『第三章 はるかは、やなやつ!3』
その週末は『ドラマフェスタ』の通し券を、タロくん先輩から借りて、お芝居を観に行った。
由香も誘ったんだけど、土日はお店が忙しく、家事は由香の仕事である。頼めば大学生のお姉さんもやってくれるらしいんだけど、この日は就活のガイダンスでアウト。
「ごめん、タイミング悪うて。また誘ぅてな」
スマホの向こうで洗濯機の音がした。
通し券では一人しか入れない。二人となると、一人分の当日精算券をワリカンにしなくてはならない。
いくらになるのかなあと、当日精算の受付を横目で見る……。
え、三千五百円! ワリカンで千七百五十円……映画の学割より高いよ。
由香を誘えなくてよかったかも。今度由香と遊びに行くときは映画にしよう。
土曜のマチネーで混んでいたけど、一人なのでなんとか座れた。
演目は、ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』
「へえ、ブレヒトか……」
という大橋先生から、本を貸してもらって読んだり、ネットでブレヒトを調べたり。
迫力はあった。大勢でいっぺんに同じ台詞をしゃべったり、突然大阪弁の漫才みたくなったり……ああ、これが「異化効果」なのかと思ったりしたが、正直「それでどうなのよ」である。
その前は、タイトルは忘れたけど「イジメと自殺」のお芝居。
上手いんだけど。こんなことで自殺する?
で、その子の遺書にイジメた子の名前が書いてあって、その親たちが責任のなすり合い。最後に親たちが和解してカタルシス。
ああ、最初にこのカタルシスがあって、そのカタルシスのために組み立てたストーリーだな……と思った。
正直イジメはある。
東京にいたころもあったし、大阪に来るときは、自分自身のこととして心配もした(現にクラスの何人かからはシカトされてもいる)
でも、死んだりしない。死なないで苦しんでいるのが大多数だ。
わたしなら、いじめられて、泣いたり、いじけたり、ときには戦ってボロボロになっていくところを書く。そこにこそドラマがあるからだ。
和解のカタルシスのために、その子を死なせるのは、やっぱ変だと思った。
その前は『西遊記』をもじったコメディーだった。とても上手い人と下手くそな人がいた。
でも、なんで上手く、また下手くそに感じるのか、説明はできない……。
そんなことを思っているうちに、ブレヒト芝居はカーテンコール。満場われんばかりの大拍手。白けてんのはわたしひとり。
やっぱ、わたしって、芝居には向いていないのかなあ……さっき思い出したお芝居も、けっこうお客さんたちは喜んだり感動したりしていた。やっぱ、わたしって演劇オンチ?
劇場を出て駅に向かう。ケータイの着メロ。
「あ、吉川裕也……」
――今どこにいる?――
どこったって、説明なんかできないよ。大阪の地理なんて、まだよく分かんない。
仕方がないので、「T駅へ向かう途中」……とメールを打ったら、打たれた。
肩を軽くポンポンと。
「あ」
振り向くと、吉川裕也がニコニコとイケメン顔で立っていた。
「もう、側にいるんだったら直接声かけてくださいよ」
「だって、怖い顔して歩いてんだもん。声かけづらくってサ」
「考え事してたから……ヘヘ」
急場しのぎのホンワカ顔になる。
「デートしようぜ」
「デート、今から!?」
「うん、今から。だって前から言ってただろう」
「う、うん」
「それとも、なんか先約でもあるのか?」
「ないない、ありませんけど……」
「じゃあ、決まり。これから大阪の原点を見にいこう」
「大阪の原点?」
その週末は『ドラマフェスタ』の通し券を、タロくん先輩から借りて、お芝居を観に行った。
由香も誘ったんだけど、土日はお店が忙しく、家事は由香の仕事である。頼めば大学生のお姉さんもやってくれるらしいんだけど、この日は就活のガイダンスでアウト。
「ごめん、タイミング悪うて。また誘ぅてな」
スマホの向こうで洗濯機の音がした。
通し券では一人しか入れない。二人となると、一人分の当日精算券をワリカンにしなくてはならない。
いくらになるのかなあと、当日精算の受付を横目で見る……。
え、三千五百円! ワリカンで千七百五十円……映画の学割より高いよ。
由香を誘えなくてよかったかも。今度由香と遊びに行くときは映画にしよう。
土曜のマチネーで混んでいたけど、一人なのでなんとか座れた。
演目は、ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』
「へえ、ブレヒトか……」
という大橋先生から、本を貸してもらって読んだり、ネットでブレヒトを調べたり。
迫力はあった。大勢でいっぺんに同じ台詞をしゃべったり、突然大阪弁の漫才みたくなったり……ああ、これが「異化効果」なのかと思ったりしたが、正直「それでどうなのよ」である。
その前は、タイトルは忘れたけど「イジメと自殺」のお芝居。
上手いんだけど。こんなことで自殺する?
で、その子の遺書にイジメた子の名前が書いてあって、その親たちが責任のなすり合い。最後に親たちが和解してカタルシス。
ああ、最初にこのカタルシスがあって、そのカタルシスのために組み立てたストーリーだな……と思った。
正直イジメはある。
東京にいたころもあったし、大阪に来るときは、自分自身のこととして心配もした(現にクラスの何人かからはシカトされてもいる)
でも、死んだりしない。死なないで苦しんでいるのが大多数だ。
わたしなら、いじめられて、泣いたり、いじけたり、ときには戦ってボロボロになっていくところを書く。そこにこそドラマがあるからだ。
和解のカタルシスのために、その子を死なせるのは、やっぱ変だと思った。
その前は『西遊記』をもじったコメディーだった。とても上手い人と下手くそな人がいた。
でも、なんで上手く、また下手くそに感じるのか、説明はできない……。
そんなことを思っているうちに、ブレヒト芝居はカーテンコール。満場われんばかりの大拍手。白けてんのはわたしひとり。
やっぱ、わたしって、芝居には向いていないのかなあ……さっき思い出したお芝居も、けっこうお客さんたちは喜んだり感動したりしていた。やっぱ、わたしって演劇オンチ?
劇場を出て駅に向かう。ケータイの着メロ。
「あ、吉川裕也……」
――今どこにいる?――
どこったって、説明なんかできないよ。大阪の地理なんて、まだよく分かんない。
仕方がないので、「T駅へ向かう途中」……とメールを打ったら、打たれた。
肩を軽くポンポンと。
「あ」
振り向くと、吉川裕也がニコニコとイケメン顔で立っていた。
「もう、側にいるんだったら直接声かけてくださいよ」
「だって、怖い顔して歩いてんだもん。声かけづらくってサ」
「考え事してたから……ヘヘ」
急場しのぎのホンワカ顔になる。
「デートしようぜ」
「デート、今から!?」
「うん、今から。だって前から言ってただろう」
「う、うん」
「それとも、なんか先約でもあるのか?」
「ないない、ありませんけど……」
「じゃあ、決まり。これから大阪の原点を見にいこう」
「大阪の原点?」