「それは、わたしが……」
拓美は、言い淀んでしまった……。
潤が、困ったような、すがりつくような目で見ている……拓美は、一呼吸すると決心して語り始めた。
「わたし……マユじゃないの」
「え……?」
あとの言葉が続かなかった。
これを言ったら拓美は、もうマユのアバターの中には居られないような気がした。ドアの通風口のスリットを通して、病院の微かな日常音が聞こえてくる。患者や病院関係者の足音、密やかな話し声、ストレッチャーや車椅子の音、それは現実の時間が確実に流れていることを拓美に教える。
「わたしは、浅野拓美。幽霊よ……」
「え……」
「わたし、AKRの最終オーディションの前に、交通事故で死んだの。でも、死んだことに気づかなくて、最終選考のオーディションまで来てしまって……そこで、マユちゃんに見破られてしまって、やっと自分が死んでいることに気づいたの……まだ、驚かないでね、話は、まだまだなんだから」
潤は、どう受け止めていいか分からずに、動揺した目で、拓美を見ている。
「マユって子は……特殊な能力があって、それに気づいて見破った。で……一度は諦めたんだけど……諦めるって、あの世に逝くってことだけどね。わたし、どうしてもアイドルになりたかった。自分の力と運を試したかった。そうしたらマユは、自分の……この体を貸してくれたの」
「し、信じられません。マユさんは、クララさんなんかと同じ一期生で、わたしたちの憧れでした。急に別人だなんて……」
「わたしの本当の姿を見せてあげる」
拓美が、部屋の姿見を指差した……そこには、マユのアバターではなく、拓美本来の姿が映っていた。
「こ、これが拓美さん……」
「そう、AKRは、本当は48人。わたしに関する記憶は、マユが全て消し去って、わたしに、この体を貸してくれた。だからAKRは47なのよ」
潤は、マジマジと、姿見の拓美本来の姿と、マユのアバターに入った拓美の姿を見比べた。
「拓美さん、本来の姿の方が可愛い……」
遠く離れた神楽坂のスタジオで、マユの今のアバターである仁科香奈がクシャミをした。さすがの小悪魔も、このクシャミの理由までは分からなかった。
「ありがとう潤」
「……でも、マユ……拓美さん、どうして、こんな話してくれたんですか?」
「なにか刺激的な話をして引き留めておかないと、潤は、向こうへ逝ってしまうから」
潤は、初めて気がついた。自分の頭の上に、かすかな光の渦が来ていて、自然に自分が、そこに引き込まれつつあることに……放っていれば、階段を上り、屋上に出て、その渦の中にまきこまれていったであろうことを。
「わたし、死ぬところだったんですね」
「そう……あの光の渦に飲み込まれてね。そうでなきゃ、わたしみたいに、死んだことも自覚しないで、この世をさまよっていたわ」
「ありがとうございます」
「いいの、これで潤は、死なずにすむ。念のため、このマユのアバターの力を少し分けてあげるわね……」
拓美は、自分の胸に手をやると、握り拳ほどの光の玉を潤の胸に押し当てた。潤はホワっと体が温まるのを感じた。頭の上の光の渦は、小さく、遠くなっていってしまった。
「もうこれで潤は生き返る。さあ、自分の体に戻りなさい」
「はい」
「それと……わたしが拓美だってことは、しばらく黙っていてね。人に知られてしまったら、わたしは、もう、このアバターに憑いていることができなくなるから」
「絶対言いません。だって、拓美さんが、命がけで助けてくださったんですから」
「ほらほら、わたしは拓美じゃなくてマユ。AKR創立以来の選抜メンバー出昼マユなのよ」
「は、はい。マユさん!」
元気よく返事をすると、潤はゴムひもで引っ張られたように、自分の体に戻っていった。
――人に話してしまった。もう、このマユのアバターにも長くは居られないだろう。
拓美は、そう思ったが、「これでいいんだ」と言う自分が芽生え始めていることに、初めて気づいた……。
潤が、困ったような、すがりつくような目で見ている……拓美は、一呼吸すると決心して語り始めた。
「わたし……マユじゃないの」
「え……?」
あとの言葉が続かなかった。
これを言ったら拓美は、もうマユのアバターの中には居られないような気がした。ドアの通風口のスリットを通して、病院の微かな日常音が聞こえてくる。患者や病院関係者の足音、密やかな話し声、ストレッチャーや車椅子の音、それは現実の時間が確実に流れていることを拓美に教える。
「わたしは、浅野拓美。幽霊よ……」
「え……」
「わたし、AKRの最終オーディションの前に、交通事故で死んだの。でも、死んだことに気づかなくて、最終選考のオーディションまで来てしまって……そこで、マユちゃんに見破られてしまって、やっと自分が死んでいることに気づいたの……まだ、驚かないでね、話は、まだまだなんだから」
潤は、どう受け止めていいか分からずに、動揺した目で、拓美を見ている。
「マユって子は……特殊な能力があって、それに気づいて見破った。で……一度は諦めたんだけど……諦めるって、あの世に逝くってことだけどね。わたし、どうしてもアイドルになりたかった。自分の力と運を試したかった。そうしたらマユは、自分の……この体を貸してくれたの」
「し、信じられません。マユさんは、クララさんなんかと同じ一期生で、わたしたちの憧れでした。急に別人だなんて……」
「わたしの本当の姿を見せてあげる」
拓美が、部屋の姿見を指差した……そこには、マユのアバターではなく、拓美本来の姿が映っていた。
「こ、これが拓美さん……」
「そう、AKRは、本当は48人。わたしに関する記憶は、マユが全て消し去って、わたしに、この体を貸してくれた。だからAKRは47なのよ」
潤は、マジマジと、姿見の拓美本来の姿と、マユのアバターに入った拓美の姿を見比べた。
「拓美さん、本来の姿の方が可愛い……」
遠く離れた神楽坂のスタジオで、マユの今のアバターである仁科香奈がクシャミをした。さすがの小悪魔も、このクシャミの理由までは分からなかった。
「ありがとう潤」
「……でも、マユ……拓美さん、どうして、こんな話してくれたんですか?」
「なにか刺激的な話をして引き留めておかないと、潤は、向こうへ逝ってしまうから」
潤は、初めて気がついた。自分の頭の上に、かすかな光の渦が来ていて、自然に自分が、そこに引き込まれつつあることに……放っていれば、階段を上り、屋上に出て、その渦の中にまきこまれていったであろうことを。
「わたし、死ぬところだったんですね」
「そう……あの光の渦に飲み込まれてね。そうでなきゃ、わたしみたいに、死んだことも自覚しないで、この世をさまよっていたわ」
「ありがとうございます」
「いいの、これで潤は、死なずにすむ。念のため、このマユのアバターの力を少し分けてあげるわね……」
拓美は、自分の胸に手をやると、握り拳ほどの光の玉を潤の胸に押し当てた。潤はホワっと体が温まるのを感じた。頭の上の光の渦は、小さく、遠くなっていってしまった。
「もうこれで潤は生き返る。さあ、自分の体に戻りなさい」
「はい」
「それと……わたしが拓美だってことは、しばらく黙っていてね。人に知られてしまったら、わたしは、もう、このアバターに憑いていることができなくなるから」
「絶対言いません。だって、拓美さんが、命がけで助けてくださったんですから」
「ほらほら、わたしは拓美じゃなくてマユ。AKR創立以来の選抜メンバー出昼マユなのよ」
「は、はい。マユさん!」
元気よく返事をすると、潤はゴムひもで引っ張られたように、自分の体に戻っていった。
――人に話してしまった。もう、このマユのアバターにも長くは居られないだろう。
拓美は、そう思ったが、「これでいいんだ」と言う自分が芽生え始めていることに、初めて気づいた……。