳であります。

 倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)は七代孝霊天皇の皇女ということになっていますが、箸墓古墳の被葬者は卑弥呼という説もあって、いずれにしろオオモノヌシが特別な神さまとして扱われていることが偲ばれます。

 しかし、玉櫛姫といい倭迹迹日百襲姫命といい、Z指定の死に方ですねえ。

 ゲームなどで、こういう描写をしたら、確実に問題になります。ホトという言い方も教科書ではNGワードになっていて、日本神話を教科書に載せられない、小さな言い訳の一つにされています。

 とにかく、オオモノヌシは、スクナヒコナと並んでオオクニヌシの国造りの柱石になった神であります。

 二人とも、海の向こうからやってきたということで、朝鮮半島からやってきたという学者もいます。

 そんな検証をするような知識はありませんが、オオクニヌシの政権は、けして独裁ではなかったことを示しているように思います。

 日本海側のさまざまな勢力の女神とのロマンスやスクナヒコナやオオモノヌシのエピソードが物語るように、妥協と協調によってできた政権のように思います。

 日本と言うのは、神話の時代から、どこか、みんなで話し合ってとか力を合わせてという印象があって、わたしは好きです。
 スサノオが高天原で大暴れして、ブチ切れたお姉さんのアマテラスが天岩戸に隠れた時も、天安河原(あめのやすかわら)に大勢の神さまが集まって相談しました。そして、アメノウズメやタヂカラオなどが役割分担してアマテラスを引き出すことに成功していましたね。一芸にだけ秀でた神さまがたちが大汗かいて協力している姿は、何度読み返しても微笑ましいですね。

 玉櫛姫と倭迹迹日百襲姫命は恥ずかしい死に方をしますが、歴史的には、男の歴史的人物で、もっとすごいのがあります。

 上杉謙信の急死は、大きい用を足している時に、武田の間者によって下から串刺しにされたというのがあります。

 大河ドラマで上杉謙信をやることになった有名俳優が引き受ける前に、死に方の確認をしたという、それこそ有名な話があります。脱線しすぎますので、それについては深入りはしません(^_^;)。

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ライトノベルベスト『ジュリエットからの手紙・2』

2021-05-17 06:10:56 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『ジュリエットからの手紙・2』  
 

 

 

 ジュリエットに手紙を出してみることにした。

「どうしていいか分からない」ということを主題に、長い手紙を書き、そのジュリエットのポストに投函しようとしたのは、ポストを発見してから、十三日目だった。

「あ……」

 思わず声が出てしまうところだった。黒いエプロンをしたオネエサンが、ポストの取りだし口から、手紙を取りだしていた。
「……あ、ごめん。このポストは、うちのお客さん専用なの」
「専用……って?」
「うち、ヴェローナって、イタリアンレストラン。で、サービスでやってんの」
 オネエサンは呆然としたわたしに説明してくれた。
 
 イタリアのヴェロ-ナには、ジュリエットの屋敷というのが、本当にある。そして毎年四万通あまりの恋の悩みを綴った手紙が寄こされ、ジュリエットの秘書と言われるオネエサン達が、その手紙に返事を書いてくれている。で、イタリアンレストランのヴェローナは、お客さんへのサービスとして、店の裏にポストを営業時間である夜間に設置して、まとめてジュリエットの事務所に送っていることを。

 そして、あまりにしょげかえっているわたしに「特別にあなたのも預かってあげようか」と言ってくれたけど、真剣に悩んでいるわたしは興ざめだった。
「いいえ、けっこうです」
 わたしの悩みは、シャレや冗談じゃなかった。こんなおとぎ話みたいなものを信じた自分が、アホらしく、情けなく思えて、手紙はシュレッダーになった気持ちで、公園でビリビリにして捨てようと思った。
 ゴミ箱の近くにいくと、マッチ箱が落ちていた。普通のマッチの倍くらいの大きさで、ラベルは横文字。
 破るよりは、灰ににしてしまった方がいい。そう思って、マッチを擦って手紙に火を付けた。

 思いの外、煙がたち、その煙は人の背丈ほどのところでワダカマリ、そして……人の姿になった。

「あ……あなたは」

「ジュリエット」

 そう、ジュリエットだった。

 ブルネットの髪を大きな三つ編みにして背中に垂らし、スカートの切り返しの位置が高く足が長く見えるオレンジ色を主体にしたドレスは、DVDで観た、ジュリエットそのものだった。
「あなたの気持ちは分かったわ、お返事は、あなたのお部屋の机の上に置いておくわね」
「ちょっと待って。本物のジュリエットさんなら、直接お話したいわ!」
 わたしは、ジュリエットのドレスの、長い袖を掴んだ。
「気持ちは分かるけど、お手紙で返すことは決まりだから……でも、あなたのは秘書に任せずに、わたし自身が書くから。ね……」
 ジュリエットは、そう頬笑みながら言ったかと思うと、数秒で煙りになって消えてしまった。
「今の、なんだったんだろう……」

 わたしは、狐につままれたような気持ちで家に帰った。
「お帰り」というお母さんの声にろくに返事もできなくて、わたしは自分の部屋のドアを開けた。

「え……うそ!?」

 机の上には、赤いロウで封緘(ふうかん)した手紙が載っていた。
 手紙の表紙には、わたしの名前だけ。裏をかえすと、ジュリエットの署名。
 わたしは、震える手にレターナイフを持って封緘を解いた。

――お気に召すまま――

 手紙には、それだけが書いてあり、あとは、ジュリエットと(多分イタリア語)サインがあるだけ。

 ガックリきたけど、念のため封筒を逆さに振ってみた。三本のタグの付いた赤い糸が出てきた。三本の内、二本のタグには、名前が書いてあった。「杉本」と「稲葉」と……。

 わたしは「稲葉」と書かれた赤い糸を手にした。

 すると、部屋の中は、白い霧のようなもので一杯になり、赤い糸は、その霧の彼方に繋がっていた。
 わたしは、糸を小指に絡めて、その先をたどった。六畳しかない部屋は限りなく広くなっていて、いくら、その糸をたぐっていっても際限がなかった。そして五分ほどたぐっていくと、急に赤い糸に手応えが無くなり、糸は力無く落ちて赤黒く枯れたようになってしまった。

 そして、部屋は、いつものわたしの部屋に戻っていた。

 わたしは、二本目の「杉本」というタグのついた糸をたぐってみたが、結果は、稲葉さんと同じだった。
 ため息一つして、三本目の糸を手にした。そのタグには何も書かれてはいなかった。
 この糸は、五分たっても手応えが消えることはなかった。

 そして、十分ほどたぐったところで、それが見えた……。

 霧のむこう、ほんの五メートルほど先に、その人が見えた。霧のために、ボンヤリとしたシルエットしか見えなかったけど、ほのかな横顔と、なんとなくの人格が感じられた。
 そして、そこで、糸の手応えが無くなった。さっきと同じように、自分の部屋には戻ったけど、糸はちゃんと赤いままで、その端は窓枠に繋がっていた。わたしは、その先が知りたくて、窓に手をかけた瞬間、その糸は消えて無くなってしまった……。

 明くる日は、珍しく朝寝坊してしまい、牛乳を飲んだだけで、家を飛び出した。近道の「く」の字の道を通っって、駅前に出たとたん、斜め後ろからきた人がぶつかっていった。
「ごめん」
 その人は、そのまま駅の改札に飛び込んで消えた。
 その人の横顔は夕べ見た、その人によく似ていた。なんとなくの人柄も、その人のそれだった。
 でも、その人の後ろ姿は、S高ともY高とも分からないそれ。二つの高校は、よく似ていて、後ろ姿では、まるで分からない。
 そして、この駅は、S高、M高に通う生徒がもっとも多く。個人を特定することはほとんど不可能だった。
 で、ノンコが学校で教えてくれた。
「人数は少ないけど、A高やB高なんかM高に似てる、後ろ姿では、どの学校か分からないけどね」

 わたしの赤い糸の先、ジュリエットと、わたしの直感でしか分からない……。

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真凡プレジデント・85《日向守失踪》

2021-05-17 05:58:50 | 小説3

レジデント・85

《日向守失踪》        

 

 

 もとより我らは羽柴家の藩屏でござる。

 

 静かに、しかし凛とした声音で茂吉……いや、日向守さまはおっしゃった。

 佐治家の書院に通され、あさひさんを離縁して家康さんに嫁がせるという秀吉さんの考えを伝えた。

 いくら秀吉さんの考えとは言え、日向守さまにはお辛い話に違いない。

 二十年以上連れ添った恋女房と別れてくれろと、藪から棒に言ったのだ。

 それを顔色も変えずに聞き終ったあとで、まるで生まれつきの名家の当主のように、あるべき応えをなさった。

「羽柴家、天下万民のためであれば、この日向に否やはござらぬ。さすがは天下の太平を祈念して止まざるお方でござる。さすれば、あさひには某から申し伝えまするによって、暫時これにてお待ち下され」

「日向守さま」

 石田さんが声をかけ、立ち上がりかけた日向守さまは静かに座り直された。

「主秀吉は、こたびのことで日向守さまに五万石の加増をなされます」

「よかった……」

 

 ちょっと意外。

 日向守さまにはお辛い話であるはずなのに、うすく笑みさえ浮かべて「よかった……」はないだろう。

 

「加増の話を先にされておれば、この佐治日向守は五万石目当てに離縁すると思われるところでござった。義兄上さまのありがたいお申し出なれど、加増の儀は平にご容赦をとお伝え下され。されば、暫時中座いたしまする」

 軽く頭を下げると、日向守さまは奥に下がられた。

 

「感服いたした……」

 

 石田さんが、珍しく素直に感動している。

 わたしとすみれさんはショックだ。

 秀吉さんは、天下人になりかけた今でも、丸出しの尾張言葉で、口の悪い大名たちは「禿鼠のくせにみゃーみゃー鳴きよる」などと陰口を叩いている。それを気にもかけない秀吉さんも偉いけど、茂吉さんのキチンとした大名としての風格……わたしたちにはショックだ。

「これは五万石では足りない、八万石は用意して差し上げねば……」

 石田さんは、聡明な頭脳で羽柴家の領地を頭に浮かべ、八万石をひねり出す算段にかかった。

「……よし、これでなんとかなろう」

 石田さんが膝を叩いた時、奥の方から尾張弁で諍う声が聞こえてきた。

 

「あれは……」

 

 すみれさんが顔色を変える、石田さんは腕組みして目をつぶった。

 少しあって、御家老さんが現れた。

「御台所様も合点為されましたよし、お伝えするように仰せつかってまいりました」

 それだけを述べると、御家老さんは蛙のように平伏した。

「承知いたしました」

 すみれさんが短く返答して、我々は退出。

 

 大坂城の天守が四天王寺の甍の向こうに見えたころ、ふと、不思議になった。

 

「日向守さま……どんなお顔をなさっていたかしら?」

「尾張の名家佐治家当主として相応しい武者ぶりでございましたよ」

「それは……」

 石田さんの感心ぶりは分かっている、立派なお殿様ぶりだった。

 でも、お殿様ではなく、茂吉さんとしての顔……思い出せない。

 

 帰城して報告すると秀吉さんは金扇をハタハタさせながら感心し「茂吉には十万石をくれてやろう!」と叫んだ。

 

 二月がたち、あさひさんが家康さんに輿入れすると、日向守さまは忽然と屋敷から姿を消した。

 家来たちを始め羽柴家からも捜索の人数が出たが、摂河泉のお膝元はもとより、尾張まで足を延ばした者たちも見つけ出すことはできなかった。

 佐治家は、先代当主の血筋の若者が後を継ぎ江戸期一杯を大名として続き、後年、養子に入った者が日本有数の洋酒メーカーを起こした。

 

「さ、つぎ行きましょうか」

 ビッチェに戻ったすみれさんが明るく言って、この時代から去ることになった。

 あ……

 去り際に、一瞬日向守の顔が浮かんだ気がしたけど、昼寝の夢のように儚く、きちんと像を結ぶ前に消えてしまった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号

 

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