大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『小林イッサの憂鬱』

2021-05-18 06:41:08 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『小林イッサの憂鬱』  





「おーい、小林イッサの、む・す・め!」

 仁のバカタレが窓から囃し立てた。
 

 みんなが一瞬窓の仁とわたしを交互に見る。
 クスリと笑う子や、ひそひそささやく子もいたけど、シカトした。
 もうすぐこの学校ともお別れ。事を荒立てることもない。そう思って知らん顔、そう、それに限る。

 みなみは、この学校で何事もなく卒業できるだろう……ひそかに期待していた。

 みなみは、幼稚園のころから転校ばかりしてきた。お父さんの仕事がら、転勤のたびに転校させられてきたのだ。

 中学に入ってからは転校もなく、居心地も良いので、この中学校にずっと居たかった。ウザイのは、さっきの仁くらい。自分と同じ名前の主人公がドラマになり、それがヒットしてからは、友だちにも「仁」と呼ばれていい気になっている。
 性格は悪くないのだけど、どうにも子どもっぽい。まあ、中学生というのをどうとらえるかで、仁の評価は分かれるだろうけど、わたしのカテゴリーの中では……ガキだ

 あれは、中一の梅雨ごろだった。

 朝から雲一つない上天気だったので、みなみは傘を持たずに学校へ行った。ところが、昼過ぎから雲行きが怪しくなり、下校するころにはポツリポツリ。そして、バス停のところまで来たところで本降りになってきた。家まで三〇〇メートルほど。ずぶ濡れになりそうなので、バス停の小さな庇(ひさし)の下で雨が小降りになるのを待っていた。ワンマンバスが停まるので恐縮だった。
 そこに通りかかったのが、仁。一瞬通り過ぎて傘を押しつけてきた。
「……使えよ」
「いいよ、家すぐそこだから」
「使えって、小林が濡れんのに、中林がさしてるわけにいかないだろ……それに、おれ仁だし」
 そう言って、あいつは行ってしまった。

 それは、それでおしまいだった。

 ところが、その年の夏、大型の台風がまともにこの地方を通り、町は道が寸断され、川は氾濫。町役場から避難勧告が出された。そして、町の多くの人たちが、高台にある中学校に避難してきた。午後になって電気も停まってしまい、県知事は自衛隊に災害出動を要請。
 
 そして、やってきたのが、お父さんの部隊だった。

 中学校の校庭が派遣部隊のベースになった。

 部隊の大半は、避難地域の警戒に出動していったが、学校に残った隊員の人たちも、避難してきた人たちの面倒をよくみてくれた。中には体調を崩すお年寄りもいて、ヘリコプターで搬送したり、発電機の用意や、食料の配給までやってくれた。堤防の一部が決壊して、みんなが動揺したとき、部隊長のお父さんが体育館にやってきて、みんなを励ました。
「お父さんて、言っちゃだめよ」
 お母さんに言われていたので、まったく他人の顔をするのに苦労した。

 幸い、堤防の決壊は畑をかなりダメにしたけど、流された家もなく、怪我人もなく、この地方では比較的被害は少なくてすんだ。

 そう、それで済むはずだった……あの記事が新聞に載るまでは。

 その年、お父さんはS新聞の「国民の自衛隊員」に選ばれてしまい、町長さんも感謝状を渡すことになった。

 そして、わたしが、その部隊長小林二佐の娘だということが知れてしまった。

 おおむね、みんなの反応は良かった。あの仁はなんとなくおかしくなった。あいつは、あれでみんなに影響力のあるやつで、クラスの何人かの態度がよそよそしくなった。べつにイジメられたり、シカトされることはなかったけど、ちょっと寂しかった。

 でもって、今度お父さんは一階級昇進して転属することになった。

 台風で避難したとき、みんなを励ましたときのおとうさんは弁舌爽やかだった。みんなも勇気づけられ感心してくれた。だけど、お父さんは、取材にきた記者に余計なことを言った。

「名誉なことですが、小林イッサになってしまいました」

 このフレーズがウケて、新聞に、こういう見出しで載ってしまった。

『小林イッサの憂鬱』

 ……で。

「おーい、小林イッサの、む・す・め!」になったわけ。
 幼稚園のころから慣れた「おわかれの挨拶」をした。ただ、今回こまったのは、「ぜひ、全校集会の場で」と校長先生に頼まれたこと。
 で、わたしは全校の生徒や先生の前で挨拶することになった。
「……というわけで、わたしは、また転校することになりました。みなさんありがとうございました!」
 アイドルの卒業のように元気に挨拶……ところが、拍手に混じってすすり泣きが始まった。

――まいったなあ……。

 泣き出したのは、仁といっしょにヨソヨソだった女の子たち。
「……うちでは、小林イッサは禁句です。なんというか分かりますか?」
 すすり泣きが止み、みんなの注目が集まった。
「カーネルサンタって言うんです!」
 くすくす、笑い声が湧いてきた。
「カーネルって言うのは、英語で大佐の意味です。自衛隊じゃ一佐って言いますけど。そう、カーネルサンダースって言うのは、カーネル大佐って意味なんです。ま、フライドチキン揚げたり、そんなもんです。で、うちの父は三太って名前なんで、カーネルサンタです。アハハ……じゃ、みなさん、お元気で!」

 わたしは、その足でカバンを持って、校門を出た。
 後ろから、仁が思い詰めた顔で追いかけてきた。
「なあに?」
「…………………………」
「なによ?」
「……メールとかしていいか?」
「う、うん。いいよ」
「よかった、オレ、みなみに嫌われてんじゃないかって……」
「そんなことないよ。ほら、あのときだって傘貸してくれたじゃない」
「じゃ、オレ、メールする」
「じゃ……」
 わたしが、スマホを出しているうちに、あいつは行ってしまった。

 メアドの交換もしてないのに……。


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