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カンが当たったというほど大そうなものじゃない。
顧問の小暮先生に、学校来るなり呼び出された。
予想はしていたので、8時前には学校に着いていた。
「妙子、ほんとに主役降りるの!?」
これも予想はしていたけど、ゲンナリくる。
教師って、どうして、こう自分の思い込みで判断するんだろ。
「県大会で最優秀獲ったんだよ! 個人演技賞と創作戯曲賞も獲ったんだよ! それが地方大会を前に辞めるかあ!?」
「そういう約束でしたから。先生もご承知してくださっていると理解していました」
あたしは、頭に来ると言葉遣いは丁寧に、態度は冷静になってくる。これが教師のカンに障ることも知っている。でも、癖だから仕方ない。
「あんなの、だれも承知なんかしてないわよ! コンクールで最優秀獲って辞めるバカなんかいないわよ!」
「ちゃんと美優ちゃんにアンダスタディー(代役)やれるように仕込んであります」
「妙子が主役じゃないと務まんないの!」
この間、小暮先生は、どんなにあたしの演技が素晴らしいか、台本が良く書けてるか(小暮先生の創作)を喋り倒した。
「失礼ですけど、あの作品には血が通っていません。行動原理も思考回路も人間離れしています」
あたしは、説明を省略して、結論だけ言った。カンに障るだろうな……とは思ったけど、予鈴が鳴っていたから仕方ない。
二時間目の休み時間に美優に確認した。
「言った通り、あたしは降りるから。代役は美優。承知してるよね?」
「はい……でも、小暮先生が……」
「小暮のオバハンなら、あたしがなんとかするから。よろしく頼んだよ!」
四時間目が自習で、小暮先生は授業がなかったので「呼び出されるだろうな……」と予想。
当たった。
「どこが血が通っていないのよ!? 行動原理、思考回路が人間離れしてんのよ!?」
「あれは、最後の和解のカタルシスのために用意した嘘ばかりだからです」
「ど、どこに嘘があるって言うの!?」
「バイトしてたことをネタに脅かします? それも、今時牛乳配達ですよ。それも母子家庭の経済的な理由がもとで。万一バレても、こんなので退学にするような学校ありません。なにかモチーフになるような事件があったんですか?」
「イジメの問題は、今の学校の病理なのよ。それをビビットに描くためには、あれくらいの条件設定が必要なの!」
「つまり、そこが嘘なんです。先生のお作は、その点で血が通っていません。あそこから自殺にもっていくには無理があります。イジメはたしかにあります(いま先生がやってることもイジメだけどね) もっと巧妙で陰湿です。で、99・999%の生徒は死なずに堪えています。高校生の死を問題にするなら、交通事故死です。高校生の死因の一番ですから。検索すれば一発で分かります。なぜ取り上げないか。普通すぎてニュース性がないからです。高校生が交通事故で死んでも、新聞にも出ないのが実情です。イジメの自殺は珍しいからニュースになるんです。だから先生は飛びついた」
「でも、等身大の高校生と、教育現場の実情がよく描けてるって、審査員の先生もいってたでしょ?」
「え……先生、本気にしてるんですか? 審査員は学校に関しては素人ですよ。あたしたち生徒や先生が、学校に関してはプロです。ちがいますか? それが、あんな評もらって恐れ入っちゃうんですか? それは、先生が、賞を欲しいと思った気持ちが目をくらませたんだと思いますよ」
「あ、あのね……!?」
「死んだ幸の遺書に名前が書いてあったからって、狙い撃ちで呼び出したりしませんよ。百歩譲って幸が自殺したとしても、学校がまずやるのは全校集会とアンケート、保護者説明会です。それやってから、遺書に書いてあった子を他の生徒に混ぜて面談します。親への連絡はそれからです。ここの教師の思考回路と行動原理、人間じゃないですね。だいたい加害者と思われる生徒の親たちを一つの部屋に集めるなんてしません。で、加害者の子たちが一切登場しません。加害者の子たちの心に葛藤がなきゃドラマって言えないと思います」
「あのね……」
「二等賞の『三人姉妹』の方が、よくまとまっていたし、出来も良かったです。創作劇の甘やかしすぎです。滅びますね高校演劇」
「わ、分かったわよ。せっかくチャンスをあげようと思ったのに……あんたなんかクビよ!」
「間違わないでください。わたしが辞めたんです。辞めた者をクビにはできませんでしょう」
まあ、大まかには、こういう話。
あたしはちゃんと、その間にお弁当も食べた。むろん小暮先生におことわりはしたけど。
案の定、放課後には、妙子の無礼者ということで学校中に評判がたった。勝手に弁当食べながら屁理屈を並べたということになっていた。
――演劇部辞めたってほんと? 俺、心配してるから!――
もう一つウザイのからメールがきた。
今日はカンカンカンの火曜日だから、こいつのことは明日以降。
あああ、メンドイ!!