漆黒のブリュンヒルデQ
山の上で途方に暮れてしまった。
クロノスの爺さんは居ないし、ダイダラボッチには逃げられてしまうし。
ブァルキリアからこの異世界に来て、元の半分ほどしか力を発揮できないわたしだが、時空移動能力がゼロなのは堪える。以前、時空を超えて全国の八幡を巡る旅に出たが、あれはスクネ老人の力で八幡の煙道を使ったからだ。
こんな海進期の縄文時代に放り出されては、元に戻るすべがない。
が、焦っても仕方がない。
待っていれば、一休みしたクロノスが戻って来るだろう。元々は、クロノスが頼んできた仕事なんだからな。
名も知らない広葉樹の根元で横になる。
リスやウサギたちがチョロチョロ現れる。どいつも令和の時代のよりも大きい。きっと縄文の気候が合っているんだろう。みんな目がクルクルしていて可愛らしい。
そんな小動物たちを見ているうちにウトウトしてしまう。
まあいい、クロノスも時計店に戻って休んでいるんだ……
夢を見た。
どこかの田舎だろう。囲炉裏を囲んで三人の子どもたちとお婆ちゃんが秋の夜長を過ごしている。
「むかーしむかーし、ここいらへんにはダイダラボッチいう大男がおったげな。身の丈こそは雲を突くようだったけんど、根はやさしいやつでな、毎朝起きてはお日様に手を合わせて、自然の恵みに感謝してから海の方にノッシノッシと歩いていったがじゃ。人の村やら、獣の住み家は気を付けて避けながらな。そいで、半日かけて海に行っては、両手で海の水をすくって口に含むと、器用に貝やら魚を濾して食べよった。そいで、貝やら魚を口に入れたまま、自分の住み家まで戻りよる。戻ったころには、口の中は貝殻と骨ばかりになっとる。途中で吐き出したら、みんなに迷惑が掛かるっちゅうんで、吐き出さんのじゃなあ。なんせ大男なもんじゃけ、そんなもんを吐き出されたら、道はふさがり、谷は埋まったり、川を堰とめたり、運が悪いと人や動物が下敷きにしてしまうかもしれん」
「やさしいんだね、ダイダラボッチ」
「そうだよぉ、そいで、住み家に戻ったダイダラボッチは、周りに人や獣がおらんことを確かめてから、プププと口の中のもんを吐き出しよる。プププってなあ」
「ププププ」
「プププ」
「「「アハハハ」」」
ダイダラボッチの真似をして子どもたちが喜ぶ。
「んじゃから、ここいらの山の中から貝殻がドッチャリ見つかるってわけなんさ」
「それが、お山の貝塚なんだね」
「アハハ、そうさそうさ……」
孫と婆ちゃんが暖かく笑っていると、風呂から上がった一番上の孫が腰を下ろして、こう言った。
「それは違う」
「え、どう違うんじゃ、兄ちゃん?」
「昔は、縄文時代言うて、今よりもうんと暖かい時代があって、ここらへんまで水に浸かっとたんじゃ。それで、昔の人が採った貝殻やら魚の骨を捨てたのが積もり積もって貝塚になったんじゃ」
「そんな、海がここまで来とったなんて、おかしな話じゃ」
「モースいう外人の先生が大森貝塚を発見なさって、研究が進んでな。今じゃ確かなことと認められとる。その証拠にな、貝塚からは土器の欠片や、釣り針の折れたのやらも見つかって、明らかに人のゴミダメちゅうことが分かっちょるんだ」
「ええ、そうだったんか?」
「婆ちゃんの言うたんは、迷信なんじゃな」
「迷信は言い過ぎじゃが、まあ、お伽話じゃ」
「なんじゃ、お伽話か」
「兄ちゃんの話の方が、おもしろいじゃ!」
「他にも、遺跡の話とかもあるぞ」
「聞かせて聞かせて!」
「よし、そんじゃ、みんな俺の部屋にこい」
「「「うん!」」」
婆さんは囲炉裏の傍で一人ぼっちになってしまった。
そうか……それで、ダイダラボッチは居場所が無くなったというわけか。
目が覚めたわたしは、群馬県にダイダラボッチを探しに行くことにした。
☆彡 主な登場人物
- 武笠ひるで(高校二年生) こっちの世界のブリュンヒルデ
- 福田芳子(高校一年生) ひるでの後輩 生徒会役員
- 福田るり子 福田芳子の妹
- 小栗結衣(高校二年生) ひるでの同輩 生徒会長
- 猫田ねね子 怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
- 門脇 啓介 引きこもりの幼なじみ
- おきながさん 気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
- スクネ老人 武内宿禰 気長足姫のじい
- 玉代(玉依姫) ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
- お祖父ちゃん
- お祖母ちゃん 武笠民子
- レイア(ニンフ) ブリュンヒルデの侍女
- 主神オーディン ブァルハラに住むブリュンヒルデの父