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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

乙女と栞と小姫山・29『御宅皇子』

2020-04-28 11:15:48 | 小説6

乙女小姫山・29

『御宅皇子(おたくのみこ)』     

 

 

 

 技師の立川さんは驚いた。
 

 ついさっき登ってきた階段の下、そこにあるベンチに桜色のワンピースを着た髪の長い女性が座っていたからである。 

 中庭の「デベソが丘」は、この学校が出来る時に、敷地内にあった方墳を調査の後取り壊したのであるが、記念に1/4サイズのものを作り、記念碑のようにした。

 府教委としては、なんとかギリギリの対策であった。むろんお祀りや、神道の行事めいたことはいっさいやっていない。 

 青春高校の前身のころは生徒のいい遊び場であったが、怪我人がちょくちょく出るので、学校としては立ち入り禁止にしようとまで考えたが、生徒の方が自然と寄りつかなくなった。怪我だけではなく、ここに登ったカップルは別れてしまうというジンクスがたったからである。 

 一応、中庭の掃除にあたった生徒が、ここも掃除することになっていたが、立川さんは、方墳の真ん中、ほんの一坪分に校内にあった石を貼り付けてフキイシとし、中央に大きなまな板ほどの石を置いて、見る者が見れば塚らしく見えるようにして、この一坪余りの掃除は自分で朝夕二回するようになった。 

 朝は、ほんのひとつまみの塩を置き、白いおちょこに水を供えて手を合わす。水は、そのあとすぐに塩にかけて、宗教じみた痕跡は残らないように気を付けている。 

 で、今日も、その日課を果たすため、このデベソが丘に登って、儀式を終えたところである。それが振り返ってみると、今の今まで気づかなかった桃色のワンピースと目が合って、まるで悪戯を見つけられた子供のようにうろたえた。 

「どうぞ、そのままで……」  

 女性は、ほとんど声も出さず、口のかたちと仕草で、気持ちを伝えた。
 

「卒業生の方ですか?」 

「いえ、こう見えましても保護者です」 

「え……あ、お姉さんですか?」 

「はい。近所なもので、ついでに寄らせていただきました。御宅皇子(おたくのみこ)のお墓守をしていただいてありがとうございます」 

「さすがはご近所。お若いのに、この塚の主をご存じなんですねえ」 

「継体天皇の、六番目の皇子……ってことぐらいしか分かりませんが、昔から、この在所の鎮守さま同然でしたから。ひい婆ちゃんなんかは、毎朝、ここと鎮守様には手を合わせていました」 

 そういうと、女性は、ささやかに三回手を打って、軽く頭を下げた。 

「ご用はお済みですか。なんなら担任の先生に……」 

「ええ、もう用事はすみました。あの子の元気な姿もみられましたし」 

「妹さんには……」 

「フフ、ほんの一睨みだけ。それでは、ごめんなさいませ」 

「はい、あ、どうも……」 

 立川技師は、年甲斐もなくときめいている自分を持て余し。腰にぶら下げたタオルで顔を一拭きした。
 

「……でも、どうして妹って思ったんだろう?」

 弟ということもあるだろうに、迷うことなく妹と感じてしまった。 どころか、その子の顔まで分かったような気がした。顔も、性格もまるで違うのに……。
 

「ということで、来週月曜は臨時の全校集会とし、駅までの清掃をいたしますので、ご協力お願いいたします。役割分担等は、レジメに記してあります。ま、細かいところは保健部出水先生に、よろしく」 

 定例の職員会議で、生指部長を兼ねる首席の筋肉アスパラガス桑田が発言した。 

 前回の生指部会は官制研修で抜けていたので、乙女先生は知らなかった。

 近所で評判が悪いことを知っているのは自分ばかりではなかった。そういう安心感はあったが、せめて一言言えよなあ、と乙女先生は思った。 

 職会に出てくるということは、運営委員会でも発議されているはずで、それ以前に部会にかけて……。 

 そこまで思って、乙女先生は、自分の官僚主義的な考えに苦笑した。この半月は栞にまつわる事件……と言っても栞に落ち度はないんだけど、落ち着いた学校運営など出来ていなかった。これぐらいのフライングは良しとすべきであろう……と、乙女先生は思い直した。


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