ライトノベルベスト
手際よくパラシュートをたたみ、ジャンプスーツを脱ぐと素敵なオネエサンが現れた。
「ジャンプスーツの下だったんで、あんまりフォーマルな格好でなくてすみません」
茜色のミニワンピ。ヘルメットを取ると、ブルネットの髪がこぼれるように溢れ出た。仕上げにゴーグルを外すとそこには、あらかじめ知らされていなければ、とても74式(74年生まれの40歳)には見えないハツラツとした笑顔が咲いている。
「蟹江幸子です。こんな席は初めてなもんで、どうぞよろしく。西住陸曹長」
幸子さんが、握手の手を出した。啓子伯母さんがスカートの裾当たりに注意を喚起した。
「あら、やだ。着慣れないもの着てきたから……」
ミニのワンピの裾がジャンプスーツのために数センチめくれ揚がり、右後ろの太ももが露わになっていた。同性のあたしがみても、それは健康的にセクシーでいけていた(^_^;)。
「自分こそ、こんな場に慣れておりませんので、官服で失礼します。西住平和陸曹長です」
文句でも言ったらどうしようかと思ったんだけど、硬いながらもまっとうな挨拶をしてくれたので一安心した。
「すごいですね、ご主人には聞いていたけど、立派な61式ですね」
つづく言葉は期せずして、お父さんへの間接的な誉め言葉になった。
「レプリカで細部に微妙な違いはありますが、お義父さんが丹精こめられましたので、ほぼ本物です」
「頑丈な装甲、強い大口径の主砲、そして速力。戦車は、この矛盾した三つの要素を兼ね備えなくちゃならない、無骨なわりに難しい兵器ですものね。この61式は、第一世代の戦車としては出色の出来ですね。初期加速(加速性能0-200mまで)が25秒。これは第三世代の現役戦車にも引けを取りませんものね」
「ええ、訓練時でも、坂を下ってくる61式には気を付けろと、普通科では言われたものです」
「それが実戦に一度も使われずに全車退役。素敵なことですね。あたしは戦場カメラマンでしたから、何両も破壊され擱座した戦車を見てきましたが、こうやって無事に退役した戦車を見るとホッとします……あ、レプリカでしたよね。アハハ、あたしってなに感傷に耽ってるんだろ」
「いやあ、そこまで戦場を見てこられたあなたに思って頂けたら、戦車屋の冥利に尽きますなあ」
お祖父ちゃんが嬉しくなってきた。
「蟹江さんは、なぜ、こんな……」
さすがにお父さんも言い淀んだ。
「見合いをする気になったか。寄りにも寄って、こんなロートルと……ですか?」
「はい」
「啓子さんのご主人に言われたんです。戦場カメラマンとしても先輩ですけど、人生経験では、もっと先輩。猪田さん、こうおっしゃったんです……」
「あの人がなんて?」
「君はなんのために戦場カメラマンをやってるんだって」
「あたしが、あの人に聞いてやりたいわ」
「あたしは、こう答えました『世界には、こんなところがあるんだ。それを知ってもらうため』って。すると、猪田さんは、こうおっしゃいました『キザに言えば人類のためだね』 あたしは素直に頷きました」
「あの人らしいわね……」
「そのあとの言葉にガツンときたんです『それなら、君には他にやれることがある。それもそろそろ限界。ボクはとっくにダメにしてしまったけど』って」
「あの人が、そんなことを……」
あたしは、ピンと来た。伯父さんは取材中の怪我が元で、子どもが作れない体になっていた。いろんなやり方で人工授精も試してみたが、うまくいかないまま伯母さんが妊娠には危険な年齢になってしまった。養子も考えたが、伯母さんは、やっぱり伯父さんとの間に生まれてくる子を望んだ。それを踏まえて、後輩の74式の英子さんに忠告したのだ。
「分かりました。お義兄さんの気持ち、幸子さんの気持ち。でも、一つ聞いて良いですか?」
「はい?」
「どうして相手が、自分だったのですか?」
「それは、猪田さんの薦めがあったこと。まず人物について説明を受けました。そして、お写真を見せていただきました。それで、この人ならOKと50%思いました」
「で、現物見てどうだった!?」
啓子伯母ちゃんが身を乗り出した。
「思った通りの方です。そして、決定打は……」
幸子さんは、あたしに目を向けた!
「こんなにいいお嬢さんをお育てになって、あたしにとっての、何よりの確証です!」
幸子さんは、大きな笑顔をあたしに向けると、いきなりハグしてきた。
こうして、61式のお父さんと、74式の幸子さんは結ばれました。
で、この話にはオマケがついています。
なんと、アリバイであったはずのあたしと、武藤先輩の婚姻届も同時に受理されてしまったこと。なにかのミスか故意か。ま、どっちにしろあたしたちも異存はありませんでした。
ただし、世間への公表と実質的な結婚生活は、あたしが卒業してからという条件付きではありましたが……。
61式 完