真凡プレジデント・87
特に高尚な使命感とかがあってのことじゃない。
三連休が終わって最初の授業。
「うそ、火曜日?」
魂が抜けていきそうな半開きの口から間抜けな言葉を吐くなつき。たった今までホチクリ食べていたスナックの欠片が鼻の下の産毛に引っかかって、ヒラヒラ揺れているのも間抜けさを際立たせている。
「どーしよーーー、月曜とばっか思ってたから国語の教科書ロッカー……」
黒板上のスピーカーは、ブーーーと虫のように唸っている。本鈴の直前にアンプのスイッチが入った音だ。取りにいったら確実に授業遅刻するだろう。
この間抜けに、どう忠告してやるべきかと思っているうちに本鈴のチャイムが鳴った。
キンコーンカンコーン キンコーンカンコーン……
先生が、直ぐに来るわけでもないのだけども、教室はソワソワしている。え、マジー!? 聞いてねえよ! 信じらんない! 等々の声が聞こえる。
どうやら三連休明けの間抜けはなつきだけではなかったようだ。
待つこと数分、人によってはアタフタの数分がたって、教室前のドアから入って来た先生に、クラスの半分が戸惑った。
え? え? なんで? てか、まちがってね?
入って来たのは、日本史の担当にして生徒会顧問である藤田先生なのだ。
火曜の一時間目は国語の授業で、担当は……すぐには名前の出てこない講師の女先生だ。
そのことには驚かない。連休前の担任の説明をちゃんと聞いていたから。
でも、藤田先生が来るのは想定外だ……あ、女先生が休みで、藤田先生は自習監督に来たんだ。
「よかったな、どうやら自習だぞ」
なつきを安心させて、読みかけのラノベを教科書の下に忍ばせたところで先生が口を開いた。
「担任から聞いてると思うが、国語の奥田先生がお辞めになったので、今日から僕が授業をする……不思議かもしれんが、僕は国語の免許も持ってるんでな。日本史と合わせて週に五回も面突き合わせるのは嫌かも、いや、嫌に違いないが、これも運命だと諦めて欲しい……おやおや、教科書の出てない奴がずいぶんいるようだが……月曜と間違えたあ?」
「ロッカーに取りに行かせてください!」
お仲間が多いのに勇気づけられて、なつきが手を上げた。
「う~ん……どうしてくれようかなあ……」
藤田先生は、こういうことを頭から叱る先生じゃない。この、授業の雰囲気がまるでないクラスのテンションをどうしようかと、腕組みして思案しているのだ。付き合いの長いわたしには分かる……と、気が付いた。
先生の組んだ腕が異様に日焼けしているのだ。
「先生、その日焼けは、どうしたんですか?」
わたしが思っていたことを綾乃に先回りされた。
「え、ああ、これか」
イタズラを見つかった子どものように、腕を撫でると、ため息一つついて、先生は語りだした。
授業は成立しそうにないので、いわゆる余談で時間を消化しようと決心したんだ。
「実は、連休中は水害被害のボランティアに行っていてなあ……」
意外な展開になって来た……。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女
- コウブン スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号